はさみ らと言った。桜の木の間にある電燈の光は淡く、あたりに光は鋏でもって、枝の痛覚にかまわず必要なだけを冷静に 見定めてばちばちと剪ってゆくのだ。それは植物にとって はほんのりと花の香が漂っていた。武光が言った。 「いや出世という言葉は悪いかも知れないが、僕は自分の痛いことではないのだ。ただ痛いような怖れがはじめのう ためら せんじよ 力にふさわしいだけの要求を世の中にむかってするつもりち自らその剪除をさせずに躇わせているのにすぎない。む だ。第一出世という言葉に何か罪悪感のようなものを見つしろ武光の乱暴な言い方に、信彦は快さをすら感じた。だ しいち、信彦がうつかり初めて言った言葉は、自分の信念 けるのが現代人の悪癖だ。あまりヒュウマニズムの際限の ない肥大がそういう意識を生むのだな。それでいて自分のとして口にしたものではないのだった。それはつまり現代 困惑はみな周囲の人間のせいだというような考えが必ずの青年に加えられている思考のさまざまな枝葉を信彦が整 たんそく その裏にある。これはいかんよ。そんなことに負けていた理したがっているために出て来た歎息なのだった。歎息で ら、僕等は何も出来なくなる。人を支配したり命令したりすら、一一十歳の青年がロにすれば誇りに満ちた言葉にな ぜんと しなければならない僕等の前途を自分で暗くするようなもる。信彦はそういう自ら湧き出る誇りを計画して言ったの のだ。君がまあゆっくりともう三年勉強するのもいいさ。 ではなかった。だが言葉はそれを口にする本人ですら気の よそお つかない装いを、そのときの環境にふさわしいように身に しかし若しその事だけのために大学で三年を空費するとい つける。信彦の言葉が誇りに満ちていたというよりも、夜 うのなら僕は反対だ。それを実地にあてはめて見るのが一 、ことか悪いことかの光に照らされる桜の樹の下を歩いている一群の青年の間 番だぜ、きっと。出世という考えがいし 僕は考えなくてもいいと思う。ただ命令すべきときに命令で発せられるためには、そういう装いが必要であり、また てら し、命令さるべきときには服従しなければ、将来産業の支それだけの衒いによって衣を着せない言葉は、その場合同 うれ 配者になる運命を持っている僕たちには生きようがないとじ憂いを抱いている友人たちを傷つけることになり、青年 の誇りを地におとすものとなっただろう。一人がある極に 思うな。」 信彦は聞いていて、武光の言葉がひとつひとつ自分のあまで走ってそこに身をよせてものを言えば、今一人は反対 はんばく やふやな気持を虫けらのように押しつぶして歩きまわるのの極に走ってそこから反駁する。だがもともとその二人は を感じた。信彦自身は要もない枝葉を一面に日光の方へ伸れの極にも常住しているわけではない。両極の中間のあ ばした春先の樹木のようなもので、自らどの枝が必要である地点に極く接近して並んでいるのだ。ただ信彦はある極 り、どの枝が不要であるかをわきまえずにいるのだが、武の側に、武光は他の極に、肩を並べながらも少しずつ偏し おそ
面倒な言葉 その言葉もこの言葉も みんな本当の意味は裏にあるんだ。 私は若くて愚かで ああ時になったら 言葉の本当の意味を捕えれるのだろう。 だれも一言も 私が解釈する意味で言ってるのじゃない。 私の習った言葉には 妙な昔からの平凡でいて 案外わかりにくい表現の仕方があるのだ。 ああそれを街の年よりたちは ほんとうに見事に使いこなしている。 膝もとの煙草盆で 煙管をたたきながら。 路私はまだそう言う約東がのみこめないので の こんなに大きくなっても 明 皆の相手にされない。 仕方がないから私は無邪気な目つきをして 街の絵葉書を見て歩くのだ。 ひざ 、せる こまっていると 私がだまっていると 皆は知らない様に自分の場所をびろげてくる。 