おうか、ほんとに不思議な少女である。寄宿舎では、彼女たら、 " 大都 ~ の破減です。わたくしが三十年間説いてき た、婦徳の道も、空証文になってしまいます : : : 」 に口をきく者さえない。学校でも、遊ぶ仲間といっては、 中立派の生徙二、三人だけである。それでも、彼女は、氷と、 " 宇垣さん。は、太い吐息を、洩らした。 かゆ のような冷たい微笑を、顔から絶やさない。父親の源十郎痛し痒しというのは、まったく、今の " 宇垣さん ~ の立 ・ : うふく は、大胆で、剛愎で、 " タンク。という名が、政界に響い場のことであろう。同盟休校でも始まれば、校主派は大打 こうむ 撃を蒙るだろうが、同時に、学校の本分も、名誉も、地に てるから、その血統をひいたのかも知れない。 とにかく、平常と変らずに、勉強を続けてるのは、細川堕ちてしまう。 " 宇垣さん ~ は、校主派も憎いが、それが、 はんもん こうふんるつ 頴子ぐらいで、学校全体が、昻奮の坩堝に投げ込まれてるなにより心配らしい。だが、そういう岐路に立って、煩悶 するのも、″宇垣さん″は、根が正直だからだ。責任観念 のだから、困ったものである。 「校長先生、なんとかしなければ、これは、大変なことにを、知ってるからだ。そこへ行くと、″ニャリスト 4 なぞ は、あたしを煽動家だと譏りながら、自分では露骨な宣伝 なります」 あたしは、寄宿舎の空気や、受持ち時間の生徒の状態を、授業中でさえ、行ってるそうである。あたしは、やは り、″宇垣さん″は偉いと思った。 を、″宇垣さん″に報告に行って、最後に、そういった。 「小宮山さん、どうぞ、極力、生徒をえて下さい。わた 「ほんとです。わたくしも、そう考えています」 うなず くしは、早速、父兄の方を慰撫しましよう」 ″宇垣さん″は、深い皺を、顔中に刻んで、頷いた。 小んてつ 「同志会の父兄達は、目的が貫徹しなければ、同盟休校を「畏まりました。本気に、学校のことを心配してる生徒の 、「可哀そうで、叱れなくなりますけれ 顔を見ると、つし させるとかいってるそうですが : : : 」 「それも、聞いています。困ったことになりました」 「そこですよ、わたくし達の立場の辛いところは : ″宇垣さん″の声は、とても沈んでいる。 子 あたしは、実をいうと、 " 宇垣さん。に文句をいいにきかし、小宮山さん、あなたは、お若いに似合わず、感心な ひょうし 信たのだが、いかにも心配そうな、老人の姿を見ると、拍子方です」 突然、″宇垣さんが、あたしを褒めたので、頗る面食 抜けがしてしまって、反対に、深い同情が湧いてくる。 「生徒や父兄が、移転反対の意を示してくれるのは、しら 0 た。 「あなたは、女らしくない、粗放な性格の人と思っていま いですが、そのために、学業を放棄するようなことになっ しら かしこ から ジレンマ すこふ
したが、よく、″大都″の精神を心得ておいでのようです。を守って、移転反対の素志を、貫徹して下さいー」 どんぐり 団栗のような眼に、満身の力を籠めながら、″宇垣さん″ 敬服します」 きつみつ と、思い掛けない讃辞を、頂いた。そこであたしも、黙は、あたしを緊く凝視めるのだった。 っていては失礼と考えたので、 「あたしも、校長先生は、頑迷な方かと思っていました が、ほんとは、潔白な教育家であることが、わかってきま事態は、いよいよ、険悪になってきた。 した。尊敬致します」 父兄同志会では、学校付近のお寺の本堂を借りて、大会 と、思ったままを、答えた。すると、″宇垣さんみは、 を開いた。そうして、もし移転を中止しなければ、生徒を にが むね 苦笑いをしながら、 総退学させると、決議した旨を、学校へ通告してきた。こ ただ 「あなたのお郷里は、どこ ? 」 れに対して、校主派の方では、直ちに評議員会を招集した と、訊いた。 