やしない」 いた饅頭だのを畳へばらばら振り撒くと、犬も狆も我れ勝 なら えもの と、光子は物柔かに恨みを列べるだけで、而もにこにこ笑ちに獲物の上へ折り重なり、歯をむき出し舌を伸ばして、 って居る。 一つ餅菓子を喰い合ったり、どうかするとお互に鼻の頭を 舐め合ったりした。 すると信一は図に乗って、 あたし 「今度は私が人間で三人大にならないか。私がお菓子や何お菓子を平げて了った狆は、信一の指の先や足の裏をベ かを投げてやるから、皆四つ這いになって共れを喰べるのろペろやり出す。三人も負けない気になって其の真似を始 める。 さ。ね、いいだろ」 くす と云い出した。 「ああ擽ぐったい、擽ぐったい」 かわ 「よし来た、やりましよう。 さあ大になりましたと、信一は欄干に腰をかけて、真っ白な柔かい足の裏を迭 よ。わん、わん、わん」 る迭る私達の鼻先へつき出した。 きれい 早速仙吉は四つ這いになって、座敷中を威勢よく駈け廻「人間の足は塩辛い酸つばい味がするものだ。綺麗な人 る。共の尾について又私が駈け出すと光子も何と思った は、足の指の爪の恰好まで綺麗に出来て居る」 カ こんな事を考えながら私は一生懸命五本の指の股をしゃ ぶった。 「あたしは雌大よ」 狆はますますじゃれつき出して仰向きに倒れて四つ足を と、私達の中へわり込んで来て、共処ら中を這い廻った。 こくう すそくわ 「ほら、ちんちん。 ・ : お預けお預けー 虚空に踊らせ、裾を咬えてはぐいぐい引っ張るので、信一 などと三人は勝手な芸をやらせられた揚句、 も面白がって足で顔を撫でてやったり、腹を揉んでやった 「よウし ! 」 り、いろいろな事をする。私も共の真似をして裾を引っ張 と云われれば、先を争ってお菓子のある方へ跳び込んで行ると、信一の足の裏は、狆と同じように頬を蹈んだり額を かかと 撫でたりしてくれたが、眼球の上を踵で押された時と、土 「ああ好い事がある。待て、待て」 蹈まずで唇を塞がれた時は少し苦しかった。 こう云って信一は座敷を出て行ったが、間もなく緋縮緬そんな事をして、共の日もタ方まで遊んで帰ったが、明 のちゃんちゃんを着た本当の狆を二匹連れて来て、我々のくる日からは毎日のように塙の家を訪ね、いつも授業を終 仲間入りをさせ、喰いかけの餡ころだの、鼻糞や唾吐のつ えるのが待ち遠しい位になって、明けても暮れても信一や みんな らん しか つば、 めだま はなわ
ぞうり いカで下からぐいぐい引っ張られた。私は真っ蒼になって草履のまま目鼻の上でも胸の上でも勝手に蹈み蹶るので、 けんまく 、おく 樽へしつかり掴まって見たが、激しい狼の剣幕に気後れが又しても仙吉は体中泥だらけになった。 しり まなこ して、「ああもうとても助からない」と観念の眼を閉ずる「さあ此れからお臀の肉だ」 うつむ 間もなく引きずり落され、土間へ仰向きに転げたかと思う やがて仙吉は俯向きに臥かされ、臀を捲くられたかと らっきよう と、信一は疾風のように私の首ッたまへのしかかって喉笛思うと、薤を二つ並べたように腰から下が裸体になってぬ を喰い切った。 ッと曝し出された。まくり上げた着物の裾を死体の頭へ かぶ 「さあもう二人共死骸になったんだからどんな事をされて被せて背中へ跳び乗った信一は、又むしやむしやとやって も動いちゃいけないよ。此れから骨までしゃぶってやる居たが、どんな事をされても仙吉はじっと我慢をして居 こんにやく る。寒いと見えて栗立った臀の肉が蒟蒻のように顫えてい 信一にこう言われて、一一人ともだらしなく大の字なりに いっすん ひそ 土間へ倒れたまま、一寸も動けなかった。急に私は体の処今に私もあんな態をさせられるのだ。