拳銃 - みる会図書館


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1. リミット

550 ぼうぜん を茫然と眺めている。懸命に公子の姿を探しているようだ。 ここから救いだしてほしかった。古賀は駆け寄ろうにも人々に阻まれている。うしろから 突き飛ばされ、階段を慌てて駆け降りる人間ともつれあって三段ほど転げ落ちたのが見え 公子は手の中にあるものを見た。カッタ 1 ナイフを握っている。すぐ目の前に制服警官の ベルトがある。恐怖の波をかいくぐって、応戦しなければと職業本能が告げている。もつれ た手つきでホルスタ 1 からニューナンプ拳銃を取りだし、拳銃とホルスターをつなげている ループ状の紐をカッタ 1 でしごくように切断した。痙攣が局潮を迎えている制服警官の体 を楯にし、照準に射撃対象を捉らえようとした。 サソリの女が見える。ニュ 1 ナンプより一インチばかり銃身の長い拳銃を、銃把に左手を 添える基本的な射撃姿勢で構えている。照準越しに一瞬、目と目が合う。またしても恐怖の 塊が公子の喉を塞いだ。何人もの人間が視界を通り過ぎていく。拳銃所持の凶悪犯と向かい あったとしても、決して発砲してはならないと警察学校で教えられた状況だ。そもそも拳銃 を握った右手がガチガチに凍りついて、トリガーを引くどころではない。 サソリの女から三発目が放たれた。公子は首をすくめる。制服警官の死体が躍りあがる。 横っ腹に弾丸を食らったのだ。弾丸に脂肪の厚みを貫通する能力はなかったため、公子は命 てったい 拾いをした。たまらず地面を回転して死体から離れる。応戦は無理。ならば撤退。公子は人

2. リミット

46 ろ ーのエンジ 金髪男の一一 = ロ葉を無視して、公子は「行って ! 」と腕を振った。ランド・ロー ンが唸り、方向転換をして道の彼方へ去っていく。金髪男は残念そうに舌打ちをしている。 一方のライトがなくなり、ワゴン車のライトを背中に受けてシルエットになった金髪男 が、公子の前に仁王立ちでいる。 雨に打たれ、風に削られ、大地は鳴動している。それ以外は静寂だった。嵐の中の対峙だ っ一」 0 「先に抜かしてやるよ」 金髪男はゆらりと腕を垂らし、公子が拳銃に手をかけるのを待つ。 亥みに震えていた。一一十メートルの距離、一発 銃把を掴もうとする公子の右手の指は、、」 で的に当てる自信はまるでない。相手はこちらの弾丸の行方を見届けてからでも、楽々と撃 てる。公子に勝機はなかった。それでも腰の拳銃を掴み、この一発に賭けなければならな 「どうした。抜けよ」 こんな場所に自分の死体が転がるのか、と公子は想像する。体の中心部を撃ち抜かれ、お びただしい血をぬかるみの大地にぶちまけて絶命する自分の姿が目にちらっく。 公子は腰の拳銃にどうしても手がかからなかった。 「先に抜けって言ってんだよー

3. リミット

161 ジュラルミン・ケースが後部座席に入った。公子はその横に自分のポストンバッグを置い た。中が大きく膨らんでいる。 「何が入ってる」と曽根に訊かれた。 「家から持ってきたタオルケットです。地獄の果てまで引きずり回されても、仮眠の時間 らい与えてもらえるかもしれません」と冗談めかして答えたら、捜査員たちが「どうだろう な、それは」と笑い、公子の緊張をほぐそうとする。 ポストンバッグの中身。公子はそれを作るのに一一時間かかった。警察のワゴン車に入って 同僚たちの目を避け、裁縫道具を手に作業に没頭した。 助手席に、追跡班と交信するための無線器が設置されている。通常のデジタル信号にスク ランプルを加えた、一般には傍受できない警察無線だった。公子はそれに加えて、外勤の警 察官が日常的に聞いている署活系の無線を携帯した。左耳にイヤホンをはめて聞けば、付近 あぎむ の配備が手にとるように分かる。味方を欺くためにこれが必要だった。 公子は昼に犯人から運搬役に指名された直後、捜査本部に拳銃携帯を願いでた。ところが 益岡のひと声で却下された。 拳銃を手にして犯人を逮捕することが運搬役の任務ではない、金だけでなく拳銃まで強奪 される恐れもあるではないか、というもっともらしい理由だった。息子を奪った犯人と、丸 腰でどうやって立ち向かえばいいというのか、と公子は言い返したい衝動に駆られた。

