落とし主 - みる会図書館


検索対象: 5分間で心にしみるストーリー
11件見つかりました。

1. 5分間で心にしみるストーリー

「今から数分前なので、えっと : : : 」 「んー、だいたい八時十分ねー」 あ、大変だ。 大切なことを忘れていた。 ちこく 仕事に遅刻する。 「はい、でー。君にはね、二つの権利が発生するわけよ」 「権利、ですか・ : : ? 」 「そ。報労金を受けとる権利とー、拾得物の所有権」 ホウロウキン : : : て、なんだそれ。 「まー要するに、落とし主が見つかった際に、その落とし主から報労金として五パ もら ーセントから二十パーセントのお礼が貰える権利ねー」 「五百万から二千万です ! 」 うるさいな、居村さん。 「で、次の所有権なんだけどー。三ヶ月待っても落とし主が現れない場合、そっく

2. 5分間で心にしみるストーリー

目を点にする僕を覗き込むように、ト / 窓の向こうで居村さんと村尾さんが顔を並 べている。 二人の表情は何だかプロの刑事のようで、恐ろしくて堪らない。 刑事にプロもへったくれもないが。 それにここは警察署なのだから、プロの巣窟だ。 「報労金の権利を主張する場合はねー、落とし主に君の個人情報を教えちゃうから。 まー、要するに、落とし主と君との問題になってくるわけで。連絡を取り合って、 いくら払ってもらうか話し合って、そっちで解決してねってことー 「え厚】警察は」 「関係なーい。あくまで落とし主に拾得者の連絡先を教えてあげて、『ちゃんとお礼 しなさいよー』って言ったげるだけ」 え ? そうなのか。 え ? 個人情報 ? つまり、住所や電話番号を教えるということ。 のぞ けいじ そうくっ たま

3. 5分間で心にしみるストーリー

考える考える。 もし落とし主がヤクザとか、何か危険なご職業の方だったらどうしよう。 『報労金だんなもん、俺様の小指でもくれてやる ! 』などと、血なまぐさいも のを投げつけられたらどうしよう。 いや、仮にとても良い心の持ち主のヤクザだったとして、気前よく報労金をくれ たとしても。 一億円という大金を拾って届けた恩人である僕を、兄貴と慕って付きまとわれた ら大変だ。 「けけつ、権利を放棄したら、どうなるんですか ? 「何のー ? 」 「だから、報労金の。その場合は、僕の情報は警察どまりですよね ? 」 「もちろん。落とし主が現れたら、拾得者は『礼はいらないよ』と去っていきまし たと、美談を語りますねー」 した 85 考える人

4. 5分間で心にしみるストーリー

美談なんてものではない。 にぎ ヤクザなんかに連絡先を握られてたまるものか。 「報労金を受け取る権利は、ほっ」 「ほ ? 」 「放棄します」 「はいー、報労金の権利は放棄、つと」 はず まるで弾むような口調で、村尾さんは書類に丸を描いた。 それからすぐまた、僕を上目遣いで見上げた。 「落とし主が現れた場合さ、うちから君への『無事見つかったよー』の連絡は、い 「・ : : ・け、結構ですー わざわざヤクザの存在の報告など、ご遠慮願いたい。 「で ? もう一つの権利は ? 」 「もう、一つの、権利 : ・ : 」 えんりよ えが

5. 5分間で心にしみるストーリー

「そー。三ヶ月待っても落とし主が現れない場合、この一億円、君のものになるの 所有権が君に移るのー。凄いよね、一億円つつー 一億円だよーっつリ」 村尾さんの強調で、また警察署全体がこっちを向いた、気がした。 このおじさんには悪意を感じる。 皆が 皆が僕を試している。 そして、皆が僕の顔を目に焼き付けている。 うわさ あいつが一億円を拾ったラッキーな奴だと、噂はあっという間に広がるだろう。 ろうとう ふく 一族郎党が一気に膨れ上がるに違いない。 一億円。 一億円の所有権。 僕はどうすれば。 87 考える人