こう思って密かに かゆ 処方々がむず痒くなって、着物の裾のはだけた処から冷め胸を轟かせたが、まさか仙吉同様の非道い目にも合わすま また たい風がすうすうと股ぐらに吹き込み、一方へ伸ばした右い位に考えて居ると、やがて信一は私の胸の上へ跨がっ かいき の手の中指の先が徴かに仙吉の髪の毛に触れて居るのを感て、先ず鼻の頭から喰い始めた。私の耳には甲斐絹の羽織 じた。 の裏のさやさやとこすれて鳴るのが聞え、私の鼻は着物か しようのう 、れじ 「此奴の方が太って居て旨そうだから、此奴から先へ喰つら放っ樟脳の香を嗅ぎ、私の頬は羽一一重の裂地にふうわり てやろう」 と撫でられ、胸と腹とは信一の生暖かい体の重味を感じて くす 信一はさも愉快そうな顔をして、仙吉の体へ這い上がっ いる。潤おいのある唇や滑かな舌の端が、ペろペろと擽ぐ るように舐めて行く奇怪な感覚は恐ろしいと云う念を打ち 年た。 「あんまり非道いことをしちゃいけませんよ」 消して魅するように私の心を征服して行き、果ては愉快を たちま と、仙吉は半眼を開き、小声で訴えるように囁いた。 感ずるようになった。忽ち私の顔は左の小鬢から右の頬へ 少 「そんな非道い事はしないから、動くときかないよ」 かけて激しく蹈み躪られ、其の下になった鼻と唇は草履の ぎようさん むしやむしやと仰山に舌を鳴らしながら、頭から顔、胴裏の泥と摩擦したが、私は其れをも愉快に感じて、いつの かいらい から腹、両腕から股や脛の方までも喰い散らし土のついた 間にか心も体も全く信一の傀儡となるのを喜ぶようになっ こいっ かす こ 0 こびん 人る
ながらひいひいと泣いて居たが、しまいには其の根気さえてしまいに二人共狼に喰い殺されるんだよ」 0 6 なくなって、相手の為すがままに委せた。日頃学校では馬信一が又こんな事を云い出したので、私は薄気味悪かっ 鹿に強そうな餓鬼大将の荒くれ男が、信一の為めに見る影たが、仙吉が ぎま もない態になって化け物のような目鼻をして居るのを見る「やりましよう」 と、私はこれ迄出会ったことのない一種不思議な快感に襲と云うから承知しない訳冫 こも行かなかった。私と仙吉とが われたが、明日学校で意趣返しされると云う恐れがあるの旅人のつもり、此の物置小屋がお堂のつもりで、野宿をし しき で、信一と一緒に御らをする気にはなれなかった。 ていると、真夜中頃に信一の狼が襲って来て、頻りに戸の 暫くしてから帯を解いてやると、仙吉は恨めしそうに信外で吠え始める。とうとう狼は戸を喰い破ってお堂の中を 一の顔を横目で睨んで、カなくぐたりと其処へ突っ俯した四つ這いに這いながら、大のような牛のような有な喇り まま 儘何と云っても動かない。腕を担んで引き起そうとしても声を立て、逃げ廻る一一人の旅人を追い廻す。信一があまり また 亦ぐたりと倒れてしまう。二人とも少し心配になって、様真面目でやって居るので、担まったらどんな事をされるか うかが たたず しん 子を窺いながら黙って彳んで居たが、 と、私は心から少し恐くなってにやにや不安な笑いを浮か むしろ 「おい、どうかしたのかい」 べながら、其の実一生懸命俵の上や莚の蔭を逃げ廻った。 じやけん あおむ と、信一が邪慳に襟頸を捕えて、仰向かせて見れば、いっ 「おい仙吉、お前はもう足を喰われたから歩いちゃいけな の間にか仙吉は泣く真似をして汚れた顔を筒袖で半分程拭いよ」 き取ってしまって居る可笑しさに、 狼はこう云って旅人の一人をお堂の隅へ追い詰め、体に 「わはははは」 とび上がって方々へ喰い付くと、仙吉は役者のするような と、三人は顔を見合わせて笑った。 