302 くれたくないものを俺にくれろとは云わない。だから俺自由ですね。いっか、集まれるだけ宇宙の神が集まって 達は調和を愛する資格があるのだ。人間どもは、境遇に相談してもよろしいね。そうです。まだ野蛮な処はこま りますが、利ロなよく物のわかったものなら面白いでし 支配されて、少しでも得をしよう、少しでも我意をのさ ばらそう、楽をしよう、偉がろうと云うのだから、一方よう。何人でおいでになります。あなたと他に、十天使 ですか、承知しました。それでは明日お待ちしていま その犠牲者が出来ないわけにはゆかない。反動は反動を 生んで、殺しあわないでは我慢が出来ない。殺しあうのす。さよなら。 が正当になってくる。どうしてそんな奴に、平和や、調滑稽天使とうとう明日くるのですか。 和が得られるものか、それが得られるためには心がけを神様そうだ。 かえて、不当な利益を得ているものが、それだけ兄弟姉滑稽天使隣りの神様はどんな顔しているでしよう。 まくらゆう 妹に譲歩しなければならない。処が譲歩しだすと切りが神様まあ、俺と信仲の間だろうな。元は同一なのだか ら、それが完全に発達したと云うのにちがいないのだか ない、生きられなくなってくる。元も、子もとられてし まう。今度は自分がとる方にならなければならない。 ら、つまり俺のようなものだろう。 るさいことだ。ほっとけ、ほっとけ、その内には自分で滑稽天使どっちの宇宙の方が大きいでしような。 目がさめる。もうそろそろさめたしたかも知れないよ。神様向うの方が少し大きいかも知れない。 一寸見て来たらいいだろう。 滑稽天使それでは肩身がせまいわけですな。 神様しかし仕方がない。実質でやつつけるよりは。 天使さめましたか知らん。 滑稽天使処が実質も向うの方が上らしいですな。もしそ 神様さめたかも知れないね。 らよっと うだったらどうします。向うの神様の力があなたより強 天使それなら一寸見て来ます。 くって、天使達が皆、その神様にくつついたらどうしま 神様見て来たらいいだろう。 す。 天使さようなら。 ( 退場 ) ( 神様と滑稽天使、高笑いする。電鈴なる ) 神様そうしたら、俺もその神様にくつついてやるが。そ れ程偉い奴でもなさそうだ。まあ俺位なものだろう。 神様隣りの宇宙から何か云って来たな。 ( 器械をとりあげ ) もしもし、そうです。あしたですか、かまいません。是滑稽天使もう少しは偉いでしよう。 なまいき 非来て下さい。そうですね。お互に名前をつけないと不神様生意気云うな。
186 広次お送りして上げておくれ。 ね。自分の云い出したことは理でも非でも通そうと云う 静子は、。 方ですってね。少くも下なものに対しては。そうして叔 西島さよなら。 父さまが本人に聞いて見ますとおっしやったら、君の処 いそうろう の食客じゃないか、本人に相談をする必要が何処にある 広次さよなら。 ( 西島と静子退場。静子登場 ) のだ、それとも君は三郎に不服があるのか、とおっしゃ 広次帰ったかい。 ったそうです。 静子お帰りになりました。お兄さんのお作がいいと云う広次叔父さんはどうしたのだ。 ことを聞いて私本当に安心しましたわ。 静子叔父さんはそれでもはつぎりした返事はなさらなか 広次そうかい。俺は西島君があの小説を出すようになっ ったのだそうです。すると君の処にいる娘をどうしても た動機が少し気に入らないのだよ。しかし今そんなこと くれなければ、その結果はどうなるか君は知っているだ を云っている時でもないが。西島君はお前がたのんだか ろうね。君は働きがあるから僕の会社でつかっていると ら出す気がしたのだ。お前が醜かったら西島君は僕の小 思っているのか、まあ考えておいてもらいたい。とそう 説を出すとは云わなかったろう。 云ったそうです。 静子お兄さんはすぐそんななことをお考えになるの広次そんなことを云 0 たのか。なぜさ 0 き其処まで云わ ね。 なかったのだ。そうすれば少しは金のさいかくをしても らって最後の決心をしなければならなかった。 広次しかしそんなことはどうでもいい。結婚の話と云う のは本当なのかい。 