り出しそこから今の世の中や上の世代を斬ったりしてほしい ート内の角席に一同は陣取っていた。なにか気づいたことは と切望していた。 なかったかと晶も呼ばれたが、特に役立つ情報は提供でき 途中から見始めたトークショーが終わると、晶は近くのプず、タダ飯にありついていた。 ースを物色してまわる。元ネタを知らないと楽しめないだろ 「カジとの合流を待っしかないですね」 う、絵のレベルが低すぎる二次創作マンガやイラスト集が晶 昨日晶にインナーイヤフォン型無線機を渡してきたコスゲ の見ている前でどれもバカ売れしていた。 がサケのムニエルをフォークでつつきながら言う。函館に潜 んでいた二九歳のカジというメンバーとは、数日前から連絡 深夜一一時頃に睡眠スペースの布団へ横たわった晶が目を覚がとれなくなったらしい ましたのは、翌朝一一時半だった。 「そういえば、ちょっと気になってるんですけど」 無料配布されていた耳栓を両耳から抜き取り、スイッチを 断片的な会話に長めの間ができた際に晶がロにすると、三 オンにしたイヤフォン型無線機を左耳に差し込む。近くで寝人とも顔を向けた。 ていた仲間三人の姿はなかったが、すし詰めにぎっしり敷か 「制服姿の : : : 保安本部員、ですかね ? その人たちが、 れた布団のうち九割以上が埋まっていた。夜ほどではない ちょっと顔色が悪いレベルの人たちを連行している様子を何 が、音の反響するドーム内は相変わらず喧噪につつまれてい 回も見たんですけど、あれはなんなんですか ? 僕の見た感 た。あうんスタジアムへ来て二日目の今日、もう少しまとも じだと、たしかに顔色は悪いけどゾンビとはいえないようで に家族を探したり仲間へ積極的な協力の態度を見せなければ したし、噛み跡が露出している人なんてここでは一人も見て ならないとは思うものの、麻薬的な心地よさの前では気持ち いませんし」 が易きに流れた。 三人が軽く顔を見合わせたあと、シゲモリが口を開く。 二〇歳前後の顔の青白い女が二人、連行されようとしてい 「ここは、噛まれていないゾンビ予備軍の人たちが、噛まれ る。晶は既に、連行の現場を一〇回近く見ていて、それにもずしてゾンビになってしまうのを観察する実験施設でもある 慣れた。 んだよ」 「ゾンビ予備軍 ? ・ : なんですか、それ」 「力すくでの破壊は無理だ。保安本部まであったとは : : : 」 「文脈に乗っかるのを過度に好む一部の人たちは、ゾンビに 一番の年長者カナイの言葉に、三人はうなすく。フードコ噛まれなくても、ゾンビになってしまう。そういう人たちを
こともありました。 上海に渡り生活をするようになって年が経ちまし た。語学留学をし、現地の女性と結婚、子供が生まれ、 2 声がとにかく大きい 会社を立ち上げ、あっという間に過ぎた年間でした。 中国の人たちは元気でおしゃべり好きです。会話が盛 この間に中国は飛躍的な発展を遂げ、世界第 2 位の経済り上がると声がどんどん大きくなります。中国に来たば 大国になり、いろいろな意味で世界に大きな影響を与えかりのころ、奥さんと奥さんの友人との会食に参加しま る国になりました。年前、地下鉄は 1 本しかありませしたが、大音量、凄まじいスピード、さらに上海語 ( 上 んでしたが、今では号線まで増えました。留学生時海の方言、マンダリンと言われる普通話とはまったく異 代、同級生と真夏の古都西安を訪れたときには、タクシなる ) で進む会話についていくことができす、 2 時間ひ ーのドアが取り外されており、運転手さんに理由を聞い たすら沈黙していたために奥さんに怒られたことがあり たら「暑いから取った、はつはつは、オープンカーだました。人気のレストラン等に行くとお客さんが多く、 ぜ ! 」という答え・ 。