とではたいてから、壊れかかっている椅子に掛けた。 彼の制服の伊達な高い襟のまわりには、う 0 すらと雲 落ちつくと少年はすぐ喋り出した。 が散っていた。暗い光線が桜の金の襟章を光らせ、人より 「僕、ゆうべ色のついた夢を見ましたよ。きよう家へかえも高い大きな鼻を誇張してうかばせていた。すこし大きす ってから、さんに手紙で書こうと思っていたんです。 ( 少ぎるだけで形は秀麗な鼻であるのに、その鼻がいかにも困 年は色のついた夢を見ることを、詩人の特権と考えて得意惑の表情をうか・ヘていた。悩みがそのところに結晶してい であった。 ) : : : 赤土の丘みたいなところなんです。そのるような感じを、少年は受けた。 じようぎ 赤土がとっても鮮明な色で、夕日が真赤にさしていて、な 机の上には、埃にまみれて古い校正刷だの定規だの芯の お土の色が目立つんです。そうすると右のほうから、人が欠けた赤鉛筆だの校友会雑誌の合本だの書きかけの原稿用 長い鎖を引いて現われたんです。鎖の先には、人間より四紙だのが載っていた。少年はこの文学的乱雑を愛してい くじゃく 五倍巨きい孔雀がついていて、孔雀が羽根を畳んで、目の た。は手をのばして、ものうげに片付物をするように、 前をゆっくり牽かれてゆくんです。その孔雀の色が鮮明なその古い校正刷に手をのばした。すると彼の白い繊細な手 緑なの。全身緑で、緑がまたきらきら光っていてとてもきの指先は、たちまち鼠いろの埃に染まった。少年はくすり れいだった。僕は孔雀が遠くへ牽かれて行って、見えなくと笑った。しかしは笑わずに舌打ちをして、手をはたき なるまで、じっと見ていたんだ。 : : : すごい夢でしたよ。 ながら、言った。 僕の色つきの夢は、必ず鮮明すぎるくらい鮮明な色なんで「実は僕、きよう君に話したいことがあったんだ」 す。フロイドの夢判断だと、緑いろの孔雀ってどんな意味「何ですか」 「実は僕」ーー・・・は言い渋ってから、ロ早に言ってのけ なんでしようね」 た。「とても悩んでいるんだ。とてもやりきれない目に会 「うん」 ってるんだ」 は麟判な返事をした。 はいつもとちがっていた。顔色のわるいのは常からそ「恋愛してるんですか」 かわ うだったが、静かな熱を帯びた声で話し、渝らぬ熱烈な反と少年は冷静にたずねた。 「うん」 応で少年の言葉にこたえるいつもの態度はみられなかっ た。明らかに不本意に、少年の独り語りをきいていた。い それからは自分の今の境涯を話した。彼は若い人妻と やきいていなかった。 愛し合い、それを父に気付かれて、仲を割かれたのであ おお わく こん
110 を、しよっちゅう考えているー』 その晩、食事のあとで、ストーヴのそばにいる昇のとこ ろへ、無電係がにやにやしながら電話を告げに来た。みん たまたま雪の絶え間に青空がのぞかれたので、昇たちはなは遠慮なしについて来て、無電室の電話にかかる昇のま また奥野川の流量を測りに行った。流量はやや衰えていたわりで聴耳を立てた。 が、凍ってはいなかった。薄ら氷が川岸から流心にむかつ「城所さんですか」 もろ と交換手の春江は言った。 て、脆い刃先をさしのべているだけであった。 仕事がすむと彼は一人でスキーを駆って上流のほうへ走春江の声をきくために、昇の受話器へ耳を近づけた一人 は、春江が何の愛想もなく、 った。例の小滝を見に行ったのである。 雪のなめらかな起伏は川岸へ向って傾き、垂れた枝々は「一寸お待ち下さい」 長い影を延ばしていた。小滝がどこにあったか、彼は目標と言って引込むのをきいて、のこりの一同に首を振って を見失って、しばらくさまよった。