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検索対象: 現代日本の文学 19 中野重治集
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1. 現代日本の文学 19 中野重治集

359 千こ行ん んや 力、月リ のら つおたん つや いも っと い式汽別期な やてかも 元と じのら人 れ . し けし、 アん 。てはさ じて てが さち のん 。に 売も じのやノ、 気だ って やじ香分 し かか どか いう いん っ込はれわう アと お召三 い何 い復 でて 。も 。う や円ん金まも ぁ度 しカ そてんら や山か借うれ じも しで て出 でら こ屋こたも型 ツも る百 れで どん らん通整 んと う次そが路たしれ アな きで 。も じあ っ金用かてだ もこ手日用 こ九 じゃ 来に おれんも にが そ し仕 でや ん府リ 父でな取 械孫 せら はれ的蔵 や家 : と屋 ゃんんく 。と らん行がには じわなでなと 思待 父ア おし えの うず ゃん らん 人行 アかるて だい てて ある いん っ変さと やい つ現てほ あ い顔 しが いそ やて をかれの のれ んで ど起 : もや 色タ でのれオ つ水どう したれて しの いて てんんも か転 てる つる続ゃれやそう いだあれじら たて 。し父く 報や しこ やの じき つイ たれ すミ 0 ち 、な やた ナ度 い大う尋 0 と の取 の年る報田ど さん コ父 し文 村 と つ り 三母むずやかで言れ土一れだ円ん 父 あ ん く つ も へやて せ ん テ何も じせじ いなイ や う に さ や お さ / し . い う のてん み 、ナこ も る つ面目 に 行・ 目リ に が議る タ ツ ネ イ。 さ ん そ 十し 聞 く と 日 く し、 も も し の や 0 ん と タ ノ う を 出 う し て う で 。食れ ば っ らにかがに り な じ や て あ会にあ顔 会 - い知と や決お て 、そ て と しんう い の し かそた の、 買 り 、たる そ つ あ 。でも の よ う か 甲 じ手ら く じ れ カ : し て ( と 、に 力、 家 じ や ら に も や紙ん養も 土わ い地ん の り理ん で 。し し やたら おッ っ グ ) つ て 。だそ あんん 、つじなれ や なかば し、 も つもが な ら う んこ来 キ ョ や 持がん 0 ー私、 や や見ね も ら ん そ いが地 わ せか上 つらて と と 、やいいんそ う カ : し し や サ フ し せ の り ・つ 。て ん つ 、も り じ つ 。れたお 、し向 電 が カ フ しズお イ 顔が車 の や奠 : もな七 0 カ : 入 円て じ十 ろじと や おろへ 神力 : し ネな楽らしき 円 、葬でた半ん や タ 、土 : さ う い十こ サのだ ややデ ま で 、勝た算銭た産げき ら じかど飲ち う じ し、 し 。前 じ 今 は つ て え / し - やの さ何五 よ 。ち は よ し、 飲 ん だ が ま た 大 き く 飲 だ 勉 次 も のかだ円ん の じ アれ五 と . ナこ 違 さ 力、 。い よ ら つ出く 、か金 。ろなやし に ナこ じたほ円よあ里んでかも ア 。いに し、 、機て方 も 力、 は絹家やの う し : て ん っ て・ 。崎の 、十 じ や れ お ・ん カ : な ば ーや っ と で ん な 十いる のじじし出 0 そ う 。病んな時さ ア金を や山が質か ン い い な の び ) やでは や ろ し 人 、いもや う ア 0 力、 と 。んろれか た し 0 百・ や カ : カ : し のれも も しける う 、んした常てら何みる じたと科もれもすう やもこ出聞るな足ち や ろ崎高 0 屋 . 、 十 り 第 の き、 に 力、 月 々 く いらかなて ら う 0 し お 父 へ し、 っ めたお 、の じ食も 。かこむ離な も は気ほ し れ と う も う や し、 ら 。ん の 。込をんら せ ん や 。いでかみの やと金 。安う る な じ方円 ア 。けれ 、 ' ・売三 い く じとけ 、にすあ う 、や か し ら 日 じ し、 や ど が

