336 月読は 夜すがらのたたかひの果 つはものが頬にの・ほりし ゑまひをもみそなはしけむ そのスラ・ハヤ沖 ・ハタヴィアの沖 つはものの祈 まち待ちしたたかひに出立っと、落下傘部隊 たけつは、の の猛き兵は、けふを晴れの日、標めぐらし、 と 乏しけれども陣中のもの供へて、その傘を斎 ひまつりきといふ。・ハレン・ハン奇襲直前のそ の写真をみれば、うっし身の裸身をり伏せ、 ぬかづけり。いくさの場知らぬ我ながら、感 すなは 迫りきていかで椹へんや。乃ち、勇士らがこ ころになりて などいのち惜しからむ ただこのかさの ひらかずば さま いかなりしいくさの状ぞと 問はすらむ神のみまへの かしこ 長しゃ はら わがかへり言 送別田中克己の南征 みそらに銀河懸くるごとく 春つぐるたのしき泉のこゑのごと うつくしきうた残しつつ 南をさしてゆきにけるかな 春の雪 みささぎにふるはるの雪 す 枝透きてあかるき木々に つもるともえせぬけはひは なく声のけさはきこえず まなこ閉ち百ゐむ鳥の しづかなるはねにかっ消え ながめゐしわれが想ひに 下草のしめりもかすか 春来むとゆきふるあした
114 るなか すずしい緑蔭の田舎をすぎ いっしか海の匂ひも行手にちかくそよいでゐる。 ああ蹄の音もかっかっとして 私はうつつにうつつを追ふ きれいな婦人よ 旅館の花ざかりなる軒にくるまで 私をゆり起してくださるな。 青空 表現詩派 このながい烟筒は をんなの円い腕のやうで 空にによっきり 空は青明な弧球ですが どこにも重心の支へがない この全景は象のやうで 妙に膨大の夢をかんじさせる。 最も原始的な情緒 この密林の奥ふかくに ひづめ まる えんとっ ささ おほきな護謨葉樹のしげれるさまは ふしぎな象の耳のやうだ。 薄闇の湿地にかげをひいて ぞくそくと邁へる羊歯植物爬虫類 かへる 蛇とかげゐもり蛙さんしようをの類。 白昼のかなしい思慕から なにをあだむが追憶したか 原始の情緒は雲のやうで むげんにいとしい愛のやうで はるかな記憶の彼岸にうかんで とらへどころもありはしない。 天候と思想 書生は陰気な寝台から 家畜のやうに這ひあがった 書生は羽織をひっかけ かれの見る自然へ出かけ突進した。 自然は明るく小綺麗でせいせいとして そのうへにも匂ひがあった つじ 森にも辻にも売店にも どこにも青空がひるがヘりて美麗であった まひる ごむ には した はちゅうるゐ
95 青猫 ねえやさしい恋びとよ 私のみじめな運命をさすっておくれ 私はかなしむ 私は眺める そこに苦しげなるひとつの感情 病みてひろがる風景の憂鬱を すみ 薄暮の部屋 ああさめざめたる部屋の隅からっかれて床をさまよふ 蠅の幽霊 つかれた心臓は夜をよく眠る ぶむぶむぶむぶむぶむぶむ。 私はよく眠る ふらんねるをきたさびしい心臓の所有者だ 恋びとよ なにものかそこをしづかに動いてゐる夢の中なるちのみ私の部屋のまくらべに坐るをとめよ 児 お前はそこになにを見るのか 寒さにかじかまる蠅のなきごゑ わたしについてなにを見るのか ぶむぶむぶむぶむぶむぶむ。 この私のやつれたからだ思想の過去に残した影を見てゐ るのか 私はかなしむこの白っ・ほけた室内の光線を 恋びとよ 私はさびしむこのカのない生命の韻動を。 すえた菊のにほひを嗅ぐゃうに 私は嗅ぐお前のあやしい情熱をその青ざめた信仰を 恋びとよ よし二人からだをひとつにし お前はそこに坐ってゐる私の寝台のまくらべに このあたたかみあるものの上にしもお前の白い手をあて 恋びとよお前はそこに坐ってゐる。 て手をあてて。 くび お前のほっそりした頸すぢ お前のながくのばした髪の毛 恋びとよ 幻の寝台 なが しろ・み′っ
また詩人志望者でもあったので わたしはすこし揶揄ひたくなった 「蝉の声がやかましいやうでは しよせん 所詮日本の詩人にはなれまいよ」 といふと何うとったのか はづか かれはみるみる赤い羞しげな表情になって とてたま 「でもーーそれが迚も耐らないものなのです」 とひとりごとのやうに言った そのいひ方には一種の感じがあった わたしは不思議なほど素直に それは迚も耐らないものだったらう しんからさう思へてきた そしてのわからぬうらやましい心持で この若い友の顔をながめた 山村遊行 ぎしづかなる村に来れるかな高きューカリ樹の そか 香ぐはしくしろき葉をひるがヘせる風は 春はやさくらの花を散らしをはり 枝に 2 こりてうす赤き萼のいろのゆかしゃ せま 