4. リミット

ろ 94 つ」 0 右の肩から落ちて激痛が走ったが、他のあらゆる痛みで誤魔化される。顎を階段で打ち、 肘も膝も打ちつけた。公子は階段を転がり落ちて、一一階から一階の踊り場で止まった。 窓枠の金属部分で跳ねた弾丸が公子の耳をかすめる。今度は拳銃だった。乾いた銃声がリ ズムを打つ。公子は踊り場でニュ 1 ナンプを両手で構える。初めて拳銃が手に馴染んだ感覚 があった。今なら外さない自信がある。二丁拳銃を連射しながら下りてくる人間が見える と、公子は撃った。何発撃ったのか分からない。相手がひるんで階段の手すりに隠れたのが 分かる。「リロ 1 ド ! 」という男の声が聞こえた。「リロード」というのは「弾をこめる」と いう仲間への意思表示だろう。一方が弾をこめている間に、もう一方がやってくる。次はま た散弾銃か。悲鳴が舌に張りつく。公子は床から尻を離して、踊り場から一階の廊下へ駆け 降りる。 篤志がミリタリー & ポリスにクイック・ローダーで弾をこめている横を、泉水がポンプで 一発目を送りこんで銃を構えた。一階の廊下に駆け降りたポリ女が横っ飛びで視界の外に消 えていくところだった。トリガーを引くタイミングが一瞬遅れ、今までポリ女が倒れていた 廊下の床が爆裂する。いくら撃っても照準の外に逃げられる。「くそったれ ! 」と泉水は毒 づ ) た。その横に智永が追いついて言った。

5. リミット

3 う 9 ない。しかも緊張による震えで照準が左右に揺れる。 「拳銃携帯の場面に出くわさないことを祈っているんだな」と、教官もしまいにはさじを投 ノ ? 」 0 射撃訓練の成績が人事考課に加えられることがないのが救いだった。そもそも大半の警察 官は現場の仕事が忙しくて、警務課から呼びだしがあっても射撃練習どころではなく、擎〕察 学校卒業後、射撃の練習など一度もしたことのない者も多い。ほとんどの警察官が、退官す るまで、現場で拳銃を抜くことはない。 一一セ腹の右半分に拳銃の重みを感じながら、公子は婦人トイレを出た。眼鏡売場で伊達眼 鏡を買ってかけると、野暮ったい妊娠八カ月の妊婦が完成した。 東急東横線のホ 1 ムから上り電車に乗る。高校生が公子の体を気遣って席を空けてくれ る。公子は遠慮せずに座らせてもらった。腹全体を両手に支えて「よいしよ」と腰かけ、目 的地に到着するまで約三十分、泥のように眠った。多摩川駅到着のアナウンスがあると自然 に目が覚めた。眠っていても神経は張りつめている。 駅間に下りたっと、暖かく湿った風を感じた。台風が刻々と日本列島に接近していると思 わせる、不穏な風だった。 タクシーに乗って、昨夜ひと晩張込みをした田園調布本町にやってきた。 午後四時すぎの斜光がマンションの煉瓦色をあぶっていた。四階を見上げる。今そこに冨 だて

6. リミット

ろ 92 ヾトカーの接近を恐れてこの階段を駆けおりてくる敵と戦い 亠貝之はこここま ) よ ) 貴之の居場所を聞きださなければならない。 「学校で銃声を聞いた」とドコモで一一〇番通報をしたのは公子の賭けだった。こちらに有 利な状況で接近戦に持ちこむしかない。早く一味がこの階段を下りてきてくれないと、貴之 を救いだす確率も減っていく。警察が校舎内に来る。その時にまず相まみえるのは公子であ る。指名手配の婦警が拳銃を携帯して潜んでいたとなれば、擎官たちも混乱し、四階にい る犯人一味に逃走の隙を与えてしまうかもしれない。 早く下りてきなさい。何をしているの。お前たちが何よりも恐れる警察が、すぐそこまで 迫ってきてるのよ。公子はニューナンプを闇に向け、ひたすら待った。接近戦をしなければ 当てる自信はない。おそらくこちらが撃つ前に、相手は一斉射撃で襲いかかってくるだろう しレっせい と思うと、三インチ先の照星が右に左にぶれた。 拳銃の震えが最高潮に達した時だった。轟音が耳をつんざき、公子の目の前で火花が降 り、空気が断裂した。手すりの漆喰が吹き飛ぶ。これは拳銃ではない。散弾銃の威力だ。公 子は反射的に撃ち返す。敵は見えない。弾丸を大切にしろと自制心が吠えたてる。膝がヘら へら笑ったまま中腰で後退する。バランスを崩して階段を三段ばかり転げ落ちた。 こつばみじん 泉水は駆け降りながら奇声をあげて連射した。一一発目が踊り場の窓を木端微塵にし、三発

