男にとって仕事とは何か 北上次郎 篠田節子『銀婚式』 本書の単行本版が刊行されたのは 2011 年の肥月だが、 の仕事と人生が徹底してリアルに描かれるのだ。もう読み始 新刊書店でこの本を手に取った日のことをまだ覚えている。 めたらやめられません。すごいな篠田節子は。 その帯にはこうあったのである。 主人公は高澤修平。証券会社のニューヨーク本部に勤務し ていたが、本社が破綻したのでアメリカ法人の後始末に追わ 激動する時代の「家族」の物語 れ、破綻から二年後、ようやく日本に帰国してくるところか らこの物語の幕が開く。ほとんどの同僚はさっさと再就職を えつ、と思った。篠田節子が家族小説を書くなんてことが決めて去っていった。早ければ早いほど、好条件の再就職先 あるだろうか。正直に言うと私自身は家族小説を好きなのだ があったようだ。高澤修平は一一年遅れなので、なかなか再就 が、篠田節子はそういうジャンルから遠いところにいる作家職が決まらない。この挿話で高澤修平の性格を読者に伝えた である。誰がどう見たって篠田節子に家族小説は似合わない。あと、知人の紹介で人ったのが、損保会社。 たとえばこの直前に上梓したのが『はぐれ猿は熱帯雨林の夢新しい時代に対応するために、会社の古い体質を変革する を見るか』という奇想天外な作品集なのだ ( これもまた傑作矢面に高澤は立たざるを得なくなるのだが、その具体的な挿 であった ) 。こういう作家が普通の家族小説など書くわけが話が一つずつ克明に描かれていくので、ぐいぐい物語に引き ない。もちろん、その家族にカッコがついているから普通の込まれていく。証券会社にも損保会社にも勤めた経験はない 家族小説ではないんだろうが、ホントかよと疑ってしまったが、こういうやつっているよなあという人物が次々に立ち現 ことを反省する。 れるのだ。 これがすごかったのである。バブル崩壊後のビジネスマン これだけでもバブル崩壊後のビジネスマンのその後の人生 今月の新潮文庫 銀女式 / 篠田節子
せたかたちで見出すことになる。山崎豊子が、このようなこものは何か。恩地が、会社の一員でありながら、会社から完 とを意図し、計画して実現したわけではない。夏目漱石は、全に見捨てられていたこと、ここに鍵がある。普遍性は、こ 『それから』や『門』を、『三四郎』のその後のつもりで書いの見捨てられているという境遇、組織の一部でありながら、 たが、山崎は、『沈まぬ太陽』を『大地の子』の続篇としてその中で積極的に承認された地位をもたずに排除されている 意図したわけではない。彼女の無意識の欲求、無意識の探索という境遇、このことのうちに宿る。御巣鷹山で無念のうち が、結果として、『大地の子』に接続するような作品としてに死を迎えた者、そして取り残されてしまった遺族は、恩地 『沈まぬ太陽』を彼女に書かせたのである。 と同じように見捨てられた者たちである。恩地は、このレベ だから、『大地の子』で言えることは、『沈まぬ太陽』でも ルで、遺族と共感することができたのだ。恩地だけが、遺族 妥当する。前者において、「大地」という普遍的な場に所属との利害対立を越えて、普遍的な正義の場に人ることができ するためには、「日本 / 中国」という対立で、中国の方をまたのはこのためである。 ずは選択しなくてはならない、という原理を説明しておいた沈まない太陽は、大地と同じように普遍性の象徴である。 ( 前回 ) 。このときに働いていたのと同じ論理から、なぜ恩地大地の中の特定の場所だけで見れば、太陽は必ずいずれ沈む。 が、国航社員の中で恩地だけが、御巣鷹山事故での被害者へしかし、大地の全体で考えれば、太陽は決して沈まない。見 の対応が異なっていたのか、が説明できる。 捨てられた者たちに対しても、太陽は遍く光を与え続ける。 