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検索対象: 現代日本の文学 31 太宰治集
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1. 現代日本の文学 31 太宰治集

た事か。「かい給え、かい給えや」とぞ責めたりける、でるうちに・ ( スで青森へ帰った。勤めがいそがしい様子であ る。 ある。 後で聞いたが、さんはそれから一週間、その日の卵味「咳をしていたね。」君が起ぎて身仕度をしながらコン 噌の事を思い出すと恥ずかしくて酒を飲まずには居られなコンと軽い咳をしていたのを、私は眠っていながらも耳ざ かったという。ふだんは人一倍はにかみやの、神経の繊細とく聞いてへんに悲しかったので、起きるとすぐに Z 君に な人らしい。これもまた津軽人の特徴である。生粋の津軽そう言った。 z 君も起きてズボンをはきながら、 人というものは、ふだんは、決して粗野な野蛮人ではな「うん、咳をしていた。」と厳粛な顔をして言った。酒飲 みというものは、酒を飲んでいない時にはひどく厳粛な顔 い。なまなかの都会人よりも、はるかに優雅な、こまかい 思いやりを持っている。その抑制が、事情に依って、どっをしているものである。いや、顔ばかりではないかも知れ ほんとう せき と堰を破って奔騰する時、どうしたらいいかわからなくなない。心も、きびしくなっているものである。「あまり、 しい咳じゃなかったね。」 z 君も、さすがに、眠っている って、「ぶえんの平茸ここにあり、とうとう」といそがす ひんしゆく 形になってしまって、軽薄の都会人に顰蹙せられるくやしようではあっても、ちゃんとそれを聞き取っていたのであ い結果になるのである。さんはその翌日、小さくなってる。 「気で押すさ。」と z 君は突き放すような口調で言って、 酒を飲み、そこへ一友人がたずねて行って、 「どう ? あれから奥さんに叱られたでしよう ? 」と笑いズボンの・ハンドをしめ上げ、「僕たちだって、なおしたん じゃよ、 十ーし力」 ながら尋ねたら、さんは、処女の如くはにかんで、 「いいえ、まだ。」と答えたという。 z 君も、私も、永い間、呼吸器の病気と闘って来たので 娶んそく 叱られるつもりでいるらしい。 ある。 z 君はひどい喘息だったが、いまはそれを完全に克 服してしまった様子である。 軽 三外ケ浜 この旅行に出る前に、満洲の兵隊たちのために発行され さんの家を辞去して z 君の家へ引き上げ、 z 君と私ている或る雑誌に短篇小説を一つ送る事を約束していて、 津 は、さらにまたビールを飲み、その夜は君も引きとめらその締切がきようあすに迫っていたので、私はその日一日 れて z 君の家へ泊る事にな 0 た。三人一緒に奥の部屋に寝と、それから翌る日一日と、二日間、奥の部屋を借りて仕 たのであるが、君は翌朝早々、私たちのまだ眠ってい事をした。 z 君も、その間、別棟の精米エ場で働いてい

