思う - みる会図書館


検索対象: 痕跡 (下)
320件見つかりました。

1. 痕跡 (下)

292 しんちゅう の、真鍮と鉛でできた三八口径の弾薬六発をいじっている。ミセス・アーネットとい っしょにいると、それまで経験したことのない力が全身にみなぎるのを感じたことを 思いだした。彼女といっしょにいるとき、ポーグは神のような存在だった。法そのも のだった。 こんなよぼよぼのおばあさんになってしまってね。もう何もかもうまくいかないん だよ、エドガー・アラン。最後に会ったとき、彼女はそういった。かかりつけの医者 がフェンスのむこうに住んでるんだけど、面倒くさがってもう診てくれないんだよ、 エドガー・アラン。こんなに長生きするもんじゃないよ。 はい、長生きはしません、とポーグはいった。 おかしな連中だよ、フェンスのむこうにいるのは。彼女はそういって、意味ありげ に笑った。その医者の奥さんが下品な女でね。会ったことある ? しいえ、ないと思います。 そのほうがいい。彼女は首をふりながらいった。その目は何かいいたげだった。あ の女には会わないほうがいいよ そうします、ミセス・アーネット。かかりつけの医者が診てくれないなんて、ひど いですね。許されないことですよ。

2. 痕跡 (下)

をにぎっているのに、それを伝えてくれなかったことが不満だった。一晩中飲み歩い ていて、大事な情報があるのに知らせようとしなかったのだろうか ? 「きくところによるとな、がギリーの事件に関心をもっているのは、父親が国 ってみりや。チャールス 土安全保障省に情報を流してるからだ。たれこみ屋だな、い トンで、テロ行為に走るような危険な思想をもっパイロットを見つけて、密告してる らしい。あそこじやテロは心配の種だ。 0 ーⅣ輸送機の国内最大の部隊があるから な。一機が約一億八千五百万ドルもするんだ。テロリストの飛行機がいきなり輸送機 部隊につつこんだら、まずいだろう ? 」 「そろそろおしゃべりをやめたほうがいし ゝと思うわ」と、ウェーバー特別捜査官がい った。まだリーガルバッドのうえで指を組んでいるが、指の関節が白くなっている。 「この件にかかわらないほうが身のためだと思うけど」 「もう遅いね」マリーノはそう答えると野球帽をとり、ぼうず頭にうっすらとはえた 下 砂粒のような髪をこすった。「失礼。ゅうべは遅かったもんで、今朝ひげをそる時間 跡 がなかったんだ」紙やすりのような音をさせて、あごの不精ひげをこする。「検査官 痕 のアイズとプラウニング刑事とおれとが、で友情をたしかめあってね。そこで いろんな話がでたんだ。内容は丸秘だからくわしくはいえねえけど」

3. 痕跡 (下)

「痛くねえ」 「前かがみになって。見せてちょうだい」 マリーノは体を前にまげた。背中の枕がそっとどけられる。肩甲骨のあいだにあた たかい指の感触があった。彼女の手が肌に軽くふれ、彼の体をさらに前にたおす。彼 女が調べているあいだ、スカーベッタに裸の背中をさわられたことがあるかどうか、 考えた。一度もない。あればおぼえているはずだ。 「ペニスのあたりはどう ? 」スカーベッタがなんでもないようにきいた。そして彼が 黙っていると、さらにいった。「マリーノ、性器も傷つけられたの ? 写真をとって おいたほうがいいような傷や治療が必要な傷はある ? それとも人類の半分がもって いる男性性器が、なぜかあなたにはないとわたしが思っていることにする ? どうや ら彼女はあなたの性器も傷つけたようね。そうでなければ、そんなことはないという はずだもの。そうでしよう ? 」 下 「そうだ」彼は小声でいって、股をおさえた。「そのとおり、ここもずきずきして 跡 る。でももういままでにとった写真でじゅうぶんだろう。あんたのいいたいこと、つ 痕 まりおれが彼女に何かしたとしても、むこうもこっちを傷つけたってことを証明する 7 ′」↓よ

4. 痕跡 (下)