ところが、こういう情勢を来したのは、校長以下の教職員 ひめん せんどうもとづ 「九州です。大分県です」 の煽動に基くのだから、全部を罷免すべしという強硬意見 「道理で : ・ 。わたくしは、島根県です」 が、多数を占めたそうだ。その報が伝わると、教員室も、 ふっと かん ″宇垣さん。の説によると、九州女子が率直の美徳をもっ教室も、サイダーをお燗したように、沸騰して、教育も、 てるように、石見の国の女は、みんな頑固そうに見えて、 ″大都精神″も、あったものではない。更に困ったのは、 腹は正直なのだそうだ。やがて、 " 宇垣さん。は、醪て、 この事件が、新聞へ発表されて、学校の恥を、世間へ晒し あたしに見せたことのない打ち解けた顔で、 てしまったことである。それも、校主派から出た種とみえ * ひそく 「小宮山さん : : : あなただからいいますが、わたくしは、 て、″宇垣さん″が、匪賊の女首魁のように書いてあるの すで 最悪の場合を考えて、既に覚悟を定めていますよ」 は、お気の毒であったが、体操教師の某子が、生徒煽動の おっしゃ 「覚悟と仰有いますと ? 」 先棒を振ってるという件は、どうやら、あたしのことらし 「いえ、それは、今、申上げんでもよろしい。それより く、人を・ハ力にするのも程があると、腹が立った。 も、わたくしは、あなたを見込んで、お願いがあります。 とにかく、こうなっては、あたしも、断乎たる決意を、 万一、わたくしが戦場を退く日がきたら、小宮山さ示すほかはない。い や、自分の汚名なぞは、どうでもい ん、あなたが代りに、剣を握って下さい。最後まで、大都 ″宇垣さん。から、信任を辱うしたばかりでなく、 いわみ がんめい しゆかい かたじけの さら
あたしを睨んでばかりいるではないか。 てからにすればよろしい」 たた さす で、あたしは、或る日の休みに、校長室の扉を叩いた。 遉がは、″宇垣さん″である。いうことがハッキリして 恋愛問題はあたしの分にないので、校長先生の意見を仰ご いる。生徒の恋愛は、徹頭徹尾、排撃の方針らしい。 うと、決心したからである。 「わかりました」 " 宇垣さん。は、持参の日の丸弁当を、一人ポッチで、寂「一体、細川頴子という生徒は、怪しからんですよ。父親 しそうに、食べてるところだったが、あたしの申し立て が、校主と特別関係があるのを笠に着て、眼にあまること にぎり を、お握飯と一緒に、スッカリ腹の中に収めてから、落ちばかりするようです。あたしも、今までは、多少我慢をし つき払って、お茶を飲んで、 ていましたが、今度の事件は石過することができません。 「小宮山さん、そんなことの判断がっかないで、舎監や教厳罰を与えてやろうと思います」 師が、勤まりますか」 「でも、校長先生、ただロケットの中に、青年の写真が入 と、サイレンの鳴り始めのような、緩い声。 っていたというだけで、他には、これといって、怪しい行 「は ? 」 為はないのでございます」 ゆる 「は、じやアありませんよ。在校生の恋愛問題なんて、容 不思議なもので、こうなると、あたしは細川を弁護した すも容さないも、ないじゃありませんか」 くなった。 「すると : : : 容すのでございますか」 「それだけで、証拠充分じゃありませんか。男性の写真を たいんじじゃく あまり " 宇垣さん″が泰然自若としているので、あたし肌身につけたりして、おお、嫌らし : : : 」と " 宇垣さん″ つま は、つい、そういってしまった。 は、毛虫を撮んだような顔をしてから、「とにかく、順序 「お黙ンなさい。なんたる不心得な言を吐くのですか」 として、あなたから、取調べを、進めて下さい。厳重にで がん さくれつ 俄然、巨弾炸裂 ! あたしは、ひどく面食らった。 すよ。その青年の名や関係は、是非共、調べる必要があり 子 「生徒の恋愛は、罪悪中の罪悪ですよ。少くとも " 大都 4 ますね」 信に於ては、そう認めるんです。先生のあなたからして、そ「承知しました」 んな懐疑的な態度では、困りますね」 あたしは、もう執るべぎ態度が、わかったので、校長室 7 「はア、しかし : ・ : こ を辞しようとした。すると″宇垣さん 4 は、 「なアんですか、恋愛なんて : ・ 。そんなものは、卒業し「小宮山さん : : : 。単に、細川頴子の問題ばかりではあり ゆる かんか あや
