ばうじゃくぶじん うなことを傍若無人に振舞った。又酒をよく飲んだ。之等と云った。しかしどうも面白くはかどらない。血色は次第 のことが豪傑崇拝時代の自分には豪く思われた。 にわるくなって耳などはまるで血の色がなくなった。皆ひ 叔父が或時甲府に行った。まだ甲府まで汽車の出来ない そかに心配していた。父や母はもしかしたら死病に叔父が 時の事で行く途中ある町の旅館に泊った。待遇が面白くなとつつかれたのかも知れないと話し合っていた。 かったとかで宿帳へ新平民とつけた。 所が一一月六日の昼叔父が赤十字病院に見てもらいに行っ 甲府へ行った所が伯爵様でもてた。それから警察でどう た所が、さすがに辛抱強い叔父ももう身体を動かすのが容 してか、ある町の宿帳に新平民と書いてあったのを見て待易でないのでそのまま入院することになった。便や血の検 遇がわるかったのたと大いに驚き、その待遇の悪かったの査した結果、腎臓に癌が出来たのだろうと云うことになっ けんせき を譴責した。叔父はそれを聞いて気の毒だと云って帰りに たのだそうだ。 又その宿屋に泊ったそうである。 「癌になってはたまりませんねーと母は父に云った。父 つきあい 会社をたてて失敗したことや、支那の革命党員と交際しは、「たまらんねーと考えこむように云った。自分もたま て探偵にあとをつけられたことなそもあったそうだ。 らないなと思った。叔父はまだ四十五六である。 身体の馬鹿にいい人で自分は嘗って叔父の病気にかかっ十六日に母は何気なく叔父を見舞った。そうして帰って たことを知らない。太っては居なかったが、かっちりしたきてもしかしたら来月中もつまいと云った。自分は十八日 みかんりんご 身体で、丈夫だと自分も許し、他人も許していた。それでの朝蜜柑と林檎を持って見舞に行った。叔父はまだ癌と云 うことを知らない。 よく遊び、よく酒をのんだ。三年前にある医者が叔父の顔 を見て酒の毒のまわっている顔しておいでだから用心しな 自分は青山行の電車に乗って青山一丁目で赤羽橋行きに いといけませんと叔母に告けたことがあるそうだ。 のりかえた。天気が馬鹿にいいので可なり暖かかった。も 人 きその叔父が一一三カ月前から歩きまわってはいたが血色がう春も近いなと自分は思った。赤羽橋行にのった時空いた 出大変わるくなって段々瘠せて来た。さすがの叔父も心配し席が一つあった。自分は其処に腰かけた。そうして前に腰 目 て医者に見てもら 0 たが、中々わからなか 0 た。矗じゃな かけている女をよく見た。三十許りの女でもう色のさめた お すさ いかと云う心配が叔父にも叔母にもあった。僕達にもあっ女だ。目のまわりがどす黒くなっている。なんだか荒んだ たが誰も公然とそう云った人はなかった。医者はものがよ生活をして来た女のような気がした。みなりは中以下でそ く食べられるのと、通じのいいのとでそうではないだろうろって居ない。しかし顔は悪くはなかった。殊に尻の下っ えら これら がん
ることをちゃんと実現している。 その為に費されたカはどの位いであるか知らないが、自 分達はその前に驚嘆し、感謝したい気がする。孤児院の仕 事はそれから見るとおどろく必要がないかも知れない。し その処は随分気に入った。気に入りすぎた。山ではある かし不便この上ない原野を切りひらいて、ともかく千人以 が、何しろ大きかった。立派なしつかりした家さえたって 上の人を養い、育てて来た土地を見ると、自分達の仕事を かえり いた。中腹から清水がわき出し、大きな松の木、百年以上 顧みないわけにはゆかない。負けてはいられないと云う気 たったと思えるのが、処々に立っていた。山をこえて一方 さえした。之れを始めた石井氏はもうとっくに死んで 海が見え、一方遠く霧島山が見えた。