「直子です」とお栄に紹介した。 「敦賀へ帰ったのか」 ござ 「栄でムいます、何分よろしく : : : 」一一人は叮嚀に挨拶を「九州の製鉄所へ見学に行くとかいっていました」 やはた 交わしていた。 「八幡だね」 「どうぞお先へいらして下さい」こういいながら水谷が赤「ええ」 かえ 帽と一緒に還って来た。 謙作は何となく不愉快だった。直子の従兄が、来て泊る こわれもの 「毀物があるんだが、それだけ持って行こう」 事に不思議はないようなものの、自分の留守に三日も泊 「どれです。これですか ? 」 り、その上、自身の友達を呼んで夜明かしで花をしたとい こうらいやき 「僕が持って行くよ」謙作は高麗焼を少しばかりと李朝のうのは余りに遠慮のない失敬な奴等だと思った。又、直子 壺を幾つか入れた一ト包みを取上げた。 も直子だと思った。 「大丈夫です。僕が持って行きますよ」水谷は奪うように僅か十日ではあるが、結婚してこれが初めての旅だっ あいださび それを取った。 た。彼は直子がその間、淋しさに堪えられないだろうと思 一体そういう所のある水谷ではあるが、今日は一層それ 、敦賀行きを勧めた位で、自分も朝鮮でそう気楽にして が謙作には五月蠅く思われた。 いる事が直子に済まない気がし、且つ自身も早く帰りた 彼はお栄と直子を連れ、改札口を出、そこに立って赤帽く、彼は直子に会う事にかなり予期を持って帰って来たの 等を待った。 だ。然し会った最初から、何か、直子の気持が・ヒタリと来 「どうして水谷が来てるんだ」彼は直子に訊いてみた。 ない事が感ぜられ、それに水谷の出ていた事が一寸彼を不 かなめ 「今日自家へいらしたの。此間要さんが来て、三晩ばかり機嫌にすると、それが直ぐ直子にも反射した為めか、直子 泊って、その時水谷さんや久世さんもいらして、お花で夜の気持も態度も変にぎごちない風で、不愉快だった。 路 明しをしたんですの」 水谷が毀物の風呂敷を下げ、赤帽についてニコニコしな 行 「日」 がら出て来た。 まえ 「チッキの荷もあるんでしよう ? 直ぐとらせましよう」 暗「四五日前に一 「要さんは何日帰った。末松は来なかったのか ? 」 謙作はそれには答えず直接赤帽にいった。 3 「末松さんは一度もいらっしゃいません。要さんの帰った「市内配達があるだろう」 のはさきおとついです」 「御座ります」 うるさ ていねいあいさっ りちょう つるが か
た。大阪では列車が駅へ入る前から首を出していたが、此ている列車について走りながら、荷を受取ろうとした。謙 % 所まで来ると、その賑わしさが彼にやっと帰って来たとい作は末松なら分っているが、水谷が迎いに来ている事が何 う気をさした。 となく腑に落ちなかった。自分とのそれ程でない関係から っぽはず 彼は。フラットフォームの人込みの中に直子の姿を探した いって何か壺を外れた感じで漠然不愉快を感じた。 が、見えなかった。彼は何か軽い失望を感じながら、いっ彼は小さい荷物を水谷に渡しながら、 そ、はっきり出て来るよう、言ってやればよかったと思っ「赤帽を呼んで呉れ給え」といった。 「いいですよ。ずんずんお出しなさい」 お栄は腰掛に横向きに坐って、うつらうつらしていた。 そう言いながらお栄の出す荷物も一緒に水谷は置しくお ようや 一年半、 一年半にしては多事だった、 そして慚くろしていた。 なにびと ちょっとはにか 帰って来たという事は何人にも感慨深くありそうな事だ直子は一寸羞んだ微笑を浮べながら近寄って来た。 が、お栄はもうそれさえ想わない程、疲れて見えた。謙作「お帰り遊ばせ」そしてお栄の方にも頭を下げた。 にはお栄の感情がそれ程乾いたように思われた。 