うしろに駈け去る爆音を聞き捨て、倉子の今日の態度と「お逢いしたわ」 言葉の意味を真知子は歩きながら探った。むずかしいこと「おやそう」堯子はその母が敷いたままになっていた座布 とん でもなかった。それまでの例により、倉子が親密と接近を団を、義妹に裏返した。「どこんとこで」 「花屋のまえ」 示す場合は、一つのきまった目的によることがわかってい たから。しかし、いつもなら見つけても知らぬふりで駈け「なら、ほんのひと足違いでございましたわね、お母様」 過ぎたはずの彼女が、乗り物を返してまであんなお世辞を母も残念がった。 一一人はちょっとしたことで昨夜から気まずい顔をし合っ 使って行ったのはなぜか。たしかに特別なしかたであっ うっぷん た。が、真知子の関心はそんなことよりなお胃の腑にある、ていた。真知子が買い物に出る時まで、母は鬱憤をひそか さら ー子の支払った三皿のランチに強く残されていた。原稿に娘に訴え、堯子がはずんでいる明日の客をも、よけいな ことだとけなした。その彼らを二、三時間の留守になにが 料のかわり、・、 ーの女の契約金でそれがあったとしても、 田口夫人の見せた不思議な懇親と、 価値を割引きする気にはなれなかった。・ハーはもちろん、妥協さしたのか。 雑誌社で働くことさえ許されようとは信じられない境遇それは容易に結びつけられた。が、知らぬ顔で、真知子は が、その収入の貴重さを真実に思い知らせた。学校でよ ーいまず買い物の結末をづけようとし、残った金と受取りを紫 たん いかげんばかにしていた、ちゃらつ。ほこやの <t ー子の前檀の小さい茶卓に並べかけると、嫂は横から引ったくっ た。それどころではない重大な用事が、彼女を待っている に、あわれに無能な自分を真知子は今日感じていた。 のだといって。 「やっと帰ってらした」 「あんたの御縁談」 「たいそうまた、 、かったのだね」 子母がめずらしくの部屋で話し込んでいた。不意に開けむしろ違った用事であったほうが、彼女を驚かしたであ 知た彼女に対する二人の迎え方にも、常にないあるものがあろう。 真った。たいそうまた遅かったーーーそれさえいたわりの調子「おかしくもないって顔ね」堯子はふり返り、意味のある で響いた。 微笑を未亡人に送りながら、「でも、誰があんたを欲しが 行「田口の叔母様がぜひあんたに逢ってからって、今さきまっていらっしやるかってことがわかったら、決して冷淡に はしてらっしゃれないわ。ねえ、お母様」 で待っていらしたのだよ」
「あら、お弾きになるくせに」富美子が向こう側の椅子か「学校のためによしたのじゃありませんわ」 らロを入れた。「そんなことおっしやったって承知しない この弁明は倉子には認められなかった。今日すでに一度 問題になった彼女の勉強のことと、選択学科の話が再びそ こに出た。社会学という言葉を聞いた時、柘植夫人の濃い 「私の下手はあなたがい っとうよく御存じじゃないの」 しりあ まゆ 「だって、私たちにばかり弾かしたんじゃおずるいわ。ね尻上がりの眉は、何か不気味な毒虫の名前を耳にしたごと けいれん え、多喜子さん」 く、額で痙攣した。 多喜子も富美子の抗議に同意した。他の人たちもその後「ですから、今日もそう申したところなのですが」倉子は について勧めた。ことに倉子は主人役の礼儀として、当然最も反応のあった夫人を主として相手にしながら、「なに 彼女からいい出すべきであった手落ちを償うために、同時も社会学なんて、そんなものを勉強なさらなくったってよ けんそん に河井が、本当に真知子は上手でないのか、単なる謙遜かさそうなものじゃありませんかって。だいち、誤解されや わからないので、自分の発言の結果に当惑しているのを救すうございますからね。