言わ - みる会図書館


検索対象: 失踪症候群
296件見つかりました。

1. 失踪症候群

ヨシオが壁を回り込み、応対に出た。しばらくやり取りが聞こえる。黙って聞いていると、 そのうち来訪者が大きな鉢植えを担いで店内に入ってきた。 「じゃあ、ここでいいですかー 鉢植えを担いだ男は、グレーの作業着を着ていた。植木屋のようだ。ヨシオが返事をし、 作業着の男が頭を下げた。 「では、一カ月したら取りに伺います よろしく、と言い置いて、男は伝票を置いて出ていった。残された鉢植えは、人の背丈ほ どもある熱帯産の観葉植物だった。 「なんだよ、あれ。葉っぱなんか置いてどうするんだよ 村木の隣に並んでカウンターに坐っていた羽田が、顎をしやくって気怠げに尋ねた。ヨシ オは怯えた表情を隠さず、生真面目に答えた。ヨシオは村木たち《ゼック》に対して、いっ も距離を置いて接していた。 「鉢植えのレンタルだそうです。一カ月無料で貸し出しているので、置かせてくれないかっ て言うんですよ。場所が空いてたから、まあいいかと思って」 「ふん」 羽田が鼻であしらうと、ヨシオはそそくさと厨房に戻った。開店前は絶対に店内に出てこ ようとはしない。台風が通り過ぎるのをじっとこらえるように、《ゼック》が消えるのを待 っているのだ。村木にはその怯えが面白かった。村木たち《ゼック》にとって、他人が自分 242

2. 失踪症候群

「それじゃあ、その後は知りませんよ。私は彼の保護者じゃないですからね」 「利いたふうな口を利くなよ、おっさん。後悔するぜ」 危ない兆候だった。長谷は今や、膨れ上がった風船も同然だった。ほんの少しの刺激で爆 発する。それが男にはわかっていないようだ。 「ともかく取引は終わりました。私はちゃんと要求に応えたんだから、もうこれでおしまい にしてくださいね。それだけを言いに来たんです。それじゃ」 男は言うだけのことを言うと、驚くほどの素っ気なさで身を翻した。そのまま壁の向こう 一同が呆気にとられるほどの引き際の早さだった。 に姿を消し、店から出ていく。 「待ちゃがれ ! 」 ほんの一瞬遅れて、長谷が我に返った。大声でわめきながら後を追う。がたがたとテ 1 プ ルを揺らしながら長谷が出ていくと、店にはふたたび沈黙が訪れた。 「おい、昇平」 静寂を破ったのは村木だった。村木は池上の方に向き直り、韜晦を許さない決意で問い質 した。 「今のが宏治が恐喝していた相手なんだな。それにお前も一枚噛んでたんだな」 「だったらどうだって言うんだよ」 池上は開き直ったような薄ら笑いを浮かべて答えた。 「説明してくれ。小沼がどうこうと言ってたな。あの男と小沼と、どう関係があるんだ」 とうかい 309

3. 失踪症候群

じゅんじゅん 詰問ではなく、諄々と言い聞かせるように原田は反論した。頭ごなしに叱りつけたとこ ろで、娘の反抗心を煽るだけの結果に終わる。親の怒りを恐れる気持ちがあるうちは、まだ 話し合いの余地も残されているはずだった。 「謝ればいいの ? 上目遣いに、真梨子は原田を見た。原田の物腰が柔らかなので、爆発する機会を掴めず戸 惑っているようだった。原田はさらに質問を重ねた。 「どこに行ってて遅くなったんだ。またバンドの追っかけか 「今日は違うよ。友達と喋ってた」 「女の子かー 「男だったらどうだって言うの ? 」 「男なのか」 「どうだっていいじゃん。関係ないでしょ 「関係ないことないだろう。相手が女の子なら、その子も帰りが遅くなったわけだから、向 こうの親御さんも心配するだろ。学校の友達か」 「違うよ」 「ライブハウスで知り合った友達かー 「うるさいな。どうだっていいじゃないか」 「良くないから言ってるんだ。昨日母さんから聞いたが、ずいぶん帰りが遅い日もあるそう ー 08

