目 - みる会図書館


検索対象: 痕跡 (下)
252件見つかりました。

1. 痕跡 (下)

「車のなかにスノーシューズがいれてある」と、彼はいった。 べントンはルーシーの目を見つめている。風が彼女の髪をなびかせた。濃い茶色に 炎のような赤がまじったその髪は、最後に会ったときより長くなっている。寒さのせ いで、頬に赤みがさしている。ルーシーの目をのぞきこむのは、原子炉の炉心か活火 山の火口をのぞきこむようなもの、あるいは太陽にむかって飛ぶイカロスが目にした 光景を見るようなものだ、とべントンはいつも思う。彼女の目の色は、光のかげんと そのときの気分によって変わる。いまはあざやかな緑色だ。ケイの目は青い。やはり 強い印象を与える目だが、変化のしかたがちがう。さまざまに変わる色あいがもっと 繊細で、かすみのようにやわらかいときもあれば、金属のように硬質なときもある。 いま、べントンは思いがけないほどケイを恋しく思っている自分に気づいたノー ーが無情にもまた彼の苦しみを呼びさましたのだ。 「山を歩きながら話をしたらどうかと思ってね」と、彼は駐車場へむかって歩きなが ら、ルーシーにいった。「まずそれをやる必要がある。だからマルーン・ベルズの山 で会うことにしよう。スノーモービルを貸しだしているところで。そのあたりではも う道路は閉鎖されているから。標高の高いところは大丈夫か ? 空気がかなりうすい

2. 痕跡 (下)

176 った。ラベルを読むと、床にすわりこんでまじまじとそれを見つめた。自分の頭が混 乱しているのか、それとも何らかの論理的な説明が可能なのだろうか ? 大声でマリ ーノを呼んだ。彼の名前を呼びながら立ちあがり、レーシングカーのような形の棺お けが表紙にのった雑誌を見つめた。 「マリ . ーノー どこにいるの ? 」廊下にでて目をこらし、耳をすました。呼吸が荒く なり、心臓がどきどきしている。「まったくもう」小声でいって、足早に廊下を歩い た。「いったいどこへいっちゃったの ? マリーノ ? 」 彼は正面のポーチにいた。携帯電話で話をしている。スカーベッタと目があった。 マリーノも何かっかんだようだ。雑誌をもちあげ、マリーノに見えるように近づけ た。「ああ。ずっとここにいるよ」彼は電話にむかっていった。「どうやら一晩中ここ にいることになりそ , つだ」 マリーノは電話を終えた。その思いつめたような目には、見おぼえがあった。獲物 のにおいをかぎつけ、そいつを絶対に見つけるときめたときの目だ。何が何でも、見 つけださずにはおかないと。 彼はスカーベッタの手から雑誌をとり、だまってそれを見ながら「プラウニングが くる」と、いった。「いま治安判事のところにいる。令状をだしてもらってるんだ」

3. 痕跡 (下)

の ? 変態どもを家にいれて、あのいやらしいゲームをしたの ? 」 「くそ」彼はうめき声をあげて目をとじた。「あのあばずれめ。おれたちだけの秘密 だったのに」 「おれたちって ? 」 「スーズとわたしだ。男と女はいろんなことをするものだろう」 「ほかには ? ほかの人もよんでゲームをしたんでしよう ? 」 「自分の家なんだから」 「あんたってほんと最低なやつね」ルーシーはけわしい声でいった。「子供の前であ んなことをするなんて」 「おまえはの人間か ? 」彼は目をあけた。憎しみのこもった、サメのように冷 たい目だ。「そうなんだな。そうだろうと思ったよ。覚悟しておくべきだった。わた しがへんなことに関係してるってことにしたいんだな。やつばりそうか。わたしはは 下 められたんだ」 跡 「なるほど。に無理じいされて、通常のパイロットの健康診断なのに、いやい 痕 ゃあたしを裸にしたわけね」 「それとこれとは関係ない。そんなことは問題じゃない」

4. 痕跡 (下)

