があった。たぶんもう一人のドクターだ。待合室のシダに水中性的な、馬っぽい顔をしていた。誰かに似ている気がした をやっているほうの。わたしは電話を切り、あらためてかけが、わからなかった。前にどこかで会ったことがあると誰に あかし なおして自分の名前と電話番号を吹きこんだ。セラピストにでも感じさせるのは、いいセラピストの証なのかもしれなか った。部屋が寒くありませんかと彼女は訊いた。小型の暖房 残すメッセージにしては、なんだか短すぎる気がした。 「歳は四十三歳です」相変わらずささやき声のまま、わたし器具のスイッチは切ってあった。大丈夫ですとわたしは答え はそう付け足した。「背は中くらい。髪は白髪まじりの茶色。た。 「で、今日はどうされました ? 」 子供なし。お電話ください。待ってます」 開いたシステム手帳の上に、べントー・ポックスがのって テ。イベツツ先生の診察日は毎週火曜から木曜だった。わたいた。前の患者が帰ったあと大急ぎでお昼をかき込んだんだ しが木曜つまり今日行きたいと言うと、彼女は来週の火曜でろうか。それとも空腹で目が回りそうなのを我慢しているん はどうかと言った。あと六日も液体食が続いたら、飢死してだろうか。「あの、よかったら食べてください、わたし気に しまうかもしれない。わたしの苦悩を察したのか、危険な状しませんから」とわたしは言った。彼女はおだやかな笑みを 態なんですか、と先生が訊いた。ええ、とわたしは言った。浮かべた。「いつでも好きなときに始めてくださいね」わた 来週の火曜日まで待っていたら、たぶん。今すぐ来ていただしはレザーのカウチの上で横向きになろうとしたが、脚を伸 ばすには長さが足りないと気づいて、すぐにまっすぐ座りな ければ昼休みのあいだに診察します、と彼女は言った。 車で同じ建物まで行き、同じエレベーターに乗り、同じフおした。そういうタイプのセラピストではないらしい。 わたしはヒステリー球のこと、それから胸骨甲状筋が固ま ロアで降りた。ドアのプロイヤード先生の名前が〈ルー ス日アン・ティベツツ医療ソーシャルワーカー〉という名ってしまったことを話した。何か思い当たるようなきっかけ 前にーーーアルミの枠の中にプラスチックのプレートを嵌めこはあるかと先生が訊いた。まだフィリップのことを人に言う む形式だったーー代わっていた。わたしは廊下を奥まで見わ気にはなれなかったので、うちにいる居候についてことこま かに説明したーー彼女が大きくて重たげな頭を振り振り居間 たし、いったいどれくらいの診療所が共同名義なんだろう、 と考えた。ふつうに通っていたら気づきもしないだろう。独をうろっく、その牛みたいな様子。臭くて鈍重な牛。 「 " プル〃は雄の牛ですよ」とティベツツ先生が言った。 立系の医者に二つもお世話になるなんて、きっとあまりふつ うのことじゃないのだ。受付には誰もいなかった。ゴルフ雑でもその一一一口葉がびったりだった。女はしゃべりすぎるくら いしゃべるし、小心すぎるくらいに小心だ。女はもっと弱い 誌を十五秒読んだところで診察室のドアが開いた。 ティベツツ先生は長身で、白髪まじりのすとんとした髪で、し、もっと柔らかい。女は風呂に人る。 プル 110
「お風呂に人らないんですか ? 」 黙ってしまった。顔がくしやっとゆがみ、ヒステリー球が痛 「まるつきり」 いくらいにふくれあがった。先生がティッシュの箱を差し出 わたしは彼女がいかにわたしの家をないがしろにするかにした。 ついて話し、彼女がわたしにやったさまざまなことを、手で ふいに、彼女に見おぼえがある理由がわかった。 自分の胸を押したり、手首をつかんだり、身振り手振りで実この人、プロイヤード先生の受付だ。なんてことだ。ルー 演してみせた。自分の頭を後ろに引っぱるのは難しかった。 ス日アン・ティベツッというのは本名だろうか、それともル 「自分でやるとあまり痛そうに見えないかもしれませんけ ース日アン・ティベツツ先生の受付も兼ねているんだろうか。 