の原因を、キャリー・アダムスはよく理解している。昨日の夕刻前から騒ぎになっていた、べ ンソン親子の失踪事件だ。住民にはまだ詳細が完全には明らかにされていないが、少なくとも 父親のバディはもう亡くなっているとキャリーは予想していた。片腕をなくして夜になっても 帰らないとなると、そう考えるのが自然だ。 いつもの通りダイナーに出勤する途中で、キャリ ーは手製の尋ね人の広告を電柱に貼ってま わるダーシー・ べンソンの姿を見かけた。バディと息子サムの写真に、当日の彼らの服装と身 長や体重の情報。べンソン家の連絡先 : : : 。痛々しく、自分の胸も詰まる思いでキャリーはダ ーシーに声をかけられなかった。事件の子細を聞かれたら、片腕発見の件を教えなければダー シーは納得しないだろう、あの片腕を発見したのはキャリ ーの夫、レイ・アダムス副保安官な のだから。 それでもダイナーはいつも通り朝食に訪れた人々で賑わっていた。ただ、 / 彼らの目は壁に据 えた小型テレビのローカルニ、ースに釘付けだ。コロラド州の郡別の地方版は、早朝からひっ きりなしにガニソンの事件に関し住民の協力を要請していた。 ガニソンの保安官事務所は、バディとサム・べンソン親子の行方に関する情報を集める ため、ホット・ラインを開設し番号を公開しました。昨日以降二人の姿を見かけた方、あるいは それ以前の不審情報などをお持ちの方は、直接保安官事務所に通報をお願いします・ : 今しも、ダーシー ・べンソンが再びダイナーの前を通り過ぎたところだ。食事をとる人々の
158 渋滞を避けて角を何度も曲がりながら、保安官は携帯電話で誰かを呼び出そうと努めた。手 元の端末機に目を落としたままハンドルを切り、ジェシーの「危ない ! 」という叫びで反射的 にブレーキを踏んだ。 ヘッドライトが一人の中年女性を照らした。ひかれそうになった彼女は、運転手を認めると 車に駆け寄った。ダーシ ー・べンソン、行方不明の親子の家族だ。「保安官、保安官 ! 」とド アを叩き、強引に後部座席に乗り込んだ。鮨詰めになった後ろを向き、モラレスが訊ねる。 「ダーシー、どうしたんだ ? 」 「ダイナーでキャリーが・ : ・ : 彼女はもう : : 」ヒステリックに泣き始めた彼女は、うまく一言葉 が出て来ないようだ。隣に押されたディルがちっと舌打ちする。大人二人が宥めすかし、ダー シーの説明を聞く。 「、ヤリ . ーのお腹が : : : 血だらけだった」とようやくダーシーは言った。「血だらけで、お腹 がなくなってたの ! 」 1 ー・ べンソンがダイナーのキャリーを訪ねたのは、約束の時間を大幅に過ぎてからだ った。もはや未亡人を覚悟しつつあったダーシ ] は、やはり夫の行方不明に遭った妊娠七カ月 のキャリー・アダムスを家に泊めるため、彼女が働くダイナーに迎えに行った。 町が唐突な停電になり、懐中電灯を取りに戻って約束はさらに遅れた。。 タイナーの店内も当 然に暗く、ダーシーはドアを開けてキャリーを呼んだ。
% したカプトガニ状の怪生物が銃弾で撃ち抜かれ、強酸の黄色い体液を飛び散らせた。体液は跳 躍の勢いを保って、バディの腕にかかった 皮膚を焼く激痛に悲鳴をあげ、バディはライフルを落とす。ほどなく、右手で押さえた左腕 が骨まで溶けて、もげ落ちた。唸り声とともに膝をついた。ハディこ、 冫別の怪生物が飛び掛かっ た。新手の怪物は蟹のような 8 本の脚でバディの頭部を包み込み、節くれだった細く長い尾を、 首へ二重三重に巻きつける。 うずくま 背後で父の銃撃を見守ったサムが怯えつつ、蹲った父に声をかける。「 父さん ? 」歳 の子供だって、何とかライフルを拾うぐらいはするだろう、だが父に向けて撃つわけにもいく ロの中に太い管が差し込まれるのを感じながら、バディは振り向いた。不思議と息 苦しさは感じないが、胸に痛みが走り、左腕の激痛と合わさって意識を奪っていく。 白濁していく視界のなかで、顔面に貼り付いた何物かの隙間から、。ハディ・ べンソンは恐怖 に立ち尽くす息子を見た。その小さな肩に、もう 1 体の怪生物が這い上っていた。声も出せず、 力を失ってバディは倒れた。サム・べンソンもまた悲鳴をあげ、すぐにその悲鳴が何物かに覆 われるのが分かった。