この事故では、当然、会社 ( 国航 ) と遺族とは利害が対立 ( つづく ) している。『沈まぬ太陽』は、会社の一員である恩地が、会 社のためによく頑張った、という話ではない。未曾有の事故 堂本のこの思いに応えて、あっさり転向したのが行天である。だか があったが、会社を潰さないように努力した、ということが ら行天は堂本のお気に人りになる。行天がはじめから非組合員であった 立派なわけではない。恩地は、会社員でありながら、この対 、末端的な組合員に過ぎなかったりしたら、堂本にそれほど愛される 甥立の中では遺族の側にいる。そのことを通じて、恩地は、会ことはなかっただろう。熱心な組合員だ「たのに利害打算から転向した こと ( カントの第一の悪に対応。連載第 6 回参照 ) が重要だったのだ。 社の利害ではなく、普遍的な正義を代表している。 行天は、この小説の主要登場人物の中で唯一、対応する実在の人物をも 崎問題は、なぜ恩地にだけそれができたのか、である。恩地 たない。それは、他の人物よりも行天の仮構性が高いからではない。逆 だけがそのように行動したという話にリアリティを宿らせたに、行天こそが、ほとんどすべての人の現実に近いからである。 あまね
民航空労働組合の委員長として、同輩で副委員長でもある行のだ。同じ海外勤務でも、行天の行き先はアメリカの支店で、 天四郎とともに、会社の経営陣と、労働者の待遇改善や安全彼は出世の階段を邁進していた。その頃、しかし、国民航空 対策の強化を求めて、闘っていた。経営側の戦術を決めていの飛行機の事故が連続していた ( アメリカ、インド、ソ連 るのは、労務担当に着任したばかりの堂本である。恩地ら組と ) 。恩地のケニア勤務は、ナイロビ就航が実現するまでと 合は、のらりくらりと労使交渉を引き延ばす経営側に対抗すされていたが、会社が方針を変え、これを断念したため、恩 べく、首相フライトに合わせて、ストに打って出た。結局、地は、絶望の淵に沈み、堂本らへの憎悪の念を深めていった。 ギリギリのところで経営側が譲歩したので、首相フライトを国民航空の連続事故を背景として開かれた衆議院交通安全 阻止するまでには至らなかったが、このストライキを主導し対策特別委員会で、参考人として招致された ( 恩地の後任 たと見なされたことが、恩地のその後の人生を大きく規定すの ) 労組委員長沢泉が、恩地への差別的な人事について証言 ることになる。 した。このことがきっかけとなり、 1974 年、およそ十年 恩地は、このことへの報復人事として、僻地へと飛ばされぶりに恩地は、日本に戻ることができた 9 以上がアフリカ篇である。次の御巣鷹山篇は、ジャンボ機 た。まずは。ハキスタン ( カラチ ) 、そしてイラン ( テヘラン ) 、 最後にはまだ路線すらないケニア ( ナイロビ ) へ。会社には墜落事故とその後の対応の物語である。 1985 年 8 月日 僻地勤務は一一年という内規があったが、恩地の盥回し的な左の夜に事故が起きたとき、国民航空は三十五周年の。ハーティ 遷は、この内規を無視して、十年にも及んだ。その間、実母を開いていた。堂本は、すでに社長の座ーーしかも初の社内 .. は死んだ。テヘランまで一緒だった妻子も、ナイロビまでは生え抜きの社長ーーに就いている。帰国後もつまらない仕事 同行できず日本に戻ったため、恩地と妻子は、遠く離れて暮しか与えられてこなかった恩地は、事故の後には遺族係に任 らさざるをえなかった。その間、日本国内では、会社経営陣じられた。御巣鷹山篇 ( とこの後の会長室篇 ) では、行天た は、会社に従順な新労組を結成させ、旧労組のメンバーを露ち国航の執行部の遺族への非人間的な対応 ( 問題を金だけで 骨に冷遇する差別人事によって、その切り崩しを図った。恩解決しようとする態度、機械的な謝罪、遺族会の分断工作 仞地は、やりがいのある仕事がほとんどなく、だんだんと狩猟等々 ) と、遺族側に立った恩地の対応とが、クリアに対比さ 崎などに溺れていく。これと対照的なのが、行天だ。彼は、堂れる。恩地は、遺族たちから絶大な信頼を受ける。 山 本にまるめこまれ、会社に詫びを人れ、経営陣側に寝返った続く会長室篇は、御巣鷹山事故を受けての、国民航空の組
