73 南の肌 わさね 「お前、船に乗りこむと、あの累の方をどうかするつもりでも・フリュ 1 ・ ーナーなどというイギリスの石炭船は一 だろうが : : : おれの鼻はちゃんと利いているんだ・せ」 万噸級の大船であったし、ノールウェーやスエーデンのよ 「よか鼻じゃのオ、あっはつはつは」 うな北欧船も香港から来ることが多かった。日本船は富士 つくば と虎松は笑いながら、小鼻をうごめかしている。 山丸、筑波丸などという名の貨物船で、大きくてもせいぜ 「どうしてそぎゃなこと分るとな。蝶吉どん」 い千一一三百噸の小型汽船であった。ロ之津港は湾内にある 「そりや分るさー ので、外国船の大きいものは港外に碇泊して、青や黄や白 たくま おのおの と蝶吉はニャリと笑った。 の煙突から逞しい煙を上げ各々の国旗を早崎海峡の海風に 、むすめ 「しかしね、虎さん、あの娘は生処女じゃねえよ。生処女靡かせていた。何日か港にいて石炭の積荷の終った時に出 好みの支那人にや向かねえ玉さー 港するのが常である。 うた ひと人し 「そうかのオ、おいにはどげんこっか、まるで分らん : : : 」島原子守唄に今も残っている一節 ころ 「まあ、当って御覧、きっとすぐに転ぶよ」 「ふうん」 姉しゃんな何処行たろかい 虎松は太く鼻呼吸をふいて首をふりふり腕を組んだ。 姉しゃんな何処行たろかい はとぶえ 船着場の方から波の音に交って、汽笛が大きい鳩笛のよ青煙突の・ハッタンフール うに聞えて来た。 唐は何処んねけ 唐は何処んねけ 海の果てばよシ日ガイナ ロ之津 と言うのはこれらの青煙突の外国船に積み込まれて、石 じよじよう くらのつ ロ之津は島原半島の南端にある港である。明治四十年代炭と共に海外へ運ばれて行った若い女達への悲しい抒情を に三池港が出来てからは、三池炭礦の石炭はそこから直か込めた弟妹たちの幼い心を唄った歌であろう。この小説の に出荷されることになったが、それまでは三池の石炭は船作者は天草や島原に旅行した時もこの子守歌のほんとうに でロ之津まで運ばれ、ここで外国船にも日本船にも積みこ歌われたのを聞かなかったから、正しいメロディを知るよ まれて、上海や香港に運ばれて行った。そこに寄港する中しもないが、この歌のようなセンチメンタリズムで「から シャンハイ たんこう なび あね ていはく
じゅんどうちゃく ( つけい 盾撞着に満ちていて、一見滑稽に見えるが、作者は彼の いは山をうがち、谷を埋め、山林を伐採し、あるいは海を 内に生涯説明する方法なしにくすぶりつづけていた観念深くして港湾を設備して、世界的な一大港市をつくり出し に、憑かれた人間の悲劇をむしろ悲しいものとして眺めたのである。 ベキン る。同時に、日本人の持っ観念の哲学的あるいは宗教的な対岸の九龍は一八六〇年の北京条約によって、約十平方 ひから かつじよう 裏打ちを持たぬ乾涸びた木伊乃化が勝沼のようなカリカチキロの地を英国に割譲したのを初め、一八九八年の条約で ュアの英雄にならないで、より悲壮な、よりファナチック は、香港の防備に必要であるという名目で、九龍半島及び とうしょ な観念ーー例えば昭和十年代の戦時中に「大東亜共栄圏ー付近の島嶼を九十九ケ年租借することにした。九龍は広九 * はっこういちう ムとう とか「八紘一宇」とか「一億玉砕」とかいうまことしから鉄路の終点で、埠頭を築き、大船が岸壁に着くことが出来 しゅんこう ぬ現実に、国民を追いこんだことを思い出さずにはいられるのと同時に、大倉庫、船渠等も竣工した。こうして、従 ない。あの頃の軍部や日本精神論者の持った思い上った観前とは面目を一新した欧洲風の大都市香港が南支の尖端に 念主義に較べれば、勝沼貫太郎が国際女衒としての自分生れたのである。 わた を、国士として任じていた心はむしろ愛す・ヘきものと言わ余談冫 こ渉るけれども、欧米人が植民地に腰を据える場合、 なければなるまい 他民族の風習に倣おうとはせず、どこまでも自国の風俗習 やまと 慣を堅持して行こうとする生活法は、漢民族や大和民族と さてここで、当時イギリスの東洋貿易の根拠地として国は全く違っている。