ど」 ティベツツ先生をどこにやったんだろう ? これは通報する 「いえ、きっと痛かっただろうと思います」と彼女が言った。必要がある。でも誰に ? プロイヤード先生もティベツツ先 生もだめだ、だって電話をしても、このいけ図々しい成りす わたしは腕を首からはずして座りなおした。 まし女が出るに決まっているから。わたしはバッグとセ 1 タ 「え ? 」 ーをゆっくり引き寄せた。相手を刺激したり、こっちの考え 「反撃したんでしよう ? 」 を悟られたりするのは得策ではない。 「つまり、自己防衛ということ ? 」 「どうも、ありがとうございました」 「そう」 「まだあと三十分残ってますが」 「いえ、でもそういうんじゃないんです。もっとこう、極端「いえ、もう必要なくなりました。せいぜい二十分程度の悩 にマナーが悪いだけというか」まるで現実を否定するみたいみでしたから。もうじゅうぶんやっていただきました」 な口ぶりに、自分で笑ってしまった。「〈オープン ・。ハーム〉 彼女はとまどったようにわたしを見あげた。 って、聞いたことありません ? 護身術をしながらシェイプ 「料金は一回ぶんいただくことになりますよ」 アップと筋トレもできるっていう。あれ、考えたのほぼ全部 小切手はもう記人してあった。バッグからそれを出した。 わたしなんです」 「じゃあ、誰かセラピーを受けるお金のない人に三十分ぶん 「大声を出しましたか ? 」 あげてください」 「いえ」 「そんなことはできません」 男 悪「ノーと、言ったりもしなかった ? 」 「さよなら」 初「ええ」 ティベツツ先生は、質問をすべて終えた弁護士のように、 クリ 1 が〈ラルフ〉に行って留守だったので、わたしはず 「で、あなたはどう抵抗したんですか ? 」 111
たら、仮に多少道徳的にいかがわしいところがあったとしてントの三つの類型の中に収まらない、もう一つの悪がある、 も、東たちは、喜んで彼を次期教授に推薦しただろう。 ということになる。財前の言動は、もう一つの悪、カントの 『白い巨塔』の登場人物の中で、読者にとって最も魅力に欠視野には人っていなかった四番目の悪を ( も ) 表現している ける人物は、これら東たち浪速大学教授陣だろう。財前にはのである。この、もう一つの悪とは何か。 反発を覚えても、読者は、気づかぬうちに彼に魅了されてい確かに、財前は、本来は、私的な利益や幸福のために、教 る。物語の構成上、財前の反対極に置かれるのは、同級生で授のポストを狙っていた。だが、その執念は、あまりに徹底 善人の里見助教授だ。里見には財前のような迫力はないが、 し、およそ妥協を許さないものであるため、ついには、利益 「里見が一番好き」と言う読者もいるだろう。しかし、東教や幸福に反するところにまで行ってしまっている。とすれば、 授が好きな読者はまずいない。にもかかわらず、現実の社会私的な欲望を満たすために、表向きは偉そうなことーー・善な で最も多いのは東タイプである。 ることに見えることーー - ・をやっている、とは言えない。彼は、 自分の幸福や利益に反してでも追求しなくてはならない絶対 もう一つの悪 の義務であるかのように、教授職を求めているのである。 では、財前はどうなのか。彼もまた、第二類型の悪を表現 ここから得られる哲学的な教訓はこうである。カント哲学 しているのか。財前は、名門国立大学の医学部教授になっての術語を用いるならば、定一一一口命法的な義務と化した「悪」が 医療の発展に尽くしたいかのように言っているが、ほんとうあるのだ。すこぶる逆説的なことに、定一一一一口命法的な義務は、 は自分の名誉欲を満足させたいだけではないか。このようにカントの倫理学では、本来、善の定義そのものである。した 解釈すれば、財前も、東たちと同じタイプの悪に属している、 がって、カントは見逃しているが、形式の上では善と区別が ということになる。