334 しばしさへ心をどりの カこめ石を投ぐれば 目にうつり遠きしじまの こずゑ 谷の木の梢にみだれ せつなくも上げし吹雪や 秋の海 浜づたひたづね来て その住居見いでたり 菜畑と松の林に囲まれて 人遠くつつましき家のほとりに わが友の立てる見ゅ 昨日妻を葬りしひと あした 朝の秋の海眺めたり われがためには心たけき 道のまなびの友なりしが はしづま 家にして長病みのその愛妻に 年頃のみとりやさしき君なりしとふ はふ なが こと その言やまことなるらむ 海に向ひて立つひとの けさの姿のなっかしゃ 思はずも涙垂るれば かなしみいはむと来しわれに かがやきしかの海の色かな 述懐 * たいせうなうたい 大詔奉戴一周年に当りてひとの需むるまゝに * ぶる 千早振神代にそきく かの天の岩戸びらきを さながらに おみことのり 大詔 すがしさに得堪へで泣きて あした いただきし朝をいかで 忘れ得む ひととせももとせ この一年の百年なりとも みことのり一度われらかかぶりて 戦ひの時の移りに などてせむ一喜一憂 木枯のその吹きかはる風のまま まろぶ木の葉をまねむやは
愉快な小鳥は胸をはって ふたたび情緒の調子をかへた。 うったう めいさう ああ過去の私の鬱陶しい瞑想から環境から どうしてけふの情感をひるがヘさう かってなにものすら失ってゐない 人生においてすら。 人生においてすら私の失ったのは快適だけだ ああしかしあまりにひさしく快適を失ってゐる。 悪い季節 薄暮の疲労した季節がぎた どこでも室房はうす暗く 慣習のながい疲れをかんずるやうだ 雨は往来にびしよびしよして 貧乏な長屋が並んでゐる。 猫こんな季節のながいあひだ . つくは・、 ぼくの生活は落魄して ひどく窮乏になってしまった 青 家具は一隅に投げ倒され 冬の埃の薄命の日ざしのなかで 蠅はぶむぶむと窓に飛んでる。 ほこり こんな季節のつづく間 ほくのさびしい訪問者は 老年のよ・ほよましこ をナいつも白粉くさい貴婦人です。 ああ彼女こそ僕の昔の恋人 古・ほけた記憶のかあてんの影をさまよひあるく情慾の影 の影だ。 こんな白雨のふってる間 どこにも新しい信仰はありはしない 詩人はありきたりの思想をうたひ 民衆のふるい伝統は畳の上になやんでゐる ああこの厭ゃな天気 日ざしの鈍い季節 ただら ・ほくの感情を燃え爛すやうな構想は ああもうどこにだってありはしない。 遺伝 人家は地面にへたばって くも おほきな蜘蛛のやうに眠ってゐる。 さびしいまっ暗な自然の中で 動物は恐れにふるヘ おしろい
329 夏花 うた 、日ま貝ひ出さぬ、 未だる , を口 が流れはときどきチカチカ光る。 ぎよりん それは魚鱗 ? なんだかわたしは浮ぶ気がする、 けれど、さて何を享ける ? ′、じゃく 孔雀の悲しみ動物園にて 蝶はわが睡眠の周囲を舞ふ くるはしく旋回の輪はちぢまり音もなく はや清涼剤をわれはねがはず 深く約せしこと有れば ねむ かくて衣光りわれは睡りつつ歩む 散らばれる反射をくぐり : 玻璃なる空はみづからへずして 聴けーわれを呼ぶ 夏の嘆き くさむら てあし われは叢に投げぬ、熱き身とたゆき手足を。 されど草いきれは わが体温よりも自足し、 やくうち わが脈搏は小川の歌を乱しぬ。 なかそら 夕暮よさあれ中っ空に はや風のすずしき流れをなしてありしかば、 かさゝぎ 鵲の飛翔の道は ゆるやかにその方角をさだめられたり。 あゝ今朝わが師は ぶだうしよく かの山上に葡萄を食しつつのたまひしか、 われ縦令王者にえらばるるとも 格別不思議に思はざるべし、と。 疾駆 われ見てありぬ あした 四月の晨 とある農家の うまやぐち 厩ロより ひき 曳出さるる 三歳駒を 馬のにほひは たとひ
殺人事件 とほい空でびすとるが鳴る。 またびすとるが鳴る。 ああ私の探偵は玻璃の衣裳をきて、 こひびとの窓からしのびこむ、 床は晶玉、 ゅびとゆびとのあひだから、 まっさをの血がながれてゐる、 したい かなしい女の屍体のうへで、 つめたいきりぎりすが鳴いてゐる。 しもっき上旬のある朝、 探偵は玻璃の衣裳をきて、 まちょっつじ 街の十字巷路を曲った。 十字巻路に秋のふんすゐ、 はやひとり探偵はうれひをかんず。 る え にみよ、遠いさびしい大理石の歩道を、 くせもの 月 曲者はいっさんにすべってゆく。 はじめ 盆景 春夏すぎて手は琥珀、 瞳は水盤にぬれ、 石はらんすゐ、 * うれ いちいちに愁ひをくんず、 みよ山水のふかまに、 ほそき滝ながれ、 滝ながれ、 ひややかに魚介はしづむ。 雲雀料理 ささげまつるゆふべの愛餐、 燭に魚蝋のうれひを薫じ、 いとしがりみどりの窓をひらきなむ。 あはれあれみ空をみれば、 さつぎはるばると流るるものを、 ひばりさら 手にわれ雲雀の皿をささげ、 いとしがり君がひだりにすすみなむ。