2. 現代日本の文学 31 太宰治集

だ。海峡を渡って来る連絡船が、大ぎい宿屋みたいにたく弟と並んで寝ころびながら、螢の青い火よりもみよのほの さんの部屋部屋へ黄色いあかりをともして、ゆらゆらと水じろい姿をよけいに感じていた。浪花節は面白かったろう か、と私はすこし固くなって聞いた。私はそれまで、女中 平線から浮んで出た。 これだけは弗にもかくしていた。私がそのとしの夏休みには用事以外のロを決してきかなかったのである。みよは しいえ、と言った。私はふきだした。弟 に故郷へ帰ったら、浴衣に赤い帯をしめたあたらしい小柄静かな口調で、 な小間使が、乱暴な動作で私の洋服を脱がせて呉れたのは、蚊帳の裾に吸いついている一匹の螢を団扇でばさばさ 追いたてながら黙っていた。私はなにやらエ合がわるかっ だ。みよと言った。 私は寝しなに煙草を一本こっそりふかして、小説の書ぎた そのころから私はみよを意識しだした。赤い糸と言え 出しなどを考える癖があったが、みよはいつの間にかそれ ば、みよのすがたが胸に浮んだ。 を知って了って、ある晩私の床をのべてから枕元へ、きち んと煙草盆を置いたのである。私はその次の朝、部屋を掃 章 除しに来たみよへ、煙草はかくれてのんでいるのだから煙 四年生になってから、私の部屋へは毎日のようにふたり と言いつけた。みよは、は 草盆なんか置いてはいけない、 ふどうしゆするめ あ、と言ってふくれたようにしていた。同じ休暇中のことの生徒が遊びに来た。私は葡萄酒と鯣をふるまった。そう だったが、まちに浪花節の興行物が来たとき、私のうちでして彼等に多くの出鱈目を教えたのである。炭のおこしか は、使っている人たち全部を芝居小屋へ聞きにやった。私とたに就いて一冊の書物が出ているとか、「けだものの機械」 弟も行けと言われたが、私たちは田舎の興行物を樊迦にしという或る新進作家の著書に私がべたべたと機械油を塗っ て、わざと螢をとりに田圃へ出かけたのである。隣村の森て置いて、こうして発売されているのだが、珍らしい装幀 出ちかくまで行ったが、あんまり夜露がひどかったので、二でないかとか、「美貌の友」という翻訳本のところどころ 十そこそこを、籠にためただけでうちへ帰った。浪花節へカットされて、その・フランクになっている箇所へ、私のこ しらえたひどい文章を、知っている印刷屋へ秘密にたのん 行っていた人たちもそろそろ帰って来た。みよに床をひか 思 せ、蚊帳をつらせてから、私たちは電燈を消してその螢をで刷りいれてもらって、これは奇書だとか、そんなことを 蚊帳のなかへ放した。螢は蚊帳のあちこちをすっすっと飛言って友人たちを驚かせたものであった。 みよの思い出も次第にうすれていたし、そのうえに私 んだ。みよも暫く蚊帳のそとに佇んで螢を見ていた。私は

3. 現代日本の文学 31 太宰治集

負のつかぬうちに、よそうや、よそう、と言 0 て、外に出晴れ。東から弱い風がそよそよ吹いている。もう、東京 てしまった。そばやヘはいって、ぬるい天ぶらそばを食べへ帰りたくなった。九十九里も、少しあきて来た。朝ごは んを食べて、それからすぐに二人で砂浜へ出てゴルフを始 ながら、 めたが、最初の時ほど面白くなかった。興が乗らない。ゴ 「どうしたんだろう、今夜は。意志と行動が全く離れてい るみたいだ。僕の頭が、変になっているのかしら。」と僕ルフの最中に、別荘の隣りに住んでいる生田繁夫という十 八になる中学生が、「こんにちは」と言ってやって来て、 が言ったら、兄さんは、 こちらが、「こんにちは」と挨拶を返したらすぐに、「この 「なにせ、進が大学生になったというところあたりから、 きようは、あやしい日だという気がしていたよ。」と、に代数の問題を解いて下さい。」と言ってノオト・フックを僕 の鼻先に突きつけた。ずいぶん失敬だと思った。この人と やにや笑って言った。 は、小さい時分、よく一緒に遊んだものだが、それにして 「あ、いけねえー」僕は図星をさされたような気がした。 きようの怪奇の原因は、片貝の町よりも、やつばり僕がも、久し振りで逢って挨拶のすむかすまぬかのうちに、 少しの・ほせているところにあ 0 たのかも知れない。それに「この問題を解いて下さい」は、ずいぶん失敬な事だと思 う。なにか僕たちに敵意でも抱いているのではないかとさ しても、兄さんまで、僕と同じ様に、足が地につかない感 じだなんて言って賛成するのは、おかしい。兄さんも僕とえ疑われた。皮膚も見違えるほど黒くなって、もうすっか り、浜の青年になっている。 同じ様に、うれしく、ぼっとしてしまったのかしら。ばか 「出来そうもないなあ。」と僕は、ノオト・フックの問題を、 な兄さんだなあ。これくらいの事で、そんなに興奮して。 いまに、もっともっと喜ばせてあげよう。きようは一ろくに見もせずに言ったら、 日、夢を見ているような気持だったが、夢だったら、さめ「だって、あんたは大学へはいったんでしよう ? 」と詰め 寄る。まるで喧嘩口調だ、僕は、とてもいやな気がした。 笑ないでおくれ。波の音が耳について、なかなか眠れない。 「どこからお聞きになったのですか ? 」と兄さんは、おだ とでも、もうこれで、将来の途が、一すじ、はっきりついた やかに尋ねた。 義感じだ。神さまにお礼を言おう。 「きのう電報が来たそうじゃないですか。」と繁夫さんは 意気込んで言う。「川越のおばさんから聞きましたよ。」 うなず 「ああ、そうですか。」兄さんは首 ~ 月いて、「やっとはいっ 四月七日。金曜日。 ずし