この″大都″を : : : この″大都″を・ : : こ 「誰がなんといっても、あたしは、辞職します : : : 。どう ″宇垣さんは、その儘、卓に泣き伏してしまった。 も、失礼しました」 あたしは、教師を辞職したのだから、もう、この協議会 と、感窮まったように、 " 欣々女史″が、高い泣き声を に出席する必要はないと思って、椅子を立ち上った。 立てた。あたしは腹の底から、熱いお湯のようなものが、 「お待ちなさいよ、小宮山さん : : : 」 彿騰してきて、どうにし、我慢ができなくなった。 「あ、あたしも、辞職します。あたしも、責任がありま後から、 " 欣々女史。が声をかけたが、あたしは関わず、 せんどう す。生徒を煽動なんかしませんが、校主派は不人情だか会議室のドアを開けて、外へ出た。 きら とーー驚いたことに、薄暗い廊下に、十数人の寄宿生達 ら、大嫌いでした。今でも、嫌いです。だから、責任があ すずめ かた すすりな が、雀のように団まり合って、シクシクと、歔欷いてい ります・・ ええ、辞職します」 あたしは、無我夢中で喋ってしまった。いうことは、シる。協議会の模様を、立ち聴きしていたらしい とろ ドロモドロでも、本心の命ずるところを吐露したつもりで ある。 あき あたしは、舎監室へ帰って、荷作りを始めた。今夜は、 一座の人々は、呆れ返った顔つきで、あたしを眺めてい こ。こだ、 " 宇垣さん ~ の大きな眼玉だけが、キッと、光もう遅いから仕方がないが、明日は、匆々に、寄宿舎を引 き払うつもりだからだ。 ″宇垣さん″の悲壮な演説に感染して、自分も辞職を決心 「小宮山さん : ・ : こ したのは、またしても、軽挙妄動をやったかと、一時は、 と、詰るような声が、宙を飛んできた。 あツ、そうだ。あたしは、 " 宇垣さん。から、もし自分後悔したけれど、よくよく考えてみれば、やはり、それで が戦場を退く日がきたら、代って剣をとってくれと、頼まよかったのだ。あたしは、まだ二十三歳の処女だ。経験一 れていたのだ。あたしは、校長派の全軍を指揮する能力な年余の新米教師だ。人生に就いても、教育に就いても、な んかないけれど、とにかく、大いに働くつもりでいたのに一つ、知識らしい知識を、持ってはいないのだ。おまけ すで に、九州の舎者ときている。学校騒動なんかに参加する だ。しかし、″宇垣さん″、お宥し下さい、時既に遅い。一 旦、九州女子が口外したことを今更、取消せるもんじゃな資格はないのだ。いや、そもそも、あたしのような人間が、 きわ ゆる なが そうそう かま
象だわ」 「校長先生ー」 と、お医者のような診断を、下している。 耐り兼ねて、あたしはロを挿んだ。 どう 「児玉初枝のことも、お味噌汁のことも、以後注意する積生理的でも病理的でも、そんなことは如何でもいいが、 りでございます。でも、細川頴子を叱ったことは、どう考ヒステリーというものはずいぶん近所迷惑である。急に教 えても、あたくしが悪いとは思われません。そのために、員室の空気が陰気になったばかりでなく、あたしのような いさぎよ あたくしを免職なさるなら、いつでも潔く首を馘られる妙齢の処女にも、更年期気分を伝染してくるから、やりき れない 覚悟でございます」 忍耐も、我慢も、事によりけりである。