馴れるな 馴れるな 一生馴れるな 馴れると 感動がなくなってしまう 感動がなくなったら 人生はおしまいだ 馴れほどこわいものはない いつも初めて いつも初心 何回同じことをやっても 今日が初めて 初めてだから 緊張で身体がふるえる ふるえていいのだ 初心だからふるえるのが あたりまえなのだ
昭和 43 年、花田勝治氏 ( 初代若乃花 ) がテレビの相撲 解説で語った言葉。相田みつをはこの言葉に感動して 書に表わし、額装して一面識もない花田氏に贈った。 みずからの仕事を「誰のものでもない自分の言葉を、 書という形式をかりて表現する」と意味づけていた 相田作品としては例外的なもの。 76
相田みつを略年譜 九二四年五月二〇日、栃木県足利市に生まれる。本名光男 一九三七年旧制栃木県立足利中学校入学。 一九四二年同中学校卒業。同年に歌人・山下陸奥に師事し、歌誌「一路」に参加する。秋の歌会で生涯の師となる 曹洞宗高福寺の禅僧・武井哲応老師と出会う。その後、在家のまま師事し仏法を学ぶ 一九四三年書家・岩沢渓石に師事する 一九五四年第一回個展を足利市で開催。以後、全国各地で「自分の言葉・自分の書」による展覧会を開催する 毎日書道展に入選。以後、一九六〇年まで七回連続して入選 九八四年「にんげんだもの』 ( 文化出版局 ) を出版。のちにミリオンセラーになる 一九八七年「おかげさん」 ( ダイヤモンド社 ) を出版 一九九〇年「一生感動一生青春』 ( 文化出版局 ) を出版 ブック『相田みつをひとり語り いまここ』 ( ダイヤモンド社 ) を発行。 一九九一年「いのちいつばい』 ( ダイヤモンド社 ) を出版 一二月一七日、足利市内の病院で脳内出血により永眠享年六七歳 一九九二年遺稿集『いちすに一本道いちずに一ッ事』 ( 佼成出版社 ) を出版 一九九三年ビデオ『きようが一番いい日』 ( ダイヤモンド社 ) を発行。 遺作集「雨の日には : : : 』 ( 文化出版局 ) を出版 一九九五年『相田みつを・心の詩 ( 1 アノネ 2 空を見上げて 3 大事なこと ) 』 ( ダイヤモンド社 ) を出版 九九六年九月一九日、東京・銀座に相田みつを美術館開館 英語対訳作品集「いまここ THE HERE AND (C)WJ ( ダイヤモンド社 ) を出版 一九九八年「生きていてよかった』 ( ダイヤモンド社 ) を出版 二〇〇〇年英語対訳作品集『そのままでいいがな A Phrase by my side 』 ( ダイヤモンド社 ) を出版 英語対訳作品集『あなたのこころがきれいだから : ・ : ・ TaIkingto. 』 ( ダイヤモンド社 ) を出版 CD-ROM 『おかげさん』 ( ダイヤモンド社 ) を発行 二〇〇一年『じぶんの花を』 ( 文化出版局 ) を出版 二〇〇三年韓国でハングル語訳『生きていてよかった』出版 軽装版『いのちいつばい』 ( ダイヤモンド社 ) を出版 月、相田みつを美術館丸の内・東京国際フォーラムに移転