そしてその下を限り た。自分は未亡人につれられて墓にお参りした。自分は墓 なく清い川が流れて居、其処では近頃、鮎が一晩で二百貫 うわさ の前に丁寧に頭を下げた。 もとれたと云う導を聞いた。 この地が提供されたら、話があまりうますぎる。今迄見 たどの土地も足もとにはおよばない。他になければ買おう 自分達はここである耳よりの話を聞いた。それは或人がと思った土地は、なお足もとにもおよばない。 自分達の仕事に厚意をもって土地がもし気に入ったら提供しかし自分達が子供のように喜んでいるのを見て、津江 してもいいと云っていることを聞いたことだ。 さんは気の毒そうな顔しているのに自分は気がついた。自 はつ、 この提供の意味は自分達には明りしなかった。しかしと分にはそうとしか思えなかった。話がうますぎるだけに何 もかく厚意を持っていてくれる。暴利をむさ・ほるわけはなか話にちがいがあるのではないかと思った。津江さんは持 はす 。こっちの事情をさっして、都合のいいように計ってくち主をよく知っている筈なのに、提供すると云う言葉は聞 れるかも知れない。土地をただくれるという意味にもとれかないように云っていた。何かのまちがいではないかと云 地 るので、もしそうだったら、大したことだと思った。 う顔していた。しかし孤児院でその話をしてくれた人は、 いかにもたしからしく話してくれた。 土そして運よく、もう帰ったかも知れないと云われて内心 かえ 自分達は気に入りすぎただけ反って変に不安をうけた。 がっかりしていた津江さんが、思いがけない時に自分達に 逢いに来てくれた。運がいいぞと思った。そして孤児院で少くも売る気はあるのだろう。しかし少しでも高いことを 昼飯を食って、津江さんに先ず提供してもいいと云う土地云われたら、自分達は買うわけにはゆかない。 を案内して戴くことにした。 あゆ
りこ ) 天使あります。ですが中々利ロです。 女の天使 ( 七つ星の一番若い ) 本当に美しゅう御座います 神様利口か。 ね。 天使ええそれは利ロです。素手では勝てないのでいろい神様だがお前はなお美しい ろの武器を考え出して使っています。弓なんかも、もう女の天使お世辞は沢山。 つかっています。 神様だが、たまには俺もお世辞も云って見たい。お世辞 神様ふん。それは面白い ばかり云われていても面白くないからな。 女の天使の一人それは感心ですね。 女の天使他の天使達が気にしていますわ。 天使それから火をつくることを考え出しました。 神様それが気になるなら、あっちへ行け。だがお前は俺 神様そうか。それは有望だ。大事にしてやれ。 のそばを離れることは出来まい 天使それから。 女の天使ええ。 神様もうその話はそれでいし 。さあ、もう一度おどった神様俺はこの美しい眺めを一人で見ているのにあきたの り、おどったり。 だ。たまには二人で見たい。 七つ星の天使達はつ。 女の天使あなたにはいくらだっていい方があるのでし ( 七つ星おどる ) 神様さあ、今度は皆でおどろう。賑かな音楽をやってく 神様ないとは云わない。だが、お前を美しく思うにはか れ。 わりはない。そしてこうして二人だけで、この世界を見 音楽の天使はつ。 ているよろこびは格別だ。 神様さあ、のこらずおどれ、おどれ。俺の相手はお前 女の天使本当に、私もこんな嬉しいことは始めてです。 歳 こんな美しい高殿から、こんなに美しい天空を、あなた 万 一番若い ( 七つ星の ) 女の天使はい。 とこうやって静かに見ていることが出来るとは思いませ んでした。あああの二つのぐるぐる回る星の美しさ。ま 人 まう、ばし た、あの青くすき透った光の美しさ。あの星のおかし 神様ここから見える星の運行の美しさはどうだ。 ( 星が大さ。あの星の月を沢山もっておりますこと。いろいろの きく美しく目に見えて動いている ) 星がありますのね。 とお たくさん
