ヴィザ - みる会図書館


検索対象: 杉原千畝
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1. 杉原千畝

かんし りようじかんもんちゅう だいにつぼんていこくりようじかん ソ連兵たちが監視する中、領事館の門柱から、「大日本帝国領事館」の看板が外されて につぼんりようじかんへいさ いる。在カウナス日本領事館が閉鎖されたのだ。 はっきゅうぎようむ お では、ヴィザの発給業務も終わってしまったのか ? はっきゅう りようじかんへいさ あとつづ ちうね いや、ヴィザの発給は領事館が閉鎖された後も続けられていた。千畝やグッジェは、メ はっきゅう つづ トロポリスホテルに場所を移して、ヴィザの発給を続けていたのだった。 まえ れつ 一九四〇年八月三〇日。ホテルの前には、ヴィザを待っユダヤ難民たちが列を作ってい 「ヴィザをもらったわ ! 」 さ ちちおや ようす た ホテルの中から出てきた女性が、父親にヴィザを見せて、ほっとした様子で立ち去ると、 ひょうじよう れつなら なんみん いっそうやわ 列に並んでいたユダヤ難民たちの表情も一層和らいだ。ロビーでは、グッジェの打っタイ おと ひび ちうね お まんねんひっ ひづけか プライターの音が絶えず響き、千畝はヴィザにスタンプを押しては、万年筆で日付を書き おお はっきゅう しんせいしゃ ちうね 込んでいる。なるべく多くの申請者にヴィザを発給すると決めた千畝だけに、ほんのわず あいだ てやす かな間もその手を体めることはなかった。 れんへい ざい なか ねんがっ た で にち なか じよせい うつ み ま き なんみん かんばんはず 134

2. 杉原千畝

あくしゅおう ちうねこた 握手に応じながら千畝が答えた。 「センボ」 ちうねな ニシェリが、親しみを込めてファーストネームで千畝の名を呼んだ。二人の間に友情が しゅんかん 芽生えた瞬間だった。 りようじ つぎ 「領事、次が」 き あとひか りようじかん グッジェが千畝に耳打ちする。後が控えていることに気づき、ニシェリが急いで領事館 しゅうきようしどうしゃ ひとり こえ を出ると、「ニシェリ、どうだった ? 」と、ラビ ( ユダヤ教の宗教指導者 ) の一人が声を ほんとう しん かけた。本当にヴィザが出るのか、まだ信じられなかったのだろう だいじようぶ 「 ) フビ、・やり・・ましたー これでもう大丈夫だと、みんなに伝えてください」 あ はっきゅう み ラビと肩を抱き合いながら、ニシェリは発給されたヴィザを見せた たびだ 「やりましたね ! 」「ついに旅立てますね」 ひとり 二番目にヴィザを受け取ったもう一人のラビも加わり、「ヴィザが取れた ! ヴィザが よろこ あ 取れたぞ ! 」と肩を抱き合い 、喜びを分かち合った。 と にばんめ で かただ ちうねみみう かただ した で こ と わ あ きよう った よ 0 と ふたりあいだゅうじよう 120

3. 杉原千畝

将校はそれだけ言ってヴィザを折り畳んだ なん にっぽんけいゅ 「何だって ? そんなバカな。日本経由アメリカ行きのヴィザがあるんですよ ? 出国す けんり る権利があるはずです」 ガノールが言い返すが、 まえ れんこくみん 「お前たちはすでにソ連国民だ。この紙切れに意味はない」 れんへい ゃぶす そう言うと、ソ連兵はヴィザをビリビリと破り捨ててしまった。 ひろ あわ ーが慌てて拾っている。 「そんな・ : ! 何を言っているんですか ? 通してください ! 」 くるま ころ 「今すぐ車に乗ってこの場を立ち去らないと撃ち殺すぞ ! 行け ! 」 いっさいみみか しようこう はら ガノールの一一一一口葉には一切耳を貸さず、将校はガノール一家を追い払うだけだった。 ころ 「ほら行け ! 殺されたいのか ! 」 れんへい ソ連兵に追い立てられ、ガノールたちは、仕方なく乗ってきた車にもう一度乗り込んだ。 かれ ほんとう 彼らは本当に、行くところがなくなってしまったのだ。 しようこう なに かえ かみき たた とお しかた くるま 既られたヴィザを、ソ いちどの しゆっこく こ 150