福島県の山の切り込んみせた。 女の声は変った。そしてこう言った。 だ稜線が、彼にその在処を知らせた。 ぶな 川にさしのべられた太い撫の枝に手を支えて、青年は久「城所さん ? あたくし、顕子」 しく見ない対岸の小滝を眺めた。滝は氷っていた。それは昇は耳を疑ったが、すぐ交換手が声を変えて、悪戯をし つらら ているのだろうと考えた。彼はっとめて平静な声で応じ 半ば雪に包まれ、からみ合った鋭い氷柱になって動かなか きら った。氷柱は細く錯雑していて、奥のほうに透明な氷の煌た。 めきを隠していた。折からの西日をうけ、小滝は大そう繊「一体どうしたんです」 「町まで来たの。どうしてもお声を聴きたかったから。 細にかがやいた。 うちの : ・ : ・ ( 彼女は『主人』と言おうとしたが、周囲を糴 どこかで雪の落ちる音がした。 よど こだま って、言い澱んだらしかった ) ・ ・ : めずらしく九州へ一一三 音は周囲の山々に谺した。 そのとき昇は、顕子が呼んでいるように感じたのであ日行ったの。それでその留守に : : : 」 る。彼はスキーの向きをかえると、宿舎のほうへいそぐ同声は急に衰えて間遠になった。顕子にちがいなかった。 僚のあとを追った。 昇は声高に、もしもし、と呼んだが、この「もしもし」に は、周囲の技師たちがおどろいたような強い裸かの感情が りようせん ありか ちょっと
未知の人間的能力を自覚する一種の自己発見でなければな学時代の恥かしい思い出を打明けたが、母親の決して深み らなかった。 へは落ちなかった軽い恋愛に、彼は気も狂わんばかりの嫉 あの幸福な予定調和を失い、人間主義の下における使命妬をしたのである。 感と分業の意識を失った技術は、孤独になりながらも、今それは父の同郷の後輩で、よく家へ遊びに来たり、田代 日ではエヴェレスト征服にも似たこうした人間的な意味をの宿題を手つだってくれたりする私大の学生であった。は もつようになった。つまり瀬山のいうように、一定の機構じめ田代は、この学生を、何とはなしに虫の好かぬ奴だと の下におしこめられた技術に、ひょわな技術者的良心が追思った。そのうちにその感情はだんだん強くなり、学生の一 随してゆくのではなく、それとは逆に、人間的能力の発見挙手一投足が気に喰わないものになった。笑い方はたえが むしす の要請が先にあって、技術がそれに追随してゆくべきなの たいほど不潔に見え、ちょっと口ずさんだりする歌は虫酢 だ。それが瀬山の目には、空虚な理想主義と映るにすぎなが走り、学帽をかぶるときに、裏側から拳で軽く突き上げ ておいて、頭にのせる癖までが、卑しい不快な癖に思われ 盲目になれる才能、 : : : 内に発見するためには盲目にな た。田代はあるとき、学生がよく口吟むその歌を、行きず らなければならない。昇は「集中の才能」と云おうとしりのレコード屋できいて、 いい曲だと思った。それが学生 て、そう云ったのであった。彼はしかし見るだけの人間のロを経るときに限って、どうしてそうも不快に聴かれる が、決して行為しないのを知っていた。 のかわからなかった。 ある晩、父母との夕食の最中に、田代は思いついてこう : こういう生活では、お互いに何の秘密もなくなるの言った。 が常で、佐藤は夢みたいな片思いの恋人のことを打明け、 「僕、大島さん、きらいだな。宿題見てもらうのもいやに 滝医師は許婚のあることを打明けた。田代はというと、母親なった。もう家へ来なくなるといいんだけどな」 るのことばかりを話したのである。 