「さあーと、小谷先生はいじがわるい 「くるよ、な、せんせい」 二、三人の子がたまりかねたようにいオ 「きてほしい ? 」 「うん、きてほしい」 子どもたちは声をそろえていった。 「めいわくをかけられてもきてほしいの」 「いいよ」 たけしが、ひときわ大きな声でいって、みんなはいっせいにうなずいた。 みな子が、そのクエゲストとかいう山につれていかれてはたまらないと、子どもたちは 思ったのかもしれない。 さいしょの試練が小谷先生にやってきた。職員室で子どもの作文を読んでいると、教頭 先生がちょっとと呼びにきた。 眼「校長室や」 の教頭先生はあまり、きげんがよくない。 兎校長室にいくと、小谷学級の子どもの親たちが十四、五名も立っている。 「ご父兄があなたと話をしたいということでみえられているんだが : : : 」 校長先生はこまったような顔をしている。 っこ 0
ブン。フンプンハエがとぶ うすいのまわりに キンバエギンバエ プンブンブンハエがとぶ 臼井は鉄三の姓である。さすがに小谷先生はかっと頭に血がの・ほった。 「やめなさいー 小谷先生はからだを小さくふるわせていた。なにかいいたいのだが、怒りのためにこと ばが出ないのだ。小谷先生に人をぶった経験があれば、そのとき、子どもをぶっていただ ろう。 キ」よトっと したいこの なんという子どもたちだろう、きのうの諭の事件といい、 子たちにはひとの心があるのだろうか、やさしさとか思いやりとかそんなものが、ひとか けらでもあるのだろうか。 くやしさがいちどに吹きあげてきた。 「あんたたち : : : 」 ことばにならず涙の方が先に落ちた。 小谷先生は眼に涙をためたまま、いつまでも子どもたちをにらみつけていた。 その日の夜ふけ、小谷先生はおそい風呂からあがって鏡の前にすわった。 つかれたなア、かわいそうにおまえ、眼にくまができているゾ、まだ二十二歳なの
「ここはアダチもようくるで。職員会議サポったったいうて昼ねしてるワ」 小谷先生は吹き出してしまった。ほんとにしようがない人だ。 「あなたたち、アダチとかムラノとかいって先生を呼び捨てにしているけれど、わたしの こともコタニっていっているの」 先ほどから気になっていることを、小谷先生はたずねた。 功は頭をかいた。四郎がした 「そないいうたら、小谷先生だけはコタニっていわへんなア」 ほんまや、と、みんなふしぎな顔であいづちをうった。 「どうしてなの。不公平じゃない」 「先生は美人やから、みんながおまけしてるのやろー 「あんなことをいって、わたしになにかおごらせる気なんでしよう 「アダチはたいこ焼、おごってくれるで」 と芳吉はいった。功がまたあわてて、アホと芳吉をこづいた。 「おまえはほんまに : 功はぶつぶついっている。どうもこのコンビはじきこういうことになってしまうらしい 小谷先生は笑った。 「いいわ。たいこ焼は暑いから、アイスキャンデーにしなさいよ。先生おごってあげるか
308 昼から新聞記者がたくさんきた。足立先生は新聞記者にはていねいに話をしていた。そ して、さいごにかならずいうのだった。 「ちゃんとほんとのことかいてやー 足立先生は子どもと新聞記者以外は : せったいしゃべらなかった。たったひとっ例外が あった。教員組合の人がきたときだ。 「三日めから医者をよこしてんか。まだ死ぬのんはやいからな」と足立先生はいった。 三時ごろ、足立先生がねころんでいると、へいの向う側から、コンコンという音がした。 足立先生が眼を向けると、破れたへいの穴から小さな眼がのそいている。 「だれや」 「おれや、功ゃー 「功か」 「腹へったか」 「ああ、腹ペこやー 「つらいやろ」 「つらいな。日ごろ大ぐいやからよけいつらい」 「これ、たべろ」 功は小さな穴から、砂がっかないようにそろそろニギリメシを出してきた。 「ニギリメシやないか」
はあいっている。 「あたいらもくばる先生」 みんなで相談をして手伝うことにしたと、純はいった。 小谷先生はちょっとまよった。子どもにビラをくばらせてよいものだろうか、それでな くとも子どもを争いの道具に使うという非難があちこちにある。小谷先生がちゅうちよし ていると、純はいった。 「もともと、おれらのことやろ」 そのことばをきいて小谷先生は決心した。小谷先生は純たちにビラをわたした。 電車から人がおりてくると、てんてこまいになる。 「いそがしいなア」 純がひめいをあげている。みさえははじめのうち、 「オッチャン読んでちょうだい」 といちいちいって、手わたしていたが、おしまいのころになると、は、、はいといって 眼ふところにおしこむようにしていた。その方がずっと能率がいい。 の「あっ、わすれとった」 兎ふいに純が大きな声をあげた。 「鉄ツンこい」 純はバンドをはずして、からだにはさんでいた大きな紙をとり出した。二枚の紙はゴム
