に対して指導的立場に立てるが、全学連のデモとなると、 の下には、・フントを支持したい気持が強いに違いない。果 指導することは出来ないンだ。昔なら、取締ったろうがして警職法改正反対デモでは、その意識の一端を出した。 巻村は杉下教授が、デモに行こうが行くまいが、そんな 英子は杉下教授のそばにいると、温かい泉の中にいるよことは何ンとも思っていない。しかし、杉下教授が、段々 うな心安さがあった。二人がそういう話をしていても、巻に、そういう色をはっきりさせてくると、美しい英子の無 めった 村は滅多に、その話の中には、はいって来なかった。 色はすぐその色に染まりたがるにちがいないと思う。巻村 そのくせ、巻村は英子を見ると、何かイライラさせられはそれを思うと、英子をソッとしておくに忍びない気持に なり、同時に彼は、イライラしてくる。これは恋の一種だ 早く、研究室を出ていって貰いたかった。巻村の考えにろうか。 よれば、今に美しい英子は、デモに参加しそうな気がする巻村は考える。なぜ人間は、先ず政治的人間でなければ のである。 ならないのだろう。然し、非政治的人間が、必ずロカビリ 英子は感受性の鋭敏な、素直な女性であって、まだ何色ー的種族でなければならぬという人間の割当もまちがって むく にも染まっていない。然し、そういう無垢や無色は、ひど いるのではないか。 く抵抗の弱いものだ。美しい彼女はまだ一度も、デモに参巻村は革命的人間が、そんなに偉いとは思われない。も 加していないが、それは政治に対する抵抗が強いからでは っとも、個人崇拝の時代が過ぎ去ったとは云われている。 ただ しゆくせい なくて、彼女が只、自分の無垢や無色を守ろうとしている然し、革命的人間程、粛清され易いのは、どういうわけだ だけである。 ろう。 英子が杉下教授が好きで、そのために、「東山時代に於巻村は、そういう処に、政治の虚偽を見せつけられる。 イけるディレッタンチズム覚書ーのノ 1 トを取っていることそれは商人の虚偽とよく似ている。 どうしてか巻村は、英子を政治的人間に仕立てたくない レは、直接本人から聞かなくても、英子が杉下教授のそばに ネ いるときの安定感で、巻村には、直観できる。 のだった。そうかと云って、彼女をビート族へ追いやるわ 杉下教授は、昔散々、特高に痛めつけられ、留置場かけには、むろんいかない。 らようはっ % ら、懲罰的応召を受けたあとは、憲兵にも、思いきり油を然し若し英子が、何か激しい弾圧や挑発にあって、その し・ほられた。レッド・・ ー・、、にはかからなかったが、性根行動が著しく美化されるような偶然が作用したら、英子の こ 0 やす
「両方とも、うまくいかないこともあるって云うンだね」息がとまりそうになった。それは巻村純一一だったからだ。 「まアそうね。執行部の人は、そんな風に考える人なん「巻村さんよ」 て、一人もないンでしようね」 「そうだね」 しか 「さア : : : 考えてるかもしれない。然し、表面に出す者は木沼も気がついたらしい。巻村のほうでは、二人を見つ ない」 けて降りてきたのだろうか。 木沼は、そう云って、ロをつぐんだ。英子はふと、木沼「巻村さん」 自身はどうなのかしらと思った。 と、英子は呼びとめた。木沼はそうでなく、若し巻村が ロでは、強いことを云っている木沼だが、一年前にくら気づかずに行きすぎたら、そのほうが好かったのだろう。 ゅううつ べて、とかく憂鬱そうに見えるのは、何ンだろう。 何もわざわざ、呼びとめることはない、という顔だった。 沈黙が流れた。 巻村は、くわえ煙草を口から取って、 水ぎわに並んで腰かけている二人を見たら、人は愛をさ「オヤ」 さやいていると思ったかもしれない。