片野坂 - みる会図書館


検索対象: リミット
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1. リミット

260 県警との合同捜査本部という体裁を取っていない以上、片野坂は県警から出向になった人 間として擎視庁の指揮下に入っている。噛みくだいて言えば、片野坂の手柄は警視庁の手柄 になる。 当初、県警と擎視庁の軋轢については、益岡は片野坂のスタンド・プレイを理由に県警側 に責任を押しつけた。今では、ひと晩で厚木市郊外の採石工場の現金運搬車を発見した片野 坂の手腕を高く評価し、停滞状況を打破する切り札のように考えている。 このままでは報道協定が解かれたあとに、捜査本部の失敗が徹底的に槍玉にあげられる。 犯人グループの検挙と被生暑の保護が達成できれば、これまでの失点は回復できる。そのた めには優秀な捜査員の独断専行も厭わない。今の益岡にはなりふりをかまう余裕はないのだ がてん ろうと片野坂は合点がいった。 鉄砲玉として片野坂ほどうってつけの人間はいない。いざという時は「片野坂の失敗はす なわち県警の責任」と都合よく論理展開できるからだ。 益岡の思惑は透けて見えた。どちらの手柄になろうが、片野坂に興味はない。身代金奪取 に成功した誘拐犯を自分の手で逮捕できればよかった。欲をいえば、共犯者として手錠をか けた擎視庁の婦人警官を連れて、擎視庁の門をくぐることができたら、片野坂にとっては最 はるみ 高の気分になるだろう。その時は擎視庁の通用門を通らず、晴海通りに護送車を止め、手錠 姿の有働公子を引き連れ、報道関係者が花道を作る中を歩いてやろう。玄関で出迎える益岡 あつれき

2. リミット

ろ 76 きつほん 殉職した警官の弔い合戦という思いで、犯人検挙と有働公子の発見に同僚たちが狂奔して いたが、玉川署の捜査本部に出向している片野坂は蚊帳の外である。片野坂にできることと いえば、有働公子がパソコンで閲覧していた捜査資料を追うことしかなかった。 五階に着いた。突き当たりのドアの前に古賀英寿がいた。片野坂も週刊誌の記事で顔を知 っていた。 「お忙しいところすいません。神奈川県警の片野坂と言います」 「どうぞ中へ 古賀はどことなく緊張した様子で、片野坂の視線を避けるように事血蔀のフロアに招き入 れようとした。 この男は何か知っている、と片野坂は直感した。もしかしたら有働公子が接触を図ったか もしれない どんな表情も見逃すまいと古賀を凝視し、片野坂はフロアに足を踏み入れた。 ろうごく すす 牢獄の闇にくるまれている貴之は、自分の気管支の音の他に、啜り泣きを聞いた。 あゆみが泣いていた。空腹の涙だろうか。一一度目の食事も、貴之は一人で食べるしかなか った。デビルがトレイの中身を平らげるまで許してくれなかった。その時もあゆみは目を閉 じ、空腹を堪え、貴之が食べ終わるのを待っていた。 かや

3. リミット

449 気がつくと世界が逆転していた。車の屋根が地面にある。シ 1 トベルトに助けられ、フロ ントガラスに頭を打っこともなく、膨らんだェアバッグで片野坂の逆立ちした体がシートに 押しつけられていた。 片野坂の逆さの風景に、近づいてくる人影があった。激突した相手の車。その運転席から 降りたったジーンズとシャツの女。 激しい風雨に顔をしかめ、地面に膝をつき、車の中を覗きこんだ女は有働公子だった。 相手が片野坂だと分かって、公子は「奇遇ね」とでも言いそうな顔。 「大丈夫ね 2 水滴の窓の向こうから有働公子が大声で問いかけてきた。隣を見ると、運転手の後輩刑事 」く、つ もエアバッグに包まれて、ばんやりした目で虚空を見ている。外傷は大したことはなさそう 片野坂は窓外の公子を燃えたぎる眼光で見返すしかない。逆さの顔では怒りの表情がうま く作れない 片野坂たちに命に別状がないことを確認すると、公子はさっさと車に戻っていく。片野坂 の手は無線器にさえ届かなかった。捕捉班がやってくるまで、このままの合好で待っしかな

