消え - みる会図書館


検索対象: 現代日本の文学 17 萩原朔太郎 中原中也 伊東静雄 立原道造集
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1. 現代日本の文学 17 萩原朔太郎 中原中也 伊東静雄 立原道造集

赤松の林をこえて、 くらきおほなみはとほく光ってゐた、 ゑちご このさびしき越後の海岸、 しばしはなにを祈るこころそ、 ゅふげ ひとりタ餉ををはりて、 海水旅館の居間に灯を点ず。 孤独 ~ の白っ・ほい道ばたで、 つかれた馬のこころが、 ひなた ひからびた日向の草をみつめてゐる、 ななめに、しのしのとほそくもえる、 ふるヘるさびしい草をみつめる。 田舎のさびしい日向に立って、 おまへはなにを視てゐるのか、 ふるヘる、わたしの孤独のたましひょ。 このほこりつ。ほい風景の顔に、 うすく涙がながれてゐる。 白い共同椅子 森の中の小径にそうて、 まっ白い共同椅子がならんでゐる、 くぢら浪海岸にてそこらはさむしい山の中で、 たいそう緑のかげがふかい、 あちらの森をすかしてみると、 そこにもさみしい木立がみえて、 上品な、まっしろな椅子の足がそろってゐる。 田舎を恐る ゐなか わたしは田舎をおそれる、 ひとけ 田舎の人気のない水田の中にふるヘて、 ほそながくのびる苗の列をおそれる。 くらい家屋の中に住むまづしい人間のむれをおそれる。 田舎のあぜみちに坐ってゐると、 おほなみのやうな土壌の重みが、わたしの心をくらくす る、 土壌のくさったにほひが私の皮膚をくろずませる、 冬枯れのさびしい自然が私の生活をくるしくする。 なみ こみち す

2. 現代日本の文学 17 萩原朔太郎 中原中也 伊東静雄 立原道造集

412 お前の身体が北の岸に触れる村で 昔の私が私を待ってゐると教へてくれ 私の旅はもう長い私の羽根はくたびれた 海よお前の掌は私を追ふ鞭を持ってゐるぎりだ お前は青いはてしない私の羽根とすれずれに お前は波立ちてゐる 夜をこえ望みをこえ夢をこえ 私はどこへ行くのだらう海よ 教へてくれ北の村で昔の私がやさしい朝と一しょに 私の着くのを待ってゐると教へてくれ ふきっ お前は波立ち呟いてゐるそれが私には何だか不吉な裏切 りを海よお前がしてゐるやうだ 私の羽根はもうくたびれた 私はどこへ行くのだらう海よ お前は大きくお前はむごく意地悪だ 静物 堡塁のある村はづれで 広い木の葉が揺れてゐる はうるる むち 曇った空に道は轣き 曲ると森にかくれた森には いりくんだ枝のかげが煙のやうだ 雲が流れ雲が切れる かがやいてとほい樹に風が移る 僕はひとり森の間から まるい石井戸に水汲む人が見えてゐる 村から鶏が隝いてゐるああ一刻夢のやうだ 一日は : 揺られながらあかりが消えて行くと かもめ 鷦のように眼をさます 朝真珠色の空気から よい詩が生れる きげん 天気のよい日機嫌よく笑ってゐる