男にとって仕事とは何か 物語としては興味深いが、実はまだ、ここまでで全体の 4 分家族、にカッコがついていたのは、証券会社↓損保会社↓ の 1 。残り 4 分の 3 は大学の巻だ。紹介する人がいて、高澤大学という高澤修平の仕事の変化を描きながら、別れた妻由 修平は大学で教えることになるのである。もっともその大学貴子と息子翔とのやりとりが随所に挿人されるからである。 は東北の山の中にあり、キャン。 ( スのまわりには単身者用の由貴子とは別れても翔の父親であることは変わらないので、 マンションはあるものの、娯楽施設は何もなし。 何かあるたびに連絡がきて、そうすると父親の顔が現れる。 紹介するのが遅れたが、ニューヨーク時代に妻子と別れた だからこれも一種の「家族小説」ということなんだろうが、 ので、高澤は自由な独り身である。不便なようではあるが、 しかしやはり、四十代後半の男にとって仕事とは何か、がモ 何も失うもののない高澤には恰好の再々就職先かも、との気チーフの小説と読むほうが実感に近い。 がしないでもない。というわけで、彼は東北の大学に赴いて群を抜く人物造形と、巧みな挿話を積み重ね、ラスト近く いく。 の感動的な場面まで一気読みさせるのは見事。いかにも篠田 ストーリーの紹介はこのあたりまでにしておいたほうがい節子の小説らしい。 いだろう。その大学もけっして安住の地ではなく、さまざま 高澤修平が東北の地で見つける恋の行方も気になるところ な人間関係の煩わしさに巻き込まれる。これがまたディテー だが、こればかりは書かぬが花。ぜひ最後までお読みいただ ルたつぶりに描かれるので、まったく他人事ではない。まるきたい。 で自分の身に起きたことのような気がしてくる。リアルとい ( きたがみ・じろう文芸評論家 ) うのはこういうことだ。 篠田節子『銀婚式』 ( 新潮文庫 ) 一 484 一 9 ー 8 発売中 株式会社本の雑誌社 訳知り顔で薦められる本は、 たいていつまらない。 WEB 本の報誌 いい本に出会おう。 いい本を読もう。 www.webdoku.jp
なーーしかし素朴すぎる面をもっーー国見の足を引っ張り、 めない。敗戦のとき十四歳だった恩地に、戦争や敗戦の責任 彼を更迭する側にまわる。龍崎は、壹岐とは違い、全面的にを、たった一片といえども、帰することはできないのだから。 肯定されてはいない。 戦争へと向かう戦前の体制と屈折した関係をもつのは、最太陽は大地を照らす 初は労務担当の役員として登場し、御巣鷹山事故のときには では、どのように見ることが正解なのか。私の考えでは、 社長になっている堂本である。堂本は、恩地を「アカーとし『沈まぬ太陽』の真の意味は、これを、戦争一二部作の弁証法 て徹底的に弾圧する。その容赦なさは、彼自身がかって「ア的展開の最終産物であるところの『大地の子』と重ね合わせ 力」だったこととおそらく相関している。戦前、東都大学在て読むことで明らかになる。『大地の子』の陸一心が、どの 学中に、堂本は、学内の共産党細胞のリーダ 1 として、治安ような苦難を経験したかを思い起こすとよい。彼は、日本人 維持法で逮捕されたのだ。天皇の名において裁きがくだされであったがために、文化大革命のとき、辺境の労働改造所に おもて ふかあみがさ る法廷では、「面を見せることは許されず、深編笠をかぶせ送られ、ダム作りの肉体労働を強いられたり、ほとんど人が すあわせ られ、厳冬でも素袷に裸足の草履ばき」という屈辱の姿が強訪れることのない草原で羊飼いの仕事をさせられたりしたの いられた。