「しかしその女のことを時々は思い出すだろう」 う。ある人に恋される資格のある女は唯一でないかも知れ 「しかしその女でなければとは云えないだろう。男と女はない。だが恋してしまったら、その人にとってその女は唯 ゅうずう そう融通のきかないものではないよ。皆、自分のうちに夢一になるだろう。僕の知っている人に、もっといい女に逢 中になる性質をもっているのだ。相手はその幻影をぶちこわないとも限らないと思うのでなかなか結婚する気になれ わさないだけの資格さえもっていればいいのだ。恋は画家ないと云っていた奴があるが、ふとしたことである女、は で、相手は画布だ。恋するものの天才の如何が、画布の上たから見るともっといい女がいくらでもありそうに思う女 に現れるのだ。ダンテにとってビアトリチェはただの女でだったが、それと知りあいになって、その内に深く恋して はなかったろう、神のようなものだったろう。しかし他のしまって、その女と結婚出来ない事情の為につい二人で心 恋する男にとってはただの女た。ある男から見れば雌にす中してしまった奴があった ぎなくも見える。恋が盲目と云うのは、相手を自分の都合「世はさまざまだ。中々理屈通りにはゆかない。親の云う のいいように見すぎることを意味するのだ。相手はそう唯通り結婚して、幸福になった奴もあれば、自分の恋してい 一と云うことはないのだ。その人にめぐりあわなければ恋る女と無理に結婚してすぐ飽きる奴もいる。結婚出来ない は生しないときまったものじゃない。彼女になる資格のあと云って心中しかけて未遂で助かって、まもなくお互に顔 るものは世界には何千、何万といる。だから自分の内にあを見るのもいやになった奴もいれば、五年たっても十年た る恋も生きるのだ。もし彼女が世界に一人きりだとして見つても同じ女のことを思ってくよくよしている奴もある。 、、い加減に結婚する たまえ、齢ごろになるとなにはすてても相手をさがして歩しかし大概の人はいい加減に恋して りこう かなければならなくなる。しかし恋の相手にぶつかる位のだね。それが又利ロらしい。要するに恋たけが人生じゃ は、学問をした片手間で沢山だ。又毎日の仕事をした余暇ないからね。もっと自分達にはしなければならない仕事が で沢山だ。むしろ逢わないでよそうと思っても、つい逢うある 「それはそうだ」彼はもう仲田と恋の話はしたくなかっ 程、彼女は世界にごろごろしているのだ」 「しかし」と野島は云った。「だが一生彼女に逢わない人た。それで話をほかにむけた。 もあるだろう」 一〇 「いや、それは布があっても画のかけない人だ」 その晩、彼は大宮に随分逢いたくなった。大宮には自分 「しかしかいてしまった布は、かかない布とはちがうだろ いかん めす
116 して、起き上ってくれることを僕は信じている。そして露おう。自分は明日からマルセーユにつく杉子の一行を迎え かえ にゆくわけだ。二人は遠くから、許してくれるならば君の 骨に事実を示せば、君は反って怒ることによって悲しみに 打ち克ってくれると思う。僕は又君につまらぬ同情をしょ幸福を祈る。そして君が、日本、否世界の誇りになるよう うとは思わない。又自分の君にたいする冷酷な態度を甘くな人間になってくれることを信じ又祈る。 見せようとも思わない。自分はただ事実を云う。 や云いわけし それに就て自分は何も云いわけしない。い たいことは既にかいた。ここでは何にも云わない。ただ自野島はこの小説を読んで、泣いた、感謝した、怒った、 へや 分はすまぬ気と、あるものに対する一種の恐怖を感じるだわめいた、そしてやっとよみあげた。