ちゃんとした家のお嬢さんで、そ うために、・せひ弾かせようとした。倉子は、ちょうどビアういう学問をなさっては」 ノの近くにいた竹尾を呼び立て、楽譜を真知子のところへ 「さようでございますともね」 持って行かした。 「それくらいならな・せフランス文学でもなさらないかと思 ばや 正直にいって、真知子はこんな場合は率直にふるまうほ いますよ。当節は私どもの若いころと違ってフランス語流 うが好きであった。しかし有るほどの楽譜は練習なしに弾行ですし、世間の聞こえもどんなにいいかしれませんし、 けるようなやさしいものではなかった。同時にそれが弾け性質から申しても、お嬢さんには向いた学問でございます はす ない羞かしさよりは、自分の拒絶を女らしいコケットリともの、ねえ」 子して誤解されることのほうが真知子には何倍か厭であった「全くフランス文学は思いっきでございますね。フランス けいこ 語をお稽古なさるだけでも調法でございますわ」 知ので、もう一度きつばり断わり、ビアノなんかいっ弾いた 「ほら、真知子さん、柘植さんの奥様もああおっしやるじ 真か覚えないくらいだといった。 「若いお嬢さんが、そんなことってありませんよ。それはやありませんか」倉子は非常に知識的なりつばな話をして るという自信で、得意になって、「どうしても哲学のほ 学問も結構でしようが、そのためビアノまで捨てておしまい いになるなんてーー」 うでなければお悪いんなら、美学なんかでもございましょ
「まああぎらめて働きますよ。要するに聴講生なんてもの花屋の前で、倉子は彼女のために戸を開けていた。「お昼 は、あんたのようなプルのお嬢さんたちにはおあつらえ向ごろには帰っていらっしやるような、堯子の話でしたか きなんだけれどーー」 ら」 「人聞きのわるいことをいうわね」 「銀座で友だちに逢って」 「わるくてもよくても、・フルの事実やおおうべからず」 「今日こそはゆっくりあなたにお逢いして行きたいと思っ たのですけれど、これから Z ー伯爵のお茶の会で、どうし つり銭を盆に載せて来た娘のような顔をした少年の給仕てもはずせませんのでね」 まぶた が、うす赤い臉の眼を張って目送したほど唐突に椅子を離「なにか御用事でしたら、伺ってまいりますわ」 れ、真知子はさっさと戸口へ進んだ。おもてへ出ても、笑「いやな真知子さん」若いひとのするような表情で、倉子 にらまね って追うて来たー子をすぐにはふり返ろうともしなかつは軽く睨む真似をした。「往来の立ち話でもすむ用事に、 と 朝から三時間もあなたを待ったとお思いになって。 にかく、お母様と堯子までによく話しておきましたから、 家の方へ曲がる角の交番のうしろから、海色のパッカー お帰りになればどんな用事で私が今日伺ったか、またあな ごうん ドが傲然と電車路へうなり出た。停留所から二、三歩あるたって方が、どんな運のよい生まれ合わせかってことがお きかけたばかりの真知子に、窓の内側の知った顔がちらとわかりになりますわ」 白く透いて見いた。彼女はそのため足を留めようとはしな倉子は、どうかして相手をまちがえたのだと思われるほ かった。電車からいっしょに下りた四、五人がまだ散ってど慇懃にそれをいった。できたらもっと話したいらしかっ いなかったし、それにトラックが一台、出鼻をさえぎられた。・ : カ自動車のうちと外で、ことにおもて通りで、人目 しげき て前をふさいでいたので、向こうではたぶん気がっかなかを刺戟しないでそれ以上会見をつづけることができなかっ ったであろう。それならかえってしあわせであった。 た。倉子は明日逢うのを楽しんでいる旨をおしまいに付け が、自動車は線路の内側から、急カープで引っ返して来加え、やっと、真知子に屈みかけていた上半身をもとの位 びんしよう た。運転手の内野が敏捷に飛び下り、交番に沿うて曲がろ置に戻した。 うとする彼女に追いついた。 「それでは」 「まあ、真知子さん、今までお待ちしてたんですよ」後の「さよなら」 こ 0 いんぎん
