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検索対象: 肩ごしの恋人
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1. 肩ごしの恋人

ないんです。こう言っては何ですが、あなたはこれといった資格もお持ちじゃないですし、 難しいんですよ、こういう方は」 「だから、受付や秘書の仕事ならそれなりのキャリアがあるって言ってるじゃない」 係員は、ちらりとるり子の顔を見た。その目に気の毒そうという形容詞がっきそうで、 ゃな予感がした。 「青木さん、そろそろ二十八歳になられるんですよね」 るり子は少し身体を退いた。 「それがどうしたのよ」 「派遣社員としての受付や秘書の場合、企業側はどうしても若い女性を望むんです」 思わずムッとした。 「私が年だって言うの。まだ、そんなことを言われるような年じゃないわよ。だいたい、若 くても私よりプスで愛想の悪い女は山ほどいるわ」 「それはまあそうでしようけど、企業側の条件がそう出ていますので」 「ふん。あっそ。い、 しわ、わかったわ。とにかく、 面接の手続きだけはとってみてよ。面接 さえすれば、私が採用されるに決まってるんだから」 しかし、係員はあくまで冷静だ。 「申し訳ありませんが、それはちょっと社の規則でできかねます。他の会員の方から苦情が 出ないとも限りません」

2. 肩ごしの恋人

216 部屋に入ると、ソフアの前で、るり子と崇がまるで子犬のように抱き合っている様子が目 に入った。 その姿を見た瞬間「まずい」と思った。何か特別なものを見てしまったような、見てはい けないものを見てしまったような気分になって、萌は慌てて玄関に逆戻りした。 いったん外に出て、わざわざ鍵をかけて、改めてチャイムを押した。 「遅いなあ」 髪をくしやくしやにした崇が顔を出した。 「待ちくたびれて、寝ちゃったよ」 「何だ、寝てたんだ」 「るり子さん、ワインがぶ飲みしてさ。晩ご飯、食うだろ」 「いらない」 「何だよ、ずっと待ってたんだぜ」 「ごめん、もう食べてきたから」 居間に入ると、るり子はまだよく眠っていた。もともとるり子はすぐに誰かとくつつきた がるタイプの女だし、あのふたりがじゃれあっている様子は何度も見ている。どうしてあん なに焦ってしまったのだろう。 「食べないなら、連絡するって約束だろ」 崇が頬を膨らませ抗議した。

3. 肩ごしの恋人

遅くなるという。久しぶりに新宿まで出て、伊勢丹でもぶらぶらしようかと思ったが、やは りひとりでは退屈だ。 周りを見ると、週末に浮き足立っている人の姿がやけに目につく。 互いに不細工なのに、恥ずかしげもなくいちゃいちゃしまくっているカップル。見るから しゃべ にクルクルバーの顔と格好で、だらしなく語尾を伸ばす喋り方ではしゃぎ回っているガキど も。穿いているバンツの伸びきったウエストのゴムが象徴するような、緊張感も自意識もな くした家族連れ。制服みたいに派手な柄ものジャケットを羽織った象足のおばさん軍団。押 し入れの奥に長い間しまいこんだ布団みたいな臭いがしそうなおじさん。 見ているだけで腹が立ってくる。かと言って、このまま家に帰ってしまうのも退屈だった。 ひとりの夕食は、るり子のもっとも苦手とするところだ。ひとりの食事は、食べ方を下品に する。 誰を誘い出そうか考えた。何人かの顔を思い浮かべ、携帯電話の番号を検索して、かって のポーイフレンドたちに連絡を入れてみた。 けれども、どいつもこいつも留守か、今からデートの約束のある奴ばかりだった。結婚し たら、周りから男たちの影が引いてゆくことは、前の二回の結婚ですでに知っていたが「ヤ レない」女には、奢るどころか会う気もしないという露骨な態度は、やはり悔しい 結局、萌にかけた。 「あ、私、るり子。今、何してる ? 」