2. 現代日本の文学 19 中野重治集

いている。白馬たけが画面いつばいに大きい。白馬という たのだから。だけれども、それだけですむだろうか ? 感 よりは石膏できの馬といった形だ。白石膏の馬が、咽喉か覚で、皮膚ですむだろうか ? 何にしても早手まわしすぎ えぐ どこかを刃物で抉られて、その苦痛、むしろ苦悶にたえかる。商売的に感じられる : まえあし あとあしは ねて後脚で跳ねている。前肢で空気を掻くようにして、長ゆで小豆屋を出て、合宿のすぐ手前の通りへ切れこみな くび とって い頸を煙突のように伸ばして、あの動物特有の大ぎな目は がら、安吉は芸術のことを考えた。それは、誰かに把手を あな まわされているかのように、速く短い時間のうちにいろん 知らずしらず横目になり、鼻の孔はいつばいに聞いてまっ すぐ天に向け、それといっしょに上脣がめくれて上並びな場面を安吉の前にくるくるとまわして通過して行った。 にんちゅう の歯がむき出しにされ、見ているとこっちの人中のところ 表現派とか超現実主義とか、未来派、意識的構成主義、 がむず痒くなってくるような姿でいななきを叫んでいる。大戦以後のフランス、イタリヤ、ドイツなどの動きが日本 いななきは声では聞えない。鼻から息の棒も出ない。そのへはいってきてるのを安吉も知っている。いっかしばらく まま、跳りあがったなりでタ方の空気のなかで凝固してしぶりで本所の従兄を訪ねて驚いたこともあった。からだの まっている。 小さいよぼっきかけた年配の男が、店さきへ腰を浅くかけ ふたもの Giorgio di Ch co- ーーキリコというのだろう。画の題て、蓋物から葉とうがらしの漬けたのをつまんではロへ持 は読めない。 って行って焼酊をのんでいる。 しい加減酔っているらし 「キリコというんだろう。イタリヤだろう。しかしわからく、自慢話のようなことをぶつぶついっていたが、そのう んナ : : : 」といって吉川に戻したがやはり安吉は気味がわち、「何しよろこの節ア、ショーゲソハのペンキ屋ができ るかった。その写真の絵が気味わるかっただけでなく、そてきたってんだから油断しちゃいらんね工 : : 」と言い出 つくりの意匠の絵を東京で確かに見たという記憶からくるして安吉は聞き耳をたてた。何の絵のことをいってるんだ 、も 気味わるさでもあった。それは日本人のものだった。それろう ? 何なんだろう、この男は ? 男の足もとに大小の は絵として気味わるいというところまで行っていなかった罐が置いてあるのが見えて、一方は代赭色の、も一方は空 ら むが、あれは日本人の画家が、キリ 0 を見て真をして描い色青の絵具が外側に垂れてこびりついていた。それはペン たのだったろう。もしかすると、複製を見てでさえ真似しキの容れものだった。男は板ぬりのべンキ屋だった。ペ たのだったかも知れない。真似ということは心から同情でンキ屋は表現派の絵のことをいっているのだった。従兄自 きる。探しあぐねていたものが、品物となってそこにあっ身は安吉が説明してやっても何のことやら理解しなかっ がゆ せつこう おど うわくちびる ま かん しようちゅう とこ ゆだん っ たいしゃ

