あってはならないことだけど、もしも近くにいる大切な人が犯罪に巻き込まれ わか たとき : 「どうしよう」とうろたえたり、被害者の感情が「解らない」と投げ 出したり、「元気出して」と表面的な励ましの言葉をかけたりするのではなく、″こ んなことを言っていた被害者がいたなあ〃と、思い出してもらえたら。この手記 うれ つな が、ひとつの理解に繋がっていけたら嬉しいと思う 「理解」 これが、私が願うたったひとつの、とても強力な被害者への支援である。 ふくしゅ、つ 大切なのは、制度でも警察でも支援団体でもお金でも復讐でもない。近くにい る人の支えや理解なのだ。しかし、身近な人が犯罪や被害にあったとき、それを 実行に移すのは容易ではないはずだ。相手を思えばこその気持ちが募れば募るほ ど、被害者本人の感情とすれ違ってしまうはずだから。「そんなわけないじゃない」 とど 「私には関係ないーと思わず、頭の片隅に留めておいてほしい。 私が最も遺憾に思うことは、「被害者って、こんなに苦しいんです ! 」と訴える こと。この記録が、そうとらえられないことを願いながら、書き始めた。 同情を買いたくないことだけは、先に伝えておきたい。
170 夫とは、生活はうまくいっていたが、 相変わらず気分は悪くなり、「吐くーこと から抜け出せない。 夫はともかく、周りの友人や親戚から、「子どもは ? と聞かれることも多くな ってきた。「結婚」という縛りが、私にはとても大きくのしかかった。『子どもを つくらなくちゃいけない』と。 つくろ 嘘をついて繕うことは好きじゃない。そこから逃げるのは簡単だ。でも、せつ かく人並みに、「順調で幸せ」だと思われそうなかたちを整えてきたのに、それを 崩すことは、一度安心させた両親にまた心配をかけることになる : : : 。私自身、 まだ立ち直れていないと思い知らされる気がして、離婚を簡単に言い出すことは できなかった。 自分を追い込みたくて、家を買ったりもした。 「続けていかなくては : そう思うことが、ますます自分を苦しめていった。 どんなにかたちを整えても、整えれば整えるほど、押さえつけられる力を感じ しんせき
157 放熱 自分の大切な人を傷つけられたら、その人の心は傷つく。でも、当事者にとっ ては、その傷つけられた大切な人、が、自分自身なのだ。気持ちも痛みも整理で きない。自分には同情することもできない。家族や遺族ができること・感じるこ とと、被害当事者ができること・感じることは違うはずだ。 『被害当事者を支援する活動がしたい』 その思いは、ますます強くなっていった。 被害者支援の本や加害者の本、事件の本など、いろんな本を探しては読んだ。 しかし、どんな本を読んでも、私の持っている違和感が解消されるどころか、 余計に疎外感や、違和感が膨らんでいく。 なんとなく、遺族を支援するものが多くて、私が感じている気持ちと合わない 難しくてわからなかったり、なんか違う。 ある日の昼休み、職場の近くの本屋でまたフラフラと本棚を見ていると、『犯罪
「どうしたらいいの ? わかんないよ。警察に話したくないよ」 「じゃあ一緒に家に帰ろう」 「どうしたい ? お前の好きなようにしてい 「こんなところで泣いてるなんて恥すかしいね、ごめんね」 「そんなこといいから」 どうしたらいい ? 「ど、つしよ、つ : 「話、できるか ? 「警察に : 。でも : : : 話すのイヤだよ : ・ 何度も同じ会話を繰り返した揚げ句、ひとりの家に帰りたくなかったこともあ り、私は警察に行くことにした。 警察署は公園のすぐ近くにあった。 自動ドアを入ると、受付の警察官が、彼に身体を支えられていた明らかに様子 のおかしい私を、刑事課。、 こ連れていってくれた。廊下で警察官に事情を説明して わず いる彼の声が僅かに聞こえていた。
1 10 「辛かったね」 と、ただ一言いっただけだった。 「シンちゃん」のように、感情をぶつけてくることもない。詳しいことを聞き出 すこともしなかった。 そしてまた、身体に触れてくる彼の手を払いのけることもできなかった。 「つき合っているのに、拒むなんて : : : 」 ずっとそう自分に言い聞かせていた。 アパ 1 トの賃貸契約更新を機会に、私はひとりの生活をやめて、彼と一緒に住 むことにした。 ひとりで泣くこともなくなるだろう。誰かが一緒なら、と、両親も安心してく れるかも : : : と、ほんの少しの期待を持って、引っ越しを決めたのだ。 実家に報告に行くと、父がすごい剣幕で私に怒鳴った。 「男と住むなんて、何を考えているんだ冗談じゃないー 一一度と家に顔を出
