仕事 - みる会図書館


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1. 波 2016年8月号

のをわかって切っただろう ! 」と。そうなると手が付けられの。ハジャマにはっきりと背骨が浮き出ていた。なんだか見て ないので、黙って聞いて謝るしかない。 はいけないものを見た気がして、私は挨拶もせず足早にその 七十歳を過ぎてからだろうか、父は瞬間湯沸かし器のよう場を立ち去った。 な怒り方をしなくなった。意思の疎通は楽になったが、引力仕事場のドアを後ろ手に閉め、ハアとため息を吐く。老人 に逆らう力が年々減っているようでさみしさも感じるのは否は一瞬で病人になるのをすっかり忘れていた。ちょっと前ま めない。 での彼はまるごと元気だったのだから、油断も隙もない。 ポストに人っていた郵便物を仕分けながら、私は父を思う。 私が仕事場として使っている部屋の二階に、ひとりの老人届いたもののなかにはい父からの封書もあった。宛名に書か が住んでいる。彼はおしゃべりが大好きで、天気の良い日はれた文字は、あきらかに父の筆跡ではない。「お世話になっ 必ず外にでて管理人や住人との井戸端会議に精を出す。年のております」と心で唱え、封筒に小さく頭を下げた。長い付 ころは父と同じぐらいだろう、少し長めの白髪にキャップをき合いを感じさせる蒸気が封筒から醸されそうになったので、 被り、ジーンズに長袖のシャツが定番のスタイル。大きな声私は急いで別の郵便物を手にした。 の関西弁が、窓の外から聞こえてくるのが日常だった。 彼のところには、一回り以上年下と思しき、普段着ながら数日後、父からまた電話があった。娘の結婚と出産が重な もやけに色気のある女性が通ってくる。婚姻関係にはなさそった、母方の親戚 ( 私の従姉にあたる ) へのお祝いについて うだし、親戚でもなさそうだ。来訪を待ち侘び階下に出た彼だった。せつかくだからちょっと素敵なレストランでも予約 を、両手に買い物袋を提げた彼女が優しくあしらうのを何度して、会食のあとにお祝いを渡すことになった。宴席には娘 か見掛けたことがある。そんな時、二人のあいだには付き合たちの大イベントを終えたばかりの従姉と、その妹を誘った。 いの長さを物語る甘やかな蒸気がポッと醸され、一瞬だけ周食事代は持っと言う私に「俺はご祝儀袋ふたっと、一万円 囲を照らすのだ。 札を二枚用意する」と父が返す。それではひとつの袋に一万 近頃、あの関西弁が聞こえてこない。引っ越したのかと思円しか人らない。学生じゃあるまいし、なにを考えているん ったが、二階から生活音は聞こえてくる。おじいちゃん、ど だ。これはつまり、差額分を私に補てんしろという示唆。相 うした ? と思っていたある日、鼻に酸素チュープを通し。ハ 変わらずフテえ野郎だと思ったが、無い袖は振れないのだか ジャマ姿で階段を登る彼に出くわした。足元はおぼっかず、ら仕方なかろう。 件の女性が背中を支えていた。その背中は痩せ細り、大きめ会食当日、父との待ち合わせ時間十分前に、新札を用意し