立ち上って室のなか けだ。自分はあるものにあやまりたい。そして許しをこい を歩きまわった。そして自分の机の上の鴨居にかけてある たい。一方自分は自分を正当だと思い、やむを得ないと思大宮から送ってくれたペートオフェンのマスクに気がつく う。そして自分でとった態度を必然のような気もする、だと彼はいきなりそれをつかんでカまかせに引っぱって、釣 が何かにあやまりたい。自分は君に許しを請おうとは思わってある糸を切ってしまった。そしてそれを庭石の上にた こなみじん せつこう : 、、。君はとるようにとってく ない。それはあまりに虫力しし たきつけた、石膏のマスクは粉徴塵にとびちった。彼はい れればし 、い。君は、君らしくこの事実をとってくれるだろきなり机に向って、大宮に手紙をかいた。 もちろん う。自分の方は勿論君を尊敬し君にたいして友情を失いは「君よ。君の小説は君の予期通り僕に最後の打撃を与え しない。しかしそれは反って君を侮辱することになること た。殊に杉子さんの最後の手紙は立派に自分の額に傷を与 を恐れる。 えてくれた。之は僕にとってよかった。僕はもう処女では 事実は以上のようである。かくて僕は杉子さんと結婚すない。獅子だ。傷ついた、孤独な獅子だ。そして呎える。 ることになるだろう。この事実にたいして君が自分達を如君よ、仕事の上で決闘しよう。君の惨酷な荒療治は僕の決 さび 何ように裁いてくれても自分達は勿論甘受する。自分は云心をかためてくれた。今後も僕は時々淋しいかも知れな したいことが随分あるようだ。しかし僕から慰められた 。しかし死んでも君達には同情してもらいたくない。僕 り、鼓舞されたり、尊敬されたりするのは不快に思うであは一人で耐える。そしてその淋しさから何かを生む。見 もっと よ、僕も男だ。参り切りにはならない。君からもらったべ ろう。尤も僕達はもう十分に不快を与えすぎたであろう。 今になって遠慮するのもおかしなものだ。だから正直に云 ートオフェンのマスクは石にたたきつけた。いっか山の上 これ
つもり の沢山の本を売らしてそんなことを云うのはすみません ど、叔父の処へは行っている心算でしたわ。そうしてお 兄さんのお許しを得てから帰って来ようと思いましたけれど、あなたには仕事はありますわね。ある偉い詩人 わ。明日小間使をつれて来ますわ。あの子はいい娘ですが恋が報いられないことを感謝して、詩が書けると云っ わ。それに字も書けますわ。そうして可哀そうな娘ですたそうですわね。私、理屈では一番あなたに済まない気 ・、いたしますのよ。ですが、あなたは大概のことには負 わ。私いなくなるまでにきっとよくしこみますわ。 広次静ちゃん。俺は強いことを云ったけれど、お前の決けない方ですわね。私がそんなことを思うだけでも生意 気の気がしますわ。又何時かお目にかかれますわね。私 心をかえるだけのカのないことを許しておくれ。俺はこ 御恩は嬉しく思い出しますわ。 うやってがんばっているだけだ。俺にはカはないのだ。 、ことかわるいことか俺は知らな西島ありがとう。野村君。それなら又。 お前のすることは、しし い。だが俺はどうしろとも云えないのだ。恐ろしいこと広次それならば又。どうか。 は遂に来た。俺はどうしていいかわからない。反対して西島ありがとう。さよなら。 ししか、賛成していいかそれもわからない。その力もな広次さよなら。 ( 行こうとしてふりかえる、静子と手を握る ) 静子お兄さん、許して下さって。やつばり妹だと思って西島 ( 小声で ) どうか許して下さい 静子 ( 小声で ) 許すことはありませんわ。 下さって。 西島 ( 小声で ) 気になって仕方がないのです。 西島僕は失礼します。 