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検索対象: 現代日本の文学 18 石川淳集
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1. 現代日本の文学 18 石川淳集

した。おまけに、そこでは、ある愛情 : : : 意外にも決して方とも都合がっきかけたとき、急にそれが不要になってし うしなわれてはいなかったところの、一つの旧き愛情が永まった。花笠武吉の手紙が引越の前夜に届いた。柏木の家 久に飛び去りました。しかし不幸が底を突いたとき、わたはずっと夫妻の住むに任せられるであろう。そして、夫人 くしはその場から画家として身をおこしたのです。たしかの希望次第では新規の所有者は造作の手入、建増の費用を に、わたくしにはそれだけの悪運の分量が必要だったので惜しまないであろう。たしかに武吉は家の買収に際して、 しよう。こうして、今画家にのみ生きはじめたわたくしに画家のアトリエのことを考えたにちがいなかった。しか とって、不幸はそのまっくろな面相を一変しました。教職し、アルダノフのためには : : : ああ、この人物のために何 を計るべきか、かって手がかりは捕えられていなかったは を逐われこの家を出て行くということは、どこかの小さい アトリエで本来の自分の仕事に著手する機会をもったといずだ。もし写真師とその仕事場のはなしが伝わったとすれ うことです。そして、生活は : : : おお、生活もまたそこでば、武吉の大食漢の道徳はころげこんだ獲物を抛ってはお ~ 、き ( - し . し 、。、や、すでに、感謝にあふれた夫人の返事の中か こそ、初めて : ・・ : 」 「そして、わたくしは今写真師ですーその声はふいに横合ら、さとくもそんなにおいを嗅ぎとって、例の手帖はまた からぬうと割って出た。相変らず女のようにやさしいアル幾行かの深夜の随想を追加されたかも知れぬ。 こうして、まず当分のあいだ、クラウス像とともに二階 ダノフの声であった。かなたの、「養生之地」とある額の 下に椅子を片寄せて、アルダノフは先刻から席につらなつの部屋に閉じこもるほか屈託のなくなったリイビナ夫人に ていたのだが、つい今まで、リイビナ夫人も敬子もこの大とって、いささか画家の神経に刺戟を受けたらしいものと いえば、ある朝配達された一通の角封筒だけであろうか。 男の存在に気がっかずにいたといってもよかった。そんな に平穏な調子で、たれに向ってともなく、しかし二人の会それは来る一一十日、丸の内のクラ・フに於て、ほとんどひ 話の上に水を打ったように、アルダ / フの声がもう一言っとびとの意表に出て催される「盛大介自選作品展覧会」の 案内状であった。 け加えた。「わたくし家をさがします。ソーニヤのアトリ 工、同時にわたくしの仕事場を。」 その後数日アルダノフ、リイビナ夫妻は移転の準備にせ わしかった。適当な家と必要な金銭と。そしてどうやら両ところで、ひるがえって十日の朝、リイビナ夫人に於て ふる