浪速大学の医学部教授会を舞台に、二つできない悪がある、ということになる。財前が、このような の「第二類型の悪」が対決している、というわけだ。 悪を体現している : : とまでは言うまい。財前の悪には、第 だが、そうだとすると、疑問がわく。それならば、どうし二類型の範囲で説明できる部分もある。しかし、彼の行動や て、財前には男らしさを感じるのに、東たちには逆に、男ら態度には、そこから逸脱する部分もある。彼の悪は、カント しさの欠如を感じてしまうのか。財前の悪には、悪の二番目も見ていなかった四番目の類型に接近しており、そこから、 の類型には回収できない側面があるのだ。言い換えれば、カ東教授たちにはない、男らしさの印象が出てきているのだ。
裁かれる側に立っているような気がして、急に自信がなくな首にかけられ、仰向けに倒された。ソフアで背中をしたたか っこ。 に打ち、一瞬息ができなくなった。立ちあがろうとするより 「それに」彼女がリモコンを拾いあげて言った。「仕事なら早く、腰を膝で押さえつけられた。わたしは馬鹿みたいに両 あるし」 手で宙を掻いた。クリーはわたしの両肩を手で押さえつけて、 にわかには信じられなかった。 わたしの顔が。ハニックでゆがむのをしげしげ眺めた。それか 「へえ。どこで ? 」 ら手を離し、向こうに行ってしまった。わたしはソフアに寝 こないだ行ったとこ」 たまま震えが止まらなかった。彼女がバスルームに人り、カ 「あなたが自分で〈ラルフ〉まで行って、書類に書きこんで、チリと鍵をかけた。 面接を受けたっていうの ? 」 「じゃなくて、あっちに頼まれただけ。こないだあそこに行朝一番でフィリップが電話をかけてきた。 って。明日から」 「きみがあの件について考えてくれたかどうか、僕もキアス 男の人の震える手がクリーの巨乳に名札を留めるところがテンもすごく気にしてるんだけど」 ありありと目に浮かんで、フィリップが彼女の " 貯蔵脂肪〃 「ひとっ質問してもいいかしら」わたしはそう言って、ふく について言ったことが思い出された。ほんの何時間か前まで、らはぎのつけ根にできた青あざを指で押した。 わたしは彼と車の中にいて、″クリーの話なんかで二人の時「何なりと」とフィリップが言った。 間を無駄にするのはよそう、他に話したいことがいつばいあ「彼女、美人 ? 」 るんだもの〃と思っていたのだ。わたしは彼女の寝袋の端を「それはきみの判断に影響するんだろうか」 めくり、下にあったソフアのクッションをカまかせに引き抜「いいえ」 いた。 「超がつくほど美人だ」 「このソフアは寝る場所じゃないんですからね。裏返してく「髪の色は ? 」 れないとクッションの形が変わっちゃうでしよ」そう言って 「プロンド」 クッションを裏返すと、もう一つのクッションも引っぱった わたしはハンカチの中に唾を出した。ヒステリー球は一晩 彼女が尻に敷いているやつだ。腕の筋肉が引きつれた。 でふくれあがり、もう唾も飲みこめなくなっていた。 やめたほうがいいと頭ではわかっていたけれど、引っぱり続「結論はまだよ」 けた。ぐい。ぐい。 それから三時間、わたしは頭と足の位置を逆にしてべッド 彼女がいっ立ちあがったかもわからなかった。曲げた肘をにじっとしていた。フィリップは十六歳の子に恋してる。わ
彼女を人として尊重するということだ。きっと今まで誰からて携帯をチェックした。何もなし。フィリップはあれからず もそんな扱いを受けたことはないだろう。これを機に彼女はっと、オーガズムなしのままキアステンをジーンズの上から 人としての尊厳に目覚めるのだ。アーモンドバターの空き瓶愛撫し続けている。わたしのゴーサインをひたすら待って、 ジーンズはもうぼろぼろ、指もマメだらけだ。バスルームの に唾を出した。痰壺っていうのもあんがい古風でいいものだ。 わたしが率直に意見を述べたからと言ってべつに彼女に感謝ほうでトイレを流す音がした。 