4. 現代日本の文学 31 太宰治集

かます 白ハイ循を うのは不思議なくらいです。太郎は大きいあくびを た。濁った眼をぼんやりあけて、何事ですか、と三郎に尋 ら、のろのろ答えた。おれは酒が好きだから呑むのだよ。 そんなに人の顔を見るなよ。そう言って手拭いで頬被りしねた。三郎はおのれの有頂天に気づいて恥かしく思った。 た。次郎兵衛は卓をとんとたたいて卓のうえにさしわたし有頂天こそ嘘の結晶だ、ひかえようと無理につとめたけれ 三寸くらい深さ一寸くらいのく・ほみをこしらえてから答えど、酔いがそうさせなかった。三郎のなまなかの抑制心が た。そうだ。縁と言えば縁じゃ。おれはいま牢屋から出てかえって彼自身にはねかえって来て、もうはややけくそに なり、どうにでもなれと口から出まかせの大嘘を吐いた。 来たばかりだよ。三郎は尋ねた。どうして牢屋へはいった のです。それは、こうじゃ。次郎兵衛は奥のしれぬような私たちは芸術家だ。そういう嘘を言ってしま 0 てから、 ばそ・ほそ声でおのれの半生を語りだした。語り終えてからよいよ叝に熱が加わって来たのであった。私たち三人は兄 涙を一滴、杯の酒のなかに落してぐっと呑みほした。三郎弟だ。きようここで逢ったからには、死ぬるとも離れるで まこきっと私たちの天下が来るのだ。私は芸術家 はそれを聞いてしばらく考えごとをしてから、なんだか兄ない。い冫 だ。仙術太郎氏の半生と喧嘩次郎兵衛氏の半生とそれから 者人のような気がすると前置きをして、それから自身の半 生を、嘘にならないように嘘にならないように気にしいし僣越ながら私の半生と三つの生きかたの模範を世人に書い い一節ずつロ切って語りだしたのである。それをしばらくて送ってやろう。かまうものか。嘘の三郎の嘘の火烙はこ 聞いているうちに次郎兵衛は、おれにはどうも判らんじのへんからその極点に達した。私たちは芸術家だ。王侯と いえども恐れない。金銭もまたわれらに於いて木葉の如く や、と言ってうとうと居眠りをはじめた。けれども太郎 は、それまでは退屈そうにあくびばかりしていたのを、や軽し がて細い眼をはっきりひらいて聞き耳をたてはじめたので クある。話が終ったとぎ、太郎は頬被りをたいぎそうにとっ ネて、三郎さんとか言ったが、あなたの気持ちはよく判る。 マ おれは太郎と言って津軽のもんです。二年まえからこうし て江戸へ出てぶらぶらしています。聞いて下さるか、とや はり眠たそうな口調で自分のいままでの経歴をこまごまと 語って聞せた。だしぬけに三郎は叫んだ。判ります、判り

