黒船 - みる会図書館


検索対象: 竜馬がゆく 1
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1. 竜馬がゆく 1

といえば、戦国乱世のころは、赤武者の姿をみただけで敵はふるえあがったときいている」 「ちょっと待ってくれ。君は、何者なのだ」 「まあ、 手でおさえ、 「おれの名などはどうでもいいのだ。おれはいま井伊家のことをいっている。浦賀の警 備にわざわざ井伊家がえらばれたのをみても、おれは井伊の赤備えの武勇がこんにちな あわ お生きていると思って、肌の毛がそくそくと粟だつほどに感動したのだ。ところがどう 、君たちには、じつに困る」 「な、なぜだ」 「おンしらは、敵を間違うちよる」 つい、土佐一 = ロ葉が出た。 「敵はどこにいる。あの黒船ではないか。黒船を見物していたおれではない。おれをひ っとらえて番所にひったてたところで、黒船は沈まん。幸い、君らは武勇の家の子であ る。どうだ、ここでおれと会うたのを幸い、みんなであの四隻の黒船のうち一隻でも奪 い取りに行かんか。勝算はある」 ( こいつ、狂人か ) みんな、あきれた。 竜馬は、真剣である。十一人が夜を待ち、岬の蔭から小船を繰り出して黒船に漕ぎよ

2. 竜馬がゆく 1

せるのだ。 「船べりに近づくと、このうちから剣術達者五人をえらんで素裸になり、刀一本をかっ いで海に入り、反対側の船べりにまわる。黒船の連中が小船に気をとられているあいだ に、裸組は縄をなげて舷側をよじのばるのだ。あとは西洋のサーベルなどは、日本刀の 前に敵ではない。ましてわれわれは井伊家の赤備えだ」 ( われわれ、ときたな ) 一同、顔を見あわせたが、そのうちの一人でさきほどから首をひねっていた男が、 「あっ、先夜、藤堂の陣屋をさわがした男というのは、こいつではないか」 「なるほど、通牒どおり土佐なまりだな」 「不審だ」 鯉口をきった。 「ひっとらえろ」 竜馬の努力はむだだった。やむなくガケをとびおりて逃げだそうとしたとき、海をみ て棒立ちになった。 来黒船が動いている。江戸湾の内浦にむかって突進しはじめているのである。 船「おい、見ろ、戦さだ」 黒 ばっぴょう 四隻の黒船がにわかに浦賀沖で抜錨し江戸にむかって突進しはじめたのは、あとで こいぐち

3. 竜馬がゆく 1

222 の者が家老に意見を申しのべるなどは、あってよいことではないのである。 それから数日して、竜馬はおどろくべきうわさをきいた。 例の桂小五郎からきいた、小五郎の師匠である吉田松陰という青年が、密出国しよう として幕吏につかまったというのである。 松陰はもともと漢学と軍学だけの教養人だが、日本をたてなおすには外国を知らねば ならぬと思い、ひそかに密出国を考え、この思慮ぶかい男にしては破天荒の暴挙をおも ていはく 下田に碇泊している黒船に漕ぎよせて乗船を乞おうとしたのである。かれは弟子金子 じゅうすけ 重輔とともに決行した。しかし黒船側は、この事件が幕府とのあいだに外交問題をひ きおこすことを恐れて拒絶した。 松陰は下田役人に逮捕され、江戸の北町奉行所へとうまるかごで護送されたという。 下田沖における吉田松陰の壮挙とその失敗は、竜馬がその人物の名を桂小五郎からき いたばかりであったので、ひどく衝撃をうけた。 ( 風雲が動きはじめているのだ ) とおもった。 しかし、 ( おれも、ばやばやしてはおれぬ )

4. 竜馬がゆく 1

118 と叫ぶ者もあった。 じよういろん 幕末の天地を風雲につつんだ攘夷論は、このときにはじまっているといっていし 「武市さんは、どうおもう」 竜馬がきくと、武市半平太はのちに土佐勤王党の首領になった男だけに、黒船が要求 している開港には大反対だった。 「小舟で敵艦にこぎよせ、のこらず斬りふせる以外に方法はない。竜さんも、そうは思 わないか」 しかし、竜馬は急に無邪気に顔をくすして、 ヘリーというアメリカの豪傑が 「その前に、黒船というやつに乗って動かしてみたい。。 うらやましいよ。たった四隻の軍艦をひきいて、日本中をふるえあがらせているんだか らなあ」 「船がすきか」 「大好きだ。武市さん、相談だが、こっそり藩邸をぬけ出て、黒船にしのびこんでみる 気はないか」 「切腹ものだぞ。それに黒船にしのびこんでから、どうする」 「あんたの軍略どおりにやるさ。船頭以下を斬り殺して、他の船に大砲をぶつばなして

5. 竜馬がゆく 1

盟「お一人で黒船をつかまえるおつもりでございますか」 「ああ」 「それなら、さな子も連れて行っていただきます」 「こまったな」 竜馬はちょっと思案して、 「本音を吐きますとな、黒船をつかまえにゆくといったのは、あれは景気づけの法螺で すよ。わしは、日本中がこわがっている黒船というのがどんなものか、見物に行くだけ のことです」 「それだけで ? 」 さな子はおどろいた。 「坂本さまは、ただの見物をするだけで切腹をお賭けになるのでございますか」 「あたりまえです。わしは船がすきだから好きなものを見にゆくのに命を賭けてもよい」 「では、さな子も見にゆきます」 「ほほう、さな子どのも、船が好きだったのか」 「べつに好きではございません」 ロ日こも」り - なき、い」 「ならば、さっさとロロ , し 「でも、さな子は船が好きでなくても」 と、つばをそっとのんで、