然し、木沼は愛につ と云った。手に、刷り立ての、インクの香いのする新聞 いては、何ンにも云わなかった。しばらくして、 を持っていた。 「片森さんが、執行部に対して、そんなに不信をもってい 「今、大学新聞へ行こうと思ってたの」 るとは知らなかった。然し、僕は、そのために、闘争をふ「詩のことだろう。それなら、わざわざ行くことはない。 ・もら り捨てるわけこま こんどの号に載っている。二部ほど、貰ってきたンだ」 冫をいかない。革命の主体となる筈の。フロレ ひょりみ タリアートが、日共や総評の日和見主義によって、階級意「それはどうもありがとう」 識を眠りこまされているとき、学生だけが、その行動の先巻村は新聞紙をひらき、英子の詩の出ているところを見 やす 駆性を発揮しながら、日本の帝国主義者に、打撃を与えて易いようにして、 「そこ」 ゆく実力を持っている : : : 」 と指さした。英子は、はじめて自分の詩が活字になった と云った。 英子は然し、それを彼の腹の底から出てくる地声とは、喜びに、胸をおどらせた。巻村の存在も、木沼の存在も忘 聞けなかった。 れた。 向うの坂を降りてくる学生の姿を見たとき、英子は詩は十五行ほどのもので、二重罫で囲まれていた。 けし にお
を読むことは出来る。英子はきまって正面の二列目を選ん 自分も巻村を愛しているのかもしれないと、英子は自問 だ。雨が降っても、雪が降っても、変らない。その場所に自答した。じっとしていられない情感に襲われて、英子は あおむ 外の学生がいると、英子は押しを太く、 湖畔の道を、歩き廻ったり、雑木林に入って、仰向けに寝 「すみません : : : そこへ坐らせて」 たりした。その頭の上を、二十羽も三十羽もかたまって飛 と云って、順送りして貰った位だ。そのうちに、そこがぶ仏法僧が、英子の顔スレスレに降りてきたりした。然 英子の予約席になり、みんなは暗黙の裡に、そこを明けてし、翼をひるがえして、また高い空をめがけて飛び立っ おくようになったものだ。 た。そうかと思うと、顔の上へハチスの花びらが散ってき 杉下教授は、あざやかに身をかわしたのであるとおもたので、手ではらうと、それは、花ではなくて、まっ白な らよう う。そういうのを、モラリストの嗜みというのだろう。 二羽の蝶だった。都会の蝶は、草から草へうように飛廻 巻村からは、実際論の影響は殆どなかった。然し彼の知るのに、このへんの蝶は、翅が強いのか、鳥のように、高 識階級論からの大なり小なりの感化は否定できない。 く飛ぶ。 インテリゲンチャが、労働者階級と結びつき、意識の変日が沈む頃、英子が湖水から帰ってくると、のさい子 革を行なった革命家の自覚なしには、強力な存在になれなが、 いという卑屈さは、労働者革命を金看板にしたデマゴ 「東京から、お客さまよ」 グ、或いは職業革命家の、知識人への脅迫であるという巻 と云った。 村の考え方は、たしかに英子に、はじめての感動を与え 「え ? いっ ? 」 「あなたが出てゆくとすぐ : : : もう二時間近く、待ってい 警職法反対のデモが終った頃から、英子の心は杉下教授らッしやるわ」 よりも巻村のほうに惹かれだしたのかも知れない。英子の 「まア : : : 知らなかった。誰れ ? 」 眼を受けとめないで、自分は身をかわし、代りに巻村を英きっと巻村だろうと思った。 子の前へ押出したのは、大人の老練さであり、そのため「名前は云わないの : : : 学生さんよ。すてきな : : : 全学連 くろこ じゃま に、劇場の見物が、黒衣を着た人形遣いが邪魔にならずかしら」 ねえ に、その前へ出てきた人形に目を奪われてしまうように、 「嫂さんたら、学生さえ見れば、全学連でしよう げんわく 英子も亦、巻村の出現に眩惑したことは事実だ。 英子は裏へまわって、スカートをまくって、足を洗っ こ 0 たしな はね