静子最後の決心とは。 静子本当ですとも。 広次二人で何処かで家をもつのだ。 静子そんなことは出来ませんわ。 広次そうして何時までに返事をすればいいのだ。 静子早い程いいのだそうです。もう向うではくるものに広次そんならお前はどうする心算だ。 きめていらっしやるのだそうです。是非くれ、不服はな静子どうしていいかまるでわかりませんの。お兄さんは 私がいなくなったらどうなさって。 いだろうね、とおっしやったのだそうです。 広次お前はゆく気があるのか。 広次そんな馬鹿なことが。 静子それでも相川さまはそれは頑固な方なのですって静子お兄さんは。 がんこ つもり
176 きりわかればそれでいいのだ。俺は一人前の人間じゃな 静子よく似ていますわ。時おかきになったの。 いのだから何よりも根気が大事だからね。 広次今さっきだ。お前の顔もかいたよ。 静子本当に私、いい御返事があるといいと思って祈って 静子よく似ていますわ。 おりますのよ。 広次お前はこの時まだ十五だった。もう随分ちがっただ 広次馬鹿 ! しかし祈りたくもなるね。俺がどうしてこ ろう。 う意気地がないのかと自分でも不思議だよ。今度のが駄 静子それ程ちがいませんわ。 これおれ 目だと云われたって失望はしないよ。何んと云っても今 広次之は俺の自画像だ。まだ目がある時だ。 となってはこの仕事にかじりつくより仕方がないのだか 静子どうしてかけますの。 広次ちゃんと頭にしまってあるからね。はっきり目に見らね。だけど希望だけは見せてもらいたい気もするよ。 うち 俺の内にあるものは何時かきっとこの世に出るとは思う えるよ。色つやもわかる。光線のエ合もわかるのだよ。 けど、もう待ちどおしいよ。皆が仕事をしだして世間が だけど之以上はかけないのだ。之だって目やロが何処に 活気づいているらしいからね。本当にうつかりしてはい ついているかわからない気がする。 られないよ。叔父さんや叔母さんだって親切にはして下 静子ちゃんとかけていますよ。 、そうろう さるけど、どうしたって食客だからね。癈兵の金だって 広次しかし之じゃものにならないから仕方がない。だけ どもうあきらめているよ。三年たったのだからね。お前 知れたものだからね。他人に慈善事業をさして生きてゆ かんしやく くのはたまらないからね。それにお前だって肩身がせま を随分泣かせたね。俺も泣いたけど。もうそう癇癪は起 くって叔父さんが嫁けと云う処へゆかなければならない らなくなった。いくら起したって疲れ切るより仕方がな やっかい からね。俺の自由もお前の自由も、俺の仕事の成功する いのだからね。それに今では叔父さんの処に厄介になっ かしないかで、きまるのだからね。そう思うと俺はもう ているのだから、そう癇癪を起すわけにもゆかないから じっとしていられないよ。その内にお前も俺からひきさ ね。しかしそれが反ってよかったのだ。俺はもう本当に 目のことはあきらめた。それに新しい仕事が出来かけて かれてつれてゆかれそうな気がして仕方がない。それさ えなければ俺はこんなにまであせらないかも知れない。 来たからね。西島君からあの作をほめてさえくれば、俺 は嬉しいのだ。俺たってかき足りないことは知っている俺は自分の画が世間から費められ出した時も、之で自由 が得られるようになるかも知れないと、それを一番喜ん がまだ初歩だからね。その内にものになることさえはっ かえ
神様 ( おどろき立ち上り ) どうしたのだ。何が起ったのだ。天使困ったな。どうも。 やっこ 滑稽天使それはそれはそれは大変な大変な大変なことが滑稽天使どうした、奴さん。 起りました。えんえんえん。 天使俺の星に大水が出て、折角の生きものが皆死んでし 神様早く云え。早く云わないと、この棒で打っぞ。 まいそうなのだ。 ( 泣き出す ) 滑稽天使それでは申します。私の大事な大事な神様の魂滑稽天使それは困るたろう。死んでは困るだろう。大水 べっぴん が、別嬪さんにさらわれてゆきました。 が出たら困るだろう。あなたが涙をこ・ほしたらなお地球 神様あはははは。馬鹿。 の水がふえるだろう。 