6. 竜馬がゆく 1

この嘉永六年 , ハ月三日、つまり米国東印度艦隊の来航の瞬間から、日本史は一転して 幕末の風雲時代に入る。 それにつれ、後年竜馬の運命もはげしくかわることになるのだが、この日の竜馬は、 一向にとりとめない。武市から黒船のことをきいたあと、どういうものか、どかっと底 がぬけたように腹がへってきた。 「武市さん、黒船のことはわかった。しかしなンぞ持たんかえ ? 」 「なンそとは、なんじゃい」 来「食 , つもの」 船と、ロを動かすまねをした。 黒「竜さんは、のんきなお人じゃのう」 すきばら 「のんきどころか、げんに腹の皮が背中にくつつくくらい空っ腹になっちよるがの」 黒船来

7. 竜馬がゆく 1

攘夷論がおこるのは、当然であった。個人の場合におきかえて考えてみればわかる。 突如玄関のカギをこじあけて見知らぬ者がやってきて、交際を強い、しかも兇器をみ せながら恫喝をもってしたのである。ペこペこしてその要求にたやすく屈するはうが、 人間としてどうかしている。 まあ われわれは、そろそろ竜馬をこの黒船さわぎから解放させよう。 事実、この黒船さわぎは、ほどなく、しずまった。竜馬が品川藩邸にもどった二日の い力。り・ ちに、黒船そのものが錨をぬいて日本を去ってしまったからである。 諸藩の警備態勢も解かれた。 竜馬はひさしぶりで江戸へもどり、ふたたび剣術に熱中しはじめた。 ところが八月も暮れようとするある日、鍛冶橋の藩邸に、おもいもかけぬ人物がたず ねてきた。 盗賊寝待ノ藤兵衛である。竜馬が、 「これア、なっかしい」 と長屋の一室に招じ入れると、藤兵衛はほかに人がいないのをたしかめてから、急に 声をひそめ、 「旦那、たのみがあるんだ。藪から棒にこう一言うのも何だが、旦那は人が斬れますかね」

8. 竜馬がゆく 1

「できたらどうします」 「出来ません。第一、黒船のいる浦賀まで行くあいだに諸藩の陣所がある。公儀では不 穏の行動を厳にいましめているし、われわれは途中でつかまってしまう」 重太郎は、あたりを見まわした。あわてて、 「かんじんの竜さんがいませんな。さな子、前へ駈けて行ってさがしてみろ」 竜馬はそのころ、すでに半丁ばかり先を歩いていた。 むろん、黒船を手どりにできるとは、本気で考えていない。そんなことよりも、ひと 目でも黒船を見たいのだ。後年、海援隊長として私設艦隊をひきいて幕末の風雲にのぞ んだ竜馬は、船のことになるとまるで少年のように夢中になってしまう。 ( あわよくば、泳ぎわたってひっとらえてやるさ ) そう思っていた。背後で、足音がした。 「坂本さま、しばらく」 来ふりむくと、千葉家の定紋入りの提灯をもったさな子だった。武市半平太が品川の藩 船邸にもどろうとしていることを告げると、竜馬はべつにおどろきもせず、 黒「かまわない。あなたも重太郎さんも、藩邸で待っていなさい。わしは一人でゆく」

9. 竜馬がゆく 1

竜馬は感心し、 「しかし武市さん、かんじんの黒船がみえぬようだ」 「あたりまえだ。はるか沖あいの岬のかげに投錨している」 が、うわさでは、黒船四隻のうち二隻は錨をおろさず、海にただよっているというぞ」 「いつでも火ぶたを切れる用意だろう」 一行は、藩邸の馬場、矢場などに折り敷かされて待機した。 異国船さわぎはここ五、六十年来何度かあるが、こんどのように軍艦が四隻もやって きたのは、はじめてである。 しかも蒸気のかまを装備して自力で推進できるし、船腹は鉄板でつつみ、砲はそれそ れ二十門も積んでいる。もし四隻八十門の砲が火をふけば、海岸の諸藩の警備隊などは こつばみじんにくだかれるだろう。 「ペリーという大将はずいぶん悪たれた男で、浦賀の奉行をおどしあげているそうだ。 幕府の役人どもは、ふるえあがっているらしい」 来と、武市はいった。きく者は幕府の不甲斐なさに悲憤し、 船「大公儀は、腰がぬけたか」 黒歯がみした。 田「黒船の異人をのこらずたたっ斬ってやればよい」

10. 竜馬がゆく 1

316 折り紙細工である。いつのまに作ったのか、お田鶴さまは話しながら膝の上で小さな てのひら 折り紙を折っていたらしい。竜馬が手にとると掌の半分ほどもない可愛い船である。 し力が ? ・ド ) よ , つず . でー ) よ , っ ? ・」 竜馬は、ばう然とその船をながめている。 これよ、・ とうやら普通折り紙細工でよく作る帆懸け船ではなく、黒船のようであった。 黒船を折るなどは、これはお田鶴さまの新エ夫にちがいない。 しかもその新エ夫の黒船を、竜馬と話しながら、視線をひざもとにも落さずに、ちま ちまと作りあげてしまったのである。 「案外、器用でしよう ? 」 「お田鶴さまには驚かされる」 「なぜ」 ゅうえん 「城下でうわさの高いお田鶴さまとは、もっと幽婉で、息をするのもひそひそとしてい るひとかとおもった」 事実、お田鶴さまはかぐや姫のように美しい、という伝説は城下にあるが、かといっ てその姿を見た者はほんのわずかだから、うわさは神秘化されていて、魚鳥の肉など脂 っこいものは一切たべず、野菜を少々のはかに、毎朝、邸内の竹の葉末にたまる露を自 分であつめては飲んでいらっしやる、とか、書見をなさるほかはなにもせず、ただ満月