2. 波 2016年8月号

設にショ 1 トスティで行ってくれること 多分無理なので別の作家を頼んで下さい になる。私が、あまりにも書けないから、 六月二十七日 とお願いする。他の作家なら、このドラ まじにやばい。ドラマが書けない。こ家事の負担を少なくしてあげようという マは中止ですと言われる。そう言われる と、やめてしまうのもしのびなく、じゃ んなはずではなかったのに、と思う。い ことである。 「仕事、たのむわな、たのむわな」と言 あ後一週間頑張ってみますと、何の根拠つも遅いが、こんなにやる気が出ないの は、初めてかもしれない。心のどこかで、 いつつ、車に乗り込み行ってしまう。さ もないのに言って電話を切る。 あ仕事だッ ! と思ったが家の雑用をして もう書く仕事はやめたいと思っているの いるうちにタ方になってしまう。やたら かもしれない。自分が何に傷ついている 六月一一十一日 ラッキョの塩抜きをする。こんなに仕のかわからないので、対処のしようがな眠たい。考えてみたら、私は五十九歳で ある。来年、六十歳なんだぞ、疲れるの 事ができないのに、よくそんなことをすい。 る暇があるなと、母にイヤミを言われる。 台本がなければ、ドラマの撮影の準備は当たり前じゃないかと誰もいないのに がまるで出来ない。とりあえず、ロケ現逆ギレする。そして、少しだけのつもり 実はラッキョだけではない。ゴーヤの苗 も買ってしまった。今の仕事が終わった場、キャスティング、小道具が用意できで眠ってしまう。起きると二十一二時だっ た。もう眠れないので、テレビを見る。 る程度のあらすじを簡単に書いて送る。 ら植えかえようと思いつつ、そのままべ 二時過ぎまで、じっと見てしまう。さあ、 一フンダに放置している。ツルがどんどん書きながら、我ながらへンなドラマだな と思う。スタッフは、ふと我に返ったり 今度こそ仕事だッ ! と思うが、なんとま のびて、地べたを這っている。毎朝、ゴ しないだろうか。何でこんなものを、待た寝てしまう。なんでこんなに眠れてし メンネ、ゴメンネ、と言いつつ水をやる。 まうのだろう。本当に書くのが、イヤな っていたんだろうと、目が覚める時があ 風呂場で水を出しつばなしにしてラッ のだ。 るんじゃないだろうか。そう思うと怖い。 キョの塩を抜く。その後、煮沸殺菌した みんなが、夢から覚める前に、書き上げ 容器に鷹の爪と甘酢につける。七月六日 六月三十日 て、撮ってしまわねば。 から食べられますというメモをつけて、 家にいても頭はさえない。駅前のカフ 台所の隅に置き完了。これが食べられる ェで仕事をすることにする。トムちゃん ときまでに、台本が出来てないと、本当六月二十九日 にやばい。 トムちゃん、七月二日まで老人介護施がいないので、ゴハンをつくることも、

3. 波 2016年8月号

最果タと 条崎友番 説 9 廖通信福永信 罔田利規 ・山談・ナオコーラ 最果タし とルる - し 長 - 鶩・有 青太・淳 - 柴崎友香、岡田利規、山崎ナオコーラ、最果タヒ、 耕治人 長嶋有、青木淳悟、耕治人、阿部和重、いしいしんじ、 亠 0 川 . 日山編男 円城 烹裕一郎 - 古川日出男、円城塔、栗原裕一郎の豪華執筆陣ー 福、ネ信第 物書きをしております福永という者でございます。お初にど、まずありません。まったく皆無とは言わないけれども、 一般的には、編集者から突然電話がかかってくるのでござい お目にかかります。恐縮でございます。 お仕事は主に出版社などから依頼を受けまして、それに応ます。もしくは編集者からのメールを予告なしに受信する じて原稿を書きまして、お代を頂戴しております。ありがとのでございます。 はじめに依頼ありき。それがないとわたくしは存在しない。 うございます。 わたくしのお仕事は依頼を受けるところから始まります。そうなのですが、では、それは、どこから始まっているので 依頼がなければ、何もスタート致しません。わたくしはピクあろう、と思ったのでございます。依頼はどこから来るんだ ろう。依頼をすることも、依頼されることによってスタート リとも動かないのでございます。 「依頼」と申しますのは、編集者から電話がかかってくるこするのでしようか。 とでございます。最近はメールのみという場合もございま編集長おい。福永君に小説を依頼し給え。 すが、まず依頼ありきでございまして、そこからわたくしの編集者電話をかけて直ちに依頼します。 と、そんなふうに、依頼することが依頼されるにしても、 仕事が始まるわけですが、編集者の仕事はすでに始まってい るのですね。なぜなら編集者はすでに動いているわけです。では、その編集長は、誰から依頼されるのでしようか。 わたくしよりも先に行動しているわけです。だからわたくし社長おい。福永君に小説を依頼し給え。 と、そんなことがあったとしても、では、それなら、社長 に依頼の電話をかけることができるのです。 さんは、誰から依頼されるのでしようか。 わたくしから「もしもし、わたくしだけど。」と電話をか けて、相手が「ああ、福永さんですか。ちょうどよかった。母親あんた、依頼しなさいよ。 小説を書きませんか。」と、そんなふうに依頼されることな社長はい。母さん。 完成記念 一説象

