連れ合いのホームレスの顔面が、異様な茶褐色の巨大蜘蛛に覆われるのを見て、ハリーも自 然に両腕を掲げた。ちょうどその片手に当たって、跳躍したフェイスハガーの狙いが外れた。 それでも頭部に何本かの足が引っ掛かり、フェイスハガーは卵管の準備を始めた。ハ リーと呼 ばれた寄生ホストは減多やたらに抗い、両手でフェイスハガーの身体をつかんだ。長椅子から 転げ落ち、それでも取り憑かれまいと暴れ回る。 8 本の触肢がハリ ーの頭部を捉え、多節足の長い尾を鞭のように首へ巻き付けた。尾は完全 に寄生ホストの首を捉え、彼の気道をぎゅっと絞った。しぶとくこの人間が転げ回っている間 に、ウオリア ー・エイリアンが脇の水道を通り抜ける。横目でそれを見たハリ ーの握力が、急 に弱まった。驚愕の息を吸い込む隙に、フェイスハガーは腹側の卵管を差し入れた。 フェイスハガーの寄生ホストとなる人間に、ウオリアーたちの興味はない。彼らが欲してい るのは、ただ殺すための人間だ。ひたすら殺戮の本能叫まれ、獲物を求めて黒い巨体を動か ひだ がんか す。ウオリアー ・エイリアンの長い頭頂部は頭骨の襞を露にし、視覚を持っ眼窩の上に連なっ アている。その、光のない眼窩がカッとトンネルの先に向けられた。通路の内部は所々で地上か らの光が差し込むだけだが、エイリアンの眼球を持たない″目〃は、光だけに頼らず獲物を感 じ取った。そしてその獲物が、自ら殺されにやって来た。 章 反響音が低く伝わる下水道のその先で、もう一人の人間が悲鳴のような叫びと、揉み合う息 第 遣いを聞いたのだった。、 / リーたちと同じホームレスだ。何事かとホームレスは下水の通路を
55 第 2 章プレデリアン 本容器に閉じ込められていたフェイスハガーも、地上で〈。ハノ 。、〉と呼ばれた人間に撃ちぬかれ た 1 体を除いて、今も生存しこの地上を移動し続けている。あたらしい寄生ホストが必要だっ た。一方で、森で人間に寄生し得た 2 体のフェイスハガーは、種の本能に従って役目を果たし おおせ、チェスト・ ハスターに生まれ変わった。その 2 体のチェストバスターは人間の腹から生 まれ出ると次々と脱皮を繰り返し、ウオリアー・ ェイリアンに成長を遂げた。ハンター船が地 かっぽ 球に墜落してからその日の暮れぬうちに、アメリカの片田舎を 2 体のウオリアーが闊歩するこ とになったのだ。恐るべき成長速度だった。 2 体のウオリアーと 2 体のフェイスハガーは、″それ〃の見えない指令によって合流し、新 たな″獲物〃に向かって進み出した。先の寄生ホストの一部ーーーっまり・ハディの左腕のことだ をくわえていった小動物を追い、エイリアンたちは地下へ続く暗いトンネルを発見した。 本能的に暗闇や物陰に身を潜める彼らにとっては、この人工的な穴は好都合だった。まるで互 いに無線連絡を取り合っているように、ウオリアーとフェイスハガーは整然と下水管に忍び入 り、町の地中へと続く下水道を進んでいった。 底浅い水路の両脇にコンクリート の通路をもったトンネルは、ウオリアーが完全に頭をもた げても余りある高さを保っていた。進むうちに水路の合流点が現われ、また分岐点にも出くわ す。地中を網の目状に拡がりまた収束しているのだ。しかしレーダーのような感知器官を持っ 彼らには、″獲物〃を探し当てるのに苦労はなかった。