5. 現代日本の文学 31 太宰治集

ってすぐ近くの桃の湯に、みんなで、からだを洗いに行っども現実は、なかなかそんなにうまく行かないからなあ、 た。脱衣場で、梶が突然、卑猥な事を言った。しかも、僕というような意味らしい。 梶だって、ずいぶん堂々たる体 の肉体に就いて言ったのである。それは、どうしても書き格をしているが、全く惜しいものだ。あの健全な体格に、 」 0 たくない言葉だ。僕は、まつばだかのままで、梶の前に立明朗な精神が宿ったならば ! った。 夜、ヘレン・ケラー女史のラジオ放送を聞いた。梶に聞 「君は、スポーツマンか ? 」と僕が言った。 かせてやりたかった。めくら、おし、そんな絶望的な不健 全の肉体を持っていながら、努力に依って、ロもきけるよ 誰かが、よせよせと言った。 うになったし、秘書の言う事を聞きとれるようにもなった 梶は脱ぎかけたシャツをまた着直して、 「やる気か、おい。」と顎をしやくって、白い歯を出してし、著述も出来るようになって、ついには博士号を獲得し 笑った。 たのだ。僕たちは、この婦人に無限の尊敬をはらうのが本 当であろう。ラジオの放送を聞いていたら、時折、聴衆の その顔を、びしゃんと殴ってやった。 「スポーツマンだったら、恥ずかしく思えー」と言ってや怒濤の如き拍手が聞えて来て、その聴衆の感激が、じかに 僕の胸を打ち、僕は涙ぐんでしまった。ケラー女史の作品 も、少し読んでみた。宗教的な詩が多かった。信仰が、女 梶は、どんと床板を蹴って、 史を更生させたのかも知れない。信仰のカの強さを、つく 「チキショッー」と言って泣き出した。 づく感じた。宗教とは奇蹟を信じる力だ。合理主義者に 実に案外であった。意気地の無い奴なんだ。僕は、さっ は、宗教がわからない。宗教とは不合理を信じる力であ さと流し場へ行って、からだを洗った。 まつばだかで喧嘩をするなんて、あまりほめた事ではなる。不合理なるが故に、「信仰」の特殊的な力、ーー・ああ、 いけねえ、わからなくなって来た。もう一遍、兄さんに聞 い。もうスポーツが、いやになった。健全な肉体に健全な ことわざ 精神が宿るという諺があるけれど、あれには、ギリシャ原いてみよう。 あすは火曜日。いやだ、いやだ。男子が敷居をまたいで 文では、健全な肉体に健全な精神が宿ったならばー う願望と歎息の意味が含まれているのだそうだ。兄さんが外へ出ると敵七人、というが、全くそのとおりだ。油断も いっかそう言っていた。健全な肉体に、健全な精神が宿つなにも、あったもんじゃない。学校へ行くのは、敵百人の ていたならば、それは、どんなに見事なものだろう、けれ中へ乗り込んで行くのと変らぬ。人には負けたくないし、 っこ 0

6. 現代日本の文学 31 太宰治集

ている感じだ。僕には、どうしても物足りない。僕はもずに尋ねた。 「いらっしゃいますわよ。」たしなみの無い口調である。 う、きようからは、甘い憧憬家ではないのだ。へんな言い 」と言いかけたら、女は噴 「重大な要件で、お目に、 かただけど、僕はプロフェショナルに生きたいー 斎藤氏のところへ行こうと決意した。きようは、どうあき出し、両手でロを押さえて、顔を真赤にして笑いむせん っても、僕の覚悟のほどを、よく聞いてもらわなければなだ。僕は不愉快でたまらなかった。僕はもう、以前のよう らぬ、と思った。そう決意した時、僕のからだは、ぬくぬな子供ではないのだ。 くと神の恩寵に包まれたような気がした。人間のみじめ「何が可笑しいのです。」と静かな口調で言って、「僕は、 さ、自分の醜さに絶望せず、「ルて汝の手に堪うる事はカぜひとも先生にお目にかかりたいのです。」 。しはい。」と、うなずいて笑いころげるようにして をつくしてこれを為せ。」 努めなければならぬ。十字架から、のがれようとしてい奥へひっこんだ。僕の顔に何か墨でもついているのであろ るのではない。自分の醜いしつ・ほをごまかさず、これを引 うか。失敬な女性である。 きずって、歩一歩よろめきながら坂路をの・ほるのだ。この しばらく経って、こんどはやや神妙な顔をして出て来 坂路の果にあるものは、十字架か、天国か、それは知らなて、お気の毒ですけれども、先生は少し風邪の気味で、き い。かならず十字架ときめてしまうのは、神を知らぬ人のようはどなたにも面会できないそうです、御用があるな みこころ たま 言葉だ。ただ、「御意のままになし給え。」 ら、この紙にちょっと書いて下さいまし、そう言って便箋 と万年筆を差し出したのである。僕は、がっかりした。老 たいへんな決意で、芝の斎藤氏邸に出かけて行ったが、 にがて どうも斎藤氏邸は苦手だ。門をくぐらぬさきから、妙な威大家というものは、ずいぶんわがままなものだと思った。 ごう とりで 圧を感ずる。ダビデの砦はかくもあろうか、と思わせる。生活力が強い、とでもいうのか、とにかく業の深い人だと 笑・ヘルを押す。出て来たのは、れいの女性だ。やはり、兄思った。 とさんの推定どおり、秘書兼女中とでもいったところらし あきらめて玄関の式台に腰をおろし、便箋にちょっと書 義 正 「おや、いらっしゃい。」相変らず、なれなれしい。僕を、 「座に受けて合格しました。試験は、とてもいい加減な なめ切っている。 ものでした。一事は万事です。きようの午後六時に座の 「先生は ? 」こんな女には用は無い。僕は、にこりともせ研究所へ来い、という通知を、きのうもらいましたが、行

