考える人 - みる会図書館


検索対象: 5分間で心にしみるストーリー
148件見つかりました。

1. 5分間で心にしみるストーリー

僕はそう言って、手の中の道具をポケットに仕舞った。 考えてみれば、妻の京都弁はほとんど聞いたことがなかった。それに、今夜実家 むすめ に預けてきた娘は、僕と妻のどちらにも似ていない。 はだ じっと妻の顔を見つめるうち、きれいな鼻筋や、歳のわりに張りのある肌が、ど こか作り物めいたものに思えてくる。 そうか。誰しも、誰かのために、何かしらの偽装はしているものなのだ。そう思 かんしよく まえがみ いながら、僕は自分の額にかかる前髪をかき上げた。その感触で思い出す。そろそ ろメンテナンスをしなければ 63 偽装するのは誰のため

2. 5分間で心にしみるストーリー

好奇と妬みと蔑みに渦巻く、皆の視線が恐ろしい。 考える、考えろ。 この一億円が綺麗なお金ではなかったらどうする。 相応の銃器やお薬が姿を変えたものかもしれない。 その銃器や薬で犯罪が犯されれば、僕はその共犯者になりはしないか。 常識で考えて正当なお金じゃないだろと、皆が思っているに違いない。 『共犯者っ ! 共犯者っ ! 』 背後で誰かが声を上げると、やがて皆が揃って叫び始める。 のも、時間の問題だ。 「ほ」 「ほ ? 」 村尾さんと居村さんが、僕に向かって右の耳を傾けた。 こうき ねた じゅうき きれい さげすうずま かたむ 89 考える人

3. 5分間で心にしみるストーリー

手が止まったもの。 意味なんてない。そんなことは分かっている。でも、どうしてか、その皺だらけ の紙ひこうきを捨てられなかった。 男は成功者だった。 きぎよう 一代で築いた大企業の社長だった。 見るからに近代的な高層ビルの上層から都会の街を見下ろし、そこに見える全て えいきようあた のモノに影響を与えていると言っても過言ではないほどに、大きな会社の創設者だ そんな自分の、大切なものとは何だろうーーー男は考える。 会社か ? もちろん大切だ。全てと言っても過言ではない。 金か ? 大事だ。何をするにしたって金は必要になる。 名声か ? それも大切なものの一つだ。それがなければ誰にも相手にされない。 ざれごと なければ自分の言葉は戯言で片付けられる。あれば金言になる。同じ言葉であって も。それが現実だ。 185 紙ひこうきの見た世界

4. 5分間で心にしみるストーリー

考える考える。 もし落とし主がヤクザとか、何か危険なご職業の方だったらどうしよう。 『報労金だんなもん、俺様の小指でもくれてやる ! 』などと、血なまぐさいも のを投げつけられたらどうしよう。 いや、仮にとても良い心の持ち主のヤクザだったとして、気前よく報労金をくれ たとしても。 一億円という大金を拾って届けた恩人である僕を、兄貴と慕って付きまとわれた ら大変だ。 「けけつ、権利を放棄したら、どうなるんですか ? 「何のー ? 」 「だから、報労金の。その場合は、僕の情報は警察どまりですよね ? 」 「もちろん。落とし主が現れたら、拾得者は『礼はいらないよ』と去っていきまし たと、美談を語りますねー」 した 85 考える人

5. 5分間で心にしみるストーリー

りそのまま拾得物が拾得者のものになるっていう権利ねー 「一億です ! 」 言われなくても、分かっている。 これは一体どうしたことだ。 僕は考える。 駆け足から全力疾走になった心臓。 ロの中が一瞬で渇きゅく。 「で、この権利ってやっ、放棄も出来るんだわ」 「へ ? 」 すっとんきような返事が僕の口から飛び出した。 放棄、って、その通りの意味か かわ しっそう ほうき 考える人