21 第 1 章帰還 をェイリアン・ビュ ー・モードに切り替え、左手首に装着したガントレットを右手で操作する。 内蔵のコントロールバネルに指を触れ、左肩に背負ったプラズマ・キヤノンを起動させた。背 中側で砲口を下に向け折り畳まれた砲身が、首を持ち上げ水平に保たれる。マスクの右目脇に 付いた照準機が、赤い 3 点のレーザー・ポイントを発し、標的の探査を始める。この 3 点の光 条が標的を捉えれば、。フラズマ・キヤノンの一撃でエイリアンなど簡単に仕留められるだろう。 3 人が倉庫エリアで見たのは、防護ガラスの砕かれた標本容器と、フェイスハガーが這いず り逃げた跡だけだった。だが跡を追えばフェイスハガーもすぐに退治できる、船内は密室なの だから。注意すべきは、的を外して船体に傷を付けることだ。強力なプラズマ砲の威力で穴で も開けようものなら、航行に異状をきたし乗員が宇宙空間に投げ出されることもあり得る。 照準ビームを壁や天井の暗部に走らせる一人目のクルーは、しかしプラズマ・キヤノンを撃 っことがなかった。ェイリアン・モ ードのまま船内の潜伏者を探る彼は、唐突に現われた″揺 らぐ巨体〃の影に襲われ、鋭い切っ先に身体を貫かれた。フェイスハガーの攻撃より何十倍も 何百倍も強力で、しかもエイリアン・モードでは何も見えなかった。最初の攻撃を免れたクル ーがマスクのモードを切り替える。慌ただしく首を動かす彼の視線に、自分を上回る巨体の影 が飛び込んだ。黒い悪魔が、そこにいオ
いすがるように、腹部の孔から軟体質の胎児が顔を覗かせた。 h ィリアン・チェストバスター だ。胎児はあたりを窺うように、血と自身のぬめりに塗れた頭部をゆっくりと巡らせた。 地上での成人儀式で、カーは一匹のィリアを倒した際に、ひとり " 血塗り式を 行なった。現地星の古代文明の戦士も行なう儀式だ。仕留めた獲物の血で顔に紋様を描きそ の成果の証とする。これで一人前の戦士として同胞に受け入れられる。スカーもまた、仕留め たエイリアンの指を絵筆代わりに使い、強酸の体液を顔になそって稲妻模様を描き入れようと うかっ した。儀式の最中だというのに、このため、迂闊にもスカーは戦闘用フェイスマスクを外した。 その時彼はエイリアン・フェイスハガーに襲われた。ェイリアン・エッグに近付いた生物の顔 面に取り付き、ロから寄生管を差し込んでその体内に幼体を宿す、エイリアン成長過程の初期 寄生態だ。自ら手足を使ってエッグから移動してきたフェイスハガーは、不意を突いてまんま とスカーの顔面に取り付いた。もちろんすぐに剥がされ粉砕されたのだが、スカーも気付かぬ 間に寄生卵管を挿入しおおせたわけだ。そのフェイスハガーから寄生した幼体が、いま、チェ ストバスターとしてスカーから″孵化〃した。 チェストバスターとはいえ、仮にエイリアンが生体のまま突如に出現すれば、船内のセンサ ーが警報を鳴らすはずだった。ェイリアンの脅威は重々承知している種族だ。スカーの遺体を 収容した際も、スキャンで寄生の有無を探知している。だがこのチェスト・ハスターはセンサー やスキャンの探知を潜り抜けた。首をもたげあたりを窺ったチェスト・ハスターは、無人の状態 まみ
身長 . 200cm 体重 . 160kg 特徴 . フェイスハガー→チェストバ スター→成体工イリアンへと 成長。本能的に工イリアン・ クイーンを守護し、フェイス ハガーの寄生対象を捕獲する ことを任務とする。 工イリアン