7. 現代日本の文学 31 太宰治集

お礼を言おうと思ったが、言葉が出ず、黙って将校のぎ地下足袋をはいて、毎日のように畑に出て、胸の奥のひ 顔を見上げ、二人の眼が合った時、私の眼からぼろぼろ涙そかな不安や焦躁をまぎらしているのだけれども、お母さ まは、この頃、目立って日に日にお弱りになっていらっし が出た。すると、その将校の眼にもきらりと涙が光った。 そのまま黙っておわかれしたが、その若い将校は、それやるように見える。 つきりいちども、私たちの働いているところに顔を見せ蛇の卵。 火事。 ず、私は、あの日こ、 冫たった一日遊ぶ事が出来ただけで、 それからは、やはり一日置きに立川の山で、苦しい作業をあの頃から、どうもお母さまは、めつぎり御病人くさく した。お母さまは、私のからだを、しきりに心配して下さおなりになった。そうして私のほうでは、その反対に、だ ったが、私はかえって丈夫になり、 いまではヨイトマケ商んだん粗野な下品な女になって行くような気もする。なん だかどうも私が、お母さまからどんどん生気を吸いとって 売にもひそかに自信を持っているし、また、畑仕事にも、 べつに苦痛を感じない女になった。 太って行くような心地がしてならない 戦争の事は、語るのも聞くのもいや、などと言いなが火事の時だって、お母さまは、燃やすための薪だもの、 ら、つい自分の「貴重なる体験談」など語ってしまったと御冗談を言って、それつきり火事のことに就いては一言 、刀 しかし、私の戦争の追憶の中で、少しでも語りたいともおっしやらず、かえって私をいたわるようにしていらし こが、しかし、内心お母さまの受けられたショックは、私 思うのは、ざっとこれくらいの事で、あとはもう、いっか の十倍も強かったのに違いない。あの火事があってから、 のあの詩のように、 うめ お母さまは、夜中に時たま呻かれる事があるし、また、風 昨年は、何も無かった。 の強い夜などは、お手洗いにおいでになる振りをして、深夜 一昨年は、何も無かった。 いくどもお床から脱けて家中をお見廻りになるのである。 その前のとしも、何も無かった。 とでも言いたいくらいで、ただ、ばかばかしく、わが身そうしてお顔色はいつも冴えず、お歩きになるのさえやっ とのように見える日もある。畑も手伝いたいと、前にはお に残っているものは、この地下足袋いっそく、というはか なさである。 っしやっていたが、いちど私が、およしなさいと申し上げ 地下足袋の事から、ついむだ話をはじめて脱線しちゃっ たのに、井戸から大きい手桶で畑に水を五、六ばいお運び になり、翌日、いきの出来ないくらいに肩がこる、とおっ たけれど、私は、この、戦争の唯一の記念品とでもいうべ