これをきいた父親は激怒した。庇護している同郷の後輩 さんじよく め 産褥熱で死んだ母親の写真を見たり噂にきいたりしてい に対する子供の非難を、自分の田舎に対する軽蔑と思った 沈 るだけの昇には、生きて動いている母親に対する田代のこものか、とにかく田代があとで考えてみると、親がわが子 7 まやかな感情がめずらしかった。田代は父親をきらってい にひがみをもっということもあるものである。 たが、母親については一から十まで褒めた。昇に田代は中「ばか、生意気を云うな。大島は秀才で、将来ある人間だ
一一人が県道づたいにやって来ると、むこうから兵隊婆あい罵声にこたえて俺が轢いたのは気違いだと意気揚々と言 と呼ばれている五十がらみの色きちがいが歩いて来た。兵 次兄は誠がいなくなったのにおどろいてあたりを見回す 隊と見れば呼びとめて、ありもしない息子の消息をきき、 ふらちびたい 相手が返答に困っていると、年甲斐もない不埒な媚態を示と、彼は死体のまわりに人垣をつくった兵隊にまじって、 すので、はじめて気違いとわかる寸法だった。いつもがら息絶えながらまだ動いている肉塊を、おそろしく冷静な、 くたを一杯詰めこんだ風呂敷包をぶらさげている彼女は、 まるで横柄にさえ見える顔つきでじっと見詰めていた。す みなり 小ぎれいな身装で、その上薄化粧をしていたが、紅はすここしも感情を動かさないでこんな身の毛のよだつものを見 ていられる自分を感じることが、快くもあったし、得意で しばかり唇の形からずれていた。 兵隊婆あは馬鹿丁寧な会釈をしてゆきすぎたので、兄弟もあったのである。 『こうして死ぬのだな。こうやって、指を赤ん坊のように は顔を見合せてくすりと笑った。そのときうしろからトラ もそもそ動かして : ・・ : 』 ックらしい地響と警笛がきこえた。 ふりかえって見ると、エ兵隊の兵隊を満載した軍用トラ誠は細大洩らさず観察して憶え込んだ。人間はどうやっ ばくしん ックが驀進して来るので、兄弟は道をよけた。兵隊婆あはて死ぬものかという知識を習得した。そのあいだの自分が そのまま歩いていたが、 トラックに乗っている兵隊に気が無感動でありえたことは、何かに忠実であり義務を果たし ついたのは、十メエトルのところへ来てからであったらしたという満足感を以て思い返された。誠の気分は大いに高 く、彼女は躊躇なく車の前へ跳び出して、「兵隊さあん」揚した。 次兄は彼の手を引張りにそばへ行くさえ薄気味わるい思 と呼んだ。 トラックは方向を変える暇もなかったので、冷静な様子いがしたが、やっとのことで、連れ戻して県道を歩き出す で彼女を轢いてのち、同じ方向のまま止った。しかしこのと、県道をもつれながら横断してゆく紋白蝶を見てすこし 急停車のおかげで、乗っていた兵隊は、乱雑に薙ぎ倒され心が安まったので、こんな風に末弟に質問した。 」 0 「よくお前は平気であんなものを見ていられるね」 運転台から蒼白な表情の若い兵隊が降りて来た。そして誠は快活に兄を見上げて言った。 兄弟を呼びとめて、身内のものかと訊いた。次兄の返事を「だって人間ってどんな風にして死ぬものか知りたかった きくと、連転手の兵隊は急に元気になり、車上のさわがしんです」