静子気にしないで下さい。私、御親切を嬉しく思ってい 静子お怒りになっていらっしやるの。 るのですから。 西島怒るどころですか。恥かしい気がするのです。私は 妹本当にあなた達にすまない気がするのです。私はまだど西島それなら又何時か。 のうかなると思わないことはありませんが、それは自分の静子え。奥さまによろしく。 良心に対する云いわけにすぎないでしよう。 ( 西島退場、静子送ろうとする ) そ 静子西島さん。本当に、あなたの処へ行った帰りに叔父西島 ( 辞退するように ) どうか。 ( 二人退場、静子まもなく登場 ) の処へ行ったことを許して下さいね。私、叔父の家を出 ( 沈黙 ) て、こうしていたのを無意味とは思いませんわ。あなた
自分はこの迷信をほんとの迷信かと思う。そうして父や 母を喜ばせようかと思う。しかし自分はもしこれが迷信で なかったら大変と思う。 えてかって わがままもの 四月一日の朝、自分は早く起きた、天気がよくって気持 だから自分は父や母に得手勝手なわからずやの我儘者と のいい朝だった。自分は新聞投入函を見に行った。自分の 思われても彼女に求婚して断られるまでは誰とも結婚しな 心は一種の興奮をしている。 いでよそうと思っている。 四月一日に自分は鶴の学校の卒業式のあることを知って 自分は出来るだけ自分の黙示と迷信していることに従っ いる。一昨年に自分はこの日鶴が紋付を着て学校に行くの て成功しなか 0 たら万止むを得ないが、自分の意志で背きを見た。そうして何処へ行 0 たのか夕方紋付を着て帰 0 て たくないと思っている。 くるのを見た。自分はその時鶴が学校を卒業したのだなと それに浅はかな人知で自然を試みるのはわるいが、その 思った。その日朝日新聞に鶴の学校の優等生の名が九人程 ことが迷信か迷信でないかを知りたく思っている。 出ていた。鶴の名はその内になかった。 かく云うとも「それは君が彼女と結婚したいからそんな 鶴は学問は余り出来がいいのじゃないな、なまじっか優 理屈をつけるのさ」と云う人があれば、自分はただ黙する 等生で卒業すると人の注意を惹いて鶴を妻にもらいたく思 より仕方がない。 う人が出ないとも限らない。優等生でなくってよかったと 思った。しかし鶴は学校が始まると依然と学校に通った。 自分は未だ卒業しなかったのだな、道理で優等生の内に名 かかる迷信を持ち得る自分はいかなる時も鶴と自分とは がなかったのだなと思った。 運命によって合一されると云う希望を持ち得る。 その後自分は川路氏から鶴の学校の成績を聞いた。そう き始めはこう云う希望をもとうと知らず知らずの内に苦心 あしかけ して成績のいいのを得意に思った。去年の四月一日の朝日 ばか たしたかも知れない。しかし足掛五年の月日はこの希望を習 新聞にも鶴の学校の卒業生で優等の人の名が十許りのって 目慣にしてしまった。いくらこれを否定する出来事が起って 、た。しかし自分は鶴の今年卒業すると云うことを知って も、いくらこれを否定する理屈が立っても、何時のまにか いたから別に注意しなかった。 鶴と自分とは夫婦になるような気がする。 今年こそ鶴は卒業するのだ。こう思った自分は四月一日 に早く起きて新聞を見に行ったのだ。未だ来て居なかっ
