ントン - みる会図書館


検索対象: 痕跡 (下)
57件見つかりました。

1. 痕跡 (下)

ケイは姪を無条件に、熱烈に愛している。なぜケイが自分を無条件に、熱烈に愛して くれるのか、これまでべントンはいまひとっ理解できなかった。それがいま、やっと わかりはじめているのかもしれない。 ルーシーは肩でドアを押しあけて、ターミナルにはいってきた。両手にダッフルバ ッグをひとつずっさげている。べントンを見てびつくりしたような顔をした。 「もってあげるよ」べントンは彼女の手からバッグをひとっとった。 「迎えにきてくれるなんて思わなかったわ」と、ルーシーはいった。 「わたしはこっちにいるわけだし。きみもきてしまったようだし。まあ、できるだけ うまくやるしかないな」 獣の毛皮や革をまとった金持ち連中は、おそらくべントンとルーシーのことを、わ けありのカップルだと思っているだろう。べントンが金のある年かさの男で、ルーシ ーが彼の若く美しいガールフレンドか妻だ。彼女を娘だと思う人もいるかもしれな とべントンはふと思ったが、父親らしくふるまってはいない。恋人のようにふる まってもいないが、たぶん典型的な金持ちのカップルと見る人のほうが多いだろう。 べントンは毛皮も金製品も身につけておらず、いかにも金がありそうには見えない しかし金持ちは同類をかぎわける嗅覚をもっているし、彼は金持ちらしい雰囲気をた

2. 痕跡 (下)

きれいに雪かきした小道をベントンが歩いてくるのを見て、スカーベッタは足をと めた。その小道はべントンのタウンハウスから、除雪したばかりの道路へとつづいて いる。彼女はよい香りのする深緑色の木のしたに立って、べントンがくるのを待っ た。彼がアスペンへいってしまってから、ふたりが会うのはこれがはじめてだ。ヘン リが家にきて以来、べントンは電話もあまりかけてこなくなった。そうした事情を、 当時スカーベッタは知らなかった。たまに電話で話しても、彼はあまり多くを語らな かった。だがいま、スカーベッタはすべてを知り、理解している。彼女は理解するこ とをおぼえた。それはもはやスカーベッタにとって、それほどっらいことではなかっ 下 べントンが彼女にキスした。彼のくちびるは塩からかった。 跡 「何を食べてたの ? 」と、スカーベッタはきいた。常緑樹の太い枝のしたの雪のなか 痕 で、べントンをしつかり抱きしめ、もう一度キスをする。 「ピーナツだよ。猟犬なみに鼻がきくんだね」べントンは彼女の目をのぞきこみ、そ

3. 痕跡 (下)

はなれたコロラドのアスペンにいるべントンも、パソコンの画面でその場面を見て、 ′玉、つと ~ 、 冒濆されたように感じていた。だが彼は何の反応も示さなかった。目に怒りの色がち らっくことも、ロがひきむすばれることもなかった。けれどもべントンも当事者であ るルーシーと同じ思いでいた 「彼はきみをさわっている」べントンはテープに記録を残すため、送信機にむかって いった。「さわりはじめている」 「ええ」と、ルーシーはいった。ドクター・ポールソンの質問に答えたかのようだ が、実際はべントンに応答している。彼女はカメラのレンズの前で手を動かし、いま の返事を確認する合図を送った。「ええ、運動はよくしています」

4. 痕跡 (下)

355 痕跡 ( 下 ) 「っカワ・」 「そうよ。髪は切らないで」 スカーベッタは玄関のドアによりかかった。ドアフレームのところから寒気がしの びこんでくるが、気にならない。気づいてもいなかった。べントンの両腕をつかん で、彼を見た。くしやくしやになった銀髪と、その目にうかんでいるものを見つめ る。べントンは彼女を見つめながらその顔にふれた。べントンの目のなかのものが深 みをおび、輝きをました。その瞬間、彼が感じているのが喜びなのか悲しみなのか、 スカーベッタには判断がっかなかった。 「さあ」べントンはそれを目のなかにうかべたままいって、彼女の手をとってひつば った。ドアからはなれると、急に室内のあたたかさが感じられた。「何か飲みものを もってこよう。それとも、食べるものがいいかな。おなかがすいて、疲れてるだろ 「それほど疲れてないわ」と、彼女はいった。

5. 痕跡 (下)

の関係はただでさえ悪化している。スカーベッタはもうそれを終わらせようと考える かもしれない。無理もない。スカーベッタを失うのは耐えがたいが、 / 彼女を責めるわ べントンは小型の警察無線のように見える送信機を手にとり、「作動してるか ? 」 と、ルーシーにいった。 彼女が耳のなかにつけている超小型無線レシー バーがまだ作動していなければ、彼 の声はきこえないはずだ。そのレシ ーバーは外からは見えないが、状況に応じてつけ たりはずしたりする必要がある。ドクター・ポールソンが耳のなかを診るときは、も ちろんつけたままにしておくわけにい、 ルーシーはうまくそれを扱一つことが要 求される。その受信用レシーバーは役にたつがリスクもある、とべントンはルーシー に警告していた。こっちの声がきこえるようにしておいてほしい。こちらから合図で きると助かるから。でもそれには危険がともなう。診察のとちゅうでレシー ーを発 下 見されるかもしれない べントンがそういうと、合図は必要ないとルーシーはいっ 跡 た。いや、やはりこちらから合図を送れるようにしてほしい、 とべントンは主張し 痕 「ルーシー ? 作動してるか ? 」べントンはまたいった。「音声も映像もはいってこ