あの事件が理由前にも書いたとおり、あたしは、神経質になってしまっ で、免職になっても、恐らく父はあたしを叱らないだろた。一人の生徒に優しくすると、不公平だといわれるか ら、ウカウカロも利けなくなった。誰に対しても、いつも ぶっちょうづら ″宇垣さん″は、ポカンとした顔で、あたしを眺めていた仏頂面をしていれば間違いないが、これはなかなか骨が折 が、突然、 れる。それから、食堂で朝飯を食べるのが、とても窮屈に なった。お味噌汁をご飯にかけるのは、あたしの子供の時 「誰が、貴女を馘首にするといいましたかツ」 さくれつ と、爆弾の炸裂するような声を立てた。そうして、クル からの習慣で、第一、そうすると、お椀とおを持ち替 ぎびすめぐ リと踵を回らして、室を出て行ってしまった。今度は、わえる世話がなくて、時間の経済にもなる。欠点といえば、 あっけ たしの方が、呆気にとられて、ポンヤリその後を見送っザ・フザ・フ音がすることだけだ。そんな便利な方法を封じら れたのだから、一粒一粒、ご飯を拾って食べなければなら こごと ない。とても、シンが疲れる。 校長先生の叱言とは、大体、そんな事だった。 あたしは、″宇垣さん″が恨めしくなってきた。″宇垣さ その後、あたしは免職にもならないが、あまり愉快でな い月日を送っている。″宇垣さん″は、学校で顔を合わせん″のお蔭で、生まれもっかぬ神経質だか、神経衰弱だか もっと ても、いつもプリプリしている。尤も、あたしばかりでなに、なってしまったのだ。一体、″宇垣さん″は、卑怯だ。 きげん く、他の先生にも、とてもご機嫌が悪いそうだ。 " 欣々女細川頴子に味方して、あたしを免職しようとしていなが 史″なそは、 ら、潔く首を馘られようといえば、そんな意志はないなん こうねんき 「つまり、更年期のせいでしよう。生理的ヒステリ 1 の現て逃げ出してしまう。校長は校長らしく、もう少し、堂々 たま みそしる なが
と顔が似てる校長が、その頃の読者には面白かったろうが、今 一一実天の美禄酒の異称。 では、何の感興も吝らぬであろう。」 ( 角川文庫『信子』「あと 三六伝単ちらし広告。 がき」 ) 三八包囲陣昭和十六年、日本の侵略政策、とくに南進 に対抗して、アメリカ (America) ・イギリス (Britain) ・中国一一哭下地ッ子芸妓に育てあげるために遊芸などを習わせておく (China) ・オランダ (Dutch) の形成した共同戦線。 一三一ワットマン紙イギリスのケント州特産の純白色の厚い水彩 = 哭半玉芸妓を座敷へ呼んで遊ぶ代金である玉代が半分の、ま だ一人前でない芸妓。 画用紙。 一 = 三人間魚雷魚雷に乗員一名が乗り組み、操縦しながら敵艦に一宍国防婦人会昭和七年設立の婦人の戦争協力機関。出征者の 送迎、修痍軍人・遺族の援助、などを行なった。 体当たりする兵器。日本海軍が発案し使用した。 ) 。フランスの映画女優。 一三三枚を銜んで沈黙をまもり息をこらして。「枚」は、昔、夜討丑一アナ・ペラ Anna Bella ( 1910 ~ 昭和八年封切りの「・ハリ祭」で可憐なパリジェンヌを演じた。 ちなどのとき声を立てないよう人馬のロにふくませたロ木。 一一聶郎女若い娘を親しんで呼ぶ古語。 信子 = 五四達磨大師菩提達磨 Bodhidharma ( 7 ~ 528 ) 。中国の禅宗 すうざん の祖。インドに生まれ、中国に渡って嵩山の少林寺で坐禅をし = 契富士山だけは、立派だと思った信子のこの感想の洩らし 九年間、面壁、禅の奥義をきわめた。 ぶりには、東京をものともしない純朴な九州の田舎娘の誇りが ノ quadrille ( 英 ) 。四人ずつ一組になって踊るア うかがえる。「温泉丈は立派なものだ。」といってのけた漱石ニ六 0 カドリーレ メリカのスクエア・ダンスの一種。 の『坊っちゃん』を思わせる。