4. 失踪症候群

「なあ、意外と儲かるんじゃないか。そうでなきや、こんなことやってられないよな。な 真鍋は親しげな口調で言い、僧の肩を軽く叩いた。修行だかなんだか知らないが、そんな にしゃちほこばることもない。少しはこちらの相手をしたらどうなんだ。真鍋は僧の気持ち をほぐすつもりで、馴れ馴れしく体をすり寄せた。 ところが僧は、それでも応じようとしなかった。ただひたすらに、ロの中で経を唱え続け る。その態度は頑なで、真鍋の存在そのものを拒絶していた。 こうなったら絶対に喋らせてみせる。酔っている真鍋は、酔っぱらい特有のしつこさでそ う決心した。 「あんた、本当にお坊さんなのかい。なんでも最近は、偽者の托鉢僧も出没しているそうじ ゃないか。中国人とかイラン人力しし ゞ、 ) ) アルバイトとして托鉢して歩いてるんだろ。あんた もどっかのインチキ宗教の回しもんじゃないの」 つい先頃聞きかじった知識を思い出し、真鍋は揶揄してみた。本物であればインチキ扱い されれば怒るに違いない。それでも黙っているようなら、もしかしたら本当にインチキ野郎 かもしれないではないか。 「なあ、なんとか言ってみたらどうなんだよ。本当にインチキなのか」 沈黙を保ち続ける相手に業を煮やし、つい真鍋は僧の衣の袖をんだ。力を込めたつもり あ」

5. 失踪症候群

原田は妻の物言いに、軽く腹を立てた。このところ仕事のため、帰宅時間が遅くなってい た。家族が三人揃って食事をする機会もついぞなかった。原田が帰ってきても真梨子は顔を 見せるでもなく、そのまま一度も会わずに終わってしまう日が再三だった。娘の言葉を鵜呑 みにする雅恵にも腹が立ったが、己のそうした娘を省みない生活にも、後ろめたさとともに 苛立ちを覚えた。 「そんなこと言ったって、あの子はあたしの言うことなんか聞かなくなってしまったし 雅恵はそう言って、曖昧に語尾を濁した。そのまま顔を上げず、茶碗に白飯をよそう。娘 への接し方に困っているのが、原田にも見て取れた。 真梨子のことについて、本人にではなく雅恵に文句を言うのは、とりもなおさず原田自身 が娘の存在を持て余しているからだった。ついこの前まで無邪気に膝に上ってきた娘が、気 づいてみればいつのまにかよそよそしくなっている。かってはあれほど嬉しそうに話した学 校での出来事も、いっしか親には言わなくなった。真梨子は父親と顔を合わせることすら避 けるようになり、互いの思うことはもはや通じなくなっていた。 その変化はあまりに忍びやかで、原田にはいっ頃からのことか見当すらっかなかった。気 づいてみれば、娘の気持ちがわからなくなっていた。同じ屋根の下に住む親子にもかかわら ず、娘の存在は義歯のような異物感を伴うようになっているのだ。それは正に悪夢じみてい て、何者かに娘の体を内部から乗っ取られたかのようだった。かっての娘が戻ってくるのな

6. 失踪症候群

た。何か変事が起きたのかと、原田は心臓を締めつけられるような緊張を覚えた。 「どうしたんだ」 妻の様子には動揺が感じ取れた。原田はどうにか落ち着かせようと、努めて平静な口調で 尋ねた。 「真梨子が、出ていっちゃったのよ」 一言一言噛み締めてそう言った。 雅恵は自分の罪を告白するように、 「出ていった ? 何があったんだ」 どうせそんなことだろうとの予感はあったが、改めて真梨子のことだと言われると、正直 辟易する気持ちが湧いてもくる。どうして真梨子は、親を煩わせることばかりするのだろう。 何をしてもかまわないから、せめて親に心労を強いるようなことだけはやめてくれないもの 「あたしと口論したのよ。そうしたらあの子、すごく興奮しちゃって。それでどっかに出て いっちゃったの。もう帰ってこないなんて、捨て台詞を残してー 「帰ってこない ? 」 「そう。後を追いかけたんだけど、途中でタクシーを拾われて見失っちゃったのよ。真梨子、 どこに行ったのかしら。また変な友達のところに行っちゃったのかしら」 妻も未だ興奮しているのか、ふだんよりも早口になっていた。原田に訊かれても答えよう がないことを、言葉を重ねて尋ねてくる。原田は落ち着かせるつもりで、その前後の状況を 巧 7