2. 現代日本の文学 18 石川淳集

ちで、ただ判っているのは現在 ( ここで遅蒔ながら年代をれるべき独特な国柄の色合がしらじらと拭き取られ、生活 明記すれば、金吾が柏木の家を訪れたのは昭和十一年の夏上の便宜と引替に自分で自分の思想を骨抜にしているかの で、現在とはやはりそのころと承知されたい ) リイビナ夫ごとくであったが、ただそれほど大切なものをあまり念入 人が東京の某私立大学でロシャ語およびロシャ文学の講座にかくしすぎると、いっか自分でもそれを見うしなってし を受持ち、アルダノフが官立の某専門学校の臨時雇としてまうということについて、当人は気がついていたのか、あ 一週に二回ロシャ語を教え、それに依ってからくも生活のるいは気がっきながらどうにもならなかったのであろう 資をえていることである。このことはすなわち一一人が日本か。げんにソウェートに国籍を有し観念的にはモスクワの 官憲にとって有害危険なる人物の種類に属していないこと支持者追随者と推せられるこの一群は今や日本現状の厳し を証明してはいるが、といってソウェート政府から国外へさの中に置かれて、むしろ同腹の敵である白系の徒と近似 押し出された白系亡命者の仲間とも見受けられないのは、 した姿を示すにとどまり、かれらのあがきにも係らず、流 日常 : : : だが、日常何のとげも眼だたぬ二人の言動に思想転の渦は次第にかれらを無色に洗いざらし、否応なしに白 、ようだ の影を捕えることはかたく、単にもしソウェ 1 ト の反対者系の側に逐い落すべき成行と見えた。これは怯儒とか無能 であったならばおそらくこうするはずであろうと想像されとか当人の身に於けるさまざまの欠点のせいよりも、いか る一挙一動を、この人物たちに於て指摘しえないというまに身もだえしてもそこに流れこむことを避けがたい宿命の でであった。総じて満洲事変このかた来歴事情はともかくしわざであるのか、こうしてかれらが生活の前面に押し出 あら ソウェート の官吏に非ずして日本に在住し、民間で職につしていたものは、居留国の官憲を刺戟して身をあやうくす き生活するロシャ人は、いまだに帝政時代の尾を曳いてい るところの思想の代りに、その陰を頼み生きるべきめいめ きわ る極めつきの白系をのぞき、おおむね思想地図の上に於けいの技芸で、たとえばわれわれのロシャ人夫妻にしても、 る良心の置場を曖昧に・ほかしつつ、すくなくとも日日の活二人が正式の夫婦であるかどうか、本国ではいかなる素姓 描計の網目に政治的体臭のにじみ出るのを堰きとめようとしで何をしていたのか、東京にも来ていると伝えられる同国 ているけはいで、もっとも元来わざわざかくすほど強烈なの親戚知己とどんな交渉をもっているのか、一切見当のつ もや 白 信条の秘密をもたぬ者もあり、またそれをかくすにしてもかぬ身許不明の靄を通して、ひとが受け取りえた資格は、 器用な者、不器用な者、臆病な者、狡猾な者もあろうとは職業のロシャ語教師のほかに、画家としてのリイピナ夫 いえ、かれらが示した限りの茫漠たる外貌には当然あらわ人、写真技師としてのアルダノフであった。そして、中条 あいまい こうかっ おそまき てん しんせき

3. 現代日本の文学 18 石川淳集

越した地位才能とひとしく、これもどうやら格段に上らしるであろう一一十五万円の件に、兵作はあらかじめ後ずさり い財力を擁しているという威圧的な事実で、そんな敵の手ぎみで、本意なくも眉の皺に懸念を揉み消して、ただ顔つ 中につかまれた尻尾をどうして無傷に引き抜くべきか、兵きはもっともらしく、何をしようとこちらでは見通しだぞ 作はめずらしくもしばらくのあいだ頭がしびれるほど考えと いいたげな身がまえを張っていた。しかし、それでも避 こんだ。しかし、どう考えても、やはり今まで通りうやむけがたい請求に対して、兵作はほとんど本能的に、さまざ ナしよう やに濁らせておくというよりほかの名案は浮ばなかった。 まの一時しのぎで相手をまぎらそうとした。僊妝品店、料 それがこの人物の考えあぐねた末の一つしかない智慧であ理店、映画館、音楽会。もちろん、その程度の効果は頼み った。そして、兵作はまず敬子にむかって決して弱みをみうすかった。するとある日、偶然便宜荘で、敬子がリイビ せず、敵意もあらわさないことからはじめた。敬子のためナ夫人と知り合った。数ヶ国のことばに通じている女流画 にもっとも有力な方策を熟慮しつつある、慎重な、寡黙な家は少女にとってよい友だちとなった。敬子はフランス語 伯父がそこにいた。 を習うために、足しげく柏木へ通い出した。それだけ自分 かん、やく 「考えておこう。」 が閑却されるところのこの機会を、兵作も好都合として、 そうして、三月たった。その間渋谷の家に滞在していたひょっと一案を思いついた。それはリイビナ夫人に敬子の 敬子はときどきくりかえされるおなじ押問答の上にはずみ肖像を描かせることであった。それによって、同時に夫人 ながら、格別あせるでもなく、ふだんそんなことは忘れてが滞納している家賃の埋合せをつけさせることにもなり、 しまったように生きいきと、むしろ兵作を拍子抜させて、好意ある伯父の贈物を姪に押しつけることにもなり、かっ ひとり勝手に出歩き、金銭の用意もあるのか、衣裳、本、兵作自身あまり宛にならぬ収入しかうしなわないで一方の 鞄、世界地図など買いあつめ、すでに計画しているという督促を緩和しうることにもなりそうなはずで、しかも兵作 海外旅行の支度にいそがしいそぶりであった。用件以外にのほくそ笑の通り、敬子も夫人もよろこんでその提案に賛 描 何もいわない敬子の身の上にふれては、兵作のほうでも一成した。かって兵作の思いっきのうち、ともかく関係者み 切ロ出しをしなかった。どこの国へ行くのか、行った先でなの満足に値したのはただこの一事であった。 白 何をするつもりか、また現在花笠武吉とのつながりはどう ある晩、食卓で、いつも出逢を避けがちの兵作はそばに 1 なっているのか、じつは好奇心でいつばいではあったにし いる敬子の顔を見ながら、ふと何かに眼を打たれたような ろ、ひょっとそれをたずねにかかると、すぐ手繰り出され気がした。しかし、敬子がじきに立ってしまったので、そ えみ あて しわ