少しでも読み進めば、信子に『坊 っちゃん』の面影を見ないものはあるまい。「信子』のおもし実七胡椒息子原作は獅子文六。「主婦之友」に「信子』の前に 連載されていた。 ろみは、漱石の向うを張って女の「坊っちゃん』が描かれてい 一一査この時局日中戦争開始後、昭和十一一年九月には近衛内閣に るところにある。 より国民精神総動員運勲か始められ、十三年四月には、戦争遂 一一当宇垣大将宇垣一成 ( 18 ~ 19 ) 。陸軍大将。大正末から 行のための人的物的資源の統制運用を目的とした「国家総動員 昭和初めの陸相当時、軍縮と軍の近代化に努力。昭和十一一年組 法」が公布されていた。 閣の命を受けたが軍の反対で実現しなかった。「宇垣さん」が 校長のあだなになったことについて、のちに作者はつぎのようニ査ス・フステープル・ファイ・ハーの略式。戦時中、木綿の代 用品として出回った粗悪な人造繊維。 に述べている。「その当時は、宇垣内閣が流産した後で、軍部 の妨害を国民が憎み、宇垣大将に国民の同情が集まった。大将一一充山鳥のしだり尾式演説ながながしい演説。万葉の歌人柿本 のび真や漫画が、よく新聞に出た。女でありながら、宇垣大将 人麻呂の「あしびきの山鳥のをのしだり尾の長々し夜をひとり そそ
318 めた。 万な行為です。なにか、彼等の陰謀があるらしいと、岩崎 たくら 「はア、べつに ただ、 x x 土地建物会社の人が、校舎先生の手紙にも書いてありましたが、これほどの大事を企 や地面の測量にきましたけど」 んでいようとは、信じませんでした」 「測量に ? ほんとですか」 " 宇垣さん。は、熟したトマトのように、顔をらめて、 「はア、あたしも、無断できたのかと思 0 て、一応、抗議した。声が大きいので、往来の人が、ジ。ジ。と此方 なが したのですが、校主さんと教頭先生が、後からお見えになを眺めて行く。 りまして : : : 」 「よろしい。あたしは、飽くまでも、闘います。あたしを 「えツ、北原さんと保坂さんが : : : そうですか」 追い出して、保坂さんを校長にする作戦だろうが、そうは しようちょう と、 " 宇垣さん。は、大きく息を吸い込んで、また、「そ行きません。あの " 大都。は、あたしの生命の象徴です。 うですか」といった。 いえ、生命そのものです。あたしは、結婚もしなかった。 ささ 「あの : : : 校長先生は、ご存じないのでございますか」 財産を貯えようともしなかった。すべてを、あの学校に献 あたしは、 " 宇垣さん″の態度に不審を感じて、そう訊げたのです。あの校舎の柱一本にも、あたしの血と汗が 「なにをですか」 ″宇垣さん″は、お桂さんと同じことをいい始めた。 「今度、校舎や敷地を、お売りになることを」 「校長先生、あたしはお湯へ行くのをやめます。学校へ帰 「知るもんですか : ・ : なんで知るもんですか。あたしに知って、お話を伺いましよう」 らせたら、絶対反対とわかってるので、なにもかも隠し「どうそ、そうして下さい。″大都。の歴史や、内部の事 て、売却の話を進めたに違いないです : : : 。なんたる、卑情や、それからあたしの半生の努力やーーーすべてを、あな 怯な処置ですか」 たにお話ししたいと思います」といって、歩き始めてか これは、驚いた。いやしくも校長たるものに、なんの相ら、「だが、小宮山さん、校主派が急にこういう態度を執 談もしないで、校舎校地の売却を決めるとは、驚いた。 り始めたのも、思い当ることがありますよ。あたしは終業 ひど 「先生、それは、酷いと思います」 式の日に、細川頴子の処分に就いて、保坂教頭と大激論を 「酷いでしよう、乱暴でしよう、卑怯でしよう、陰険でししましたからね」 よう・ : ・ : 実に、なんともかとも、いいようのない、不埓千 ふらち にたか
