有働 - みる会図書館


検索対象: リミット
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1. リミット

ろ 76 きつほん 殉職した警官の弔い合戦という思いで、犯人検挙と有働公子の発見に同僚たちが狂奔して いたが、玉川署の捜査本部に出向している片野坂は蚊帳の外である。片野坂にできることと いえば、有働公子がパソコンで閲覧していた捜査資料を追うことしかなかった。 五階に着いた。突き当たりのドアの前に古賀英寿がいた。片野坂も週刊誌の記事で顔を知 っていた。 「お忙しいところすいません。神奈川県警の片野坂と言います」 「どうぞ中へ 古賀はどことなく緊張した様子で、片野坂の視線を避けるように事血蔀のフロアに招き入 れようとした。 この男は何か知っている、と片野坂は直感した。もしかしたら有働公子が接触を図ったか もしれない どんな表情も見逃すまいと古賀を凝視し、片野坂はフロアに足を踏み入れた。 ろうごく すす 牢獄の闇にくるまれている貴之は、自分の気管支の音の他に、啜り泣きを聞いた。 あゆみが泣いていた。空腹の涙だろうか。一一度目の食事も、貴之は一人で食べるしかなか った。デビルがトレイの中身を平らげるまで許してくれなかった。その時もあゆみは目を閉 じ、空腹を堪え、貴之が食べ終わるのを待っていた。 かや

2. リミット

ない限り、自分はどこへもいけない。人生は先には続かない。教室の闘いでは顔をはっきり 見ることができなかった。どんな強さを表清に刻んだ女なのか。征服し、殺す前に、有働公 子の顔を間近で見つめてみたい。 はたして有働公子は小学校から進けることができたのか、智永は確かめたくて携帯電話の 番号を押した。一一度目のコールで「はい」と出た。 小学校に呼び寄せたと同じ方法で誘いだすことはできない。無一言が続いた。お互いに無駄 な会話は必要ない。智永は挑発の言葉のひとつでも投けかけてやろうとしたが、そのまま切 ばく った。すると、暗黙のうちに有働公子と心が通い合っているのでは、という漠とした思いに 駆られた。まるで自分は恋する相手と満足に会話もできない生娘に似ている、と智永は失笑 した。 「道は分かるわね」 っ士今」い 車のポンネットに道路地図を広げ、群馬県嬬恋に至るコ 1 スを篤志と確認する。 「先生、俺が仕留めるからな、あの女は」 智永と泉水を前にして篤志が男の沽券を振りかざし、これまで聞いたことのない重々しい 声音で一 = ロう。泉水が「どうしちゃったの」と笑っている。 「うるせえよ。俺にまかせろよな」 智永は、頼りにしてるわよ、と微笑みで答えた。 こけん き 9 め

3. リミット

ろ 5 う みなとみらいのイベント会場で発砲事件発生。警官一名が頭部に被弾して殉職。一般客一 名が重神奈川県警からの入電に玉川署の捜査本部は張りつめた。 発砲したのは一一十代前半の女。狙われたのは、殉職した警官に職務質問を受けていた女性 で、茶色のメッシュが入ったショ 1 ト・ヘアでサマーセータ 1 姿という目撃情報が入った 時、益岡だけでなく捜査本部の誰もが、手配中の有働公子だと直感した。 事件発生から三時間後の午後一時、益岡にとっては絶望的な報告が県警幹部から電話でも たらされた。 後頭部を撃たれて即死した警官の体から拳銃が奪われていて、そのプラスチック製のホル スタ 1 から検出された指紋が、有働公子のものと一致したという。 楢崎あゆみちゃん誘拐事件については報道協定が績はれているため、県警は発砲事件につ いて有働公子の公開手配をたった今行なったと益岡に告げた。まったくの事後報告である。 益岡が茫然と受話器を置いた直後、擎視庁の広報担当から電話が入った。桜田門の記者ク 智永の微笑みの顔に固い意志がみなぎっている。車を発進させ、ばうっと立ち尽くす一一人 の若者の前から走り去っていった。