き過ぎて」といった理由でごまかしていたが、段々と手際がよくなり、濡れタオ ルを凍らせて目を冷やす・温めるを繰り返して目の腫れを最小限にし、周囲にバ すべ レない術を覚えていった。目が腫れ、食欲がない理由のレバートリーも、徐々に 増えていった。 仕事に行くことは、苦痛ではなかった。毎朝決まった時間に起きて、仕事に行 く。このリズムを保つことが、唯一自分が事件に呑み込まれていないことを証明 することであるかのように思っていた。 社会とは甘えの利かないところだという規範意識 ( 私の勤めていた司法書士事 務所では、特にその意識が強いように思えた ) が、良くも悪くも私を律していた。 「仕事中は余計なことを考えないで済むから」 それもある。仕事の相手には、適当に嘘をついて話していることができたから、 感情も動くことがなく、記憶もなくいつもどおりに時間が過ぎていた。 対照的に家に帰ってからの時間や休日には、泣き通した記憶だけが残っている。 しばらくは友人との連絡も絶ち、遊びに行くこともなく、仕事以外の時間は家の お風呂でただ泣いていた。 ぬ
177 合流 と言ってくれた。 改めて「シンちゃん」に感謝した。いや、冷静にきちんと感謝できたのは、そ のときが初めてだったかもしれない。当時の私の様子を記憶に留め、メ 1 ルや手 紙も、当時のものを残しておいてくれた。その事実がどんなに心強いか。彼は気 ついているだろうか 当時、私は、両親よりも、兄弟よりも、友人よりも、誰よりも彼に頼っていた。 直後に電話をしたときに、彼もそれを解っていたはず。 ま↑も 『誰も護ってくれない』 『誰も支えてくれない』 私がそう思っていたことを、何度となく伝え、ぶつける相手が、私にはいこ。 解ってくれてないことを分かってほしいと訴える相手。たまたま私にとっては それが彼であっただけで、人によってはその相手が両親であったり友人であった り兄弟であったりするだろう。 誰にも言えない人もいるだろう。メ 1 ルというかたちでもいいインターネッ
183 合流 によるものであり、決して自分の非を探す必要はないということ 周りの人たちにとっては、 「自分の大切な人が、悩み苦しんでいること。それが自分ではなく、その人であ ること。自分の苦しみの発端は、被害者本人の辛さがあってこそだということ。 そしてそこには、絶対に悪い、第三者の手が下されていること 当事者としての苦しみと、その周りの人たちの苦しみがあって、それぞれが自 分に起こったことをきちんと受け止めることが、意外と難しいのだ。そのうえで、 当事者としての気持ち、近くにいる者としての気持ちを、きちんと相手に伝える ことが大切だと思う 私が被害者面をして過ごしたこの数年間、ものの見え方が、屈折していた。自 分のことさえも。だから、親、兄弟、友人、すべての人と上手くいかなかった。 自分のせいではないという思い、かといって、家族のせいでもない いまとなっては、加害者の顔もうろ覚え。証拠もない。もしかしたら、全部夢 なのかもしれない。事件の夢を見た私が、目覚めた恐怖で彼を呼び警察に足を運
とき・夜暗い時間に道を歩いていて、大きな四輪駆動車を見たとき・ライプやコ ンサ 1 トのように、暗い場所で大きな音が鳴っているところに行ったときなど。 「シンちゃん」が友人と車で私を迎えに来てくれたとき、その車が大きな四駆だ った。私は乗ることができず、しやがみ込んで泣いてしまった。 「ちかん」や「えっち」など、他人の口から″性〃を連想させる言葉を聞いただ けでもその感覚は起こる 私の場合は毎月やってくる生理が引き金となり、始まってから終わるまでの一 ば、つこ、つえん 週間近くは、トイレに行くこともイヤで、膀胱炎になりかけたこともあった。ト イレで生理用品を投げつけたり、シャワーでずっと身体を洗っていることもあっ そうした感覚の後には、思考が停止する、いわゆるポ 1 ッとした時間がやって くることがあった。何分で終わるとか何時間もとか、計ったこともないが、毎回 その時間は違っていた。電車で降りる駅を乗り過ごしてしまったり、仕事後、帰 宅途中にフラッシュバックが起こり、気がついたら夜が明けていたということも
と、また嘘をついた。 「彼氏とよりが戻ったのか ? よかったじゃないか」 複雑な気分だった。 私はいつまで、他人に負い目を感じながら、こうして嘘をついていくのだろう。 加害者でもないのに。そして自分を否定し嘘をつくことが当たり前になっていく ことが、悔しく思えてきた。悔しい気持ちでいつばいだった。道を教えた男たち に裏切られた悔しさ、嘘をつかなければならない悔しさ。自分を護れなかった悔 しさ。しばらくは、その「悔しさ」だけを感じて生活していた気がする 現場検証のため再び警察に行くまでの間、泣かないでいられた日はなかった。 ところが、事件の翌日から数日の記憶が、いまでもはっきりしない。確かに仕 事には行っていた。遅刻も休みもせず、たまにトイレで泣いたりしていたことを 断片的には覚えている それまでマメに連絡を取っていた友人とのやりとりがあったのか、食事はどう していたのか、彼氏とはどうしていたのか ま↑も