世界の歴史はアリアン民族の征服の歴 際港でもあった香港について一応語らなければならない。 史であると言われるように、アリアン民族であるヨーロッ クーロンむか 香港は広東州の南端九龍と対いあう位置にある島であパ人は、他民族に対して優秀性を信ずる力が強く、たとえ る。地勢は山地で、交通は困難、河川さえないので、十九キリスト教の布教に当るような場合でも、自分達の生活を ばうおー、 へきら かえないままに、どんな僻地へでも入りこんでゆくのが特 肌世紀の半ば近くまでは、ほんの数えるほどの茅屋しかない あへん 寒村に過ぎなかったのを、一八四一一年阿片戦争の結果とし長のようである。香港のような島を東洋の貿易的制町の根 の しん てイギリスが清国に譲渡させ、ここを東洋貿易の根拠地と拠地に選んだのも、清国人の中流以下の階級の非衛生、不 南 極めた。それ以来、「太陽の照るところ、ユニオンジャック潔な生活が伝染病その他を移入することを恐れたのであろ シャーメン う。香港のような大規模なものではないが、広東の沙面に の旗のひるがえらざるところなし」と豪語していたヴィク トリア朝英国の国威をもって、巨額な費用を費して、あるしても、厦門のコロンス島にしても、皆、本土から水を隔 ミイラ かせん ついや ばっさい す
てた島で居留地の中国民との断絶を示している。 香港にしてもその通りで、英国が完全に欧洲化して、ヴ とポ】イの王少年に言いつけた。 イクトリア市街と呼んでいる北海岸一帯の平地と山陵地に コ一階の何号室とですか」 は堂々たる欧洲建築が、帽子を冠った礼装のようにいかめ中国人の少年は聞き覚えの九州弁できいた。 ムとう しく建ちならび、指呼の中に九龍の埠頭を望むことが出「六号たい、よんべ、マージャンばやっとった部屋の隣た 来る。 かやぶ かわら 茅葺きや瓦屋根を見なれた日本の地方人がこの堂々たる少年が出てゆくと、勝沼は立って、表の戸をあけて見た。 「うう、きっか霧じゃ。雲仙の地獄のごたる : 欧風の市街を見ただけでも、威嚇されるのは当然である。 まぶた す 大手筋の商売はすべて、イギリス商社に独占されているか勝沼は一一重瞼の深い大きい眼を据えて、前通りの支那旅 ばくばくの ら、日本人や中国人のもぐり込めるのはせいぜい店員か行館の建物を漠々と呑みつくして早く濃く流れて行く霧に眼 せいろう 商、自国民相手の宿屋か青楼ぐらいである。イギリス政府をやった。濃霧は香港の名物で、同時に寄港船の大敵でも は密航婦の上陸を厳重にとり締っている癖に、青楼や賭博あった。 はなはおうよう あおりゅう 宿に関しては営業について甚だ鷹揚であった。恐らく、そ「青龍がよか工に港ば入ればよか・ : : ・」 こうしよう ういう公娼街をつくって置くことで、イギリス婦人に対す英国船のプル ー・ドラゴンを勝沼たちは青龍とよんで らちがい る男の埒外の行動を制約する意味も含まれていたに違いな すげ 。勝沼貫太郎の商売が、合法と非合法の紙一重の境を往「ほお、凄え霧だなあ : : : まるで真白な雲の中に入ったよ 来しながら、彼が日本の外交官や商社の役員などからも認 うじゃありませんか」 められて、日本人会の会長として幅を利かしていられるの シャツの上にどてらを引っかけた天女の直こと井口直次 ひげそ には、イギリス側にも清国側にも日本側にも、それぞれの 郎は、懐から出した手で無精髭の剃り杙を片手で撫でなが 政治につながる・ハランスが一応とれていたからである。 ら、勝沼のうしろから声をかけた。 「おお、直か : : : よんべな憑いとらなんだのオー 勝沼はその朝三階の寝室で眼をさますと、間もなく一階「あっはつはつは、まあ、たまにや親分をよろこばせてお にくまんじりう かねえと、義理が悪いからね」 へ降りて来て、蘭茶と肉饅頭の軽い食事をすませてから、 「おい、王、一一階に直次郎が居るばい。ちくと呼ばってく直次郎は懐から出した手をぬいて、 ウアン かぶ かく ふところ
