で顔もよく見えないこの男の身なりから、低俗のあらを探し を自分の忘れえぬ人に数える者であり、大学時代、彼の人さ し指を使わない風情ある煙草の吸い方を、喫煙所で誰知らず出すのはかなりの重労働だった。 ' おそらくそれがカフスポタ ンの本来の役目なのだろうが、わたしの目はやはり自然とそ 真似た者でもある。 こにいった。よく見ればそれが髑髏をいくつも彫った柄だと しかし、こうして常磐線のポックス席に面と向かい、ガタ ンゴトンの揺れの最中に少し苦しげにも思える呼吸を見てと いうのが、低俗といえば低俗な感じがする。とりあえずの解 り、それが一瞬止まる瞬間、今に何か喋り出すぞという悪寒決を見たわたしは、自分の腕にはめてあるタイメックスの時 をたくましくしている今、彼を他の人間と区別していたあの計を何気なく一瞥した。おそろいの時刻、正午をさしている 神通力は既に失われていると考えるほかなかった。 ことを確認した己の浅ましさを恥じ入り、寒そうな振りして わたしは車窓に流れる景色を見るよう努めた。わたしには袖に隠そうとしたその時だった。 「もうお昼ですなー」 行きだが大叔父上には帰りに思えるその景色のほかに、二人 わたしは驚いて男の顔を見た。たらこ唇というのが男の第 が共有しているものは何もなかった。 一の特徴であったが、観察は燃え上がった恥の痛みに中断さ れた。男は自分のバテックフィリップではなく、わたしの タイメックスを見下ろして時間を確認していたのである。 「すんまへんけど、弁当食わしてもらいまっせ」極端な大阪 わたしの隣には黒のスーツ姿をした、三十前後の、体格の弁で言いながらわたしたちに視線を投げると、男はもう体の 横にさしていた革のビジネスパッグを膝の上に取り出してい いい男が座っていた。 彼のスーツの仕立ての良さは一目瞭然で、ほのかな苦い薫た。「しようもないポリシーで、六時、十二時、十八時と決 めとるんですわ」 りまでただよっていた。舞い降りた埃が一目散に転げ落ちて いきそうだったし、袖からは四角いカフスポタンが品良くの 書類のように立てた姿で鞄から出てきたのは崎陽軒のシウ マイ弁当だった。大叔父が見開いたような目でそれを追う ぞき、一度、それを確認するのを盗み見たところによれば、 わたしの反対側にあたる左腕には。ハテックフィリップの時中、男はかます結びを慣れた手つきで解きながら話し続け る。 計が巻かれている。その世界三大という高級時計プランドを 「駅弁はこれに限りまっせ。わしは電車や新幹線では崎陽軒 テレビのバラエティ番組で知ったわたしには、隣にいるせい
聞群像新人文学賞 原稿募集 大庭みな子 清新才世現群 李恢成 新た気界在像 高橋三千綱 ななあでの新 林京子 村上龍 才文ふも日人 中沢けい 能学れ活本文 村上春樹 をシる躍文学 ・笙野頼子 高橋源一郎 待ー作す学賞 伊井直行 望ン家るをは 多和田葉子 阿部和重 しをを 島本理生 て切輩 村田沙耶香 いり出 ド 諏訪哲史 秋山駿 ま開し す 柄谷行人 すくて る 中島梓 、き 富岡幸一郎 の 川村湊 ま み 井口時男 清水良典 室井光広 山城むつみ 0 安藤礼二 武田将明 第 0 応募規定 ■応募作品は未発表の小説に限る。同人雑誌発表作、他の新人賞 への応募作品、ネット上で発表した作品等は対象外とする。 第枚数は、 400 字詰原稿用紙で 70 枚以上 250 枚以内。ワー プロ原稿の場合は、 400 字詰換算の枚数を必ず明記のこと。 応募は一人一篇とする。 ■締切は 2016 年 10 月 31 日。 ( 当日消印有効 ) ■原稿は必ずしつかりと綴じ、表紙に作品名、本名、筆名、ふり がな、生年月日、住所、電話番号、職業、略歴 ( 出身地、筆歴 など ) 、 400 字詰換算枚数を明記する。同じものをもう一 枚、綴じすに原稿に添付すること。に記入いただいた個人情報は受 賞作の発表・応募者への連絡以外には使用いたしません ) ■宛先は、〒 11-2 -8001 東京都文京区音羽 2-12-21 講談社群像編集部新人文学賞係 ■発表は本誌 2 0 1 7 年 6 月号。 ( 同年 5 月号に予選通過作品を発表し、 5 月上旬に小社にて授賞式を行います ) ■賞金は 5 0 万円。 ( 受賞作複数の場合は分割します ) ■受賞作の出版権は小社に帰属する。 ■応募原稿は一切返却しない。佖要な場合はコピーをとってください ) ■応募要項、選考過程に関する問い合わせには応じない。
れたりした後に、四頭の馬でその身体を四裂きにされた。 法をあからさまに侵した身体、つまり犯罪者の身体は、最 最後に、彼の手足と身体は焼き尽くされ、その灰は撒き散低の身体である。両者は、両極にあって相補的な関係にあ らされたという。『アムステルダム新報』は、この囚人の る。このことを念頭においた上で、フーコーによって注目 四裂きの作業は、すこぶる手間取り、馬は四頭ではなく六 され、記録された絶対王政期の刑罰の特徴を確認しておこ 頭であるべきだった、などと記している。当然、囚人は、 極端に苦しみ、恐ろしい叫び声をあげた。死刑囚を慰める 第、一に、」 刑罰は、これ見よがしに、広く公開され、一種 ために片時もむだにしなかった司祭の心づくしは、「見物の祝祭の様相を呈してさえいる。観衆も拷問を楽しんでい 人のすべてにふかい感銘を与えた」とされている。 る。その中にあって、王国最低の身体である犯罪者の身体 囚人に、実にすさまじい拷問が加えられている。だが、 は、確かに否定的な価値を割り振られてはいても、この祝 普通の拷問と違って、これは、自白を引き出すことを目的祭的な場面で、民衆に対して、実に華々しく現前する。徹 としたものではない。 というのも、この種の拷問が科せら底して破壊されるこの最低の身体は、あえて誇張して言え れるときには、囚人から自白はすでに引き出しおえている ば、ほとんど英雄的でさえある。少なくとも、不幸や悲惨 からである ( フーコーによると、古典主義時代のフランス の中でなお尊厳を保つ、悲劇の主人公のようではある。ち では、ひと度拷問が行われたなら、自白なしには死刑を宣 なみに、権力が王や皇帝の身体に帰せられる社会において 告できないことになっており、また拷問は、半ば必然的に は、このような刑罰の公開性は、めずらしいことではな 行われていたのだ ) 。拷問は、もちろん、王の身体と国家 い。たとえば、大室幹雄は、中国の唐王朝に関して、重罪 の秩序を侵したことに対する刑罰ではあるのだが、それ人の刑罰は ( 官営の ) 市場で行われることになっていた、 が、大衆をオーディエンスとする見世物だったことであ と記している。市場が最も多くの人が集まる場所だったか る。罪人は、「切り刻まれ、手足を切断され、顔面や肩に らである。刑罰は、一種の「官権主催の見世物」だったと 学 哲 象徴として烙印を押され、生きたままで、あるいは死体と の して晒し者となり、見世物とされる」。 第二に、刑罰は、最高の身体 ( 王 ) による最低の身体 界 王の身体、とりわけ政治的身体を向こう側に透かし見る ( 犯罪者 ) への物理的・暴力的な制裁である。つまり法や 世 王の自然的身体は、言うまでもなく、王国内の最高の価値規範への侵犯は、明々白々な復讐によって補償されるの を帯びた身体である。これに対して、王に帰属する規範や だ。フーコーによれば、フランス絶対王政期の犯罪観で