4. リミット

有働公子と有働貴之。母と子が一度に消えた。彼らの身に何が起こったのかと、曽根はど さいな んよりした不安感に苛まれた。 片野坂は玉川署の捜査本部にいた。 捜査員たちは上古沢の採石工場と本厚木のパソコン・ショップに散っている。捜査本部は 県警と静かな綱引きをしながら有働公子の足どりを追っている。連絡係として会議室に残っ ている数名は皆、片野坂を遠巻きにして近寄ろうとはしない。 片野坂はファクス機の前で三本目の煙草に火をつけた。覚醒剤中毒者の禁断症状に似てい ると後輩に揶揄された左手が、開いたり閉じたり、それ自体が独立した生き物のように片野 坂の体の末端で激しくうごめいている。 擎視庁の情報処理センターからのファクスを待っていた。有働公子がパソコンで閲覧した 捜査資料は何だったのか。それが分かれば彼女の足どりが掴めるという確信があった。 三十分前にこの捜査本部に戻った時、擎視庁に戻る益岡と廊下で鉢合わせになった。 「君には期待していたんだけどね」と、キャリア本部長はあからさまな皮肉を片野坂に投げ かけた。本厚木のパソコン・ショップで有働公子を取り逃がした件だった。それは部下を鼓 舞する時の上司の物言いだ。この男は何を勘違いしているのか、と片野坂は失笑してやり過 わごした。

5. リミット

141 「どういう音ですか」 「警察が介入していたことへの、犯人の報復処置だ」 片野坂はまだこだわっている。子供の指が送られてきたことも、公子の失点に結びつけた いらしい。「夫婦をよく見張ってろよ。次にくるのが裏取引だ。あの旦那は携帯電話を持っ ているのか」 「持っています。でも使った様子はありません」 トイレや自室に閉じこもっている時に、公子たちに聞かれず電話をすることはできるかも しれない。しかしこれまで、個室から出てきた彰一には表情の変化はなかった。公子たちの 注意を他にそらして、おかしな素振りを見せることもなかった。 が、片野坂の言うように、これからは分からない。夫婦はどんな要求にも応えるだろう。 もう一本指を送ってやろうかと一一 = ロわれたら、どんな犠牲を払ってでも犯人側の指一小に従うだ ろう。送られてきた小指があゆみのものであればの話だが。 「あの母親の気持ちがよく分かるだろう」 片野坂が投けつけたその一一一一口葉が、公子の心臓に矢を突き立てる。見開いた目で片野坂を見 返す。 「・ : : ・何が言いたいの」 公子の過剰な反応に片野坂は少々ひるんだ。

6. リミット

140 片野坂は「そうですか」とあっさり引き下がったが、テープを受け取ったものの立ち去り 難い様子だった。 「他に用事か ? 」と曽根。 「速達の消印は横浜西局でしたよ」 「だから何だ」 曽根の目にも、片野坂は獲物が自分の縄張りにいて満足そうに映った。 「横浜在住の人に知りあいはいないか、旦那さんに訊きたいんですが」 「こっちで訊いておくよ」 「横浜に住んでいる九条物産社員の中で、アリバイのはっきりしない人間をリストアップし ています。今夜にでもリストを見ていただきますのでよろしく、と伝えてもらえますか」 「分かった」 脱衣所のドアの陰で会話を聞いていた公子は、玄関を出ていこうとする片野坂に見つかっ 何か言いたげな片野坂の目にぶつかり、胸がむかついた。この男の皮肉はもうたくさんだ 「俣だ」 言われた意味が咄嗟に分からない。 っ ? 」 0

7. リミット

は顔面蒼白。有働公子を引渡す時に、「ここまでしろとは言わなかったろう」と益岡の恨み 節が聞けるかもしれない。片野坂は「あとはよろしくお願いします」と踵を返して去ってい くのだ。 はノ \ じつむ 白日夢を楽しんでいる片野坂がふと見やると、遠巻きにしている所轄の捜査員が、何を笑 っているんだろう、という目で盜み見ていた。 ファクスが着信の音を奏でた。 片野坂は笑顔を消して立ち上がる。送付表に「玉川署捜査本部御中 / 発信・警視庁情報処 理センター」とあった。「有働公子巡査部長が端末で閲覧をした捜査資料を送ります」とメ モがついている。 片野坂はファクスされてきた計一一十ページの資料を、機械から吐きだされてくるその場で 読んだ。 それらの事件ならもちろん知っていた。今年五月に連続して発生した幼児失踪事件だっ た。川口、入間、千葉。どれも啝尺近郊で起こっていた。共通点は、現場で目撃されている 白いワゴン車。 ワンダーランドで失踪した子供の父親は、自費で子供の写真をミルク・パックに印刷して 情報を募った。ひと頃、週刊誌でも紹介されたことがあるが、めばしい目撃情報もなけれ ば、捜査の進展もないと片野坂は聞いている。