6. 5分間で心にしみるストーリー

お気の毒と思いながらも、その付近から離れたカウンター越しに、奥へと声をか 「すみません、落とし物を拾ったのですが」 すると近くの女性が顔を上げて、驚くほど無愛想に、向かって左手を指差した。 「落とし物の係はあちらです」 「分かりました」 頷きながらも僕は僅かに、胸にざらっきを覚える。 警察署を訪れる人間は皆、何か悪さしたかのような前提のあの視線。 わざわざ落とし物を届けに来たと、そう言ってるのに、なんだあの態度は。 僕は善良な市民なんだぞ、多分。 腹を立てても仕方ないので、言われた通りに左へ進むと。 カウンターとは別に小さな窓口があり、僕の父親より少し若いくらいの男性が手 招きしていた。 うなず わず おどろ はな 乃考える人

7. 5分間で心にしみるストーリー

とう こうもく 「もうこれが手続きの最後の項目なんですよー。所有権、どうしますー ? 」 かたず 世界中が固唾を呑んで見守っている。 カウンターの向こうのプロ達も、免許の更新に訪れた老若男女も。 『どうするつもりなのかしら、人が落とした一億円を自分のものにするつもりなの かしら』 皆がそう思っている。 たとえ手に入れたとしても、どこかに寄付しろよ、とまで聞こえる。 浅ましい人間じゃないと胸を張りつつ、いざ一億円の所有権を問われると揺れる 三ヶ月以内に落とし主のヤクザが現れて、僕に所有権が移らない可能性の方が圧 倒的に高いというのに。 この書類の、所有権を得る方に丸をして、さっさと去ってしまえば済む話。 なのに僕には勇気がないし、度胸がないし、とにかくもう、皆の声が恐ろしい。 この権利を得る権利が僕にはあるというのに。 あっ

8. 5分間で心にしみるストーリー

とっさ 僕は咄嗟に顔を上げ、信号を見上げた。 素知らぬ顔でロ笛でも吹こうかとバカなことを考えて、あれは漫画の世界だと頭 を振る。 やがて信号が青になり、自転車は鞄に見向きもせず安全地帯から向こう岸へ渡っ て行った。 これは、落とし物だ。 しかも、誰も気づく様子がない。 取りに戻ってくる人の気配もない。 三度も信号を見送って待ったのだから、間違いない。 僕の心臓は暴走した。 鞄に手を伸ばした。 どろぼう 「なにするんだ泥棒 ! 」 なんて声がかかったらどうしよう。 鞄を持ち上げた。 ふ まちが まんが かぶり

9. 5分間で心にしみるストーリー

もど それは大きな黒い鞄で、見ようによっては「ちょっと置かせてね、すぐ取りに戻 るからさ」みたいな雰囲気。 僕は鞄の横に立った。 見たところ、際立った装飾はない。 へいぼん 平凡な布製の、少し大きめなスポーツバッグみたいだ。 顔を上げて辺りを見渡す。 誰もこっちを見ていない。 同じ進行方向で信号待ちしている車の運転手も、ルームミラーを見ながら鼻毛を 抜いているだけ。 もう一度鞄を見下ろす。 これは、落とし物だろう。 こんなところに『ちょっと置いていく』ハズがない。 周辺にはお店もないし、電話ボックスもない。 と、安全地帯に自転車が入ってきた。 かばん ふんいき みわた そうしよく 考える人

10. 5分間で心にしみるストーリー

この場所だけはオープンになっておらず、広いロビーの一角に小部屋があって、 さな窓から顔を突き合わせる。 宝くじ売り場や、駅の対人切符売り場のような感じだ。 「あの、この鞄を拾ったのですが : ・ : 」 「はい 、じゃあその丸椅子に座ってねー。どの鞄ー ? 」 促された丸い椅子に座って、僕は鞄を差し出した。 「はい 、なら、今からあなたの前で中身を確認しますねー。見てて下さいねー」 見てろと言われても。 なんだこの展開は。 落とし物を拾って届けたのは初めてだから、こんな手続きをするなど知らなかっ 「うわっー これー、ちょっと、凄いかもー」 ファスナーを乱雑に流した警官が、ギャルみたいな反応で周囲を驚かせた。 あわ 僕は慌てて身体を乗り出す。 こ。 す きつぶ すご