昇は急に椅子を立って、食堂を出た。 「へえ、どうすりゃあいいんです」 なぐ はむか 昇の腕が伸びて、瀬山の頬を擲った。瀬山は抗おうとし 瀬山はまだ蒲団も畳まずに、片手に箸箱を、片手に煙草たが、両手に箸と火のついた煙草をもっていたので、それ を持ってうろうろしていた。昇が入ってゆくと、顔を見ずを捨て迷うあいだに、今度は顎をなぐられた。彼は具合よ に、 く夜具の上へ仰向けに倒れたが、昇を、別に憎悪もなく他 「ああ丁度よかった。私も今朝飯に行くところだった」 人を見るような目でちらと見ると、それから手の煙草を、 と意味のないことを言った。妻帯者の蒲団の乱れはうそいざりながら机の上の灰皿に捨てた。そのごくゆったりし 寒く、他の若い技師たちの朝の部屋の清潔な乱雑さとは心た体のひねり方には、自ら屈辱をたのしむようなものがあ なしかちがっていた。瀬山は足の指で、畳の上のタオルをつた。 あぐら ふすま つまみあげて、それを長押の釘にかけた。 昇は一度坐ろうとして、うしろの襖をしめてから、胡床 黙って立っている昇の顔を、はじめて見た瀬山は顔色ををかいて坐った。曇り空の朝の部屋は暗かった。 変えた。灯はともしていなかったが、窓の雪明りが彼の顔「一服どうです」 に光沢のない白さを与えた。 と瀬山は新たに新生を一本さし出し、自分も口にくわえ 「何だね」と瀬山は事務室へものを訊きにきた新米をあした。断わるのを大人気ないと思った昇はうけとった。瀬山 らう語調で言った。生憎こんな芝居気は、昇には利目がなは燐寸の火を昇の煙草につけるのに、不必要に顔を近づけ っこ 0 ・カュ / た。煙の一ト固まりを吐き出してから、瀬山は言った。 「食糧が足りないんだが、どうしたんだ」 「気のすむようにしたらいいんですよ。今度は私の顔に、 「誰がそう言いました」 墨で髭でも描いてくれますか」 滝「炊事夫だ」 書生時代の瀬山の顔に、墨で八字髭を描いたという挿話 せつかく る 「ちょツ、鍋鶴め。俺が折角隠していてやったのに を思い出した昇は、拳の一撃の瞬間に、瀬山の記憶が昇と 沈あいつがごまかして、越冬前に近所の民家へ安く売ったんまるで別な方向へ走っていたのを知った。一度人の家の書 とっさ だよ。今になって皆に白状するというから、俺に委してお生をしたということが、十数年後まで咄嗟に記憶をゆすぶ けば何とかしてやる、と言っといたのに」 って、自分のうけた危害を意味づけるというこの心の動き 「君が何とかしたまえ」 は、昇にはまるでわからなかった。この男は一体、今もな すか
一夜あけて歩く街は、昇には何の喜びもなかった。町た。 の朝は何と新鮮だったことか。久々に銀座を歩いて、彼は洋品店を出ると、今度は映画へ行った。暗くなる。映画 この醜い雑多な街にどんな神秘が隠れていたのかと疑っがはじまる。女は昇の耳に口を寄せて、私の手を握ってい た。とある飾窓に、ヨーロツ。、 , の航空会社のポスターが飾てもいいと言った。昇は思うのだが、こうして顕子は、む られていた。そのスイスの山容は、雪に包まれていた帰路かしの冷たい気まぐれな不本意な女とちがって、熱心で、 の駒ケ嶽を思い出させた。 一本ちゃんと筋のとおった女になり、持ち前の氷のような 去年の秋にあいびきをした喫茶店に、顕子が立寄りたが媚態も技巧も忘れてしまった。一度沙漠からのがれたから ったので、二人はそこへ入って珈琲を飲んだ。昼日中の薄は、そのむこうにもまた沙漠のあることを知らない、処女 よりも無垢な女なのである。 暗い照明とその埃つぼさが、昇の心に越冬の宿舎をよみが えらせた。彼は自分の回顧的なことにおどろいて、それを映画の途中で昇は眠ってしまい、目がさめたときは終っ みんな寝不足の疲労のせいにしたが、顕子には疲労の色がていた。映画館の前で、明日の再会を約して別れたが、別 少しもなかった。 