私がだまっているから 私のことはどうでもなると思っている。 いつも私が何も言わないものだから 私はどんな扱いされても その通りになっていると思っている。 今日の私にはそんなことがよく解ってきた。 あいつら 知っているか みんなだまって 仕事を相手にして静かにしているが あいつらが一度気づいたらどうなるか知っているか。 むら ああしてあいつらは無智だから 今の所何も知らないで仕事をしているが あいつらが気づいてみろ。 だまされて来たのが解ってみろ。 わか
376 では余裕のある上品な家庭と見なされていた。 客が座敷に上ると、 そういう雑多な言葉の混雑の中で五郎は育った。彼は間 「敷いっかわさい、さ、どうか、敷いっかわさい」と、し ぎぶとん つつこく座蒲団をすすめるのが癖である。丁寧な言葉としもなく村の子供たちと同じように、遊びに行こうというこ とを「遊びに行ぐべし」と言ったり、早く来いということ ては彼は広島の山奥の三次辺の言葉を使ったのである。 を「早ぐ来いでや」と言ったりするようになった。 そういう言葉を使う人は砂谷村には一人もいなかった。 わず 僅かに岡島のお爺さんやお婆さんの言葉が、いくらかそれ五郎が一一年生になった初め、悪い道路に悩みながら一週 にしん 冫、カった。 間ほど学校へ通うと、学校は「鰊休み」になった。それは 「まあ五郎さんかいな、よく来てくだすったのうーという鰊の群来があって、村中の人が鰊場の手伝いに出かけるか こもり ような福井県の言葉でお婆さんは言うのであった。この村らである。子供もそれそれ仕事があった。子守をしたり、 ろうと おとな の大部分の人たちは二三代前から北海道に住みついて、松海岸につけた漁船から大人たちにまじって、四角な漏斗型 前言葉を使うのである。中にはしかし、津軽や南部や秋田の箱のモッコを背中に負って鰊運びをする。子供には子供 から越して来た者も大分あって、それ等の人々を、「秋田用の小さなモッコがあった。モッコに入れる時船べリから 衆ーとか「南部衆」だと言う。村に仙台から来た人が一人落ちたり、一杯入れられた鰊が、連ぶ途中で滑って砂浜へ いて、その人だけを「仙台さん」と呼んでいた。隣家の金落ちたのは、子供たちの拾うのにまかされた。豊漁のオチ 子家は「秋田衆」で、金子のおっかは、 ボである鰊を拾うのが、子供たちの遊びのまじった働き 「おらだじあ、秋田でも、ずっと山の方で、んし」というで、自分で運べないほど何十匹も拾う子があった。五郎は すわ 言い方でその国の話を時々した。 それを拾う仲間に入る勇気がなく、砂浜に坐って、この村 の海岸に無数の人が群れ、岸につけられた何十隻もの漁船 また津軽や南部地方から移住して来た人たちの中には、 母親のことを「あつばあ」と呼ぶ子がいたり、また「が から鰊を運び上げているその「オキアゲ」の賑やかな景色 が」と呼ぶ子がいたり、「あやーと呼ぶ子がいたりした。 に見とれた。村の中が全部、鰊の臭いがし、人々は活気づ しかし、村にもとからいる家では、母親のことを「おっ いて、駆けまわったり、呶鳴ったりした。男たちと女たち か」父親のことは「おど」というのが多かった。五郎は父は、乱暴なワイセッな言葉をたがいに投げつけては笑っ のことを「お父っちゃん」と呼び、母のことを「お母あちた。 ゃん」とか「母あさん」とか呼んでいた。五郎の家は、村そういう機会に五郎は次第に村の子供たちと親しくな ばあ