うわさ いた。その日の苦い思いが、酸の増した胃液のように彼女変わらずいろんな噂をかき集めている、たぶん三分の一は の意識に分泌された。胸いつばいの涙で、気狂い病院の上まちがっているおしゃべりにも、どこか遠くに没した故郷 の坂道を駈け降りた自分自身を、真知子ははっきり描くこの方言を聞く懐かしさがあった。 とができた。同時に、おなじ夜の河井との交渉は、苦渋な舗道で残されたものが、ちょっとしたカフェの卓の上 かつばっ 追想につらなるだけ、いっそう奇妙な、ばかばかしいものへ持ち越された。寝坊して朝飯を抜いたー子は活澄な食 に見えた。実際彼女にとって、それは一場の笑劇以上では慾で、真知子は半分おっきあいで、いっしょに食事をし 、一はかっ 42 0 た。すむとー子が機敏に支払った。 「そんな法てないわ」 電車側に斜めにつらなり、わざといつまでも彼女を抜か 「まあ任せておくもんです」 なかった二人の三田の学生を、無遠慮に突っきり、不意に いっしゅう 真知子の異議を、彼女は例の男のことばで一蹴した後、 一口かがわめいた。 本当をいうと意外な収入があったので、京橋まで歩くうち 「なに・ほやぼやしてんの」 めがね ー子の好みの悪い青い帽子と、大きく光る眼鏡が、前誰かに出逢ったら、昨日けんかした人でも奢る気でいたの だ、と話した。 にあった。 とくめい 「婦人評論に匿名でちょいとしたものを書いたことが、運 「ーーー気がっかなかった」 ちじよく よく原稿料を貰えたってわけなのさ」 「銀座の一丁目歩いてるってふう。恥辱だわ」 「なら、もっと御馳走させてもよかったのね」 「以後は注意します」 へんしゅう せん 「この次します。あの主筆を先から知ってるんでね、編輯 「ぶうだ」 ー子は、その銀座二丁目で、生徒控え室式の笑い方をのほうへ働かないかっていってくれるの」 子した。 「いいあんばいじゃなくて。学校のほうはだめになったん ようじ かご 知彼らは連れになった。ひとり行くよりは、確かにずつだし」真知子は洋銀の小さい籠から取ったつま楊枝をおも あだな と銀座らしい漫歩であった。でなくも米子に別れ、学校かちゃにして折りながら、 << ー子の仇名をよい意味で思い出 真 からだ ら締め出され、母と兄と嫂と、気持ちにも身体にも手数のしていた。「そんな才能あんたには十分あるともうわ」 ー子はできたら福岡に行って >< ー教授についてみたい かかるその客の間で暮らしている真知子には、彼女のとき ぎ - りよう どき男のような口調をする話しぶりや、特殊の技倆で、相のだけれども、といった。 なっ おご
馴れていた倉子は、今日のような会合ではとりわけうわては関のことを打ち明けなかったために母の前で感じたうし なもったいぶった態度を示した。 ろめたさとは、別な感情であった。彼女は、自分の昨日の ごと 人々は、倉子のこのやり方について蔭では悪口をいっ伴がもっと目立つような服装をし、河井たちの如く自動車 た。それでも逢うと他の親類の誰に対するよりもちやほやで乗りつけていたならば、倉子がこんないい方はしないで あろうことを知っていた。 し、気を迎えようとするのが共通の習慣になっていた。 真知子は母のあとから彼女に近づいた。 食事がはじまった。倉子は弓子と並んで重な椅子に着い 「おや、お珍しい」 た。真知子は彼らからなりたけ離れた席を見つけた。それ 倉子はこの一言と、年齢のわりにはでな化粧をした顔にはいろいろな意味でよい選択であった。