4. 現代日本の文学 18 石川淳集

ぎらしたのを、兵作は独りぎめに同意と解し、細目はいずルダノフのそばで、夫人は感動に声をふるわせて、「おお、 ーノチ、おお、ヨージョ れ博士が上京のせつ相談することにして、東京に帰ってく ると、今度は当時小田急沿線に住んでいたリイ。ヒナ夫人の かしわぎ ために柏木の持家を安価で貸そうといい、支払は都合によその「養生之地」とある額の下から先刻一一階に上って行 って夫人とアルダノフの作品をもって当ててもよいというった金吾は何をしているのか、卓上の画帖はもう見つくし 条件で、その好意的の家賃が五十円、これはたしかに家のてしまった時分なのに、まだおりては来なかった。もした 相場としては高くはなかったものの、空家の管理を托したれかがそっと階段をの・ほって取っつきの部屋をのぞいたと としてはとくに安くもない額であった。さて、このあ いしたらば、そこに、部屋の真中に突っ立って腕を組みなが だ、いつも何事も「ソーニヤ」任せのアルダノフはともからじっと壁のほうに眼を吸いっかせている少年を見出した 浮世の苦労を知らぬでもなさそうなソーニヤ・リイビ ことだろう。壁に寄せて立てられた画架の上には、 ( おそ ナが兵作のいうままに引きまわされたかたちであったのはらく少年の好奇的な手で剥がれたのだろう ) 覆いを床にず どうしたわけか、美術に理解を示し異邦の客に同情を惜しり落して、あからさまにあらわれた画面が金吾の視線に刺 まない富める日本紳士をまったく信用しきっていたのか、 し止められていた。リイ。ヒナ夫人が制作中のものと見えた モスクワから東京までさまざまの人柄に接して来たであろその油絵は未完成のままゆたかな色彩におちついて、十五 れいめい う夫人が兵作の人柄についてはついなにも見通しえなかっ号の画布に流れわたる黎明の光の中から、水玉模様のある わら たのか、それともあやしげな藁の一片にさえすがらなけれ紫色のプラウスをきた十七八歳の少女の像がにおい出てい ばならぬほど生活の波に溺れかかっていたのか、いずれに た。それは金吾にとってまったく未知の少女であった。画 しても、作品のことにしろ、家のことにしろ、表面に示さもとくにすぐれた出来というほどのものではなかった。し れた限りの兵作の好意は手にふれうるものなので、夫人もかし、それが未完成であるだけ、画家の振り絞っている精 あと それを一応すなおに感謝をもって受け入れたにはちがいな いつばいのカの痕が痛ましく印しつけられ、同時にそんな く、げんに柏木の家を下見にきたとき、案内した兵作が前 にも画家を格闘させているところの少女の美しさが魔術的 の持主以来残っている廊下の額を示して、書かれた文字のな仕上げの一刷毛のてまえで実物の光沢をまざまざと輝か 意味を伝えながら、今日この家こそ夫妻にとって安息の場せていた。そして、今金吾を打ち、そこに釘づけにさせて 所であろうというと、のっそりよそをむいて立っているア いるものは、あわれなリイビナ夫人の芸術的努力ではな おは