迫れる山の斜面は大いなる岩くづされてひかる見ゅ からか その切石のはこばれし広き庭々に しづかなる人らおのがじし物のかたちを刻みゐて 卯の花と山吹のはなと明るし ふくれたる腹垂れしふぐりおもしろき獣のかたちも ふたっ三つ立ちてあり あゝいかにひさしきかかる村にぞかかる人らと 世をあり経なむわが夢 あゝいかにひさしき黄いろき塵の舞ひあがる 巷に判くいきづきて あはれめや いきどは わが歌は漠たる憤りとするどき悲しみをかくしたり なづな花さける道たどりつつ 家の戸のロにはられししるしを見れば しくさ 若者らいさましくみ戦に出で立ちてここだくも命ちりける 手にふるるはな摘みゆきわがこころなほかり 庭の蝉 旅からかへってみると この庭にはこの庭の蝉が鳴いてゐる せみ ちり
ふたたび椰子の葉の茂る港にかへり 君のあたらしい綿と瑪瑙を積みかへせ 商業 亜細亜のふしぎなる港々にさまよひ来り 青空高くひるがヘる商業の旗の上に 商業は旗のやうなものである ああかのさびしげなる幽霊船のうかぶをみる。 貿易の海をこえて遠く外国からくる船舶よ 商人よー君は冒険にして自由の人 めなう うれ あるひは綿や瑪瑙をのせ 君は白い雲のやうに、この解きがたくふしぎなる愁ひをし あじあ る 0 南洋亜細亜の島々をめぐりあるく異国のまどろすよ。 商業の旗は地球の国々にひるがヘり 商業は旗のやうなものである。 自由の領土のいたるところに吹かれてゐる。 商人よ まづしき展望 港に君の荷物は積まれ さうして運命は出帆の汽笛を鳴らした。 るなか 荷主よ まづしき田舎に行きしが ばいろっと 水先案内よ かわける馬秣を積みたり あらし いまおそろしい嵐のまへにむくむくと盛りあがる雲を見雑草の道に生えて / し、刀 道に蠅のむらがり えうま 妖魔のあれ狂ふすがたを見ないか くるしき埃のにほひを感ず。 あ むたちまち帆柱は裂きくだかれ ひねもす疲れて畔に居しに 夢するどく笛のさけばれ 君はきやしゃなる洋傘の先もて さうして船腹の浮きあがる青じろい死魚を見る。 死にたるを畔に指せり。 ああ日はしづみゆき げにけふの思ひは悩みに暗く ふきっかもめ かなしく沖合にさまよふ不吉の鷦はなにを歌ふぞ。 そはおもたく沼地に渇きて苦痛なり 商人よ いづこに空虚のみつべきありや はこり
君が「神軍」と題する詩をよめば 神人が虚空にひかり 見しといふ みんなみのいくさ 君もみにゆく うたげ 詩 神にささげてのむ御酒に 拾われら酔ひたり 二めぐり三めぐり いくさだち 軍立すがしき友をみてのめば ゆたけくもはや しんじん わがうたのふしに われうみぬ わがうたに みづからうみて みちのべに たれにかはきかせむ 送別 われら酔ひにけり 座にありし老叟のひとりの わが友の肩をいだきて こと ゑみこ・ほれいふ言は 「かくもよき たのもしき漢子に あなあはれ あなあはれうつくしき妻も得させで : : : 」 われら皆共にわらへば みづか わが友も自ら手拍ち うたひ出しふる歌ひとっ 「ますらをの あらの 曻むす荒野らに 咲きこそにほへ やまとなでしこ」 さはやけき心かよひの またひとしきりわらひさざめき のむ神酒や かなとで 門出をうながす声を きくまでは みき で をのこ
328 若死をするほどの者は、 自分のことだけしか考へないのだ。 笑む稚児よ しま こばこどこ おれはこの小匣を何処に蔵ったものか。 ゑもご ひざすが けうと 笑む稚児よわが膝に縋れ 気疎いアロイヂオになってしまって うしほまし 水脈をつたって潮は奔り去れ 鉄橋の方を見てゐると、 のろのろとまた汽車がやってきた。 わたしがねがふのは日の出ではない じじゃく けいめい 自若として鶏鳴をきく心だ わたしは岩の間を逍遙ひ 沫雪立原道造氏に 彼らが千の日の白昼を招くのを見た あわゆき には けもの はとり 冬は過ぎぬ冬は過ぎぬ。匂ひやかなる沫雪の またタベ獣は水の畔に忍ぶだらう さいゑん まがきかれふ 今朝わが庭にふりつみぬ。籬枯生はた菜園のうへに道は遙に村から村へ通じ まるはな そは早き春の花よりもあたたかし。 平然とわたしはその上を往く さなりやがてまた野いばらは野に咲き満たむ。 きぐさ 早春 さまざまなる木草の花は咲ぎつがむああその まったきひかりの日にわが往きてうたはむは何処の野べ。 野は褐色と淡い紫、 たんぼ 田圃の上の空気はかすかに微温い。 耳傾けよ。 どこ ぎそ 何処から春の鳥は戻る ? はや庭をめぐりて競ひおつる樹々のしづくの ゆきど なれ つよい目と 雪解けのせはしき歌はいま汝をそうたふ。 単純な魂といつわたしに来る ? ゅ 0 はるか ひ ゅ