滑稽天使魂のぬけた神様。お目出とう御座います。やが天使どうしたらいいだろうね。 て魂がもとの古巣にお帰りになる時は、別嬪さんのおな滑稽天使どうも仕方がないな。 かのなかからもそれは美しい魂がとび出すで御座いまし天使一寸神様を起してくれないか。 どころ よう。謹んでお祝い申します。 滑稽天使駄目駄目。今はそれ処じゃない。 神様馬鹿。 天使もう神様は起きてもいい時分だよ。 滑稽天使夜の子供等、来ておどれおどれ。よき神の生れ滑稽天使処が大将別嬪さんにとつつかまったから駄目だ くるよう、おどれおどれ。 よ。 ふう ( 夜の天使、黒い風して来ておどりながら退場 ) 天使本当にしよがない神様だな。 女の天使まあ、滑稽な天使ですこと。 滑稽天使まあそうせくまい、せくまい。たまにはぐっす 神様さあ、とばりをおろそう。 り眠かしてやるものだ。 女の天使ええ。 天使だって神様ともあろうものが。 歳 滑稽天使だって力がありや仕方がない。神様だから仕方 万 四 がない。お前が神様だったら毎日起きては来ないだろ 人天使滑稽な天使さん。 天使そんなら俺は帰るよ。 滑稽天使なんだ、小。ほけな星の神さん。 滑稽天使勝手にお帰り。 天使神様はまだお起きにならないか。 滑稽天使まだまだ今眠りの最中だろう。 神様 ( 登場 ) 何を云っているのだ。うるさい
今日は久々で天気力しし / ・、、、、少し空気の冷たいのも気持が飯を食った。そうして淋しい心を抱いて自分の室に入っ いい。自分は今日から余り鶴のことを考えずに勉強しよう と思った。 自分はムンチの本を開いて読みかけた。しかしどうもお どう考えても鶴のことはどうもならない。そんなことをちついて読んではいられない。 考えて頭をつからせ、時間を空費するのは馬鹿気ていると 一体自分は広義の教育家になろうと思っているのだ。そ 思う。 うして破壊された殿堂のかわりに新らしき殿堂をたてたく これ 自分はもう鶴に対して出来るだけのことをした。之で鶴思っている。自分は現代の人の頭で倒し、心臓でのそん が人妻になろうとも思いおくことはないはずだ。こうすれでいるものを捜し出して人々に教えたいと思っている。 ばよかったと未練を残すこともない。 自分はこの重荷の為に絶えず心を労している。しかし自 そう考えはしたが鶴はどうしているだろう。うまく行っ分は弱い人間である。そうして才能のない人間である。 、んじよ てほしいとすぐ思う。そう思うと近処の人の嘲笑を思う。 天に憧がれながらたよるものなく地面をのたくっている おれ 「鶴、己におたより。世間の人がかれこれ云えば二人が益蔦のような人間である、頼れるものにぶつかれば何でも頼 益愛しあう許りだね」と心に云った。 ろうとする人間である。何か今にたよるものを得るだろう 八時半に朝飯たった。春ちゃんは相変らず元気だった。 と思っている。この点で自分は楽天家である。そうして先 三つ四つの子供は身体のエ合がよくって愛してくれる人のず鶴にたよりたく思った。しかしそれは不可能らしい わきにいれば何時でも嬉しくってたまらないようにはしゃ 自分はここで云いたくないことを云わなければならない ひとりでほほえ いでいるものだ。自分もそれに見惚れていると自然に微笑と思う。自然の秘密なれと命ずることを告白しなければな まれる。さそ父や母は可愛くってたまらないだろうと思っらないと思う。それは淫欲についてである。自分はこの誰 きて二人の顔を見る。 でも持っているはずのこの欲を自然が人をして恥かしいも 出実際一一人は崩れそうな顔して笑っている。 ののように感じさせる力を崇拝している。この恥かしさが 目 この時自分は不意に鶴のこんなに喜ぶ顔を見たいと思っ なくなる時男女の関係が如何に乱れるだろうかと思う時に お た。自分はすぐ思いを転じた。しかしもう自分は微笑むこ自分はこの恥かしさを尊敬する。そうして自分はこの恥か とが出来なかった。自分は真面目な顔して父や母の夢中でしさを通して自然がこの問題をなるべく秘密にせよと命じ そむ つつし 笑う時も、おっきあいに一寸笑い顔を見せるだけで急いでているように思う。しかし自分は謹んでこの命に背こうと くず った こ 0 へや