れたあとで女はまた思い返して、新橋まで送って来てほし 彼女は次には昇を洋品店へつれてゆき、純銀のシガレッ い、と一一 = ロった 0 ト・ケースの裏に、きのうの日付と、 Z ととを組み合せ薄暮に昇は宿へかえった。却って頭は苛立って、眠るわ た頭文字を彫るように注文した。顕子みずから、螢光燈をけには行かなかったので、田代のところへ電話をかけた。 つけた商品棚を机代りにして、うまく絡んだ花文字をデザ 田代の母が出て来て、電話ロで長い挨拶をする。代って インした。硝子に置いた一枚の紙の上で、彼女はよく尖ら出た田代は、受話器がかすかに鳴るような元気な声で、こ した鉛筆の芯を二度も折った。 う言った。 ちょっと 「あのね、きよう一寸会社へ行ってみたら、噂していたけ 滝それを見ると、昇は名状しがたい羞恥にかられて、店の る 外の人通りへ目を移した。ぞろぞろと歩いている人間の雑れど、瀬山さんは馘になるかもしれないんだって。越冬資 沈多な顔を、彼は漫然とした軽い嫌悪を以て見た。こんな嫌材の横流しのほかにも、留守のあいだに、いろいろと使い込 悪には或るさわやかさがあって、そういう感情自体は、まこみをしていたことが、ばれたらしいんだって : 引とに居心地がよかった。これはもとから昇に親しい、よ大した額じゃないらしいよ。どうせ大きなことのできる人 く習熟した感情で、再び身につけることは造作もなかつじゃないんだから」 ガラス
汽船の発着所は地頭田のトンネルの手前、田子港の南端加わったのか、自分の心がっかめなくなった。 にあって、そこまでは歩いてかなり時間がかかる。 それはもちろん全日本に出るためである。レギュラーと わざ 一同は円隆寺のむしあつい本堂に残された。 しての技をみがくためである。しかし、何事にも黙って、 あたり そよとの風もない。蝉の声が四周を圧している。 何事も認めるという役割は、本当は彼の役割ではなかっ 三十五人の部員たちは、あらかた裸で、ひろい本堂に思こ。 ナここにいるあいだ、彼はしらずしらず、次郎のあのは い思いの姿勢でくつろいでいる。多くは寝ころがり、或るりつめた目にのめり込み、彼の美しい微笑に搏たれた。そ くるまざ 者は窓に腰かけ、数人は車座をつくってトラン。フをしてい うしてすでに八日が経った。 る。一つの窓には青桐の葉が、強い光りを透かして覆いか 賀川は怒りにかられて、何か歌をうたおうと思った。し どうまごえ ぶさっている。 かし彼は歌らしい歌を知らなかった。そこで突然、胴間声 裸の背には汗がにじみ、そこかしこで団扇がものうげにでこう叫んだ。 動いている。若い肌は光りの微妙な差によって、いたると「おい、みんな、泳ぎに行こう」 ころに光沢のある肉の起伏を示し、それが一つながりの、 寝ころんでいた若者たちは、のろのろとをもたげた。 わだかま あら にう 蟠った大樹の露わな根のようだ。 しばらくこの賀川の提案は、みんなの暑さに呆けた頭に しゆみだん 奥の須弥壇は昼の闇に埋もれ、仏具や幡がかすかにきらはしみ込んで行かなかった。一人が急に目がさめたよう めいているが、みんなは木魚を叩いてみる悪戯にも飽きた。 に、反逆の勇気にかられて叫んだ。 それでいて、合宿のはじめのころの、ロをきく気力もな「賛成 ! おい、みんな行こう」 いほどの疲労に打ちひしがれているのではない。ただこう「キャ。フテンがいかんと言ったよ」 うつくっ して寝ころがって力を貯えながら、カの余った鬱屈したも「知ってるよ」 よど はす のが淀んでいる。 「知ってたら、行けない筈じゃないか」 賀川はその一隅で、板壁にもたれて、部員たちを眺めて 賀川はにやにやして言葉を挾んだ。 「今がチャンスだよ。俺に任せておけ。・ハレるようなへマ ちょっと 彼はこの合宿をここまで引きずってきた次郎の力を認めはしないよ。どうせ船は遅れるんだ。一寸でも水に入れ た。次郎の統率力と、細心な注意との、みごとな組合せをば、気が済むじゃないか。この浜じゃ誰も見ていやしな 重苦しい気持で認めた。賀川は何のためにこうして合宿に 、。帰ってきて、体を洗って、ケロリとしてりやそれです せみ うちわ おお