してほしいとも思わないけれど、どうしてもと言うのなら、 直後にわたしの部屋のドアが勢いよく開いた。 受け人れるのもやぶさかではない。何回か練習もしてみた。 「客って誰よ ? 」と彼女は言った。部屋は暗かったけれど、 わたしは手紙を封筒に人れ、表に〈クリーさま〉と書いて、手紙を持っているのがわかった。 バスルームの鏡にテープで貼りつけた。彼女がそれを読むあ「何のこと ? 」 いだその場にいないほうがいいと思ったので、家を出た。 「金曜日にお客が来るからあたしに家を出てほしいって、こ エチオピア・レストランでフォークをくださいと言ったら、れ誰のことよ」 「ああ、古い友だちよ」 うちの料理は手で食べるのだと言われたので、ティクアウト 「古い友だち ? 」 にしてもらい、〈スターノ ヾックス〉でフォークを一本もらっ て車の中に座った。けれども、こんなに柔らかな食べ物でさ「ええ」 「なんて名前の人」 えわたしの喉は受け付けなかった。わたしはそれをホームレ 「クベルコ・ポンディっていうの」 スの人のために歩道の端に置いた。エチオピア人のホームレ スなら、きっと大喜びするだろう。ふるさとの味とこんな形「いかにも作ったって感じの名前ね」そう言いながらべッド に近づいてきた。 で再会するなんて、とても心あたたまる話だ。 家に戻ると、クリーはレンジでチンする感謝祭ディナーを「そ、彼にそう言っとくわ」 食べていた。彼女のお気に人りのやつだ。手紙のことが心配わたしはべッドから出て、ゆっくり彼女からあとずさった。 だったけれど、彼女はいたって平常運転で、テレビをつけたいま走れば追いかけられる展開になる。それでは怖すぎるの ままメールをし、雑誌を読んでいた。わかってくれたようだ。で、我慢してなるべくさりげない感じでドアのほうに歩いた。 たどり着く前に彼女にドアを閉められた。心臓がばくばくし、 わたしはネグリジェに着替え、洗面バッグをもってバスルー ムに行った。〈クリーさま〉の封筒はまだ鏡に貼ったままだ体が小刻みに震えた。シャミーラ・タイが言うところの「ア ドレナリン発動だ。これが始まったら、もうあとはやるし った。封筒を見ただけで中は読まなかったか、まだ一度もト イレに行っていないかのどちらかだ。わたしはべッドに人っかない。途中で止めたり、引き返したりはできない。暗闇で 114
い。これは他の短篇、「おやすみ」のマナ きを、交情あった十人の女が思い語る」 つまり、ニシノ君と恋愛関係に落ちた女ミさんも「まりも」のサュリさんも他のい 性がそれぞれの思い出を語る十篇の短篇小ろんな女性たちも同じです。いや、小説の 説から出来ています。私は、死んだニシノ中だけでなく、女子会で喋りあう私の友人 君 ( の幽霊 ? ) が出てくる冒頭の短篇「。ハたちみんなもそんな感じ。よく言われるよ フェー」から惹かれました。今年の梅雨のうに、男性はこれまでの恋愛を別フォルダ 季節はこの本の一篇一篇を、いろんな場所に人れて、新しい恋愛は新規フォルダに人 れるけれど、女性はあっさりと上書きしち で時間をかけて読んでいきました。 「。ハフェー」は、ニシノ君と不倫関係のあやうのかもしれません。 川上弘美 った主婦が語り手。ある昼下がり、彼女のそれに女性の目から言えば、結局ニシノ 「ニ、ンノユキヒコの恋と冒険」 家の庭に、「死ぬときには夏美さんのとこ君が悪い。先の紹介文にあるように、確か 不規則な仕事をしていると、本を読む時ろに行くよ」と言っていたニシノ君が現れに優しいかもしれないけど、実は優しい人 間が細切れになってしまいます。どうしてます。折角、死んでから会いに来てくれてって沢山います。ニシノ君は恋人を満たし も物語に人りこむのが難しくなるので、大いるのに、夏美さんはほとんどニシノ君をてくれる思いやりがないんですね。