第一には倉子との 浮か・ヘたわずかな微笑で、真知子の挨拶に答えた。それつ交渉が避けられたし、その他にはすぐ横にかけていた支那 きりで、まわりの人たちに見せたような、真知子自身にも通の老人から、おもしろい料理の話を聞くことができたか 一と月前の園遊会の日までは確かに惜しまなかったお愛想ら。 あひる ねぎ を塵も表わさなかった。そういえば未亡人に対してもい ちょうど家鴨の出た時であった。老人は薄い肉片を葱と じようす つもよりよそよそしかった。このぶあしらいは真知子には いっしょに上手に衣に包みながら、それがどこから持ち来 むしろ笑止であった。で、自分もそのまま引き下がって知たされたものかと思うかと真知子は尋ねた。支那だという おそ らん顔をしていればすむのであるが、それでも怖れたようだけはわかっていた。しかしその手順は彼女を驚かした。 に思われたくなかったから、平気で尋ねた。 老人の説明によれば、それらの家鴨はやっと雛から出たば しせん いかだよう十・こう 「富美子さん、今日はお見えになりませんの」 かりのころ、遠い四川省の奥から筏で揚子江に運び出され 、え、参ります」都合で少しおくれるだけだという意る。家鴨飼いの一家はその日から筏を家とし、何千羽とい 子味を、切り口上で述べたと思うと、急に何か考えついたよう家鴨の雛をその上に飼いながら江を下りはじめる。天気 しだい、風しだいの航行である。雨季にかかって雨に降り 知うに、「そういえば、昨日お逢いしたんですって」 つな ようりゅうかげ 「上野で、ちょっと」 こめられると、いつまでも同じ岸の楊柳の蔭に筏を繋いで 真 ゅうちょう 「どなたかおつれがおありだったとかって」 晴れる日を待つ。こういう悠長な明け暮れの間に、雛で積 けいべっ 夫人の調子にあらわれた明白な軽蔑は、今まで余裕のあまれた家鴨はだんだんと大きくなり、六か月目でやっと目 かた った真知子の心を俄かに硬くした。いうまでもなく、それ的地の上海に着いた時には、りつばに成育した家鴨になっ にわ ひな
倉子は未亡人とは反対の浮き浮きした、ことに真知子にわ。お母様」 それに対し、未亡人はその着物を着せるについてもひと は珍しい打ち解けようを示した。 「真知子さん、こんなひとのいいなりになっていらした争いしたくらいで、自分たちのいうことなそすなおにきい ら」倉子は自分の左に腰かけさした彼女と右側の娘をかわてくれる彼女でないといった。人に向かっては容易に愚痴 るがわる眺めていった。「それこそ、どんなところへ引っをこ・ほさなかった母だけに、その打ち明けは真知子を驚か くろめ まっげ した。彼女は睫毛のそりかえった長い黒瞳で、母を咎め 張って行かれるかしれませんよ」 「まさか、ねえ」向き合った真知子の方へまるい顎をしやた。倉子はそんなはずはないと調停した。 くって見せ、それから富美子は母に話しかけた。「お母様、「真知子さんのような、学問のおありになる、わかったお そむ 嬢さんが、お母様のおっしやりつけを背くなんて、そんな」 真知子さんも私と同じ意見よ」 「しいえ、よくけんかいたしますの」 「何が同じ意見です」 真知子はなにかに突き出されていった。「着物のことな 「指輪を貰うんなら、誰でも新しい内のほうがいいにちが んか干渉されるの私厭なんですから」 いないって。 ねえ、おっしやったわね」 だいきら 「私も大嫌いよ、着物のこといわれるの」 富美子は再びまるい顎で向こう側の承認を求めた。 「ほら、このとおりですから」倉子は娘の外交を誰より笑「なんですねえ」向こう側から、セーヴルの模様つきの茶 わん いながら、この手でよくいろんなものを取られてしまうの碗を手にしつつ賛成した娘に、よけいなことだという顔を だとこ・ほした。