水路の合流点 進んできた。ホームレス同士、いつも互いに気遣って生きてきたのだから。 まで歩くと、曲がり角の壁に巨大な影が見えた。入射角の関係で、人影が巨大な怪物のように 壁に映ることはよくある。誰、とその人間は特に警戒もせず声をかける。 それは影ではなかった。後頭部を後ろに長く歪めた黒く巨大な実体が、あたらしい人間の前 に立ちはだかった。人間の顔が歪み、悲鳴を発した。チ = ストバスターのそれに劣らぬ金切り よだれ ・エイリアンは涎をだらだらと溢 声だ。成体になって初めての獲物を真下に睨み、ウオリアー れさせた。 / 、 後退し始めた人間を鈎爪の長い指でつかみ、中空に掲ける。もがき悲鳴をあげ続け ほうこう る人間を引き裂こうとするその時だ、トンネルの奥から咆哮があがった。いくつもの低周波と 高周波が複雑に絡み合った″声〃。ウオリアーはひとつの指令を感知し、つかんだ人間を水路 に投げ捨てた。 トンネルの曲がり角から別のエイリアンが現われた。 もう 1 体のウオリアーでもなく、早くもフェイスハガーから変態を遂げた新生体でもない、 いや、第 1 の、と言い直すべきだろうか。この個体こそ、宇宙船の中 第 5 のエイリアン。 でプレデター・スカーから生まれ出て、ハンター船で 5 体のフェイスハガーを解放した、″最 初の〃ェイリ・アンだった。 そのエイリアンは、人間を投げ捨てたウオリアーに吼えかけ、一撃を食らわせた。外骨格な ェイリアンを壁まで吹き飛ばした。身体も がら肉付きをも感じさせる太い腕は、ウオリアー・
73 第 3 章ザ・クリナー レットの電子頭脳が、フェイスハガーを保存した液体から奴らの個体情報を分析し、 5 体それ ノンター船から逃 ぞれの″ェイリアン体紋〃を記録したのだ。これで彼のフェイスマスクは、、 げ出したエイリアンを探査できるようになった。サンプル入りのアンプルを注射器から弾薬帯 に移動させると、ついに。フレデターの任務が始まる。 彼の任務は、こうした何らかの事故で想定外に逃げ出したエイリアンを追跡・駆除し、同時 に、同胞であるプレデター種の訪問の痕跡をすべて消し去ることだった。我々の存在はまだ未 開の星の人類に、伝説以上には確と悟られてはならない。通常は、戦闘に敗れ、あるいは儀式 を成し遂げられなかった本人がガントレットの核爆弾を作動させて完全な証拠隠減を計るべき なのだが、それが果たせなかった場合、彼のような専門のプレデターが派遣される。彼は ザ・クリーナ ″後始末屋〃なのだ。 データを収集し船外に出ようとした″クリーナー″は、ただ一度のかすかな水滴音に気付い た。倉庫エリアから操縦エリアに続く途中の、船内で一番広い中央エリアに移動する。その床 一に蛍光緑色の血溜まりがあった。水滴音は、ここにもう一滴、液体が落ちたものだ。見上げた 先に、逆さに吊り下げられたプレデターの遺体があった。 戦闘装具ばかりでなく、皮膚までもが剥ぎ取られている。これはプレデター自身が行なう、 ノーカこれをなし得たはずはない。その証拠に、 殺戮の儀式だ。録画映像で見た通り、同胞のクレ・、 天井に伸びた両足はエイリアンの捕獲用樹脂で固められている。フェイスハガーだけでなく、
ウオリアーもフェイスハガーも、寄生ホストの一部を持ち去った小動物を感知した。それに 取り憑いてもいいが、もっと好都合の寄生主が、ちょうど二体あった。一刻も早く任を成し遂 げ生を全うさせたいかのように、フェイスハガーがウオリアーに先んじて 8 本の足と長い尾を 素早く動かした。 ハリーと呼ばれる人間が、エイリアンたちの行く手にいこ。く / ラ・ハラ事件騒 この地の言葉で 動でホームレス駆除の難を逃れた彼は、副保安官の注意も聞かずさっさと古巣に戻ってしまっ たのだが、それはエイリアンたちの知らぬことだ。ハ リーは廃棄家財を集めて整えた自分の 〃家″に辿り着き、仲間のホームレスから無事の帰還を祝された。