8. 現代日本の文学 31 太宰治集

を聞いて、やたらに姉さんの様子を知りたがり、何かとうを持っているようでは、とても日本一の俳優にはなれやし るさく問い掛けるのであるが、僕は、教えるのが、なんだ このごろ、さつばり勉強もしていないようじゃない か惜しくて、要領を得ないような事ばかり言って、あとでか。兄さんには、なんでもよくわかっているんだぜ。」 兄さんからお聞きなさいよ、僕には、よくわからないんだ「兄さんだって、ちっとも勉強してないじゃないか。毎 もの、とごまかして、お母さんの部屋から逃げだしてしま日、お酒ばかり飲んで。」 っこ 0 「生意気言うな、生意気を。鈴岡さんにすまないと思うか 十一時ごろ、兄さんは、ひどく酔っぱらって帰って来ら、 た。僕は、兄さんの部屋へついて行って、 「だから、鈴岡さんをよろこばせてあげたらいいじゃない 「兄さん、お水を持って来てあげようか。」 か。姉さんは、鈴岡さんを、ちっともきらいじゃないんだ 「要らねえよ。」 とさ。」 「兄さん、ネクタイをほどいてあげようか。」 「お前には、そう言うんだよ。進も、とうとう買収された 「要らねえよ。」 「兄さん、ズボンを押してあげようか。」 「カステラなんかで買収されてたまるもんか。チョッ・ヒ 「うるせえな。早く寝ろ。風邪は、もういいのか。」 いや、叔母さんがいけないんだよ。叔母さんが、けし 「風邪なんて、忘れちゃったよ。僕は、きよう目黒へ行っ かけたんだ。財産を知らせないとか何とか下品な事を言っ て来たんだよ。」 ていた・せ。でも、そいつは重大じゃないんだ。本当は、僕 「学校を、さ・ほったな。」 たちが、いけなかったんだ。」 「学校の帰りに寄って来たんだよ。姉さんがね、兄さんに「なぜだ。どこがいけないんだ。僕は、失敬して寝るぜ。」 笑よろしくって言ってた・せ。」 兄さんは、寝巻に着換えて、蒲団へもぐり込んでしまっ と「聞く耳は持たん、と言ってやれ。進も、いい加減に、あた。僕は部屋を暗くして、電気スタンドをつけてやった。 「兄さん。姉さんが泣いていた・せ。兄さんが、毎晩そとへ 正の姉さんをあきらめたほうがいいぜ。よその人だ。」 「姉さんは、僕たちの事を、とても思っているんだねえ。 出てお酒を飲んで夜おそくまで帰って来ないと言ったら、 ほろりとしちゃった。」 姉さんは、めそめそ泣いたぜ。」 「何を言ってやがる。早く寝ろ。そんなつまらぬ事に関心「そりゃあ泣くわけだ。自分でわがままを言って、みんなを

9. 現代日本の文学 31 太宰治集

たぬきは、ロ髭を片手でおさえてクスクス笑った。実家へ帰ってからも何も勉強しなかった。長い詩を一つ作 った。その詩の大意は、自分は、今、くらい、どん底を這 に、いやだった。 とこかわか いまわっている。けれども絶望はしていない。・ 「しかし、みんなも、」とたぬきは改まった顔つきをして、 みんなを見渡し、「四年から受けるならば、ちょっと受けらぬところから、・ほんやり光が射して来ている。けれど てみましようなんて、ひやかしの気分からでなく、必ず合も、その光は、なんであるか自分にはわからない。光を、 格しようという覚悟をきめて受けなくてはいかん。ふらつぼんやり自分の掌に受けていながらも、その光の意味を解 いた気持で受けて、落ちると、もう落ちる癖がついて、五く事が出来ない。自分はただ、あせるばかりだ。不思議な 年になってから受けても、もうだめになっている場合が多光よ、というような事を書いたのである。いっか、兄さん よくよく慎重に考えて、決定するように。」と、まるに見てもらおうと思っている。兄さんは、いいなあ。才能 つきり僕の全存在を、黙殺しているような言いかただ があるんだから。兄さんの説に依れば、才能というもの は、或るものに異常な興味を持って夢中でとりかかる時に 僕はたぬきを殺してやろうかと思った。こんな失敬な教現出される、とか、なんだか、そんな事だったが、僕のよ 師のいる学校なんて、火事で焼けてしまえばよいと思っうにこんなに毎日、憎んだり怒ったり泣いたりして、むや た。僕はもう、なんとしても、四年から他の学校に行ってみに夢中になりすぎるのも、ただ減茶滅茶なばかりで、才 しまうのだ。五年なんかに残るものか。こっちのからだが能現出の動機にはなるまい。かえって、無能者のしるしか 腐ってしまう。僕は語学に較べて数学の成績があまりよくも知れぬ。ああ、誰かはっきり、僕を規定してくれまい なかったけれど、でも、だから、それだから、毎日毎晩、か。馬鹿か利巧か、嘘つきか。天使か、悪魔か、俗物か。 勉強していたのだ。ああ、一高へはいって、たぬきの腹を殉教者たらんか、学者たらんか、または大芸術家たらん でんぐり返してやりたいのだが、だめかも知れない。なんか。自殺か。本当に、死にたい気持にもなって来る。お父 さんがいないという事が、今夜ほど、痛切に実感せられた だか、勉強もいやになった。 と つもは、きれいに忘れているのだけれども、 義学校の帰り、武蔵野館に寄って、「罪と罰」を見て来た。事がない。い 伴奏の音楽が、とてもよかった。眼をつぶって、音楽だけ不思議だ。「父」というものは、なんだか非常に大きくて、 あたたかいものだ。キリストが、その悲しみの極まりし を聞いていたら、涙がにじみ出て来た。僕は、堕落したい 時、「ア・ハ、父よ ! 」と大声で呼んだ気持もわかるような と思った。 こ 0