「・ー、・指輪なんか数多くはいらないような見せておいて、倉子は今までよりはずっと重々しく真知子 ものの、人中へ出ますとそうもまいりませんしね。時節にの方へ向き変えた。「着物なんかのことはまあそれだけと そむ ととの 応じて相当ななりや装飾を調えるのは、身分を守る上からして、他のもっと大事なことではお母様のお考えに背いた もたいせつなことで、決してぜいたくではないと信じておりはなさらないはずですわ。ねえ、そうでございましよう」 「なんのお話でしよう、それ」 り・亠 , よ 0 そう申せば、今日の真知子さんは本当にな んておりつばなんでございましよう。お洋服ももちろん結倉子はすぐ応じようとして、彼女の母に対し無言の承認 ひたいたて を求めた。未亡人は蒼い筋の目立って来た額を竪に下げ 構ですけれど、それとこれではまたお品が違いますもの。 た、どうか遠慮なくおっしやってくださいまし。 つも今日のような 身うちのものの正直な註文を申せば、い じんもん お嬢様らしいお嬢様でいらしていただきとうございます予期した訊問がはじまった。彼女はどうして関のような あお とカ ちゃ
らっしやるのよ。それに主義者だって、あの人ちっとも怖当なら免疫性が多いはずなんです」 い人じゃなさそうだわ、ねえ」 「そんなことをおっしやったって、あなた」 真知子は、この言葉といっしょに、富美子のわだかまり「だめですかね、は、は、は」彼はわざとひょうぎんに妻 のない、同情の視線をテイプル越しに受け取った。・ : カそをはぐらかすと、つやつやと禿げた頭に、太い・ほっちやり れに対して彼女がなにか報いなければならなかった前に、 した手をやりながら、娘と並んでいる婿の方をにこにこと 倉子が誇張した間投詞で割って入り、改めて本当に知って眺めた。「しかし君だけは、木村、同業のよしみで賛成し いるひとかとねた。真知子は本当に知 0 ているひとだとないといかんよ」 返事した。 「ついでに社会主義予防注射液でもこしらえて、うんと儲 「当節のお嬢さんが、いくら自由な考え方をなさるたつけるんですね」 て」大それた話だという表情を倉子はして見せながら、 「あんたまで何です。ふざけて」 こわ 「そういう交際は決して賛成できませんね、真知子さん。 倉子が本気に怖い顔をしてった。と、それがおかしか はや 山瀬さんも山瀬さんですよ。御自分はとにかくとして、真ったといって洋画家がそばから囃したので、それに和した 知子さんまでそんな危険な人物に紹介するなんて」 ティ・フルの各部分からの笑い声と微笑が、話題の中心をよ えんざい 意外なとばっちりでめんくらった山瀬が、急いで冤罪をうやく社会主義と真知子から移動させようとしかけた。 解こうとした隙を与えず、倉子は真向かいの夫に同意を求その時、それまでは傍聴者に廻っていて、むしろ話より めた。「ねえ、あなた。もしそんなことで世間の誤解でもも、同じ程度に左の利くとなりの田口が紅茶に割るつもり 受けようものなら、取り返しがっきませんわねえ」 で取り寄せたウイスキのほうに心を引かれていた柘植子 ひろう 「大きに、そうだ。しかし」どんな場合でも、生来の陽気 が、急に口を開き、自分の社会主義観を一つ披露しようと 子さと医者らしい円滑を失わない博士は、医学的の見地から しい出した。 知すれば、病菌は馴れるほど危険率が少なくなるものだとい 「結局ポルセヴィキ観になるんだが」少し酔って頬と鼻を きわだ ひげ うことを妻よりみんなを相手にした口調で話し出した。 真 赤くした彼は、そのため際立って白く見える鬚の中で断わ 「結核の病院に勤めている石護婦でも、田出の健康な者りながら、「このごろ必要があ 0 て、ロシアに関する書物 りくっ ほどかえってやられるんでして。この理窟で行くと、社会を取り寄せて読んでみると、なかなかおもしろい。レニン 主義なんてものはいくらか様子を知ったもののほうが、本という男はたしかに傑物ですよ」 こわ