苦悶の表情をして、眼をむき出すやら、ロを歪めるやらい ほか 「今度は何か外の事をして遊ぼう」 ろいろの身振りを巧みに演じて居たが、遂に喉笛を喰い切 らしご 「坊ちゃん、もう乱暴をしちゃいけませんよ。こら御覧なられて、キャッと知死期の悲鳴を最後に、手足の指をぶる こくう さい、こんなにひどく痕が付いたじゃありませんか」 ぶるとわななかせ、虚空を掴んでバッタリ倒れてしまっ 見ると仙吉の手頸の所には、縛られた痕が赤く残って居た。 る。 さあ今度は私の番だ。こう思うと気が気でなく、急いで 「あたしが狼になるから、一一人旅人にならないか。そうし樽の上へ跳び上がると、狼に着物の裾を咬えられ、恐ろし まか くわ
ようや 光子の顔は頭の中を去らなかった。漸く馴れるに随って信下へ組み敷かれて、 ますます 一の我が儘は益々つのり、私も全く仙吉同様に手下にさ「そんなに非道く切っちゃ嫌だよ」 れ、遊べば必ず打たれたり縛られたりする。おかしな事にと、まるで手術でも受けるようにじっと我慢しながら、共 はあの強情な姉までが、狐退治以来すっかり降参して、信の癖恐ろしそうに傷口から流れ出る血の色を眺め、眼に一 きから うち 一ばかりか私や仙吉にも逆うような事はなく、時々三人の杯涙ぐんで肩や膝のあたりを少し切らせる。私は家へ帰っ 側へやって来ては、 て毎晩母と一緒に風呂へ這入る時、共の傷痕を見付けられ 「狐ごっこをしないか」 ないようにするのが一と通りの苦労ではなかった。 かえ などと、却っていじめられるのを喜ぶような素振りさえ見そう云う風な遊びが凡そ一と月も続いた或る日のこと、 え出した。 例の如く塙の家へ行って見ると、信一は歯医者へ行って留 信一は日曜の度毎に浅草や人形町の玩具屋へ行って守だとかで、仙吉が一人手持無沙汰でぼっ然としている。 かたな 刀を買って来ては、早速共れを振り廻すので、光子も私も「光ちゃんは ? 」 あざ 仙吉も体に痣の絶えた時はない。追い追いと芝居の種も尽「今ビアノのお稽古をして居るよ。お嬢さんの居る西洋館 きて来て、例の物置小屋だの湯殿だの裏庭の方を舞台に、 の方へ行って見ようか」 いろいろの趣向を凝らしては乱暴な遊びに耽った。私と仙 こう云って仙吉は私をあの大木の木蔭の古沼の方へ連れ たちま 吉が光子を縊め殺して金を盗むと、信一が姉さんの仇と云て行った。忽ち私は何も彼も忘れて、年経る欅の根方に腰 って二人を殺して首を斬り落したり、信一と私と一一人の悪を下したまま、二階の窓から洩れて来る楽の響きにうっと 漢がお嬢様の光子と郎党の仙吉を毒殺して、屍体を河へ投りと耳を澄ました。 ほとわ・ げ込んだり、 いつも一番いやな役廻りになって非道い目に此の屋敷を始めて訪れた日に、やはり古沼の滸で信一と ・ : 或る時は森の奥の妖魔 年合わされたのは光子である。しまいには紅や絵の具を体へ一緒に聞いた不思議な響き、 とぎまなし こびと 塗り、殺された者は血だらけになってのた打ち廻ったが、 が笑う木霊のような、ある時はお伽既に出て来る侏儒共が どうかすると信一は本物の小刀を持って来て、 多勢揃って踊るような、幾千の細かい想像の綾糸で、幼い 少 「此れで少うし切らせないか。ね、ちょいと、ぼっちりだ頭へ徴妙な夢を織り込んで行く不思議な響きは、今日もあ 7 からそんなに痛かないよ」 の時と同じように二階の窓から聞えて居る。 あすこ こんな事を云うようになった。すると三人は素直に足の 「仙ちゃん、お前も彼処へ上った事はないのかい」 たびごと したが けや、
