6 星を頼りに ばくとクジラのものがたり 0 0 PISCES ANDROMEDA ARIES ミクロネシアの人たちが描く「大きなさかな」を意味する星 . 座※ 16 。
ころだろうか。「人間を導くもの」だろうか。その匂いを感じ、クジラをスターナビゲーショ ンの番組に登場させようと思ったのである。そう思ってさらに調べていくと、ミクロネシアの 人たちが持つ、独特の星座の中に、「イキンナップ ( 大きなさかな ) 」というものがあり、しか もその星座がどのような向きで見えるか、ということで、彼らの航海をゴーとするか、否かと いうチャントもあるということも知った。そのイキンナップは、そのしっぽの部分が、いわゆ るカシオペャ座なのだ。日本からでも十分見やすい星座である。そこから私がシナリオを書い たプラネタリウム番組「ぼくとクジラのものがたり 5 星の海をわたってーは、以下のようなあ らすじである。 主人公は小学生の「ぼく」。カシオペャ座の動きを記録する宿題が面倒で、つい途中で眠っ てしまった。寝すごしたことに気づき空を見上げると、突如として星の海を泳ぐクジラが現れ どうやらふるさとの海を探しているらしい。ぼくは、クジラのふるさとを探す旅にでた。 クジラの背中は、すべすべで温かい 海に来たぼくたちは、目印もなくてどこにいるのかまったくわからない。そこに、星を頼り に海をわたるおじさんがカヌーにのってやってきた。おじさんは一一一一口う。「夜空には大事なこと がたくさん書かれている。」おじさんはハワイをめざし、その島の上には、「しあわせ星ーであ る「ホクレア」があるという。「島の真上に輝く星は、その島の守り星。」またミクロネシアの 0
☆星の言葉を読み解く ポリネシアやミクロネシアの人たちが、長年受け継いできたスターナビゲーション。これは、 星空の言葉を読み解いてきた人々の知の財産だ。けれども、戦争や侵略の歴史の中で、その伝 統を受け継げる人は、皆無になりかけ、彼らがその知の財産を持っていたことさえ歴史の中に うずもれそうになっていた。けれども、—ooo 年以上前の「スターナビゲーション」の存在 を力強く裏付けたのは、彼らが受け継いできた「星の歌」だった。彼らにとっての「星を見上 げる意味」。それを自分たちにつなぎとめておくために、神話やチャントはなくてはならない カロリン諸島に、クジラの星座を描く人たちがいることも教えてくれた。 クジラの星座がゆっくりと昇ってくるその姿にぼくははっと気づく。そのおつぼは、カシオ ペャ座だ。ぼくにとって面倒な宿題の対象でしかなかったカシオペャ座は、海の民にとって、 自分のいのちを預ける対象だったのだ。クジラの星座がのぼるとクジラは歌を歌いだした。切 なく、なっかしい歌。そしてクジラの温かい肌がぼくの体からすっと離れていた。 気づくと、ぼくは家の前にいた。カシオペャ座が真上に輝いている。ぼくはあわててクジラ の星座をたどり、こうつぶやく。「きみはぼくの守り星だったのか。」 6 星を頼りに -- ーーほくとクジラのものがたり
いた。それらが事実として認められるようになったのは、世紀も後半になってからだ。太平 洋に散らばる小さな島々に、人種の均質なポリネシア人が住んでいるということが、西洋人に よって " 発見 ~ されたのは、四世紀後半のイギリスのキャプテン・クックによる三度の航海に よるもの。このポリネシア人たちの起源について、言語学、人類学、考古学、さまざまな研究 からのアプローチによって、東アジア、あるいは東南アジア方面から移動してきたということ が徐々に明らかになった。しかし、そこで一番問題になったのは、「彼らは、風や海流に逆ら って、どのように海を渡ったのか ? 」ということだった。風や海流による漂着の可能性が何度 り か も研究されたが、ポリネシアの島々に均質に散らばることまで説明ができない。むしろ、彼ら の は意思を持って渡っていたのだろう、という仮説は、ポリネシア人の神話や伝説を説明しやすの ジ くなる。 ク と く その仮説を、しつかり裏付けたのが、 1976 年に始まった、古代のカヌーを復元させたホ クレア号による長距離の航海であった。文化人類学者や、ポリネシア、ミクロネシアの航海士 たちが協力し、古代のカヌーを復元して、文明の利器を一切使わず、タヒチーハワイ間の oo 近い長旅を成功させたのである。闇に浮かぶ星や風を切る鳥、海を渡る風だけを頼りに しながら。 ホクレア号のことを私が初めて知ったのは、「地球交響曲第 3 番ー ( 龍村仁監督 ) という映画 6 星を頼りに 7 5