西島 - みる会図書館


検索対象: 現代日本の文学10:武者小路実篤 集
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1. 現代日本の文学10:武者小路実篤 集

の。 らっしやったに違いありませんわ。 西島本当に見たのだね。 西島がなんだ。 芳子ええ。 芳子外の噂とはちがいますわ。 西島 西島お前は誰に聞いたのだ。 芳子そんな噂と云うものはすぐ伝わるものですわ。実家芳子そら。御覧あそばせ。 きんじよ の知っている人があの近処に住んでおりますのですよ。西島黙れ ! 野村の妹は相川の妻になることにきめたの 貴夫と静子さんが一緒に歩いているのを見たと云ってい ましたわ。私弁解しましたら笑われましたわ。 芳子私きっとそうだろうと思いましたわ。 西島笑う奴は笑うがいいさ。 西島お前にわかるかい。たった今きめたのだ。この俺が 芳子静子さんは貴夫の思っているような方ではなくって きめさしたのだ。野村の妹は俺のたよりにならないこと を知ったのだ。俺の最も恐れていたことが起ったのだ。 よ。静子さんは嘘つきですよ。 お前はそれを見て黙っていたのかい。 西島何が ? 芳子それだって走けていってとめることも出来ないじゃ 芳子叔父さんの家には足ぶみもしないとおっしやってい あなたこれ ありませんか。貴夫之からすぐ行って、とめていらっし らっしゃいましたわね。 やればいいわ。 ( 本棚のそばに行って本棚を見る ) 本をお売 西島それが嘘だと云うのかい。 りになったのね。 芳子嘘ですわ。 西島売った。 西島証拠があるのかい。 芳子いくらお売りになったの。 芳子ちゃんと見ましたわ。 西島二十五円だ。 妹西島本当に見たのかい。 芳子そのお金をどうなさって ? の芳子そんなことを嘘はっきませんわ。 西島何時見たのだい。 西島皆野村の妹にやった。 そ つもり 芳子たった今 ! 芳子まあ。うちはどうなさるお心算。 西島お前の方はどうだった。 西島今 ? とうとう行ったか。 芳子ちゃんと入る処を見ましたわ。今迄だって何度もい芳子だめでしたわ。

2. 現代日本の文学10:武者小路実篤 集

と力がわくのだ。俺は時々癇癪も起す。つまらぬことで広次そうか。 お前を泣かすこともする。俺は他の人には自分の憂さを静子本当に私どうしていいかわかりませんわ。 もらすことが出来ないのだからね。さあ泣くのはよして広次 ばあ ( 婆さん、登場 ) おくれ、お前が泣くと俺まで心細くなる。それは実際泣 きたくなることもあるだろう。俺でさえ時々どうしてい婆西島さんがいらっしゃいました。 いかまるでわからない時がある。西島がいてくれなかっ広次西島が来た ? お前は西島の処へ行ったのだろう。 たら実際どうすることも出来ない。西島は俺の心を知っ静子え。西島さんがいらっしやるわけはありませんわ。 ている。西島に世話になるのは心苦しいが、西島だから誰かのまちがいじゃなくって。 一方安心もする。西島が何かに書いていたが。・ しいえ。西島さまです。 はコローの世話になって、コローにだからこそ世話にな 広次お通しして下さい。 っても気がとがめないと云ったそうだが、俺も西島だか ( 婆さん退場 ) うわさ ら安心してたよれるのだ。いやな噂が立ったからと云っ広次何の用で今時分来たのだろう。 て、西島は世間の噂にまけるような男ではないからね。静子本当に変ですわ。 そうしてその内には俺にも力が出来るからね。心配する ( 西島登場 ) ことはないよ。 広次よく来て下さいました。 ちょっと 静子お兄さん。 西島一寸、散歩のついでにおよりしましたのです。 広次なんだ ? 広次さっきは妹が出まして。 静子西島さんはそう金持ではありませんのよ。 西島どういたしまして。 ( 静子の方を向き ) さっきは失礼し 妹広次それでも、毎月一一十円の金ならどうにかなるだろ ました。 ( 静子、顔をそむける ) の 静子そうもゆきませんのよ。西島さんは私達に下さる金西島君と二人だけで一寸お話したいことがあるのです そ をつくる為に本を片端から売っていらっしやるのよ。 、カ 芻広次それは本当かい。 広次それなら静ちゃん、下へいっておいで。 静子本当ですわ。 静子はい。 ( 黙って退場しようとする ) かんしやく