それも遠い昔、今では「それで皆大音量でおしゃべりするので、下手をするとテープル は出発させていただきます」と挨拶をしてくれる人もい の向かいに座っている人が何を言っているのか聞こえな て るほどサービスの質も向上しています。 いこともあるくらいです。 私の中国生活は今尚驚きの連続ですが、今回はその中 3 ・外国人にとにかく優しい し でも特に驚いたことを紹介したいと思います。 意外かもしれませんが、中国の人たちは外国人にとて 運転がカオスである も優しく、親切です。外国人が一言一一言中国語を話すだ 誤解を恐れす言えば、中国の道路は「勇気がある人優けで「お前はすごい、中国語ができるのか、すばらしい 暮 先」です。トラック、バス、乗用車、電動バイク、自転な」と仲間意識を持ってくれます。また、道がわからず 車、歩行者がお互いに自己主張しながら、まったく譲る困っている外国人が英語しか話せない人であっても、お 年 素振りもみせすに道路を駆け抜けます。大都市の中心部ばちゃんは果敢に上海語で親切に身振り手振りで目的地 ではクラクションの使用が禁止されていますが、そんな までの行き方を熱心に教え、周りの人たちも大声かっ笑 ことはお構い無く自分の通り道を確保しようとします。顔で全力サポートしてくれます。以前一人暮らしをして で 士車間距離も非常に短く、こちらが安全運転を心がけて車いたときに、家のガスコンロが壊れて料理ができなく 間距離をあけても、他の車がすぐに隙間に割り込んでく なった際は隣に住む老夫婦が「ご飯作れないんだった 海将 るので意味がありません。日本からのお客さまを乗せてら、うちに食べに来い」と何度も誘ってくれたことがあ りました。このホスピタリティーは、もっと世界に宣伝 街なかを運転した際、会食場所に向かうまでに通過した 宮 しても良いのではないかと思うほどです。 5 つの交差点のうち、 3 箇所で事故が起きていたという 私のベスト 私のベスト 3 167
で三、四万部売れるよりは、売れるという言葉自体があまり グランドマスターが十五人を相手に指す同時対局の一人とし よくないですが、数千部すっ、二〇 5 三〇カ国で読まれてい て、プレーさせてもらいました。勝負じたいはむろんころり るほうが、素敵だという気がします。 と負かされてしまいましたが、そのとき、僕の小説はウクラ 沼野全くおっしやるとおりで、どうしてもビジネスになる イナ語に翻訳されているんですよと、一部差し上げたら大変 と、ともかくたくさんの部数を売って、世界を席巻するグロ喜ばれて : ーバルビジネスとして出版を展開したいと考える人たちもい そう言えば、つい先日、もう一人、アーカジ・ナイディッ るわけです。それに対しては、文化庁がお金を出し チュさんというアゼルバイジャンのグランドマスターとも、 てやってきた文化事業で、ビジネスというよりは、売れなく これも羽生先生のご好意でゲームができる機会がありまし ても日本のよい本を紹介したいという趣旨ですが、それでも て、非常に楽しかった。チェスならチェスという、厳密なル 翻訳される言語は英語を中心として、当初はドイツ語、フラ ールのある盤上遊戯、これもある種の言語なわけです。国籍 ンス語、ロシア語どまりでした。でも、メジャーな一言語ばか の差異を越えて対話が成り立っ宴の場なんですね。小説や詩 りに目を向けていても、世界は見えてこない。それでトルコ の場合、チェスのような普遍一一一一口語、共通言語の世界とは異な 語やインドネシア語への訳も多少試みたのですが、その先を り、それそれの国の固有言語の間に壁があるのは残念です 展開できないうちに、事業仕分けで翻訳出版企画は残念なが が、幸いなことに、翻訳という素晴らしいわざがこの世に存 ら打ち切りになりました。