えさしおいわけ は、松前藩の植民地的な漁場であった。江差追分の歌詞にで、「この頃は、鰊漁期で、津軽、南部方面の傭い漁師が おしよろたかしま ある「忍路、高島」というその忍路は、砂谷村の西隣であ大勢入っていますから、その悪い言葉を真似してはいけま せん」と言った。これは毎年学年のはじめにする訓示の言 り、高島村というのは東隣である。その忍路は、美しい さい湾で、今でも付近の漁船の避難港になっているが、昔葉である。それを聞いたとき、五郎は変な感じを抱いた。 はそこに松前藩の運上所というのがあり、大変繁栄してい彼は砂谷村の人たちの言葉は、これでも「南部衆」や「津 たという。運上所というのは、この近海でとれる鰊の何分軽衆」よりはいいのだろうか、と不思議に思った。この頃 なわ やぐら の一かを、税として取り上げる役所であったらしい。砂谷村の往来で、繩の束をかついだり、櫓や板の類を連んだ やまぶどうつる 村も当然その管轄下にあった訳である。高島村というのもり、また石を入れて海に沈め、網をつなぐ為の山葡萄の蔓 ヒで作った直径四五尺もある丸い籠をかついで通る「傭い」 漁業場であるが、そこは、この海岸に冬期に吹きつのる」 さえぎ 西の風を遮るような大きな東向きの湾の一隅にある。そのたちによく逢う。彼等は、 なんだ 「汝達、これがら、どっちやさ行ぐや ? 」とか、 大きな湾は昔は大きすぎて用をなさなかったが、後年は北 海道西岸第一の港湾なる小樽になり、高島村はその防波堤「あいやなあ、なもかも分ねぐなってしまたもな。」 の外側にはみ出してしまった。高島、砂谷、忍路の辺は、 というような言い方をする。それはこの村の言葉と同じ 松前藩にとっては遠隔の地にありながらかなり重要な漁業系統だが、もっと訛りの強いものであることが、やがて五 地であった。だから文化は細々ながら、海岸沿いの松前城郎にも分って来た。松前の福山に育った母の言葉は、この 下の福山から伝わっていて、この付近の漁村には、昔なが村の人たちと同じようでありながら、もう少し訛りの少い らの建築、風俗、言葉などの伝統が残っていた。 ものであった。広島県人である父の五助の言葉は、それと 言葉の系統は青森、秋田、盛岡辺の方言を雑多に含んだ全く違った系統のものである。五助は、ふだんは、軍隊で 暦ものであるが、それ等が混合する過程において、あまり難使ったらしい標準語に近い言葉を使う。 「五郎、そこにあるその盆を持って来い」とか、 供解なものは捨てられたためか、もっと平明になり、哀調の 深い東北訛りを帯びている。 「これ、鈴子、お茶を早く持って来る」という風なもので 子 くちひイ・ 新学期の初めに、頭髪を分け、ロを生やし、たった一ある。 ていねい 人詰襟でない白い固いカラ 1 をのそかせた背広服を着た校しかし来客があると、父は大変物腰が丁寧になり、 長先生が、戸内運動場の壇の上から、色々お話をした中「どうか、まあ、ちいと、お上がりつかわさい」と言い かんかっか 0 ろ わが まね
93 青春 「だって、この僕は誰にとっても何でもありやしない。」 か。それの出来ないのが非カからであるとしても、虚飾癖 武光は少し哀れむような顔をして、上からのしかかるよ からであるとしても信彦は不愉快であった。 うに信彦に笑いかけた。 じっとそんなことを考えているうちに、信彦は自分でも 「じゃ何かでありたいのか ? 」 思いがけず、次のようなことを言い出した。 しゃべ 「ばかな。」信彦は武光と言葉をやりとりしているうちに、 「僕は今日先生のところで美耶子さんとお喋りをした。そ ひどく自分の言葉が下劣になって来るような気がした。言れから室に戻ってみると一一人の女性が廊下の向うに生活し 葉が勝手に生活をうす汚く描き出す。その言葉で描き出さている。僕はそういう女性たちと何かの交渉を持っている れた生活は、本当の生活よりも強い実在物になって、武光のではないが、どうもひどく圧迫されるようだね。街へ出 しんしよう と自分との間に横たわっている。事実は、信彦の心象の中てこうしていると、実にほっとする。