3. 現代日本の文学10:武者小路実篤 集

226 西島それが何んだ。 西島又あした。 芳子それだって私の留守に、すましてここへ上げるなん 静子 ( 退場しながら ) きっと二時ですよ。 て。貴夫は今日私が実家へゆくかと何度も念を押しにな 西島ええ。 ったわね。私の留守にわざとお呼びになったのではなく ( 西島送ってゆく。まもなく西島登場。障子の処から静子の後 って。そうでしよ。 姿を見送り、障子をしめ溜息をつき、机の上にうつぶす。暫 西島相談があったのだ。 らくして ) 芳子私が居てはいけない御相談。 西島おい。 西島お前がいれば野村の妹は遠慮するからね。 外よ、。 芳子おかしな方ですわね。 ( 女中登場 ) 西島何が。 西島かたづけてくれ。 芳子静子さんのことだとすぐお怒りになるのね。 女中はい 西島お前が角のあるものの云い方をするからさ。 ( 女中かたづけて退場 ) 西島 ( 独言 ) ああ俺は馬鹿だ、馬鹿だ。思いちがいしてい芳子それでも女は女同士で相談するのがあたりまえです わ。 た。 ( 髪毛をかきむしり ) 許して下さい。彼女の運命に狂い がないように。 ( 沈黙、不意に頭をかきむしる。不意にやめ西島女が女同士相談が出来るかい。まして細君になって いる女と。 る。芳子登場 ) ただいま 芳子細君のある男の方と話するのがなお可笑しいわ。へ 芳子唯今。 んな噂があるって実家の父や母は心配しておりました 西島大変早かったね。 わ。 芳子ですけど丁度いい時に帰って来たのでしよ。 西島どう云う噂だ。 西島何を云うのだい。 芳子云うとお怒りになるから云いませんわ。 芳子もっと早かったらお怒りになるでしよ。 めかけ 西島野村の妹が俺の妾だと云うだろう。誰に聞いたの 西島 芳子今迄、誰がこので新夫とさし向いにな「ていたか 芳子御存知なの ? 知ってて静子さんも貴夫も平気な 知っていますよ。 うわさ

4. 現代日本の文学10:武者小路実篤 集

西島なりません。 わ。 ひとこと 西島本当にもう決してしません。許して下さい。一言許 静子奥さまは何時お帰りになるの。 すと云って下さい。本当にとりかえしのつかないことを 西島夕方でしよう。 しました。 静子朝からいらっしたの。 しようじ 静子障子をあけて下さい 西島ええ、十一時頃でした。 西島はい。 ( 障子をあける ) 静子それならもうお帰りになるかも知れませんわね。 ( 沈黙 ) 西島大丈夫です。 静子それでもお留守に上ってお留守に帰るのは変で御座静子明日の午後一一時に来て下さい 西島上ってもよろしいのですか。 いますわね。 西島それでも宿守に来て、留守に帰ることがあるのです静子二時よりあまり早くってはいけません。二時よりあ まりおそくってもいけません。 から仕方がありません。 西島ええ。時計を見てちゃんとその時分に上ります。 静子私は本当にどうしたらいいのでしよう。 西島 ( 歩きまわ 0 ていたが、充血した目をして、静子に近づき ) 静子うちの前に立ち止っていらっしたり、うちの前を行 ったり来たりなさっては困りますよ。 すべて僕にまかせて下さい。 ( 静子の肩に手をかけ、接吻し 西島しません。 ようとする ) 静子それならお暇します。 静子 ( 驚いて立ち上り ) 何をなさるの。 西島之をもって帰って下さいませんか。 西島 めかけ 静子あなたは矢張り私を妾にしようと思っていらっしゃ静子いりません。 西島どうしても許して下さらないのですか。 妹るのね。本当に恐ろしい方ですわ。 ( 静子黙って金をとる ) の西島 ( 良心に恥じて ) 許して下さい。許して下さい。決し つもり 西島 ( 嬉しそうに ) 許して下さったのですね。 そてそう云う心算ではなかったのです。 ( 静子西島の手を握り ) 静子どっちにしろ、同じことですわ、私帰りますわ。 うつむ 静子私を憎まないで頂戴よ。 ( 急に身を転じ俯向く ) さよな 西島怒っていらっしやるの。 静子怒ってはしませんわ。ですけど悲しい気がしますら。 これ 、とま