5. 現代日本の文学 18 石川淳集

目の手袋、籐のステッキをゆったり突いて、無表情だが赭ち上って・ほんやり窓から日盛りの街を眺めていたこと、ま ら顔で大きい眼鼻だちの、ことに鉤務に盛り上 0 た肉の厚た兵作の吝嗇がどんなに根深いものにしろ五十銭銀貨とか い鼻が外国人かとも見える様子であった。まったくドイツ五円札一枚とか古洋服程度の金品はそれで恩にきせうると 語専門の中学校から引きつづいて某私立大学のドイツ文科同時につい気まぐれに街路に投げ捨てても惜しくないもの を出た兵作は文学はともかくドイツ語の会話だけは達者だということなど、金吾の注意がおよぶかぎりでなかっ で、そのせいか便宜荘に出入するのは多く外国人、中にはた。こうして翌三十一日、金吾が柏木の家を訪れたとき、 版画や工芸品をもちこむ日本の美術家もいて、しかもそのリイビナ夫人宛の手紙には、少年には読めないドイツ語 ひとたちの生活を陰に援助でもしているかと推せられるそで、「例の留守番の子供を参上させました。御遠慮なくお しようし ぶりが少年を一そう感服させた。やがて、真夏に入ったあ使い下さい。笑止なことには当人美術志望だそうです。な る日、兵作はまた金吾を呼んで、知合のロシャ人の画家夫お、御約束の画、この夏休み中にお仕上げ下さることをお かしわぎ 妻が避暑に出かけるので、その柏木の留守宅に行って暑中忘れなく。決して富裕でない小生にとっては家賃の問題も を過したらばどうか、すでに先方も承知しているし、外国重要ですが、小生は何を犠牲にしてもまずあなたの芸術を 人との附合に慣れるかたわら本所の裏町よりも涼しいに相尊重したいと存じます。小生もあとからあちらへ行くつも 違ないその家におちついて何か小さいものを彫って見る気りなので、アルダノフ氏に写真機携帯下さるようお伝え願 いますーとしか書かれてなかった。もっとも、金吾をそん をなしか、出来栄に依っては銀座の店に飾ってもよいと、 金吾が返事をする前に、もう五円札一枚とホ 1 ムスパンのなにも興奮させた理由はもう一つほかにあった。それは目 かばん 古洋服がはいっている角の禿げた鞄をさし出した。考える下日本滞在中のクラウス博士夫妻がふだん住んでいる高崎 じっこん 余地もなく突きつけられたこの過分の好意に、金吾は息づ在の某寺から上京したせつには、昵懇のリイビナ夫人の家 まって、赫とほてるほどの興奮でロがきけなかった。そのに泊るのが例なので、おそらく金吾も博士に逢って教示を 日は七月三十日で、八月一日にアルダノフ、リイビナ夫妻受ける機会があろうということを兵作がほのめかしたから が旅行に出るということのほかには、いったい夫妻と兵作だ。フランスのコルビュジェとならんで有名なこのユダヤ がどんな関係にあるのか、もちろん金吾は知らず、またき系の建築家がさきごろある政治的事情に依りヨーロツ。ハの いてみようという思慮も浮ばなかった。まして、親切らし某国を逐われて来朝し、つい二三年の間に観察の鋭敏な東 かつら くそういいわたしてしまうと兵作は金吾に見むきもせず立北旅行記を著わしたり、桂離宮の美を再認識したり、小堀 かっ なメ