3. 現代日本の文学 19 中野重治集

そういって彼は景気よく階段をあがって行った。 で珍しく兵隊の姿なども四五人まじっていた。 「お酒をおつけしますか 2 」 「何てったって、片ロなんかア儲けもんしたんだからな。 金之助は出てきた娘を見ると変にはしゃいできて安吉に去年落ちないで大学へ行っててみろ、地震にその面じやア 取り次いだ。 ・ : 危い、危い。」 さいえん 「この人はここの家の娘さんでね、女学校出の才媛なんだ 奇声を発して金之助は手を振った。それは安吉も認めて からね。」 いた。あのどさくさの時に東京にいたとしたら、朝鮮人そ 安吉には初めての店だったが、金之助や桐山はちよくちつくりの顔をした彼はどんな危険にさらされたか知れたも よく飲みにきているらしかった。 のではなかった。 「そこでと : : : 」 「よせ、よせ、落第の話なんか : : : 」 ひざ 娘がっき膝をしている横で金之助が板を読みはじめた さっきから兵隊といっしょにちよびちよび飲んでいた金 時、変にもじもじしていた桐山が向う側からロを出した。之助と同級の森下がこっちへ顔を向けてひやかした。 さいふ 「落第の話をしてるんじゃない。 単に試験の話をしてるん 「おれや、今日、財布を持ってこなかったんだ。」 「おれや、今日、財布を持ってきたんだ。」 「おい、君・ : : こ いうなり金之助は、桐山の眼の前の台の上で、古い縞の ひも 財布の紐をぶらさげてぶらんぶらんと振って見せた。それそのとき調子のちがったそういう声がして、一一人が見る ゆいしょ は、亡父が使っていたという金之助きりの由緒づきの品物と、一一人の新しい男が森下の前の兵隊に呼びかけていた。 かむ ・こっこ 0 森下と兵隊とが帽子をとりかえっこにして冠り、小さい森 下がその少尉の上衣をひねくりまわしているところから推 して、男たちの言葉ははじめから予想がついた。 「ちえ、馬鹿にしてやがらア ! 」 「僕も軍隊にいたことのあるもんだがね、そういうことを あれから桐山と別れても納まらなかった金之助は、安吉 いいと思うんかね ? 」 を連れて年川べりをひとわたり歩き、ああいう乱暴なことして、君、 をした経緯を話していくうちにますます納まらない気持ち森下は驚いて帽子と上衣とを返し、少尉は静かな調子で になったらしく、結局二人は、もう一度香林坊をの・ほって何かいったらしかったが、安吉にはきこえなかった。そう えしやく してそこらのテー・フルへ軽く会釈をすると、ニ人の男にち プラジルというカッフェーでしャベっていた。日曜のせい うわぎ

4. 現代日本の文学 19 中野重治集

360 下さいというんじゃがいして。あつらもそこがあかん。あの先に立ってああのこうのいうて。機屋の五郎さんでも、 れも偉い人間じゃ。偉いが、そこが足らん。どうでもして我が子を殺いたんじやけど勤め上げたがいして。お前らア 出いて下さい、お父つあんでなけにゃあかんというんじや人の子を殺いて、殺いたよりかまだ悪いんじゃ。・フルジョ がいして。自分じゃしようといわいで、人にばっかし頼りアじゃ何じゃいうても、もっと養のできた人間は仰山あ たがる。ソクラテスのような偉い人でもあかんだっちゅうる。床山ア見いま。政友会へ行った。あれで大臣にゃなれ つるべ ー . し、めん - し が。嫁さんに釣瓶で水かけられたっちゅうじゃよ、 、しるじやろ。しかし少しもののわかった人間なら、たとい政 て。去年の夏もそうじゃ。大阪が焼けて丸焼けになったと治屋でもじゃ、あれきり鼻汁もひっかけんがいして。あれ いう。お父つあんじゃと思うから火事見舞いを出いた。返で床山を奉るのア、ダニみたいなもんらだけじゃがいし 事が来んがいして。タミ / から聞いた通りにしてもう一・ヘて。大臣になったとこで人間を捨てたんじゃ。利ロではあ なしつぶて ん出いた。それも、着いたやら着かんやら梨の礫しやがいるが、人間を捨ててどうなるいや。本だけ読んだり書いた して。返事が来たら、ちょっこりでも見舞いでも送ろうと りしたって、修養ができにや泡じゃが。お前がっかまった わがまま 思ていたんじゃがそれきりじゃがいして。ツネがまた我儘と聞いた時にや、お父つあんらは、死んでくるものとして こづかつまら で一しよな家に住もうとせん。そんなこってどうするか いっさい処理してきた。小塚漿ではになって帰るものと思 二人ともじゃ。それじやさかい、転向と聞いた時にて万事やってきたんじゃ : ーりもち ぎようてん せき や、おっ母さんでも尻餅ついて仰天したんじゃ。すべて遊孫蔵は咳払いをして飲んだ。勉次も機械的になめた。 びじゃがいして。遊戯じゃ。屁をひったも同然じゃよ、、 オし力「いったいどうしるつもりか ? 」孫蔵はしばらくして続け いして。竹下らア いいことした。殺されたなア悪るても、 た、「つまりじゃ、これから何をしるんか ? 」 よかったじやろがいして。今まで何を書いてよが帳消しじ「 : ぎちが やろがいして。お父つあんらア、ああいう気狂いみたいな「お父つあんは、そういう文なんそは捨てべきじゃと思 おっ母さんでも事わけを話して教育してきてる。それやロうんじゃ。」 に出いてこそいわね、一家親類みんながびつくりしたんじ「 : やざ。あかんがいして。何をしてよがあカん ししことし「お父つあんらア何も読んでやいんが、輪島なんかのこの ごろ たって、してれやしてるほど悪るなるんじゃ。ある・ヘきこ頃書くもな、どれもこれも転向の言いわけじゃってじゃな っちゃない。お前、考えてみてもそうじやろがいして。人いかいや。そんなもの書いて何しるんか。何しるったとこ たてまっ はたや