「どう きな活字で組んだり、要点が攫みやすいデ相手にせず、娘のみなみに相手をさせますして僕はきちんとひとを愛せないんだろ ザインになっている自己啓発本などを読む ( 二人が付き合っていた時、みなみも一緒に会ううーと言うニシノ君に、マナミさんが内心、 「かわいそうなユキヒコ。でも、自分のせ ことが多くなります。素敵な女性になるたことがあり、彼に懐いていたので ) 。 「わたしは台所に戻って揚げ物をした。みいなんだから、わたしは知らない」と思う めの自分の磨き方、みたいなやつですね。 でも、やはり物語を読むことも大切で、なみはずっとニシノさんの隣に座っていた。通りです。私は〈こんな男、ほんとヤダ〉 そんな時には〈連作短篇集〉がいいみたい揚げ物の油の始末をしていると、みなみのと思いながら、面白く読み終りました。 です。この本もそんなスタイルの一冊。カ叫び声が聞こえた。 / 去ったな、と思っ映画版は竹野内豊さんが本当にカッコよ くて、ニシノ役にピッタリ ! ニシノ君の た」 庫バー裏の紹介文を引用してみます。 潮「姿よしセックスよし。女には一も二もなそして、母娘はそうめんの箱をバラした葬儀で出会ったみなみとサュリさんが彼を たく優しく、懲りることを知らない。だけど板でニシノ君の小さなお墓を作ってあげま思い出していく構成も良かった ( これは映 な最後には必ず去られてしまう。とめどないす。、この自分の中でケジメをつけている夏画版のオリジナル構成 ) 。ラスト近くにある、 画この世に真実の愛を探してさまよった、男美さんがいい。会いたいけど、会わない。みなみ ( 中村ゆりかさん ) のアップには涙し ( はら・みきえ女優 ) 一匹ニシノユキヒコの恋とかなしみの道行一度断ち切ったひとには愛おしさを見せなました。 画になうた ~ 新潮文庫一 , 、 恵
すが突然終わっているのですね。それで総勢一〇名というわが、先の一〇名である。編集者はそのすべてに「ぜひお願い けなのです。」 したい。」と言った。 「なぜ突然依頼をしたのだろうか。なぜ、突然、依頼をしな「すると、わたくしは、どうなるだろう。」 くなったのだろうか。」 「それは、福永さんにも、お願いしたいですよ。」 「わかりません。わかりませんが、なんとなくまた現代の作わたくしは電話をガチャンと切った。それから、二階の書 家の小説を掲載してみようと思いまして。編集者の遺伝子で斎に行ってお昼寝をしようとして、振り返ると、少し開いた しようか。しかし僕は福永さんしか電話番号を知らないので、 ドアの向こうから、我が子が、わたくしには似なかった今で は懐かしい面影でもあるそのクリクリした黒目だけを、扉の こうして依頼をしているわけです。」 「ちょっと待ってください。わたくしに依頼するのは、あり隙間から見せていた。そして「。 ? 」と聞くのであ る。 がたいが、そんな理由からですか。君とは長い付き合いだか ら言わせてもらうが、知っているのが、たまたまわたくしだ もう一週間前だったか子供が、自分の気に人っていた絵本 というだけで、貴重な誌面を使っていいのだろうか。」 を貸してくれていた。それを読んでパ。ハとしては感想を言わ わたくしにしては、ややゾンザイな言い方だったと思いまなければならなかった。これまでも催促されてきたが、その ままになっていたのだ。「。 ? 」とまた聞いてくる。 す。しかし、酒の力が人ったことと、旅先での解放感から、 そんな口調になってしまったのでしよう。 「いや、まだ。」と、そう答えて、ふと、おれは我が子からも、 「いや、あなたの小説はいいと思いますよ。」 依頼されているのだな、と、おのれの人生に苦笑せざるをえ なかっ ' た。「すぐ。むから」と、子 編集者は取り繕うように言いました。 供を安心させた。絵本を開くと、絵も、 「では、円城君に依頼できれば、どう だろう。」 文章も、この作者達が、忙しい時間の 中で作り上げたものに違いないと思え 「円城塔さんですか。ぜひ頼みたいでノ すね。」 てきて、感謝の念が沸き起こってきた。 ~ の、りかと、つ 0 「山崎ナオコーラ君だったら、どうで わたくしは編集部へ電話をかけた。 すか。」 こちらから電話をかけると、これから 「もちろんお願いしたいです。」 何か依頼をするような気分になった。 わたくしは、連絡先を知っている作 「君かい。さっきはごめん。」 家の名前を次々に挙げていった。それ 「鳥と進化 / 声を聞く、柴崎友香