わたつみのみこと 右八代神社この奧に〃綿津見命〃が祭ってある 左神島燈台入口新治はこの燈台まで魚を届けに来た 紀行文が下手で、まあ下手なのはなにもこれに限った ことではないのだが、 しかも、あらかじめもう一度、〔眦 2 み直した「潮騒」を考えれば、ばくは、なにをさらに 神島について書けよ ) ) , ししのか、小説と事実はことなる だろうし、舞台が小説を生むわけでもないけれど、こ こに「歌島」として登場する島が、神島であることに ちがいなく、それは、島を訪れなくとも、小説中にあ だそく らわれたその描写以外に、つけ加えれば蛇足とわかる ような予感があり、、いなえてしまうのだ。い や、神島 に近づくにつれ、むしろ三島由紀夫に会いにいくよう な、緊張感が生じて、ウイスキーでもひっかけたいよ うな、むしろ、三島の手になる人工島へ上陸する如き、 昻ぶりをさえ覚える。 三島由紀夫との出会い ばくくらいの年齢の者にとって、三島由紀夫の名は、 しごく特別なものである。世代論をいい立てるわけで はないが、 物書きで現在あろうとなかろうと、三島の 名をきくと、びくっとするような面があるので、ばくの 場合をいえば、大体が小説を特に愛読する子供でもな 、敗戦前に春陽堂刊の明治大正文学全集には眼を通 さとみとん し、焼跡ほっつき歩いている時、その中の里見弴集と、
をついてやった、と昇は満足して思った。 そばを撰って歩いていたときとはことかわり、写真班の出 迎えに会 0 たような曁な態度をとるのを、あれは技師長 二十噸の石炭をはじめ、酒、米、乾燥野菜、種々の轣の真似だな、と思いながら、昇は可笑しく見た。瀬山は昇 物、罐詰などが、大方運び込まれた。十人の技師たちと、 と二人になるたびに、 一人の若い医師と、二人の炊事夫がすでに越冬を待つばか「なあに、現場は万事 ( ッタリですよ」 りになっており、調理場の娘たちは下流の村へ、三人の家と言うのが癖だったのである。 政婦は町へ帰って行った。例の恋文をよこした娘は、形 一同と別れの夕食をとって、すぐかえることになった瀬 見だと云って、昇に自分の小さな写真をくれたが、昇が何山は、食事のあいだもしきりに大見得を切った。 故形見かときくと、春に会うまでに嫁に行っているかもし「食糧も燃料も余分に余分にと用意しましたから、皆さん れないからと答えるのであった。 も心配はありませんよ。カロリイの点もね、よく研究しま 医師は無線技師にたのんで、何度も町へ打電させてい したから」 た。瀬山に委せてあった医薬品の一荷が、まだ届かないの食事がすむと、瀬山はわざわざ昇を伴って、人のいない で焦っていたのである。 部屋へ行った。 降りつづいた雨がやみ、大そう寒いが、よく晴れた日に 「ほんとうに体に気をつけて下さいね。あなたにもしもの なった。午ごろ町から電信があって、医薬品がみんな揃ことがあったら、私は大先生の霊に顔向けができません」 ったから、午後瀬山が届けると伝えた。それが届けば越冬「古風なことを言うな。僕は好きで残ったんだから、何が の準備は洩れなくととのい、瀬山は任を果たしたことにな起ったって、自業自得ですよ」 るのである。 