322 独りでわたしは酒をのんでゐたのだ。タ陽は深く廂に射込 んで、 うつ、 それは現の目でみたどのタ影よりも美しかった、何の表情 もないその冷たさ、透明さ。 ゅふひ そして庭には白い木辺硴が〕タ陽の中に咲いてゐた わが幼時の思ひ出の取縋る術もないほどに端然と : あゝこのわたしの夢を覚したのは、さうだ、あの怪しく獣 めく みささぎやちょう 御陵の夜鳥の叫びではなかったのだ。それは夢の中でさへ 松脂はつよくにほって わたしがうたってゐた一つの歌の悲しみだ。 いちんち坊やは砂場にゐる かしこに母は坐したまふ こんべき した 紺碧の空の下 夢からさめて 春のキラめく雪渓に ひともと を張りし一本の よふけ こすゑ この夜更に、わたしの眠をさましたものは何の気配か。 木高き梢 , ス * みまら・こりよう 硝子窓の向ふに、あゝ今夜も耳漿御陵の丘の斜面で あゝその上にそ 火が燃えてゐる。そしてそれを見てゐるわたしの胸が わが母の坐し給ふ見ゅ どうき 何故とも知らずひどく動悸うつのを感ずる。何故とも知ら ず ? 蜻蛉 さうだ、わたしは今夢をみてゐたのだ、故の吾家のこ とを。 ひと住まぬ大き家の戸をあけ放ち、に面した座敷に坐無邪気なる道づれなりし大の姿 その一撃に 花にうつ俯す蝶のいろ あゝおもしろ 花にしづまる造りもの 「死んでる ? 生きてる ? 」 ねむり けはひ こ ひさし 0 けもの
112 輪廻と転生 地獄の鬼がまはす車のやうに 冬の日はごろごろとさびしくまはって りんね 輪廻の小鳥は砂原のかげに死んでしまった。 いんうつ ああこんな陰鬱な季節がつづくあひだ らくだ 私は幻の駱駝にのって ふらふらとかなしげな旅行にでようとする。 くわうれう どこにこんな荒寥の地方があるのだらう 年をとった乞食の群は いくたりとなく隊列のあとをすぎさってゆき 禿鷹の屍肉にむらがるやうに やけち ゑど きたない小虫が焼地の穢土にむらがってゐる。 なんといふいたましい風物だらう どこにもくびのながい花が咲いて それがゆらゆらと動いてゐるのだ 考へることもないかうして暮れ方がちかづくのだらう 恋や孤独やの一生から けりあひのない心像も消えてしまってほのかに幽霊のや うに見えるばかりだ。 とり どこを風見の鶏が見てゐるのか やせち 冬の日のごろごろと廻る瘠地の丘でもろこしの葉が吹か はげたかしにく れてゐる。 さびしい来歴 むくむくと肥えふとって 白くくびれてゐるふしぎな球形の幻像よ それは耳もない顔もないつるつるとして空にの・ほる野 蔦のやうだ 夏雲よなんたるとりとめのない寂しさだらう どこにこれといふ信仰もなくたよりに思ふ恋人もありは らくだ わたしは駱駝のやうによろめきながら 椰子の実の日にやけたをみくだいた。 ああこんな乞食みたいな生活から もうなにもかもなくしてしまった たうとう風の死んでる野道へきて もろこしの葉うらにからびてしまった。 なんといふさびしい自分の来歴だらう。 づた
122 君よ 疲れて草に投げ出してゐる むっちりとした手足のあたり ふらんねるをきた胸のあたり ぼくの愛着は熱奮して高潮して ああこの苦しい圧迫にはたへられない。 高原の草に坐って あなたはなにを眺めてゐるのか あなたの思ひは風にながれ はるかの市街は空にうかべる せうさう ああ・ほくのみひとり焦躁して この青青とした草原の上 かなしい願望に身をもだえる。 夢 びやうぶ あかるい屏風のかげにすわって あなたのしづかな寝息をきく。 香炉のかなしいけむりのやうに そこはかとたちまよふ 女性のやさしい匂ひをかんずる。 なが かみの毛ながきあなたのそばに 睡魔のしぜんな言葉をきく あなたはふかい眠りにおち わたしはあなたの夢をかんがふ このふしぎなる情緒 影なきふかい想ひはどこへ行くのか。 薄暮のほの白いうれひのやうに かす はるかに幽かな湖水をながめ ふもと はるばるさみしい麓をたどって 見しらぬ遠見の山の峠に あなたはひとり道にまよふ道にまよふ。 ああなににあこがれもとめて あなたはいづこへ行かうとするか いづこへいづこへ行かうとするか あなたの感傷は夢魔に饐えて 白菊の花のくさったやうに ほのかに神秘なにほひをたたふ。 ( とりとめもない夢の気分とその抒情 ) 春宵 なま 嫋めかしくも媚ある風情を こび