5. 現代日本の文学10:武者小路実篤 集

静子ありがとう。奥さまは ? 西島おかくしになったので。 女中実家へいらっしゃいました。 静子何を ? 静子そうですか。 西島雑誌に評が出ていたことや何んかを。 女中きっと旦那さまはもう帰っていらっしやるでしょ 静子 しいえ。まだ兄は知りませんですよ。 西島 しいえ。御存知ですよ。こないた二人で話したこと ( 女中退場、静子障子をあけ外を見たが、耐え切れずにしのび を野村君は皆聞いていらっしたのですよ。 泣く。急に気をとりなおし、涙をふく。まもなく西島登場 ) 静子皆 ? 私には聞かないふりしておりますよ。私もそ 西島どうも失礼しました。 ( 駆けて来たらしく息がせわしい ) うかとも思いましたわ。あとで。 静子たった今上った処です。 西島野村君は元気ですか。 西島そうですか。 静子何んだか淋しがっています。頭をこわしたらしいの 静子高蜂さんがいらっしたのですって ? です。 西島ええ。 西島それは御心配ですね。あんまり無理をなさるから。 静子いついらっしたの。 静子本当に。ですが無理もしたくなるでしよう。あなた 西島一時頃でした。 も今日は神経質な顔をしていらっしてね。 静子早くお帰りになったのね。 西島そうですか、僕はわりに元気です。 西島帰ってもらったのです。 ( 風が少しふきこむ ) 静子私がくるからとおっしやって ? 西島寒くはありませんか。 西島ええ。 静子 しいえ、別に しようじ 妹静子あなたは正直な方ね。 西島障子をしめてよろしいか。 の西島それでも相手が高峰ですからね。かくすのは気がひ静子ええ。兄は今日私があなたの所へ上るのを心配して おりました。 そけます。 静子先日は失礼しました。 西島なぜです。 ( 障子しめに立ちながら ) 西島僕の方こそ。 静子な・せですか、私にもよくはわかりませんの。兄はこ 静子あとで兄におこられましたわ。 の頃よく私のことを心配しますの。病気になってはいけ

6. 現代日本の文学10:武者小路実篤 集

( 一一人ふと手を握りあう ) 西島十円の本だったと思います。書いてあるでしよう。 静子 ( 小声で ) 近い内に一一人だけでお話したいと思います古本屋 ( 本をしらべ ) ええ書いてあります。十円です。四 円にいただきましよう。 が、御都合のいい時をお知らせ下さい 西島 ( 小声で ) お知らせしましよう。 ( 普通の声で ) さよな西島 ( 又一冊を出してくる ) これは二円の本です。 ら。 古本屋それなら八十銭に戴いておきましよう。 静子さよなら。 西島全体で一一十五円三十銭になりますね。 広次さよなら。 古本屋ええそうです。 ( 西島退場。一寸沈黙 ) 西島それなら今日はそれだけにしましよう。 広次なぜお前はあんなものの云い方をするのだい。 古本屋ありがとうございました。 静子それでも、それでも、気が狂いそうだったのですも ( 蟇口を出し金をとり出し勘定する ) の。あんまりですわ。 ( 泣く、広次も涙ぐむ ) ( 女中登場 ) 女中高蜂さんがいらっしゃいました。 西島お通ししてくれ。 女中はい。 ( 退場 ) 第四幕 古本屋それならばこれで二十五円と三十銭で御座いま す。 西島たしかに。 西島の室 古本屋 ( 本をつつみ ) それならば本を戴いてゆきます。 妹 西島どうか。 ( 第一一幕に同じ、ただ本棚に白い布がかぶせてある ) ( 高峰登場、会釈して古本屋退場 ) の西島皆でいくらになります。 西島 ( 坐ったまま ) 失敬。 そ古本屋皆で二十円五十銭です。 西島そうですか。 ( 本棚をしらべて三四の本の選択に迷ったあ高峰 ( 坐りかけながら ) 失敬。 これ しば とで大きい本一冊とる ) 之を加えるといくらになります。西島暫らく逢わなかったね。こないだ不在に来てくれた そうだけれど失敬した。明日頃でも行こうかと思ってい 古本屋いくらの本ですか。 がまぐち