8 や巨大な暗闇が目の前にせまってきている。嵐が吹き荒れようとする瞬間のようだ。 深く息を吸いこんだ。頭がずきずきする。 「マリーノ、大丈夫よ」スカーベッタは静かにいった。「話してちょうだい。何があ ったかっきとめましよう。具体的に何があったか。それを知ることだけが目的なんだ 力、ら」 「彼女は : : : ええと、プーツをはいてた。落下傘部隊のやつらがはくような。爪先の 部分がスチールの、黒い革のプーツだ。軍用の。それにだぶだぶの迷彩色のシャッ を着てた」マリーノは暗闇に飲みこまれた。丸ごと飲みこまれたようだった。五体を すっぽりと。「ほかには何も。身につけてるのはそれだけだ。おれはもうびつくりし てな。なんでそんなかっこうしてるのかわからなかった。でもべつにそれで何か思っ たわけじゃねえ。あんたが考えてるようなことは、何も思わなかった。そしたら彼女 はおれの体にさわってきた」 「どこにさわったの ? 」 「彼女はこういった。今朝あなたたちがうちにきたときから、ずっとあなたに抱かれ たいと思ってたの、と」マリーノのことばは多少色づけされてはいるが、でまかせで はない。彼女が実際に何といったにしろ、マリーノはまさにそう受けとめたのだ。ス

5. 痕跡 (下)

「失礼ながら、あたしはちょっと意見がちがうんですけど」ルーシーは皮肉っぽくい った。「大いに問題だと思うわ。どれほど大きな問題か、いずれわかるわ。あたしは の人間じゃないわ。おあいにくさま」 「じゃ、ギリーに関することなんだな ? 」彼はぐったりと椅子にすわっている。打ち ひしがれた様子で、身動きもしない。「わたしは娘を愛していた。娘に会ったのは感 謝祭のときが最後だ。うそじゃない」 「子犬の件」べントンがまた指示をだす。ルーシーはレシー ーを耳からむしりとり たい衝動にかられた。 「娘が殺されたのは、あんたが国土安全保障省に情報を流していたからだと思う ? 」 そうではないとわかっていたが、彼から話をひきだすつもりだった。「どうなのよ、 フランク。ほんとのことをいいなさいー そのほうが身のためよ ! 」 「娘が殺された」と、彼はルーシーのことばをくりかえした。「そんなことは信じら れない」 「事実なのよ」 「まさか」 「家にゲームをしにきたのはだれ ? エドガー・アラン・ポーグを知ってる ? あん

6. 痕跡 (下)

「むごい死にかただわ。ほんとにひどい」 「ごめんなさい、わたしの知らないことが何かあるのかしら ? 」と、ウェーバー特別 捜査官がいう 「あの子は殺されたんだ」と、マリーノが答えた。「それ以外には、知らないことは とくにねえと思うよ」 「ほんとにもう、こんなことをいわれてもがまんしなきゃいけないのかしら」彼女は ドクター・マーカスにいった。 「ああ、そうするしかねえだろうな」マリーノは彼にいった。「あんたが自分でおれ をこの部屋からつまみだすならともかく。そうでなきや、おれはここにちんまりすわ ししたいことをいわせてもらうぜ」 「こうしてみんなで腹をわって、率直に話しているあいだに、ぜひあなたの口から直 リー・ポールソンの事件にかかわっているのか」と、 接ききたいわ。がなぜギ スカーベッタがウェー ー特別捜査官にいった。 「ひとことでいえば、リッチモンド警察から応援を要請されたからよ」 「な、せワ・」 「それは彼らにきいたほうかいいんじゃない ? 」

7. 痕跡 (下)

73 痕跡 ( 下 ) 「そうだと思う。はっきりしなくて悪いな、先生。でも会議のことは知ってた」スカ ーベッタの顔を見たが、何を考えているのかわからなー ) 。「なんでだ ? 会議がどう かしたのか ? 」 「わたしは今朝八時半に、はじめて会議のことを彼からきいたのよ」 「やつはあんたをまごまごさせてえんだ」マリーノはドクター・マーカスに強い憎し みをおぼえた。「飛行機をとってフロリダへ帰ろうぜ。あんなやっ、くそくらえだ」 「今朝、検屍局でミセス・ポールソンに会ったとき、彼女に何かいわれた ? 」 「おれを見てそのままいっちまった。会ったこともねえというように。 いったいどう なってるんだろう。わけがわかんねえよ、先生。とにかく何かがおこって、それがま ずいことだってことしかわかんねえ。とんでもなくまずいことをやらかして、しよっ びかれるんじゃねえか。そう思ってびびってるんだ。いままでにもばかなことをさん ざんやってきたけど、今度ばかりは逃げられねえ。年貢のおさめどきかなと思って」 スカーベッタはゆっくり椅子から立ちあがった。疲れているようだが、ぼうっとは していない。その目を見ると、心配しながらもいろいろ考えていることがわかる。マ リーノには見当のつかない何かが、わかりかけているようだ。考えにふけりながら窓 の外を見て、それからカートのところへいってポットに残っていた紅茶をカップにつ