オプ・ザ・デ コンテクスト・ 連載小説 第八回、、 羽田圭介 4 十勝平原を西へ進む晶は、サイドミラーに映る明かりに気 づいた。曇天下でロービームを灯すミニバンが近づき、追い 抜いて行った。襲われなかったことに安堵する。 時折遭遇する車の多くが西へ向かっていることに晶は気づ いた。道西には空港やフェリーターミナル、青函トンネルと いった本州へ渡るための玄関口がある。ひょっとしたら本州 への脱出路が道西のどこかに開かれたのかもしれなかった。 屈斜路湖・摩周湖近辺には観光地という印象から想像した 賑わいや、晶の家族が身を寄せていそうなコミュニティーも なかった。次に目指したのは、北東の知床半島だった。ヒグ マがゾンビを八つ裂きにしてくれているイメージが漠然と あった。しかし路面状況が悪くなるいつばうだったため途中 で引き返し、南の釧路へ向かった。昨日の昼過ぎに着いた釧 路市街の、国道沿いに見える人影はすべてゾンビだった。そ のうち数割が走って追いかけてきたため、晶は幾体ものゾン ピを跳ね飛ばし街を抜け出た。海沿いに南下し襟裳岬の方面 へ走り、途中で内陸の帯広方面へ進路を変えた。今まで、海 沿いの街や地図で見て認識できる「最北端」、「最南端」と いった象徴的な地に期待しすぎていたのではと思ったから だ。ゾンビがいようとも人が多く集まっていそうな場所へ行 きたいと晶自身が思うようになってきたのだから他の人たち 212
あ、そうなんだ。 「そうなんですけど、でもやつばり、希望ってほしいんです うん ? じゃ別れたの ? よね。ロポット付きのマンションで、帰ると″お帰りなさ 「はい」 とか言うんですけどね、それだけだと、やつばりなんか 子供とかはいないの ? 空しくて」 「いないです。僕は、精子がないんです」 ふーん。 あ、そうなの ? で、そのロポットって、どういう形してんの ? 人型 ? 「それで離婚したんです。″少子化なのになにやってんの 「そういうんじゃなくて、部屋に人間対応装置がついてて、 って言われて。医者は、精子の少ない男は増えてるけ部屋がロポットなんです」 ど、治療でなんとかなることもあるから気にするなって言っ じゃ、寝てると部屋が歩き出したりすんの ? たんですけど、嫁は″あたしのせいにして不妊検査させとい 「そういうんじゃないんです」 てなによ ! って、出てったんです。結婚したのも、子供が ロケット砲とかは ? ほしかったかららしいんですけどね」 「仕込んでないですよ。部屋の中に監視装置が付いてて、帰 悲惨な話だね。 ると″お帰んなさい〃って言ったり、あくびすると″眠し 「そうなんですよ」 の ? みとか言うんです」 不妊治療ってまだやってんの ? ご飯は作ってくんないの ? 「やってませんよ。少子化って問題はあるかもしれないけ 「掃除とか、洗濯はしますけど、料理は レンジに入れ ど、ただ″子供がほしい って女に子供作ったってしようが ると″ちょっと待ってて″とか、″あなた出来たわよ″っと ないじゃないですか」 言うんです」 離婚したのはいつなの ? 高くないの、そういうの ? 「二十年くらい前ですかね」 「結構高いですよ。親が森林持ってたんですけど死んで、カ え、そんな前なの ? 今いくつなの ? ナダ人に山売って、それで兄貴ゃなんかと山分けしたんです 「五十です」 けど、なんかね、もう家に帰ると、いちいちなんか言われて そうか。不幸って、意外と長く続くと慣れちゃうんだよ うるさくて。金だってもうそんなにないから、部屋出ようと か思ってんです」 186