かほうもの いらっしゃいましたわ。私のことを果報者だとおっしや事が出来ますか、とおっしゃいますの。それで私はそれ いましたわ。 ならお断りして下さいと申しましたの。そうしたら叔母 広次静ちゃん。お前はゆく気があるのかい。 さまは本当にお怒りになりましたの。そうしてそんな御 静子 しいえ。私はお兄さんのわきを今はなれることは出返事が出来ますか、そうしてもし叔父さまがそれで免職 来ませんとそう申しましたの。お兄さんのお仕事の手だ をされたらどうしますとおっしやるの。 すけをしなければなりませんからとそう申しましたの。広次お前どうした。 広次そうしたら。 静子そんなことはあるわけはありませんわと申しました 静子とも倒れになるようなことはよせとそうおっしゃい 広次うん。 ましたわ。 ( 忍び泣く。暫く沈黙 ) 広次お前は本当にゆきたくないのか。俺のことを思って静子そうしたら叔母さんは、、、 くれるのは嬉しいけれど、俺は俺で又どうにかするだろすとおっしやるの。 う。俺の仕事は気永な仕事だ。どうにかするだろう。お広次それから。 前は俺の犠牲にならない方がいい 静子私、泣いてしまいましたの。 静子本当に私はゆきたくは御座いませんの。お兄さんの広次 ( 歎息をつく ) あああ。 お傍にいたいの。 静子叔母さんは自分の娘だったらこんな気ずいな真似は 広次 ( 嬉しさをかくし切れす ) それは本当か。そうしてお前 させないとおっしゃいましたわ。 は何と返事をしたのだ ? 西島失礼ですがその話の方のお名前を聞かして戴くこと 静子もう二三年待って戴きたいと申しましたの ! が出来ますか。 広次そうしたら ? 静子相川とおっしやるのです。 静子待てばきっと結婚するかとおっしやったの。 西島相川三郎と云う方では御座いませんか。 広次お前は何と言った ? 静子そうで御座います。御存知でいらっしゃいますか。 静子それはわかりませんわ、と申しましたの。 西島その人なら知っています。 広次そうしたら。 広次どんな人ですか。 静子そうしたら大変お怒りになって、先様にそんな御返西島正直に云いますと、僕より六つ下の級にいた人でよ いただ 、えそうにきまっていま まね
が湯に入って来たのだそうです。相川のお母さんはもと西島 ( 一寸沈黙 ) かまわないでしよう。お出なさい。少し くろうと 玄人だったそうで、女中と一緒に風呂に入るような人な の金ならば当分どうにかなるでしよう。その先はその先 のだそうです。つまり妹は体のいい体格検査をされたよ です。きっと餓え死にはさせません。 うなものなのです。そうして。 広次それでも。 静子お兄さん。本当にお兄さん。 西島そんなことを云っている時ではないでしよう ? 広次黙っておいでと云ったら。そうして妹が風呂から出静子叔父さま達はどうなさるでしよう ? ましたら、其処に相川三郎が立っていたのだそうです。西島二月三月返事をまってもらうことは出来るでしょ 妹は馬鹿ですから、故意だとは思わなかったのだそうで う。断り切るとどんな邪魔をされるかわかりませんか す。私はそれを聞いてからもう我慢が出来ませんでし ら。野村君の仕事を一先ず完成するのを口実にして二月 た。さもなくとも我慢は出来ないのですけど。皆ぐるな か三月家出をしたらいいでしよう。そうすれば叔母さん のです。私達を馬鹿にし切っているのです。 はぬけめなくうまいことを云ってくれるでしよう。その ひとりごと かえ 間に免職されればそれまでです。反っていいかも知れま 高峰 ( 独言のように ) それは我慢出来ないのがあたりまえ せん。さもなくもその内に野村君の仕事も少しは目鼻が 出来るかも知れません。その時になって断然たる処置を 綾子あんまりですわ。 とっても遅くはないと思います。返事を急ぐ必要はない 芳子本当に。 かと思います。 西島許せないことだ。 広次私はそれを聞いた時、こう云う時西洋人は決闘する静子お兄さん。それなら西島さんのおっしやる通りにい たしましようか。 