要するに堂本は転向したのだ。堂本の恩地への仕であった。陸一心は、最終的に、自ら中国に残ることを決意 打ちは、次のような暗黙の叫びの表現だと解釈することがでし、 が制作したドラマ版ではーーー自ら志願して、 きる。お前がカッコつけていられるのは、お前が俺ほどにはかって自分が左遷された内蒙古の製鉄所に赴任するのだった。 過酷な弾圧を受けていないからだ ! お前をなんとしてでも これらは、『沈まぬ太陽』のアフリカ篇で、恩地元が国民 転向させてやる ! もし恩地がどのような辱めにも耐え、信航空に強いられたことと、よく似ているではないか。もちろ 念を貫き通せば、その態度は、意図することなく、堂本の戦ん、恩地は、「自由な労働者」だから、暴力的な強制によっ 前の転向を批判していることになる。堂本が己の過去を正当て、カラチやテヘランに送られているわけではない。しかし、 化するためには、恩地を屈服させる必要があったのだ。 今、会社から逃げない、逃げられないということを前提にす の このように、『沈まぬ太陽』の主要登場人物にも、戦争やれば、会社の人事異動の命令は、絶対に拒否できない。彼は、 子 崎敗戦が影を落としている。が、いずれにせよ、この作品は、懲罰的な意味をこめて、カラチやテヘランといった ( 日本か 戦争三部作に比べると、戦争の関係が間接的であることは否ら捉えたときの ) 辺境の事業所に収容された。会社を中国一
「ああ、あの ! 「まあ、そんなところだろうな」 「大正年 3 月 % 日」 私が急に声を張り上げたので、彼女は と、黒字のポール。ヘンで筆圧強く記さ と苦笑しつつも、むろん得心している れている。それは、私の、当時やはり認わけではない。心理学者のユン . グが唱え吹き出しそうになり、 シンクロニシティー 「そうなんですよ。あの工事の責任者、 知症を患って都内の施設に人っていた母た「共時性」、つまり一見無関係な存 うちの父なんです」 の生年月日と、まったく同一のものなの在同士が見えない地下茎のようなもので であった。 つながっている状態の一例とみなせばよ と目を輝かせて言った。 いのだろうが、それにしてもいささか手 「あの工事」とは、出雲大社の〃大遷 唖然として、声も出なかった。 ぐう 宮〃に備えての、おおがかりな社殿建て この病棟には、実母と同じ年の同じ日 が込んではいまいか。 替え工事のことだ。なにせ六十年に一度 に生まれ、しかも同じ病気にかかってい の、いわば「神様の新居へのお引っ越 る赤の他人の女性が入院しており、彼女 し」なので、出雲大社は常ならぬ落ち着 のカルテが、山積みになっているカルテ の最上部に、あたかも " これ見よがし〃 今回の取材の現場となっている山陰地かない空気に包まれていた。 に置かれていたというわけだ。 方ではどうか 東京の大手建設会社がその工事を請け その場でしばし凍りついたようになっ 二〇一二年のある日、大学での百五十負っており、現場を仕切る工事長の方は、 インタビューへの受け答えのみならず、 てしまった私に、看護部長が怪訝そうな人ほどが受講している講義を終えたあと、 目を向けたので、わけを話すと、 私は、顔も名前もうろ覚えの女子学生か社殿の内部の案内まで、みずから引き受 けてくださった。 「へえ、、そうなんですね」 ら話しかけられた。 ひわだぶ 堂々たる檜皮葺きの大屋根の葺き替え と、まるで気にかけるそぶりもない。 「先生、うちの父に会われたんですよ ね ? 」 に間近で接したり、いまから三百年も前 他人には実感がわかなくて当然なのだが、 に、当時の職人が建材に墨で落書きをし この蓋然性も限りなく低いはずだ。 