グズグズ迷ってるんだ。しつかりしろ ! 」 思わず声を張り上げていた。 新平は「考えてみるよ」と、またしても気弱な呟きを発して電話を切ってしまった。 赤松が舌打ちして携帯電話を胸ポケットに収めようとした時、倉科から連絡が入った。 「有川局長は安西新平との通話を生中継することを許可しなかった」 赤松は「くそっ」と毒づく。このままでは、新平が生中継に応じたとしても電波には乗せ られない。敵は内側にもいたということだ。 「だが彼がインタビューに応じたら、中継の用意に入れ」 倉科は自分が責任を取ると一一一一口う。「ただし要点から入れ。肝心な部分を喋るまでに時間が 律かかれば、強制的にストップがかかる」 の「分かりました」 十六時十分、黒い窓のワゴン車から八尋が出てくるのが見えた。ボディガードを従えた姿 から威風堂々たるオーラを発している。野次馬が歓声を上げるが一顧だにせず、そればかり 章でなくマイクを差し出すスタッフを無視して中継ポイントを通りすぎた。赤松は携帯用液晶 第テレビに映っている東洋テレビの報道特別番組を見る。中継映像はスタジオ画面の右下隅に あり、なかなか画面に現れない八尋にアナウンサーが業を煮やしているかのようだ。 八尋は何をしようとしているのか。彼が目指しているのは、現場に隣接する駐車場に設け
314 から母親はいなくて、父一人子一人、夕飯では会話もなく向かい合うだけだった。それもひ とつの幸せだったのかもしれないと、今は思える。 部屋の中央で爪先立って、レ 1 スのカーテン越しの風景を見る。堤防に横一列になって連 なるテレビカメラは、まるでこっちに向かって一斉射撃をしようとする機関銃のようだ。土 手の斜面に詰めかけた野次馬の方に目を転じると、遠目でも、自分と同世代の連中がほとん どを占めているのが分かった。彼らの手元には盛夏の陽光をギラギラと跳ね返す携帯電話が ある。 俺を殺そうとしている連中だ。ここで自首しても命の保障はない。刑務所まで追いかけて くる奴だっているかもしれない。 一一年前に福島の森で何があったか。その一部始終を警察に喋って保護を訴えたら、はたし て助かるのだろうか。 「聞こえるか。聞こえたら返事をしてくれないか」 玄関ドアからの声。説得役の刑事だろう。頑丈に補修されたドアだが、彼らが本気で突入 しようとしたらひとたまりもないだろう。玄関とダイニングを隔てたガラス一尸を少し開け て、玄関を覗く。郵便物の挿入口に炯々たる一一つの瞳が見えた。 「覗くな。子供をぶつ殺すぞ」 「分かった。分かったよ」と、すぐにロが閉じられた。
「あの会社役員です。ほら、渋谷で女子高生を買った後にインタビューをした。僕の携帯に 電話がかかってきたんです」 「行方不明になっていたさんか ? 」 長坂がスパゲッティの皿を置いた。自分が電話に出たそうな顔をしている。赤松は、僕が 聞きますから、となだめるような仕草をした。 「会ってほしい、自分のインタビューをもう一度撮ってほしいって一一一一口うんです。やけに焦っ た声で」 赤松は送話口を塞ぎ、長坂に今のことを伝えた。長坂と一緒にいることを局員にも悟られ てはならない 「で、さんは何を話したいって言ってるんだ」 臨電話に戻ってに一一一一口う。 降 「分かりません。とにかくもう一度会ってほしいと、向こうの携帯の番号を教えられまし 网た。森島さんは赤松さんにを仰げと言います」 章「分かった。こちらで何とかする。番号を教えてくれ」 メモした。 第 長坂が見守る中、その誉万を押す。長坂が以煎 << 氏の携帯電話にかけた時の誉万とは違 う。様々な顔を持っ男なのかもしれない。数回のコ 1 ルの後、通話状態になった。無一 = ロの間 ふさ