「好きで残るなんて、ねえー何が気が知れないと云っ 滝午後になると、雲が増し、雲間を洩れる陽はわずかであて、こんな気の知れないことがあるもんですか。それもカ るった。暮れちかく、ききなれたランドローヴァーのエンジ メラでもほしいというならともかく、あなたはライカのパ めンの音が、すでに紅葉のあらかた散った落樊たる谷あいの リ。ハリのやつを持ってるんだし」 道からひびいてきた。 昇は笑って握手をした。瀬山の角ばった顔の、三角形を ここ一ト月のあいだに半ば現場の知識も身につけた瀬山した小さな目に、涙らしいものが光っているのに昇はおど が、一同に迎えられて車を下りるときに、東京で溝のすぐろいた。 ぶつ
だくあし のものが巣の中で生え始めると、除いてしまう。丁度かりかりしたる。反動は小刻みで激しくない。鉋足の反動は羊の毛皮で 真白なセロリーの茎は、人間が手掛けた結果出来たものであるよう 柔らげられて、汽車の座席の動揺と大差がない。 に、菌の玉は明かに蟻の園芸の技術的産物なのである。 珈琲の葉はつややかであった。今年の収穫の予想は大へ 珈琲の葉かげの土から、黒いものがむくむくと起 珈琲園の騎行 多羅間農園の五百町歩は主として珈琲園と牧場から成立き上って、ボア・タルジという。日灼けのした伯人の農夫 が、午寝をしていたのである。傍らの葉の上に、煙草の包 、刀 っている。門を入ると右側にフットボールのグラウンド・、 ある。この競技はプラジル人の生活から切り離すことがでみと燐寸の箱が載せてある。 頭に丸い壺をのせた女が、道を避けてボア・タルジとい きない。 グラウンドの一方には、ユーカリ樹の並木がある。そのう。亭主のところへ弁当を届けに行ったかえりである。 われわれは珈琲園をぬけると人通りのない赤土の道へ出 並木のもっている気高い感じは、わずかに北海道のポ。フラ たが、よく珈琲園内で道に迷って明け方まで出られなくな 並木が、これに比肩することができる。 るという話がある。この灌木の畑は単調で、見た目に変化 一方には・ハイネーラの並木がある。 前庭には孔雀椰子がある。鳳樹がある。孔雀椰子は房なの面白さを示すものがあるわけではない。 われわれはまた、とある珈琲の樹の根本に大きな蟻の巣 りに実った実を、柳のように幹の半ばから垂らしている。 木靴にする木の意味で、タマンケーロと呼ばれる樹があや、アルマジロの穴を見た。赤土の道ばたに、日本の石地 カッペイラ はこら る。果樹ア・ ( カチがある。マンガがある。十二月ごろマン蔵の祠のようなささやかな屋根をもった慰霊碑を見た。そ ガ・、強烈な匂いを放っ果実を枝にみのらすとき、けたたまれに開拓時代に土地や女の争いからここで殺された人の名 おうむ さえす しく囀りながらこれを襲う、鸚鵡の大群を見ることが珍らが彫られている。 慰霊碑は雨季の気まぐれな天気の日毎に、何度も雨を浴 杯しくない。庭は低い生垣で珈琲園に接している。 黒人の少年が二頭の白馬を前庭に曳き入れた。私はきのびたり日光を浴びたりする。ゆききのはげしい雲に翳った うヴィラサビノで見たのと同じ羊の毛皮が、その鞍上に敷り明るんだりする。今それはまともに午後の日を浴びてい ア る。その背後には白い瘤牛たちのゆるやかに移動している かれているのを見た。 われわれは麦藁帽子をかぶって、日ざかりの珈琲園のな牧場があり、雲が地平線上に夥しく湧いている。 かに馬を行った。・フラジルの馬は背が低くて小造りであ瘤牛自体が日本では珍らしいものであるが、ここには白 デラジル かげ