7. 失踪症候群

たちは誰なんだよ」と言った。 「てめえの身分も言わねえでいきなり質問だけしやがって、失礼だと思わねえのか」 男は口調に似合わぬ、至極真っ当なことを言った。原田は諦めて、自分の身分を明かした。 「私は探偵だ。依頼を受けて、行方不明になった小沼豊を捜している」 「探偵 ? 」男は妙な抑揚を付けて、問い返した。「あんた、名探偵 ? 」 何がおかしいのか、男の言葉に他の四人が一斉に笑った。その哄笑はあまりに唐突で、ど こか頭のネジがいかれているのではと思わせるほど、狂的な響きがあった。 「どうなんだ。知ってたら教えて欲しい 「そっちの人はスカウトなの ? 男は原田の言葉に直接答えず、顎で水内を指した。同時に哄笑も収まる。まるで訓練され たような、感情を伴わない止み方だった。 「違う。彼はただ、私の仕事を手伝ってくれているだけだ」 答えようとする水内を遮り、原田が応じた。水内は不満そうにロ籠ったが、原田はそれに 「任せてくれーと目配せで応じた。当初予想していたよりも、《ゼック》のメンバ 1 はずっと 物騒な気配を漂わせている。水内に任せられる相手ではなさそうだった。 「知らねえよ 男は脈絡もなく、言葉を発した。一瞬なんのことか理解できなかったが、どうやら小沼豊 の行方について答えているようだった。

8. 失踪症候群

原宿駅の代々木公園側の改札を出てすぐに、その男は原田の視界に入ってきた。髭を 生やしたロ許を綻ばせ、頭を下げながら近づいてくる。 「やあ、元気そうだな」 みずうちよしき 原田が軽く手を挙げて応じると、水内良樹は律儀に直立した姿勢から低頭した。 「ご無沙汰しています」 水内と会うのは四年ぶりだったが、眼前の男の印象はその頃のイメージと一変していた。 ロ髭を生やしたためかもしれないが、ずいぶんと落ち着いた物腰になっている。今は小さい ながらも自分の喫茶店を持ち、マスターとして働いているという。店を構えたという責任が、 水内の自覚を促したのは想像に難くない。 「すまないな。突然呼び出したりして」 原田が言うと、水内はとんでもないとばかりに手を振った。 。しつだって伺いますよ 「何を言うんですか。原田さんの頼みならま、ゝ 「店は開けてきたのか」 い 9

9. 失踪症候群

「生活指導の先生みたいなこと言わないでよ。たばこ吸っちゃ駄目だなんて言うんだったら、 あたしたち帰るよ , 「別にそんなことは言わない。でもひとつだけ聞かせてくれ。真梨子もそれを吸ってたの か」 「そうだよー 「普通のたばこも ? 」 「もち」 もちろん、という意味のようだった。覚悟はしていたが、その軽い肯定には打ちのめされ た。真梨子がたばこを吸ってるところなど、想像すらできなかった。 「 : : : その《おにぎり》は、誰がどうやって作ってるの」 気を取り直して尋ねると、少女は「知らない」と首を振った。 「あんたたち、知ってる ? 」 少女は周りの友人にも訊いたが、誰も知らないと言う。とばけてるわけではなさそうだっ 「じゃあ、どうやってそれを手に入れるんだ」 「売ってくれる人がいるのよ。誰かは内緒。絶対言わない約束なんだから、訊かないでよ , 少女は厳しい語調で言う。原田はもっと追及したかったが、ひとまずそれは抑えた。原田 は彼女たちを欺いた人間として、強い反発を受けても仕方のない立場なのだ。非常時だから

10. 失踪症候群

「たぶんこれまでにも、小沼君の消息を尋ねる人が来たと思うけど、もう一度私にも詳細を 聞かせてくれないかな。誰か、小沼君の行方に心当たりがある人はいなかった ? 」 「どう ? ー亀山は顎をしやくって、自分の前に坐る学生に質問を振った。「お前は同じ経済 学部だから、なんか知ってんじゃないの」 「いやあ、全然」 尋ねられた学生は、とんでもないとばかりに首を左右に振った。髭を生やした細面の男は、 外見はとても学生とは見えない。長く伸ばした髪を後ろで無造作に結び、ロッカーというよ りョガの行者のようだった。 「同じ経済学部って言っても、あんまり授業は重なってなかったしさあ。だいたいそんなこ といまさら訊かなくったって、おれと小沼が大して親しくないのは知ってんだろ」 「と言うわけなんですよ」髭の学生の言葉を引き取って、亀山が言った。少し肩を竦めて、 原田の方を見る。「小沼がいなくなった当時、おれらもずいぶん話題にしたんですよ。でも 誰も、あいつの行く先に心当たりはなかったんです。特別悩みを打ち明けられたっていう人 もいなかったしね」 「このサ 1 クルで、 / 沼君と一番親しかったのは誰なのかな」 原田が尋ねると、三人の学生たちは顔を見合わせた。答えに窮しているようだった。 「特別ね、親しいって奴はいなかったんですよ」言いづらそうに亀山が答えた。「あいつは なんていうか、少し陰気なところがあって、おれたちに心から打ち解けてないような感じが