「兎に角赤帽を呼んで来ないか」彼は直子に言った。 「いらっしゃいませんか」居ずまいを直しながらお栄は物「いいですよ。奥さん」水谷は自分の働きぶりを見せる気 たもと しきしま いらいら 憂そうに袂から敷島の袋を出し、マッチを擦った。お栄は なのか、又そういった。謙作は苛々しながら、 久しく止めていた煙を此一年半の間に又吸い始めた。 「いいですって、君、これだけの荷が持って行けるかい」 謙作の方は僅か十日の旅でも、帰って来た事がいやに意と言った。 識された。今乗込んで来た連中はれも見知らぬ顔だった大きなスーツケースが三つ、その似、風呂敷包 みんなしりびと が、それが皆、知人かのよう思われるのだ。彼は今度は間 みが幾つかある。水谷はそれらを眺めて今更に頭を掻い 違いなく出ている直子の晴れやかな顔を想い浮べ、汽車の た。そして、 遅い速力を歯がゆく思った。 「じゃあ、僕が呼んで来ましよう」と、急いで赤帽を探し 九時何十分に汽車は漸く京都駅へ入った。謙作は直ぐ群に行った。 つきそ 集から少し後ろに離れて直子と、それに附添って水谷が立謙作は忘れ物のない事を確め、お栄を先に列車からドり こ 0 っているのを見つけた。彼は手をあげた。 かけよ 彼は簡単に、 水谷は直ぐ人を押分け、馳寄って来た。そして未だ動い こ 0 もの かく
「おい。いい加減にやろうよ」待遠しがって末松が言っ もの」 こ 0 「入るといい。直ぐ覚えられるよ。役を書いてやるから、 できやく すずり 「待ち給え、手役が済んで、これからが出来役の部だ」そ 紙と硯を持って来ないか」 して水谷はその方の説明を始めた。 直子は立って、それを取りに行った。 「お栄さんは ? 」と末松が訊いた。 水谷が黒の札を四つに分け、それを開けると謙作の所に つる 「天津に居る」 親の鶴があった。 「天津に ? 」末松は驚いたように言った。「又、どうして 謙作は赤い札を取り、それを播いた。 「私が書きましよう」水谷は入って来た直子の手から紙とそんな所へ : むこう てやく 「彼方に従妹がいるんだ。それが去年の秋に出て来て、そ 硯を取り、手役から一つ一つ説明をしながら書いた。 謙作は一寸自分の手を見てから、それを伏せ、手持ち不れと一緒に行ったよ」 ま物たはこ 謙作はお栄の商売を訊かれたくなかった。隠す必要もな 汰に巻煙草に火をつけた。 どこ やつば かったが、初めての水谷の前ではそれが言いたくなかっ 「龍岡君は今何所だい ? 矢張り巴里かい ? 」末松が言っ こ 0 た。し末松は矢張りそれを訊いた。 「何か商売でもしてられるのかい ? 」 「そうだ。中々勉強してるらしいよ」 「飛行機の発動機では龍岡君が日本で一番いいんだそうだ「何か一寸した事をしてるんだろう。その従妹と共同でや ってるんだ」 ちょうど 「そうかね。既に一番いいとなってるのかね」謙作は心か末松はそれ以上追求して訊かなかった。その時丁度、 「さあ、じゃあ、始めましよう」と水谷が言った。謙作は ら嬉しく思った。 ふだ うわさ 路 「そう言う噂だよ。ー、君の所へは始終便りがあるか直ぐ自分の手をその儘めくり札に重ねて、 「何貫」と言った。 夜 「二貫です」 「時々ある」 暗 謙作はそれだけを場へ投出すと直子の方へいざり寄り、 水谷は一ト通り手役を説明してから、 のぞ たんいもたんべえ びかいち 「どうだい。分った ? 」と其手を覗き込んだ。 四「光一が一名ガチャ。丹一が丹兵衛 : : : 」こんな事を言い 「どうなの ? 」直子は札を両手に持ったまま謙作の顔の前 ながら、「光一」の下に「ガチャとも言う」などと書いた。 てんしん