師井は忠告するように云い、鳥打帽をかぶって出ていつ「然し、組織というものを認めたからなンだろう、本質的 こ た。巻村は階段まで送っていった。 それから、どの位経っただろう。キイをかけ忘れたドア 「まアそうね . が、自然にあいたようにあいて、そこに英子の白い顔が浮「となると、僕とは反対だなーー僕が組織に入らずに、権 いて見えた。巻村は、ギョッとして、しばらく、わが目をカと闘うと云ってる主張を忘れたわけじやアあるまい。 疑っていた。 「忘れてなんかいません : ・三でも、あたしは、そこまで自 「どうしたンだ」 分を信じきれなくなったンです」 「逢いたくなったの : ・ : ・」 「多分、そうだろうと思った。その通りだった。然し、そ 「入れよ」 れは僕という男の否定だよ」 「入ってもいい ? 」 「そうかしら」 「きまってるじゃないか」 「そうにきまってるじゃないか。つまり、君の考え方は、 巻村の膝の上へ、彼女は抱っこのような形で乗り、自分古い連帯をこわして、新しい連帯をつくろうという日本的 から巻村の首へ手を廻して、つよくべゼした。巻村はそう なトロッキズムの魅力にはまったンだろう : : : わかってい する前に、沢山の疑問について、訊きただしたかったが、 るさ。然し、それは : : : 俺には、絶望以外の何ものでもな べゼの魅惑には、うち克てなかった。 「そんなに、云わないで : : : もっと恋人らしい話をしまし よう」 「そういう根本的な、決定的な対立の中で、恋愛がありう 「あなたこそ、どうしたの : : : ビールなんか呑んで : : : 」 と、英子は云った。それから、彼女は師井が吸ったあとるか」 の灰皿を片づけたりした。 「決定的な対立とは思わないンだけれど」 「君が無断で、デモに出かけるからさ」 「そうじゃあるまい。英子は僕に、デモ参加をすすめに来 かんしやく 「それで、癇嬪をおこしたのね」 たンだろう」 「どうして、急に行くことになったんだ」 「理由はおタマの代りなんですけれど : : : 」 英子の表情は動揺したように見えた。
しんみつけ のばこうばい 新見付までくると、一一人は左へ上り勾配を取り、中央線ることがある。英子はその風景が大好きで、いつまでも岸 パトロ 1 ルが来た。 のガードの上を渡って、九段の一口坂へぬけた。いくら歩辺に立っていた。二時頃、 いても、疲れる様子もない。 「大分おそいようだが、お宅はどこですか」 やすくに と訊かれた。 一口坂を上りきると、靖国神社の塀がつづく いつのまにか、また水のある風景の前へ出た。こんど「病院から出て来たンですわ。友達が重傷なのでーーまた は、千鳥ケ淵の岸辺であった。英子は、霧の中のペンチを病院へ帰ります」 見つけて、腰をかけた。 英子が要領よく答えたので、・ハトロールは、 「そうですか。失敬しましたーーー」 「よく歩いた」 と云って、通りすぎた。 「ほんと ? 御茶の水からですものね」 「まったく当意即妙だな」 「何時だろう」 「だって、その通りなンだもの」 「一時半よ : : : お掛けなさいな」 巻村は笑った。その笑いがおさまると、また一一人は黙り 巻村は英子のしいてくれたハンケチの上へ、腰をおろし うなが こんだが、。、 , トロールのおかげで、却って気持を促された ように、巻村は静かに顔を寄せて来た。英子には、もう驚 きはなかった。これだけ深い霧なら、一メートル離れた ら、まるつきり姿が見えない筈だった。巻村はすぐ口を吸 「今夜は朝まで、ここにいる。