集めて、ゾンビ化の兆候が見られたら、収容施設に隔離す分だけが疎外されているストレスさえ感じた。しかし、ドジ る」 な番組の失敗話や昨日スタジアム内でリスナーに絡まれ たという話を聞くうちに楽しみ方がわかってゆき、番組で話 噛まれなくてもゾンビになる人がいるのか。晶は驚くが、 言葉を発さずにあうんの呼吸で家族とコミュニケーションしす面白いネタを得るため普段とは異なる過ごし方をしてみた ようとしていた父親の顔が思い浮かんだ。 が珍事件等には一切遭遇せずすべて不発で面白いネタは見つ 「ここでは北海道民より、わざわざ余所から流されて来たよ からなかった、というネタが佳境に入ったときは声を出し うな人たちが、噛まれないままゾンビになってる」 笑っていた。そして周囲の熱狂的リスナーたちの話し声によ そんな大事なことを訊かれてはじめて教えるシゲモリに対り、隔日放送のこの番組は今日でまだ三回目の放送でしかな いと知り、晶は驚愕した。手書き投稿文書特有の不気味さを し、なんで黙ってたのだと晶は問いただしかけるが、ロをつ ぐんだ。晶自身も、長崎から流されてきている。あえて伝え競うコーナーで読まれる投稿ネタの数々は、どれもコーナー のコンセプトをよく理解しきった感じだ。オーソドックスな る必要もないと気を遣ったのだろう。しかし、半人前扱いさ ネタの次に、コーナーの趣旨から逸脱した崩しのネタもいく れたような心地がし、不満に思った。 つか読まれるところまで、コーナーとして成熟しきってい 解散後なんとなく見ていたメインステージで突然、聞いた こ。バーソナリティーが当たり前のように制作サイドの内輪 こともない謎のラジオ番組の公開生放送が始まった。紫色の バーカーを着た係員たちが、一局固定式の簡素な携帯ラジオ ネタを話したりリスナーたちもそれに順応しきっている様子 からは、とても、同番組がまだ三回しか放送されていないとデ を集まった人々へ配っている。晶はそれを昨夜すでに受け ザ は信じられない。 取っていた。見たことも聞いたこともないコンビ名を口にし た男二人組は、ローテンションな口調でしゃべり出した互 オ 数時間後、メインステージの左横、バックネット裏の運営 いのしゃべる内容に突っこんだり裏声で笑ったり、深夜ラジ サイド専用席もわずかに目に入る位置に立ったまま、晶は オ番組ふうだ。新人パーソナリティーのようにいたずらに声 ス ク を張るでもなく、週一回放送の番組が始まって五年くらい経ファッションショーを見ていた。特設ランウェイの上を、前 テ ン 過しているべテランのような落ち着きに満ちていた。オープ衛的すぎるファッションに身を包んだ何人ものモデルが歩い コ ニングトークの内容はどうやら前々回の放送をふまえた話題てゆき、最後に防災ずきんみたいな帽子をかぶった紫ドレス の女が歩き去ると、盛大な拍手と声援とともにショーは終 らしく、初めて聞く晶には内容が理解できないどころか、自
