縄文食料地図 < 】ドングリなどの木の実がメインでしたが、その比率は地域によって違ったようです。 オットセイ d: 縄文時代はどこの地域もドングリばっかり食べていたんですか ? 工ゾシカ アシカ ヒグマ 東日本 ( 東北・関東・北陸 ) シカ 、ツキノワグマ クヌギ : ( 木の実 ) クルミ トチ イノシシ イルカ 日本各地の食べ物 北海道では海獣が多く、津軽海峡以南では陸 で捕れる動物が多く食べられていたようです。 また、東日本と西日本では木の実の割合にも差 異がみられました。 98
3 食べる 虫歯にも地域差 デンプン質のものをよく食べていた地域では 虫歯になりやすく、海獣をよく食べていた地域 では虫歯になりにくかったようです。 アラッ やめららく 、タて イ 9 タ・ 0 主食は海獣の肉 デンプン質が少なく虫 歯になりにくい。 ・ 0 レ 主食は 木の実やユリネ デンプン質が多く虫歯 になりやすい。 こで思い出して頂きたいのが先 程の「食べていたものに地域差 があった」という話。広島県の山間部 では主に木の実を食べ、北海道では海 獣を食べていた、というものです。こ の結果が虫歯に罹る率にもどうやら反 映されていたようで、北海道で出土し た縄文人の骨には虫歯の痕跡がほとん どないといいます 歯医者も存在せず、虫歯になっても 薬草を詰めるぐらいしか治療法がな フ イ かった時代。かかってしまったら最後、 文 その痛みに耐えるしかないわけですかる ら、その苦しみたるや、想像を絶します。ら
3 食べる 食べ物の地域差 ■ C3 植物 ■ C4 植物 ■陸上動物 ・海獣 ・魚介類 C3 植物 堅果類、根菜等 の自然植物、コ メ、マメ等の栽 培植物 C4 植物 アワ、ヒ工、モロ コシ、キビ等の 雑穀類 寄倉岩陰遺跡三貫地貝塚北黄金貝塚 参照南川雅男「炭素・窒素同位体分析により復元した先史日本人の食生態」 2001 料の地域差を裏付ける、こんな 分析があります。 この分析結果からは、広島県庄原市 よせくらいわかげ 寄倉岩陰遺跡で出土した縄文人の主な タンバク源は人骨分析からドングリや クリ、クルミなどの木の実だったこと きた がわかります。一方、北海道伊達市北 黄金貝塚の縄文人の主なタンバク源は シャチやトドなどの海獣だったようで す。近くで採れたものの違いと考えら れる明らかな地域性が見られることが わかります。そして福島県相馬郡新地 さんがんじ 町三貫地貝塚での分析からは植物、陸 の動物が多く、魚介類の利用が思いの ほか少ないことに驚きます。 当たり前と = = ロえばそうなのですが、 フ イ 科学的な分析からも縄文人たちが身近妨 な環境から採れるものに依存し、暮ら れ ら していたことがわかったのです。 知 7 0 こがね
火焔型土器 今のところ、限られた 時代、地域でしか見つ かっていません。 土器は交流の証 < 【縄文土器にも様々なものがありました。 d: 縄文土器にもいろんなデザインがありましたよね ? 文土器と言うと、炎のようなデ ザインの火焔型土器が頭に浮カ 小人も多いでしよう。しかし火焔型土 対器は縄文時代中期の新潟のある地域だ 町土僮物けで作られ続けた土器であり、今のと 日出器博 十跡土市 ころ他の地域では見つかっていません。 県遺型町 潟山鉢日 新笹深十 0
に縄文時代の後期以降、盛んにその痛みは想像しがたい激痛だったの 行われた抜歯は、「虫歯になつではないでしようか。痛みに気絶する たからーとか、「歯周病で歯がぐらぐ人もいたかもしれません。しかし、そ らするから」という理由からではなく、の激痛に耐えてこそ大人の証だったと 大人になった証としてのことだったよ考えられます。 うです。 出土した骨の状態から地域差はあり ますが、だいたい上あごの左右の犬歯 を成人の儀式の時に抜いたと考えられ ています。無理矢理引っこ抜くのです から、出血もかなりしたでしようし、 当時は麻酔があるわけではないため、 成人式は痛みを越えて < 【成人式があったかはわかりませんが、大人に なった証として抜歯をすることもあったようです。 0 0 0 【縄文時代にも成人式ってあったんですか ? 左方 0 大キ〈 東ラ毎よ、 ) 西の とちらの ニ歯さく ばっし 抜歯でわかる 出身地 ? 地域によって抜歯の箇所には違いがありました。 参照山田康弘『縄文人がぼくの家にやってきたら ! ? 』 2014