4. リミット

2 ろ 9 だろうと思った。結婚亠ー年目で子供はいない。 「有働公子、発見」の連絡を受け取ったのは、徹夜の疲れと夫婦関係の疲れが一緒くたにな って気力を奪おうとしていた時だった。 有働公子は外部から擎視庁の情報処理センターにアクセスしたらしい。センタ 1 の管理者 は擎を鳴らし、玉川署の捜査本部にダイヤルインした。すぐに厚木署の刑事課に「管内の パソコン・ショップに有働公子が潜伏中」と報告が届き、厚木市内を警戒中のパトカーに指 示が下ったのだ。 自分自身の血の色を思わせるような赤色灯を偽装車両の屋根につけ、片野坂は一般車両を 徐行させて本厚木駅前に急行した。 ウインドウズ画面に連続幼児失踪事件の一一一件目の資料が載った。 この写真だ。公子は身を乗りだす。五歳の子供がキーホルダ 1 の怪獣と顔を並べるように して立っている。子供はカスピ海の海賊を真似して、ピストルの形にした右手を怪獣の頭に 突きつけている。ミルク・パックに印刷されていた写真と同じものだ。 あゆみと貴之を営利目的で誘拐した犯人は、白いワゴン車を共通項とした三件の幼児拉致 事件の犯人と同一人物 : : : とみて間違いなかった。 トカーの音が遠くから聞こえてくる。 公子は迫りくる所轄の外勤警官の存在を感じた。パ

5. リミット

4 う 0 有働公子が現われた。現金運搬車が犯人側と接触する最後のチャンスを狙ってやってき た。子供を取り返すためなら、味方の組織を敵に回し、裏切り、愚弄することを厭わない。 片野坂にとってはいまいましい限りだが、今や公子に対して畏布に似た感情を抱いているの も確かだった。 「大丈夫かフ 運転席の後輩刑事がうつろな目で頷いた。 現場の報告を受けた益岡に、茫然としている暇はない。 石神井公園付近で現金運搬車をまた見失った。追跡車両の行く手を阻んだのは、指名手配 中の有働公子だった。またしても有働公子が身代金奪取に加担しているのか、と心で絶叫し た。埼玉県警本部への電話を急いで部下にかけさせる。 にいざ あさか わこ、つ 新座市、朝霞市、和光市の一帯を固める緊急配備を県警の刑事部長に要請をしたが、「全 面的支援」を約束した今日の午前中とは状況が一変していた。 し & かしがわ 朝霞市の新河岸川が警戒水位を越えて、付近住民への避難勧告がされたという。埼玉県警 は自衛隊と協力して堤防決壊に備えている真っ最中で、とてもじゃないが主要幹線道路の配 備に三千人の人員はさけないという答えが返ってきた。 五百人。それが限度だという。啝示と埼玉の境界線にたった五百人。それではザルだ。現

6. リミット

241 てくるのが見えた。もつれた足どりで方向転換、表通りからふたたび路地へと折れた。 片野坂はあとふたっ信号を抜ければパソコン・ショップに到着できるというところで、署 活系無線の報告を受けた。有働公子はパソコン・ショップからすでに逃走したあとだったと 「バカ野郎」と低く呪いの一 = ロ葉を洩らし、片野坂は現場一帯の緊急配備を命じた。現場の命 令系統を握っているのは所轄の刑事課ではなく、有働公子を追う捜査本部の人間である。高 津署の人間であっても、片野坂は玉川署の合同捜査本部に在籍する県警捜査員として、厚木 署管内で権限を振るうことができる。 「身長百六十一一センチ。年齢三十四隲白い長袖シャツにべージュのスラックス。肩まで伸 びた黒髪」と、最後に見た公子の特徴を署活系無線で徹底させた。 「該当する女性を見かけたら職質をかけろ。発見した地点から半径五百メートル以内を封 鎖。繰り返す、由肉中背で三十歳代の女性に注意せよ」 パソコン・ショップ前に停車すると、運転席から放たれ、店のフロアに乗りこんだ。先に 到着していた外勤警官に状況を訊いた。 店員の話によると、確かに女性が一人訪れ、パソコンをいじっていたという。片野坂は 「この女性でしたか」と、広域手配の電送写真を見せた。青い制服姿の有働公子が凛とした