にニューヨーク。移民が少ない国ではコミュニケーションに 読み選評も熟読し、その時々の流行にのり、傾向と対策を 齟齬が起こりづらく、なんでも阿吽の呼吸で伝わる傾向にあ練っていたことが、彼が生前に書いた原稿から明らかになっ る。移民だらけのニューヨークに関してはミックスカルチャ ています。文芸誌の文脈を意識しすぎ表面的な一一番煎じ作品 ーの独自性が一人歩きし、ハイコンテクスト性が生じたと思 しか書けなかったツトムは一度も受賞することなく、噛まれ われます。文脈研究で連携している八カ国間で、去年の初旬てもいないのにゾンビになってしまいました」 というほば同時期から、新たなゾンビの出現が多数報告され 没にされ続けながら、どこにも発表されない原稿を二十数 だしたのです」 年間も書いてきた。には信じられなかった。自分自身は、 世界中の子供から大人にいたるまでの個々人の手に情報端なんとなく作家願望があり書いてみたら新人賞を受賞した。 末機器が普及し、あらゆるローカルな文脈もネットを通じご その頃就職活動がうまくいっておらず、流されるまま専業作 く短期間で世界共通の文脈へ変化するようになって久しかっ家となった。まともな企業に就職できていた場合、作家に なっていたかはわからない。 た去年の夏、世界同時多発的にゾンビが出現しだした。 「東京各地に、当研究所の支部施設があります。秋葉原、渋 何故、そこまでして書きたがるのだ ? 谷、中野です。人目につかない小さな研究施設内で、文脈の 「ツトムの名は、訓練生たちから、隠語としてよく口にされ 磁場にさらされることでゾンビがどう反応を示すのか研究が ます。そんなの書いてたらットムみたいになるそ、というふ 行われていました」 , つに」 の脳裏に、去年の夏初めて目にしたゾンビの姿が甦る。 ゾンビになる人の共通点は、うっすらとした書き手願望な 街に漂う固有な文脈の濃度が閾値を越えた結果が、昨年七月 のか。にも思い当たるふしがある。自分も含め、自己の内 の渋谷の騒ぎとして露わになったのか。 に在る世界を外へ広めるつもりが、他者や外に規定された世 足首を鎖でつながれている中年ゾンビからずっと、は睨界をなぞり画一化に荷担しているだけの書き手がほとんど まれ続けていた。 だ。商品になるほどの器用さをもっていたかどうかの、ゾン 「あの人は」 ビたる彼らと自分を隔てる紙一枚ほどの差には気づく 「あれはツトム : : : 古参の被検体で、元は農家の跡取りで す。ットムは熱心な作家志望で、学生時代から一一十数年間継 一時間ほど協力した後、は研究所内を見学させてもらっ 続しあらゆる公募文学新人賞に応募していました。受賞作を た。コンピューターがびっしりと並べられた部屋に案内され
もう四半世紀も前のこと、僕は二度ほど、映像を映しながらの講義。僕は慶應在学中のが、講義を聴いて見事に気圧された。吉増さ 吉増剛造さんが彼の母校である慶應義塾大で友人にこの秘密めいた授業のことを聞き、十んは予想以上の型破りな人だった。授業での 行なっていた詩の授業に潜ったことがある。人ほどしか席を占めていない小教室に肚を決文一言の多くが意味不明 ( 賞賛の意 ) であるだ : はずなのだが、今回それを確かめようとめて潜ったのだ。たしかその回は、暗黒舞踏けでなく、その風狂 ( 賞賛の意 ) が、いかに 氏の『詩学講義無限のエコー』 ( 慶應義塾大の土方巽の話だった。土方生前の貴重な肉声も詩人たる人の、聴く者を理屈抜きで得心さ 学出版会 ) や、近著『我が詩的自伝』 ( 講談社テープ ( のちに『慈悲心鳥がバサバサとせるに足る、いわば「不疎通」の他者であっ 現代新書 ) 、その後ろの年譜まで読んでもこの骨の羽を拡げてくる』に収録されることにな 年の件の授業のことは書かれていなかった。 る音源 ) も流され、吉増さん独特の鳥類のよ そんな、僕にとってほとんど旧知と言いた 非常勤の急な頼まれ仕事だったのだろうか。 