謙作は自分の留守中の事を直子が少しも言い出さないの 「それは花をしに来たんだ。水谷が手紙ででも誘ったんだ 2 を少し変に思った。自分の一寸した不機嫌がそれ程直子にろう」 こたえたのかしら。然し、直子がその事を悔い、触れたが「そうよ」 ・こと らないのはいし 、として、此方も一緒に全く触れないように「予定の如くやったんだ。然し留守なら少しは遠慮するが かえ こだわ していると、却ってそれがその事に拘泥っている事にもな いいんだ。水谷の下宿でだって出来る事なんだ」謙作は りそうなので、簡単に話せたら話して了いたいと思った。 不知、非難の調子になっていた。 そして今後はそういう事にはもう少し気を附けるよう言い なかなか たかった。然し、彼は却々気軽にそれが言い出せなかつ「末松はそういう点、神経質だ。水谷はその点で俺はいや せつかく た。折角互に機嫌よく、お栄の話も気持よくいっているだよ」 「それは要さんもいけないのよ」 時、それを切り出すのは努力が変った。自然、両方が沈黙 勝ちになった。 謙作は不図「お前が一番いけないんだ」と言いそうにし かなめ 「要さんはいっ卒業するんだ」彼はこんな事から言い出したが、黙って了った。 こ 0 「もうこれから断るわ。実際失礼だわ。御主人の留守に来 「今年卒業したとか、するとかいってましたわ。八幡は見て、幾ら親類だって、あんまり失礼ね」 そこ 「それは断っていいよ。要さんは会わないから、どういう 学もですけど、多分其所へ出るようになるんでしよう」 なお 人か知らないけど、従兄としてお前が親しければ尚、はっ 「帰りには又寄るのか」 「どうですか。何しろ来たと思ったら、直ぐ出かけて、翌きり断って差支えない」 じっ 日は又久世さんや水谷さんとお花でしよう。話しする暇な んかなかった。夜明しでやって、そのまま又晩の九時か十「兎に角、水谷は不愉快だよ。何だって、今日も出迎えな 時まで、三十何年かしたんですもの。人生五十年やるなんんかに来ていたんだ。それもまるで書生かなそのようにい とて ごめんこうむ やに忠実に働いたりして。ああいうおっちょこちょいでも て、迚もかなわないから、私、途中で御免蒙ったわ」 矢張り気がとがめているもんで、あんなにしないではいら 「それで要さんは翌日たって行ったのか ? 」 「朝、私がまだ寝ているうちに黙ってたって行って了った れなかったのだ」 の。にひどいのよ。何の為めに来たか分りやしない」 また ちょっと ふきげん っ びま かく
「買ってやろう。何かあるかい」そう言って謙作は直子を へ出した。 0 一らん 顧みた。 「出て御覧」 「これ、役なの ? 」直子はそういって自分の札と水谷の書直子は扇形に開いた七枚の札を彼に見せて、 たんべえ みくら みんな 「丹兵衛さんよ」と言った。 いて呉れた紙と見較べた。皆は笑った。 さくらたん みんな こんな風に初めてなのであるが、誰れか一人ずつ寝た者「よし。桜の丹だ」こう皆にいって、何気なくもう一度見 、しだか こうけん が後見についていると、何時か直子が一番の高となってた時にかすの菊が一寸彼の注意をひいた。彼は手を出し其 こ どこう さかすき いた。そしてその後に水谷の後見で五光を作ると、これで所だけ扇をもっと開いて見た。それは盃のある菊で、それ ぎんみ があってはその手は役にならなかった。謙作は其盃だけが 大概銀見は決って了った。 上の札で完全に隠されてある所から、これは直子がずるを 直子の大きな銀見で、一年済んだ所で、 「今度は一人でやって御覧。大概解ったろう ? 」と謙作がしようとしたのだと思った。 、つこ 0 「ちょっとも気がっきませんでしたわ」直子も一寸いやな しー 「ええ、しし 顔をして言った。 、、わ。