のだと思いました。又私は相川の体格検査をしてやりた 妹 いと思いました。しかしどんなにされても私達はどうす広次 のることも出来ない気がするのです。 静子私、それが一番いいかと思いますわ。 西島癈兵の金は。 広次それでもあまり虫がよすぎるからね。 そ 広次それは叔父の手に任せてあるのです、私の実印も、静子それでもそれより他、仕方がありませんわ。 的叔父に任せてあるのです。そうしてこの縁をこわせば私西島金の方の心配ならおよしなさい。明後日迄に三十円 達は叔父の家にはいられません。 だけはつくりましよう。君のかいた小説の原稿料として
高峰そんな奴が野村の妹をもらいたいと云うのか。 もならないのだからね。野村も自分は一人まえの人間じ ぶじよく 西島そうだ。恐ろしい侮辱だ。 ゃない、他人に慈善業をさせて生きてゆかなければな たくさん 高峰世間にはそんなことが沢山あるだろうね。 らないのだからたまらないと云っていたが、実際そう 西島それはあるだろう。しかし両方知っているだけに僕 だ。この問題がもう二三年あとに起ったならばまだどう は今更に恐ろしい気がした。それに野村だって今妹を奪にかしようがあったろう。今起ったのは少し無慈悲だ。 われるのはどんなに苦しいか知れやしない。妹がいれば高峰だけど、もう少し前に起ったらもっと可哀そうだっ こそ仕事が出来るのだからね。実際野村も云っていた が、妹がいるので生きていられたようなものだ。それに 西島僕はこう云うことも考えているのだ。僕が偶然行っ 今度の小説だって妹がいたから書けたのだ。それに妹が ている時にこの話が起ったのだろう。それは野村の運命 いなくなったらどんなに不自由かわかりはしない。 野村に僕が手をさえなければならないからではないかと思っ にとって妹は目であり、杖であり、唯一の相談相手であ たのだ。、 しくら考えても僕はあの妹を相川にやるのは不 り、唯一の喜びと悲しみを別つものだ。 服なのだ。僕が知らなければいい。知っていながら見す 高峰野村はその話を聞いてどうしたのだ。 見す野村の妹を相川にやるのはあまり意気地がなさ過ぎ 西島どうしたか、僕のいる時野村の妹がその話を聞いて るような気もするのだ。僕ももう三十三だ。二三年前の 来たのだ。そうしてそのことを云ったのだ。野村は随分僕ではない。どうかすれば金がとれないこともない。僕 おどろいたらしい。しかし妹がゆきたい処ならゆけと云 は助けられるものなら助けてやりたいと云う気もしてい るのだ。 っていた。しかし相手がいやな人間だと聞いた時、決し てゆくなと云った。しかし叔父さんが免職された時のこ高峰本当に助けられるものなら助けてやるといいのだ。 とを考えさせられた時、野村は目に涙をためて黙ってい西島処がいろいろ考えたが考えれば考える程心細くなっ た。 て来た。僕は兄から毎月五十円もらってくらしているの だ。僕は時々金もうけをするけれど、それは一カ月苦し 高峰さそっらかったろう。今の世は実際金の世の中だ。 金がなければどうすることも出来ない。 んでやっと三十九円六十銭なのだ。そうしてとった金は 西島本当だ。僕も今更に金の力と云うものの馬鹿に出来マイナスの方に消えてしまうのだ。僕の処へでも時々金 ないことを知った。どうにかなると云ったって、どうに の無心を云って来る人がある。僕は五円以上人にやれた っえ わか こ 0
四人はそとに出た。そして海岸を通って杉子を送って行 「だって野島さんがもっと大きいのを出すと思っていたの よ 杉子は野島にふいに話しかけた。 「それだってその札は野島さんがついさっきとったのよ。 あなたは・ほんやりして見ていなかったのね」 「野島さん、村岡さん御存知 ? 「ごめんなさいよ」 「芝居をかく、いっか仲田君ゃあなたと見にいった ? 」 皆笑った。野島はその時の杉子の表情を限りなく可愛く「ええ、あの方がお友達と鎌倉に来ていらっして、さっき ちょっと 思った。 一寸見えて、あなたのことを聞いていらっしてよ トラン・フは二時間程つづいた。野島は時間もその他のこ 「そうですか」 とも忘れて幸福になっていた。