7. リミット

ろ 58 出来あがった臨月の右の脇腹にハサミで切り込みを入れる。そこがニューナンプを隠すた めのホルスタ 1 になる。マタニティ 1 をかぶり、右のポケットに穴をあけた。手を突っこん で腹綿に隠した拳銃を抜けるようにする。何度か練習してみた。 この作業の間、公子に雑念はなかった。きりきりとこめかみが軋むほどに集中し、拳銃携 帯の妊婦を作りあげた。 自分の目の前で射殺された制服警官を悼みながら、公子は武器を手にする。 米国スミス & ウェッソンをモデルに作られたミネべア製ニューナンプ三十八口径。全 長十九・八センチ、六百七十グラム。弾丸は六発入るが、警察では暴発予防のため撃針が当 たる部分の一発目は空けるようになっている。総弾数は五発だった。 警察には「拳銃事故防止三大鉄則」という標語がある。「取りだすな、指を入れるな、向 けるな人に」という五七七。これでは「ただ持っていればいい」と言わんばかりである。 実習もあまりやらない。警官たちは年に一一度、警務課から呼びだしがあって、深川の 術科センタ 1 で射撃訓練を行なう。一一十三メートル離れた直径五十センチの標的に向かっ て、五十発の実弾を撃つ。 だんこん 公子は教官から「こんなに弾痕不明が多くてどうする」と叱られてばかりだった。弾痕不 明とはつまり、標的のポードにすら当たらないということだ。射撃は苦手中の苦手である。 教官は握力の弱さが原因ではないかという。衝撃ではね上がった銃身を一兀の位置に補正でき

8. リミット

けを指で蓋をし、残りの五発を抜く。ぬかるみの地面に弾丸がばらばらとこばれ落ちた。一 発だけ装填したミリタリー & ポリスを金髪男はふたたび腰に差し、公子に言った。 「しまえよ」 公子は伸ばしきった腕の先にニューナンプを握ったまま動けなかった。お互いに拳銃を腰 に差し、早射ちの対決をしようと金髪男は誘っているのだ。 「やろうぜ、な、やろうぜ」 「 : : : 狂ってる」 「ガキの居場所を教えてやる。俺を殺したらそこへ行けるぞ」 自分が殺されたら、仲間を窮地に陥れることになるという可能性など、まるで念頭にない 様子だった。それだけ自信があるのだろう。 ハーかある。自 「新潟の海岸だ。クジラボトケっていうしけた漁村に、建設中のヨットハー 子がびいびい泣きながら、あんたが来るのを待ってるぞ」 公子は銃口を下げた。篤志と同様に拳銃を腰に差し、うしろから照りつけるヘッドライト に向かって言った。 「さあ行って ! 」 あゆみたちを退避させたかった。 「見せてやろうぜ、あいつらに」

9. リミット

375 限りない優しさだった。この男を自分の手で癒してやりたいと公子は思った。古賀直樹が どんな形で五年の人生を終えたのか知らせてやることは、この男に絶望しか与えない。しか さまよ し少なくとも、息子のぬくもりを取り戻そうと暗闇を彷徨うような日々からは解放される。 古賀英寿にとってそれがせめてもの救いになるのだとしたら、公子は傷だらけになっても真 実に辿りつきたかった。 「お願いがあります。車を貸してもらえますか」 古賀は黙ってカリーナのキーを渡してくれた。 この感情の先には秘めたる海があるように思えた。そこに続く水路を断ち切るように、公 子は言った。 「長く待たせると不審に思います。刑事を通すよう電話してください」 古賀は電話を取った。 守衛に「五階の事典部にお越しくださいとのことです」と一一 = ロわれ、片野坂はエレベーター に乗った。 みなとみらいの拳銃乱射事件に有働公子が関与していることが判明して以来、県警本部は 捜査員を現場近辺に大量動員して目撃情報を集めていた。拳銃を手にした女が、現場から横 浜駅方向へ逃走する姿も目撃されている。

10. リミット

408 カーラジオが台風の予想進路を説明していたことを思いだす。明日は大荒れの一日だとい ニュースはみなとみらいの拳銃乱射事件報道に多くの時間を割いていた。一億円を奪った 婦人警官は、死んだ警官から拳銃を奪って逃走しているということだった。 子供を奪われた香澄と心を通わせ、犯人からの電話に適切な応対をしていた婦人警官の顔 を白石は思い浮かべる。人間は分からない。ひと言でそう突き放し、人間理解を放棄するよ りない エレベーターを下りて、途中の酒屋で買ってきたビールの袋を左手に持ち替え、ポケット から鍵を取りだした時だった。 背後の闇から襲いかかってきた何者かに白石は背中を突かれ、ドアに体を押しつけられ た。肋に鉄の感触。銃口が突きつけられる。 「声を出さないで」 白石は促されて、ゆっくりと振り返ることができた。髪型は違っていたがあの婦人警官だ った。指名手配されている婦人警官がなぜ自分を襲うのか。 「ドアを開けて、中に入って」 言われた通り、白石は鍵を開けて、婦人警官に銃を突きつけられたまま自宅に入る。震え る手で電気をつける。ひとり住まいの二の床には昨日着たワイシャツが落ちている。現