手伝いをしたのだろう。 息子は、さっきまでの泣き顔からは想像もできないような笑顔を浮かべて、大きな声で言っ ぼく、今日ママから 9 ドルをかりて、やっとドルをためたんだよ。これで、 ー時間を買えるよねねえ、パヾ、 いっしょにあそぼ。そのお金をノ ヾバにあげるから、ー時 間だけいっしょにあそぼうよ」 男の手からじゃらじゃらと硬貨がこぼれ落ちた。笑顔いつばいの息子とは対照的に、今、涙 を流して泣いているのは、男のほうだった。 がお こうか えがお えがお 原案【欧米の小咄翻案【小林良介 なみだ 028

父の時給 何か買いたいものがあるから、というわけではなく、とにかく「お金をちょうだい」の一点 張りだったという。最初は言い聞かせたり、怒ったりしていた妻も、とうとう根負けして、 「いっかちゃんと返すこと」を条件に、 9 ドルを貸したという。 おどろ しかし、妻から聞かされた驚くべき話は、それだけではなかった。 じようけん 息子は、お駄賃をもらうことを条件に、近所の人の手伝いをしているのだという。妻も、今 日はじめて知ったらしい もちろん、もらっているのはわずかばかりの金額らしいのだが、金額の問題ではないだろう。 これでは、まるで、うちが子どもに不自由をさせていると、近所に言って歩いているようなも のだ。 たとえ仕事に疲れていたとしても、今日ばかりはきちんと言わなければいけよい。 「悪いが、あの子を起こしてきてくれないか」 そう妻に言った。 息子は、眠たそうにまぶたをこすっていたが、家族がそろったことがうれしいのか、喜んで ばり つま つま ねむ だちん こんま つま いってん 025

父の時給 「教えてくれたら寝るから。ねえ、教えて。 いくらなの ? 」 男は、だんだんイライラしはじめた。お金を稼ぐことの苦労が分からない子どもに、そんな ことを教えても何にもならない。 「なんだってそんなことを聞くんだ ? 知ったところで、どうなるってものでもないだろう。 子どもはお金のことなんて知らなくていいんだよ」 「どうしても知りたいの。ねえ、ー時間にいくらなの ? 」 息子はしつこくねばって、つないだ手をぶんぶんと振りながら、教えて教えて、と懇願して きた。泣きそうな表情にも見える。 「どれだけもらえると思う ? お金をもらうってことは、本当に大変なことなんだよ。パヾ がんば 頑張ってはいるけど、ー時間あたりにすると、そうだな、ドルくらいだな」 それを聞いて、息子は「はあ」と大きなため息をついた。 「 0 ドルかあ・ 小さくっぷやく声も聞こえた。 あきらかにがっかりした様子の息子を見て、男は思った。もっと稼いでいるとでも思ったん かせ かせ こんがん 023

5 分後 に意外な黠耒 赤い悪夢 20 ロ年月丐日 20 ワ年 3 月 24 日 第一刷発行 第け刷発行 発行人 編集人 編集長 発行所 印刷所 DTP 装丁 イラスト 編集・構成 編集協力 ・お客様へ 金谷敏博 川畑勝 目黒哲也 株式会社学研プラス 〒ー 84 丐東京都品川区西五反田 2 ーⅡー 8 中央精版印刷株式会社 株式会社新後閑 小酒井祥悟 (Siun) usi 桃戸ハル 高木直子 木野整ー にの本に関する各種お問い合わせ先】 く電話の場合〉 〇編集内容については 003-643 同 580 ( 編集部直通 ) 〇在庫・不良品 ( 乱丁・落丁など ) については 003-643 ト日 97 ( 販売部直通 ) く文書の場合〉 〒国ト 84 旧東京都品川区西五反田 2- 日 -8 学研お客様センター「 5 分後に意外な結末①ー係 〇この本以外の学研商品に関するお問い合わせは下記まで 003-643 ト 02 ( 学研お客様センター ) ISBN 978-4-05-203895 ー 2 NDC913 円 8P 区 7cm 本書の無断転載、複製、複写 ( コビー ) 、翻訳を禁じます。 本書を代行業者等の第三者に依頼してスキャンやデジタル化することは、 たとえ個人や家庭内の利用であっても、著作権法上、認められておりません。 複写 ( コビー ) をご希望の場合は、下記までご連絡ください。 日本複製権センター http:〃www.jrrc.or.jp/ E-maiI:jrrc_info@jrrc. 0蔔P 学研出版サイト http://hon.gakken.jp/ 学研の書籍・雑誌についての新刊情報・詳細情報は、下記をご覧ください。 囿 ( 日本複製権センター委託出版物〉 003 ー 340 ト 2382