事情が飲み込めずにいると、 た恵比寿様の絵なども見せていただいた 私としては、こういった現象をどう解「ほら、出雲大社で」 りして、実におもしろかった。そのとき 釈すべきなのか、いまだに見当もっかな と、少しじれったげに言う。 に の、作業衣にヘルメット姿の工事長こそ、 い。友人たちに話しても、 その学生の名前を尋ねると、か行の、 「そりゃあ『呼ばれてる』んだよ 東京郊外の大学で私の講義を受けている どちらかといえば珍しい姓を口にした。 それですぐにわかった。・ 女子学生の父君だったのである。 といった具合に茶化されるばかりで、 がいぜんせい けげん だいせん
ここから、われわれは何を導き出せばよいのか。おそらく招いてもいる。妥協すれば、彼は、日本に呼び戻され、妻子 山崎は、御巣鷹山事故のときに遺族側に立って親身になってや実母と一緒に暮らすことができたはずだからだ。ケニアに 対応した国航社員が、その後の組織改革において枢要な役割いる恩地が、中二の娘純子から「身勝手なお父さんへ」とい を担った、という物語を書きたかったのだ。であれば、一見、う手紙を受け取る場面は、実に痛々しい。純子はこの手紙の 御巣鷹山篇ー会長室篇だけで十分であるように思えるのだが、中で、父親がケニアにいるがために、自分の心も家族も「バ この物語を成り立たせるためには、長いアフリカ篇を必要とラバラです」と訴える。あるいは、会社に譲歩しようとしな した。どうしてなのか。 い恩地を残して、妻と二人の子がテヘランを去っていくシ 1 まず、山崎の過去の作品の登場人物との対応を見ておこう。ン。恩地は、空港の建物から飛行機に向かって歩く妻の名を なりふり構わず出世しようとする行天は、『白い巨塔』の財呼んだが、彼女は、振り返らない。「その背中は『解りまし 前五郎の系譜に属している。恩地の方は、当然、里見脩二にた、あなたはどうぞ、ご自分の信じる道を歩んで下さい』と 対応している。だが、「男」ー「女」の対応は、反転してい無言で答えているようであった」。 こうしたことから、恩地は、家族をあまり愛していないか る。里見は善人だが、悪を代表する財前と対比すると、フェ ミニンだという印象を与える。だが、『沈まぬ太陽』では、 ら、家族よりも社内での自分の体面を大事にしているから、 意地を通している、と考えたらとんでもない誤りである。こ 悪の側を代表している行天は、恩地に比べると女々しい。 恩地は、実際、「男」の定義と完全に合致する人物だ。 う想像してみるとよい。もし、恩地が、家族との幸福な時間 「男」かどうかは、「すべて」を得るために、「すべて」を否を得ることを優先させて、行天と同じように会社に詫びを人 定するような逆説をも引き受ける用意があるかどうかで決まれていたとしたらどうだったか、と。われわれは「恩地はそ る ( 連載第 6 回 ) 。たとえば、恩地元は、家族を、妻や子を、んなにも家族を愛しているのだ」と感動するだろうか。恩地 の子や妻は、「お父さん ( 夫 ) は私たちをそれほど愛してく そして実母をたいへん深く愛する人物として描かれている。 彼は、妻や子を幸福にするために、あるいは母を安心させるれた」と喜んだり、尊敬したりするだろうか。逆ではないだ ために、何でもやろうと思っているに違いない。しかし、彼ろうか。家族を犠牲にしてまで、信念を貫く恩地に、われわ 崎が意地を通し、行天とは違って決して国航経営陣に妥協せず、れは、むしろ鬼気迫る家族への愛をも感じないか。妻や子は、 断じて謝罪すまいという態度を貫いたことが、家族の不幸をそのような夫や父を、最初は恨めしく思うかもしれないが、