4. 波 2016年8月号

もかかわらず、全く書く気がしない。 そのドラマに出演予定の >- さんから肉 が送られてくる。これを食べて頑張れと いうことなのだろう。いつも、見たこと がないぐらいの質と量の食べ物が送られ てくる。前に送ってもらったときは、 ムの箱だったので、てつきりハムが一本 人っているのだと思っていたら、高級へ レ肉の塊がドーンツど人っていて仰天し 早すぎたのだろう。 で痩せ菌が増えるというのを見て、やた た。今回は、私が仕事中と知っているの ちなみに、栗原さんの本業は大杉栄の ら食べている。中国産のだったら一袋百で、ステーキ用とすき焼き用の牛肉が小 研究で、こんな優しげな人が、アナキズ 円前後。国内産のだと四百円ぐらいする。分けされていて、そのまま冷凍庫に保存 ムをテーマにしているとは、とても思え今年は自分でつけようと思いつつ、でも できるようになっている。 ない。でも、もしかしたら、優しいから仕事が進んでいない後ろめたさから、と すき焼きの肉を半分取って、後はその こそ、今の世の中、そんなところに行く りあえず、むいたラッキョを買ってくる。 まま冷凍庫へ。今日は、ネギや豆腐のか しかないのかなあとも思う。最近、彼が これをよく洗って、お湯にさっと通して わりに、トマトと万願寺とうがらしの入 書いた『村に火をつけ、白痴になれ』は、塩水につける。その後、塩抜きして、甘ったすき焼きにすることにした。とって 伊藤野枝の話である。岩波書店が、こん酢につけるのである。もっと簡単にやる もうまい。肉を噛みながら、私はなんて な本出しているんだと驚く。おもしろい方法があるのに、仕事がたてこんでいる 悪い女なんだろうと思う。 けど、絶対、テレビドラマではやっても ときに限って、手のこんだことがやりた らえないだろうなあ。 くなるのは、どういうわけだろう。今日 六月十九日 は、テレビドラマの脚本の締め切り日で 本当にやばい。書けない、というか書 ゲ六月七日 ある。もう、しゃれにならないですよ、 きたくないのだ。こんなにダメなのは珍 カ Z で、ラッキョを食べると腸の中 しい。とりあえず、プロデューサーに、 とプロデューサーに釘をさされているに * 木皿泉【和泉努と妻鹿年季子による夫婦の脚本家 「ダメダメノヒビ」 本皿泉

5. 波 2016年8月号

とする。その中には、当然、価値ある仕事をもち、家族が豊逆に、極限に、その「すべて」に反するような例外を見出す かな生活を送るための収人を得ること、そして家族にーー父ことになる。その例外をあえて遂行する情熱や勇気をもつ者 や夫が立派なことをしているというーー自尊心を与えること、に、人は「男らしさ」を感じることになる。 等も含まれる。だが、あるとき、その仕事の上での使命を果「男」を、このように形式的に定義すると、ただちに次のこ たすためには、家族を犠牲にしなくてはならなくなったとすとに気づくだろう。この条件は、本来は、性的差異とは関係 る。家族と長く離れて暮らさなくてはならないとか、命を落がない、と。つまり、女が、このような条件を満たすことも、 とすかもしれない危険な任務を遂行しなければならないとか。論理的にはありうるし、実際にもある。ただ、われわれの文 このとき、もし彼が、家族を犠牲にするくらいならばそんな化は、ーーというより人類は どういうわけか、長い間、 仕事をしたくないと、たいした懊悩や迷いもなくあっさりと、 このような条件を、男と結びつけてきたのだ。山崎豊子の小 職務を放棄してしまったとしよう。このとき、われわれは、説も、こうした文化の歴史的蓄積の上にある。 そしてまた家族自身は、この男はそれほどまでに家族を愛し ていた、と判断するだろうか。必ずしもそうではあるまい。 なせ小が大を喰うのか 逆に言えば、この男が、家族に犠牲を強いる使命を遂行した 同時に、「男」という条件が、悪と必然的に結びついてい としても、このことが、彼の家族への愛の小ささの証明とはるわけではない、ということもあらためて確認される。同じ ならない場合もあるのではないか。それどころか、家族への条件を、「善」によって満たすことも論理的には可能だ。だ 愛が深いがゆえにかえって、家族を犠牲にせざるをえなくなが、財前は、悪によって、「男」の条件を充足させた。どう ることさえあるのではないか。また家族も、自分たちに犠牲して、この時期の山崎作品の「男」は、悪を代表しなくては を強いるような大義や使命をもっ父や夫をーー・そうした大義ならなかったのか。このような疑問にわれわれが拘っている や使命を難なく放棄してしまうような父や夫よりもーー・ますのは、山崎の後期の有名な作品を見るならば、あるいはすで ます深く尊敬し、誇りに思う、ということもあるだろう。決に検討してきた初期の作品を読むならば、彼女が特に、悪を して、「そんな父 ( 夫 ) は私 ( たち ) を愛してはいないのだ」描くことに執着しているようには思えないからだ。いや、明 などと簡単に感じはしない。 らかに逆である。山崎の作家としての全生涯を振り返るなら、 このように、何ごとかをすべて十全に果たそうとすると、彼女は、善や正義を体現する、男らしい男を描きたいという、