らないが、毎日のように年下の子供をいじめて居る各の 「あれは姉さんがビア / を弾いて居るんだよ」 餓鬼大将だから顔はよく覚えて居た。どうして此奴がこん 「ピアノって何だい」 「オルガンのようなものだって、姉さんがそう云ったよ。 な処へや 0 て来たのだろうと、誑ながら黙 0 て様子を見 異人の女が毎日あの西洋館へ来て姉さんに教えてやってるて居ると、共の子は信一に仙吉仙吉と呼び捨てにされなが の」 ら、坊ちゃん坊ちゃんと御機嫌を取って居る。後で聞いて はなわ こう云って信一は西洋館の一一階を指さした。肉色の布の見れば塙の家の馬丁の子であったが、共の時私は、猛獣遣 かかった窓の中から絶えず洩れて来る不思議な響き。 いのチャリネの美人を見るような眼で、信一を見ない訳に こだま ・ : 或る時は森の奥の妖魔が笑う木霊のような、或る時はおは行かなかった。 とぎばなし こびと 伽噺に出て来る侏儒共が多勢揃って踊るような、幾千の細「そんなら三人で泥坊ごっこしよう。あたしと栄ちゃんが まわりさん かい想像の綾糸で、幼い頭へ微妙な夢を織り込んで行く不お巡査になるから、お前は泥坊におなんな」 思議な響きは、此の古沼の水底で奏でるのかとも疑われ「なってもいいけれど、此の間見たいに非道い乱暴をしつ はなくそ る。 こなしですよ。坊ちゃんは繩で縛ったり、鼻糞をくッつけ 奏楽の音が止んだ頃、私はまだ消えやらぬ ecstasy の尾たりするんだもの」 を心に曳きながら、今にあの窓から異人や姉娘が顔を出し此の問答をきいて、私は督驚いたが、可愛らしい女の ような信一が、荒くれた熊のような仙吉をふん縛って苦し はすまいかと思い憧れてじっと二階を視つめた。 あすこ めて居る光景を、どう考えて見ても実際に想像することが 「信ちゃん、お前は彼処へ遊びに行かないのかい」 いたず 「ああ徒らをしてはいけないって、お母さんがどうしても出来なかった。 やがて信一と私は巡査になって、沼の周囲や木立の間を 上げてくれないの、いっかそッと行って見ようとしたら、 こつら 縫いながら盗賊の仙吉を追い廻したが、此方は一一人でも先 錠が下りて居てどうしても開かなかったよ」 ようや 信一も私と同じように好奇な眼つきをして一一階を見上げ方は年上だけに中々捕まらない。漸くの事で西洋館の裏手 こ 0 の塀の隅にある物置小屋まで追い詰めた。 あしおと 一一人はひそひそと示し合わせて、息を殺し、跫音を忍ば 「坊ちゃん、三人で何かして遊びませんか」 ふと、こう云う声がしてうしろから駈けて来た者があせ、そうっと小屋の中へ這った。併し仙吉は何処に隠れ ぬか る。共れは同じ有馬学校の一一一年上の生徒で、名前こそ知たものか姿が見えない。そうして糠味噌だの醤油樽だのの なわしば しか こいっ
あざ らようど ふすま こう云って、友禅の振袖を着た十三四の女の子が襖を開真っ白な右脚の脛に印せられた痣の痕を見せた。丁度膝頭 のあたりからふくら脛へかけて、血管が青く透いて見える けて駈け込んで来た。額のつまった、眼元口元の凜々しい 顔に子供らしい怒りを含んで、つッと立った儘弟と私の方薄い柔かい肌の上を、紫の斑点がばかしたようにしく をきりきり睨め付けている。信一は一と縮みに縮み上って濁染んでいる。 「云っつけるなら勝手においいつけ。けちんばけちんぼ」 蒼くなるかと思いの外、 「何云ってるんだい。徒らなんかしやしないよ。お友達に信一は人形を足で減茶減茶に蹴倒して、 「お庭へ行って遊・ほう」 見せてやってるんじゃないか」 と、まるで取り合わないで、姉の方を振り向きもせずに絵と、私を連れて其処を飛び出してしまった。 「姉さん、泣いて居るか知ら」 本を繰っている。 戸外へ出ると、気の毒なような悲しいような気持になっ 「徒らしない事があるもんか。