83 第 3 章ザ・クリナー モラレス保安官が再び森の入口の駐車スペースに戻った。今度はレイ・アダムスとジョー・ ウオレスの両副保安官を伴い、保安官事務所のトラックに夜間捜索装備を満載してきた。コロ ナイ ラド州の新興アウトドア用品。フランド、ゴーライト社の携帯サーチライトやヘルメット、 ジャケットにマウンテン・プーツなどなど。 ロンロー。フに。ヒッケル、ゴアテックスのオー もちろん、数丁のライフルも。 行方不明と認定された・ハディ・ べンソンのビックアップ・トラックは、まだ駐車場に乗り捨 てられたままだ。照明のない地面に装備を降ろしていると、いくつものヘッドライトと自動車 の排気音が駐車場に近付いた。 3 人の姿も照らされ、闇に浮かび上がる。 「まずいそ、保安官」 先頭の車のフロントガラスを見たアダムス副保安官が呟いた。川台ほどの車が駐車場に停ま べンソン、 バディの妻であり り、真っ先に女性が先導車の助手席から降り立った。ダーシー・ サムの母親だ。気の強い彼女は、不安でいっそう気を荒立て捜索現場に乗り込んできた。事件 一の詳細も不明のままことが大袈裟になるのはまずいし、もしもの場合、被害者の家族が居合わ せるのも好ましくない。モラレスは彼女を、もしくは彼女を煽り立てる住民たちを宥めようと 車の群れに近寄った。 ・ : 」両手を広げ、落ち着けと身振りしながらゆっくり話しかける。 「エディ、私は何も聞いてないわ」彼女がいきりたって言う。 なだ
H A R A I [ R 主な登場人物 工ディ・モラレス コロラド州ガニソンで生まれ育った 33 歳の保安官 ダラス・ハワード 刑期を終えたばかりの青年。モラレスとは旧知の仲。 リッキー・ハワード 17 歳の高校生。ダラスの弟で、ピサ店でアルバイトをしている。 リッキーの同級生。ジェシカと交際中で、リッキーを目の敵にしている。 ティル・コリンズ リッキーが思いを寄せる同級生。 ジェシカ ( ジェシー ) ・サリンジャー 7 歳になるケリーとテイムの娘。 モリー・オブライエン 優しく献身的なケリーの夫。 テイム・オブライエン 27 歳の女性兵士。 2 年ぶりにガニソンに帰還する。 ケリー・オプライエン キャリーの友人。夫と息子が森の中で行方不明となる。 ターシー・べンソン 出産を間近に控えるレイの妻。 キャリー・アダムス 副保安官で、モラレスの部下。 レイ・アダムス
あげた。今にも飛び掛かろうとするリッキーを抑え、ダラスが代わりに悪童を威嚇する。 「お前が注文したんじゃないのか ? 」 ディルも睨み返し、リッキーとの間に不穏な空気が漂う。クラクションが鳴り、コリンズ家 のトラックの脇を、何台もの車が走り去っていく。ガキの喧嘩よりこの通りの賑やかさが、ダ ラスには気になった。 「どうしたんだ ? 」と車の群れを示して、ネイサンに訊ねる。 卩、ディ・ べンソンの親子が行方不明なんだ」兄弟への侮蔑を隠さず、しかし緊急の情報をネ イサンは教えた。喧嘩してる場合じゃない、と息子のディルを促す。「来い、行くそ」 トラックに戻ったネイサンとディルの親子は、急発進で兄弟を残し走り去った。 さすがに親子の行方不明事件とあっては、いつまでも恨みごとを言ってもいられない。後始 末をしたら今夜の一件は落着だ。ダラスは足を戻し、マンホールの蓋を一人で動かした。ずら すだけでいいから、リッキーの手を借りず元通りの枠にはめられた。閉じる寸前に、穴の奥で 何かが動いた気がした。だが確かめるのもおそましく、ダラスはきっちりと蓋をして立ち上が り、弟に小さく「帰ろう」と言った。