明るくなったら、おタマの ったりせず、英子の顔をいつまでも見つめていた。目と目 ところへ帰るわ」 ・、、ほんの僅かな間隔で相対した。その顔の間にもこまか と英子は云った。巻村は黙っていた。煙草を出したが、 い銀粒のような霧が、流れこんできた。冷たい鼻が触れ ビースの箱には、一本も残っていなかった。 霧は夜更けと共に、ますます濃くなってきた。岸の景色た。黒いまっげに、その銀粒がビカビカ光るのも見えた。 は霧の中へかくれてしまったのに、水面だけはくつきりカ英子は霧に噎せそうになり、少し歯をあけた。 1 ・フを見せている。そこだけを見ていると、英子にはそれ巻村は両手で、女の肩を抱いていた。そこだけに熱があ が故郷の湖水のように思われてきた。湖水でも、霧の深いり、あとはみな、冷えて行きそうだった。ネックラインの 夜は、周囲の景色がみなかくれて、水面だけが光って見えへんも、冷たかった。英子は膝と膝を堅く閉じてはいた わず ひざ かえ
基礎作りのためにも、全学連のエネルギイを相当高く評価「オレは、親父が親父だから、デモにはいけない」 と、割切っていた。というより、彼は自民党の中の河野 してるンだし、出来る限りは利用して、共同戦線をはりた いンだが、それにも限度がある。全学連主流派が日共の云一郎びいきだった。親父が池田派だというので、それへの うことを全然諾かないどころか、共産官僚の批判までやり肉親的反目もあったようだ。 出せば、それ以上は我慢しないだろう : : : その意味で、両今年の六月の岸内閣の改造に当っても、「河野幹事長」 いっしよくそくはっ を中心とする「大野構想」以外に、岸が安保をうまく乗り 者は一触即発の情態なンだ」 と、巻村は彼一流の解説をしてきかせた。そのくせ肝腎切って見せる便法はないと力説したものだ。 「全学連は、お題目ばかり、ギャーギャー云ってやアがっ の話はやはり、出来なかった。 英子は、その公園の出口で、巻村と別れて、女子寮へ曲て、保守陣営の研究が足りん。戦後、財閥がみな痛手を負 また ったのに、いつのまにか新しい財閥が出来ちゃったじやア る坂道を下りていった。巻村のような学生も亦、異例の学 からゆう 生だと思った。全学連の渦中を避けて通りながら、容赦なないか。彼らにしこたま儲けさせてしまったのは、革新陣 はあく い客観情勢をかなり的確に把握している。そのくせ、愛の営が理屈ばかり云っていて、実行力がないからだ。オレは 問題になると、木沼よりも実行力のないことを、暴露し何ンといっても、金をつくる点では、保守のほうが役者が 一一枚も三枚も上だとおもう。見ていると自烈ったいのだ。 英子はそれが、おかしいような、物足りぬような、またすべて、甘い汁は自民党が、みんな吸っているではない か。オレの親父なんか落選はしたが、儲けることはうまい 親しみやすいような、三様の気持を味わった ムところ いつのまにかゴッソリ懐へ入れている。誰にも 尻ッぼをつかませないようにな : : : ところが、全学連とき 巻村の高校時代からの友達に、師というのがいて、彼たら、いつまでた 0 てもカラッケツだろう。丁度、竹槍で は自民党落選代議士の息子だった。英子は師井のことを暗アメリカと闘えと云ったのと似ている。全学連の精神主義 うめばし けん ムう に諷して云ったのかも知れない。巻村はこの師井と幾度喧は、日本軍部の梅干主義の伝統じゃないのか。そんなこと 嘩しても、仲がよかった。木沼が英子にれているというで革命なんて遂行できるか」 情報をもたらしたのも、実は師井だった。彼はいつも親父と、彼はきめつけた。さすがに巻村も煙にまかれてしま にもらった英国風のお古の背広を着込んでいたが、 ようしゃ かんじん じれ