ですから、松浦さんの小説がウク在し、それを通じて人と人とがその壁を跨ぎ越え、豊かな交 、いけれど、 ライナ語に訳されたというのは、本当に感動的です。『半島』流を楽しむことができる。チェスでも文学でもし を選んだという選択もなかなかいい と思いますね。 ともかくきな臭い現実世界の実業からはかけ離れた、愉楽に 松浦ところで、その翻訳が出て何年も経った後、ウクライ満ちたコミュニケーションの遊戯をきっかけに、えつ、こう ナ生まれのチェスの名人と出会う機会があったのです。チェ いうことが起こるのかーーーと感動するような不思議な出会い スの「グランドマスター」の称号を持つ人は、いま世界に何や友情の機会が生まれる。そういうことが実際にあるわけで 人くらいいるのか、これは特殊な天才たちの共和国みたいなす。それは、さっきディヴィッドさんが使った言葉でいう ものなんですが、その一人であるアレクサンダー・チェルニ と、本当に「素敵なこと」ですよね。それは、どこの国の言 ンさんという方が日本に来る機会があり、コーディネートに 語が一番パワーがあるとか、出版マーケットで何部売れたと 関わっていた羽生善治さんが声をかけてくださって、一人の か全然売れないとか、そういう埃つばい話とは何の関係もな 146
フレンチ、イタリアンのプースのみで、あたりに食券販売機人たちは皆、客がなにを食べたがっているか顔を見ただけで 判断する特殊能力を有しているのか。 は見つからない。和食の列に並んでいると、すぐに晶の番が まわってきた。 近くの小さなステージ上から男二人の掛けあいの声が聞こ 「いらっしゃい」 えてきており、近寄ると、芸能やサプカルチャーを切り口に カウンターに七人いるうち一人の料理人に挨拶され晶はメ 社会を斬っていた。しゃべっている三〇代くらいの二人は有 ニューを探すが、「おまかせ」と筆字で書かれたそれらしき名人なのかと思い晶がステージ上のパネルを見ると、「僕た 木札があるのみだ。 ちの終わりなき世界」というタイトルの両端に「あの新進気 「おまかせ : : : ? 」 鋭社会学者」と「あの大物ネット論者」として二人の名前が 「あいよ ! 」 デカデカと掲げられている。 晶が言うと、大将らしき料理人は早速厨房の見習いに指一小 「だから誰なんだよ」 晶の小さなつぶやき声はかき消される。すると三〇代くら を出し自らも包丁でなにかをさばき始めた。五分ほど待って いると、カウンターに盆を差し出された。 いのカップルが晶の隣にやって来たが、「誰 ? 」「知らない」 「はい、おまちどおさま」 とその二人も社会学者とネット論者のことを知らないよう 盆にのせられている料理の品々を見て、晶は驚いた。ご飯だった。誰も知らない社会学者と誰も知らないネット論者は に刺身盛り合わせ、牡蠣フライ、ポテトサラダ、きんびらご やたらと「僕たち」とか「我々は」という文言を多用し、日 デ ばう、もずく、茶碗蒸し。すべて、自分が今食べたいとなん本に生きる現役世代を勝手に代弁し色々としゃべっていた。 「僕たち」や「我々」の中へ勝手に俺を含むんじゃないよとザ となく思い描いていた品々だった。 「なんで、僕の食べたいものがわかったんですか ? 」 はじめは反発しか覚えなかった晶だったが、ところどころでプ オ 「お客さんの顔を見れば、わかるよ」 世代の空気感を象徴するアニメやマンガ、ポップ等のキー そして勘定額も、これら出された料理に対して晶が払って ワードがちりばめられノスタルジーに浸り、そして自分の抱ス ク しいと思う適正価格とびったり一致していた。フードコー えている鬱憤をうまく言い表してくれた場面に何回か遭遇す テ ン ト共通の飲食スペースで料理をほとんどたいらげてから、晶 るうち、気づけば真剣に聞き入っていた。晶はさっきまで知 コ は周りを見る。和食だけでなくフレンチやイタリアンもシェ りもしなかった「あの新進気鋭社会学者」と「あの大物ネッ フのおまかせで料理が出されているらしかった。ここの料理 ト論者」に対し、もっと僕らの世代を象徴する話題を引っ張
