ケイは姪を無条件に、熱烈に愛している。なぜケイが自分を無条件に、熱烈に愛して くれるのか、これまでべントンはいまひとっ理解できなかった。それがいま、やっと わかりはじめているのかもしれない。 ルーシーは肩でドアを押しあけて、ターミナルにはいってきた。両手にダッフルバ ッグをひとつずっさげている。べントンを見てびつくりしたような顔をした。 「もってあげるよ」べントンは彼女の手からバッグをひとっとった。 「迎えにきてくれるなんて思わなかったわ」と、ルーシーはいった。 「わたしはこっちにいるわけだし。きみもきてしまったようだし。まあ、できるだけ うまくやるしかないな」 獣の毛皮や革をまとった金持ち連中は、おそらくべントンとルーシーのことを、わ けありのカップルだと思っているだろう。べントンが金のある年かさの男で、ルーシ ーが彼の若く美しいガールフレンドか妻だ。彼女を娘だと思う人もいるかもしれな とべントンはふと思ったが、父親らしくふるまってはいない。恋人のようにふる まってもいないが、たぶん典型的な金持ちのカップルと見る人のほうが多いだろう。 べントンは毛皮も金製品も身につけておらず、いかにも金がありそうには見えない しかし金持ちは同類をかぎわける嗅覚をもっているし、彼は金持ちらしい雰囲気をた
マリーノはコーヒーに砂糖をどっさりいれた。精製された砂糖をとろうとすると は、よほど具合が悪いにちかいない彼が実践しているダイエットでは、それは禁じ られている。いまマリーノがもっとも口にすべきでないものがそれだ。 「そんなことしていいの ? 」と、スカーベッタがきいた。「後悔するわよ」 「彼女はここで何やってたんだ ? 」マリーノはスプーンに山盛りの砂糖をもう一杯い れた。「モルグにいたら、あの子の母親が廊下を歩いてくるじゃねえか。まさかギリ ーと対面するためにきたわけじゃねえだろう。遺体は見られるような状態じゃねえん 師だから。いったい何をやってたんだ ? 」 跡マリーノは昨日と同じ黒いカーゴパンツとウインドプレーカーに、の野球 警察友愛会 痕帽をかぶっている。ひげはそっておらず、疲れきった荒々しい目をしている。 のバーで飲んだあと、昔の女に会いにいったのかもしれない。ボウリング場で出会っ ロサンゼルス警察
「ヾ ーベキューグリルがある。パティオにでて、雪のうえで肉を焼くのが好きなん だ。露天風呂のそばで」 「露天風呂ねえ。寒い夜の闇のなかで、銃以外に何も身につけず、というわけね」 「わかってるよ。やつばりあの風呂にはいることはないだろうな」彼は玄関の前で立 ちどまり、ドアの鍵をあけた。 ふたりは足踏みして雪をおとした。雪をかいた道を歩いてきたので、ふりおとすほ どの雪はついていなかった。だがそうするくせがついているし、多少てれくささもあ ったのかもしれない。なかへはいると、べントンはドアをしめて彼女を抱きよせ、ふ たりは舌をからませてキスをした。もう塩の味はせず、スカーベッタは彼のあたたか くて力強い舌と、きれいにひげをそった肌の感触を味わった。 「髪がのびたわね」と、べントンのロのなかにささやき、指で彼の髪をすいた。 「忙しかったからな。切りにいくひまもなかった」と、べントンは答えた。彼の手は スカーベッタの体中をまさぐり、彼女の手もべントンの体をなでているが、コートが ふたりの邪魔をしている。 「忙しかったのは、、 へつの女性といっしょだったからでしよ」と、スカーベッタはい った。キスし、体にふれながら、互いにコートを脱ぐのを手伝う。「きいたわよ」