広次俺はゆくことには断じて反対だ。しかし俺には不服 にも願っていた。お前ここにおいで ! お前には本当に を云う資格はない 苦労をかけた。そう何時迄も苦労はかけない。俺も男 静子私だってそうですわ。 だ。 ( 静子の目に指をさわり ) お前は泣いているのか。今は 泣く時ではない。、 広次お前は俺がいなかったらすぐ承知をするだろう。 心を鬼にする時だ。 静子それは承知するかも知れませんわ。私一人さえハイ静子それでも免職になったら叔父さまもお可哀そうです わ。本当にいい方なのですもの。 と云えばそれでいいのですからね。 広次だけど俺がいる。俺の仕事がある。承知してはいけ広次そうか。矢張りお前はゆきたいのだな。ゆきたけれ ばゆきたいと云え。 静子は、。 静子お兄さん。何をおっしやるの ? ( 泣く ) 広次今。お前がいなくなったら俺の希望は消えてしまう広次ゆきたくないのか。それなら泣くことはないじゃな よ。もう一歩と云う処だからね。お前がどうしてもゆき いか。力のない意気地なしと、不正な人間の犠牲になっ たいと云う処なら俺はあきらめるかも知れない。だが今ては馬鹿気ているよ。 度のことはお前も不服なのだからね。お前の本心は叔父静子それでもお兄さん、叔父さんが免職になったら、ど つもり さん一家の犠牲になりたくないのだろう。 うして食ってゆくお心算。 静子は、。 本当は。 広次二人だけならどうにかやってゆける。西島さえ本気 に力を入れてくれればどうにかなるにちがいない。しか 広次俺の犠牲になってくれる方を喜んでくれるだろう。 俺は無理なことは云わないつもりだ。お前の一生を犠牲し一体相川はなぜそんなにお前をもらいたがるのだ。お 前は相川に逢ったことがあるのか。 にしようとも思わない。俺はお前の為にも仕事をしたい 妹と思っているのだ。お前を喜ばしてやりたいと心の底で静子ええ。十日程前に電車でお目にかかりましたの。叔 母さんのお伴して電車にのりましたら、三郎さんがお友 は思っているのだ。この三四年の間お前にかけた苦労は の むく 達と御一緒にいらしったのです。 非常だった。俺はそれを自分の仕事で酬いたく思ってい そ たのだ。そうしてその希望がかすかではあるが見えて来広次敬語なんかっかうのはよせ、馬鹿 ! それで。 8 たと思っていたのだ。俺はそれを喜んでいたのだ。俺は静子お怒りになってはいやですよ。それで叔母さんが丁 自分の為にも仕事の成功を願っている。しかしお前の為に御挨拶をなさって私をこれは私の家に厄介になって やっかい
共倒れにならない計画をすっかりたてなければならな先生ありがとう。是非助けてくれ給え。しかし君はすぐ ほほえ 。土地の利用にも実際にあたって研究しなければなら熱がさめそうだね。 ( 微笑みながら ) 熱のあがるのが早 ない。かくてその計画がすっかり立ち、収入の方もはっ く、さめるのに早い人はたよりにならないからね。実際 きりわかれば、許された範囲で仲間がだんだんその土地 にぶつかると結果は中々上らないものだ。同志の人も一 時はヘり出すこともあるだろう。そう云う時を何度もこ に入りこみ、土地もふやし、仕事も拡張する。その間に してやっと目鼻が出来かけるのだ。結果をあまりあせる その土地に居ない仲間は何かと便利をはかり、後援者を ふやし、その結果を報告する小雑誌を発行し、そしてい ものは絶望する時が必ずくる。馬鹿気たような気のする ろいろの人の意見もきき、自分達の意見を発表し、それ時が、だまされたような気のする時が。それをふみこた えなければものにならない。・ とんなにはっきり計算をた は何処までも実際的に責任のある意見でなければならな せつかく 。そしてよき考えはなるべく採用するようにし、働い てても天変地異がないともかぎらない。折角つくったも ている仲間を訪ねたり、交代したりして働く。かくて十のに虫がついたり、枯れたりするだろう。元よりその時 ますます 年すぎてますます効果があらわれ出せば、仲間は益々勇 は勇気をつけあうだろう。しかし話だと十年と云っても 気が出るにちがいない。協同して仕事をする喜び、空想 別におどろかないが、十年はかなり長い月日だ。