いるのが感じられるはずである。彼が読者に勇気を与えない 平然と口にしたり書いたりする厚顔無恥な人間のことをいっ のは、彼自身が勇気を持っていないためなのだ。一方のセネ ているのではない。自分では考えていることを書いているつ 力はあなたを奮い立たせ、燃え上がらせる」 ( の三十一 ) もりでも実際はそうでないことがあるということである。モ きびしい批評である。これはモンテーニュがこれら三人の ンテーニュが批判したキケロの場合がおそらくそうだったの 文章の言外に漂う印象に基づいて下した批評である。そうい だろうが、しかし彼のような有能な読者の手にかかれば、一 うことが可能なのは、ことばは知力にだけ訴えるものではな見堂々と見える文章にも力の抜けた空疎なものが隠されてい 、感性、心情、あるいは記憶という人間の能力のすべてに ることが見透かされてしまうのだ。どんなに華麗な雄弁も、 訴えかけるからであって、読み方としては当たり前のことを そこに真実が籠っていなければことばのむなしさを覆い隠す した結果がこういう文章になるのである。 ことはできない。モンテーニュは文をそこまで読む人だっ ちなみにモンテーニュは、死にたいするセネ力の勇気を称た。実際、ことばというのは空恐ろしいもので、ビュフォン えているが、そのセネ力がある陰謀に加担した疑いをかけら がいったように、「文は人なり」なのである。ことばはそれ しふ れて、彼が師傅として仕えたローマ皇帝ネ口に死を命じら が表わす意味以上のものを含んでいて、読む力のある読者が れ、自死を決意したとき、平然と死に向かい合い、また若い 読めば、そこに「人」が、その人間の本性が表われて来るの である。 妻ポンペイア・パウリナがともに死なせてほしいと必死に哀 願するそのわけを聞いて、彼女の健気さに打たれ、願いを聞 き入れるところを「三人の良妻について」 ( Ⅱの三十五 ) のな かで描いている。典拠はタキトウスの『年代記』にあるが、 わたしは本を読むのが遅い。それでずいぶん損をしている これは典拠をうわまわる感動的な描写であって、いまモンテ かもしれないが、この年になればいつも勉強や仕事のために ーニュがセネ力の死について語っていたことを裏づけるもの本を読んでいるわけではないから、読める本が二倍になって である。いい文章なのでぜひ一読をお勧めしたい。 も別にありがたいとは思わない。だから、どこまでも我流で 話を戻そう。わたしたちは自分が考えていることを書いて 読む。読みたいと思う本は、活字を目で押さえるようにして いると思っている。が、果たしてそういえるだろうか。考え 読む。というよりも、むしろ本がそういう読み方をわたしに ていると思っていることでも、必ずしもその人が本気でそう させるのである。いい酒が呑み方を教えるようなものであっ 考えているとはかぎらない。 しかも、ときにはその人がそれ て、旨いから欲張ってもっと呑もうとしても酒がそうはさせ に気づいていないことがある。これはこころにもないことを ない。旨ければ旨いほど酒というものは、まるで味を愉しめ 298