5. 現代日本の文学 19 中野重治集

8 課目表はポールド二枚の上に貼ってあった。それに縦横って舟橋のほうの住所は聞いていないのだった。 の線がはいって、一二三学期の区分、月曜から土曜までの彼は金之助をひつばり出してやろうかとさえ考えつい 週日、午前八時から午後四時までの時刻、教室の番号、教た。 授項目と教授名とがこまかくべンで書き入れてあった。安「あいつは貯金局なんてとこへ出てるんだから、ああいう じよら′〒・ 吉は聴いてみたいと思う項目を探し、それから名だけ知っ表なんか見るのは上手だろう。」 しかし金之助と話している時にはすっかり表のことを忘 ている教授の名を探した。しかしそれを彼自身の聴講届に まとめることがどうしてもできなかった。そっちでもこつれていた。そして二三度それがかさなったあとは、あまり に馬鹿げていて金之助にたいしても申し出ることができな ちでも同時刻にぶつつかった。そのうえ一定数以上の項目 っこ 0 カー を聴く必要があり、卒業後学校教師になれるための特別聴 こうして三週間近くなってもまだ届けは片がっかなかっ 講課目などというものもあった。彼はいろいろに考えたあ た。彼は、エャハンマーがばんばん響いている構内をぶら げく、時間から先にきめようとしてみたがそれも成功しな かった。時間だけは独立にうまく並んだが、あまりにもそっいて建物や学生を見まわした。そうしているうちに、そ ういう彼は大学生などではないように思えてくることさえ れらの課目に魅力が感じられないのだった。 ちょいちょいあるようになった。 「急ぐにはあたらぬさ。」 んごう 仕方なく彼は本郷通りの古本屋を片つばしから見てある そう思ってその日はそのまま帰ってきてしまった。 そばや いた。そして腹がヘると蕎麦屋へはいって、こうして本郷 しかしそれからあと、格別の仕事がないまま彼は毎日の ように大学へ行ってみた。しかし少しも事情はよくならな三丁目から駒込橋までの蕎麦屋をあらかた一度ずつ食って かった。彼は高見にきいてみようと思って政二郎の下宿屋しまっていた。 へでかけてみた。しかし政二郎は、休みに帰ったまままだ東京の街そのものも彼を快活にしなかった。安吉の二階 からは、あたりの家々がわりによく見はらせたが、それら 東京へ帰ってきていなかった。彼はいっしょに卒業してい かっこう っしょに文科へはいった舟木を探してみたがそれもみつかの家々はどれもこれも箱のような恰好をしていた。壁とい うものがほとんど人間の住宅に使われていなかった。屋根 らなかった。ごった返している構内を、誰かを探して歩く ことの無駄は安吉にもわかりきっていた。舟木は舟橋町に瓦もきたなかった。ほこりのためかどうかはわからなかっ 生んでいるはずだったが、・ とうせ教室で顔を合わせると思たが、おそらく焼き方がちがうらしく、瓦特有の沈んだ紺 がわら こまごめ