3. 現代日本の文学 17 萩原朔太郎 中原中也 伊東静雄 立原道造集

づまりかへってめいめいの時間を生きてゐたから。 お聞き春の空の山なみに すなほな物語をとざしたきり、たったひとりの読む人もお前の知らない雲が焼けてゐる明るくそして消えなが なく。骨に暦を彫りつけて。 ら なくなった明るい歌と、その上にはてないばかりの空とほい村よ と。ことづけ。 墓の上にはかういふ言葉があった 僕はちっともかはらずに待ってゐる たのしかった日曜日をさがしに行った あの頃も今日もあの向うに 木枯しと粉雪と僧院に捕へられた かうして僕とおなじゃうに人はきっと待ってゐると それきりもう帰らなかった。 一生黙って生きてゐた人、ここに眠る。 やがてお前の知らない夏の日がまた帰って 僕は訪ねて行くだらうお前の夢へ僕の軒へ つばめ あのさびしい海を望みと夢は青くはてしなかったと 燕の歌 春来にけらし春よ春 燕の歌 0 まだ白雪の積れども ーー草枕 朝をこえ夜をこえ望みをこえ 他 天色にひとりぼっちに僕の夢にかかってゐる 私はどこへ行くのだらう海よ せとほい村よ 私の羽根はもうくたびれた 海よお前の掌は私を止らせてくれはしない に あの頃ぎぼうしゆとすげが暮れやすい花を咲き 羊が啼いて一日一日過ぎてゐた 私はいっか信じてゐた北の村には やさしい朝でいつばいであった 昔の私が待ってゐるとさうかしら 海よお前は教へてくれきっと知ってゐるから たづ

4. 現代日本の文学 17 萩原朔太郎 中原中也 伊東静雄 立原道造集

180 かのふるぎ待たれびとありゃなしゃ。 いにしへの日には鉛筆もて おしま 購干にさへ記せし名なり。 二子山附近 われの悔恨は酢えたり たんぼば さびしく蒲公英の茎を噛まんや。 あみち ひとり畝道をあるき つかれて野中の丘に坐すれば てうばう なにごとの眺望かゆいて消えざるなし。 たちまち遠景を汽車のはしりて どうう われの心境は動擾せり。 才 町 空に光った乢 それに白く雪風 このごろは道も悪く 道も雪解けにぬかってゐる。 わたしの暗い故郷の都会 ならべる町家の家並のうへに ひのみやぐら かの火見櫓をのそめるごとく はや松飾りせる軒をこえて 才川町こえて赤城をみる。 この北に向へる場末の窓々 そは黒くにとざせよ 日はや霜にくれて かうろ 荷車巷路に多く通る。 出新道 ここに道路の新開せるは ちよく 直として市街に通ずるならん。 われこの新道の交路に立てど さびしき四方の地平をきはめず あんうつ 暗鬱なる日かな てんじっ 天日家並の軒に低くして 林の雑木まばらに伐られたり。 しゐ いかんそいかんそ思惟をかへさん そむ われの叛きて行かざる道に 新しき樹木みな伐られたり。

5. 現代日本の文学 17 萩原朔太郎 中原中也 伊東静雄 立原道造集

みよすべての罪はしるされたり、 されどすべては我にあらざりき、 まことにわれに現はれしは、 かげなき青き炎の幻影のみ、 雪の上に消えさる哀傷の幽霊のみ、 ああかかる日のせつなる懺悔をも何かせむ、 す・ヘては青きほのほの幻影のみ。 すえたる菊 その菊は醋え、 その菊はいたみしたたる、 あはれあれ霜つきはじめ、 わがぶらちなの手はしなへ、 するどく指をとがらして、 菊をつまむとねがふより、 その菊をばつむことなかれとて、 かがやく天の一方に、 菊は病み、 饐えたる菊はいたみたる。 林あり、 沼あり、 さうてん 蒼天あり、 ひとの手にはおもみを感じ しづかに純金の亀ねむる、 この光る、 寂しき自然のいたみにたへ、 こころ ひとの心霊にまさぐりしづむ、 亀は蒼天のふかみにしづむ。 笛 あふげば高き松が枝に琴かけ鳴らす、 をゆびに紅をさしぐみて、 ふくめる琴をかきならす、 ああかき鳴らすひとづま琴の音にもつれぶき いみじき笛は天にあり。 けふの霜夜の空に冴え冴え、 べに かめ