とは諦めてほしい、もうつきまとわないでほしい、 彼女はそう言いたかったんだろうな。旅 先で並んで撮った写真だったよ。海か、湖か、波打ち際であんたたちは仲良く寄り添ってい そんな旅などしたことがない。寄り添う写真なんか撮ったことがない。男が今にも嘲笑 、電話を切るのではないかと赤松は身を固くした。 が、男は電話を切ろうとはしなかった。恐布が突き上げているのか。アルバム以外にも写 真が残っていた、宝石箱の底に隠されていたそれにどうして気づかなかったんだろうと、血 が出るほど唇を噛んでいるかもしれない。 かさ 赤松は嵩にかかった。「テレビで彼女が言っていた、あんたの素性を物語る証拠っていう 女 のは、あの写真だ。そうに違いない。あんたはもう終りだ。見つけてやる。今から彼女のア れ ートに行って、必ず見つけてやるからな ! 」 さ 殺「何の話か、分からないな」 男は失笑まじりに電話を切った。最後の一 = ロ葉に怯えは隠せなかった。赤松たちは闇の彼方 に焦点をさだめた。男は携帯電話を背広に捩じ込むと 章 コ丁サ・ . / イし」 第 男は 四何け」
「つまり、あんたにつてことだろ ? 俺とこうやって喋ってるのを生放送するってことだ ろ ? あんたにとっちゃおいしい話だよな」 「八尋もすぐそこに来ている。テレビをつけてみろ、東洋テレビで奴の中継レポ 1 トが始ま ってる」 チャンネルを変えた。八尋がアパートをバックにした構図で、「浅草署は第六方面本部の 応援を要請し、およそ五千人に膨れ上がろうとしている野次馬の整理に追われています」と マイク片手に喋っている。お前が集めた五千人だろうが。 「叩くなら今だと思わないか ? 」 「あんたはそれで長坂の復讐をしてスッキリするだろうが、俺はどうなるんだよ。どれだけ の人間の恨みを買うか分かってんのか。命の保障は誰がしてくれるんだよ」 「警察に真相を告げても、それが記者発表によって世間に伝わるのは、君が逮捕された後 だ。君がここから署に連行される途中の安全はまったく保障されない。逮捕される前に全て を話すんだ。俺たちにはこのホットラインがある。助かる道はこれしかない」 遠くの赤松が携帯電話を耳から離し、空に掲けた。 「考えてみる」 「そうしてくれ」 「またかける」
「殺してやる」 「殺してやる」 くもん 一一人は苦悶しながらも叫ぶ。長坂は走りだす。一目散に逃ける。首をねじって振り返る。 一一人は立ち上がって追いかけてくる。長坂は阨西通りの歩道にでる。ちょうど空車のタク シ 1 が通りかかった。長坂はちぎれんばかりの勢いで手を振る。止まったタクシーがドアを 開けるまでがもどかしい。追っ手一一人も通りに出てきた。 タクシーに飛び乗り、「とにかく走ってくれ」と悲鳴に似た声を放つ。凶器を手にしたペ アルックのカップルはみるみる後方へ遠ざかる。 「長坂さん、どうかしましたか」 強く握りしめたままの携帯電話が通話状態になっていることに気づいた。 「念西麻布だ」 「俺たちは狙われてます。自宅も危ないですよ」 「ああ、分かってる」 息を整え、恐布による吐き気を飲みこみ、今あったことを赤松に説明しようとした。 少年のモバイルに『解禁』の二文字が躍った。 メールの文章はたったそれだけだが、意味は伝わった。八尋さんが「敵を攻撃することを
すると所轄の一行は、医師にそれ以上死体を触らせず、部屋をそのままにし、外廊下に出 「ドアに鍵は ? 」刑事は赤松に訊いた。 「かかっていました」赤松は鍵を渡した。 刑事はドアを閉めた。鍵をかけて、ガスメ 1 ターの上に置いた。鑑識が来るまで現場を保 存するにしては、やけに念入りだった。畳に泣き伏しているような奥田志保の姿が、舞台の 幕を引かれたように赤松の視界から消えた。 赤松たち三人と医師、そして所轄の刑事四人は、静かに外階段を下りた。アパ 1 ト 一帯に 何故かパトカーの気配はない。静寂の意味が分からなかった。本当だったら今頃は警察車両 女 が道を埋め尽くし、野次馬が集まっている。倉科から通報を受けた所轄の警察は、なぜこん れな隠密行動をとるのか。 殺「車を出してくれ。ここに止められちゃ困る」 赤松はワゴンの運転手に合図した。運転手はゆっくり車を出して、闇路の彼方へ遠ざかっ ? 」 0 一「どういうことですか。どうしてこんなに静かなんですか」 「杢庁の連中もそろそろ到着する頃だが、アパートはしばらくこのままの状態にする。我々 もアパートから離れた場所に車を止めて待機する」