6. 現代日本の文学 19 中野重治集

たった。もしかしたらそれは、正確には覚えないが、「蒼てそれは、事件と一直線で結びつけられる性質のものでは ないにちがいないが : い馬」を安吉が感動して読んだころだったろうか ? つい そうかん このあいだ、安吉は、「第二インタナショナルの崩壊」の しかし吉川は、安吉の問いをはずしてしきりに近親相姦 翻訳賃の一部を辰野のところで受けとってきたが、そのとというところへ話を持って行きたがった。 き辰野は、初心者への激励という心持ちからだったろう「どんなもんですかネ ? あの謹厳な先生がーーー叔父さん ども ですよ。 なんてっててっちゃんをときふせたんですか か、わりに正確だといっていつもの吃りで安吉を賞めた。 あやま ちょうどそのとき、「芽生え」のてつ子がちがったものにネ ? しかも一度つきりの過ちというんじゃ劜いんです なって東京に出てきたのだ。どうかしたらそれは、辰野がよ ! 」 ちがったのよりも安吉がちがったのよりももっとずっとち安吉には、吉川の言葉が作家の不倫を非難しているよう がったものになってだという気が安吉にする。何となし安にはどうしても聞えなかった。どうやら吉川は、いきさっ 吉には、安吉などのタッチでぎない地点での問題のせし を目に見える形で安吉の前に描ぎ出したいのらしい。 それ で、彼女の上京はあったのだろうと空想されてならない。 を好奇心でたのしみたいのらしい。そのことにたいする安 すきみ いっか村山が、人のいないところで、「マルクス主義研究』吉の興味の動きを隙見したいのらしくて、「それだから君 にのった永野の論文をどう見るか、安吉に鎌をかけるようは変な目で見られるんだよ。」という言葉が安吉の頭に浮 かんだ。 にして質問したことがあった。あんな方面に彼女の上京は 吉川たちが、京都生活でいくらかでも知りあっていると 関係しているのだろう。善光寺坂を下りてきた彼女が、安 いう心安だてからそれはきていたかも知れなかった。しか 吉たちの向って行く清水町合宿からの帰りだということ は、どこへの帰りかはわからぬが確かに明らかだった。事しそういう面が、いま安吉の頭に浮かんだ形でたしかに吉 件公判の近づきにつれて、いろんな人間が東京、京都を往川にあって、そのことが合宿でも二三度も問題になってい たのだった。 復しているが、彼女のことは全く安吉に知らされていなか ら セッルメントへ出かけて行く渡辺などを見かけると、つ むったし、それと思いあたるほどの話さえ安占は断片も聞い い吉川の口から軽薄な言葉が飛びだしてしまう。つい飛び ていなかった。ずっと内側の方の圏で彼女は動いているの 四だろう。それにしても、どんないきさつであの「芽生え」だしたのだということがわきで見ていてよくわかった。 べっぴん のヘロインがそんな風に変化して行ったのだろう ? 決し「セッルメントへは目白から別嬪さんが来るんでしよう、 けん あお