虎松をたずねて来たので、勝沼は彼らを階下の茶館の特別してから大きな声で笑った。 ていらよう 室に案内して、手のこんだ支那料理で鄭重にもてなした。 「ところで、彼の買約して行った商品はどうします。買い つごう 「困ったことと言おうか、こっちには都合がいいと言おう主は半永久的にここへ帰っては来ませんよ」 か、思いがけないことが起ったんですよ。ミスター勝沼ー この情報には虎松も勝沼も唖然とした。 ひげ ほお と・ハ 1 ンズは髭だらけの頬を奇妙に崩して笑った。 「実はジョ 1 ジ・エグモンドが香港から姿を消したんで 高価な商品 す。あの翌日も翌々日も何の連絡もないので、私の方も、 おていさんの取引きがあるし、次の航海までに片をつけた まっこと くって、彼の店へ行ったんです。すると店員のいうには主「ミスター ーンズ、すりや本当な ? 」 人はあの晩帰宅したが、翌日又、出かけて当分は帰らない とまず勝沼が叫んだ。 と言うのです。どうもそこのところがおかしいと思って、 「われわれイギリス人の船乗りは人殺しはしても嘘は言わ 内々で税関や警察の懇意な向きできいてみたところ、彼はん。間違いなくジョージ・エグモンドは香港にはいない 今度の満洲、朝鮮、日本をまわった旅行でロシアの方の軍私の言葉を信じなさい。カッヌマ」 くらひげ 備について大分調べたらしい : そのことがロシアに知れ ・ハーンズは山鳥の尾のように赤く長い口髭をひつばりな て、軍事上の機密を探ったという点で英国政府へかけ合っ がら、落ちつき払って言った。 て来たんですね。こっちは飽くまで知らないことにして押「そうか : : : そぎゃんことあったとは、ゆめにも知らざっ し通したのですが、それについてここ一二年エグモンドをたばい : ちょうど ぎようてん 香港に置くのは彼の為にもよくないというんで、恰度船が「何ちゅうたらよかろか : : : 親分、仰天しもしたのオ」 ぐり 肌出航するところだったのを幸いに、ヨーロッパへ送りかえ虎松もどん栗目を見張って、太い息を吐いた。 のしたらしいんです。彼自身も自分の命にかかわることなの ・ハーンズはマドロスパイプをくわえて、エジプト煙草の おそ いらもっ で、身をかくしたんでしよう。つまりわれわれの最大に怖匂いを撒き散らしながら、一物ある眼つきで、勝沼を見て 南 れた敵は、もっと大きな敵にねらわれて香港から姿を消し いる。そのグラスに勝沼は黙ったまま、ウイスキ 1 を注い たわけですよ」 だ。勝沼と虎松にすれば、密航婦十六人についての代償は ーンズはそこまで言ってウイスキーのグラスを一飲み充分すぎると思うほど、船長と・ハーンズに支払っている。 こんい また にお あぜん たばこ
はず し、次に父親、さて両親にきいたあとで、 すれば一議なく清国側に理のある筈のことが、逆に戦争の 「子供は食べ残りでいいですか」 結果として清国は香港や南支の港を英国に譲ることによっ しばしば ときくことが屡々であった。エグモンドはそういう習慣て、やっと、命脈を保つことが出来た。仏印やインドネシ に慣れて、女を大切に扱うことを教養の一つと感じて来たヤに対するフランスやオランダの支配権、印度に於けるイ ホンコン どれい さら・ だけに、香港に来て見て、中国や日本の女が奴隷のようにギリスのそれの他に、阿片戦争以後、イギリスは更に清国 売買されたり、売春婦でなくとも、日常生活に於て、妻がの一部をもその租界とし得たのである。 ほとん うやうや へりくだ 夫に対して、殆ど主人に対するように敬々しく身をり、 エグモンドのような青年でも、香港を根拠にして、東洋 かしずくことに不当な怒りを感じることが度々あった。 に商売の足をのばしていれば、本国にいる時よりも遙かに 自分のイギリス人としてのエー 丿 1 ト意識を満足させること その癖エグモンドは苦力の人車に乗って、 こと 「ヘイスト ( 早く行け ) 」 が出来た。