あれ、いけないってばさ」 ばたばたと姉は駈け寄って、見て居る本を引ったくろうて私は尋ねた。 けんか としたが、信一もなかなか放さない。表紙と裏とを双方が「泣いたっていいんだよ。毎日喧嘩して泣かしてやるん めかけ しばら 引張って、綴じ目の所が今にも裂けそうになる、暫くそうだ。姉さんたって彼れはお妾の子なんだもの」 こんな生意気な口をきいて、信一は西洋館と日本館の間 して鼎み合って居たが、 けやきえのき にある欅や榎の大木の蔭へ歩いて行った。其処は繁茂した 「姉さんのけちんぼ ! もう借りるもんかい」 と、信一はいきなり本をたたき捨てて、有り合う奈良人形老樹の枝がこんもりと日を遮って、じめじめした地面には を姉の顔へ投げ付けたが、狙いが外れて床の間の壁へ当っ青苔が一面に生え、暗い肌寒い気流が一一人の襟元へしみ入 おおかた こ 0 るようであった。大方古井戸の跡でもあろう、沼とも池と ろくしよう またも付かない濁った水溜りがあって、水草が緑青のように浮 年「それ御覧な、そんなをするじゃないか。 まとわ・ よ、打つなら沢山お打ち。此の あたしを打つんだね。い、 いて居る。二人は其のへ腰を下ろして、湿っぽい土の匂 あぎ 間もお前のお蔭で、こら、こんなに痣になってまだ消えやいを嗅ぎながら・ほんやり足を投げ出して居ると、何処から 少 しない。 これをお父様に見せて云っつけてやるから覚えてともなく幽玄な、微妙な奏楽の響きが洩れて来た。 おいで」 「あれは何だろう」 ちりめん こう云いながらも、私は油断なく耳を傾けた。 恨めしそうに涙ぐみながら、姉は縮緬の裾をまくって、 ゅうぜん はぎ
あ 協わせて美人を掠奪する挿絵の事を想い泛かべながら、仙の顔を万遍なく汚してしまった。目鼻も判らぬ真っ黒なの 吉と一緒に友禅の裾模様の上から二本の脚をしつかりと抱っぺらぼうな怪物が唐人髷に結って、濃艶な振り袖姿をし きかかえた。共の間に信一は辛うじて光子を後手に縛り上ている所は、さしずめ百物語か化物合戦記に出て来そう ようや げ、漸く縁側の欄干に括り着ける。 で、光子はもう抵抗する張合もなくなったと見え、何をさ さるぐっわは れても大人しく死んだようになって居る。 「栄ちゃん、此奴の帯を解いて猿轡を篏めておやり」 「よし来た」 「今度だけは命を助けてやる。此れから人間を化かしたり うこんちりめんしご と、私は早速光子の後に廻って鬱金縮緬の扱帯を解ぎ、結なんかすると殺して了うぞ」 * まげ いたての唐人髷がこわれぬように襟足の長い頸すじへ手を 間もなく信一が猿轡や縛しめを解いてやると、光子はふ ふすま 挿し入れ、しっとりと油にしめって居る髱の下から耳を掠いと立ち上って、いきなり襖の外へ、廊下をばたばたと逃 おとがい めて頤のあたりをぐるぐると二た廻り程巻きつけた上、カげて行った。 しもぶく の限り引き絞ったから縮緬はぐいぐいと下脹れのした頬の「坊ちゃん、お嬢さんは怒って云っつけに行ったんです 肉へ喰い入り、光子は金閣寺の雪姫のように身を悶えて苦ぜ」 しんで居る。 今史飛んでもない事をしたと云う風に、仙吉は心配らし く私と顔を見合わせる。 「さあ今度はあべこべに貴様を糞攻めにしてやるそ」 信一が餅菓子を手当り次第にロへ啣んでは、べっぺっと「なに云っつけたって構うもんか、女の癖に生意気だか 光子の顔へ吐き散らすと、見る見るうちにさしも美しい雪ら、毎日喧嘩していじめてやるんだ」 そらうそぶ らいびよう かさ しず 姫の器量も癩病やみか瘡つかきのように、二た目と見られ信一が空嘯いて威張って居る所へ、今度はすうッと徐か ない姿になって行く面白さ。