7. 現代日本の文学 19 中野重治集

つっそで、めん た。安吉は布団をたたんで押入れに入れ、一重の筒袖木綿た。新聞がまだなため、見ずに出るのがへんに物足りなか ったが、安吉は片山について出た。細道がかちかちになっ 寝間着をばっと脱いで、そこの針金からひったくるように して取った手拭を捩じてきゅっきゅっとからだをこすって白っ。ほく乾いている。二つほど曲がってーー・・・ここを昨夜 なりすし た。それから手早く着史えてしまって、脱いだ寝間着をぐの稲荷鮨の鈴が通って行ったのだろう。ーーー彼らは広い善 ひも るぐると巻いて紐でしばったのを、押入れにしまい込もう光寺坂の道路へ出た。すたすたという調子で、十五六の少 として思いなおしてそこに置いた。「持って行くことにな女の新聞くばりが向うからやってくる。白い息を吐いて片 側を一つ一つくばってくる。新聞くばりは足音をたてない るのだろう。」といった・ほんやりした気持ちからだった。 降りて行ってみると朝飯の用意がでぎていた。平生むつで、商店街なため投げないでちょっとしやがんでは挿しこ すりしていて、訪ねてきた肉親の兄にさえ、原因はあったんで、つぎの一部をぎりつぎりつと鳴らして急いでくる。 そのあとから牛乳配達がやはり白い息を吐いてやってく にしろ傍目にも具合わるいほど無愛想にしていた片山が、 かこうがん こんぶ やはりむっすりとしたまま、戸棚から、とろろ昆布やら梅る。車の金輪が、舗装の花崗岩にぶつかってがらがらと音 こつけい つくだに やかん 千やら佃煮やらを出してきて、薬罐で湯を沸かして、女のをたてる。軍手の手で梶を押えて、牛乳屋は滑稽なほど ように細かく気がついて小まめに並べていてくれたのが安ひょこりひょこりからだを上げ下げして上ってくる。あち こちの横丁から勤め人といった風態の男が急ぎ足で折れこ 吉にありがたかった。親切が感じられる。誰もこそりとも しないなかで、そうやって二人だけで朝飯をくうことに子んでくる。この連中もみなせかせかして白い息を吐いてい 供らしい楽しみみたようなものがあった。 る。それが次第にいっしょになって停留所の方へ下りて行 「しかし、つまり、片山にフィアンセがあるってことと関 。線路の手前でとまるものがあり、向う側でとまるもの 係があるか知れんナ。つまり、彼ら一一人で飯をこさえて食があり、本郷へ出る坂をそのままとっとと上って行くもの 、も がある。安吉たちは手前でとまって駒込からくる電車を待 ったことがあるのかも知れん。」 った。 「おばさん、いつくるのかな ? 」 ら む通いのおばさんがいっ毎日出てくるのか安吉は知らなか気がつくと、すぐ角のたばこ屋で表を開けている。小娘 が出てぎて飾り窓の外蓋を外からはずす。ガラス戸の大戸 すきま の上に置く。小 の隙間から手が出て・ハケツをコンクリート 「もう来るよ。じゃ、出かけるか : ・ : こ ぞうきん 片山も火鉢はおこさなかったため、飯のあとは寒かっ娘が、・ハケツのなかから雑巾を引きあげて絞って飾り窓の はため ひばち しぼ