殊に彼の家系には軍功によって、ヴィクトリア と叱ったり、港湾近い町で、路上に坐って、豚の腸や肝時代に男爵を与えられた伯父があったりしたので、知事や の入ったどろどろの釜から黒い汁を売っている老人や、路軍人、外交官なども普通の商人よりも彼を優遇してくれ みにく 面にめんこを投げて遊んでいる汚ない子供達を醜く下等なた。言わば今度の密旨を帯びた旅行に彼が選ばれたことも そな いっこうむじゅん 人種であると思うことに一向矛盾を感じていないのであそういう役目を果し得る国民的忠誠と品位を彼が具えてい る。 ると信じられたためなのである。 エグモンドはこういう旅行の帰り道に、全く偶然とは言 要するにエグモンドのフェミニズムは美しい女にだけ向 ごうがん けられるもので、人道主義の甘さはイギリス人一般の傲岸えないめぐり合わせによって、この円らな眼の気象のしつ ようじ な矜持によって、重くおしひしがれていた。東印度商会をかりして見える日本娘を知ったことによろこびを感じてい 肌母体として百年この方理不尽な攻勢で東洋に植民地を拡張た。彼女の他のどんな女達がこの船底にあがいているかは して来たイギリスの智的海賊性は、ユニオンジャックの旗問題ではない。彼はおていを無事に香港まで見守ってやる の のひらめくところ、インド、中国の各地を侵略しぬいてい代償に他の十数人の売春婦の密航を見のがしてやる決心を 南 るのである。五十年前の阿片戦争は、イギリスが売った阿した。それに事務長をからかいながら既に腹できめていた わざわい びまん しん 片の禍が国中に瀰漫するのを怖れて、清国側で阿片を焼ことがあったが、おていを見たことで、その決心に春風の なび き捨てたのを契機にして起った。今日国際連盟にでも提訴吹き靡くようなやさしさが加わったことは事実であった。 あへん おそ たびたび つよ すで
「まだ時間は早いよ。ちょっと上っておいでなさい」 の旦那はこの頃シンガポ 1 ルにゴム山を買ったという話じ からだ 「じゃ、ちくとば坐らして貰うか」 ゃないか。その財産は皆、密航した女の身体から絞り出し あぶら 市田虎松は茶の間に通って、ビットコスキ 1 のあとの蒲た血と脂だものねえ。ポロい商売だよ」 とん すそ 団に羽織の裾をさばいて坐った。 蝶吉の話の中に出て来る勝沼貫太郎という男は島原の生 かっ 「蝶吉どんには土産ば、あるたい」 れで、若い頃は長崎へ出て、銘酒屋、青物担ぎ売り、人力 ムと ( ろ ねこ、た そういって懐から取出した小さい銀色の紙包みを猫穉車夫などあらゆる仕事をやった後、一一十歳前後で南方に雄 飛する夢を抱いて香港に渡った。そこで、宿屋を経営して の上に置いた。 「麻薬も年々税関がきびしかなって、持出すのも一役た いる前科者のホテルにしばらく勤めてみたが、英国人の手 いっかくせんきん 。あんたじゃなか相手なら、でかともうくるところを、 ・、たい資本で固められている香港では、一攫千金のような 惜しいことばい」 商売の容易になり立たないことに気づき、その後さまざま 蝶吉は刺青を痛がる客のために麻酔を用意しておくのだな数奇な生活をつづけた果てが、長崎を中心として島原、 ゅうかい 天草方面の貧しい農家の娘を誘拐して密航させ、香港でこ 「何を言っているんだな。虎さん、その替りにはおれが世れを買いに来るシンガポ 1 ル、カルカッタ、スマトラ、仏 話をした玉で見損ったのは今まで恐らく無いだろうが・ : 印、中国等の売春業者に売り渡し、同時に自分もシンガポ ーむすめ 生娘のよか女を香港まで何人運びこんだと思いなさる 1 ルにホテルを経営して、日本女を看板に客をとらせる事 だんな 勝沼の旦那だって、それは解っているだろうに : : : 」 業に成功した。 おな 0 「女子の輸出もなかなか難かしゅうなったばい。英国船の勝沼は自分が内地から輸出 ( 勝沼の言葉によれば ) して キャデナン 船長や事務長に支払うコンミッションだけでも莫大な金高来た女は三千人を超えると豪語し、それらの女達が故郷に おなご 肌たい。