うな声も耳にした。仮にも有名大学の敷地の い吉増さんの批評集であり、エッセー集であ でも単発の特別講義ではなく、確かに毎週同一角、カーテンを閉め切った薄暗いト / 部屋り、散文作品集である本著『 CONO ノート じ教室でタ方近くに開講されていた通年の授で、いとも不審な、国語文法を愚弄するよう 1 コジキの思想』。一九六一年から八九年 業だった。もしそれが事実でなければ、あのな危険な秘儀が行なわれている、僕は当時そに発表された初期散文の著者自選集である。 鮮明な記憶、黄昏どきの異様な教室はいったんな感慨を抱いた。 不思議なことに全編が読みやすかった い何の幻だったというのか。 吉増剛造は当時すでに有名な詩人で、僕は ( ー ・ ) 。つまり近年の彼の文体、アルファベッ 僕が大学三年次の寒い季節だったから、た といえば、相手が詩人と聞くだけで逢いに ト・カタカナ・万葉仮名・傍点やルビの、見 ぶん一九九〇年か九一年。慶應三田キャンバ 行って、ことによれば論戦でも仕掛けかねな事に無法な氾濫の様がまだ姿を見せぬ時期の スの薄暗く狭い部屋で、小さなスクリーンに いような青臭い文学青年だった。その意気散文集なのだった。と、思っていたら、奥付 OONO ー器官なき「音楽体」 諏訪哲史 B 〇〇 K 一三ロ 書 R E V 一 E W こ 0 「 G 0 Z 0 ノート 1 コジキの思想」 吉増剛造 330
ー松浦寿輝【まつうら・ひさき】フランス文学、 ・沼野充義【ぬまの・みつよし】ロシア・ポーラ ンド文学、文芸評論家。年生。『イリヤ・カ作家、詩人。年生。『花腐し』『あやめ鰈 ハコフの芸術』『亡命文学論』『ュートピア文学ひかがみ』『半島』『』 ■松本次郎【まつもと・じろう】漫画家。間年生。 論』『チェーホフ』訳書に『賜物』『かもめ』 ・乗代雄介【のりしろ・ゅうすけ】作家。年生。『フリージア』『女子攻兵』 ・三浦雅士【みうら・まさし】文芸評論家。恥年 『十七八より』 ーの水脈』『身体の零度』『青 ■橋本治【はしもと・おさむ】作家。年生。生。『メランコリ 『「三島由紀夫」とはなにものだったのか』『双春の終焉』『出生の秘密』共著に『村上春樹の 調平家物語』『上司は思いっきでものを言う』読みかた』 ・宮城公博【みやぎ・きみひろ】クライマー 8 『結婚』『百人一首がよくわかる』 ・羽田圭介【はだ・けいすけ】作家。年生。年生。『外道クライマー』 ・宮田将士【みやた・まさし】中国マーケティン 『黒冷水』『「ワタクシハ」』『メタモルフォシス』 『スクラップ・アンド・ビルド』 グ。年生。『テレビが伝えない中国人 " 爆買 のウラ』 ・藤野可織【ふじの・かおり】作家。年生。 ・山下洋輔【やました・ようすけ】ジャズピアニ 『いやしい鳥』『爪と目』『おはなしして子ちゃ スト、作曲家、エッセイスト。肥年生。『風雲 ん』『ファイナルガール』 。ジャズ帖』『即興ラブソデイ』『ドファララ門』 ■保苅瑞穂【ほかり・みずほ】フランス文学 年生。『プルースト・印象と隠喩』『ヴォルテー 【投稿はすべて新人賞への応募原稿として取り ルの世紀』『恋文』『モンテーニュ』 ・穂村弘【ほむら・ひろし】歌人。年生。『シ扱わせていただきます。なお原稿は返却いたし ンジケート』『によっ記』『短歌の友人』『ばくませんので必ずコピーをとってお送り下さい。】 【片山杜秀氏の「鬼子の歌」は休載いたしま の短歌ノート』 ■堀江敏幸【ほりえ・としゆき】作家。年生。す。】 