どうやら自分でも知 にだけ存在している。事実は、言葉になった世界とは遙からない間に、僕は無理をして自分をふだんの自分と違う男 に遠いものである。だがそれは正しい表現を与えられず心性として彼女等に受取らせたいらしいんだ。こいつは騎士 の奥の方に押しこめられ、その間に戯れの、仮の言葉でつ的精神というものの第一歩かも知れない」と言い、自分で にせもの くられた贋物が、見る見るうちに武光と自分との間にどっおかしくなって笑った。 もらろん しりと腰を据えてしまった。それを押しのけて本当の生活「勿論僕はまだ騎士的な行為の片鱗もしてやしない。そん の姿や意味を置きかえることは、自分の意志やカではとてな余裕なんかありはしないんだ。特に美耶子さんは難かし うかっ も出来そうもない。迂闊な言葉のやりとりがそこに築きあい人だ。僕はあの人と坐っていると息苦しくなるぐらい げた現象が、それがやがて、たった一つの真実として次第だ。変だね、女性の与えるあの圧迫感というものは。僕は に三人五人と伝わってゆく。訂正できない事実になる。そしらずしらず他人行儀の中に追い込められてしまってい ういうことは不愉快ではあるが、とても自分のカでは訂正る。僕は友達に自分を示しているよりも、もっと高い処 ふ、げん へ、もっと無理な気持の中へ自分を置いている。ちょっと できそうもない。信彦は自分の不機嫌になってゆくのは、 ひりき 結局非力なせいかしらと思う。それとも、人間の世界のこ試合にでも臨んでいるような気持なんだが。」 おれ とは、それぐらいに現われるのが本当かも知れず、俺は単「そうだろう。そりや当然だ。僕は君がその環境でもっと に観念の上のおしゃれなのかも知れない。自分をもっとよ教育されると思うよ。そこで妙に崩れるようならそれで人 く思いたく、また更にそれを美しく表現したいのだろう 間も駄目だが。きっと君にいい影響を与えるよ」と武光は たわむ だめ へんりん
けん でないとは言えない広い領野がそこにある。しかし思い惑の白く光って見える顔が、一間ばかり目の前に迫り、息づ しばら あんど まるように信彦におおいかぶさるように感しられた。 1 ってその中間にいるものには、暫くも安堵がないのだ。 信彦は教授としばらく話していたが気持が定まらず、校「私、散歩に出ていた処なの」と信彦の持っていた校正の 正は家ですることにして、暫くしてからその封筒を持って束にちらと眼をやって美耶子が言った。彼女がものを言う 辞し去った。そのとき美耶子は出て来なかった。 と、信彦の心は苦しいまでにかあっとの・ほりつめていた圧 公園を抜けてゆく並木道の中程までゆくと、美耶子が向迫感からやや解放され、次を待っ不安にまたよろめくので あわ うから歩いて来た。新樹の緑のなかに黄色い着物が浮き出あった。彼女に答えようとする言葉がいくつか慌てて我先 して、先刻逢った彼女とは違う人間のようだった。信彦がにとロもとまで出て来るのだが、どれも美耶子がいま待っ それと気のつくずっと前から彼女は彼を見ていたらしかっているらしい言葉ではないのだった。水面に浮いて来た材 とっき いとま た。彼は咄嗟にどんな表情も浮べられず、心をきめる暇も木のようにそれらは信彦の性急な心の乱れに叩かれてまた ないのに距離はぐいぐいと近づいた。彼女に対して抱いて沈んで行った。そのとき信彦はにつと笑った。思いがけず いた情感を自ら信じられない弱さが、彼をためらわせた。 その笑いが言葉の選択の頼りなさから彼を救ってくれた。 だが彼は本能的に近づいて来る美耶子がなにか光のような「今日は先生に叱られるような気がしていたんですよ」と あム ものに溢れているのを感じた。彼女は自分の中に漲ってい あても無い言葉がその笑顔に続いてすらすらと出て来た。 るもののために、できるだけ身体の動きを少くし、こ・ほれ美耶子は笑わなかった。