それを ふみこたえ進み切り、馬鹿気た気を起さずに結果の見え が実現される喜び、その時は人々が事実によって可能を ないことに金をおさめ、失敗して気やすめのようなこと 証明され、全世界がこうなれば大したものだと思われる 話ように仕上げるよろこび。それはたしかに無意味な仕事を云うのでなお疑いをますようでは困る。 のでもなく不可能な仕事でもないと思う。僕は本気になれ大丈夫ですよ。先生。 て ば二三百人位は同志を得ることはむずかしくないと思先生その大丈夫な所を見せてほしい 就 に う。君はそうは思わないか。 しかし先生のおっしやるのが本当とすれば、今迄にも きそれならば先生はな・せ本気にならないのです。 そんな簡単なことならいろいろの人が思いついたはずで し 先生今に本気になるよ。 はないでしようか。今迄に随分いろいろの人が出て、そ 新 の内には、そう云ってはすみませんが、先生より賢い人 先生の話を伺っていると、なんだかそう云う社会をつ も居たでしよう。それなのにな・せ、そんな簡単明瞭なこ くることが出来そうな気になり私もその仲間に入りたい とを思いっかなかったのでしよう。それには何か、そう ような気もします。
もらろん 子のような女のいることを讃美し、感謝したい気になっ勿論、ある時は、お互に手きびしく批評しあって腹を立て あったこともあったが、すぐなおって、反って相手の云う た。日記にこんなことをかいた。 もっと * し、そくぜくう ことが尤もだと気がついてあとで心のうちで感謝し、なお 「人生は空かも知れないが、そして色即是空かも知れない が、このよろこびは何処からくる。このよろこびを我等に友情のますのをお・ほえた。 大宮は彼が来たのを喜んだ。そして今まで読んでいた内 与えてくれたものに、讃美あれよー 彼は家にじっとしてはいられなかった。何処かに行かな村さんの本などを見せた。大宮は内村さんのものを愛読し いと、おちつかない気になった。彼は一番親しい大宮を訪ていた。 大宮の書斎には以賽亜の四十章の、 ねることにした。 まち 「然れど工ホ・ハを俟望むものは新なる力を得ん。 うちにいるといいがと思ったら、矢張りうちにいた。そ 彼等は鷲の如く翼を張りて登らん。 の友は小説をかいて少しずつ世間に認められて来、彼のも 走れども疲れず、歩めども倦まざるべし」 のよりはいつもほめられていた。この事は彼を時に淋しく させた。しかし大宮との友情はそれで傷つけられるわけはと云う字が新たにかかれて。ヒンではってあった。野島はそ なかった。お互に尊敬していた。大宮は殊に彼の作物に厚れを見て充実し切った、力強い言葉だと思った。 意を見せ、世間が悪口を云う時は、淋しがる彼を慰めるこ 五 とに骨を折った。野島はそのことを思うと涙ぐみたい気さ えした。彼が当時自信のある作をあつめて本を出した時彼はしかし杉子のことを云い出す機会がなかった。又云 も、大宮が自分の本でも出すように骨折ってくれた。そしおうかと思うと同時に云いたくない気もした。 てその本が或人からさんざん悪口云われた時、大宮は彼を 二人は文壇の話や、自分達の仕事の話や、読んだ本の話 などした。そして自分達のしなければならない仕事の困難 祝して、 ふくしゅう な、しかし希望の多い話をした。 「君は前に復讐を受けているのだ。君程よわらなくってい い人間はないと思う」 この時、大宮は今朝ある雑誌から小説をたのみに来たと と云ってくれた。彼はその時、泣きたい程大宮の友情に感話した。その雑誌は有名な雑誌で、その雑誌に小説を出す はずかし じた。そして大宮を自分の知己としてその期待を辱めたくと、小説家としての存在を世間に知られることになるの ないと決心した。二人はお互に慰めあい、鼓舞しあった。 さび わし かえ また