6. 現代日本の文学 18 石川淳集

めて出現した、それはたった一つの装飾品だ。」 どやどやおりかかった。船客はみな陸に面して、片側の甲 てすり 敬子は返事もせず、身じろぎもせず、手摺に投げてある板にならんだ。岸壁に歓声があがった。テープが投げられ た。別れるべきときであった。 腕の中に額を埋めた。泣いているとしか見えぬ姿勢であっ た。武吉は肩にぎゅっと手をかけて、 「いいたまえ、敬子。きみは行くのがいやになったのじや横浜からかえって来る途中、もう日がかくれて、次第に ないか。もしそうだったら、やめるのにすこしも遠慮はい 雲行がけわしくなってきた。本州の中部を北へ吹き抜ける 颱風の余波で東京地方は午後から荒模様になろうというラ らないのだ。いいたまえ。」 敬子は静かに顔を上げた。眼は血走って、かさかさに乾ジオの警報のとおり、風が街路樹の枝を揺がしはじめた。 いていた。その眼は武吉のほうにではなく、はるか沖のほ新橋駅でアルダノフ、リイビナ夫妻と別れて、武吉が麻布 うにむけられたが、あまりにも遠いへだたりにおびえたよのホテルにもどって来たときには、すでに横なぐりの雨が 打ちつけていた。 うに、たちまちうしろへよろめきながら、 いえ、あたしは行かなければなりません。どうしても部屋にはいるとすぐ、白い壁の上にたった一つ懸ってい 行きます。もしか向うで、ずっと向うであたしのうちの日る未完成の敬子の像のほうへ、武吉はすすみ寄った。そし 本人が急に盛り上って来るとお思いになるでしようか。もて、感傷の影も見せない動作で、自分の頭の中から勝手に しそうとしても、それはあたしが忍ばなければならない悲ある仕掛を取りはずすかのように、ついその像をおろし 劇です。」 て、部屋の隅に持って行き、裏がえしに立てかけた。「展 「いや、そんな悲劇をあらしめてはならない。今となって覧会」以後ずっとクラ・フに預け放しになっている盛大介 は、わたしはきみのうちにただ一筋の血が生きることを祈の遺作といっしょに、やがてこの少女の像も本邸の美術館 るばかりだ。万一きみの日本人が承知をしなくなったときに移されるであろう。そして、美術館も蒐集品全部もあげ 描 には、きみは世界のどこからでもわたしに呼びかけることて公共のものにしようという武吉の素志はこの機会に実現 されるであろう。今、武吉はティ・フルの前に坐って、例の 白ができる。」 いつの間にか、リイビナ夫人がそばに来て、敬子の手を手帖を取り出し、ずっと書いて来た最後のべ 1 ジを開し 取って、やさしく、いとおしく接吻していた。 て、ただちにそこから書きつごうとするのか、使いなれた 見送り人の下船をうながす合図が鳴りひびいた。足音がペンをつかんだ。外でどんなに烈しく嵐が吹きすさぼう