っと手を差し出すと怒ったよう ないように、そっと歩を運んでいるように見えた。その満な身ぶりで校正の束を信彦からとりあげ、それを両手で帯 おそ ちあふれた態度は、殆んど信彦を怖れさせた。自分の判断のあたりに持って両端から押すようにした。 しゅうちしん を信ぜず、情感にまかせて羞恥心を踏みつけてしまうこと「あれから何をしてらして、毎日 ? 」 も出来ぬ今の状態のまま、その美耶子に近寄るのが、罪悪「学校へ行っては帰っていただけです。昨夜沖に逢いまし のように思われた。 た。酒を飲まされて困ったですよ。」 だがその美耶子を見ていて歩く数歩のあいだに、信彦の信彦は自分の言葉が意味もなく出て来ては飛びまわるの たか 内部には、二重にも三重にも押しこめられていた彼女へのに慌てはじめた。その言葉とは別なもので胸は不安に昻ま 情感が、あたりを見まわすような要心ぶかさで湧き出してり、自分のものではないような歩きかたになるのだ。美耶 来た。だがそれが彼の全部にゆき渡らないうちに、美耶子子は沖のことにとり合わず黙り込んだ。すると信彦の息苦 みなぎ しか とこら
いるから、少しも心配せずに自分は戻って来た、とくどく現われているだけに、なお武光を掴めなくなるのだ。 自分たちの場合だって、これはきっと数多くあることに どと弁解するのであった。 すると今度は武光の方が腹を立てたような顔になり、ウちがいないと信彦は思った。分り合っているように見える ラジミルの親友だというその音楽家のことを不愉快そうにのは、表面だけだ。儀式と真実の交錯は決して簡単なもの しゅうちしん 訊くのであった。信彦はその二人の対話を訊いていて、人ではないだろう。儀式が必要になるのは、多分羞恥心のた たらま いん・ヘい 間の言葉の八十パアセントぐらいは真実を隠蔽する着物のめだ。何を恥とし、何を誇りとするかに従って儀式は忽ち ような働きをしているような気がして来た。民族的なもの羞恥部の前に立ちふさがり、その存在はうち消せなくって の感じかたの相違なのではない。言葉の大部分は、儀式ともその真実の意味を美しい他意ないものに変えてしまうの して修飾として使われている。その儀式や修飾が各民族のだ。そのウラジミルの友人の音楽家についての話は、だか いらだ 長い伝統で決定されている。だから言葉の儀式の部分がどら、あまりの他意なさによって武光を苛立たせている。そ じようらよう んなに複雑で冗長でも同じ伝統を持っ民族同志ではそれこまでは信彦にもほ・ほ想像がつく。だがそれも本当は極く が少しも邪魔にならないにちがいない。そして片方が儀式端の方の一部分にすぎない、それを理解していると自分が として提出することは相手も儀式として受けとり、それを思っているのは、外国文学に親しみ、それを理解しようと骨 意味あるものとして解釈したりしないにちがいないのだ。折っていた間に僅かに得た推定によるのだ。真実は分る、 ウラジミルがいまリイザについて語っていることの大部分だが儀式は分らない、と信彦は自分につぶやいてみる。 もそれにちがいない。それは日本語で話されているが、た 武光はしまいにはウラジミルの言葉をもてあまし、眼を だロシア語に代置されただけなのだ。そして儀式でなく話ぎよろっかせてビイルをがぶがぶと飲んでばかりいた。ウ ラジミルは武光が彼をまごっかせるような質問をしなくな される真実な部分、つまり相手に本当に聞いてもらいたい さらさ わず ことは、僅かに全体の一割か一一割にすぎない。更紗の話なると一層雄弁になり、少年時代にカザンで過した学校生活 んかそういう部分ではないだろうか。ウラジミルの方でのことや自分の祖父の領地のことなどを、アクセントやイ でたらめ は、ロシア語で儀式として飾りの言葉として受入れられるントネイションの出鱈目な日本語で述べ立てた。それは日 ことを、武光が意味をとろうとして歯痒そうに訊き直した本語にはちがいなかったが、細かな間違いを除けば普通の ろうばい りするのに狼狽する。ウラジミルの日本語はひととおり形日本語よりはるかに雄弁で、長ったらしい性急な一一一〔葉の羅 れつ 列で、一種特別な国語のように聞えた。ウラジミルは喋り がととのっているし、その上善良な彼の気質が顔にじかに はがゆ しゃべ