8. 現代日本の文学 19 中野重治集

おさな て、こう、拡がってる。でも横からみると、てんですうつほとんど稚さといえるものが顔いつばいにあった。そのあ 1 と上から直線的な奴、あれは駄目だネ。あれは駄目だ。ウまりにきわだった対比のするどさ、子供の顔とたの腰 チワみたいだよ。厚さがないんだから。そういうんじゃなと、その関係の瞬間的な認識がショックとして安吉を刺し くって、尻の場合は、球体つていうんじや不十分だネ。背た。つよい欲情が、檻のなかで獣がからだを起すような具 骨の下の方へんから張り出して、腰から尻へかけてが建築合にのろく安吉のなかで動いた。 のようにそびえてるのがいいんだ : : : 」 それはその女にむかっての欲情の発動というのではなか 「ふうむ : : : 」 った。そのうず高い腰にたいするものでないことも安吉に かならずしも賛成しないらしい鶴来といっしょに、女ポわかっていた。あんな子供つ。ほい顔の、少女といったとこ ーイの一人が、「そびえてるんだって・ : いやアだ。」といろを出きっていない女があんな腰をしているというその事 った。深江は黙ってにやにやしていた。安吉は、安吉の見がら、あの童女めいた顔が、自分で気がっかずにあんな腰 方がただ一つ正しいのだと今でも感じている。 をうしろに運んでいるという事実、そしてその肉体が、完 どんどん追いついてきて、いよいよはっきりしてきた女全に熟れていながら機能としてはひらかれていないという の後つきはどうしてもそれだった。ほとんど豊熟そのもさわりかねる状態、それをそんなものとして認知したこと しげき しぶ謇き から刺戟がきたのだったことを安吉自身ある程度知ってい の、同時に豊熟一歩手前といった固さ。渋柿の成長しきっ た。そしてそのことが、からだを起したと思うと猛烈にた たところをもいできて、焼いて麦こがしでまぶして食う。 青梅の青いままで大きくなりきったところをもいできて、けってきた安吉の欲情を、外がわへ開かせないでそのまま 梅酒をつくる。一歩それを越せば、甘くなる方へ、黄いろでなかへ閉じこめた。安吉はとっとっと弥生門の方へ急い くなる方へ線をまたいでしまう。そのどうにも手のつけよだ。 うのない発育の頂点 : ・ 「たしかこのへんだったよ、あれは : : : 」 「女はいくつぐらいでこんな発育を見せるんだろう ? 一一それをいま安吉が思いだしていたのだった。そして一足 十四、五だろうか ? 」 とびに、今しがた出てきた歓迎会のことを思いだして、 そのことが頭にちらりと浮かんで安吉は追いついた。 「何だ、ケッタクソのわるい : こと心でつけ足したのだ 追いこす非常に短い時間、どれだけか並んですすむ瞬間った。するともう一つケッタクソのわるかった記億、その のある暇に彼は女へ目をやった。女は非常にわかかった。 日あれから沢田のところへ行って、それから帰って、とう しり ひろ おり

9. 現代日本の文学 19 中野重治集

えしてくる。あれは本質的に放蕩だっこ。割引よ を問っとしてくるのが安吉にわかった。 わずに走ってきた。人も季節を間わずに、それそれに身ご駒込にいた時分のある日安吉は神明町の通りを歩いてい しらえしてそれに乗ってきた。セルの季節でなくて氷の季た。電車道が動坂の方へ曲ろうとするあたりで安吉は「あ 節にも。それを走らせる電車の人間がやはり季節を問わずつ ! 」という声を聞いた。声はうしろでした。一 子供かが自 に未明から出かけてぎたのだ : 動車に触れようとする瞬間、見つけたものが立ちすくんで 「気をつけろっー」 声をあげた図が安吉に閃いて、ごごッという底ごもりした ひどい声が上でして、誰かに何かあったナとちらりとし音といっしょにふところ手した右肩のところがいきなり暗 たとき安吉の肩がっかまれていた。それはひどいカでつか くかげつてきて彼はぎよっとして立ちどまった。 んだ。安吉の腰が反射的にひっこんだ。動きとしてほんの「大丈夫ですか ? 大丈夫ですか ? 」 そそ つまさき 少しのものだったが、感電時の感覚で、両手と爪先とだけ運転手と女車掌とが不安な目を安吉へ注いで呼んでい 第 - うもう で全身ささえられてるという不自由がその動きを獰猛なもる。そこに、富士前の坂上から降りてきた市・ハスの大きな ずうたい のにした。車体がカーヴの内側へ傾ぎながら大揺れして、 図体が停まっていて、こっち側のセルロイド窓にいつばい のぞ 安占の腰を現に触れてかすった一本の電柱が斜めにつっ立に客の顔が並んで覗こうとあせっている。安吉は錯乱を感 あしもと ったまま後じさりして、自分の乗った電車車体のに完全じて足許を見た。市・ ( スの太いタイヤが右足の爪先のとこ に隠れて見えなくな 0 たとき安吉は事がらを理解した。安ろ〈かかっていて、右足の爪先がア駄ごとその下に隠れて ふる 吉はほとんど慄えあがった。電車は東照宮下へむかって揺いる。タイヤが指にふれてるという感じは確かにあった。 しのばすのいけ れて走っていた。そこに、不忍池の手前に大正博覧会あとしかし痛みは一つもなかった。タイヤは膨れて丸かったか の建物が残っていた。そこに、それ一本だけ飛びはなれてら、上から見ては蔭になっていても、タイヤの曲線と路面 、も 線路にくつついて電柱が立っていて、そのところで電車レの直線とででぎた角のあいだで足そのものは全く安全なの h1J ・こっこ 0 ールのカーヴがいちばん大きく張り出していた。レールは ら む電柱と建物とに挾まれて走っていた。電柱は、カーヴのと「大丈夫です。大丈夫です。」と安吉は急いで見上げてし ころで傾く車体にほとんど平行した角度で傾斜して立ってった。運転手と車掌とが目顔で会釈して・ハスは動いた。う いた。それは、電車の窓を横にばららっと掃くほどの姿だしろの窓からまだ後向きに覗いている客の目を避けて、安 あぶら った。氷のような真鍮棒を握った安吉の手の平が脂でぬる 吉は横丁へ切れこんでそこでふうっと息を吐いて一人笑い ひらめ