270 「どうですか、皆さん、もう少し、本校に生徒を吸収する「ホホホ。真遡、現代にて、寺子屋式も : ・ : こ くふう 工夫はないもんですかねえ。やがて、新学年も近づくこと「とにかく、わたくしは、移転新築には反対でございます ですし : : : 」 よ、ハイ」 校主が、一同を、見渡した。 ″宇垣さん″は、そういって、団栗眼を、ギョロリと、剥 「わたくしは、無理に、生徒の数を殖さんでもよろしいと 思っています。それよりも、現在の生徒の質を、もっと向 スッカリ、座が白けてしまった。誰も、なんとも、喋ら 上させたいと : ・ : こ なくなった。やがて、校主が立ち上って、 と、ル宇垣さん″力しいかけると、″ニャリスト″が、側「でよ、・こ、・、 をナしふ時間も経ちましたから : ・・ : 」 あいさっ から、 と、挨拶したら、一同、ゾロゾロと、席を離れ始めた。 ついとう 「それも、そうざアますけど、一人でも多くの生徒を集め なアんだ、これが新年会か。まるで、気の抜けた追悼会 て、″大都″精神の美しさを知らせることもまた、必要でみたいだ。 ござアますからね」 あたしも、帰り支度を始めた。しかし、嫌で嫌で堪らな 「そうですよ。要するに、生徒の数も質も、両方共、向上い秀子さんの家へ帰るのだから、自然、足が 0 て、一番 させて欲しい」 最後に会議室を出た。 ちょっと 校主は、慾の深いことをいう。 「小宮山さん、一寸、話があります」 「それには、現在のこの旧式な校舎では、いろいろ、不満その時、あたしは、校長から呼び止められた。 " 宇垣さ がござアましてねえ。やはり、どこか閑静なところへ、理ん。から話のある時は、ロクなことはないから、大いに警 想的な新校舎を建てる必要が、ありはしないかと考えられ戒していると、 るんでござアますの」 「実は、、 林ーーいや、吉田秀子さんから、手紙が来まし と、 " = ャリスト ~ は校主の方を窺った。校主は、大きてね。あの宅でも、無人だから、あなたの世話ができ兼ね く頷いてみせた。すると、″宇垣さんが、 るというのですよ」 おっしゃ 「校舎校舎と仰有るけれど、建物が人間を教育するんじゃ てらこや ございませんからね。昔の寺子屋からでも、立派な女性こちらでも、お世話になり兼ねてるのだ。 しやかん が、沢山出ていますよ」 「どうですか、小宮山さん、寄宿の舎監をやってみません うかが ふや どんぐりまなこ しゃべ
あって原因ではない。もし、原因だの、首謀者だのを挙げない。 みずみず るとなれば、少女の瑞々しい、真紅な心臓が、それなので「教頭先生は、どうしました ? 保坂さんにお頼みして、 ある。揃いも揃って、彼女達は正義派で、且っ感傷家であ体操室の集会を、解散させたいと思います。どこへ、行か る。浄い、美しい感激の火を、機あらば、中天に燃え上られましたか」 せたくて、常に待ち兼ねてるのである。乾ききった冬の枯 " 宇垣さん″は、キョロキョロ、教員室の中を、見回し 草は、煙草の火が落ちても、 パッと燃えつくようなものた。 りくっ で、今度の騒動に、理窟や責任を求めたって、仕様がない 「さア、今しがたまで、お出でにな 0 たんですが = ・】・咜 , と、あたしは考えている。 と、 " 資本家 ~ がいうとおり、 " ニャリストは先刻ま だが、生徒に責任がなくても、あたし達には、大いにあで、自分の机にいたのだが、姿が見えない。 る。 「校長先生、わたくしが、行って参りましようか」 「困ったことになりましたねえ : 。四、五年の生徒達出過ぎるとは思ったけれど、場所が体操室なら、自分の は、体操室に集まって、なにか決議をしてるというではあ受持ちに関係があるから、あたしは、そういった。 りませんか」 「そうですね、一刻も早い方がよろしいから、では、、 る宮 と、午休みの時間に、珍らしくも校長先生が、教員室へ山さん・ : : こ 入ってきた。 