恥「亠月くさいことを一 = ロうな」 森島がきりきりと苛立った声を上げた。「その正義感の後始末はどうつけるつもりだ。誰 がお前のような赤ん坊の背中に局の看板を背負わせる。お前を減俸処分にしたり、営業あた りに飛ばしたぐらいじゃ済まないんだ。何も背負えない人間が偉そうに言うな、馬鹿野郎 ふんぬきし 赤松のこめかみが憤怒で軋んだ。がたんと音をたてて椅子から立ち上がった。森島が正し いと分かっていても制御できない怒り。 太い猪首を柔道で鍛えてきた森島に、ひるむ様子はない。一一人の肉弾戦になるかと放送セ ンター内に緊張が走った時、倉科が「よせ、一一人とも」と仲裁の声を投けかけた。 倉科は耳からステレオのイヤホンを外した。 Q<<E—に吹きこまれた通話内容を繰り返し聞 いていたようだ。 「エネルギ 1 の無駄遣いはするな」 紅潮した赤松を諭す。「八時に号砲が鳴ったら走り出す。それがお前の役目だ」 七時四十一一分。椅子から前かがみになり、虚空を凝視する時間が続いていた。 自局の放送を流すモニターでは、首位独走チームが再び点差を引き離しにかかっていた。 のみ ノーアウト満塁のピンチを前にして、蚤の心臓と呼ばれるリリーフ投手は顔面蒼白だった。
たつのプラットホームでは、一一百を超えるチャンネルのラインナップがある。 ある放送評論家は、の普及によってテレビ自体の意味合いが変わるだろうと予測して いる。テレビはかって家電だと言われたが、これからは「個電」になるという。携帯電話の 普及を見れば分かるように、テレビは家族で見るのではなく、家族一人一人が自分の趣味や しこ、つ 嗜好に合った番組を見る時代になっている。現在、一家庭あたりのテレビの台数は平均で 二・五台。両親と子供一人の核家族だと、それぞれ一台ずつのテレビを持って、別々に好き な番組を見ていることになる。 またが放送文化の変容に寄与するもうひとつの点として、編成権が放送局から視聴者 へと移ることにある。 これまでは、視聴者は新聞のテレビ欄を見て、放送局の番組編成に従ってテレビを見ると 臨いう一方的な流れだったが、 (-)co 多チャンネルでは、視聴者の側が予約録画機能を駆使し 降 て、その日の何時にどの番組を見るか自分で決めることができる。 网 0co チューナーを売りだしている電機メーカ 1 各社が技術力を結集して、 ( 電子番 章組表 ) という機能を開発した。リモコンのボタンを押すと、画面に放送中の番組だけでな 一週間先までの番組表を呼び出し、番組の情報や値段を見た上で録画予約をすることが 第 できるようになった。 放送を見る人間というのは、そこそこの経済力があり、趣味を持ち、専門情報に関心
独身寮で同室の先輩警官に「部屋が汚い」と殴られ、テレビで籠城事件を知ると、時を置 かず、日暮里警察署で制服に着替え、拳銃を携帯した。現場に到着すると、野次馬を整理し ている警官の中に知った顔があった。「お前も応援で呼ばれたのか」と声をかけられた。 窓に見える標的を撃つつもりで籠城現場にやってきたが、気が変わった。現場の前で中継 をしている八尋さんが、涙を浮かべて安西新平の投降を呼びかける姿に出くわした。窓を開 けさせる芝居だと分かっていたが、八尋さんから熱い一 = ロ葉を投けかけてもらえる安西新平が むしように羨ましかった。 テレビ局のスタッフを装った若者が短い猟銃を構えてアパートへ突っ込み、地面を撃った だけで取り押えられた光景が目に飛び込んできた。一挙に騒乱の場となった。八尋さんを保 律護しようとする擎〔官として、接近した。 さげす の八尋さんを独占したい。警察権力の末端で「ポリ公」と蔑まれ、自転車泥棒を捕まえて成 績を上げるのが関の山で、酔っぱらったサラリーマンにはゲ口を吐かれて制服を汚す日常に 光をもたらしてくれるのが、八尋さんだった。「唾棄すべき既成勢力」にいっか反旗を翻す。 章それが八尋さんから与えられた役目だ。そのためには八尋さんを自分だけの神にしたかっ 願いを叶えた。僕にふりかかったあなたの血は、僕に永遠に刻まれる刻印なのです。大切 にします。