北軽井沢の山荘にて。右から豊一郎、谷川俊太郎、 谷川徹三夫人、弥生子 ( 昭和 22 年 8 月 ) 違家 関こ踏年子囲 の る校 る にろナ 0 て、 む 周 係 居フ に を の真連け ムヒ良 こ月 も は な を生 と み え中文月ヒ し多 台真通動知 の を い るら 疋 を ノし、 フ 的作改 数 に 初 。て 持 と こ知 っ流学 な子 き子 し そ 眼 の は 、子て の っ階部 の ちす を な、 ュ旦 か ロロ 嫌が知中嫌階第追 は の を の 、知 級 純 つ年 子 編 亜 、惹、 心悪級一求出聴独識 カゞ よ た つ た 真し母 の段さ身講立人 ぁ 小 供 、す っ ぶ た と か 以 な 説 な、 れ貧描反生階 っち 、親 を の 生 . と上 ど る れ の が気法と 、農か撥粤活はて女 と考 し て は た生 の 持政し ょ 真 ん活彼出 7 兄 い跡 ら い性し を れ か、 て グ ) ま場 へ 身る る を か大て っ 知 て持 か の る ら な 子 わ絶 で 境 ら 彼退女 、ネ上 学 せ の の つか た運教 、か愛革第女屈の全 糸吉ュく ム 生 け た ざ て さ も 関 な 重力キ受の と属体婚学美る ら の ま し 昭れ が脱そ運段結滑す を迫 い と を し にの思 は 身耳哉ど い事 るす出 し動階婚楹 ! るほ恋 不ロ 学 : た か実 て 家は問 と中 ぶ娘 をに問 は、 愛 で し の な た に投あ題 と こ新 、題醜多流三 年が ク ) 糸吉 の か状 な を米生婚関友 を陋す階つ問 根 八 つ況 か 知子 っ良て夫直 活 真 と 人 め 糸及 の題 、た下 彳皮 . の と こ冫夬 い大 五 女 ぐ っ 心傷豊面 にと段を知 し問に た て肉飛 フ 庭 る対そ階中 子か題作 年 と こ白勺 : 意 つ 、体 びを青米周すれ が者 し相作き郎ざ こ軸 十 と も 474
倉子からの親密らしい打ち解けた調子で遅刻を詰じられな「参考品の整理だけでも大変ですわね」 がら、竹尾という名前で紹介された若い医者がかけた。し「まだうっちゃってあるんです」 ていちょう かし真知子の注意は、そんな知りもしない、鄭重にもされ「あちらのお珍しいもの、ずいぶんおありなのですって」 ない男のひとよりは、向かい側の二人のほうへ引かれた。 「整理がついたら、そのうちお目にかけましよう」 「多喜子さんいかがです、少しお手伝いなすったら」主人 まわりの人々はみんなその二人を目標にして話したり聞い たりしていたし、それを傍観することはおもしろくないとは勧めた。「そういう仕事は婦人の方に適当だと思います ね」 はいえなかったから。 最初は河井の邸内に建てている研究室のことで話がにぎ柘植夫人は多喜子が細かい分類をしたり、かたづけもの をしたりするのが子供の時分から好きであったという証明 わった。 「ー君の説によれば」主人は主任の建築家の名前をあげをそこにはさんだ。 ながら、「完成の上は、日本では他に類のない理想的な研「でも、そのほうの知識がいくらかなければだめですわ 究室になるだろうということでしたが」 「それほどのものではありません」河井はもの静かな、お「なに、馴れれば誰にだってできます」 この返答で多喜子自身はもとより、その会話に口を入れ っとりした態度で受けた。 「いつごろおできになりますの」夫の後を継いで倉子は聞た他の三人も非常に満足そうに見えた。