10. 現代日本の文学 19 中野重治集

主脳部検挙以後ひどくなったスキャップ警戒のため、木 して見はからっておいてがらりと開けた。一人の少年の首 根 0 こを擱んで、それを戸のなか〈押しこむようにして一部では臨時の警邏班をつく 0 た。それは安吉も知 0 てい た。班は六つ編成されて、主として夜から朝へかけて要所 人の青年がのめり込んできた。 要所をまわっている。桑原は一つの班の責任者だった。彼 「おいつ、起きろつ。起きてくれつー」 青年は当てなしのような調子で喘ぎながら怒鳴 0 た。青は、なにか勘があ 0 て、昨夜は本工場の横門のところで頑 ばっていた。ついさつぎになって、桑原から二十間ほど先 年は二十三四くらい、少年の方は十六くらいに見える。二 で、塀のねきのところがまだ暗かったが、そこにしやがん 人ともまっさおになっている。 でいるものが誰かいるのを見つけて彼ははっとした。そい 「ちきしようつ ! 」 こうふん つは、塀の崩れからなかへはいろうとしてるのらしい 年は、おさまらぬ昻奮を静めるためのように低く呻っ て、と思うといきなり昻奮してきたらしく少年をそこへ突最近のスキャツ・フのやり方、会社側のやり方が、一どき に桑原に思い出された。彼は飛びかかってそいつに組みつ きとばした、「こいつが : 上り框〈ぶつか 0 て少年は顔をゆがめた。少年は、白痴いた。案外にそれは少年だ 0 たが、名を名のれとい 0 ても 一つも返事しない。ただスキャツ・フじゃないとだけしかい などに見るような獣的に恨めしげな目つきをしている。 っぬ。スキャツ・フでないのなら証拠を出せといっても返事 しナい、どしたんだ ? こいつア何 「どうしたんだ ? しない。スキャツ・フでなければ臨時警邏班だ。警邏班員は だ ? 君は誰だネ ? ちゃんと話せよ : : : 」 部屋のものが全部起きてきて安吉の後ろに重な 0 たのが本部で決めた目印を持 0 ているはずだ。それもそいつは見 常こしぶとい。子供だと思っているとここへ連れ 安吉にわかった。連中も、だれも青年を知らぬらしい。そせぬ。非冫 して青年の方が正しいのらしい。少年の方が悪いのらしてくる途中で逃げ出そうとした。事務所で立ちあって査ペ ・も い。しかし青年の方も知らぬのだから、どう取っていいかてくれ。 ギ」 おい : : : 」といった斎藤がいくらか声を和らげて少年に 迷っている空気のところへ斎藤が顔を出した。 ら 訊いた、「どうなんだ、君 ? スキャップじゃないんなら、 む「桑原君じゃないか ? 」と一種の威圧感をもたして斎藤が その通りちゃんと名のったらどうなんだい ? 」 口を切った、「どうしたっていうんだ ? 」 「そじゃないんです。スキャツ・フじゃないんです : : : 」 ぶさいく 安吉はほ 0 として後ろへさが 0 た。 おびえてしまったせいか、少年は不細工に同じことだけ 「こいつがネ : : : 」といくらか桑原が落ちついた。 : こいつなんだ : : : 」 うな けいらはん しら