私も仙吉もとうとう釣り込まに襖が開いて、光子が綺麗に顔を洗って戻って来た。餡と 一緒にお白粉までも洗い落して了ったと見え、却って前よ 年れて、 さつ、おれ 「こん畜生、よくも先己達に穢い物を喰わせやがったな」 りは冴え冴えとして、つやのある玉肌の生地が一と際透き こう云って信一と一緒にべっぺっとやり出したが、共れ徹るように輝いて居る。 少一てぬる も手緩くなって、しまいには額と云わず、頬と云わず、至定めし又一と喧嘩持ち上るだろうと待ち構えて居ると、 る所へ喰いちぎった餅菓子を擦りつけて、餡ころを押し潰「誰かに見つかるときまりが悪いから、そうッとお湯殿へ したり、大福の皮をなすりつけたり、またたくうちに光子行って落して来たの。 ほんとに皆乱暴だったらあり こいっ りやくだっ たな かす いまさら みんな かえ
と云って戸外へ出ると、いつの間にか街は青いタ靄に罩め てしまった。 やがて私も俯向きにされて裾を剥がされ、腰から下をべられて、河岸通りにはちらちら灯がともって居る。私は恐 ろペろと喰われてしまった。信一は、二つの死骸が裸にさろしい不思議な国から急に人里へ出て来たような気がし しり れた臀を土間へべて倒れている様子を、さも面白そうにて、今日の出来事を夢のように回想しながら家へ帰って行 さっき からから笑って見て居たが、共の時不意に先の女中が小屋ったが、信一の気高く美しい器量や人を人とも思わぬ我が びつくり 儘な仕打ちは、一日の中にすっかり私の心を奪って了っ の戸口に現れたので、私も仙吉も吃驚して起き上った。 「おや、坊ちゃんは此処にいらっしやるんですか。まあおた。 召物を台なしに遊ばして何をなすっていらっしやるんです明くる日学校へ行って見ると、昨日あんな非道い目に会 きたな ねえ。どうして又こんな穢い所でばかりお遊びになるんでわされた仙吉は、相変らず多勢の餓鬼大将になって弱い者 いじめをして居る代り、信一は又いつもの通りの意気地な しよう。仙ちゃん、お前が悪いんだよ、ほんとに」 女中は恐ろしい眼つきをして叱りながら、泥の足型が印しで、女中と一緒に小さくなって運動場の隅の方にいじけ せられて居る仙吉の目鼻を、様子ありげに眺めて居る。私て居る気の毒さ。 はまだ蹈みつけられた顔の痕がびりびりするのをじっと驢「信ちゃん、何かして遊ばないか」 えて何か余程の悪事でも働いた後のような気になって立ちと、たまたま私が声をかけて見ても、 「ううん」 すくんだ。 「さあ、もうお風呂が沸きましたから、好い加減に遊ばしと云ったなり、眉根を寄せて不機嫌らしく首を振るばかり てお家へお這入りなさいませんと、お母様に叱られますである。 よ。萩原の坊ちゃんも亦いらしって下さいましな。もう遅それから四五日立った或る日のこと、学校の帰りがけに うございますから、私がお宅までお送り申しましようか」信一の女中は又私を呼び止めて、 「今日はお嬢様のお雛様が飾ってございますから、お遊び 女中も私にだけは優しくしたが、 にいらっしゃいまし」 「独りで帰れるから、送って貰わないでもいいの」 こう云って誘ってくれた。 こう云って私は辞退した。 共の日は表の通用門から番人にお時儀をして這刄って、 門の所まで送って来てくれた三人に、 正面の玄関の傍にある細格子の出入り口を開けると、直ぐ 「あばよ」 うつむ じぎ ゅうもやこ