6. 波 2016年8月号

カー物 六月一日 ったタバブックスという出版社のさん が、ご本人は静かでちゃんとした人のよ ミスタートー ナツで仕事をしようと、 も来て下さる。栗原さんが書いた『はた うだった。栗原さんはイケメンと言うよ カウンターで注文の順番を待っていると、 らかないで、たらふく食べたい』という り男前と言った方がびったりくる。昭和 後ろの男子一一人組が買ったばかりの本に、本を読んだトムちゃんが、その内容にい の感じがするのだが、しゃべってみると、 丁寧に丁寧に透明のカバーをつけている。 たく感動し、きったない字で読者カード 年寄りの我々から見たら、やはり先端を いつもカ・ハーを持ち歩いていて、買うと を送り、それが縁で、増刷のとき帯を頼走っておられる方で、何を聞いてもすぐ すぐっけるのだろう。本の人っていた袋まれたのである。うちは、ケータイもメ さま答えてくれて、こちらまでテンショ は、私が見たことのない店のもので、ほ ールもやめてしまい、電話も留守電にし ンが上がる。トムちゃんは、ほんまもん ぼ毎日、三宮を歩いているのに、私の知ていないので、よほど運がよくないと直 の人が来ると決まると、自分のニセ教養 らない本屋があるのか、とちょっと驚く。 接話すことはない。仕事もプライベート がばれぬよう予習をする。この日も、あ もファックスだけである。なので、さ れこれ用意していた球を投げては打たれ 六月二日 んとは、ほとんど声をかわしていない。 る。ずいぶん前に、私たち二人の間で流 栗原康さんがやって来る。関西で用がやって来たさんは、ずっと律儀に出版行った「だめ連」の人たちのこともよく あったらしく、せつかくだからと神戸ま の仕事を続けてきた女の人という頼もし知っていて、その後の活動を教えてもら で足をのばしてくれたらしい。会いたか い感じで、出版する本は相当ヘンなのだ う。「だめ連」というのは、最低限の労 働しかしない人たちの集まりで、私が見 題字・絵たテレビでは、週に一度銭湯にゆき、帰 大西洋 りに川風に吹かれながらソ 1 セージでビ ールを一缶あけるのが楽しみで、その他 はずっと仲間たちとしゃべっていた。栗 原さんいわく、彼らは健在で、会えば 「まだ生きてます」というのが挨拶だそ うだ。まだ資本主義がここまで行き詰ま づていなかったときからある。彼らは、

7. 波 2016年8月号

水と生きる SUMORY 「 100 年も先のことは、わからない」 なんて言うのはやめよう。 そう決めました。 広 -4 乂一ー「、、ココ一一・に生丁二サ一ョ・ド民生を 4 災一 サントリーの天然水は、森が およそ 20 年以上もかけてうみだす地下水。 この貴重な天然水を 未来の子どもたちへつなぐために 森を元気にしよう、と始めた 「天然水の森」プロジェクト。 100 年先 200 年先を想う サントリーの大事な仕事です。 http://suntory.jp/FOREST/ 20 拡大 これは、 約 2 倍を 4 91 0 雑誌 06823-08

