田舎 - みる会図書館


検索対象: 現代日本の文学 17 萩原朔太郎 中原中也 伊東静雄 立原道造集
48件見つかりました。

1. 現代日本の文学 17 萩原朔太郎 中原中也 伊東静雄 立原道造集

79 月に吠える いんうつ 田舎の空気は陰鬱で重くるしい てざ : 田舎の手觝りはざらざらして気もちがわるい わたしはときどき田舎を思ふと、 きめのあらい動物の皮膚のにほひに悩まされる。 わたしは田舎をおそれる、 田舎は熱病の青じろい夢である。 雲雀の巣 ふるさとかはら おれはよにも悲しい心を抱いて故郷の河原を歩いた。 河原には、よめな、つくしのたぐひ、せり、なづな、すみ れの根もぼう・ほうと生えてゐた。 その低い砂山の蔭には利根川がながれてゐる。ぬすびとの ゃうに暗くやるせなく流れてゐる、 おれはぢっと河原にうづくまってゐた。 おれの眼のまへには河原よもぎの草むらがある。 よもぎ ひとっかみほどの草むらである。蓬はやつれた女の髪の毛 のやうに、ヘらへらと風にうごいてゐた。 おれはあるいやなことをかんがへこんでゐる。それは恐ろ ふきっ しく不吉なかんがへだ。 そのうへ、きちがひじみた太陽がむしあっく帽子の上から 照りつけるので、おれはぐったり汗ばんでゐる。 あへぎ苦しむひとが水をもとめるやうに、おれはぐいと手 をのばした。 おれのたましひをつかむやうにしてなにものかをつかん 長詩二篇

2. 現代日本の文学 17 萩原朔太郎 中原中也 伊東静雄 立原道造集

赤松の林をこえて、 くらきおほなみはとほく光ってゐた、 ゑちご このさびしき越後の海岸、 しばしはなにを祈るこころそ、 ゅふげ ひとりタ餉ををはりて、 海水旅館の居間に灯を点ず。 孤独 ~ の白っ・ほい道ばたで、 つかれた馬のこころが、 ひなた ひからびた日向の草をみつめてゐる、 ななめに、しのしのとほそくもえる、 ふるヘるさびしい草をみつめる。 田舎のさびしい日向に立って、 おまへはなにを視てゐるのか、 ふるヘる、わたしの孤独のたましひょ。 このほこりつ。ほい風景の顔に、 うすく涙がながれてゐる。 白い共同椅子 森の中の小径にそうて、 まっ白い共同椅子がならんでゐる、 くぢら浪海岸にてそこらはさむしい山の中で、 たいそう緑のかげがふかい、 あちらの森をすかしてみると、 そこにもさみしい木立がみえて、 上品な、まっしろな椅子の足がそろってゐる。 田舎を恐る ゐなか わたしは田舎をおそれる、 ひとけ 田舎の人気のない水田の中にふるヘて、 ほそながくのびる苗の列をおそれる。 くらい家屋の中に住むまづしい人間のむれをおそれる。 田舎のあぜみちに坐ってゐると、 おほなみのやうな土壌の重みが、わたしの心をくらくす る、 土壌のくさったにほひが私の皮膚をくろずませる、 冬枯れのさびしい自然が私の生活をくるしくする。 なみ こみち す

3. 現代日本の文学 17 萩原朔太郎 中原中也 伊東静雄 立原道造集

日光はいやに透明に おれの行く田舎道のう 一そして自然がぐる - 一 犠れにんて見覚なの無いの はなせだらう ひと 」死んだ女はあっちで " ・すつどおれより賑や、なのだ でなどおれの胸が」んなに 真鐱の籠のやうなのなぜだ 馭・其れ遊んだこどのない 、彎おれ玩具の単調な音がする そしておれの冒険の - 名前ない体験のなりまぬの はなぜだらラ ( 「田舎道にて」 )