7. 現代日本の文学 18 石川淳集

間とは当人が決して好きでない砲弾の音に極度の神経衰弱かくべっ警察の取調を受ける様子もなくつい駅を出て、そ をおこし後方に送還されたまでの期間だという評判さえあこに待っていた高級車に納まって、さっさと川奈方面へ走 ごうまん るくらいで、万一博士とリイビナ夫人との友情が常ならぬり去り、後には傲慢な葉巻のにおいしか残らなかったそう ものと仮定したところで、その場合おこりうるいかなる異で、それが日本人でないということが判っているほかに 変にも血なまぐさいアルダノフを想像することは至難であは、国籍も、素性も、暴行の理由も爾来すべて曖昧なりに おお る。 事件がすんでいる。右の蔽われた事情は多少とも詮索好き さて、世間のロの端はしばらく措き、目撃者のはなしをなひとびとの興味をそそるに値するものとしても、今もし かいつまんで事の突発した模様だけを記せば、おおよそっわれわれがその点を追究しようとこころみるならば、いた ぎのようであった。八月七日の早朝伊豆の旅館を立って、ずらに事を荒立て、混乱を生ずるに終るであろうのみなら はばか ・ハスで熱海まで来て、そこから鉄道で帰京しようと、博士ず、次第によっては意外な引っ懸りで、書くことを憚らね おそ 一行が駅のプラットフォームにかかったとき、今著いた下ばならぬような遠いところへつれて行かれる惧れなきやを しようしゃ ろうせき り列車をおりた一人の紳士、瀟洒たるゴルフ服の壮漢がふ保しがたいので、これは単に一箇の酔漢の発作的な狼藉で とすれちがえに博士の姿をみとめるや、いぎなりものもい あったと、はなしを打ち切っておくのが穏当であろう。 わず飛びかかり、ステッキを打ちおろした。とっさにかざそれに、さいわいに博士の奇禍は軽いほうで、手の負傷 した博士の右手の甲に、どう当ったのかばっと血潮が跳も肩の打撲も全治五六日の程度、入院の必要なく、一応手 かす ね、つづく一撃は肩を掠めたが、なお踏みこもうとする乱当を受けるとやがて元気回復し、リイビナ夫人が心配しす 暴者の前に、駅員たちが割って入り、よろめいた博士のかごして打った電報で花笠武吉と敬子が駆けつけて来たとき らだは同行者の腕に支えられた。逆上したリイ。ヒナ夫人がには、患者はもうべッドにおちつかず、頑強にすぐ帰ると 泣きさけび、アルダノフが手をひろげたまま、「おお、血、 い出し、こうしてその夜、みなそろって車をつらね、柏 描 おお、血」とあきれて立ちすくんでいるうちに、ロオザ夫木の家に著くまでのあいだにも憂慮すべき容態は見えなか 白人が負傷者を抱き上げて、階段を駆けおり、ひとの力を借った。ちなみに、たれが聞き伝えたのか、博士がつぎのこ りて自動車にかつぎこみ、とりあえず附近の病院に収容しとばを吐いたという噂がある。「古代の神の叡智と近代の た。一方加害者はといえば、これは意気揚揚とウイスキイ人間の知性とが交錯融合する民族の血潮を以て、風光 えんや 臭いおくびを吐きちらし、周囲の喧騒をよそに見ながら、人情婉冶なる極東の土を湿おしえたことは、余の本懐であ あいまい