「玄関へきてちょうだい」スカーベッタはそういって、車をおりた。「ドアのところ にしる力、ら」 「↓よ ) 十 6 ) 。 わかったわ」ミセス・ポールソンは電話を切った。 「そこにすわってて」スカーベッタは車のなかへむかっていった。「彼女がドアをあ けるまででてこないで。窓からあなたの姿を見たら、いれてくれないでしようから」 運転席のドアをしめ、ポーチへむかうあいだ、マリーノは暗い車内でおとなしくす わっていた。ミセス・ポールソンが家のなかをとおって玄関へむかうにつれ、あちこ ちの明かりがともる。スカーベッタが待っていると、居間のカーテンに人影がうかん だ。カーテンが動いてミセス・ポールソンが外をのぞく。カーテンはしまり、ドアが あくとまたゆれた。彼女はファスナーのついたフランネルの赤いロープを着ていた。 枕にのっていた部分の髪がペちゃんこになり、はれぼったい目をしている。 「いったいどうしたの ? 」スカーベッタをなかにいれながらきいた。「なぜここへき 下 たの ? 何があったの ? 」 跡 「フェンスのむこうの家に住んでいる男のことだけど。彼を知ってた ? 」 痕 「男ってだれのこと ? 」彼女はとまどい、おびえているようだ。「フェンスって ? 」 「おたくの裏の家」スカーベッタは指さした。そろそろマリーノがくるころだ。「そ
7 し / 「彼女はあなたを傷つけたんでしよう」スカーベッタはべッドのそばに立って、マリ ーノを見おろした。「彼女にされたことを見せて」 「冗談じゃねえ ! できねえよ、そんなこと」マリーノは情けない声をだした。まる で十歳の子供のようだ。「できねえ。絶対に」 「カになってもらいたいんでしよう ? 何をされたにしろ、わたしにとってははじめ て見るものではないわ」 マリーノは両手で顔をおおった。「できねえ」 「それなら警察に電話する ? そうしたら署につれていかれて傷の写真をとられる わ。傷害事件ってことになるわね。そうしたいの ? それもいいかもしれない。彼女 かもう警察に訴えているなら。でも訴えていないと思うわ」 マリーノは手をおろして、彼女を見あげた。「なぜだ ? 」 「なぜそう思うかって ? 簡単な話よ。わたしたちがここに泊まってることは、みん な知ってるのよ。プラウニング刑事だって知ってるでしよう ? 彼はあなたの電話番 リー・ポールソンの母 号も知ってる。それならなぜあなたを逮捕しにこないの ? ギ 親が電話して、あなたにレイプされたと訴えたら、警察はとんでくると思わない ?
319 痕跡 ( 下 ) はトラクターに轢かれただけじゃないっていうのか ? やつの奥さんも大騒ぎして、 いろんな人間にいいカかりをつけてるんだ。まったくばかげた話だよ。おれはここに いたんだ。やつがたまたま、 いるべきじゃないところにいて、エンジンをいじって た。それだけのことだ」 「とにかく、なかを見る必要があるの。いっしょにきてもいいわよ。そうしてくれる とありがたいわ。ちょっと見たいだけなの。裏口は鍵がかかっているでしようね。鍵 はもっていないんだけど」 「そんなことはどうにでもなる」彼は建物をながめ、それから作業員たちのほうをふ りかえった。「おい、ポビー ! 裏口の戸の鍵をドリルで破ってくれないか ? すぐ やってくれ」そう声をかけてから、スカーベッタのほうをむいた。「いいよ。それじ や、なかへつれていってやる。ただし表のほうへは近づかないようにな。てっとりば やくすませてくれ」
155 痕跡 ( 下 ) は前と同じだ。トラクター運転手の場合は、塗膜片や骨のかけらが見つかってもつじ つまがあう。だがギ リー・ポールソンの事件では説明がっかない。なぜ同じ微細な証 拠が、彼女のロのなかからも見つかったのだろう ? 「同じゃっだ」アイズが確信ありげにいった。「病気の女の子のスライドを見せまし ようか。信じられませんよ、きっと」自分のデスクのうえからぶあつい封筒をとりあ げ、おりぶたのうえにはってあったテープをはがし、スライドがはいった厚紙のファ イルをとりだした。「彼女の証拠をずっと手近においてたんです。しよっちゅう見て たからね」スライドを載物台にのせる。「赤、白、青の塗膜片。金属片にくつついて いるものと、そうでないものがある」スライドを動かして、ピントをあわせた。「こ の塗料は単層で、たぶん工ポキシエナメルだろう。ぬりなおされているかもしれな つまり、最初は白だったが、そのうえにさらに塗料をぬった。具体的には赤、 白、青の塗料を。見てごらんなさい」 アイズはポールソン事件の証拠として提出された微物のなかから、それらの小片だ けを根気よくとりわけており、スライドには赤、白、青の塗膜片だけがのっていた。 それらは大きく色あざやかで、子供の積み木のように見えるが、形は不規則だ。つや のない銀色の金属にくつついているものと、塗膜だけのように見えるものがまざって