7. リミット

どごう ラブは有働公子巡査部長についての情報開示を求めて、会見場で怒号をあげているという。 県警が「有働公子のプロフィ 1 ルについては、警視庁のほうに問いあわせてください」と会 見を切りあげたために、マスコミは警視庁に殺到したらしい。県警は発表するだけ発表して おいて、面倒はすべて警視庁に押しつけた恰好だった。 益岡も了承し、有働公子の顔写真と経歴が発表されることになった。 午後一一時、すでに発砲事件について報道していた公共放送が、「現職の婦人警官が発砲事 件に関与、重要参考人として指名手配」と速報で流し、午後の一一ユースを放送していた民放 各局も、みなとみらいの現場中継のレポ 1 ターを通じて、「警視庁の婦人擎〕官が殉職した警 官から拳銃を奪って逃走中」と報じた。 カメラの前の県警の刑事部長は、「擎視庁の」という言葉を何度も強調し、「逃走中の婦人 警官の発見に全力を尽くす」と迫力たつぶりに語った。五十成で擎視正、大卒ノンキャリア にしては最短距離で刑事部長にのばりつめた男だけあって、会見に官僚的な匂いはなく、言 はしまし 葉の端に日本人特有の精神主義が色濃く漂っている。それが聞く者にとって説得力をも つ。 「わが神奈川県警では前例のない大規模な捜査態勢を敷いて、全身全霊、命を賭けて県民の 比様の安全をお約束します」 自分にはこんな喋り方はできない、と益岡はテレビを見てつくづく思った。

8. リミット

12 ろ 「ええ」 「お宅の息子さんを預っています。分かりますか。有働貴之君です」 息子のフルネ 1 ムが鋭い爪となって食いこんでくる。鳥肌が全身を駆けめぐる恐慌状態の 中で、こういうことだ有働公子、と自分の中の誰かが懇切丁寧に説明しようとしていた。楢 崎あゆみの誘拐犯が、お前の息子までさらったということだ。 何のために、と公子は叫びたかった。 「あなたの携帯電話の番号はあなたの息子さんしか知らないはずです。私が息子さんから聞 きだしたのです。貴之君は私が預っているということを信じてもらえますね」 「どうして、そんなことを : どうして他でもない貴之を、と一言葉を続けようとした時、 「お金がいただきたいのです」 電話の相手は冷徹に言い放った。 「あゆみちゃんの他に、私の息子も誘拐したという意味ですか」 「そうです、お金を手に入れたいんです」 公子の体は血流に耐えきれずふらついていた。貴之をこの手に抱きしめるためならいくら でも借しくない。 「いくら : いくらで貴之を」

9. リミット

15 8 「関内の件でご主人に訊きたいことがでてきた。答えろ。どうして自分が指名されたと思 う」 「母親役として長い間犯人を騙してきたからでしよ。腹いせに私を指名したのよ」 「本当一にそれだけだと思うか ? 「他にどういう理由があるって一一一一口うの ? 」 曽根も会話に加わってきた。 「犯人に信用されたのかもしれない。母侵を演じながら、有働は警察に通報したことを正 直に教えた。擎〕察の面子よりも、被圭暑の子供の命を第一に考える婦人警官がいることは、 奴らにとっては好都合なんだ」 曽根は犯人側の狙いを逆手に取ってひと泡吹かせようと考えているようだが、無駄だ。あ なたたちは信頼していた同僚によって裏切られる。私はあなたたちの目を盜んで身代金を犯 人に渡さなければならないのだから、と公子は心で叫んだ。 片野坂は釈然としない表情だった。もっとマシな人間を選べよ、と言いたげな顔で舌打ち をする。 「お願いします、有働さん」 香澄は哀願の面持ちだった。「あゆみのためにお金を届けてやってください」 「お願いします」と彰一も深々と頭を下げた。 メンツ だま

10. リミット

2 ろ 1 を破っていました。有働公子と犯人側に何らかの争いがあったと思われます」 「県警は手配を始めたんだな」 「現場から半径十キロに捜査員を配備しているそうです。特に厚木市内に重点配備です」 益岡は県警の捜査員十人がいるテ 1 プルのほうを振り向いた。捜査本部に出向している彼 らは針のむしろだろう。 そこで益岡は、おやっと思った。あの顔がない。一一度と見たくない顔だったが、その人間 の不在は薄気味悪い思いに駆りたてる。 「片野坂警部補はどうした」 県警の捜査員が立ち上がった。 「昨夜から走り回っています。有働公子が最終的に目指した場所は厚木市近辺ではないか と、今朝の時点で片野坂警部補から報告を受けています」 やや得意げに報告した県警の人間を、益岡は皮肉つばく見返した。 「初耳だね、それは」 。しちいち捜査本部が振り回されるのは忍びないと思いまし 「片野坂警部補一人の考えこ、 ) て」 嘘をつけ、情報の丸抱えではないかと益岡は言いたかった。この期に及んで、県警はまだ せこい縄張り争いをしている。