6. 5分間で心にしみるストーリー

したところで、決して立候補など考えない。それは当たり前だろう。 私だって絶対に立候補なんかしない。 たとえば一億円がもらえるとしても。 そのお金を持って宇宙に連れて行かれたら、何にもならない。 きとく もしかしたら、そのお金を家族のために遺したいという奇特な人が立候補するか もしれない。 でも、それだって彼らの望む二十億なんて数には決して至らないはずだし、第一 その数の人間に一億円ずっ払っていったら、あっという間に国庫が底をつく。 うわさめぐ : だから政府は考えたのだと、ネット内では、まことしやかに噂が巡る。 宇宙人と一緒に行けば助かるけれど、行かなければ助からないとデマを流せばい 自分が助かりたいと思う者は立候補する。一一十億には足らないかもしれないけれ ど、「宇宙人に連れ去られたい人 ! 」と言って公募をかけるよりもはるかに大勢集ま るに違いない。 いっしょ はら リング

7. 5分間で心にしみるストーリー

随分重たい。 いや、めちゃくちや重たい。 でも声はかからない。 考える。 むだ もし走ったりしたら、無駄に怪しまれるかもしれない。 背後から誰かが追いかけてきたらどうしよう。 いや、僕は何も悪いことをするわけじゃないから、堂々と歩いて交番へ向かえば とうちゃく 自然と早足になるのを意識しながら、それでもなんとか、警察署に到着した。 かんかっ そう、幸いにも職場のすぐそばに、この市の管轄の警察署があったのだ。 警察署の雰囲気は苦手だ。 ずいぶん あや 考える人 7

8. 5分間で心にしみるストーリー

「お、おお、おく、一億ありますよ村尾さんっリ」 一斉に、フロア全体の視線が村尾さんに向かった。 『全員』じゃない。 正に、全体がガチリとこっちを向いた。 やがて視線は村尾さんから、あの黒い鞄から出てきた札束へ。 そうして最後に、僕へと移った。 なぜ僕を見るんだ。 僕に何を見出そうとしているんだ。 考える。 僕が一億円という大金を拾った事実を、ニャニヤと喜んでいるかどうか確認した いのか ラッキーだと舞い上がっているかを確認したいのか。 いっせい むらお 79 考える人

9. 5分間で心にしみるストーリー

『大切な人のところまで飛びます』 ほう、と老婆は可笑しそうに笑う。 とすると、誰かが自分を大切だと思ってくれているということか とちゅう あるいは、この紙ひこうきは、誰かの大切な人のところへ飛んでいく途中だった のか もしそうなら、こんなところで絡まっていたのは、この紙ひこうきにとっては不 本意だろう。 老婆は丁寧に紙を伸ばし、考える。 どういう折り方をすれば、ちゃんと飛べるようになるだろう。 皺の少ない部分を探し、実際には折らずに頭の中でシミュレートしていく。でき れば皺の部分を主翼にするのは避けて、あまり負担の掛からない構造に。 そうしてしばらく考え、老婆はおもむろに折り始める。主翼を二重にして補強代 わりに。先端は折り畳む。 こういう形をなんと言ったかな、と出来上がった紙ひこうきを見て、老婆はふと 182

10. 5分間で心にしみるストーリー

でも、考える。 もしも声をかけて、「あ、別に自分で探せるから」と断られたらどうしよう。 それとも、僕の知らない書類を探していたらどうしよう。 お節介者だと思われたり、無知だと思われたり、声をかけたことによって僕のイ メージが落ちたらどうしよう。 かといって、声をかけないことで周囲に冷たい人間だと思われる可能性もある。 しゅんじゅん 電車の中でもオフィスでも、こんな逡巡のせいで何も出来ず、結果『気の利かな い奴』という位置にいるのだ。 自分を変えなきや。 最近はよく、そう思う。 自分自身が『こうしたい』と感じたことを、真っ直ぐに実行しよう。 周りの視線なんか気にしない。 やっ せつかい 69 考える人