いまははた、その日その草の、 何方の里を急げるか、何方の里にそよげるか ? すずやかの、音ならぬ音は呟き 電線は、心とともに空にゆきしにあらざるか ? かげ 町々は、あやに翳りて、 厨房は、整ひたりしにあらざるか ? 過ぎし日は、あやにかしこく、 うたがひ その心、疑惧のごとし。 さはれ人けふもみるがごとくに、 子等の背はまろく 子等の足ははやし。 ・ : 人けふも、けふも見るごとくに。 女よ 詩 女よ、美しいものよ、私の許にやっておいでよ。 刊 未笑ひでもせよ、嘆きでも、愛らしいものよ。 妙に大人ぶるかと思ふと、すぐまた子供になってしまふ 女よ、そのくだらない可愛いい夢のままに、 私の許にやっておいで。嘆きでも、笑ひでもせよ。 ちうばう っふや どんなに私がおまへを愛すか、 それはおまへにわかりはしない。けれどもだ、 さあ、やっておいでよ、奇麗な無知よ、 ひしう おまへにわからぬ私の悲愁は、 おまへを愛すに、かへってすばらしいこまやかさとはなる のです。 さて、そのこまやかさが何処からくるともしらないおまへ ま、 欣び甘え、しばらくは、仔猫のやうにもれるのだが、 やがてもそれに飽いてしまふと、そのこまやかさのゆゑに ておま〈は憎みだしたり疑ひ出したり、つひに私に叛く ゃうにさへもなるのだ、 おゝ、忘恩なものよ、可愛いいものよ ! おゝ、可愛いし ものよ、忘恩なものよ ! 幼年囚の歌 ひど こんなに酷く後悔する自分を、 それでも人は、苛めなければならないのか ?
326 やがて子供は見たのであった、 礫のやうにそれが地上に落ちるのを。 あふむ 燈台の光を見つつ そこに小鳥はらく / 、と仰けにね転んだ。 くらい海の上に燈台の緑のひかりの 夜の葦 何といふやさしさ 明滅しつつ廻転しつつ せつな いちばん早い星が空にかがやき出す刹那はどんなふうだおれの夜を らう ひと夜彷徨ふ それを誰れがどこで見てゐたのだらう さうしておまへは とほい湿地のはうから闇のなかをとほって葦の葉ずれのおれの夜に 音がきこえてくる いろんないろんな意味をあたへる あふぎみ そしていまわたしが仰見るのは揺れさだまった星の宿り嘆きゃねがひやの いひ知れぬ あゝ嘆きゃねがひや何といふやさしさ 最初の星がかがやぎ出す刹那を見守ってゐたひとは いつのまにか地を覆うた六月の夜の闇の余りの深さに驚なにもないのに おれの夜を ひと夜 あたりを透かし見まはしたことだらう そしてあの真暗な湿地の葦はその時きっとその人の耳燈台の緑のひかりが彷徨ふ へと とほく鳴りはじめたのだ おは ころ
往くものは荷物を積みて馬を曳き このすべて寒き日の平野の空は暮れんとす。 広瀬 広瀬川白く流れたり 時さればみな幻想は消えゆかん。 われの生涯を釣らんとして 過去の日川辺に糸をたれしが ああかの幸福は遠きにすぎさり め ちひさき魚は眼にもとまらず。 利根の松原 日曜日の昼 かいぎやく ま草にあふれたり。 わが愉快なる諧謔を 芽はまだ萠えざれども 少年の情緒は赤く木の間を焚き 友等みな異性のあたたかき腕をおもへるなり。 ああこの追憶の古き林にきて ひとり蒼天の高きに眺め入らんとす いづこぞ憂愁ににたるものきて さうてん なが ひそかにわれの背中を触れゆく日かな。 いま風景は秋晩くすでに枯れたり われは焼石を口にあてて つばき しきりにこの熱する唾のごときものをのまんとす。 公園の椅子 人気なき公園の椅子にもたれて はげ われの思ふことはけふもまた烈しきなり。 こきゃう いかなれば故郷のひとのわれに辛く たねか かなしきすももの核を噛まむとするそ。 遠き越後の山に雪の光りて 麦もまたひとの怒りにふるヘをののくか。 あざ われを嘲けりわらふ声は野山にみち 苦しみの叫びは心臓を破裂せり。 、か ~ 、・は、かり・・ つれなきものへの執着をされ。 っちふ ああ生れたる故郷の土を蹈み去れよ。 われは指にするどく研げるナイフをもち 葉桜のころ ふくし ) さびしき椅子に「復讐」の文字を刻みたり。 おそ