8. 現代日本の文学 18 石川淳集

求めているのだと推察することもできそうであった。げん分もまた油絵のほかに版画を描くことをはなすと、兵作が ごうぜん に、ふだんたれが来ても傲然とかまえている兵作は外国人さっそく夫人の作品とアルダノフの芸術写真を銀座の店に の姿を見るとすぐに飛び出し、アメリカ人が多いそれらの陳列したいと申し出たのは一片の辞令と推されたが、たま うわさ たま夫人と知合のクラウス博士のことが噂にの・ほると、い 客の大部分に対しては英語で、もし相手がドイツ語をはな ひとみ す客ならばそれこそ愉しげに得意のドイツ語で応対し、常つもはにぶい兵作の瞳が急にぎらぎら光って異常の関心を とは打って変った自分の愛嬌に当人がわれを忘れているて示したのはまたしても例の気まぐれに揺ぶられたものと見 いであった。こうして、いっか近附になった数人の外国人るほかなかった。アインスタインがアメリカへ渡ったのと ほ・ほおなじころ、ユダヤ人を容れぬヨーロッパの某国を去 のうち、ある美しいドイツ婦人があり、その婦人の夫が日 本の富裕な青年で某会に属している新進の画家であることって日本に逃れ、群馬県のある田舎寺に住んでいたクラウ を知ると、兵作はめずらしくもすすんで交際を求め、どうス博士は建築に於て聞えているとともに、工芸品の意匠創 はなしこんだものか、やがてその画家の描いた版画が数点案についてもすぐれた手腕をもっていることは周知のごと へきち 便宜荘に陳列されることになった。しかし、この縁故で一一くであった。兵作はこの有為の人材を僻地に捨てておくこ 三の他の画家の作品がもちこまれ、それからそれと便宜荘とを不当として、日本の工芸にあたらしい刺戟をあたえる が美術家の出入ににぎわい出すにつれて、中にはみなりのと同時に、博士の生活にも役立っためにその作品の製作発 あっせん あまりばっとしない画学生ふうの人物もまじるようになっ表を便宜荘で引き受けようと、リイビナ夫人に旋方を懇 ゅうよ たときには、兵作の気まぐれはもう値段が高く売行の思わ請し、もはや一刻の猶予ももどかしそうな様子で、夫人と しからぬ版画のうえから消えうせ、かの青年画家との往来アルダノフをせきたて、旅費一切は自分の負担でただちに かぐう も次第にとだえて、初めは芸術のためになれなれしく開か伊豆の海岸から高崎在の博士の仮寓に押しかけ、どこで覚 とびら れた店の扉はたちまち邪慳に閉ざされ、掃除のとどかぬ壁えたのか「用に適さなければ黄金の楯もまた醜く、用に適 描の隅に逐いやられた残りの額縁の中で花卉がしおれ風景がすれば塵芥箱もまた美しい」というギリシャ人のことばと かすれてしまった。 やらを借りてさかしげに用美一致の説をもち出し、かっそ 中条兵作が伊豆で初めてリイビナ夫人に逢ったのはちよれとなく博士自身にとっても有利であろうことをにおわせ うどそのころであった。東京のある美術家団体の客員であながら承諾をうながしたのに対して、建築家は好人物らし るリイ。ヒナ夫人はかねて便宜荘の名を聞き知っていて、自くうなずいて聴いてはいたが、静かな微笑の中に即答をま じやけん

9. 現代日本の文学 18 石川淳集

いた。たしかに昨夜から今朝にかけて、この部屋の中で物現実であった。 ぞうん をかたづけたり雑巾をかけたり、休みなく立ちはたらくク軒にはためいて、近くに雷が落ちた。一しきり雨の音が ラウス博士夫妻をひとは見た。デスクのすぐ前の窓硝子強くなり、やがてそれが次第にゆるやかになり、立ち消え に、吹きつける雨が太くひろがり、その雨の白さを透かして行くと、たちまち雲からはじけ出た青空に赫と湧きひろ て空の薄墨が室内に流れ入った。またも稲妻が硝子を打つがる日の光が硝子戸いちめんに照りつけて来て、もう廊下 れつ て亀裂した。急に金吾は椅子を離れ、廊下へ駆け出て、端はまばゆい正午であった。光は烈しく室内に突き入り、残 かばん の押入の中からそこに入れておいた自分の鞄と、リイビナ酷に薄墨の影を切り裂き、牡丹図も桜の板も彫刀も、可憐 はなじぎ 夫人に使用を許された花茣蓙を取り出し、ついでに見つけな意志も、小さい身がまえも、す・ヘてが明るい波になぶら らり た古い額縁もともに、それらを抱えて部屋にもどって来れ、きらめく塵の中に浮き立って、くらくらとした少年の はだぎ た。床の真中に花茣蓙を敷ぎ、金吾は肌著一枚になってそからだはつい廊下に泳ぎ出ていた。金吾は硝子戸をあけ放 の上に坐り、鞄をあけ、きのう用意して来た桜の板と彫刀って、大きく胸を張って呼吸し、ちょっと籐椅子に腰かけ 数本を出してきちんとならべた。荷物の中に、一ひらの紙たが、すぐ立って歩きはじめた。今は何をするよりもこう 切がはいっていた。金吾はそれを額縁に納め、立ち上ってしている自分がいらだたしいほど愉しかった。廊下の端ま 額縁を壁に寄せかけ、もとの位置にかえ 0 てじ 0 と見つめで来て、押入の居の上にかかっている額を見あげた。読 ばたんか た。壁には大きい墨画の牡丹花が一輪浮き出ていた。それみにくい書風の文字をちらりと見ただけで、金吾は横手の げん * はりばん は元人の描いた牡丹図の玻璃版で、他の写真版などとまじ階段をあがって行った。一一階の一一部屋のうち、奥のほうは って本所の家にあったものだ。今金吾はその牡丹花を板の寝室で、リイビナ夫人は今朝そこに錠をおろし、書棚や画 上に浮彫に彫り生かそうという考でいつばいであった。見架の置いてある取っつきの部屋はあけたまま、とくに金吾 つめている花にまぎれて、他日自作が便宜荘に陳列されるのために数冊の画帖を卓上に残して行ったはずである。忍 であろうけしきや、中条兵作の顔や、父親の顔や、四人のびこんだ少年美術家はさっそくその画帖のどれかに夢中で 外国人の顔や、さてはこれまで自分がこころみに彫ったも飛びついていることだろう。そのひまに、われわれは少年 かん、やく むぎん わぎ の、無慙にも未熟な技しか暴露しなかったもののま・ほろしが閑却し去った廊下の額を見直すことにしよう。 がしばらく掠め過ぎて行ったが、やがてそれ一つのみ壁ぎ わに白くしずもる牡丹花こそ、この薄墨の室内で狂いなき額には、我流に崩した横書で「養生之地ーとしてあっ かす ガラス かっ