今度は一人でやるわ」 ただ しか 然し一人になると、直子は矢張りよく負けた。結局又誰「よろしい。それじゃあ、桜の丹があるが、罰として只 れか後見をする事になったが、一ト勝負済んで数勘定の時だ」彼は何気なくその札を受取り、めくり札に切り込ん する など、直子はよく、 で、直ぐ勝負にかかったが、「猾い奴だな」と直ぐ一とロ てやく じようだん 「私に何か手役なかったこと ? 」こういって考える事があに串戯の言えなかった処に何となく、それが実際直子の猾 るだったような気がした。勝負をしながら、彼は其事を考 った。「あったわ、たて三でしよ」 「何いってんだ。そりゃあ、前の勝負だ。慾が深いな」謙えた。彼は気を沈ませた。そして、思いなしか、皆も妙に じようだん 作は串戯らしくそう言いながら、直子には女らしい 心黙って了ったような気がした。 で、実際慾の深い所があるようだと言うような事を思っ十一時頃、帰るという二人を送って、彼は直子も連れ、 自家を出た。 水谷の親で、親が出ると言った。次も出ると言った。そ「その内、下宿へやりに来ないか」と末松が言った。 しか の次が謙作で、謙作には二タ役がついて居たので、出ると「行ってもいいが・ : : こ謙作は睨昧に答え、然し水谷のよ 言い、最後の直子が追込まれる事になった。 うな連中と一緒にやるのは気が進まなかった。 - 」 0 みんな
ことさら 直子が茶や菓子を持って入って来た。謙作は末松に紹介作は何か、客の手前、具合悪い感じをしながら、故意、直 わざ した。それから水谷にも。 子に無関心でいようと努めたが、それが又、故とらしくな きれい 直子は時の間にか着物をかえ、髪も綺麗になでつけりそうで困った。彼は何気なく居ずまいを直す時になるべ て、姆魲にも新妻らしい、しとやかさで、客の前に茶や菓く直子から身を離した。 たよ 子を進めた。 「要さんからは時々お便りがムいますか ? 」水谷は年に似 「君は奥さんのお徳兄を知ってるんだね」末松は顧みて言 合わず、こんな風に直接直子に話しかけたりした。 った。 、え、ちょっとも」こう言いながら直子は謙作の方を ござ かなめ こちら 「ええ。要さんとはずっと中学が一緒でムいました。それ向いて、「ひどいわ。此方へあがってから一度も便りを呉 から君もそうです」 れないのよ」と言った。謙作は黙っていた。 わけ つるが 直子は故もなく赤い顔をした。要と言うのは z 老人の息「此春休みには敦賀の行きか帰りに京都へも寄るような事 子で今東京の高等工業に入っている。謙作は会った事はなを久世君の所へ言って来たそうですよ。此方の新家庭を拝 いが、名だけはよく知っている人だ。そして彼は、 見しがてらに : ・ : 」水谷はそう言って一人笑った。 ちょっと 「久世君というのはどう言う方 ? 」と直子の方を向いて訊「いやな人ー」と直子は腹立たしそうに言い、一寸赤い顔 をした。 わきなじみ 「要さんの御親友で、同志社の大学にいらっしやるーーーそ末松が謙作とは親しい間柄でいながら側に馴染の薄い直 しやペ らー貴方のもの讚めていらっしやる方よ」直子は謙作に子が居ると、平時の半分も喋れずにいるのに、初めての水 あと こだわ じようだん だけは如何にも自由な調子で後を早口に言った。結婚の話谷が年に似ず何の拘泥りもなくそんな串戯をよく喋れる事 の時、作家としての謙作の評判を訊いたと言う其人の事でが謙作にはいい感じがしなかった。水谷は色の白い小作り えくぼ 路 ある。 の、笑うと直ぐ頬に大きく縦に笑窪の入る、そして何とな 行 こんがすり 「そうか」 く眼に濁りのある青年だった。紺絣の着物にセルの襷を穿 ひもこまむす 暗「久世君も是非お伺いしたいと言って居りますがお差支え いて、袴の紐を駒結びに結び切って、其先を長く前へ二本 ムいませんか ? 」 垂らしていた。末松とは同じ下宿で今度初めての知り合い しようぎ 「ええ。何時でも」 で、将棋、花合わせ、玉突、そう言う遊び事がうまく、一一 とん 直子は殆ど寄添うように近く謙作の側に坐って居た。謙人はその方での友達であった。 っ とこ かえり こちら