8. 波 2016年8月号

みすぼらしいような黒板の街並が、立ち並ぶ西洋建築の数々ふたっとございまして、そこに橋脚を組む予定です。足場に で、揺るぎない橋梁で、まっすぐ広く続く道路で、輝ける新三橋を架けまして、全長二百二十五間と見積もっておりま 時代の県都に生まれ変わろうとしているのだ。 民は嘆息すること際限ないだろう。ああ、県民一般に対し「それで松ケ岡というのは」 と、大久保は唐突に話題を変えた。唖然とした三島は、ひ ては、確かに成功を収めている。しかし、士族はどうか。 城の解体は無論のこと、橋の架設も、道路の普請も、城下い、ふい、みい、よおと数えられるほどの間も、次の言葉が の防備を反故にされる、これでは裸同然ではないかと、憤慨出なかった。 するばかりに違いない。大久保は得意満面の鶴岡県令のよう「えつ、あ、はい、松ケ岡、ああ、松ケ岡開墾場でこざいま すか。それなら、この赤川の向こう岸でございます」 には、まだ相好を崩す気になれなかった。 目にものみせてやろうにも、先んじて目を閉じられては仕「向こう岸か」 方がない。みるべきものをみず、自分の殻に閉じこもり、頑大久保は陸続たる緑色の眩さに目を細めた。 迷で気位ばかり高いーー士族というものは東西問わず、ひた庄内鶴岡はーー過去にしがみつくばかりではない。士族自 ら率先して帰農に取り組み、荒地を開墾したのだという話は、 すら過去にしがみつく生物なのだ。 加えるに東北諸藩の士族たちには、戉辰の恨み晴らさでおもちろん耳に届いている。 「その松ケ岡開墾場をみたい」 くものかと、餓狼さながらの目つきを隠さない風さえある。 と、大久保は続けた。三島は今度は驚くどころか、やや不 なればこそ、別して慰撫しなければならないと、政府も意を 満の色さえ覗かせた。面倒だというのだろう。自分の仕事で 砕くのだ。 「これから向かいまする赤川も、藩政時代は軍事の都合から、なければ、手柄を自慢できるわけでもない。 一切の橋が架けられてきませんでした。ですが、もはや明治「松ケ岡なら、鶴岡県はとうに手を引いております。もはや の聖代です。来年には三川橋という大橋を架ける計画です」民間の事業でございます」 こうし 到着して馬車を下りると、草の臭いが濃く流れた。緑繁る「政府が推奨する士族授産の嚆矢には違いあるまい」 岸辺の先では、水面に数隻の舟が揺れて、どこの城下でも外それを、みたい。自分の目で、確かめたい。その実の大久 , 幅そのものは五十間ほどだが、保の本音をいえば、松ケ岡の視察こそ鶴岡巡察の、いや、東 れによくみる渡し場だった。Ⅱ 北巡察の最大の目的であるといっても過言でなかった。 土手から土手までは二百間ほどあるだろうか。橋を架けると それというのは、庄内鶴岡とてーー怨念には凝り固まる。 いって、二の丸の堀と同じようには簡単に渡せない。 「ご覧になれますでしようか。割合に大きな中洲が、ひとつ、開墾場を隠れ蓑に、武士団が温存されている。城に代わる拠 100

9. 波 2016年8月号

高山目の奥でシャッターを切る、みた れたわけですよね。 されてる料理ですら、意味付けってあり いな表現がありますよね。 高山『考える人』が季刊誌なので、三ますよね。 堀部フレームに切り取るとどうしても か月に一回のゆっくりしたペースで連載高山ありますね。 情報が絞られて、意味付けされてしまう していました。もちろんノートのメモを堀部ものを食べることすら、記号化で から。高山さんも意識されてか無意識に見ながら書くんですけど。結局、最初に きる。かわいい花柄の布の上に載せて撮 か、ロシア旅行を決めたときも、同行さ そこへ書いたフレーズが、みずみずしく 影して、プログに載せて人に見てもらう れた川原真由美さんはイラストレーター て勢いがあって、文法的な約束事からも ことによって、自分がどういう属性なの で写真家じゃなかったんですよね。 自由で、こっちが本当じゃないかって。 かタグ付け、意味付けできる。 高山川原さんは一番仲のいい友人なの雑誌のときにはできなかったけど、本に 高山タグ付けかあ。なるほど。どうし で一緒に行こうと思って。写真家 : : : ぜまとめるとき、大事なシーンはそのノー てそうなるんでしよう。安心できるのか トのままをいかしました。 んぜん思いっかなかった。資料用に少し な。 は撮りましたけど、私の写真はめちゃく 堀部スケッチだから、断片でいいんで堀部根っこがないから、消費すること ちゃなんです。見たいものに近寄りすぎすよ。誰かが言った言葉、見たこと、急で承認を得たいんじゃないかな。かって たり撮るのを忘れたり。旅ってそういう に尿意をもよおしたり。でも生活ってそ は、あそこの息子で、あの家はこんな商 ものだから。川原さんの絵も、その場で ういうことですもんね。紋切り型の表現売をして、というつながりが厳然として 空気まで描きこんだスケッチと、帰って やものの見方から自由であること、だ あって、アイデンティティは揺らがなか から写真を見て描いたイラストではぜん から百合子さんの本は名随筆たりえて った。いまは根は失われて、性急に自己 ぜん違いました。 いるし、特異な文章家として誰にも書を主張しようと何かを選ぶ。タグ付けす 堀部だからこの本に入っているのは、 けない作品を残せたんじゃないでしょ るだけで楽にそうできてしまう。 スケッチだけなんですね。 高山ラクに。でも、つらいでしようね、 高山はい。文章もそう。ウズベキスタ 高山あー、すごい読み方されますね。 きっと。孤独でしようね。 ンの旅のノートを久しぶりに読みましたやつばり。 堀部だから、高山さんの書かれたよう が、旅していたこのときにメモしていた堀部高山さんはそこに惹かれるという な大の目線って、 ものが、すでにフレーズとなって出てき か、共鳴することを体験しに行ったわけ高山いいですね、大の目線 ( 笑 ) 。 てるからびつくりしたんです。 ですね。貴重な旅の仕方だと思います。 堀部 ( 笑 ) 読む人を自分も気づかなか 堀部お戻りになってから、原稿は書か たとえば今だと、高山さんのお仕事に った孤独から解放するんだと思います。