「おタマは木沼が好きなんだろ。その木沼は英子に惚れて山時代でもない、なんて考え出したンじゃあるまいかって るという噂た」 ・ : どうだい。図星じゃない ? 」 「そんなことないわ。みんながデモに出かけたら、その留 「よして・ : ・ : 」 「噂だから、信じてなんかいないよ。しかし・ほくはね、英守に、研究室へとじこもる気よ : : : 安心して : : : 巻村さ 子をデモに参加させたくないンだよ。木沼にかかると、女ん」 と英子は巻村の手を取った。 。弱いンでね。デモにもゆくし、ビラも撒くし : : : それだ けはしないって、誓ってくれるかい」 「よし、安心しよう。全学連なんかに巻きこまれたら、英 「誓うなんて、それこそ古いじゃない。巻村さんらしくも子のいいところは台なしになってしまうンだ。それにね、 反主流の動きが活発になってきたろう。主流派ばかりが、 ないわ。もっと自由な話合いであるべきよ」 「そう云って、いつのまにか、意識に目ざめて、木沼たち全学連じゃないンだ。といって、それじやア反主流に入れ とにかく今のところでは、「共産主義 に踊らされるンじゃないか。来月の全学連第一一十回中央委ってことでもない。 員会の決定によっては、それこそ革命の一歩手前まで持ち者同盟』が全学連の執行部の指導権を握って、労組との全 こんでゆくつもりだろうからね : : : 片森さんも、文学的人国統一行動や地域闘争を展開して、相当の盛り上りを示し 間なんて云ってられないンじやアないのか」 ているが、安保闘争の戦術的意義については、主流派と代 巻村はよほどそれが心配になるらしかった 。そのく々木とでは、大へんな食い違いがあるンだ。東大の清水と かろうじ せ、あの手紙の最後の一枚半については、とうとう、一言か、北大の唐牛とか、うちの木沼なんかは、安保闘争は社 も云わなかった。そうかと云って、英子のほうから、訊き会主義革命の突破口をなすものだと考えているが、日共は 必ずしもそうではない。代々木では、安保闘争は民族解放 出すことでもないので、黙っていた。 というより巻村は、情勢の転回を過敏なほどに見てとっ民主統一戦線を作り上げるための重要な手段だから、目前 ていて、自分の土俵へつれてくるより、先ず、英子を奪いの利益に目がくらんで、幅のある共同闘争を阻害するよう けんせい 去ろうとする敵側のグランドへの牽制に努めているというな英雄的行動はいかんと云っている。大人から見ると、全 風であった。巻村は云った。 学連なんて、子供の革命ごっこ位にしか見えない。そうい 「杉ド教授が云ってたが、片森さんは、その後三条西の研う自分達も、若い頃はその革命ごっこから段々に成長して 究をつづけていないようだって : : : この危機感の中で、東きたンだがね : : : 宮本でも、蔵原でも」
258 もおタマ自身、そう思っているから、世話なしよ」 の段階では、万人を支配する欲望にかり立てられるだろ う。権力の継力は無限だからな : : : 芸術家や文学者は、権 「個人なんて、どうなってもいいというのが、民主主義な んだから : : : それならはじめから、個人を抑圧することをカの魅力に心を動かさない者だけが、その資格をもつ。階 看板にした専制主義のほうが、どの位正直かもしれないじ級的な芸術家という存在なんて、およそ、無用の長物だ」 ゃないか。個人の尊厳を守るためのようなスローガンをか「ほんとに巻村さんは、権力の前に、見向きもしない ? 」 「今日はそれを宣言しているンだ」 かげるデモクラシーが、実は個人なんか認めない。個人の 「実ははじめて今日、金助町の全学連書記局を見て来たの 生命なんか守らないでは、民主主義はペテンにすぎない。 