と、″宇垣さんの返辞を、半分聴いて、あたしはドア さす 遉がは、 " 宇垣さん″である。生徒が、自分の味方をしの方へ駆け出した。すると、出合い頭に、″ニャリスト ~ うれ てくれると知っても、嬉しそうな顔色を見せない。騒ぎが が、転ぶように、跳び込んできた。 生徒に波及したことを、本気になって、心配してる。 「皆さん : : : 大、大事件です・ : : こ 「生徒だって、無理もございませんよ。住み慣れた我家を と、髪を振り乱し、蒼い顔をして、手吸をませている たしな 出るとなれば、誰しも悲しくなりますからねえ」 のは、平素の″ニャリスト々の嗜みとも思われない。 と、 " 欣々女史々が、答えた。 「あ、あたしが、今、体操室の側を通りますと、四、五年 「それにしても、生徒がロ出しをする事ではありませ生が集合していて、どうも不穏な形勢ですから、一言、注 ん。″大都″精神に反します」 意を与えますと、まア、どうでしようーーー皆で、寄って、 と、 " 宇垣さん。は、この場合に及んでも、口癖を忘れ聚って、あたしを、体操室の外へ押し出して、ドアを閉め きょ そろ ひる
322 宣告したのである。それなのに、一同、ヘンな顔をして、 うでござアますよ。今度の移転問題を、こんなに急速に決 みひら 眼を睡いている。″宇垣さんまで、有難迷惑のような、定しなければならなくなったのも、一つには、小宮山先生 けいきよもうどう ハラハラした様子を見せる。 の軽挙妄動が、原因となったのでござアますからね」 あき と、意外なことをいい出した。あたしが呆れて、理由を 「小宮山先生、それは、確実な証拠があっての上のご発言 なんざアましようね」 質問すると、″ニャリスト 4 は、細川頴子の写真事件を、 と、″ニャリスト″は、蒼い顔をして、あたしに詰め寄持ち出した。あの問題で、父親の細川源十郎が、カンカン おど った。脅かしたって、怖くはない。′ , ニャリストなんか、憤って、″大都々のために出資することを、拒絶してきた ほか あんみつ から、校舎敷地を売るより外なくなったというのである。 餡蜜を二杯ご馳走になっただけだ。 ほっとうにん 「証拠なんて、どうでもいいです。ホントのことは、ホンまるで、あたしが学校を移転させる発頭人のようなこと を、いうのである。 トのことです」 「では、証拠もなしに、校主様やわたくしの名誉と人格を「そげん、・ハ力なこと : : : 。青年の写真持っとるけん、叱 ったのが、なんで軽挙妄動ですか」 傷つけようとなさるのですね。あなたは、言葉の責任とい こうふん くになま うものを、ご存じですか」 昻奮のあまり、あたしは久し振りで、国訛りを出してし まった 0 あたしは、グッと詰った。校長先生から、万事を聞いた 「そうですとも。″大都″の生徒たるものが、そんな行為 といえば、″宇垣さん″の迷惑になる。それに宇垣さんも、をしたら、絶対に看過してはいけません。わたくしは、停 けんせぎ 校主は巧みに会計帳薄を繕っているから、彼が選挙費にど学か、少くとも譴責処分を、彼女に与えるつもりです」 れだけの校金を流用したか、確かな証拠を挙けられないで と、″宇垣さん″が、加勢してくれた。 困ると、 っていた。 だが、″ニャリスト″は、少しも騒がず、 あたしが黙ってるのを見て、″ニャリスト / よ、 「校長先生も、小宮山先生に劣らず、軽挙妄動がお好きと よ勝ち誇った様子で、 みえますわ」 「単に、想像による理由で、移転反対を述べられたのです「なにをいうのですか」 から、小宮山先生のご意見は、採用の必要がないと存じま「あれは、細川頴子の実兄の写真だそうでござアますよ。 す。一体、小宮山先生は、平素から、ご謹慎が足りないよ妹が兄の写真を持っていても、校則に触れるわけでもござ こわ つくろ いきどお