友よ何も話し合わないことだ。 もうなにもね こんな不確かな信用のならない ともすれば 皮肉や嘘になってしまう そんな神経質な 化物みたいな言葉を使わないことだ。 そして我々の この日の光に輝いている 自分の言葉にさえ欺かれ易い考を きずつ 空気や土や街や人の顔や木々やに向って お互に傷け合うまい。 俺の頭は・フリキ板をみつめる様に みんな自分自分の沈黙と孤独に帰ることだ。 げんわく すっかり眩惑されて 視界がぎらぎらと写って来るばかり。 気軽さ 俺は何かに掴まらなければ。 一生懸命何かをやって いったいこの輝いている現象が何の意味をもってるのか なる程それは一つの生き方でしよう。 俺の足場をどの辺におくのか。 何もかも周囲を茶にして みんな捜さなければいけない。 さて自分に何の自信があるのでもない 何でも良いからしつかりしたものをまなければいけな幾時間しゃべり通しても 自分をなくする心配なんかした事はない様な 言葉を撤きに歩いている様な 瘠せて気取屋でないのにおしゃれで 友人の服装はいちいち批評して そして自分で感心し 仲間のものには からす 毎日の鴉か雲の変化位に思われている男。 軽蔑されていて いつも皆を愉快に笑わせる なるほどそれも一つの生き方でしようね。 おれ 一 = ロ葉 つか けいべっ あぎむ やす
心の中のゆれ騒ぐ嵐が信彦の顔に吹きつけたようなものでを信彦に与えた、という方が正しかった。そして庄司と同 あった。信彦は、こういう女性の、典雅さのなかから突然じものを内側に抱いていながら、容易にそういう衝動を剪 火花のような激情が飛び出して来る言葉に応対した経験が除できる自分が正直な存在でないのではあるまいか。そう ないので、美耶子の表情や言葉の変化に圧倒されたよう いう反省なのだ。 ふんまん に、自分の中に湧いた憤懣をどうとり扱っていいかも知ら それが言葉になるといま言ったような嘘のものに変って ず、ぼんやりしていた。 しまう。しかし庄司という人間に払っている自分の関心の 「そんなことまで考えて僕は言いやしないですよ。それ量だけは表現したように思った。 いっかっ に、僕には庄司さんは、藤山のように一括することのでき「駄目、駄目、そんなこと言っちゃ。外の話しましよう。 しゃべ ない人間のように思われるんです。だから僕が庄司さんにもう私なんだか庄司さんのために喋っているような気がし ついて自分の意見をのべないのは抑えているんではなくって来るから。だけど、あの人はそういう処があるのよ。皆 て、あの人の見とおしがよくつかないからなんです。かえがあの人のために何か喋ったり弁解したりしてやらなけれ って僕にとっては興味のある人間なんですよ、庄司氏は。 ばならないような気がする。あなたの今の言いかただって 藤山よりは面倒な、理解しがたい隅々のある人にちがいなまあそれなのよ。人間っておせつかいなものね。でも私、 もっと ばくせん いと思っているんです。尤も僕は年齢というものを漠然と藤山さんみたいに自分でも信じられないことをすぐ理論づ りんご 尊敬する癖がありますから、買いかぶりかも知れませんが」ける人困るわ。それよりか、そのうち林檎の花をまた見に と言いながら信彦は、これは違うようだな、とちらと反省行かないこと ? お兄さんも行きたがっていたようだけ うそ 込ようべん した。