6. 現代日本の文学 17 萩原朔太郎 中原中也 伊東静雄 立原道造集

336 月読は 夜すがらのたたかひの果 つはものが頬にの・ほりし ゑまひをもみそなはしけむ そのスラ・ハヤ沖 ・ハタヴィアの沖 つはものの祈 まち待ちしたたかひに出立っと、落下傘部隊 たけつは、の の猛き兵は、けふを晴れの日、標めぐらし、 と 乏しけれども陣中のもの供へて、その傘を斎 ひまつりきといふ。・ハレン・ハン奇襲直前のそ の写真をみれば、うっし身の裸身をり伏せ、 ぬかづけり。いくさの場知らぬ我ながら、感 すなは 迫りきていかで椹へんや。乃ち、勇士らがこ ころになりて などいのち惜しからむ ただこのかさの ひらかずば さま いかなりしいくさの状ぞと 問はすらむ神のみまへの かしこ 長しゃ はら わがかへり言 送別田中克己の南征 みそらに銀河懸くるごとく 春つぐるたのしき泉のこゑのごと うつくしきうた残しつつ 南をさしてゆきにけるかな 春の雪 みささぎにふるはるの雪 す 枝透きてあかるき木々に つもるともえせぬけはひは なく声のけさはきこえず まなこ閉ち百ゐむ鳥の しづかなるはねにかっ消え ながめゐしわれが想ひに 下草のしめりもかすか 春来むとゆきふるあした

7. 現代日本の文学 17 萩原朔太郎 中原中也 伊東静雄 立原道造集

436 おまへのやうに溶けて行ってはいけないのだらうか 身をよこたへてゐる僕の上を おまへは草の上を吹く 足どりでしゃべりながら すぎてゆく : : : そんなに気軽くどこへ ? ああふたたびはかへらないおまへが 見お・ほえがあるー僕らのまはりに とりかこんでゐる自然のなかに うた おまへの気ままな唄の消えるあたりは あこがれのうちに僕らを誘ふともどこへ いまは自らを棄てることが出来ようか ? その四 やがて林をふよわよわしい うすやみのなかに孤独をささへようとするやうに 一本の白樺がさびしく ふるヘて立ってゐる 一日ののこりの風が あちらこちらの梢をさはって かすかなかすかな音を立てる みづかす しらかば ( 光のあぶたちはなにをきづかうとした ? ) 日々のなかの目立たない言葉がわすれられ タ映にきいたひとつは心によみがヘる 風よおまへだそのやうなときに 僕に徒労の名を告げるのは しかし告げるなー草や木がほろびたとは : その五 タぐれのうすらあかりは闇になり いまあたらしい生は生れる だれがかへりをとどめられようー 光の生れるふかい夜に さまよふやうに ながれるやうに かへりゆけ ! 風よ ながれるやうにさまよふやうに ながくつづくまどろみに 別れたものらははるかからふたたびあつまる なみだ もう泪するものはだれもゐない : : : 風よ あたりからしいかげを消してゆくやうに

8. 現代日本の文学 17 萩原朔太郎 中原中也 伊東静雄 立原道造集

告別 島汽車は出発せんと欲し 汽罐に石炭は積まれたり。 しぐなる いま遠き信号燈と鉄路の向うへ 汽車は国境を越え行かんとす。 人のいかなる愛着もて かくも機関車の火力されたる 烈しき熱情をなだめ得んや。 駅路に見送る人々よ 地下鉄道にて 悲しみの底に歯がみしつつ 告別の傷みに破る勿れ。 さぶうえい ひとり来りて地下鉄道の 汽車は出発せんと欲して ほうむ すさまじく蒸気を噴き出し 青き歩廊をさまよひっ 君待ちかねて悲しめど 裂けたる如くに吠え叫び 汽笛を鳴らし吹き鳴らせり。 君が夢には無きものを まぼろし なに幻影の後尾燈 うつろ 空洞に暗きトンネルの 動物園にて 壁に映りて消え行けり。 壁に映りて過ぎ行けり。 まぼろし まぼろし 「なに幻影の後尾燈」「なに幻影の恋人を」に通ず。掛ケ灼きつく如く寂しさ迫り ことま ひとり来りて園内の木立を行けば 枯葉みな地に落ち をり 猛獣は檻の中に憂ひ眠れり。 彼等みな忍従して 人の投げあたへる肉を食らひ あをひとー」 本能の蒼ぎ瞳孑に 鉄鎖のつながれたる悩みをたえたり。 あんうつ 暗鬱なる日かなー わがこの園内に来れることは 彼等の動物を見るに非ず われは心の檻に閉ちられたる さぶ ) えい なか