を土器は交流の証 えば、青森県つがる市の亀ケ岡 地域でたくさん作られたデザ かめがおか インの土器を「亀ケ岡式土器」といし ますが、同じ模様を持った土器がまっ たく違う地域で見つかった場合、その 地と亀ケ岡地域に何らかの人の交流が あったと考えられるのです。同じ亀ケ 一岡式土器の模様が見つかる範囲を亀ケ 岡式土器文化圏とし、同じ土器模様が 広がる地域を大きな文化の括りとして 日本列島を見て行くこともできるので 時代の流れと共に変化する土器の模 で様を見たり、文化圏ごとに土器の模様 の違いを見たり、影響し合う文化圏の 土土 犱痕跡を探したりと土器の見方は様々あ 出出 跡跡 ります。土器を追いかけてみるのも楽 遺遺 い居居 しいかもしれません。 東さ 是 市市測蔵土翩が 戸 ( 戸 ( 館式晩様 八器八器文 県土県土縄 時な 森型森型川 青皿青皿是亀縄精 例 2
このように土器のデザインには時代 や地域、用途によって違いがあります。 しかし形状としては基本的に博物館や 資料館などで見かける深さのある深 鉢、お皿のような浅鉢、注ぎロのつい た注ロ土器、動物や人の顔の把手の付 いた把手付土器などが作られました。 つまり、そこに描かれる模様に地域差 会 や時代差がでるのです。そのデザ赤土員 郡出委 インの違いを観察すること多跡育 勢遺器教 県だ田土県 で人々の交流の具合も馬ロ馬 群み三注群 わかるといいます。 さんか 新潟県長岡市山下遺跡出土 浅鉢型土器 長岡市立科学博物館蔵 あさばち 浅鉢土器 料理などを盛ったのかも しれません。 山梨県北杜市 つがねごしょまえ 津金御所前遺跡出土 顔面把手付深鉢土器 ( 県指定文化財 ) 北杜市教育委員会蔵 ちゅうこう 注ロ土器 まるで急須のように注ぎ 口がついています。 岩手県盛岡市 つなぎ 繋遺跡出土 深鉢土器 ( 重要文化財 ) 盛岡市教育委員会 ふかばち 深鉢土器 貯蔵や煮炊きに使われ たと考えられます。 とってつき 把手付土器 ー説には出産の様子を 表したともされています。 ー中知られざる縄文ライフ
( 0 ーリ m 地域間での交易では、先ほ どの道具や装身具だけではな く、 10 6 ページでお話した ように食料のやり取りもあっ たのではないかと考えられて います。 ただし、生のまま遠方まで 運ぶわけにはいきませんか ら、加工を施したのでしよう。 海が近い地域では貝を干し貝 に加工したものや、縄文時代 後期以降には、塩を製造して 山に暮らす人々との交易品と していたようです。 代表的な干し貝の加工場と なかざと して東京都北区にある中里貝 塚があります。ここには人が もしかしたら、交易品の他、人の移動もあった可能性があります。 交易人が仲人になって、遠くの集落まで嫁入り、なんてこともあったかもしれません。 海路を使って運ばれる交易品 丸木舟 かみなりした 千葉県市川市雷下 遺跡から 7500 年前の ものが見つかってい 交易人る。 交易で交流のある 集落へ嫁入り ? 4 0
の近くで暮らす縄文人と山で 暮らす縄文人たちは、お互い の特産物を交易品として交流していま した。場合によってはそこに干し肉や 塩、干し貝などの食料も含まれていた でしよう。これらは交易品なわけです から、やはり貴重品です。ですから基 本は近くの森で獲ったものを日常的に 食べる生活をしていました。 そう考えると環境によって食料に偏 りが出るのは仕方のないことだと言え ます。 海の民と山の民 0 0 】食べるものに地域差ってあったんでしようか ? < 【身近な環境から採れるものに 依存していたと考えられます。 貴重な物品は交易で この当時、貨幣はなく、交易は物々交換によって成 立していたとされています。 のアクセサりー 、 ( 々びな 〃ガノカ 朝 0 じ 96
日本のハプログループの由来 日本列島に到達した集団については、実はまだまだ 研究途中であり、はっきりしたことがわからない、と いうのが実際のところですが、わかっていることもあ ります。これまで解析が行われたすべての遺跡の縄 文人の人骨からは、ハプログループ z a-a か 7 が見つかっています。 はアムール川の下流域を中心とする地域 ( 北方系 ) のグ * 誉 ん色へ ループ、は共通の祖先を持っとされるグループが南中国から東 南アジアに存在することから、南方系のグループと考えられています。 つまり、旧石器時代に日本列島に到達したであろうルートについて、遺伝子的にも解明され たことになるのです。 旧石器時代にそれぞれのハプログループを背負った北方、南方からやってきたヒトたちがこの 日本列島内で交わり、日本列島固有のハプログループになったのではないかと考えられています。 縄文人がどこからやってきたのか、はっきりとした答えは現在のところありません。しかし長い 時間をかけて、周辺地域から日本列島にヒトが訪れ、交わり、今の私たちに続いていることは間違 いなさそうです。 彼らに会いに 行く前に知っておきたい 縄文知識 ヒト月 2 0 、、、ト ) ントリ . ア 0 参照篠田謙一「 OZ< が語る列島への人の伝播と日本人の成立」 2015 0 0 0 0 鍰 DNA : トコンドリア DNA ハ 0 ? ル -1 ハ 10 つル -1 ワ知られざる縄文ライフ