僕は、組織の力によらないで、そういうべテンと闘う決意よ。それは全く、みじめな程、せまくて貧しい本部だった わ。でも、あすこに、全学連という権力の水源があると思 をもったのだ」 こうムん うと、執行部にとっては、あすこが宮殿とも思えるンだろ 巻村は亢奮して、顔をまっ赤にしていた。 アンビシ第ン うと感じたわ。金助町は全学連のクレムリンですものね」 「大へんな野望ねー 「なるほど」 「そうかな」 二人は顔を見合せて、微笑した。それからも巻村は、語 「いくら。へテンでも、集団は強いし、個人は弱いし : : : そ しゃ の中で、組織の力を持たないで、抵抗するのは、理想主義り足りないように、とうとう、まっ暗になるまで、よく喋 べった。彼は、個人の尊厳、人間の権威以外のすべての権 者よ」 しか 「然し、本来、芸術家とか文学者とかは、そうあるべきでカと闘ってゆく、とくり返した。 しかも、権力には秩序をともなう。どんな小さい集団に はないのか」 「そうね。でも、抵抗をはじめると、どんな作家でも、組も、また一番自由のように見える芸術家の団体などにも、 たちま 忽ち権力の作用によって、秩序が出来上る。巻村はそうい 織の中に入ろうとするンじゃない」 くせもの 全学連の派閥争いにして 「そんなのは、ナンセンスだよ。作家が権力が欲しくなつう秩序こそ、曲者なのだという。 も、主流派の秩序と、反主流派の秩序との抗争でもある。 たら、そのとき作家ではなくなるンだ。財閥になったり、 政治家になったりしてしまう。然し、権力というものの魅巻村は権力が作用して、でっち上げていったありとあら 力は絶大らしい。人が人を支配するということだ。たとえゆる秩序に、不服従でありたいと断言した。 ば、十人の人間を支配する権力の魅力に憑かれた者は、次 っ
彼は一息に喋べってから、英子の手を口のはたへもってな犠牲が科せられる。いつでも損をするのは、学生なん 行って、吸った。少し、唾液が手の甲へ残った。湖水のだ。歯には歯ってことがあるだろう。歯に唇では、唇は破 夜、木沼の唾でよごされた自分の顔を、冷たい水へ頭ごとれてしまう。狡猾そのものの資本家に対して、純情そのも 浸けて洗ったことを思い出した。 のの学生が向っていくんだから、敵いっこなし。もう少し 「わかりました。自分でもデモこよ ををいかないと決心したけは、学生も相手を見て、闘っていかなくっちやア : : : 」 れど、巻村さんのように鋭くは考えていなかったから、ず「では巻村さんも、安保改定には反対なのね : : : あなたの 話をちょっと聞くと、主流派ばっかり攻撃するから、岸政 るずるに引っぱられていったかもしれないわ。今日のお話 は、身に沁みましたよ。つまりそれが、巻村さんの愛なの権擁護派かと思うわ」 と、英子はまぜっ返した。 ね」 しか 「いや、そればかりではないさ、・ほくだって : : : 然し、今「岸政権擁護派なんてあるのか」 の英子さんに対しては、それが一番大事なことだ。そう思「そりやアないこともないわ。自家用車でくる坊ちゃん派 ったから、強調したンだ。早く云えば、キミを木沼に奪らにはね : : : 」 「あいつらだって、新安保は反対だって云ってるそうだ」 れたくないンだ。それで一ばいなんだ」 英子はよっぽど、湖水の夜の出来事を、物語ってしまお「自民党代議士の息子たちも ? 「そこまでは知らないよ」 うかと思った。それを木沼がおタマに喋べっているらしい し、どう喋べったかもわからなかったからーー。然し、英そろそろタぐれてきたので、英子は叢から立ち上っ かろ た。耳をすますと、秋の虫が鳴いている。