と思います。離婚後、私はすべてのクレ い」という東京 e 名物プロデュー 岩井美味しい物を食べさせてあげたり ジットカードの番号を変えたのですが、 サー大川さんの名言がありますが、会見ね。 元夫が新しい番号を教えてくれとしつこ を見て、高島さんは高知さんが可愛いん及川 e シャツで終わりませんから くて、仕方ないからスカイプで前のカー だろうなと思いました。私も夫が可愛い ドをひらひらさせながら、「カードの番ですもん。ああ、うちも高島さんも最初岩井水道橋博士によると、金を出す女 号を言うよ」と言ったんです。その時、 から夫が愛の対象ではなかったんですか は何度でも出すけど、出さない女は一回 にやっと笑った彼の顔が本当に卑しくて ねえ。外国人に限定すると、年下男と関も出さないそうですよ。 。彼を軽蔑した瞬間でした。私の場係がある人って : 及川相手が変わっても出すんですよね。 合、相手への軽蔑心が産まれたら、全て及川宇多田ヒカルさん、浜崎あゆみさ 自覚しています。気をつけようと思って を断ち切れるんです。だからもうアウト。 ん。 いますが、さすがに外国人は懲りました。 岩井軽蔑心ですか・ : 。私も、一度だ 岩井松田聖子さんも元彼のジェフ君に けど、志麻子さんはずっと韓国人ですね。 け離婚を考えたことがありましたが、結暴露本を書かれましたね。忘れちゃいけ 岩井外国人好きでもないのですが、ネ 局、私の場合は相手に罪悪感を抱いてい ないのが、私と同じ岡山出身の有森裕子タや娯楽になっていて、おまけに相手は る状態が一番気持ちいいんです。だから、 さんです。夫はコ was gay 」という名言葉が分からないから、言いたい放題で 「ごめんね、ごめんね。あなたをそんな 言を放ったガプちゃんですよ。あそこも 苦情もこない。何より年下でもジェネレ 風にしたのは私なのよ」と母親みたいに有森さんがしつかりしていて、親子みた ーションギャップを感じない ! 日本人 謝りながら実は気分が良いから離婚もせ いでした。 の若い男の子だと流行歌も何もかも違い ず、そして、夫は一人では生きていけな及川私たちと一緒にしては失礼ですが、 ますが、韓国人だとそもそも知りません い男になってしまった。 からね。 この構図には、経済的に自立した女性が はまりやすいのかもしれませんね。私も及川確かに。それでも、トルコ、中近 外国人男のいいところ ? そうですが、男からお金や物をもらおう 東あたりはもうごめんです。 及川夫の高知東生さんが逮捕された高と考えたことがない人は、よりいっそう 〇〇〇の心 島礼子さんも、記者会見で彼の保護者に注意が必要です。相手がちょっと可愛い なっていましたね。 くて、「このシャツ、似合うかもよ 岩井及川先生は離婚されて、私も夫を 岩井「愛が憎しみに変わる時はあるけ とか自分から言っちゃったら、もう始ま飼い殺しにしているわけですが、最終的 れど、可愛いは絶対に憎しみにならな りですね。 に失敗かどうかは、周りがなんて言おう