4. 杉原千畝

とお こごえたず と小声で尋ねる。 いっしゅうかんで つぎ しんせいしやとお 「一週間で出ていけということだ。早速、次のヴィザ申請者を通してくれ」 たいりよう はっきゅう 「わかりました。でも、こんなに大量にヴィザを発給して大丈夫なのですか ? 」 たし うなず 頷きながらもグッジェが確かめると、 につぼんがいむしよう 「日本の外務省にはまだ伝えていない」 一」くは′、 の ちうねしようじき 千畝の正直な告白に、グッジェは息を呑んだ。 と こうもく がいむしよう はっきゅうじようけん 「ヴィザの発給条件にはさまざまな項目があり、さまざまな特例も存在する。外務省に問 と ま あ い合わせをして返事が来る。それに対してまた問い合わせをする・ : 。その返事を待ってい る間に、やるべきことをやっているだけだ」 「しかし・ : 」 しつむしつなかもど グッジェは、いったん出ていきかけた執務室の中に戻ると、腕組みをして屁理屈を押し ちうね 通そうとする千畝に、 さぎ 「しかしそれは・ : 詐欺じゃないんですか ? 」 よ っ と詰め寄った。 あ へんじ った で さっそく だいじようぶ とくれい うでぐ そんざい へんじ へりくっ お 127

5. 杉原千畝

ざんねん 「残念ながら、お力にはなれません」 いっぽう りようじかん まえ 一方しばらくして、カウナスのオランダ領事館では、ニシェリとローゼンタールを前に りようじ ふたり なんみんたの ことわ したオランダ領事のヤンが、この二人のユダヤ難民の頼みを断っているところだった。 せんりよう 「ヴィザを出したところで、オランダはすでにドイツに占領されていますから」 なんみんなかま ふ はっきゅうたの ニシェリがユダヤ難民の仲間たちを振り返り、ヴィザ発給の頼みが聞き入れられなかっ った せきた たことを伝える。ャンが席を立ち、 くにりようじかん 「自由な国の領事館へ行った方がいい」 と勧めると、 「他に行く場所がないのです」 そくざ かえ 即座にローゼンタールが言い返した。 れんつうか 「お金さえ用意すれば、ソ連を通過することはできるのです」 さいしゅうもくてきち 「ただ、それには最終目的地のヴィザがないと」 ひっし おも ことば 必死の思いでローゼンタールとニシェリが言葉を継ぐが、 まことざんねん 「誠に残念ですが、私にはどうすることもできないんです」 ほか じゅう すす かね よう だ ちから わたし かえ っ き

6. 杉原千畝

につぼんこくせいふ ふね 「日本国政府は、これ以上ユダヤ難民を受け入れません。この船には乗せられないんで につぼんせいふはっこうつうか 「この通り、日本政府発行の通過ヴィザを持っているんですよ ! 」 もじおおさこ しめ なんみん ふあん ニシェリがヴィザの文字を大迫に示している。周りのユダヤ難民たちも、不安そうに大 みまも おおさこ お しせんもど 迫とニシェリのやりとりを見守っていた。しかし、大迫は、ヴィザに落とした視線を戻さ ずにうつむいたままだ。 おおさこ そんな大迫を、じっと見つめる二つの瞳があった。幼いハンナだ。 きどく 「お気の毒ですが : ・」 しぼだ こえあやまおおさこ 絞り出すような声で謝る大迫に、、 ノンナの母親が、 ねが 「どうかお願いします」 たの と頼むが、大迫は、 「私にはど , っすることもできません」 こた かな みあ おおさこおも と答えるしかなかった。悲しげに見上げるハンナから、大迫は思わず目をそむけた。 さこ わたし とお おおさこ いじよう み ふた なんみん ひとみ う も ははおや まわ おさな の め おお 147