6. 痕跡 (下)

121 痕跡 ( 下 ) るのだろうか ? やがて何もきこえなくなった。 「べントン ? いるの ? べントン ? なんてことよ」と、つぶやく。「なんてこと なのよ」そういって受話器をおいた。

7. 痕跡 (下)

なぜ家の電話にはでないの ? AJA っ 気が散るのがいやなんだ、とべントンは答えた。だから固定電話にはでない しても連絡したいときは、携帯電話にかけてくれ。気を悪くしないでくれ、ケイ。そ ういう状況なんだ。わかるだろう ? べントンの携帯電話が二回鳴ったところで、彼がでた。 「いま何してるの ? 」べッドのむかいにある、何もうつっていないテレビの画面を見 つめてきいた。 「やあ」べントンの声はおだやかだが、他人行儀だ。「オフィスにいるんだ」 スカーベッタはアスペンのタウンハウスの三階にある寝室を思いうかべた。べント ンはその部屋をオフィスとして使っている。彼はきっとコンピュータースクリーンの うえに文書ファイルをあけて、デスクの前にすわっているのだろう。担当している事 べントンが家で仕事をしているの 件の捜査にかかわる作業をしているにちがいない を知って、すこし気が楽になった。 「たいへんな一日だったのよ。そっちは ? 」 「何があったのか話してくれ」 スカーベッタはドクター・マーカスのことを話しはじめたが、あまりくわしいこと

8. 痕跡 (下)

「ヾ ーベキューグリルがある。パティオにでて、雪のうえで肉を焼くのが好きなん だ。露天風呂のそばで」 「露天風呂ねえ。寒い夜の闇のなかで、銃以外に何も身につけず、というわけね」 「わかってるよ。やつばりあの風呂にはいることはないだろうな」彼は玄関の前で立 ちどまり、ドアの鍵をあけた。 ふたりは足踏みして雪をおとした。雪をかいた道を歩いてきたので、ふりおとすほ どの雪はついていなかった。だがそうするくせがついているし、多少てれくささもあ ったのかもしれない。なかへはいると、べントンはドアをしめて彼女を抱きよせ、ふ たりは舌をからませてキスをした。もう塩の味はせず、スカーベッタは彼のあたたか くて力強い舌と、きれいにひげをそった肌の感触を味わった。 「髪がのびたわね」と、べントンのロのなかにささやき、指で彼の髪をすいた。 「忙しかったからな。切りにいくひまもなかった」と、べントンは答えた。彼の手は スカーベッタの体中をまさぐり、彼女の手もべントンの体をなでているが、コートが ふたりの邪魔をしている。 「忙しかったのは、、 へつの女性といっしょだったからでしよ」と、スカーベッタはい った。キスし、体にふれながら、互いにコートを脱ぐのを手伝う。「きいたわよ」

9. 痕跡 (下)

百メートルはなれている。高度は三百メートルくらい上だろう。雪がふりはじめる前 に車にたどりつけれま ) 。ししか、とべントンは思った。道を見失う心配はない。ただお りていくだけだ。行き倒れになることはないだろう。 「忘れないようにするわ」ルーシーが息をはずませながらいった。「このつぎはちゃ んと食べるようにする。着いてすぐスノーシューをするのも、よしたほうがいいかも ね」 「悪かったな」べントンはまたいった。「きみにも限界があるということを、ときど き忘れてしまうんだ。きみを見ていると、ついね」 「このごろ限界を感じることが多いの」 「きかれていれば、そうなるだろうと答えていたと思うね」ストックを前にだして、 足をふみだす。「でも、そういっても信じなかっただろうね」 「あなたの話はちゃんときくわ」 「きかないとはいっていない。信じないといったんだ。いっても信じなかっただろ 「そうかもしれない。あとどれぐらい ? いまいるのはどの標識のところ ? 」 しいたくはないが、 まだ三番目だ。この先まだ数キロある」べントンは目をあげて

10. 痕跡 (下)

266 道の両側には雪におおわれた山がそびえている。あたりはタ闇に包まれはじめてい た。右手の高い尾根では雪がふっている。ロッキー山脈の夕暮れは早いので、三時半 をすぎるとスキーもスノーシューズも用をなさない。ふたりが歩いている道はすでに 凍りかけており、空気は身を切るように冷たい。 「もっと早くひきかえすべきだったな」と、べントンはいって、前にだした足のスノ ーシューズの先にストックをつきさした。「われわれがいっしょに何かをするのは危 険だな。どちらもひけどきというものを知らないから」 なだれ 四番目の雪崩警戒標識をすぎたところで、ここまでにしよう、とべントンはいっ た。だが結局ふたりはそのままマルーン湖にむかってのぼりつづけ、あと七、八百メ ートルというところで、ひきかえさざるをえなくなったのだ。いまは、暗くなりきる までに車にたどりつくのがやっとという状況だった。寒さと空腹が身にしみる。ルー シーでさえ疲れはてていた。自分では認めないだろうが、高度のせいでまいっている のがべントンにはわかる。歩くべースがかなり落ち、会話をするのもつらそうだ。