10. 波 2016年8月号

った「ロゼッタ・スト 1 ン」のような。 ドが得られたんじゃないでしようか。 る庇護者」を告発しにくいですよね。で 小島「こうあるべき」と私を縛ってき 私の「ロゼッタ・ストーン」ってなんだ も私は、男性が多様な生き方を獲得する ったんだろう。 たものが何だったのか、突き詰めて考え ためには、ママの呪いから「解縛」され ることができたかもしれませんね。テレ るべきだと思っているんです。安冨さん安冨ひとつは育児経験だと思いますが、 ビ局に勤めたのは、そのための修行だっ もうひとつは女子アナ時代でしようね。 は何がきっかけでお母様の問題に気づい たと ( 笑 ) 。 小島おおつ、やはり・ たのですか ? 安冨私の場合は配偶者の存在です。配安冨『解縛』を読んで強くそう思いま安冨会社なんか、単に利用すればいい んです。結局日本の企業というのは、四 した。テレビ局と東大は、その不気味な 偶者からモラルハラスメントを受けてい て、抜け出すために離婚を考えました。 権力構造においてとてもよく似ています年制大学を出た男性がポストの奪い合い けれども母は配偶者とつるんで離婚を絶 ( 笑 ) 。特に女性差別。東大は女性の教授をしているサル山なんですよ。そしてそ の割合が四 % ぐらいで、他国の名門大学の組織は「自分は仕事ができない」「も 対に阻止しようとした。自殺を考えるほ ど悩み苦しんだ末に、母と配偶者の類似 と比べるとものすごく低い。テレビの世っと出世しなきゃいけない」といった ″罪悪感〃によってドライプされている。 性に気づいたんです。 界も、現場では女性も増えているけど、 小島でもサル山の中にも「このサル山、 役員はほぼ男性ですよね。 小島結局離婚はできたのですか ? 安冨はい。でも離婚のゴタゴタで二— 小島そうなんですよ。″女子アナ〃っ狂ってない ? 」と思っている男性は多い はずですよね。マイノリティーである女 て、同期の男性社員より仕事のチャンス 三千万円も失ってしまいました。もっと は、組織の中で「おかしい ! 」と声を上 が多かったので、最初は「女で得した」 早く、たとえば中学生のときに母の支配 と思ってました。でもそれって、女が社げることが比較的許容されていますが、 に気づいていれば、被害額は五千円ぐら 内でマイノリティーだからなんですよね。男たちはなかなかそれができない。彼ら いで済んだかもしれない。高校生だった はどうしたら救われるのか : 放送局の体質に加えて、アナウンサー るら五万円、大学生なら五十万、結婚する という局のアイコンとして人前に出た時安冨私はみんな馬に乗ればいいと思っ じ前なら五百万ぐらいかなあ。 てるんですよ。 に、求められる女性像も辛かった。身内 小島さすが経済学者 ( 笑 ) 。 縛 小島馬岬 からも、世間からも、なぜ自分はこんな 解 ありがとう、女子アナ 安冨私の趣味は乗馬で、会社のセミナ の に「あるべき形」を強要されるのか、と ーなどで馬に乗りに来る人たちをよく見 悩みました。 た小島配偶者の方との関係が、自分の苦 るのですが、そこで面白い事実を発見し はしみの謎を読み解くカギとなったのです安冨わかりやすい暴力に晒されたこと たのです。馬は子供の言うことはよく聞 で、自らを苦しめたものを読み解くコー ね。ヒェログリフを解読するヒントにな