まず女子一人に六百円ばかかる : : : いよいよ客に出送金する金額は多くの外貨を日本内地に運び込む : : : 言わ こうけん すまでに漕ぎつけるツとにはな : : : 」 ば、国家的に大きな貢献をしている上に、内地を食いつめ の まじめ 虎松が真面目な顔をして言うのを、蝶吉は煙草の煙を輪た前科者も、南方に高飛びして来て、女郎屋や賭場の経 けっこう 南 に吹いて笑ってきいている。 営に当らせれば、結構有能な場合が多い。こういう風にし 「六百円かかったって、その金は皆、女郎の借金に被せちて、南方を基盤にして、日本人男女の世話をし、同時に日 まって、稼がせるんだから、唯のようなものだあね。勝沼本人会を創り出した自分は正に名利を度外した愛国者であ かせ ただ かわ かぶ ごろ
れんら ったかも知れない。勝沼は、彼女達に、愛国心や廉恥心の候で、楊柳の緑や仏桑花のうす紅の花も咲きまじっている 押し売りをしたが、そういう押しつけられた観念でも、彼山野には、狩猟用の「テージも、一一三設けられていて、一 あけがた 女達の多難な人生航路に時には愛国の情熱となり、時には夜をそこに寝て、暁方から銃の弾込めをし、朝靄の中を狩 その反撥となって何かの・ハックポーンを持たせる指針とは に出て行くこともあった。 なり得たからである。 その年、鳩の狩猟期に入って間もない頃、勝沼は懇意な ぜげん しようのうじゅうひ 閑話休題、勝沼はそういう訳で、今、容易に女衒的な役独逸人の大班から、樟脳と獣皮の大量な買い主として、今、 きようおう 割を捨てる気はなかったが、一方でゴムの栽培や雑貨店な香港に来ているシャム有数の富豪ビライバを鳩猟で饗応し こと どにも商売をひろげているので、外国人、殊にイギリス人、たいから接待に当ってくれないかという申込みを受けた。 独逸人、アメリカ人などと交際したい慾望を持っていた。 ビライ・ ( と言えば、聞えた富豪貴族をある。そんな人がど 彼は他の遊技で外国人と付合うことは出来なかったが、 うして、総督府や民政部を通さない微行で、香港に来たも その頃、九龍半島の山野でようやく盛んに流行して来た狩のか、彼と結ぶことがどれほど利益になるかを知っている 猟については、天草にいた頃、銃をかついで、山の鳥や兎勝沼は二つ返事で承知したが、その時、ラインホルトとい をうちに行った経験から、犬を使うことも知っているのう独逸人の大班にきくのを忘れなかった。 で、まず良質の猟大を数頭飼い馴らし、それを外国人の狩「どうでしよう、美しい日本娘が私のところに一人いるの 猟家に売ることをやって、狩猟クラ・フの会員にもぐり込んですが、売春婦ではありません。私の親類のもので教養も だ。高級軍人や官吏とはもとより付合えないが、中流以下あります。とも角その狩場へ、給仕に連れて行きましよう」 ばいべん の階級のものや銀行員、商社社員、大班 ( 支那人の売弁を「オー、それは大変いい考えだ。場合によっては、その娘 つか 使って個人営業している店主 ) などとはその娯楽を通じてさんは大変な好運をむかもしれない。われわれにとって もちろん つき合うことが出来た。 も勿論、非常にいい都合です」 ほとん 十二月から二月までは主に鳩の狩猟期である。 とラインホルトは言った。日清戦争以前まで殆どイギリ 香港島内の狩猟は禁じられているので、狩猟家達は対岸ス商人の独占地であった香港に、この頃ではフランス人、 さら・ の九龍へ船で渡って行き、それから更に馬車を雇って、木独逸人などの店が眼に見えて殖えて来ている。東洋の植民 こしたんたん込ばみが 草の密生した丘陵地帯の狩場へ出かけるのであった。十一一地に対して、いずれも虎視眈々と牙を磨いているこれらの すで 月と言っても、日本の三四月頃に相当する気温の温暖な季国は、既にドイツは膠州湾、フランスは広州湾を清国から はんばっ ころ ごろ かく ぶっそうげ もや こんい