4. 肩ごしの恋人

悪そうな女たちに的を絞っていた。ただのスケベオヤジにしか見えなかった。るり子に擦り 寄ってくる男は、年下のガキばかりで、それも誘い言葉は「おねえさん、僕と遊ばうよ」だ った。つまり、もしべッドに入るようなことがあったとしたら、帰りにお小遣いをねだろう もら としているのだった。貰うのではなく払う立場に自分がなる ? そのことにまず驚いた。 . し子′ . し 何なのよ、 いつのまに、こんな扱いを受ける私になってしまったの。 すっかり酔っていた。めちゃくちゃだった。それでもまだ飲み足りない気持ちだった。い つもは陽気なお酒が、今夜はどれだけ飲んでも気持ちが塞いでゆく。こんなはずじゃなかっ た。こんな気持ちになりたくて飲んでるわけじゃなかった。 もう午前三時を回っていた。知ってる店はみんな回った。この時間で、開いているところ はない。それでも飲みたい。まだ足りない。るり子はひとつだけ朝までやっているお店を思 し出した。 入って来たるり子を見ても、文ちゃんは少しも驚かなかった。 「あーら、誰かと思ったら、あんたなの」 と、前と同じ光ったプラウスのボタンを四つはずした姿で、面倒臭そうに出迎えた。 「スコッチの水割り、ダブルでね」 「やだ、相当飲んでるでしよ」 ふさ

5. 肩ごしの恋人

「君は、僕に同情している。妻に逃げられた男に誘われて、自分まで断ったらかわいそうだ と思ってる」 「違うわ」 「どうかな」 萌は笑顔をつくった。 「私はそんな殊勝な女じゃないわ。面白がってるのよ。シングルの私から見れば、結婚のト ラブルは格好のネタなのよ。そら見たことかってね」 柿崎は息を吐き出した。 「悪趣味だね」 蕎麦が運ばれてきた。かつおだしの匂いがふわりと鼻をつく。 「それで、温泉どうする ? 」 「考えとく」 「そうか。無理することはないからね」 人「わかってる」 窈九時になる前に柿崎と別れ、萌は駅に向かった。 こころもと たたず ご切符を買って、ホームにばんやり佇んでいると、萌は自分をひどく心許なく感じた。 柿崎のことは好きだ。だからこうしてよく会っているし、時にはセックスもする。けれど も、それは恋愛というのとどこか違うような気がする。

6. 肩ごしの恋人

「えつ」 布団の中で、るり子は目を見開いた。 「いないって言って」 「も , ついるって一一 = ロった」 「じゃあ、死んだって」 「あのさ、断るならそう自分で言えよ。僕は知らないよ」 「うるさいなあ、るり子、早く行きなさいよ」 萌に、布団の中で足を蹴られて、るり子は仕方なく起き上がった。洗面所でちょっと顔と 髪を直し、萌のカーディガンを羽織って玄関に向かった。ドアを開けると、最初に、目に染 み渡るようなプルーの空が広がった。いい天気 「るりちゃん」 そのプルーを背景にし、信之が泣きそうな顔をして立っていた。 「お願いだから、戻ってくれないか。エリと会ったことは聞いたよ。るりちゃんが怒るのも 人無理はない。ごめん、本当にごめん。僕、どうかしてたんだ。きっと何かがとり憑いたんだ。 窈もう、絶対しないから。後悔してるから。エリにもきつばり、そう宣一言したから」 ごるり子は信之の顔を眺めた。もう数えきれないくらい見つめ、キスしてきた信之なのに、 ふと、知らない誰かを見ているような気になった。 るり子は、どうしてこの人と結婚する気になったのか、それを思い出そうとした。 、、つ ) 0