8. 痕跡 (下)

んなに多くなかった。いまでもそうだけど。実はそのとき、監察医として登録しよう かなと、ちらっと思ったんだ。それぐらいあなたの話に感銘を受けた」 「いまからでも遅くないわ」スカーベッタはにつこりした。「監察医の人数がかなり 足りないようだから。百名以上不足していて、問題になっているわ。死亡診断書を作 成したり、死亡現場へいって、司法解剖の必要があるかどうか判断したりするのは、 。いたときは、州全体で五百名 彼らだから。とくに田舎のほうではね。わたしがこここ ほどの医師が、ボランティアの監察医として登録してくれていたの。ボランティア部 隊とわたしは呼んでいたけど。あの人たちの助けがなかったら、とてもやっていけな かったわ」 「最近は、医者がボランティア活動に時間を使うのを、いやがるようになったから な」ドクター・フィルポットは両手でマグを抱えていった。「とくに若い医者がね。 残念なことに、世の中全体が利己的になってきているような気がする」 下 「気がめいるから、そのことは考えないようにしているの」 跡 「そのほうかいい力もしれない ところで、わたしがどんなふうにお役にたてるのか 痕 な ? 」うすいプルーの目に悲しそうな色がうかんでいる。「いい知らせをもってらし たのでないことはわかってる。エドガー・アランは何をしたんですか ? 」

9. 痕跡 (下)

294 その瞬間は自分が神であることがわかっていた。神はもはや神ではなかった。ボク が神だった。フェンスのむこうの医者がサインしない場合はですね、ミセス・アーネ ノトぼくがなんとかしますから、ご心配なく。 どうやって ? 方法はいろいろあります。 あんたはほんとにいい子だね。彼女は枕に頭をのせたままいった。あんたのお母さ んはしあわせものだよ。 おふくろはそう思っていませんでした。 じゃ、ひねくれものだったんだね。 ぼくが自分でサインしますよ、とポーグは約束した。ああいう診断書は毎日見てま ) よ、どうでもいいと思ってる医者がサインしてるんですから。 すけど、半分ぐらし。 みんなどうでもいいと思ってるんだよ、エドガー・アラン。 必要とあらば、サインを偽造しますよ。だから、つまらないことで心配しないでく ほんとにやさしい子だね、あんたは。わたしのもってるもののなかで、何かほしい ものはあるかい ? 遺言を書いて、この家を売れないようにしたんだよ。こっぴどく

10. 痕跡 (下)

ったわ」 ルーシーの目に涙がうかんだ。凍りついたように、丸太にすわったまま動かない また雪をすくってほうりなげた。薄闇のなかを雪の粉がまいおちる。 「昔からあたしは男のほうが好きだったんだから」へンリはそういって、さっきふた りで丸太へ歩いてきたときにできた、スノーシューズのあとに、足をふみだした。 「なんであなたとそうなったのか、よくわからないわ。どんなものか知りたかっただ けかもしれない。あなたのことを魅力的だと思う人は多いでしようね、短いあいだな ら。あたしがいた業界では、ためしにやってみるのはそう珍しいことじゃないわ。た いしたことじゃないもん、どっちにしても」 「あのあざは、どうやってできたの ? 」ルーシーはヘンリの背中にむかってきいた。 ヘンリは極端なほど足を高くあげ、ストックをずぶりとっきさし、息をはずませなが 「おぼえてるのはわかってるわ。ちゃんとおぼえてる ら、森へむかって歩いてい 下 わよね」 跡 「ああ、あなたが写真をとったあのあざのこと、天才刑事さん ? 」へンリは息を切ら 痕 しながらいって、ストックを深い雪につきたてた。 「おぼえてるはずよ」ルーシーは丸太にすわって、彼女のうしろ姿を見守っている。