設にショ 1 トスティで行ってくれること 多分無理なので別の作家を頼んで下さい になる。私が、あまりにも書けないから、 六月二十七日 とお願いする。他の作家なら、このドラ まじにやばい。ドラマが書けない。こ家事の負担を少なくしてあげようという マは中止ですと言われる。そう言われる と、やめてしまうのもしのびなく、じゃ んなはずではなかったのに、と思う。い ことである。 「仕事、たのむわな、たのむわな」と言 あ後一週間頑張ってみますと、何の根拠つも遅いが、こんなにやる気が出ないの は、初めてかもしれない。心のどこかで、 いつつ、車に乗り込み行ってしまう。さ もないのに言って電話を切る。 あ仕事だッ ! と思ったが家の雑用をして もう書く仕事はやめたいと思っているの いるうちにタ方になってしまう。やたら かもしれない。自分が何に傷ついている 六月一一十一日 ラッキョの塩抜きをする。こんなに仕のかわからないので、対処のしようがな眠たい。考えてみたら、私は五十九歳で ある。来年、六十歳なんだぞ、疲れるの 事ができないのに、よくそんなことをすい。 る暇があるなと、母にイヤミを言われる。 台本がなければ、ドラマの撮影の準備は当たり前じゃないかと誰もいないのに がまるで出来ない。とりあえず、ロケ現逆ギレする。そして、少しだけのつもり 実はラッキョだけではない。ゴーヤの苗 も買ってしまった。今の仕事が終わった場、キャスティング、小道具が用意できで眠ってしまう。起きると二十一二時だっ た。もう眠れないので、テレビを見る。 る程度のあらすじを簡単に書いて送る。 ら植えかえようと思いつつ、そのままべ 二時過ぎまで、じっと見てしまう。さあ、 一フンダに放置している。ツルがどんどん書きながら、我ながらへンなドラマだな と思う。スタッフは、ふと我に返ったり 今度こそ仕事だッ ! と思うが、なんとま のびて、地べたを這っている。毎朝、ゴ しないだろうか。何でこんなものを、待た寝てしまう。なんでこんなに眠れてし メンネ、ゴメンネ、と言いつつ水をやる。 まうのだろう。本当に書くのが、イヤな っていたんだろうと、目が覚める時があ 風呂場で水を出しつばなしにしてラッ のだ。 るんじゃないだろうか。そう思うと怖い。 キョの塩を抜く。その後、煮沸殺菌した みんなが、夢から覚める前に、書き上げ 容器に鷹の爪と甘酢につける。七月六日 六月三十日 て、撮ってしまわねば。 から食べられますというメモをつけて、 家にいても頭はさえない。駅前のカフ 台所の隅に置き完了。これが食べられる ェで仕事をすることにする。トムちゃん ときまでに、台本が出来てないと、本当六月二十九日 にやばい。 トムちゃん、七月二日まで老人介護施がいないので、ゴハンをつくることも、
俳句と短歌の この句を思いついたときから、今まさに糠床から取り出し こんな人にもぜひ、おすすめしたい。瑞々しい楕円形の断 たばかりの胡瓜をさっと水洗いし、とんとんと斜めに包丁を面を見せた胡瓜漬を一切れ、ぼりぼりとって、おかいさん 人れて、皿に綺麗に並べられた漬物のつやつやした様子があで流し込む。すんなりと胃にやさしく落ちてゆき、もたれる りありと眼裏に浮かんできて、ちょっと困っている。食べた ことはない。おかいさんはふつうの粥よりもさらさらと食べ られて、しかも番茶の香ばしさに心が安らぐのである。 和歌山の実家にいるときは、当たり前のように夏になると、 夏痩せて嫌ひなものは嫌ひなり三橋鷹女 胡瓜や茄子の糠漬けが食卓に上がった。おかいさんと一緒に。 こんな人にはどうだろうか。千葉県出身の鷹女さんは、お おかいさんとは、茶粥のことである。決して豪華とは言えなかいさんを食べたことはあったのだろうか。それにしても い食事だけれど、おそらく紀州出身の佐藤春夫も有吉佐和子「鷹女」とは勇ましい俳号である。背筋が通っている。 も中上健次も、糠漬けにおかいさんの組み合わせで腹ごしら 恐る恐るおかいさんと胡瓜漬を夏痩の鷹女さんに出してみ えをしてきたはずだ。ここに、梅干しと魚の干物なんぞが添たらどうなるのだろう。どうか「嫌い ! 」などと言わずに、 えられると、もう言うことはない。紀州人であれば、この一フ一度食べてみてほしい。 インナップに大きく頷いてくれるに違いない。 月のぼる夏痩のなに食べようか清水径子 ほりもとゆうき 1974 年生れ。俳人。最新刊「ねこのほそみち」 堀本裕樹 切り口の楕円うつくし胡瓜漬