268 「しもういいよ。他人ならあっさり考えられる事に俺はた。 とおりこだわ 時々変に執拗くなるんだ。一ト通拘泥ると自然に又直るん「お前は何か怒っているのか」 「しいえ」 だが、中途半端に見逃せないのだ。今日プラットフォーム に水谷の顔が見えた瞬間から不愉快になったんだ。つまり「そんなら何故そんなにしおれているんだ」 つぼはす 水谷の来るという事が壺を外れた事だ。何か不純なものを 四 それが暗示している気がしたんだ。そして結局それが当っ たようなものだが、もうそれも、 不図、或る不愉快な想像が浮んだが、謙作は無意識にそ しいよ。俺の気持が分り、 はす これからそういう事に気をつけて呉れるなら文句はない、 れを再び押し沈めようとした。然し息が弾み、心にもなく こうふん 亢奮して来るのを彼は出来るだけ抑えて、静かに続けた。 お前も気にする必要はないよ」 間もなく二人は床に入ったが、互に気持よくなった筈「黙っていずに、何でも言えばいいじゃあないか。お前は で、何だか、白々しい空気の為め溶け合えなかった。当然俺が何か非難していると、そう思うのか ? 」 謙作はそうして弱り切っている直子を自身の胸に抱きしめ「そんなこと : : : 」 「正直に言えば非難じゃないが、俺は非常に不愉快なん てやるべきだったが、それがわざとらしくて出来なかっ ていしやじよう かいまきえり た。直子は泣きもしなかったが、掻巻の襟を眼まで引上だ。停車場で見た瞬間から気持がチグハグになって、少し こっち あおむ げ、仰向けに凝っと動かずにいる。それは拗ねているのでもびったり此方へ来ない。抽象的な気持ばかりを言うの お前 ない事は分っていながら、謙作は此変な空気を払い退けるは、分らなくて気の毒とも思うが、何か変だよ。 事が出来なかった。ロでは慰めたが、自身の肉体で近よっは要さんや水谷の事を何時までも拘泥っていると思うかも て行く気にはなれなかった。 知れないが、別の事だ。全然別かどうか分らないが、何か こうして一夜を明かす事は堪えられないと彼は思った。気持が抱合わない感じなんだ。其処に不純なものが感じら かえ 何か自分の感情を爆発さす事の出来る事なら却って直るのれるのだ。一体どうしたんだ。今までこんな事ないじゃな い力」 も早いのだがと思った。彼はかなり疲れていたが、そうい う直子を残し、一人眠入るわけに行かなかった。眠れなか った。彼は手を出し、直子の手を探した。然し直子はそれ「二階に聴こえるのはいやだ。此方へ来ないか」 あきち に応じなかった。彼はむっとして少し烈しい調子でいっ謙作は身をずらして、寝床に空地を作ってやった。直子 この こだわ
「水谷は末松も誘ったに違いないのだが、十日ばかり旅を馬鹿にしているんだわ」 した者を、わざわざ出迎える程の事はないから末松は出て「そんな事はない」 来なかったんだ。その方が余ッ程気持がいい」言い出すと「私、もう要さんにもこれから来てくれるのよして貰いま と す。それが一番いい」 謙作は止まらなくなった。 、、。