10. 現代日本の文学 18 石川淳集

うごとく、決して数回にわたって強打されたわけではない 「その奥さんのことをいっているのだ。」 「さいわいにして、・ほくのすることに文句をつけるようなのです。ほんの一度だけきわめて軽く、ただし遺憾なこと えら に博士の痩せた手にとってはいささか強く : : : というの 女房は撰びませんでした。文句をつけられてから、いちい は、ステッキの持主が同時に抜群の腕力の持主で、しかも ちぶんなぐる手数をはぶくために。」 「いや、賢夫人のお噂はまいどクラウスさんの奥さんからそのときたまたま泥酔していたからです。何よりの証拠は 博士の傷で、もしステッキがまともに打ちおろされたとし うかがっている。」 「ああ、クラウスさんは来月出発だそうですね。今は、東たら、あんなに軽微にはすまなかったでしよう。それにし ても少量にしろ出血を見たのは不幸な結果でした。だが、 京に : 「いや、高崎に行っている。じきに帰るだろう。送別会をその血は決してむだには流されなかった。このことによっ て、当事者のあいだ、つまり博士とステッキの持主とのあ するはずだが、日取はいつがいいかな。」 いだでは、多少とも民族的な紛糾は行くところまで行っ 「きまったら、知らせて下さい。」 て、個人としては一応がついた。おたがいの立場では、 「もちろん、きみも発起人の中にかそえている。」 ふと、画家は顔をふりあげた。灯の真下で、急にいたず初対面の挨拶はあんなかたちを取らねばならぬ運命にあっ た。そのあとでは、改めて相互に紳士的な礼儀、友情が生 らそうに、赤く染まりかけた眼もとが輝いた。 まれなければならん : : : と、こういうんです。」 「どうした、きみ。」 「有名なクラウス博士遭難事件 : : : むしろ、出血事件とも「だれがそういうんだ。」 「当人が。」 呼ぶべきものがありましたな。」 「え。」 「それが : : : 」 「あの事件に関しては、風説のみ誇大におこなわれて、真「すなわちステッキの持主が、熱海駅に於て獅子の挨拶を 相はほとんど無に近いものでした。その真相と称せられるこころみたところの碧眼紳士が。」 ものは単にリイビナ夫人の証言を根拠としているにすぎま「ふうん。」 「その紳士と、・ほくはきよう初めて逢いました。ここに来 せん。尊敬すべき芸術家であるとはいえ、興奮した婦人の 陳述をそのまま受け取ることができるでしようか。なるほる途中、ある場所で、ばくたち一行と彼とが偶然ぶつかり ました。つれの一人が彼を知っていました。そして、彼の ど、ステッキはたしかに振られました。しかし、夫人のい へ込がん