10. 現代日本の文学 31 太宰治集

67 思い出 で、私の顔色をよくする事をも計っていたのであったが、方、私は運動にとりかかる前に、先ずぎのうの墓標へお参 しゅうう それほど労働してさえ私の顔色はよくならなかったのでありしたら、朝の驟雨で亡魂の文字はその近親の誰をも泣か る。 せぬうちに跡かたもなく洗いさらわれて、蓮華の白い葉も 中学校にはいるようになってから、私はスポオッに依っところどころ破れていた。 ていい顔色を得ようと思いたって、暑いじぶんには、学校私はそんな事をして遊んでいたのであったが、走る事も の帰りしなに必ず海へはいって泳いだ。私は胸泳といって大変巧くなったのである。両脚の筋肉もくりくりと丸くふ くれて来た。けれども顔色は、やつばりよくならなかった 雨蛙のように両脚をひらいて泳ぐ方法を好んだ。頭を水か ら真直ぐに出して泳ぐのだから、波の起伏のこまかい縞目のだ。黒い表皮の氏には、濁った蒼い色が気持悪くよどん も、岸の青葉も、流れる雲も、みんな泳ぎながらに眺めらでいた。 れるのだ。私は亀のように頭をすっとできるだけ高くのば 私は顔に興味を持っていたのである。読書にあきると手 して泳いだ。すこしでも顔を太陽に近寄せて、早く日焼が鏡をとり出し、微笑んだり眉をひそめたり頬杖ついて思案 したいからであった。 にくれたりして、その表情をあかず眺めた。私は必ずひと また、私のいたうちの裏がひろい墓地だったので、私はを笑わせることの出来る表情を会得した。目を細くして鼻 そこへ百米の直線コオスを作り、ひとりでまじめに走っを皺め、ロを小さく尖らすと、児熊のようで可愛かったの た。その墓地はたかいポプラの繁みで囲まれていて、はしである。私は不満なときや当惑したときにその顔をした。 り疲れると私はそこの卒堵婆の文字などを読み読みしなが私のすぐの姉はそのじぶん、まちの県立病院の内科へ入院 げつせんたんてい さんがいゆいいっしん らぶらついた。月穿潭底とか、三界唯一心とかの句をいましていたが、私は姉を見舞いに行ってその顔をして見せる ぜに・こけ と、姉は腹をおさえて寝台の上をころげ廻った。姉はうち でも忘れずにいる。ある日私は、銭苔のいつばい生えてい る黒くしめった墓石に、寂性清寥居士という名前を見つけから連れて来た中年の女中とふたりきりで病院に暮してい たものだから、ずいぶん淋しがって、病院の長い廊下をの てかなり心を騒がせ、その墓のまえに新しく飾られてあっ うじむし た紙の蓮華の白い葉に、おれはいま土のしたで蛆虫とあそしのし歩いて来る私の足音を聞くと、もうはしゃいでい んでいる、と或る仏蘭西の詩人から暗示された言葉を、泥た。私の足音は並はずれて高いのだ。私が若し一週間でも を含ませた私の人指ゅびでもって、さも幽霊が記したかの姉のところを訪れないと、姉は女中を使って私を迎えによ ようにほそぼそとなすり書いて置いた。そのあくる日のタこした。私が行かないと、姉の熱は不思議にあがって容態