へスト & ロンクセラー チェ 1 ホフとは何者だったのか ? チェ 1 ホフ七分。絶望と = 一分。希望 子供、ユダヤ人 ( オカルト、革命、女たち・ : ロシア文学の第一人者が、世紀末を彩るモチーフをまじえ、 沼野充義 最新研究をふまえて描く新しいチェーホフ論ー 美しい話もヒリヒリ苦い話もあります。 楽しい夜 一家に起きた不気味な出来事 ( 「家族」 ) 。大事にしまった電話番号 ~ 序本佐知子編訳の紙切れ ( 「 ? , 。こ「大学時代の女友達一一一人の夜 ( 「を ) ・ = ほか、名アンソロジスト選りすぐりのⅡ編。 あの名作はこうして生まれたー デビュ 1 ト説論を創。た デビュー小説にはその作家のすべてが詰まっている ! 村上龍、村上春樹から町田康まで、 8 人の人気作家の世界を 清水良典 その原点から読み解く、新しい文学案内 ! 沼野充義 清水良典 1 アビュー 小説論 物時代を第のた物またも の絶望と三分の希 ・ 2 200 円 978-4-06-219951-3 ・ 2 , 500 円 978-4-06-219685-7 ・ 1 , 800 円 978-4-06-219930-8
たと感じた。連帯感が高まる心地よさで団結してしまえば、 突如、電子的なビートの利いたが流れ始めた。八〇自分の生まれた国の優位性をむやみやたらと誇ったり、間 年代ふうのようであり、コンピューター上だけで作られた最違っているとはわかっていても集団で暴徒のような行動を 近のクラブ音楽ふうでもある。つまりは今五〇代くらいの人とってしまうようなことは誰の身にでも起こり得ることだろ たちから一〇代の若者たちまで、皆一様に心のどこかで懐か うと。やがてマスゲームは終了した。 しいと思えるであろう絶妙なだった。実際に流れてい るサウンドをもとにして、各人の頭の中に記憶されている、 すごかったねー、みんな。わたくし感激したよ。あうんの ここで流されてはいない他の曲やそこから派生するノスタル誇り , ジーへと接続してくれるのだ。二十数年間で経験した楽し かったことや辛かったことを思いだし涙ぐんでいるのは晶だ 総統の言葉に、今日一番というほどの大歓声がわき起こ けではないようで、隣にいる四〇歳くらいの女が頬を手の甲 でぬぐっていた。 あうんマスゲーム、 いくぞお , スクリーンに見本の文字や絵柄が投影され、マスゲームが 始まった。晶は一度も練習していないどころかなんの説明も 受けていなかったが、自分がどうすればいいのかがなんとな くわかった。のリズムにのりながらスクリーンを見て いれば、紫と白のバネルをどのタイミングでひっくり返せば いいか阿吽の呼吸でわかってしまう。指揮者不在なのに、数 万の人々によるマスゲームは驚くほど統率がとれている。晶 はふと、自分が今まで理解できていなかった感覚を理解でき ほんと、尊いと思うよ、この空気感。それを共有できない 人はぶっちやけ、この世からいなくなっちゃっても、 ね。そんな人は一人もいないと思うけど。みんな、一つの同 じ空気感だけ共有する世の中になったらどんだけ生きやすく なるんだろうって感じだよね 5 。そんじゃ、またいくよー、 せーのつー 一つの民族、一人の総統、一つの文脈。晶は手振りを周り にあわせながら、大きな声で皆と同じ一言葉を叫んだ。 ( 次回十一月号 ) る。 238
「会社戻らなくて大丈夫なの ? 」 「まだ大丈夫です。研究所から口止めばかりされているんで 元がとれるかはわかりませんが、ここで色々と自分の使命に 目覚めたというか : : : 変えられる気がするんです、今まで自 分が向きあってきたものを。必要とあらば、なんだってやっ てやるんですよ僕は。ええそうです、やってやりますよ 途中から、須賀の言葉は独り言に近くなり、目も虚ろに なりやすい人の特徴【内輪にしか通じないコミュニケー ションをとりがち。他者が作り出した流れや考えにのつかっ たり盗んだりしがちで、かっそのことに対する自覚やためら . い、か薄。