ーーー編集部 『熊の敷石』『いっか王子駅で』『河岸忘日抄』 『燃焼のための習作』『その姿の消し方』 群像第九号 二〇一六年 二〇一六年 ( 毎月一回一日発行 ) 八月六日印刷 九月一日発行 編集人佐藤とし子 発行人市田厚志 印刷人金子眞吾 発行所〈な講談社 郵便番号一一二ー八〇〇一 東京都文京区音羽二ー十二ー二十一 電話編集〇三ー五三九五ー三五〇一 販売〇三ー五三九五ー五八一七 印刷所凸版印刷株式会社 郵便番号一七四ー〇〇五六 東京都板橋区志村一ー十一ー一 ◎講談社二〇一六年 本誌のコビー、スキャン、デジタル化等の無 断複製は著作権法上での例外を除き禁じられ ています。本誌を代行業者等の第三者に依頼 してスキャンやデジタル化することはたとえ 個人や家庭内の利用でも著作権法違反です。 ISSN 1342 ー 5552 ◎落丁、乱丁などの不良がございましたら、 小社業務 ( 電話 0 3 ー 5 3 9 5 ー 3 6 0 3 ) までお送り下さい。良品とお取り替えい たします。 ◎最近号のバックナンバーを購入ご希望の方 は、書店にお申し込み下さい。 お近くに書店のない場合、 9 時 5 時に、 ブックサービス ( 株 ) ( フリーコール 012 0 ー 29 ー 9625 ) までお問い合わせ下さ 。電話番号のおかけ間違いにはご注意下さ ◎品切れになりましたら順次締め切らせてい ただきますのでご容赦下さい。 第七十一巻 356
でいえば俺のほうがずっと上じゃないか。 ができている。できるだけ簡潔に伝えるにはこうした細かな 内田が淡島のほうへすっと手を伸ばした。指先が肩に触れ 取り決めが必要で、だからこそ伴走者の交代は簡単にはいか る。 ないのだ。 「ふん。わりとでかいんだな」 「ここで下り坂」 内田はそのまま手を動かし、淡島の腕から背中、腰、足へ 「スピード出しすぎないで」 と何かを確かめるよう触れていく。 「坂の途中で左にカープ」 「お前、三四だっけ」 「まもなく左カープ、一一時の方向」 内田があごを引いた。淡島はそれとなく内田のフォームを 「そうですけど」 、んじゃねえか」 チェックする。坂の下りを意識しているせいか、歩幅は僅か 何がいいんだかまるでわからない。淡島が戸惑っている に小さくなっているが、接地時間はそれほど変わっていな と、内田はいきなり両手で淡島の顔を挟んだ。 かった。同じペースを保ちながら二人は坂を下っていく。 「いいか。髭は毎日きちんと剃れ」 「まもなく坂は終わり」 「はい ? 」 「ここで終わりです」 「俺の伴走者になるなら、見た目もかっこよくねえとダメ 今でこそこうした指示が何よりも大切だと淡島も知ってい るが、初めて伴走したときには、これほど細かな指示が必要だ。ま、俺には見えねえんだけどよ。だははは」内田は大声 こ炎島は顔を強張らせ で笑ったが、あまりにも不謹慎な冗談を冫 だとは思ってもいなかった。 ていた。 「さあ淡島君、これを」片瀬から長さ五〇センチ足らずの太 「伴走したことはあんのか」内田は唐突に聞いた。派手な い紐を渡された。紐は輪になっている。 ジャージを脱ぎもせず、リラックスした態度で総合運動場の 「きづなって呼ぶやつもいるが、俺は単にロープと言ってい トラックに立っていた。 る。二人をつなぐ綱だから、きづなってことらしいがな」内 「いえ」淡島は首を振った。 田は吐き出すように言った「ダセえよ」 「とにかくやってもらおうか。ま、すぐにできるとは思え 「これ、どう持てばいいんですか」 ねえけどな」 「軽く握ればいい」 バカにするような内田の口調に、淡島はムッとした。記録 85 伴走者