白父さんとの関係でそんな 「そんな馬鹿な事がある力しイ 「一つは末松は俺が水谷を厭やがっている事を知ってるか事出来るかい」 「伯父さんは伯父さん、要さんは要さんよ」 ら尚出て来なかったのかも知れない」 謙作はあの上品な Z 老人を想い、その愛している一人児 に対し、一寸した不謹慎、それも学生として、別に悪気も 「水谷にはこれから来る事を断ってやろう」 わがまま ない事に、自分の我儘な感情から、こんなに思うのは済ま 「悪い奴とは言わないが、ああいう小人タイプの卑しい感ないという気もした。 Z 老人の自分に対する最初からの好 こっち じはかなわない。あいつの顔を見ると反射的に此方は不機意に対しても済まぬ事だと思った。彼はこうした一寸した りふじん じようだん 嫌になって了う。たまに、機嫌がよくて、一緒に笑談なん感情から、段々誇張され、理不尽に、他人に不愉快を感ず きっと どっち か言 0 て了うと、あと、屹度、自己嫌悪に。何方にしる欠点を自分でもよく知 0 ていた。彼は z 老人に済まなく ても、ああいう人間とっき合うのは馬鹿気ている。末松は思うと同時に、自分の気持に対しても幾らか不安を感じ 神経質な所がある癖にどうしてあんな奴とっき合っているた。実際考えようによれば何でもない事なのだ。それが、 ひど 自分の感情で、一方へばかり誇張され、何か甚く不愉快な のかな。あんな奴とっき合ってる奴の気が知れない」 こと 謙作は明らかに自分が間接に要の悪口を言っている事に事のよう思われ、殊に黙っている間はよかったが、一度言 なかなか い出すと、加速度にそれが、変に堪えられない不快事にな 気づいたが、却々止められなかった。 ゆる 行 「本統に悪かったわ。もうこれから気をつけるから赦しって来る。これは自分の悪い癖なのだ。気を滅入らしてい 夜 せつかく た直子に今は不機嫌でない事を示し、直子も折角気持を直 「お前もいいとは言えないが、俺はお前を責めているわけした所に又、それを言い出さずにはいられない、実際自分 はどうして、こう意地悪くなるのだろうと君った。彼は又 じゃあない。の奴が不愉快なんだ」 「私が悪いのよ。私がしつかりしていないから、皆が私を気持を直す、その道を探すのに迷って了った。 じこけんお みんな た
きぬがさむら 「衣笠村だけど届けるかね」 「水谷に荷を宰領さして皆で電車で行けばよかった」心に 「さあ、市外やと、一寸、遅れますがな」 「そう。じゃあ一緒に持って行こう」謙作は側で何かいつもないこんな事をいった。 うち わりふ 衣笠村の家へ帰ったのは十一時頃だった。眼刺しの仙が ている水谷には相手にならず、割符を赤帽に渡した。 くるま 荷共俥四台で行く事にした。謙作の不機嫌に幾らか気押馴れた飼大のような喜び方で玄関に迎いに出た。謙作には それが直子の気持よりもずっと近く来たのが、変な気がし され気味の水谷は、それでも別れ際に、 た。直子は自分の留守にそういう連中と遊んでいた事を後 「二三日したら末松君とお伺いします」 悔し、それで心の自由を失っているのだ。然しそれを今は と言った。 たま 何とも思っていない事を早く示してやらねば可哀想だと彼 「それより末松にあした行くと言って呉れ給え」 「承知しました。あしたは末松君も僕も学校は昼までですは思った。 うち 家の中はよく片附き、風呂が沸いていた。「いいお住い から、お待ちしています」 「少し用があるから一緒に出たいと末松にいって呉れ給ね」お栄は座敷で茶を飲み了ると、立って、台所から茶の まわ 間と見て廻った。 え」 いらいら 「お栄さんの寝る所は何所にした ? 」 謙作は苛々した。 からすま 俥は烏丸通りを真直ぐ北へ走 0 て行 0 た。電車が幾台も「分らないから、今晩だけ兎に二階の御書斎にとらして 追越して行った。謙作は一番後ろから大きな声で前に行く置きました」 お栄に東本願寺を教えた。