新潮文庫で歩く 「一一日本の町、 宮崎香蓮 が、この本は祖父をずいぶん讃えて書いての「私」は、さださんご自身のことだと思 下さっていて、孫としてはくすぐったい気ってしまいます。その上で京都、能登、信 持ちで読んだ記憶があります。 、津軽、四国の山中、長崎での不思議な 不自由な目で会社の経営をしたり、古代体験が語られるので、最初のうちはノンフ 史を研究したりするくらいですから、個性イクションのように読んでいました。 の強い人だったらしくて ( 私の生まれる前そのうち、 ( これはさすがにフィクショ ンだよね ) という場面が出てきても、作者 に亡くなったので直接知らないのですが ) 、 祖母も父も「怖かったよー」というくらいの術中にもうハマっているので、 ( いや、 さたまさし であまり思い出話をしてくれません。地元これをフィクションだと思う私が汚れてい はかほんさん空蝉風土記」 の島原では「さださんの『関白宣言』のモるんだ ) と反省したりもしました。騙され デルは宮﨑さん夫婦だ」と言われているのて壺なんか買うタイプですよ、私・ 思わぬところで家族の名前を見るとギョで、まあ、ああいう男性だったのでしよう。「あとがき」まで読むと、「まえがき」も 「あとがき」も含めて、すごく仕組まれた ッとします。永六輔さんが亡くなったことこのモデルの話、真偽は不明ですが。 に関連して、さだまさしさんが深く長い親祖母に聞くと、さださんのお父様と祖父フィクションだということがわかります。 が仲良しで、さださんは幼い頃からわが家そして、作者がそんなに巧んでも伝えたか 交を振り返っている記事を読んでいたら、 ふいに祖父の名が目に飛び込んできました。へ連れて来られていたそうです。高校生にったのが、日本にかろうじて残っている美 祖父の宮﨑康平は、お二人の共通の友人なって落研へ人ったり、音楽を始めたりすしさとか哀しさとか、この本の言葉で言え ( ? ) だったそうです。 ると、祖父は落語をやらせたり、・ハイオリば「不思議の花」なのだともわかってきま す。 この祖父を何と紹介すればいいのか、島ンを弾かせたり。迷惑ですよねえ。 そんなご縁もあって、今回はさださんの永六輔さんは民俗学がお好きで、その線 原鉄道という鉄道や・ハスなどを運行してい る地方の小さな会社の役員で、『まぼろし短篇小説集『はかぼんさん空蝿風土記』。で私の祖父も仲良くして頂いたようです。 の邪馬台国』を書いた古代史研究家で、 こういう言い回しは失礼になるかもしれさださんもお詳しいようですが、作中に何 はかまだやすすけ 「島原の子守唄ーという歌の作詞をした人ないのを承知で書くと、本当に巧い ! 長度も出てくる「博物民俗学者、袴田保輔」 物です。三十代で失明したので、城山三郎崎生まれで、日本中を旅することを仕事にが ( 後で調べて ) 架空の人物だと知った時 の驚き ! 本当にもう、この本で何度騙さ さんが祖父をモデルに書いた小説は『盲人していて、高校時代は落語研究会にいて、 ( みやざき・かれん女優 ) 重役』というタイトルになっているのですまっさんと呼ばれているーーそんな語り手れたことか。 オチケン
2017 年 1 月号 ( 通巻第 565 号 ) 平岩弓枝 / なっかしい面影第 4 回 2 皿竹田裕子 x 山本一郎 / 工ビデンスを重んじる「男の子」だった竹田圭吾の素顔 6 佐伯啓思 / 「民主主義」の真実 10 佐藤優 / プーチンのロシアについて最良の教科書 12 水村美苗 / ジプシーの大家族と一人の「よそ者」 14 髙橋秀実 / 身も蓋もありません 16 一宮崎駿 x 養老孟司 / 合計 154 歳、ふたりがいま夢中なこと。 東えりか / 描き出された、美しく幻想的な絵に感嘆 32 青木千恵 / 「悩んだ者勝ち」と考えたい 34 皿山本一カ x 鈴木光司 / 歴史は船でやって来た ! 