8. リミット

されている。今の段階ではたして犯人側に現金が渡ったのか確認はできていないが、ランド バーには逃走の意志がはっきりしている。 片野坂の覆面車両は赤々とした点滅光とサイレンで存在を誇示しながら、ランド・ロー ーをびったりと追尾する。 「現在、現金運搬車両は環八の高井戸を北に逃走中」 片野坂は捜査本部に報告をした。いつの間に高井戸の住宅街からランド・ロー バーが脱し ていたのかと、捜査本部の人間たちが唖然としているさまが想像できた。現場の捕捉班は電 波の発信場所の特定にまだ奔走している。本当に現金運搬車なのかと、片野坂は捜査本部か らしつこく確認を求められた。 「肉眼で確認済み。前方五十メートルを逃走中」 今頃、一度崩れた外周の配備を立て直すのにどうすべきか、益岡は頭を抱えているに違い ない。片野坂は愉快に思うより、むしろ益岡に哀れさえ感じた。多磨霊園に配備を固めて南 あやま を手薄にさせた最初の過ちをここでも繰り返している。 「離されるなよ」 片野坂の一一 = ロ葉に、高津署の後輩は緊張した横顔で頷き、ハンドルを握り直す。ワイバーは ほとんど意味をなしていない。逃走車も追跡車も海の中を走っているのも同然だった。

9. リミット

17 ろ いい。ただし五分後には包囲されて手錠がかかることになる。益岡は指揮棒で東京競馬場を コッコッと叩いてから、府中市一帯に大きく円を描いた。 べンツが府中市へ移動することは、捜査本部を経由して署活系無線で各車に伝えられた。 「読みが外れたな : : : 」と片野坂が呟いた。 公子は北へ進むばかりだった。擎視庁と境界を持つのは神奈川県警だけではないという当 ところざわ ひがしなりやま たり前の事実がそこにある。東村山市を越えたら所沢、埼玉県警のエリアに入る。警視庁と もくろみ の広域捜査態勢でまだ「勉強」を積んでいない埼玉県警は、犯人側の目論見通り、数々の失 態を繰り広げるであろうことは容易に想像がつく。 「もう俺たちに出る幕はないか」 片野坂は独りごちた。北へ去る有働公子の運搬車を、県警本部の人間たちは指をくわえて 見送るしかない。 あの婦敬言を捉らえたい。そんな思いに駆られたことを片野坂は我ながら不思議に思う。捉 らえなければならないのは運搬車ではなく、金を奪いにくる連中だと思い直した。有働公子 の存在と、薄ばんやりとした犯人像が、なぜか片野坂の中でダブっていた。 なぜ、犯人は運搬役にあの婦警を指名したのか、どうしてあの女でなければならなかった のかという疑問が、片野坂の中で渦巻いていた。

10. リミット

494 母と子が抱擁している場所に歩み寄る。飛び交う銃弾をかいくぐり、誰の手も借りずに失 った息子を取り戻した公子を、神々しいものでも目にしたかのように見つめた。 「さあ」 片野坂はしやがみ、丸めた背中を公子に向ける。おぶってやる。背中がそう一言っていた。 公子は遠慮せず、片野坂の背中におぶわれた。 「坊主は歩けるな」 貴之は片野坂の隣で「うん」と答え、輝かしい笑顔で公子を見上げる。きらきらと銀色の 波光を浴びた、それは人類が創造する局の美に思えた。 視界の隅に濡れそばった死体を見た。地一兀の警官によって海から引きあげられた黒いシャ ツの女だった。死顔まで見届けようと思ったが、公子の意識はもたなかった。 あんねい 片野坂の背中で浮遊し、睡魔が身を溶かす。安寧の境地に沈むまでもっと息子の笑顔を見 ていたかったが、それも無理だった。 闇に沈む。これは死ではない。すぐに貴之と再会できる。それを一途に信じて、公子は眠 りに落ちた。 ほ、つよう