そして杉子のよろこぶ時は「あの方はこの二十九日にうちで芝居をするので、女優が 心からうれしかった。 ないから、私に出てくれとおっしやるのよ。早川さんの親 「もう帰らなければ」と杉子は不意に云った。 友で早川さんもおすすめになるの。ですけど私はなんだか 「まだいいじゃありませんか」 気まりがわるいのでお断りしようと思っておりますの」 あいづら 「いつまでいても限りがありませんから。それでは明日は「それは断った方がいいね」と野島は大宮に相槌を求め らようだい 是非来て頂戴ねー 「それは勿論、お断りになる方がいいでしよ」 「上ります , 「兄が野島さんや、大宮さんにきいてきめろと申しました 「それでは失礼しますわ」 の。それならお断りしますわ」 「そうお , 「それはお断りしなければ、私は杉子さんと絶交するわ。 杉子は大宮に礼を云った。 私、誰が嫌いだって村岡って云う人位嫌いはないの」武子 「其処まで皆で散歩しなくって」 は云った。 「してもいいよ」 「お送り下さらないでも」 「どうしてそんなに大嫌いなの」 いえ、お送りしてよ。散歩がてらに」 「だって嫌いだから仕方がないわ。あなたはあの人のかく 「恐れ入りますわ」 ものを嫌いにならなければ駄目よ 「遠慮すると怒ってよ」 「そんなら嫌いになりますわ」
332 でもある。そして各人協力して労力の負担を少なくし結とよりも有益なことである。 果を多くする為に頭も身体も資本もっかうべきである。 しかし先生、自分達の労働することを考えると考えも こんなことは自分が云う迄もないことだが、合理的の社のですよ。 会をつくる第一条件として必要だから述べる。しかしこ先生君はまだいいさ、身体がいいから。しかし僕なん じゅみよう う云う制度が実行される為には、各人が賢くなり、そし か、下手に労働を強いられたら寿命が縮まるし、自分の て共同の精神が発達する必要がある。教育の方針から段本職をする根気がなくなるだろう。しかし、それだけに 段そう云う風にかえてゆかなければならない。そして制 ある強迫観念を受けて、なお今の労働の分配の不公平を 裁が行きわたると同時に出来るだけ思いやりがゆきわた 思う。そして労働するのに不適当な人間をつくる今の教 らなければならない。そして動きのとれない法律ででは育の過失を知る。今、労働と云う言葉から受ける感じ ふぶんりつ なく、不文律で皆勇んでするのでなければならない。そと、今後の世界で労働と云う言葉のもっ内容とは、随分 して健康を尊重し、出来るだけ各自の才能を生かし、出違うにちがいない。我々は健全に人間らしい生活をする 来るだけ喜びを以って労働するように骨折らなければな為に労働が必要であると今云う人があっても、自分はそ らよ、。 れを認めるわけにはゆかない。自分は労働者を尊敬した い気さえしている、そして労働者は過度に労働をしてい 先生からそう云うお話は一度伺ったように思います。 先生もう何度も云ったかも知れない。しかしそう云う社るにかかわらず、わりに愉快に暮していると云うことを 認めるにしろ、今の労働者の労働を正しい、そして健全 会が出来る迄は社会上の不穏な空気は失われない。そし て若しこう云う議論に反対する人があれば、それは平等なものとは思えない。 わか と云うことを本当には知らない人だ。僕の考えが社会主先生、そんなことは判り切っています。 義に似ているかいないかそれは知らない。僕はこの主義先生それは判り切っている。しかし自分の云おうという ことをはっきりする為には、もう少しこの点をはっきり のことはまるで知らない。しかし兎も角自分の云ったこ とは当り前すぎる程、当り前のことで、もし人間の幸さしておきたい。自分の云いたいことは労働問題のこと ではない。人間が労働しない時間にはどう生きなければ 福、進歩、健全を望むなら、以上自分の云ったことは承 ならないかと云う問題だ。自分は人間としての本性の要 知しなければならない。 こまかいいろいろの面倒はある が、一日でも早くこの事を実行することは戦争をするこ求に従って、我々が最も人間らしい生活をするには、ど かく