7. 現代日本の文学10:武者小路実篤 集

210 静子兄は、ここがやすかったので気に入ったのです。私 静子本当にあなたがそんな悪口を云われたのですか。 うち 西島ええ。「小さき超人ーと云う小説でした。 も気に入ったのです。ここからあなたのお家の屋根が一 静子あれがですか。私はあれを兄によんで聞かせて二人寸見えます。 ししものだと兄は感心し切っておりま西島そうですか。 で泣きましたわ。、、 したわ。 静子あすこの一・一階家のうしろに一寸屋根が見えますね。 西島批評家は頭から本ものを見ると疑ってかかるので西島ええ。 す。そんなにいい ものがこの世にころがっているわけは静子あれがあなたのお家です。 ないと頭からきめてかかっているのですからたまりませ西島本当にそうですね。あの二階家が僕の家のすぐ向う ん。 にある家です。 静子あなたのお話を伺って安心しましたわ。兄はこの頃静子私は、来た時からそうではないかと思っていました し切りにあせっております。 が、二三日前に本当にそうだと云うことを知りました。 西島それはさそおあせりになるでしよう。しかし気永に西島よくわかりましたね。 やるより仕方がありません。二三年は反響がない覚悟で静子それはわかりますわ。 なければ。 西島ここは中々見はらしがよろしいね。 静子兄は、あなたのお世話になっているのをし切りに気静子ええ。 ( 一寸沈黙 ) もう兄を起しましようか。 にしております。 西島僕はかまいません。 西島それはいけません。充分なことは出来ませんけど、静子本当に、いろいろお世話になりましたわね。 そのことは安心して下さい 西島 そむ 静子私はあなたにおすがりして親舟に乗っているような静子兄も、早くいいものをかいて、あなたの御信用に背 気でおりますのですけど。 かないことがしたいと、申していましたわ。 西島あんまりいい親舟でもありませんけど。このはお西島そうですか。 うるさくはありませんか。 静子あなたは鴨居に頭がおとどきになりますわね。 そうじ かみのけ 静子 西島ええ。髪毛で鴨居の掃除が出来ます。 静子本当にね。あの時、あなたが来て下さらなかった 西島もっといい室がありそうなものですが。 っと ちょ

8. 現代日本の文学10:武者小路実篤 集

る人がいましたら。妻の代理をつとめるいい人がおりま な。相川の処へゆけとおっしやっても私はお恨みはいた したら。 しませんわ。 西島万一、そう云う人がいましたら。 西島あなたはもう私の世話になるのはいやなのですか。 静子あなたは私がいる為に兄を有望だとおっしやるので そうしてお兄さんはどうなさります。 はありませんわね。 静子本当にこの頃のようでしたら。 西島決してそんなことはありません。 西島あなたは僕に力がないのをびつくりしたのでしよ。 静子そんなことはありませんわ。ですけれど私の思って静子私が居なくっても金を出して下さいますか。 西島あなたがいないとは。 いるよりは、 ( 徴笑み ) 金持ではおありにならないのね。 西島僕はまだ捨て身にはなりません。まだ力を出し切り静子仮定で御座いますわ。 はしません。金だってまだとれる余裕があります。 西島あなたが兄をたのむと一ことおっしやったら。 静子それならなぜ本をお売りになるの。 静子そう申しませんでしたら。 西島一番簡単ですから。そうしてなくなってもちっとも西島 仕事に差支えがないのですから。 静子御免遊ばせ。 静子本を書いた方がそんなことを聞いたら怒るでしよう西島 ( ふところから紙づつみを出し ) これだけ今日持って帰 ね。 って下さい ( 蛇足。以上西島の会話は立ったり坐ったりして話されたもの 西島怒りはしません。 ひばし ひばら と思って下さい。静子は火鉢によって火箸をいじりながら独 静子へんなことを聞きますが、あなたは兄の為に金を出 言するように云っていると思って下さい。今西島は又立って して下さるの ? 私の為に金を出して下さるの ? 歩いていると思って下さい ) 西島両方です。 静子私、もっとさきが聞きたい気もしますけど、本当は静子 ( 受けとり ) ありがとう御座います。 ( それを見す自分 のわきにおく ) 聞いてはいけないことですわね。ですが、兄はものにな ( 沈黙 ) りますわね。 西島あなたさえわきに居れば。 静子私、こうやっていますと、本当に気が落着きます 静子私がいなくったってものになるでしよ。もし筆記すの。御邪魔にはなりませんわね。