たまま放心したようにうつろな眼をしていた。虎松はその「商品の中な飛び切り上玉ですたい。何せ水揚げ前でこぎ おきんの身体中発条のゆるんだように見える顔に好色な眼ゃん器量よしですばってん」 を光らせた。 「何度でも水揚げといって金を客から取るのが日本の女郎 もら 「さば、おていちゃん、ちくと来て貰いたい。そん、大切屋の商法だそうだね」 なお客ばもてなさんならん。給仕ばしてくれえ」 「飛んだこつですたい」 「よか : : : おい何でもすっと、皆ば無事、香港さ行けるじ虎松はおていの出身も長崎でっとめていた店のことなど ほりものし やったら、何でもすっと : : : 」 話して、刺青師蝶吉のおていに対する鑑定までエグモンド おていは今まで苦しんでいた吐き気をすっかり忘れてよに報告した。 かの ろめきながら立上った。 「旦那な万一お気に叶うたら、香港なとめて置いてもよか 虎松がさきに立って、おていと一緒に部屋を出てゆくのとです」 たびがらす を皆は不安と恐怖の交りあった眼で見送った。 「いや、私は旅烏で始終香港ばかりにはいないよ」 「あん美しかむすめ : : : 一番に獣の餌になりよる : : : 」 とエグモンドは言った。 とみつよはひとに聞えない声でつぶやいたが、その途何となく、奥歯にものの挾まったような、イエス、ノー おうと てぬぐい おさ 端、嘔吐が襲って来て手拭でロを抑えた。 のはっきりしないエグモンドの態度に、虎松はじりじりし ながら、とも角おていをおしつけてしまえばあとは何とか エグモンドの部屋に虎松に導かれて入って来たおていはなると一人極めして部屋を出て行った。 しま きれい 縞のネルの着物に赤い帯を締めて、顔も綺麗に洗い、髪も「お坐り」 かきつけていた。 虎松の去ったあとで、エグモンドは肩を張って固くなっ 肌「イトイズバッドウェザー、サー ( 悪いお天気です。って立っているおていに言った。 だんな 旦那 ) 」 おていは割におそれていない様子で、エグモンドの前の の くちひげ ひとみ と虎松は玖想笑いに四角い顔を下品に崩して言った。 椅子に腰を降ろした。小さいこげ茶色のロ髭と青い瞳のエ 南 「お天気より悪い商売を君はしているようだな」 グモンドを一目見た時、おていには何となく船長や事務長 とエグモンドは笑わないまま言った。 と異った人間のように思えた。うす茶色の瞳は怖いよう せいらよう 「この娘さんも君の商品の一人かね」 で、人をひきつける親しみと清澄さを持っていた。それが かみ はさ こわ
112 そで どもも袖をひいたことはなかった。それだけに、娘たちのるごとあるが : ・ : きっと又、あんたと逢える思っちよる 話ぶりや、おていがエグモンドの部屋へ行ったなり帰って ・ : 気な強かとに持って生きて下しゃい」 からだ 来ないのを見ていると、自分の身体もいつまで無事でいらそう言っておていはゆきの手を固く握った。その手は暖 れるかとゆきは思った。あんな獣のような男が自分に襲いかくゆきの心に触れた。 かかって来ても、自分は決してあいつらの自由にはならな虎松が美しいゆきを船長や事務長に犯させなかったの 。あんな卑しい男に貞操を奪われるほどなら、海へ飛びは、今度、持って行く商品の中に一つぐらいは賢物でな しようめい こんで死んでしまう : : : そんなに思いつめていたのだが、 、正銘の生娘を加えて置かないと、勝沼に叱られるから ホンコン どうしたわけかゆきは誰からも犯されることなしに香港まであった。こういう上物の商いが意外の高値を・フローカー で運ばれて来た。上陸の一時間ほど前、おていがダンプロの懐に流しこむことを虎松も経験で知っていた。 へ戻って来たが、ゆきはその時一目みて、はっとしたほど昨夜、あれから天女の直をはじめ波止場へ行った四五人 おていの美しくなっているのに驚かされた。おていははじの男たちと二階で、酒盛りをしているところへ、勝沼も入 つばみ めから美しい娘だったが、蕾が自然咲きひらいて花になっ って来た。 にお ばうぜん たような軟らかいひろがりと匂いが、ゆきを思わず茫然と虎松は勝沼に、今度の密航には意外な故障が起って、大 なんぎ させたのだった。