「うん、そうか、太い奴だ。まだ何か悪い事をしたろう。 咽せ返るような古臭い匂いが、薄暗い小屋の中にこもっ て、わらじ虫がぞろそろと蜘蛛の巣だらけの屋根裏や樽の人を殺した覚えはないか」 あんま いたず 「へいございます。熊谷土手で按摩を殺して五十両の財布 周囲に這って居る有様が、何か不思議な面白い徒らを幼い 者にそそのかすようであった。すると何処やらでくすくすを盗みました。そうして共のお金で吉原へ参りました」 * どんちょうしまい * からくり たらまうつばり と忍び笑いをするのが聞えて、忽ち梁に吊るしてあった緞帳芝か覗き機巧で聞いて来るものと見えて、如何に 用心籠がめりめり鳴るかと思うと、其処から「わあ」と云も当意即妙の返答である。 ほか 「まだ其の外にも人を殺したろう。よし、よし、云わない いながら仙吉の顔が現れた。 「やい、下りて来い。下りて来ないと非道い目に合わせるな。云わなければ拷問にかけてやる」 かんにん 「もう此れだけでございますから、堪忍しておくんなさ そ」 信一は下から怒耳って、私と一緒にで顔をつッ突こうい」 信一は、手を合わせて拝むようにするのを耳にもかけ とする。 へこおび うすぎたな ず、素早く仙吉の締めて居る薄穢い浅黄の唐縮緬の兵児帯 「さあ来い。誰でも傍へ寄ると小便をしつかけるそ」 くるぶし を解いて後手に縛り上げた上、其のあまりで両脚の踝ま 仙吉が籠の上から、あわや小便をたれそうにしたので、 信一は用心籠の真下へ廻り、有り合う竹竿で籠の目から仙で器用に括った。それから仙吉の髪の毛を引っ張ったり、 まぶた ほっ しり 頬べたを摘まみ上げたり、眼瞼の裏の紅い処をひっくりか 吉の臀だの足の裏だの、所嫌わずつッ突き始めた。 みみたぶ えして白眼を出させたり、耳朶や唇の端を掴んで振って見 「さあ、此れでも下りないか」 おしやく 「あいた、あいた。へい、もう下りますから御免なさい」たり、芝居の子役か雛妓の手のようなきやしゃな青白い指 こうかっ ふしぶしおさ 悲鳴を揚げてあやまりながら、痛む節々を抑えて下りて先が狡猾に働いて、肌理の粗い黒く醜く肥えた仙吉の顔の 筋肉は、ゴムのように面白く伸びたり縮んだりした。其れ 年来た奴の胸ぐらを取 0 て、 にも飽きると、 「何処で何を盗んだか、正直に白状しろ」 でたらめ と、信一は出鱈目に訊問を始める。仙吉は又、やれ白木屋「待て、待て。貴様は罪人だから額に入墨をしてやる」 少 で反物を五反取ったの、にんべんで鰹節を盗んだの、日本こう云いながら、共処にあった炭俵の中から佐倉炭の塊 銀行でお札をごまかしたのと、出鱈目ながら生意気な事をを取り出し、唾叱をかけて仙吉の額へこすり始めた。仙吉 は減茶減茶にされて崩れ出しそうな顔の輪廓を奇態に歪め 云った。 さっ
75 少年 を傾けた儘、いつまでもいつまでも眼瞼の裏の明るい世界 を視詰めてすわって居た。 共の明くる日から、私も仙吉も光子の前へ出ると猫のよ さから ひざます うに大人しくなって跪き、たまたま信一が姉の言葉に逆 たちま えしやく おうとすると、忽ち取って抑えて、何の会釈もなくふん縛 ごうまん ったり撲ったりするので、さしも傲慢な信一も、だんだん 日を経るに従ってすっかり姉の家来となり、家に居ても学 校に居る時と同じように全く卑屈な意気地なしと変って了 った。三人は何か新しく珍らしい遊戯の方法でも発見した ように嬉々として光子の命令に服従し、「腰掛けにおなり」 はいふ込 と云えば直ぐ四つ這いになって背を向けるし、「吐月峰に ただ かしこ おなり」と云えば直ちに畏まって口を開く。次第に光子は 増長して三人を奴隷の如く追い使い、湯上りの爪を切らせ たり、鼻の穴の掃除を命じたり、 Urine を飲ませたり、始 終私達を側へ侍らせて、長く此の国の女王となった。 あ 西洋館へは其れ切り一度も行かなかった。彼の青大将は 果して本物だか贋物だか、今考えて見てもよく判らない。 おさ まぶた