9. 現代日本の文学10:武者小路実篤 集

男だからね。だけどしまいには承知しなければならない をやとうことも出来ないだろうし、読んでほしい本をよ 、そうろう だろうと思うのだ。野村は叔父の処に半分食客になって 网んでもらうことも出来ないからね。 いるのだからね。 芳子妹さんはこの画に似ていますか。 おとな これ 西島之よりは大人らしくなっているが、よく似ている。芳子野村さんのお父さんやお母さんは ? れ、 西島もう両方ともいないのだ。 芳子それでは綺畆でしようね。 芳子それでは随分お困りでしようね。 西島まあ綺麗な方だ。 西島お前が野村の妹だったら相川の処へゆくかえ ? 芳子それでは行った甲斐がありましたね。 芳子あんな人の処はまっぴらですわ。見た処から浅薄な 西島馬鹿 ! 顔しているのですもの、それにあんな下品な顔は閉ロで 芳子ですが、およめにゆくのではお困りでしよ。 西島それがどんな処へゆくのだと思っている。先日芝居すわ。 の帰りに電車にのった時、俺の前に酒に酔って居眠りし西島お前がもしあの人にどうしてもゆかなければならな かったらどうする ? ている奴がいたろう。いやな顔した。 芳子逃げますわ。 芳子道楽者らしい 西島俺は道々考えた。あんな男の細君になるよりは淫売 西島俺が相川三郎と云うのらくらものだと云ったろう。 芳子ええ。 婦になる方がいいと思ったよ。まだ自由があるからね。 ところ ああ云う奴と一生一緒にいると云うことはたまらないこ 西島その人の処へゆくかも知れないのだ。 とだ。 芳子どうしてです。 西島あいつのお父さんのやっている会社に、野村の叔父芳子本当にそうですよ。 さんが出ているのだ。野村の叔父さんと云うのはあんま西島野村の妹もとんでもない奴に見こまれたものだ。 り働きのない奴らしいのだ。それで相川のお・ほしめしに芳子どうにかならないでしようか。あの人を見なければ そうも思いませんが。少し御気の毒ですわね。 そむくと、職を失うかもしれないのだ。それで是非野村 の妹を相川の三郎にやりたく思っているらしいのだ。 西島野村が目をあいていたらどうにか出来たろう。しか しどうせゆくものなら目が見えない方が野村にとって仕 芳子野村さんはそれを承知なさっているのですか。 合かも知れない 西島承知はしないさ。いくら盲目になったって、野村は へいこう

10. 現代日本の文学10:武者小路実篤 集

192 から随分苦しまなければならない。 て戴けるとありがたいとかいてあるのだ。僕はおどろい てすぐ小説をよんで見た。野村の妹がかいたにちがいな 芳子何をしても随分大変ですわね。 込れい 。綺麗に清書してあった。僕はよんで泣いてしまっ 西島当人になれば又決心がちがうだろうが、はたで見る と心配なものだ。 高峰よくかけているかい。 芳子誰かいらっしゃいましたわ。 西島高峰夫婦が来たのだろう。 西島まだむらはあるけれど、野村の気持はよくわかる。 芳子 ( 窓からそとを見 ) そうですよ。 自分のことがかいてあるのだ。妹の大きい画をかいてい る時に召集されたことや、盲目になって家に帰って来 西島くるだろうと思っていた。 ( 窓にゆき声かける ) お かんしやく て、癇癪を起して画をやぶくことや、妹達にどなりつけ ることや。絶望して死にかけることなそが書いてあっ ( 一一人退場、間もなく西島と高蜂一一人登場 ) た。君のことも少しかいてあった。 西島君がくるだろうと思っていた。 高峰なんて ? 高峰旅行はどうだった。 西島別に面白いこともなかった。それより今日面白い人西島君がいい画をかいたと云うことを聞いて心細く思う ことがかいてあった。 にあった。 高峰綾子のことは ? 高峰誰に ? 西島別に君の細君のことはかいてなかった。しかし細君 西島野村に。 の簡単な画をかいていたつけ。 高峰野村 ? 盲目の ? 高峰画をかいていた ? 西島ああ。 西島どうせ目が見えないのだから簡単な画きりかけない 高峰どうして ? けき るす 西島昨日遅く帰って来たので今朝、不在に来た手紙を見らしいが、自分の顔や、妹の顔もかいてあったつけ。目 ゃなんかの位置が少し狂ってはいたが、中々似ていた。 ていたのだ。すると女の手の手紙があるのだ。見ると野 村広次拝とかいてあるのだ。僕ははっとした。野村の妹高峰妹は中々綺麗になったろう。 ・、、いたのだなと思ったのだ。僕はすぐ封をあけてよん西島ああ。随分綺麗になっている、身なりはかまわない だら簡単に小説をかいたから見てくれ、もし雑誌にのせけれども。 おそ