7. 肩ごしの恋人

ししのかよ。現場を押さえてとっちめなくて」 「いいの、そんなことしなくても」 「だって、ダンナが知らない女と腕なんか組んでるんだぜ。頭くるだろ」 「全然、逆に何だか安心しちゃった」 崇がばんやりした顔でるり子を眺めた。 「それ、どういう意味 ? 」 「私、常々思ってたの。信くんってすごく善良な人なのね。それって嬉しいんだけど、ど かで責められてるような気分になったりもしてたの。でも、信くんもちゃんとやることやっ てるんだって思ったら、ホッとしちゃった」 「そんなもん ? 」 「何が ? 」 「夫婦ってさ」 「そう、そんなもん。君も、見たってこと信くんに言ったりしたらダメよ」 るり子は信之とは逆の方向に歩きだした。崇が慌ててついてくる。 「ダンナのこと愛してないの ? 」 「もちろん愛してるわ」 「だったら怒るのが普通だろ」 「私だって、たまには他の男の人とランチぐらいするわ。ワインなんか飲んじゃったら、腕

8. 肩ごしの恋人

眦「砂糖はいらないわよね」 るり子は呆れたように萌を眺めている。 「崇くん、このこと知ってるの ? 」 「まさか」 「だろうね。で、それで萌はいいの ? 」 いいの」 「どうして ? 崇くんが若すぎるから ? 」 萌はトレイにカップとグラスを乗せた。 「確かにそれもある。でも、それだけじゃなくて、私、今、すごくいい感じなの。気持ちが 安定してて、見るものも聞くものもみんなすごく楽しくて、お腹の中から幸せホルモンがぶ るぶる出てくるみたいなの。満ち足りてるの。それでもう十分なのよ」 るり子は長く息を吐いた。 「そっか、幸せホルモンか」 「こんな気分、生まれて初めてよ」 「ふうん、ま、それならそれでいいわ。崇くんの遺伝子なら、きっといい子が生まれるだろ それからるり子は食器棚のガラス戸を開いて、グラスを取り出した。 「私、コーヒーやめる。ウォッカにする」

9. 肩ごしの恋人

「ど一 , つい , っ一と ? ・」 「つまらないことさ。物干しにタオルで隠して干してあるちゃらちゃらした下着とか、トイ レの棚の奥にしまった妊娠判定薬とか、夜、ふたりの部屋から聞こえてくるどう考えてもカ モフラージュでしかない音楽とか」 「それはケチをつけてるだけだわ」 「ああ、わかってる」 「まさか君は十五にもなって、母親は一生子供のために人生を犠牲にしなければならないな んて考えてるわけじゃないでしよう」 「そんなことはない」 「もう十分でしよう。それともまだ足りない ? てる ? 」 「いや」 うつむ 俯きかげんに崇は答えた。それから唇を噛んで、声を震わせた。 人「正直一言うと、駅の前に立ってる母さんを見た時、いたたまれなかった。ばあさんみたいに 恋ふ 窈老けちゃってさ、身体も何か一回り縮んじゃって」 やわ ご萌は声を和らげた。 「もう、答えは出てるじゃない」 崇がゆっくりと顔を向ける。 お母さんのこと、もっと困らせたいと思っ

10. 肩ごしの恋人

「つまり、やつばり怒ってるってことよね」 「わかんない奴ね。るり子が手を出したとわかった時点で、もう、 「だから、披露宴の帰り、柿崎さんとやっちゃったの ? 」 「ふうん、そうくるか。言っておくけど、その件に関しては、そこまで面倒な理由なんかな いわよ」 「じゃあ、本当に怒ってないの ? 」 「ぜんぜん」 るり子は思わず声を高めた。 うらや 「ちゃんと怒ってよ、私のこと羨ましがってよ」 しばらく沈黙があって、萌が言った。 「アホらしくて、付き合ってられない」 のんき あっさりと電話が切られ、腹立たしい気分で振り向くと、信之が相変わらず呑気そうに眠 りこけている。今の電話を聞いていて「柿崎って誰だ」と責めるような状況にでもなってく れれば、少しは面白くなるのに。 るり子はべッドに勢い良く乗って、信之の頭を思いっきりひつばたいた。 「何だよ ! 」 信之が悲鳴を上げて飛び起きた。 しいって思ったってこと