それを引きとって年をとったお「うん」そして彼はお栄に、「今晩は疲れているから早く ろっかくどう しゃふ 栄の俥夫が何か説明していた。六角堂でも俥夫は馳けるの寝るとよござんすね。風呂へ入って直ぐお休みなさい」と 言った。 を止め、歩きながら、説明した。 「夜とはいえ、電車通りをお練りで行くのは少し気が利か「私は後で頂くから、謙さんお入んなさい」 なかったな」彼は一つ前の直子にこんな事を言った。彼は「瀬戸物の荷を解どくから僕はゴミになるんです。今日だ 自分は今はそれ程不機嫌でない事を示したかった。 け先に入 0 て下さい一。 つばはち 直子は何かいったが謙作には聴き取れなかった。彼は直謙作は玄関の間で藁に巻いた壺や鉢をほどいて出した。 こうらいやき 子が何となく元気がないのが可哀そうになった。そして彼「高麗焼の方は少し怪しいのもあるようだ」 や ま、 さいりよう どこ みんな
えいざん い肩で押して来た。 く雪を頂く叡山が眺められるのである。彼はよく机に向っ 「何でも解らないね」謙作は笑った。「解らないと言えば たまま、何も書かずにそう言う景色を眺めて居た。 はなぞのみようしんじうずまさこうりゅうじはた 讚められるかと思って : ・ : こ 二人はよく出歩いた。花園の妙心寺、太秦の広隆寺、秦 「そうよ。私、何にも解らないから、わからず屋よ。いい のを祭 0 たの宮、御室の仁和寺、鷹ケ峰の悦寺、 あなた むらさきのだいとくじ こと。貴方もその方がいいんでしよ」 それから紫野の大徳寺など、この辺をよく散歩した。そし 間もなく一一人は軽い気持にな 0 て垠の蝣の寓へ帰 0 てて夜は夜で、電車に乗 0 て新京極の賑やかな場所〈もよく にしじんきようごく せんぼんどお 来た。 出掛けた。近くでは「西陣京極」と言われる千本通りのそ う言う場所へも行った。 ちょうど 十四 其頃丁度中学では謙作より二つ程下だったが、家の近い すえまっ 十日程して二人は衣笠村にいい新建ちの二階家を見つ所からよく遊んで居た末松が、岡崎の或る下宿に来た。四 け、其所へ引移った。一月の、それは京都でも珍らしい寒五年前に此所の大学に入ったのだが、病気の為めに二年程 ようや い日だ 0 たい鍵 0 て漸く壁の乾いた所で、未だ一度も火の休んで、だに年の半分位ずつ東京から出て来ては残 0 た こた 気の入らぬ空家では、寒さは一層身に堪えた。 試験を受けている。此末松が或晩、謙作の書いた物をよく 氏の会社の年寄った小使が手伝いに来た。その小使見ていると言う青年を連れて訪ねて来た。 みずたに 、刀 「水谷君は君の書くものと拠ロ君の物とが一番好きなんだ 「ははんだけでは御留守が淋しいですな。別に そうだ」こう末松が言 0 た。謙作は返事に困 0 た。阪ロと そう さくもっ 騒なちゅう事もありますまいが、犬を飼われたら、よろし一緒に好かれてる事も困ったが、面と向かって自分の作物 な」と言った。それで謙作はその人に大の世話を頼んだ。 をこう言われると彼は毎時返事に当惑する方だった。 その晩は、あるだけの火鉢に火を一杯におこして部屋を「水谷君も文科で、今年大学へ来るんだ。僕にはよく分ら あたた 温めてから寝た。 ないが詩でも歌でも何でもやるよ」 彼は二階に書斎をきめた。机を据えた北窓から眺められ「其内何か出来たら、お暇の時に見て頂きます」水谷は割 る景色が彼を喜ばした。正面に丸く松の茂った衣笠山がありにハキハキした調子で言った。 たかみね る。その前に金閣寺の森、奥には鷹ケ峰の一部が見えた。 「阪口には会った事あるんですか ? 」 ちょっと それから左に育い愛宕山、そして右に、一寸首を出せば薄「いえ、未だ一度もお眼にかかりません」 わか あたごやま きぬがさむら この さ、ぐち おかざき