355 痕跡 ( 下 ) 「っカワ・」 「そうよ。髪は切らないで」 スカーベッタは玄関のドアによりかかった。ドアフレームのところから寒気がしの びこんでくるが、気にならない。気づいてもいなかった。べントンの両腕をつかん で、彼を見た。くしやくしやになった銀髪と、その目にうかんでいるものを見つめ る。べントンは彼女を見つめながらその顔にふれた。べントンの目のなかのものが深 みをおび、輝きをました。その瞬間、彼が感じているのが喜びなのか悲しみなのか、 スカーベッタには判断がっかなかった。 「さあ」べントンはそれを目のなかにうかべたままいって、彼女の手をとってひつば った。ドアからはなれると、急に室内のあたたかさが感じられた。「何か飲みものを もってこよう。それとも、食べるものがいいかな。おなかがすいて、疲れてるだろ 「それほど疲れてないわ」と、彼女はいった。

5. 痕跡 (下)

の神、オリュンポスの山頂に住む神、あらゆる神をしのぐ最高の神である目が、彼を 導いている。その目はどんな映画スターよりも、はるかにすばらしい。自分が全能だ と思ってえらそうにしている女 : ・・ : あの女、あの「大きな魚」よりもずっと。 リモートキーで車の鍵をあけ、トランクをあけてべつの袋をとりだした。これには プール用品の店で買ったものがはいっている。白い車のフロントシートにすわり、な まあたたかい暗闇のなかで考えた。この暗さで、やろうとしていることがじゅうぶん できるだろうか ? 駐車場の街灯の光は、彼がいるところまでかろうじて届く。目が 暗闇になれるのを待った。すこしたっと、だいぶ見えるようになってきた。音楽をき けるように、キーをイグニションにさしこんでバッテリーの電源をいれた。それから 座席の脇のボタンを押して、座席を目いつばいうしろにずらした。作業するのにじゅ うぶんなスペースが必要なのだ。胸を高鳴らせながらビニール袋をあけ、ぶあついゴ ム手袋とグラニュー糖一箱、ソーダ水一本、アルミフォイル、ダクトテープ、太い油 下 性マーカー数本、それにペパ ーミントガムをとりだした。午後六時にアパートをでて 跡 以来、ロのなかはいやなにおいの葉巻のような味がしている。でもいま葉巻をすうわ 痕 。に。いかない。一本すえば、ヤニっぽいたばこの不快な味が消えるのだが、いまは だめだ。ガムの包み紙をむき、ガムをはしからかたく巻いて口にいれた。もうふた

6. 痕跡 (下)

絽「彼女のデータは消去してると思うね。もう死んでるんだから」と、あざ笑うような 目をむける。「おかしなことに、親愛なるミセス・アーネットは医学部に献体したん だ。葬式をしたくなかったし、神を憎んでいたからだ。どっかの気の毒な医学生が、 ばあさんを解剖するはめになったんだろうな。ときどきそのことを考えてね。運悪 彼女のしなびた醜い体をわりあてられた医学生に、つくづく同情したよ」ますま す落ち着き、ロのききかたが図々しくなってくる。彼が自信を回復すればするほど、 ルーシーの憎しみはつのっていく。 「子犬の件」べントンが耳のなかでささやく。「あれをきくんだ」 「ギリーの子犬はどうしたの ? 」ルーシーはドクター・ポールソンにきいた。「子犬 がいなくなったのは、あんたのせいじゃないかと奥さんはいってるけど」 「あれはもうわたしの妻じゃない」冷ややかなきびしい目でいう。「それに、あいっ は犬なんか飼ったことはない」 「スイーティという名前だけど」 ドクター・ポールソンは彼女を見た。その目に何らかの感情がほのみえた。 「スイーティはどこにいるの ? 」 「わたしの知っているスイーティは、わたし自身とギリーだけだ」彼はうすら笑いを

7. 痕跡 (下)

45 痕跡 ( 下 ) マリーノにとっては、さほど想像しにくいことではなかった。だがこれまでずつ と、スカーベッタがほかの男、とくにべントンとどんなことをするのか、想像しない ようにつとめてきた。 マリーノの視線はスカーベッタの頭をとおりこし、窓の外へむけられている。彼の 質素なシングルルームは三階にあり、通りは見えない。彼女の頭のむこうには、灰色 の空が広がっているだけだ。マリーノは心細くてたまらず、ふとんにもぐって寝てし まいたいという子供っぽい衝動にかられていた。目がさめたら悩みが消えうせていた ら、どんなにいいだろう。目がさめるとリッチモンドでスカーベッタとともに事件の 捜査にあたっており、以前と何もかわっていない。もしそうだったら、どんなにうれ しいだろう。ホテルの一室で目がさめたとき、彼女がそばにいて自分を見ていてくれ たら、と思ったことが何度となくあった。ところがいま、彼女はまさにホテルの部屋 で、彼を見ている。どこから話をはじめようと考えているうちに、また子供じみた衝 動にとらわれ、声がでなくなる。ホタルの光が闇のなかに消えるように、心とロのあ