スカーベッタはマリーノをちらっと見た。昨夜、彼女が部屋をでていってから、ル シーに電話したにちがいない 「家にいなくてよかったよ」と、ルー一丁イカい一つ。「ほんとによかった」 「ルーディ、いったい何があったの ? 」と、スカーベッタはきいた。不安がつのって くる 「だれかがルーシーの家の郵便受けに爆弾をいれたんだ」ルーディが早ロでいった。 ゝ。レーシーからきいたほ , つかしし」 「こみいってて、ひと口には話せなし スカーベッタは車を駐車場へいれ、とまるかとまらないぐらいの速度で、訪間者用 スペースへむかってすすんだ。「いつのこと ? どんな爆弾 ? 」 「たったいま見つけたんだ。まだ一時間とたってない。家の様子を見にきて、郵便受 けに旗がたっていることに気づいて、へんだなと思った。あけたら、大きなプラスチ ックのカップがはいってた。カップはマジックでオレンジ色に、ふたはグリーンにぬ 下 ってある。ふたのまわりと、吸い口のうえにダクトテープがはってあった。なかに何 跡 がはいっているか見えないので、ガレージから長いポールをもってきた。なんていう 痕 んだろう。先につかむものがついていて、高いところにある電球をとりかえたりする ときに使うやつ。それでそのあやしげなものをつかんでとりだして、処理した」
23 痕跡 ( 下 ) やつが国土安全保障省にたれこんでることを考えると、それはかなりやばい いをさせてくれたという理由で、やつがパイロットの、とくに軍のパイロットの適格 性を承認するとしたら、とんでもねえ話だ。ところでが何より好きなのは、国 土安全保障省のスキャンダルをあばいて、やつらをこけにすることだ。だからことの なりゆきに不安を感じた州知事から依頼があったとき、しめたと思ったわけだ。そう だろ ? 」と、ウェーバ ー特別捜査官を見る。「に応援を要請したことがどうい う結果を生むかが、知事にわかってるとは思えねえ。やつらが応援と称して、べつの 連邦政府機関にしつべがえしをしようとしてるとは、思ってもいなかった。いってみ りや、これはすべて権力と金をめぐる話なんだ。まあ、世の中のあらゆることはそう だけどな」 しいえ、そんなことはないわ」スカーベッタがきびしい声でいった。これ以上耐え られなかった。「これは苦痛にみちたおそろしい死にかたをした、十四歳の少女の話 よ。ギリー・ポールソンの殺人についての話なのよ」椅子から立ちあがってプリーフ とって ケースをパチンととめ、革の把手をつかんでもった。そしてドクター・マーカスとウ エーバー特別捜査官を順に見た。「そのはずなんだけどね」
こに男が住んでたの。知ってるでしよう。あそこにだれかが住んでいたことは、知っ てるはずよ、ミセス・ポールソン」 マリーノがドアをノックした。ミセス・ポールソンはびくっとして、胸をおさえ た。「もう ! 今度は何 ? 」 スカーベッタがドアをあけると、マリーノがはいってきた。赤い顔をしている。ミ セス・ポ 1 ルソンのほうを見ずにドアをしめ、居間へはいった。 「何よ」ミセス・ポールソンは急に怒りだした。「はいってこないでほしいわ」と、 スカーベッタにいう。「でていかせて ! 」 「フェンスのむこうの男のことを話してちょうだい」と、スカーベッタはいった。 「裏の家に明かりがついているのを見たはずよ」 「やつはエドガー・アランとかアルと名のってたか ? それとも何かべつの名前だっ たか ? 」マリーノが彼女にいった。顔を紅潮させ、けわしい表情をしている。「でた らめいうんじゃねえぞ、スーズ。こっちはそういう気分じゃねえんだ。やつは何と名 のってたんだ ? やっと仲よくしてたんだろう」 「裏にいた男っていわれても、だれのことかわからないわ。ほんとよ。どうして ? その男が : : ? そう思ってるの : : : ? まさか」恐怖をたたえた目が涙で光ってい