い 〈意識的文脈支配者 ( ″救世主し〉 概要【変質暴動者に噛まれても変質暴動者にならず、変質 暴動者を噛むと二五 5 三〇 % の確率で人間へ戻せる人 なりやすい人の特徴】内輪以外にも通じるコミュニケー ションを重要視する。他者が作り出した流れや考えに頼らな い思考や行動がとれる。また、他者が作り出した流れや考え にのつかったり引用する場合もそのことに自覚的であり、自 分なりにそうするための意義を見つけ、引用する対象や文脈 目を覚ました理江が手に取った新聞朝刊の一面に、その新を意識的に再構築することができる。 情報は大きくとりあげられていた。機密保持のためすべては ″救世主みの正体は、大勢が作り出す文脈に甘んじてこな 明かせないものの、政府系研究機関による確固たる研究結果 ザ かった人々だった。 が政府判断で公示されたと記事には記されている。表に、わ 書斎へ戻り、昨日書いた創作ノートを読み返すうち、なに かりやすくまとめられていた。 オ かか弓つかかった理江は入念に読み直した。一つの単語へ目 がいった。「ゾンビ」という単語を当たり前のように用いてス 「変質暴動者化 / ″救世主″化分ける鍵」 ク いることに、違和感があった。実質的にはアメリカの映画監 テ ン 督が広めたに等しい単語を、まがりなりにも同じ作り手たる コ 〈無意識的文脈受動者 ( ″ゾンビし〉 自分があたりまえのように使ってしまっていた。そういう無 概要【変質暴動者に噛まれやすい人 & 噛まれてもいないの 自覚的なところが駄目なのではないか。他人が作った言葉や に生きた状態から変質暴動者になってしまう人 よっこ。
ベルがそこらの一般人と変わらないレベルで、そのうち一人どモンべにしか見えないゆるゆるのズボンを穿いた女、ねじ はあきらかに劣っていた。性欲という本能的に惹きつけられ り鉢巻きのようなネクタイ、ヴィンテージものなのかゴミな る要素が欠如し、かといって他の要素が優れているでもな のかわからないみすばらしいジーンズ、自分の顔が印刷され く、歌は下手でダンスの切れも悪いから生理的にうったえか たシャツ、くるぶしに巻かれたモコモコとした輪、おでこ けてくるわけでもない。 しかしながら観客たちは熱狂してい まで覆いつくす特大サングラス。様々なアイテムやコーディ る。見続けていると、二曲終わったところで o が始まっ ネートがここにいる人同士で被っていたりすることからも、 た。アイドルたちによる全然知らない呼びかけに対し統率の なんらかの流行に従った格好をしているのだと理解できる。 とれた客たちが全員右手で狐の形を作る謎のジェスチャーと ファッションに疎い晶でも、巷でそんなものは流行っていな 大声で返し、周りの雰囲気にのまれ晶も真似た。各メンバー かったとわかるレベルの異世界のトレンドだ。しかしここで には役割分担があるらしく、人気者、根暗、無知、高圧的、 も、トレンドから外れた自分の格好を晶は少し気にし始め、 アパズレというキャラクターに加え、誰と誰の仲が悪いだと近くにあった洋服屋のプースをのぞいた。白黒のモード か誰が誰を尊敬、メンバー全員味噌きゅうりが好きで、「思 ファッション専門店で、張りつめた空気感のおりなす近寄り いが伝わるアイドル」として全ファンレターに全員が目を通がたさにたじろいだが、各品の値段はわりと手頃だ。そして している等、色々と面倒くさい設定だらけだとわかった。 会場内ではちゃんと円貨決済が行われていると知り、文明社 だが不思議と、無名の彼女たち独特の個性や出自という、 会が保たれている安心感に包まれた。 ばっと見ただけでは読みとれない情報を能動的にくみ取って 店から出ると、紫色の制服を着た係員たちが誰かを連行し ゆくほどに、応援したい気持ちが湧いてくるのだった。目で ているところだった。