いま、そのもう一人のホー ムレスとランプの灯りを頼りに、くたびれた長椅子で祝杯をあげ始めたところだった。 肉片を持ち去った小動物ーー犬の・フッチが、下水道の闇に何かを感じとって吠える。二人の 人間はそうと気付かず、急に騒ぎ出したレトリバ ー犬を叱り付ける。ーーー黙れ、。フッチー びくりと身を震わせ、きゅんと鼻で鳴いて逃げ出したのは、飼い主に叱られたからではない。 犬はパニックに陥っていた とにかく逃げなければ。犬が走った軌跡を辿って、 2 体のフェ イスハガーが二人のホームレスに素早く近付いた。 ネズミか、とハリーは思ったことだろう。地上から流れ落ちる食料に富み、薬害も少ない田 舎町の下水は巨大なド・フネズミを育てる。だがそれは大型ド。フネズミよりもふたまわりほど大 きく拡がって、ホームレスの手前で飛び上がった。
の時が訪れたら神殿を発見させて、エイリアンを寄生させる。そうやって獲物のエイリアンを ″生み出す〃準備を、母星に帰る前に施しておかねばならなかった。 研究・フロックから通路を進み、執務クルーはシャトル格納庫に辿り着いた。すでに操縦クル ーが小型のハンター船で待機している。このような事務的作業で超光速航行の準備に入った母 船をわざわざ地上に戻す必要もなく、少人数で狩りに赴く際に用いるハンター船が今回の任務 を請け負った。もちろん、執務クルーも操縦クルーも同胞の戦士たちであり、この旅ではたま さかこの任に就いただけだ。彼らの装備も儀式の同胞と同じ、戦闘用装具に包まれている。執 務クルーは今すぐにでもフェイスハガーを人間に寄生させ、生まれ出たエイリアンと闘うこと を望んでいることだろう。 格納庫に入り、・フリッジを伝わってハンガーに固定されたハンター船に乗り込む。入口でセ ンサーが働くが、防疫装置に守られたフェイスハガーには反応しない。標本容器を倉庫エリア に固定し、動き回る空間の少ない搭乗員室に移動する。操縦クルーに合図を送ると、ハンター 船の駆動機関が小さく唸った。 何者かの影を感じ取ったように、執務クルーは倉庫エリアを振り返った。外の格納庫では、 すでに通路との遮蔽ドアが閉じられ、宇宙船下部にある大気・ハリアで守られたシャトル出入口 章 が開き始めている。すぐにでも。フリッジが外され、船体固定 ( ンガーがハンター船を宇宙空間 に押し出すだろう。執務クルーは戦闘用フェイスマスクのビジョンを切り替えた。この最新型
意深くトラックに近付いた。無人の車内は、やはり普通のなりだ、事件性は感じられない。い や、だからこそ、この車の持ち主が突発的な事件の被害者である可能性が高まった。銃をホル ーをつかんだ。 スターに一昃し、モラレスはトランシー 「モラレスだ。 : レイ ? 何か見付かったか ? 」 通話切り替えのノイズが入り、レイ・アダムス副保安官が通話に応答する。 しいえ、何も。そっちは : : : 駐車スペースはどうです ? 誰か停めてますか ? 』 ハディ・べンソンのトラックがある」 「 1 ムロ。 そら ライセンスプレート の名前を諳んじて答えると、通話器の向こうの副保安官が息を詰まらせ た。モラレスもアダムスもバディをよく見知っているが、副保安官の絶句はそれだけが理由で はなかった。彼は急を知らせるように保安官に訴えた。 ハディはいつも、森に息子を連れて行くんだよ ! 』 「大変だ、エディ。 もしもタ暮までにバディが戻らなければ森の捜索だ、エディ・モラレス保安官は冷徹に判断 を下した。 墜落したハンター船から脱出したのは、 2 体のフェイスハガーだけではなかった。残りの標