強制しないかわりに、空を覆う宇宙船からは守ってくれることもしないわけ 私は思わずそんなことを言いかけたが、不安そうな静の表情に、グッと口をつぐ んだ。 きっとこの公団だけでも、私と同じ気持ちで絶叫したくなっている母親が無数に いるはずだ。 ネットでの意見はほぼ、政府発表を疑ってかかっていた。 まちが 宇宙船がいるのは間違いない事実だ。 そして、彼らが望むものを得なければ帰らない。 それもまた、本当のことに違いない。 ・では何を疑うのか。 これは、政府の大きなペテンだというのだ。 宇宙船の目的は、相当数の人間を連れ帰ることだ。そして、それはたとえば公募 おお ぜっきよう
お願い、どうか。 と一つか この選択が、間違いではありませんように。 私が首を垂れた瞬間、空を覆っていた宇宙船が、一斉に降りてきて、まばゆいほ どの光を放ち始める。 : これがすべての始まりだった。 こうべ リング
彼らが連れ去られてから。 残った者たちにはこう言えば良いのだ。 こうしよう 政府の必死の交渉により、全地球市民の虐殺は免れ得た。 私たちは残った地球を守って行こう、と。 最終の意思決定は、宇宙船がやってきてから五日後に設定された。 私の公団ではたくさんの人がネットの意見の方を支持して、残っていたから、心 かんわ 細さは緩和された。 これを機に、これまであまり話をしたことがなかったご近所の人ともたくさん話 して、なんとなく温かな気持ちにさえなったほどだ。 私たちの街には大きな公園があるが、その公園を中心にして自衛隊のキャンプが 張られた。 この時点でリングを嵌めることを決め、それを受け取った人は、順次この野営地 に移って生活を始めている。 ぎやくさつまぬが
空を宇宙船が埋め尽くしたその日。私たちにはまったく何の予備知識も与えられ てはいなかった。 ちゅうしゅう おりしも、中秋の名月目前で、少し早いけれど、お月見団子を用意して、のんび りしていた時だった。 とっぜん 本当に、突然。 一つ、また一つと空に白い光の玉が顕れて。 もど まるで、夜なのに昼間に戻ったかのように煌々と街が明るく照らし出された。 しずか かおる 茫然として、私は長女の静と長男の薫と手をつなぎ、べランダに出て空を見上げ ていた。 ぼうぜん リングは、嵌めない。 私たち家族がそう決めたのは、やはり、政府のニュースを信じ切れなかったから は っ あらわ こうこう あた
まも 私たちが護りたい静と薫の方が。 案じて、ギュッと、元気づけるように私の手や背を掴んだまま眠ってしまった。 小さな手を見るのが、辛かった。 ・そしてとうとうその日の朝が来た。 私たちは泣きはらした目のまま、何かに導かれるように目覚め、そして、いつも みが どおり顔を洗い、歯を磨き、服を着替え、朝食を食べた。 せんたくき 私は洗濯機を廻した。 今日干しても、明日は地球上に、生物はいなくなっているかもしれないのに。 時間が迫っていた。 こころなしか、停泊し続けていた宇宙船にも微妙な動きが始まった気がする。 徐々に : こちらに更に近づいてきているような。 見上げるだに不安が募った。 と、一志が急に、薫を抱き上げて言った。 まわ きが びみよう つか ねむ
私と一志はその晩、互いに泣き出すくらい言い争った。 一志はつける必要はないと言い。 たの 私はつけさせてやりたいと頼んだ。 静や薫まで不安がって半べそをかきだしたくらいだ。 夫はリングを取り上げて、自分のポケットに入れ、私たちに寝るようにと叫んだ。 この六日間、カーテンを閉めても空に停泊し続ける宇宙船のせいで、夜は煌々と 明るいままだ。 ふすま 私たちは襖を閉め切って部屋を暗くして寝ていたけれど。 それが出来ない家に住んでいる人は布団を頭まで被りでもしなければとても寝ら れたものじゃない。 私はいつもどおり布団を敷き、静と薫を抱きしめて寝た。 なみだ 涙が止まらず困った。 一志はずっとダイニングで、お酒を欲んでいたようだ。 おえっ 時々襖の向こうから嗚咽が聞こえていた。 かぶ ね リング
私たちは、人間でありながら、一つ、人間を超えたモノになるとも告げていた。 ・それがどんなものなのかは、公表されなかった。 かずし 夫の一志は政府発表におおむね懐疑的だった。圧倒的な数の宇宙船がいつまでも ていはく 空中に停泊しているのを見上げながら、それでも私たちはまだ本当に信じられなか ったのだ。 そんな二択を迫られ、一方を選ばなければ即それが自分たちの死につながるなど ということが、本当にあり得る、とは。 ふう かんきよう マスコミは完全に封じられていたけれど、ネットや coZrvo 環境は野放しだった。 せっしよく なので、一志はパソコン前にかじりつくようにしながら、あちらこちらと接触して、 家族のために情報収集をした。 翌日の朝から、自衛隊員の家庭訪問が始まっていた。 彼らは一軒一軒、訪れて、私たちの意思確認をするとともに、この一週間のため せま かいぎてき あっとうてき 0
政府からの一斉放送が入ったのは、ほぼ同時だ。 後で知ったのだけれど、日本だけでなく、これは全世界共通だったそう。 : つまり政府はこのエックスデーをすでに知り、私たちにここまでその重大事 を秘しておきながら、この日のために綿密に準備していたのだ。 しゅうかく 宇宙船の目的は、『収穫』だった。 その時放送された、政府の話はこうだ。 遠い昔。彼らは生命の種を、この星に植えた。 別の星で様々な進化を経て多様な生物を増やし、自らの棲む星に新たな変革を生 むため。 彼らはずっとそのようなことを行っていた。 そうしなければ、同じ種だけでは、生命というものは常に退化し、やがて失われ るものであるからだと、彼らは言う。 そして今、彼らの星はその予定の危機を迎えようとしており。そのために、私た ちを新たな生命として「収穫」に来たのだと。 いっせい むか リング
したところで、決して立候補など考えない。それは当たり前だろう。 私だって絶対に立候補なんかしない。 たとえば一億円がもらえるとしても。 そのお金を持って宇宙に連れて行かれたら、何にもならない。 きとく もしかしたら、そのお金を家族のために遺したいという奇特な人が立候補するか もしれない。 でも、それだって彼らの望む二十億なんて数には決して至らないはずだし、第一 その数の人間に一億円ずっ払っていったら、あっという間に国庫が底をつく。 うわさめぐ : だから政府は考えたのだと、ネット内では、まことしやかに噂が巡る。 宇宙人と一緒に行けば助かるけれど、行かなければ助からないとデマを流せばい 自分が助かりたいと思う者は立候補する。一一十億には足らないかもしれないけれ ど、「宇宙人に連れ去られたい人 ! 」と言って公募をかけるよりもはるかに大勢集ま るに違いない。 いっしょ はら リング