くらいくらい野の上を 星の花をくぐって 夜の停留所で 室内楽はビタリとやんだ 終曲のつよい熱情とやさしみの残響 いつの間にか おれは聴き入ってゐたらしい だいふ 楽器を取り片づけるかすかな物音 何かにのふれる音 そして少女の影が三四大きくゆれて ゆっくり一つ一つ窓をおろし それらの姿は窓のうちに しばらくは動いてゐるのが見える と不意に燈が一度に消える 以あとは身にしみるやうに静かな 」ただくらい学園の一角 阪あゝ無邪気な浄福よ 目には消えていまは一層あかるくなった窓の影絵に そっとおれは呼びかける おやすみ さんし 無題 だあれもまだ来てゐない 机も壁もしんとつめたくて すみ 部屋の隅にはかげが沈んでゐる じぶんのにこしかけて 少女は机のうへの福の花に さはってみる 時計が誰のでもない時をきざむ 何とはなしに手洗所にいく そこのしろい明るさのなかに じぶんの顔がかがみの奥にゐて 素直にこちらを見る そのかほをガラス窓につけると 大川が寒い家並の向ふで もや こいい靄をたてて * すすかけ こぶこぶの鈴懸の列が ねむたさう ふいに「春が来るんだわ」 とわけもなく少女は思ふ すると くすんとそとの景色がわらって
さかしをとめ 賢い少女の黒髪と、 かうべなっ 慈父の首と懐かしい : 春は土と草とに新しい汗をかゝせる。 その汗を乾かさうと、雲雀は空に隲る。 瓦屋根今朝不平がない、 長い校舎から合唱は空にあがる。 あゝ、しづかだしづかだ。 めぐり来た、これが今年の私の春だ。 むかし私の胸搏った希望は今日を、 職めしい紺青となって空から私に降りかゝる。 うけ そして私は呆気てしまふ、・ハ力になってしまふ ささなみ ーー・かげの、 月》月 . か銀か , 少波か ? の藪かげの小川か銀か小波か ? 日 し ねこくび 大きい猫が頸ふりむけてぶきっちょに 在 一つの鈴をころばしてゐる、 一つの鈴を、ころばして見てゐる。 ひばり あが 春の日の歌 、き嬌羞よ、 ながれてゆくか空の国 ? 心もとほく散らかりて、 ヱヂプト煙草たちまよふ。 ながれ うれ 流よ、冷たき憂ひ秘め、 ながれてゆくか麓までも ? まだみぬ顔の不可思議の のんど 咽喉のみえるあたりまで : 午睡の夢のふくよかに、 野原の空の空のうへ ? うわあうわあと涕くなるか 黄色い納屋や、白の倉、 水車のみえる飛まで、 ながれながれてゆくなるか ? ひるね なや
くつおと・ わたしは別れもはや遠くあなたの沓音を聴かないだら * たうり 桃李の道 悲しみしのびがたい時でさへも 老子の幻想から ああ師よー私はまだ死なないでせう。 聖人よあなたの道を教へてくれ 風船乗りの夢 繁華な村落はまだ遠く こうし かすみ 鶏や犢の声さへも霞の中にぎこえる。 くさむら 夏草のしげる叢から 聖人よあなたの真理をきかせてくれ。 あんす ふはりふはりと天上さして昇りゆく風船よ 杏の花のどんよりとした季節のころに 籠には旧暦の暦をのせ ああ私は家を出でなにの学問を学んできたか はるか地球の丑午を越えて吹かれ行かうよ。 むなしく青春はうしなはれて ゃうり・ 4 ・ かきか 恋も名誉も空想もみんな楊柳の牆に涸れてしまつばうばうとした虚無の中を 雲はさびしげにながれて行き た。 草地も見えず記憶の時計もぜんまいがとまってしまっ 聖人よ るなか こ 0 日は田舎の野路にまだ高く はたうた どこをめあてに翔けるのだらう 村村の娘が唱ふ機歌の声も遠くきこえる。 むな さうして酒瓶の底は空しくなり 聖人よどうして道を語らないか まぼらし 以あなたは黙しさうして桃や李やの咲いてる夢幻の郷で酔ひどれの見る美麗な幻覚も消えてしまった。 しだい ~ こ下界の陸地をはなれ 」ことばの解き得ぬ認識の義を追ふか。 うれ 愁ひや雲やに吹きながされて 青ああこの道徳の人を知らない 昼頃になって村に行き 知覚もおよばぬ真空圏内へまぎれ行かうよ。 はうちゅうすわ がすたい あなたは農家の庖廚に坐るでせう。 この瓦期体もてふくらんだ気球のやうに ふしぎにさびしい宇宙のはてを さびしい路上の聖人よ とり かご びん