4. 現代日本の文学 17 萩原朔太郎 中原中也 伊東静雄 立原道造集

夢みたものは : 夢みたものはひとつの幸福 ねがったものはひとつの愛 山なみのあちらにもしづかな村がある 明るい日曜日の青い空がある ひ那さ るなか 日傘をさした田舎の娘らが うた 着かざって唄をうたってゐる 大きなまるい輪をかいて をどり 田舎の娘らが踊ををどってゐる 告げてうたってゐるのは 青い難が一羽の小鳥 低い枝でうたってゐる 夢みたものはひとつの愛 きねがったものはひとつの幸福 優それらはす・ヘてここにあると

5. 現代日本の文学 17 萩原朔太郎 中原中也 伊東静雄 立原道造集

138 風なぎ野道に遊戯をすてよ 矢車草は散り散りになってしまった しっそう 歌も酒も恋も月ももはやこの季節のものでない われらの生活は失踪せり。 わたしは老いさらばった鴉のやうに よぼよ・ほとして遠国の旅に出かけて行かう 農夫 さうして乞食どものうろうろする どこかの遠い港の波止場で なが 海牛のやうな農夫よ 海草の焚けてる空のけむりでも眺めてゐよう ゅふげけむり 田舎の家根には草が生え、タ餉の烟ほの白く空にただよああま・ほろしの乙もなく ふ。 しをれた花束のやうな運命になってしまった 耕作を忘れたか肥った農夫よ 砂地にまみれ じゃりくひ 田舎に飢饉は迫り冬の農家の荒壁は凍ってしまった。 砂利食がにのやうにひくい音で泣いて居よう。 さうして洋燈のうす暗い厨子のかげで 先祖の死霊がさむしげにふるヘてゐる。 このあはれな野獣のやうに ふしぎな宿命の恐怖に憑かれたものども その胃袋は野菜でみたされくもった神経に暈がかかる。 冬の寒ざらしの貧しい田舎で 愚鈍な海牛のやうな農夫よ。 けむり 波止場の烟 のねずみ 野鼠は畠にかくれ らんぷ

6. 現代日本の文学 17 萩原朔太郎 中原中也 伊東静雄 立原道造集

310 あの朝鮮の役目をしたことを激しく後悔した 一一人の同窓はめい / \ の家の方へ わざとしばらくは徒歩でゆきながら あはれ 旧友を憐むことで久しぶりに元気になるのを感じた 田舎道にて 日光はいやに明に おれの行く田舎道のうへにふる そして自然がぐるりに おれにてんで見覚えの無いのはなぜだらう ひと 死んだ女はあっちで ずっとおれより賑やかなのだ でないとおれの胸がこんなに しんちゅうかご 真鍮の籠のやうなのはなぜだらう 其れで遊んだことのない おもちゃ おれの玩具の単調な音がする そしておれの冒険ののち や 名前ない体験のなり止まぬのはなぜだらう 真昼の休息 木柵の蔭に眠れる やすらひ 牧人は深き休息・ : 太陽の追ふにまかせて 1 らかの遠き泉に就きぬ われもまたかくて坐れり 二番花しく咲ける窓辺に 土の呼吸に徐々に後れつ 牧人はねむり覚まし 己が太陽とけものに出会ふ 約束の道へ去りぬ : ・ 一一番花乏しく咲ける窓辺に われはなほかくて坐れり 帰郷者 自然は限りなく美しく永久に住民は 貧窮してゐた はげ 幾度もいくども烈しくくり返し

7. 現代日本の文学 17 萩原朔太郎 中原中也 伊東静雄 立原道造集

116 なが 思想は一つの意匠であるか うっさう 鬱蒼としげつた森林の樹木のかげで ひとつの思想を歩ませながら さうめい 仏は蒼明の自然を感じた めいさう どんな瞑想をもいきいきとさせ ねはん どんな温槃にも溶け入るやうな そんな美しい月夜をみた。 「思想は一つの意匠であるか」 仏は月影を踏み行きながら かれのやさしい心にたづねた。 厭やらしい景物 雨のふる間 眺めは白・ほけて 建物建物びたびたにぬれ るなか さみしい荒廃した田舎をみる そこに感情をくさらして かれらは馬のやうにくらしてゐた。 私は家の壁をめぐり 家の壁に生える苔をみた かれらの食物は非常にわるく 精神さへも梅雨じみて居る。 雨のながくふる間 私は退屈な田舎に居て へうはく 退屈な自然に漂泊してゐる 薄ちやけた幽霊のやうな影をみた。 私は貧乏を見たのです このびたびたする雨気の中に ずつくり濡れたる孤独の非常に冊やらしいものを見た のです。 軟風のふく日 あんうっしる 暗鬱な思惟にしづみながら しづかな木立の奥で落葉する路を歩いてゐた。 天気はさつばりと晴れて こすゑ 赤松の梢にかたく囀鳥の騷ぐをみた こけ