意深くトラックに近付いた。無人の車内は、やはり普通のなりだ、事件性は感じられない。い や、だからこそ、この車の持ち主が突発的な事件の被害者である可能性が高まった。銃をホル ーをつかんだ。 スターに一昃し、モラレスはトランシー 「モラレスだ。 : レイ ? 何か見付かったか ? 」 通話切り替えのノイズが入り、レイ・アダムス副保安官が通話に応答する。 しいえ、何も。そっちは : : : 駐車スペースはどうです ? 誰か停めてますか ? 』 ハディ・べンソンのトラックがある」 「 1 ムロ。 そら ライセンスプレート の名前を諳んじて答えると、通話器の向こうの副保安官が息を詰まらせ た。モラレスもアダムスもバディをよく見知っているが、副保安官の絶句はそれだけが理由で はなかった。彼は急を知らせるように保安官に訴えた。 ハディはいつも、森に息子を連れて行くんだよ ! 』 「大変だ、エディ。 もしもタ暮までにバディが戻らなければ森の捜索だ、エディ・モラレス保安官は冷徹に判断 を下した。 墜落したハンター船から脱出したのは、 2 体のフェイスハガーだけではなかった。残りの標
「キャリー ? 停電になっちゃったわね。何だかすごい騒ぎよ」 懐中電灯の照らす先に妊婦の姿は映らず、返事も何もなかった。キッチンへ足を進め、ぬる りと足を滑らせた。下に光を向け、血だらけの床を見た。キャリーが血だまりの真ん中に身を の腹部は、内側から爆 べンソンの説明によると、そのキャリー 横たえていた。 発したように、大きな穴を開けて身体を二分していたというのだ。 泣きあえぎながらの説明をようやく理解し、車内の全員が顔を青ざめさせた。特に子供たち は、あいつだ、あいつがやったんだと恐怖でまたパニックを再発した。 「銃が必要だ」 子供たちとダーシーを落ち着かせる保安官に向かって、ダラスが呟いた。 「すぐに州兵がくるんだそ ? 」 「それじゃあ遅すぎる」 年長の保安官にダラスはきつばりと言った。ステーション・ワゴンの行き先が決まった。現 時点では、もっとも冷静で正しい判断だった。暗雲が彼らの頭上を覆い、やがてぼつりぼつり 変と雨を降らせた。 章 第 ヘッドライトが雨粒の一つ一つをくつきりと映し出し、同時に〈ビッグ・ディーンズ〉の入 口を照らす。北部にある、町でいちばんのディスカウントショップだ。食料品や衣料はもちろ
「モリー、後ろに隠れるのよ」 べンソンがモリー の肩に手を当て、ストライカー装甲車の″後ろ〃に連れて下が ーー国軍大佐の指 トの」仰ナ った。今の後ろとは装甲車の進行方向、つまりメインストリー 示により、ギリアム・サークルへ出発する準備を整え終わった時のことだった。メインストリ ートの南方面から 1 台のビックアップ・トラックがタイヤを軋ませながら突っ込んできた。路 上に乗り捨ててある車を避けて急ハンドルを切るため、横転しそうなほどに車体を傾け、ふら ふらと部隊の残骸へ突っ込んで来たのだ。 リッキーとジェシーはダラス ダーシーがモリーを装甲車の陰に隠すと、保安官やケリー ハワードに倣って 4 カービン・アサルトライフルを抱えて暴走車両に構えた。ケリーがダラ スよりも一歩前に出て、ダラスもその横に並ぶ。 変「撃っちゃだめ、人間だわ」 章拡大鏡付きの暗視装置を熱心に覗き込んだジ = シーが言った。運転手は怪物ではない。もし 第もその人間が進路の先を見据えているならば、横一列に並んで自分に銃を向けた人間のバリケ ードを見ることになる。銃を降ろすべきか、と思うダラスは、その車体の屋根にしがみつく 1
「今、店仕舞してるところよ、ダーシー。あなたがここに着く頃には、出られるわ」 携帯電話を肩に引っ掛け、首を傾けつつキャリー・ アダムスが話す。帰らない夫を心配しつ つ、妊娠七カ月の彼女はそれでも仕事を休まなかった。経験的に自分が動いてもどうにもなら ないことを知っている。モラレス保安官を信じ、 3 時の診察をすませ、祈りながら夜まで過ご した。仕事で身体を動かした方が気も紛れた。 先に夫と息子の行方を見失ったダーシ ー・べンソンが彼女を気遣い、電話を寄越した。店の ゴミを外に出しながら、キャリーは彼女と話し終えたところだ。通話を切って携帯電話をポケ ットに押し込み、片手に抱えたゴミを集荷タンクに放り投げる。仕事が終われば心配以外の何 グ もすることがなくなる、ダーシーの話し相手になるのも悪くない。 似たもの同士の立場と テ ) して、とは考えまいと努めた。 章裏口から戻りかけ、何かが頬に落ちかかった。見上げても目に入るのは古いェアコンの室外 第機だけ。その影から先は夜の闇だ。何かがそこに蠢いた気がして、キャリーは身震いした。精 神的に弱っている時は何かにつけ怯えやすいものだ。 うごめ