巻村は何もしな 子は辛うじて抑えた。そして話題を転じた。 かった。 「巻村さんは、安保をどう思うの」 イ「あれは、むろん憲法違反さ。新憲法下で、ああいう軍事二人は並んで歩きながら、小公園の出口にむかった。 すご ル同盟を結ぼうとしている岸や藤山は、殺人犯や汚職と同じ「六全協以来、代々木と全学連の対立はもの凄いンだが、 ネ ように、逮捕状が出されていいンだ。然し総理大臣を告発そうかと云って、全然、見はなしているわけじゃない。安 しても、多くはナンセンスに終る。それではと、全国的な保反対にしたって、日本共産党は当面の最重要な闘争目標 1 デモをやっても、彼らはデモなんか怖るるに足らずと豪語である以上は、それを題目にして、共闘組織を全国的に網 するだろう・ : : ・逆に学生がパクられる。個人的には大へんの目のように張りめぐらしたいのだから、民族解放戦線の おき しゃ だえ、 おそ こうかっ くさむら
の朝夕が、再び明るく愉しいものに変ったことは、争えな だけなら、別に驚くに足りない。い つも彼がつぶやいてい ゅうらんせん 。英子は、遊覧船に乗って、湖水を一まわりしたりし る知識階級論にすぎないからだ。ところが、レターベー ろうば、 ーの最後の一枚で、英子を全く狼狽させるような告白がった。昔から、地元の子は、乗ってはならないもののよう いていた。 に、云われていたのだが。 自分は知らず知らずのうちに、巻村の影響を受けてい る。これは若し、悪い結果を生じたら杉下教授がよくない してい 東京を離れてみて、巻村は英子を愛している自分に気がのである。杉下教授も英子に強く惹かれたが、師弟の間 うわさ ついたのだと云う。そして自分が女に愛を告白したのは、 で、悪い噂が立ってはならぬという自戒から、突然巻村を はじめての経験で、ひどく余裕のない状態になっている。 紹介したのではないだろうか。 ほんとうはすぐにも返事がほしいのだが、自分の内面を整丁度その頃、一一人は同じ東山時代をしらべていた。それ 理したくもあるので、秋に東京で逢うときまで、よく考えで杉下教授が考えついた保身の策でもあったのか。 ておいてもらいたい。そういう意味のことが、彼のインテ たしかに、あの頃、英子は教室で、杉下教授の顔ばかり リゲンチャ論のような粘りッこさでなく、あわただしい、 見ていた。たまに、教授の視線が自分の顔に注がれると、 自信のなさで、一枚半ほど、費やしてあった。 飛上りそうになった。 英子は、高等学校へはいる頃から、何遍となく、ラ・フレ「先生に見られると、神経系統がやられてしまいそうにな もら ターを貰いつけていた。一度でもそれを本気で取上げたこる」 とはなかった。どんな美辞麗句も、針一本、英子の心に打と、英子は思った。先生の講義は、英子の頭を素通りし ちこむことが出来なかった。 : 、 カ巻村の告白となると、彼た。うわの空で、教授のロもとばかり見ていると、居眠り よ、つこ 0 に似た無感覚の状態が来た。あれは一体、何ンだろう。 、 / 。しカノ・カ / イ女もそれを一笑に付するわけこま、 それを杉下教授が感じない筈はない。もっとも教壇に立 秋まで考えよう、などと彼は云うが、我慢しきれずに、 っていると、学生の視線が教授者に注がれているのは一般 = 彼はこの湖水へやってくるのではないかと思ったりした。 的だから、その目にどんな光りがあるかまでは、気がっか そして、すぐひとりで笑い出した。 「やつばり私も女だから、うぬ・ほれは人並みにあるーーー」ないこともある。然し一人の学生が、いつも同じ場所に坐 然し、とにかく巻村の手紙が来てから、単調だった湖畔るということだけでも、教授は敏感に、その学生の熱心さ たの はず