それに続いた話の 間に、河井は中央アジアの方を廻って、今少し貴重な標本 「予定のとおりに行くと、あと二月くらいでたいていすむを集めるつもりであったが、すでに未亡人になっている母 の病気の報知で旅程を繰りあげて帰ったのだということを はずです」 子「おできになりましたら、ぜひねえ、奥様」倉子夫人が柘真知子は知った。 ~ い′ - く 知植夫人に誘いかけながら、いっしょに参観したいものだと「あの当時の御容態では、御母堂が今の程度にまで恢復さ 真いう意味を述べると、夫人はもちろん賛成し、同時に娘もれようとは私はじめ誰も信じなかったのですからね」 そんなものを見ることに非常に興味を持っているというこ 「それにしても、よくまあ長い間お母様がお手放しになっ とをつけ加えたので、多喜子はそれによって都合よく話のたと思いますよ」倉子は今ドイツに行っている長男を引き 仲間入りをした。 合いに出しながら、「ことにお宅様ではほかにかけがえの
「昼はほとんどあの人いないから、いらっしやる時にははもに彼女に押しつけられる。事実堯子には子供の相手をし がきでも出して、鍵を植木屋に預けててもらわなけりや入てやる暇はなかった。訪問は訪問で返さなければならな い。それから招待、会食、芝居、音楽会、買い物、誰かの れなくてよ」 あきす 「まるで、空巣ねらいね」真知子は自分で気のつかない陽近い別荘へ日帰りの小旅行、どうかした作用で遊離ルてい 気さでその冗談を拡大した。「ついでに、あんたのいい書た分子が、再びエレメントに結合したと同じ親和力で、久 しぶりの東京の生活に彼女は浸入した。 物みんな盗んで来よう」 曾根はもちろん妻ほど社交的ではなかった。が、引っ張 米子も笑顔でしずかに応じた。 いい。どうせ書物読んでる時間なんか、私にはり出されればついて行き、重い口で語り、胃が弱いのでほ 「盗んでも んのわずか食べ、酒は飲まず、どんな陽気な席からも、講 ないんだから」 義のあとの顔つきで帰った。その夫の本体を結婚の一週間 兄は予定されていたより早く帰ってきた。曾根家の生活目に研究し終わった時、堯子はため息を吐いた。しかしそ は一変した。もちろん山瀬の一家が上京していた場合とはれから八年になる今日まで、彼女は貞実な、少なくとも彼 す 0 かり違 0 た空気と様式において、毎日客があ 0 た。私女の母が彼女の父に対するよりはず 0 と貞実な妻であ 0 の客の数が兄に劣らなかった。それらの女客はいっそう手た。また生物学者としての夫には、妻も彼自身の研究対象 数がかかった。未亡人は敬称のついた女中頭になった。真と同じ、美しき昆虫にすぎなかったし、したがってむずか 知子は予期したとおり小間使であり、保姆でさえあった。しい注文はつけなかったから、彼らは平和であった。 わくでき 堯子はみね子がその小さい娘に惑溺しているとは全然反対「真知子さん、あんたもいっしょにいらっしやるとよろし かったの」夜がおそいと思いきり寝坊するので、堯子はそ に、一一人の男の子をちっともかまってやらなかった。 こしら スを拵えている 子「ママは、お客様だからだめ」その一言で彼らは容易に追の朝もひとりで食事を取りながら、トート まだ使義妹に話しかけた。「河井さんでは待っていらしったんで 知い退けられる。「みつ、みつはいないのかい。 真いから帰らない。仕様のないぐずねえ。じゃ、ほら、真知すって」 子おば様が遊んであげましようって。目白のお褫母様頂曾根が帰るとすぐ訪ねて来た河井は、北海道で世話にな った答礼の意味で、昨夜彼らを招待した。真知子も呼ばれ いた御本、読んでおもらいなさいよ」 で、六つと四つの腕白小僧が、童話ないし汽車鉄砲ととたが辞退した。