悪夢の続き 気になったデビットは、おそるおそる棺桶のなかをのぞきこみ : : : すべてを理解した。 みまちが ュリの花に埋もれるようにして、そこには一人の老人が横たわっていた。見間違えるはずが 日、その顔を見てきた。それは自分の顔だった。 ない。弟のトニーよりも長い門 死んだのはトニーではなく、デビット自身であった。 かんおけ 原案】欧米の小咄翻案【麻希一樹 197

「トニー、お前と別れるなんて : : : 」 なみだ こらえきれなかった涙が、デビットの頬をつたう。その時だった。 「兄さん ! 」 大声での呼びかけとともに、礼拝堂の扉が勢いよく開いた。振り返ったデビットの目から、 なみだ 涙が引っこんだ。 「トニーお前、死んだはずじゃ : ゅうれい そこに立っていたのは、今朝、自分に別れを告げに来たはずのトニーだった。一瞬、幽霊か きせき もふく と思ったが、違う。黒い喪服を着たトニーには、しつかりと 2 本の足もついている。奇跡が起 せいかん きた。トニーはあの世から生還したのだ。一度は死にかけて、家族のもとへ別れのあいさつを しに来た。しかし、奇跡的に息を吹き返して、戻ってきたのである。 「トニー お前が無事でよかった ! 」 デビットはトニーに抱きっこうとして、途中ではたと動きを止めた。 い。だが、ちょっと待てよ。トニーは教会の扉から トニーが生き返ってくれたのはうれし 入ってきた。では、あの棺桶に入っているのは誰なんだ ? ちが きせきてき かんおけ かえ とびら いきお もど いっしゅん とびら 196

悲しみに顔をゆがめたトニーが、ゆっくりと立ち上がる。 「待ってくれ、トニー デビットは必死で呼び止めたが、トニーの耳には届いていなかった。自分より一まわり小さ な背中が、闇のなかに消えていく。もう一度、「トニー ! 」と大きな声で叫ぶーーその自分の 大声に驚いて、デビットは飛び起きた。 朝の白い光があたりを包むなか、べッドに半身を起こしたデビットのそばには、誰もいな 「夢だったんだろうか。それともーー」 みよう 妙に生々しい感覚に、伸ばしかけた手をにぎりしめる。 「そうだよな。ョポョボのじいさんじゃあるまいし、まだ歳のトニーが急に死ぬなんてこと、 ないよな」 自分に言い聞かせるが、まるで虫の知らせのように、胸につかえた嫌な予感が消えることは なかった。もう一度寝直そうとしても、どうしても落ち着かなくて、デビットはべッドから飛 の び出した。電話をするにはまだ非常識なまでに早い時間だったが、それでも一刻も早くトニー おどろ やみ とど むね いや さけ 193

ある晩、デビットはとても嫌な夢を見た。冬の寒い明け方、べッドにもぐりこんですやすや と寝ていたところ、その枕もとに弟のトニーが現れたのだ。 「兄さんとこうして話すことが、一一度とできなくなるなんて : : : 」 すわ トニーは蚊の鳴くような声でそう一言うと、デビットの横に座りこんだ。大きな青い目が じっと自分を見つめているのがわかる。こぼれた涙がぼたり、とデビットの顔にかかった。 自分の身に何が起きているのか、デビットにはよくわからなかった。ただ混乱する頭のなか で、このままトニーと別れてはいけないということだけは強く感じていた。きっと今、別れを 受け入れたら、ニ度と彼には会えなくなる。 ゅめ 夢のなかで、デビットは起き上がろうとした。しかし、その体はまるで石にでもなったかの ように重たく、指先を動かすことすらできない。 の ーソし き あくむ ばん まくら いや なみだ 192

なぜなら、彼女は、夫が帰宅する前、すでに 2 時間も前に死亡していたからである。 原作】サキ「アン夫人の沈黙」翻案】小林良介 190

自分のこの態度は、もはや感動的ですらあるとエグバート自身は思ったが、アンはそうは 思っていないようだ。まだ許してもらうことはできない。 「そろそろ夕食の時間だから、部屋着に着替えてくるよ」 最後まで気弱な態度で、エグバートは扉を閉めて、部屋をあとにした。パタン、という小さ な音が広いリビングに響いた。 〈ばかだな〉 心のなかでそう思ったのは、犬のドン・ターキニオだ。それからドン・ターキニオはふさ、ゝ さの毛が生えた金色の体を起こして、鳥かごの真下に移動した。今、思いついた行動ではない。 以前からチャンスをうかがっていた、ある計画をついに実行に移すときがきたのだ。 ドン・ターキニオは鳥かごめがけて小さくジャンプすると、それを床に落とした。壊れたか こうイき あば ごのすき間からロを突っこみ、なかで暴れる小鳥にかみつこうと、何度も攻撃をしかける。ア かんだか トリは助けを求めるように、ピイピイと甲高い声をあげた。 人 夫 しかし、同じ部屋にいるアン夫人は、ドン・ターキニオのこの行いに対して、しかったり、 やめさせようとしたりすることはなかった。 たいど ひび とびら こわ 189