8. 痕跡 (下)

212 の。キッチンのドアからなかにはいったら、ギリーがやってきた。自分の部屋にい て、窓から外を見てたのね。あたしがスイーティをつかまえるのを見てたのよ。ドア をあけるとすぐに窓のところからあたしのほうへかけてきて、スイーティにとびつい たの。あの犬が大好きだったのよ」床を見つめている彼女のくちびるがひきつった。 「きっとすごく悲しがるわ」 「ギリーが窓から外を見ていたとき、カーテンはあいてたのか ? 」と、マリーノがき ミセス・ポールソンはまばたきもせずに床を見つめている。こぶしをあまり強くに ぎりしめているので、手のひらに爪がくいこんでいる。 マリーノはスカーベッタに目をやった。彼女は暖炉のそばから声をかけた。「大丈 夫よ、ミセス・ポールソン。落ち着いてちょうだい。気を楽にして。彼がフェンスご しにスイーティをなでたのは、ギリーが亡くなるどれぐらい前のこと ? 」 ミセス・ポールソンは涙をふいて、目をとじた。 「数日前 ? 数週間 ? 数カ月 ? 」 彼女は目をあげてスカーベッタを見た。「どうしてまたここへきたの ? もうこな しでといったのに」

9. 痕跡 (下)

「彼女の話は役にたった。そうじゃねえか ? おかげで国土安全保障省のことや、別 れただんながくそったれのすけべやろうだってことがわかった。それから、が やつに目をつけてるとしたら、その理由は何かってことも」 「目をつけてるとしたら ? 」フランクリン・ストリートを左にまがり、リッチモンド での最初のオフィス、解体中のかっての検屍局ビルへむかった。「会議の席では自信 まんまんだったじゃない。あれが会議と呼べるならだけど。あれはたんなる推測だっ たの ? 目をつけてるとしたら、ですって ? いったいど一つい , っことワ・」 「ゆうべ、彼女がおれの携帯に電話してきたんだ。おれたちがここへきてから、ずい ぶん解体がすすんだな。いろんなやりかたでこわしてるんだ」マリーノは前方の工事 現場をながめた。 コンクリートのビルは、最初に見たときよりさらに小さく、みじめな姿になってい る。というより、解体されていることにもはや驚きを感じないので、小さく、みじめ な姿に見えるだけかもしれない 一四番ストリートに近づくと、スカーベッタは車の 速度をおとして駐車場所をさがしはじめた。 「ケアリー・ストリートへいったほ , つがよさそうね。ケアリー・ストリートをすこし

10. 痕跡 (下)

283 痕跡 ( 下 ) エドガー・アラン・ポーグは目をとじた。号線のそばの駐車場にとめた白い ビュイックのなかで、最近アダルトロックと呼ばれている音楽をきいている。目をと じたまま、せきをこらえている。せきをすると肺が焼けるように痛み、めまいがして 寒気がしてくる。週末は気づかないうちにすぎてしまったが、もう週末ではないのは たしかだ。アダルトロックを流すラジオ局も、いまは月曜の朝のラッシュアワーで す、といっている。咳がでた。深く息をしようとすると、目に涙があふれた。 かぜをひいてしまったのだ。アザーウェイ・ラウンジの赤毛のウェートレスにうつ されたにちがいない。金曜日の夜に店をでるとき、あの女はテープルのそばにきた。 鼻をティッシュでふきながら。そして彼が金をはらったかどうか確認しようとして、 必要以上に体を近づけた。いつものように、ポーグは彼女が勘定をたしかめる前に、 椅子をひいて立ちあがった。本当をいうとプリーディング・サンセットをもう一杯飲 みたくて注文しようとしていたのだが、赤毛のウェートレスが面倒くさがって、知ら んぶりしたのだ。あそこのウェートレスはみんなそうだ。だから彼女にビッグ・オレ