7. 杉原千畝

ばしょ 九月五日。リトアニアを去るその日になっても、千畝はカウナス駅に場所を移して、ヴ つづ じこく れっしやはっしゃ かぎおお しんせいしゃ イザの発給を続けていた。列車が発車する時刻ギリギリまで、できる限り多くの申請者に ヴィザを発給しようとしていたのだ お たんとう ちうね ながさぎよう スタンプを押すところまではグッジェが担当し、千畝はサインをするだけ。流れ作業に たんじかんおお することで、なるべく短時間に多くの発給ができるようにしていたのだが、ついにタイム おとず リミットが訪れた れっしゃ きてきな ひび 列車の汽笛が鳴り響くと、 「ここまでです」 つぎしんせいしやじよせい しん 次の申請者の女性をグッジェが押しとどめた。ヴィザがもらえるものと信じて疑わなか う じよせい った女性が、ショックを受けている りようじ じかん 「時間です、領事」 「しかし、ヴィザが必要な人がまだこんなにいるじゃないか」 がついっか はっきゅう はっきゅう ひつようひと さ お 0 ひ はっきゅう ちうね えき うつ うたが 135

8. 杉原千畝

ぐんでいる。 せんとう もんあ グッジェが門を開けると、ニシェリを先頭としたユダヤ難民たちが、興奮気味に、しか しきち れいせい せいぜんれつ しあくまでも冷静に、整然と列を作って敷地に人ってきた。 「よかったー・天の助けだ。ありかとう ! 」 「のり・・か A 」 , っー・」 ぞくぞくやかたはい かんしやことば 彼らは、グッジェに感謝の一一一口葉をかけながら続々と館へ人っていった。 こえ みみかたむ ペシュは、館の中でタバコを吸いながら、その声にじっと耳を傾けていた。千畝の決断 けつかまね がどんな結果を招くのか、ペシュには痛いほどにわかっていたからだ。 「ニシェリさん」 ちうね しんせい しつむしつ 執務室でヴィザを申請しているニシェリに、千畝は、ヴィザの文面をしたためる手を体 めずに呼びかけた。 「これはただのヴィザです。通用するかどうかもわかりません。無事に逃げ切ることがで やかたなか てんたす つうよう なんみん ぶんめん こうふんぎみ ちうねけつだん てやす 118

9. 杉原千畝

にインクをつけて、紙に押してみると、 さしよう 『査証』 で始まる、いつも千劜が手書きで綴っていたヴィザの文言が、すべて見事に日本語のま いんえい ひづけにんずうらん くうらん まくつきりとした印影を残していた。日付や人数の欄だけが空欄になっていて、その都度、 書き加えられるようになっている。 グッジェはいつの間にこのスタンプを作ってくれていたのだろうか ? とう ちうねむねあっ おも すがたさが 千畝の胸に熱いものがこみあげる。思わずグッジェの姿を捜すと、当のグッジェは、執 たんたんしんせいしゃ へやまね 務室のカーテンを開け、淡々と申請者たちを部屋に招き入れているところだった。 はっきゅうさぎよう こうりってき グッジェのスタンプのおかげで、ヴィザの発給作業はより効率的になり、一層のスピー ドアップが図られた。 ちうね 千畝からヴィザを受け取っているのは、いっかカウナスの街でひどいリンチに遭ってい かれ かんしゃ ちうねあくしゅ たユダヤ人だった。 / 。 彼よ、「ありがとうございます。感謝します」と、千畝と握手を交わ むしつ くわ じん 、、は かみお のこ まち いっそう しつ 129

10. 杉原千畝

やかたなかもど と命じて、館の中に戻った。 もんもど なんみん グッジェが門に戻り、難民たちに「話を聞くそうです」と伝えた。 りようじかんなか ょにん じんちうねめんかい 領事館の中では、ユダヤ難民の代表として、ニシェリと四人のユダヤ人が千畝に面会し ていた めんかい 「面会のチャンスをくださり、ありがとうございます。日本を通過するためのヴィザを発 きゅう 給していただきたいのです」 ちうね だいひょうしゃなか 代表者の中には、ガノールの家で会ったローゼンタールもいる。千畝がローゼンタール うなず に気づくと、ローゼンタールも静かに頷いた につぼんこく つうか しんせいしやにっぽん 「日本国のヴィザは、たとえそれが通過のためだけだとしても、申請者が日本までの渡航 ひ はっきゅう たいざいひじゅうぶんも 費と滞在費を十分に持っていなくては、発給できません」 きどくみうえおも はっきゅう ローゼンタールの気の毒な身の上を思うと、ヴィザはなんとしてでも発給してあげたい。 おも ちうね がいこうかん たちば しかし、一方で千畝には外交官としての立場がある。ここは非情だと思われても、ルール つらぬ はルールとして、貫かなければならない き いつぼう なんみんだいひょう あ しず き にっぽんつうか った ひじよう とこう はっ 109