36 茂木健一郎 / アイスクリームの冷たさとコーヒーの熱さ 50 有田芳生 / 今宵も呑兵衛は太田本を手に日本文化を守る 52 ー牧山桂子 / 「スマート」であるかどうか 58 小竹めぐみ・小笠原舞 / 子育てのつらさは 9 割が思い込み ! ? 68 新井信昭 / 知財を制する者はビジネスを制する 70 ー北上次郎 / 男にとって仕事とは何か 74 ー窪美澄 x 前野健太 / 小説と中出しとロックンロール / 104 高山れおな / 神々の住まいへ誘う最新ガイド 41 とんぼの本編集室だより 57 〔新潮新書〕水月昭道 / お坊さんだって、ワーキングプア 76 宮﨑香蓮 / 新潮文庫で歩く日本の町 92 連成井昭人 / 煙たかろう、さのよいよい新連載 24 ジェーン・スー / 生きるとか死ぬとか父親とか第 11 回 42 山下洋輔 / 猛老猫の逆襲山下洋輔旅日記第 10 回 46 津村記久子 / やりなおし世界文学第 32 回 54 野村進 / 多幸感のくに第 2 回 60 堀本裕樹、穂村弘 / 俳句と短歌の待ち合わせ第 41 回 72 大澤真幸 / 山崎豊子のく男〉第 11 回 78 木皿泉 / カゲロポ日記第 33 回 瀧井朝世 / サイン、コサイン、偏愛レビュー 第 82 回 90 佐藤賢一 / 遺訓第 13 回 94 ミランダ・ジュライ ( 岸本佐知子訳 ) / 最初の悪い男第 10 回 18 編集室だより 118 新潮社の新刊案内 119 編集長から 123 カット水上多摩江 編集兼発行者楠瀬啓之発行所株式会社新潮社〒 162 ー 8711 東京都新宿区矢来町 71 TEL 03 ー 3266 ー 5111 ( 営業部直通 ) 03 ー 3266 ー 5411 ( 編集部直通 ) 印刷所大日本印刷株式会社 ◎ SHINCHOSHA 2017 , printed ⅲ Japan 本誌からの無断転載、法律で認められた場合以外のコピーを禁じます。 18 コラム
0 山崎豊子の〈男〉 【第 + 一回】太陽の光は遍く 例外的な作品 ど深く関わってはいない。だが、彼もまた男の中の男である。 戦争が主題や背景になっている山崎豊子の長篇小説は、戦とすると、ここまで述べてきた提題を修正しなくてはならな 争三部作だけではない。『不毛地帯』以降のすべての山崎豊いのだろうか。私の考えでは、そうではない。 子の作品、遺作『約束の海』も含むすべての作品が、戦争を『沈まぬ太陽』は、ナショナル・フラッグ・キャリアである 扱っている。が、ひとつだけが例外だーーという印象を与えことを誇る航空会社、つまり日本航空・ーー小説の中では「国 る。『沈まぬ太陽』だけは、「戦争」が前面には現れていない。民航空」 , ーーと、その労働組合をめぐる物語だ。物語の中に、 われわれは、山崎豊子が、まさに「男」と見なしうる男を 1985 年の日航機墜落事故、つまりジャンボ機が御巣鷹山 造形できたのはなぜなのか、を考えてきた。ここまでの考察に墜落し、 520 名もの犠牲者を出した事故のことが組み込 が示唆してきたことは、負け方ーー総力戦の負け方ーーに鍵まれている。 1995 年から四年にかけて週刊新潮で連載さ がある、ということだ。敗北を否認も欺瞞もなしに受け取るれた後、単行本化された。全体は、三篇に分かれている。ア ことは、非常に難しい。山崎は、敗北を正面から受け止めたフリカ篇、御巣鷹山篇、会長室篇である。 男たちを描いた。そのとき、はじめて「男」が、善や正義の アフリカは、恩地が、ケニアのサバンナで、象を狙う猟 側に立つ「男」が生まれた。このように論じてきたわけだが、をしているシーンから始まる。アフリカ篇の大半は、この 1 おんちはじめ 『沈まぬ太陽』の主人公、恩地元は敗戦ということにそれほ 971 年の時点からの回想である。その十年前、恩地は、国 大澤真幸