だがそういう一種の強弁は、嘘ではあっても彼の内ど。」 部に湧いた正体のはっきりしない憤懣に掛け口を与えた。 「ええ、皆に相談して見ましよう。」 とこう そうじゃないのだった。彼は庄司に自分より高い処にいる「去年は誰と誰だったかしら ? 」 ものを見ているのではなくって、自分の内側にあって、自「卒業した薄井、広部、飯田のほかは僕と藤山と武光たっ 分は気づかずに平素とって棄てたり抑圧したりしている余たですね。」 分なものを庄司という人間が一つ一つ具体化して言葉や行「ふな、そう。多すぎたのね。あまり多くない方がいい 為にして見せてくれたような気がしたのだった。そしてそわ。」 れが本当に生きた人間の姿かも知れないという素朴な反省 一一年前までいたゼエラントというドイツ人の教師が、こ あらし だめ せん
たく からだ るような逞ましい身体が、動作のたびにゆらりゆらりと大気がすることがあるのよ」 ぎくうねっているような気がするのであった。ものを言わと百枝は、言い出すと急に元気が出たようだった。信彦 あんど ずにいると、その意識が生理的に信彦を圧迫するのであっ のことを構わないんだと沖が百枝に安堵させようとするの しゃべ た。彼は沖の煙草を一本とって喫った。この頃彼は煙草をと、彼女がばっと飛び立つように喋り出すのとんど同時 のむ友人から時々とって喫って見るのだ。それは甘くはなであった。信彦を不安がっていたというよりも、彼女のな せき く苦つ。ほいばかりだったが、人の集まっている中で苛立た かにあった堰が切れて、押さえられていた言葉が我がちに しいときには一種の慰めになるのだ。 群らがり出たように見えた。その言葉の流れの性質を見さ 沖は百枝という女に格別話しかけるでもなかった。それだめるように沖はむっとしたような顔でそれをまともに浴 でかえって二人の間にある親しさを露骨に座に漂わせた。 びていたが、 せんじよう その沈黙はなにか煽情的なものであった。 「だから、そうしてくれるようにと僕が前から頼んでいた 「僕は今度は顔のスケッチをしようと思っているんだ。どのだが、君は承知しなかったじゃないか。もう仕上げに近 うも筆が進まなくなった。君の顔の構成がはっきり頭に入 いんだから、二度ばかり来てくれれば、それですむんだ」 っていないんだな」と沖が言った。百枝は答えず静かに沖百枝は沖の言葉を聞いていないようにその言葉の途中で ざら の茶碗を受け皿の上で動かして、かたかたという音を立て奥へ声をかけた。 ていた。信彦は息をのみ、身体がひとりでに固くなった。 「お仙ちゃん、ビイルもって来て」 ひじ もたれている肘かけにかかった指が変なぎごちない形のま「いや、 しいよ、僕はもう帰る。じゃ君来てくれるんだ かっこう まで動きをやめたので、自分がおかしな恰好をしているよね。二度ですむと思う。たいてい僕はうちにいる。店のも しばら のに言えばすぐ案内してくれるようにしておくから」と沖 うな気がする。暫くしてから百枝が、 うつむ はなかば立ちあがって言った。 「だってーー」と俯向いたまま言い、じっとしていた。 信彦と沖は「サモワアル」を出ると港の方へ歩いて行っ いいんだよ。神津君は構わないんだ。」 「それより、私あなたの処へ行って、一度どのくらい絵がた。信彦は中途半端にうち切られたような印象を百枝とい 進んだか見たいのよ。だいいち自分があなたの筆でどう描う女から受けた。彼女の方でばっと飛立とうとするときに たた かれているか分らなくって不安なんですもの。私が自分でそばにいる沖が棒でもって彼女を叩き落したような変な印 おそ 知らないうちにあなたと一緒にそこで生活しているような象を与える応対のしかただった。何を沖は怖れているのだ ちやわん