224 「そやかて、土管の中は広いねんで。おっちゃんかて通せん・ほくらいはできるやろ。ふた りだけやったら、犬にげてしまうで。はよおいで」 恵子はごういんに運転手の手を引っぱった。 「かなわんな、この子ー しぶしぶだったが運転手はついてきた。 「やった」 功はよろこんでこおどりした。 「さすがおれの妹」 功はじまんしたが、今回はだれも文句をつけなかった。 恵子は三人の男に、土管の入口を教えた。 「なんやこれ、下水道やないか」 「こんなとこへもぐるんかいな」 っこ 0 運転手はなさけなさそうにいオ 「ほんとにこんなとこに犬がおるんか 「なにをいうとんおっちゃん、野良犬の巣やから一匹や二匹とちゃうねんで。四、五匹か たまってんねんで。ちょっとくらい苦労せなあかん、いこー 恵子はみさえといっしょにいちばん先に土管の中へはいっていった。 男たちもしかたなしについてきた。
「そうかー 野犬狩りの吏員たちは、すなおに車をおいた。そこまではうまいぐあいにいったのだが 「野犬はどこにおるんや」 「土管の中やねん」 「土管の中に犬がおるのんかー 「きっとそこが安全なんやろ」 恵子は口から出まかせいっている。 恵子とみさえについてきたのは三人のうちのふたりだった。運転手は運転台に残ってタ ハコをふかしている。 「なにしとんや、恵子は」 かくれてみていた功はいらいらしてさけんだ。 「ひとりでも残したらなんにもなれへん。あの・ほけなす」 しオしいだろう、恵子 眼恵子はひっしだった。ひとり残っている。どうしよう、どう、つこら、 のは頭が痛くなるほど考えた。 兎とっぜん恵子はうしろ向いてばっと走った。運転手のそばへきていった。 「おっちゃん、おっちゃんもこなあかんー 「なんでや、おっちゃんは犬をとらへん。車を運転するのがおっちゃんの商売やー
といった。小谷先生は小さくなっていた。 「なにいうとるんじゃ とっぜん大きな声がした。 足立先生である。教頭先生がむっとして、「発言するなら手をあげてからにしてくれ」 といっこ。 「はあーい」 足立先生はバカにしたように、、 しっそう大きな声をはりあげた。しかたなさそうに教頭 先生は、どうそといった。 「折橋くんのいっていることだけが正しくて、ほかの人のいうてることは、みんなまちが いやと・ほくは思う。給食当番は全員にさせなくちゃいけない。あたりまえのことながら、 浩二も鉄三も全員のうちにはいる。もし、浩二や鉄三がふけつであるために病原菌をばら まいたとしたら、学級担任をはじめクラス全員がよろこんで伝染病にかかる」 みんなどっと笑った。 「もっとまじめに発言してもらいたいな」 眼 苦虫をかみつぶしたような顔をして教頭先生はいった。 の 兎「まじめにいうとる。・ほくのいいたいことは保健教育に名をかりて、子どもの心をふみつ けていないか、それそれの教師が自問自答してくれということなんだ」 小谷先生が手をあげた。
「ほかの先生方も、よくここにくるの」 「くるかい ! 」 ひどくこわい声で四郎がしった 「おおかたのセンコはわいらをばかにしとんじゃ。わいらのことをくさいいうたり、あほ んだれいうたり、だいたい人間あっかいしてえへんのじゃ」 四郎のあらっぽいおしゃべりをきいて、小谷先生は背中が寒くなるような気がした。こ んなに人なつつこい子が、どうしてきゅうにそんなこわいことをいうのだろう。 「くさいゴミをもってくるのは、あいつらのくせになア 「ほんまじゃ」ーーーと、みんな口をそろえていった。 「姫松小学校でええセンコいうたら、アダチとオリハシとオオタくらいやな」 足立先生の名まえがあったので、小谷先生はちょっとうれしかった。 「足立先生はいいの」 「あいつはおれらの友だちゃ、な、みんな」 「そや、ともだちゃーと、これも口をそろえていった。 「小谷先生は ? 」と、小谷先生はたずねてみた。 「ええで」と功が、ちょっとてれていった。 「どこがいいの」 「鉄ツンをかわいがっとるやろ」
「こぼしたらいかんそ。うまいぐあいにコップをかたむけろよ 足立先生は勝手なことをいっている。 「先生、なに歌っとるんや」 「なになに」 足立先生はのんきに木曽節なんか歌っていた。 四時ごろになって、小谷先生ら四人がそろって処理所にきた。 「足立先生だいじようぶー 小谷先生は心配そうにたずねた。 「だいじようぶだいじようぶ、わがはいはいたって元気でござる」 足立先生はせっしゃのオッサンみたいなことをいっている。功の差入れてくれたいつば いの水 ? で、きゅうに元気になったようだ。 「足立先生、淳ちゃんのおかあさんたちが中心になって、署名運動をはじめてくださるこ とになったのよ。ひとりひとり話をすればわかってくれるはずだって」 眼「それはありがたい」 の「先生のクラスの父兄ともれんらくをとっていっしょにやるっていっていらっしやった 兎わ」 「いっそうありがたいねー足立先生はすこし明るい顔になった。