8. 現代日本の文学 17 萩原朔太郎 中原中也 伊東静雄 立原道造集

まづしい農家の庭に羽ばたきし かきね 垣根をこえて わたしは乾からびた小虫をついばむ。 ああこの冬の日の陽ざしのかげに さびしく乾地の草をついばむ をんどり わたしは白っぽい病気の牡鶏 あはれなかなしい羽ばたきをするです。 私はかなしい田舎の鶏 家根をこえ 垣根をこえ 墓場をこえて はるかの野末にふるヘさけぶ をんどり ああ私はこはれた日時計田舎の白っぽい牡鶏です。 自然の背後に隠れて居る 猫僕等が薤のかげを通ったとき まっくらの地面におよいでゐる かたち 青およおよとする緩をみた 僕等は月の影をみたのだ。 くさむら 僕等が草叢をすぎたとぎ すきま さびしい葉ずれの隙間から鳴る にはとり そわそわといふ小笛をきいた。 僕等は風の声をみたのだ。 僕等はたよりない子供だから 僕等のあはれな感触では わづかな現はれた物しか見えはしない。 僕等は遙かの丘の向うで ひろびろとした自然に住んでる かくれた万象の密語をきき 見えない生き物の動作をかんじた。 僕等は電光の森かげから タ闇のくる地平の方から けむり 畑の淡じろい影のやうで しだいにちかづく巨像をおぼえた あや すがた なにかの妖しい相貌に見える 魔物の迫れる恐れをかんじた。 おとなの知らない希有の言葉で 自然は僕等をおびやかした 僕等は葦のやうにふるヘながら くわうや さびしい曠野に泣きさけんだ。 「お母ああさん ! お母ああさんー」

9. 現代日本の文学 17 萩原朔太郎 中原中也 伊東静雄 立原道造集

曽てこの自然の中て それと同じく美しく住民か生きたど 私は信じ得ない ・、耋 ( 」たた多くの不平ど辛苦ののち あんによ 晏如どして彼らの皆が あそ処て一基の墓どなってゐるのが 私を慰めいくらか幸福にしたのてあ 同反歌 墨苳田舎を逃げた私が都会よ 。。物どうしてお前に敢て安んじよう 詩作を覚えた私が行為よ ま」鼕【【どデしてお前に憧れないこ老かあら ( 「帰郷者」 )

10. 現代日本の文学 17 萩原朔太郎 中原中也 伊東静雄 立原道造集

106 朝のつめたい臥床の中で 私のたましひは羽ばたきをする すきま この雨戸の隙間からみれば よもの景色はあかるくかがやいてゐるやうです されどもしののめきたるまへ 私の臥床にしのびこむひとつの憂愁 こすゑ けぶれる木木の梢をこえ 遠い田舎の自然からよびあげる鶏のこゑです とをてくう、とをるもう、とをるもう。 恋びとよ 恋びとよ ありあけ 有明のつめたい障子のかげに 私はかぐほのかなる菊のにほひを 病みたる心霊のにほひのやうに かすかにくされゆく白菊のはなのにほひを 恋びとよ 恋びとよ。 しののめきたるまへ 私の心は墓場のかげをさまよひあるく せうさう ああなにものか私をよぶ苦しきひとつの焦躁 このうすいいろの空気にはたへられない 恋びとよ ふしど 母上よ 早くきてともしびの光を消してよ たいふう 私はきく遠い地角のはてを吹く大風のひびきを とをてくう、とをるもう、とをるもう。