両腕を二人の男につかまれている四〇 見ることも耳で聞くこともできない、存在しない魅力がそこ歳前後の痩せた男性は顔色が悪いものの、皮膚の露出してい にはある。普通の人には理解できないそれを読みとれている る部分に噛まれた跡があったりだとか、ゾンビ的な暴れ方は こと自体に充足感を覚えた。二〇分足らずの短時間でハマり まったく見せていない。スタジアムの出入口で緩い身体検査 かけてしまったことにふと戸惑いを覚えた晶は、ステージか があったが、見落としがあり、既にゾンビに噛まれていた人 ら離れる。 の兆候に、今になって係員が気づいたのか。 会場内を行き交う人々の多くが、いきすぎたオシャレとい 数万の人々の中からどうやって家族を探せばい、、思、 うか奇抜な格好をしていた。スカートを穿いた男に、ほとん かない晶は、匂いにつられフードコートへ足を運ぶ。和食、 232
た。ラフな格好をした所員たちが二〇人ほど、パソコンに向 「″潜在的キャリア″をあぶり出すためです。当サイトヘア かっている。大きなスクリーンには日本地図が映っており、 クセスすればログが残り、二度以上のアクセスで″潜在的 各地域のなんらかの指数を表した棒グラフや円グラフが数種キャリア″として登録されます。今日現在、日本国民のうち 類、数秒おきに切り替わって表示された。 ゾンビへの変態が報告された人の割合は三・九二バーセント 「ここでは日本全土における文脈の分布について計量的な観なのですが、″潜在的キャリア″として登録された人たちに 測を行い、様々な事象との関連性を調査しています」 占める変態率の割合は、一一三 ・六二バーセントです」 二〇バーセント近くも、変態率に開きがある。 ; 明した森厳道の部下らしき案内人は、近くの席にいた痩 身の男を呼んだ。チェックシャツにジーンズの男は若禿で、 「当サイトの利用者たちは、文脈に乗りたがる傾向にありま 黒髪と白い地肌のコントラストが際立つ。日の光をあまり浴す。自分の頭で理解し、自分なりの感想を組み立てるのでは びていないのだろう。情報技師官だという男は説明を始め なく、正解はなんなのか、周りの人たちはどういう感想を抱 いているのかをひどく気にし、自覚はなくとも他人の抱いた 「私の班では、一一年前から、ありとあらゆる芸術作品のあ感想を盗み、自分オリジナルの感想として意識の底から置き らすじ解説や感想を掲載するウエプサイトを作っています」 換えてしまうのです」 手招きされて見たディスプレイ上のトップページに、は そうすれば、その作品について語ったりする際に自分だけ 見覚えがあった。小説、映画、ドラマ、アニメ、マンガ、演がその共通認識から外され寂しい思いをしたり、皆と違った 劇といったストーリ ーが附随する作品のあらすじや解説、感意見を口にして恥をかくこともなくなる。 想、批評が網羅的に掲載されているサイトで、も過去に何 「思考の画一化 : 度か利用していた。 がロにすると、情報技師官がうなずく。 「一度はご利用されたことがありますね ? 無理もありませ 「元ネタに接した人でさえ、一一次的素人解釈のほうを信頼し ん。少しでも難解な作品に出くわしたとき、サーチバーにそ てしまうのです。よく閲覧されるのは、映画でいうとデビッ ド・リンチやクローネンバーグ、ミヒャエル・ハネケ、小説 の作品名プラス『わからない』、『あらすじ』、『解説』、『結 ではバロウズやプルーストなんかでしようか」 末』、『ネタバレ』等入力してしまえば、ほとんどの確率でこ ストーリ ーがっかみづらかったり謎が多い難解な作品や、 のサイトが検索結果のトップに出てくるのですから」 「 : : : なんのために、そんなことを ? 」 長すぎて自分で読む気はしないが知識としてあらすじだけ っ ) 0 225 コンテクスト・オプ・ザ・デッド