9. 現代日本の文学 17 萩原朔太郎 中原中也 伊東静雄 立原道造集

わたしの人力車が走って行く。 さうしてパ / ラマ館の塔の上には ペんべんとする小旗を掲げ どうむ 円頂塔や煙突の屋根をこえて さうめいに晴れた青空をみた。 ああ人生はどこを向いても いちめんに麦のながれるやうで 遠く田舎のさびしさがつづいてゐる。 どこにもこれといふ仕事がなく むしよくもの つかれた無職者のひもじさから きたない公園のペンチに坐って あざらし わたしは海豹のやうに嘆息した。 猫の死骸 海綿のやうな景色のなかで 以しっとりと水気にふくらんでゐる。 」どこにも人畜のすがたは見えず 隋へんにかなしげなる水車が泣いてゐるやうす。 、もうろう さうして朦朧とした柳のかげから やさしい待びとのすがたが見えるよ。 うすい肩かけにからだをつつみ びれいな瓦期体の衣裳をひぎずり しづかに心霊のやうにさまよってゐる。 ああ浦さびしい女ー おそ ぼくらは過去もない未来もない さうして現実のものから消えてしまった。・ 浦 ! このへんてこに見える景色のなかへ 泥猫の死骸を埋めておやりよ。 沼沢地方 蛙どものむらがってゐる せうたく さびしい沼沢地方をめぐりあるいた。 日は空に寒く どこでもぬかるみがじめじめした道につづいた。 けだもの わたしは獣のやうに靴をひきずり あるひは悲しげなる部落をたづねて だらしもなく懶惰のおそろしい夢にお・ほれた。 ああ浦 ! もう・ほくたちの別れをつげよう あひびきの日の木小屋のほとりで おまへは恐れにちちまり猫の子のやうにふるゑてゐた。 「あなたいつも遅いのね」 かへる らんだ くっ

10. 現代日本の文学 17 萩原朔太郎 中原中也 伊東静雄 立原道造集

そんな軽快な天気に 美麗な自動車が娘等がはしり廻った。 わたくし思ふに 思想はなほ天候のやうなものであるか ひなた 書生は書物を日向にして ながく幸福のにほひを嗅いだ。 笛の音のする里へ行かうよ くるま 俥に乗ってはしって行くとき かす 野も山もばうばうとして霞んでみえる 柳は風にふきながされ つばめ 燕も歌もひょ鳥もかすみの中に消えさる わだち ああ俥のはしる轍を透して ふしぎなばうばくたる景色を行手にみる その風光は遠くひらいて いら′ろ・つ 猫さびしく憂鬱な笛の音を吹き鳴らす ひとのしのびて耐へがたい情緒である。 青 このへんてこなる方角をさして行け おぼろ 春の朧けなる柳のかげで歌も燕もふきながされ わたしの俥やさんはいっしんですよ。 むみやう 亠思士ハを一虹 ~ 明 ( 念もしくはな像の世界に就いて ) だまって道ばたの草を食ってる あを みじめな因果の宿命の蒼ざめた馬の影です。 蒼ざめた馬 冬の曇天の凍りついた天気の下で いううつ そんなに憂鬱な自然の中で だまって道ばたの草を食ってる みじめなしょんぼりした宿命の因果の蒼ざめた馬 の影です わたしは影の方へうごいて行き 馬の影はわたしを眺めてゐるやうす。 ああはやく動いてそこを去れ わたしのの膜から すぐにすぐに外りさってこんな幻像を消してしまへ 私の「意志」を信じたいのだ。馬よー じゃうはふ 因果の宿命の定法のみじめなる 絶望の凍りついた風景の乾板から 蒼ざめた影を逃走しろ。 なが かんばん あを