おていはゆきに対して何となく親しみを難儀したことをいくらか誇張して話した。ジョージ・エグ 覚えているらしく、前にもよく話しかけたが落ちつかぬ間モンドに浜崎おていを押しつけて、彼のロをふさいだこと そば に傍へよって来て、 を話すと、勝沼はうなずいて、 「ゆきしゃん、おいらこん先何事があっても仲よくして生「よか玉らしか、惜しかことしよった : : : 是非もなか あ、ら おなじ きて行かばや : : : 辛かことあっても死ぬるごと弱いことお女子一人海へ落したと思うて諦めるわー とあっさり言ったので、虎松はほっとした。勝沼の腹で いはせん : : : あんたもじややろ」 と言った。 はおていをエグモンドに無償で渡しても、おッャ婆さんの 「うん、おいも生きる : : : 香港な上っても、よか仕事させ持って来たロが成功すれば、四人分たっぷりのロ銭が自分 らるるでなかこと、おいも知っとるけん、一時な死のうかの懐に入るのを見越しているのである。 「そんのおていちゅう女子は、女子選りに来とる連中に見 と思ったるが : ・・ : 」 「いかん : : : おいな、香港につくと、大方あんたらと別るせずと置け : : : 虎が青龍の事務長とそのイギリス人に約東 つら ムところ にせもの おお
よう」 悲しみもしていない顔で着物の上前をかきあわせていた。 けっこう ーンズは「ダンプロ」でみつよを見た時から、他の娘 「結構ですとも、エグモンドさん」 と・ハーンズはエグモンドの手をかたく握って振りながらたちと違う成熟した女らしさに心をひかれていた。みつよ も香港へ行ったさきの商売を考えると、船の中で、外国人 言った。 に馴染んで置くのもいいかも知れないと思った。・ハーンズ 「船長もさぞ喜ぶでしよう」 たくま かな 「この娘を見ても、可成り疲労しています。船底にいるもの海員らしい逞しい肉体にはそれにふさわしい肉慾がひし なおさら めいていて、みつよを疲れぬかせたが、天草の死んだ夫の のは猶更でしよう」 しつ 「へへへ、旦那さえ目こぼしなしてくるれば、こっちのもことを思うと、彼の性慾の執こさのような不健康さはなか ーンズはみつよに牛肉を食べろと言って、ビフテ んたい。まっさか、甲板ばのこのこ歩かせること、かなわっこ。く んけんが、事務長さんと相談ばうって体操ばさすることやキの血の滴るようなのを持って来て、ナイフで切ってはロ ーンズのロのまわりも、みつよのロの りますたい」 に入れてくれた。・ハ 「変な体操をさせないで下さい」 まわりも薄桃色の肉汁でよごれたが、それを食べたおかげ くちじり で、みつよはその夜ダンプロへ帰っても疲れずに眠ること とエグモンドは皮肉な笑いを口尻に溜めて言った。 「この娘さんは香港までは私が守りますが、他の娘達までが出来た。 えさ は眼が届きません。いずれ君達の餌になるんでしよう」 エグモンドにおていを愛す気持ちの芽生えたおかげで、 「旦那、こんのおていの他にもよか玉三四人ありますたい ダン・フロの女たちの香港まで行きつく長い航海が、いくら いつつでも言うて下さりや、次々出しますばい」 か息の通うものになったことは事実であった。 エグモンドは虎松のプロークン・イングリッシュにうな その日の時化は次の日には拭ったように上った。台湾の 基隆に一泊して、南支那海へ向けて出帆した日の夕方には、 肌ずくだけで、何にも言わなかった。 いろど はなもうせん 虎松も・ハーンズも、おていをエグモンドの部屋へやった西の方の空をタ焼雲が豪華に彩って、海の浪も花毛氈を敷 の あと、おきんとみつよを銘々の部屋によび入れていた。虎きのべたようにはなやかにゆれて見えた。 かもめ うつ いろどり 南 松は鱶の餌にされるかも知れないと性質の鈍いおきんをお華麗な空の光を映して、の翼さえ彩鳥のように輝いて どしつけておいて強姦同様な情交を果したのだったが、お見えた。 きんはことの終ったあとでものろのろ身を起して、喜びも ふか ごうかん にぎ にぶ したた