4 眼鏡で見ていたんですよ。昼間でね、日がかんかん当ってっとしていて、手を貸そうともしない。地面を這うように くっ いる。爺さんが縁側に這い出して来たんですよ。そして庭して縁側までたどりつくと、爺さんは沓ぬぎにうつ伏せに に下りて、納屋の方に歩いて行く。便所に行くのかな、となって、肩の動き具合から見ると、虫のようにしくしく、 思って見ていたら、そうでもないらしい。納屋の奥から苦長いこと泣いていましたよ。ほんとに長い間」 なわ 男は上半身を起した。 労して、踏台と繩を一本持ち出して来たんです。何をする さっ のかと思っていると、入口の所に踏台をおいて、それに登「先刻見えたでしよう。あれが、その繩なんですー けんお ろうというのです。処が身体が利かないもんだから、二三私は、ふっと此の男に嫌悪を感じていた。はっきりした たす ころ 度転げ落ちて地面にたおれたりしましてね。何とも言えず理由はなかった。少し意地悪いような口調で、私は訊ね あぶらあせ 不安になって、私は思わず双眼鏡持っている掌から、脂汗た。 「で、いやな気持がしたんだね」 がにじみ出て来ましたよ。そして終に踏台に登った。梁に 取りついて、繩をそれに結びつけ、あとの垂れた部分を輪「ー、ー残酷な、という気がしたんです。何が残酷か。爺さ にして、二三度ちょっと引張ってみて、その強さをためしんがそんな事をしなくてはならないのが残酷か。見ていた 子供が残酷か。そんな秘密の情景を、私がそっと双眼鏡で てみる風なんです」 見ているということが残酷なのか、よく判らないんです。 「ーーー首を吊る」 「いよいよこれで大丈夫だと思ったんでしようね。あたり私は、何だか歯ぎしりしながら見ていたような気がするん まうしろ をぐるっと見廻した。するとすぐ真後の六尺ばかり離れたです」 処に、影のように、あの男の子が立っているのです。黙り男は、首を上げて空を眺めた。太陽は、ぎらぎらと光り こくって、じっと爺さんがする事を眺めているんです。爺ながら、中空にあった。 さんがぎくっとしたのが、此処まではっきり判った位で「そうですかねえ。人間は、人が見ていると死ねないもの す。爺さんは、繩をしつかり握って、その振り返った姿勢ですかねえ。独りじゃないと、死んで行けないものですか のまま、じっと子供を眺めている。子供も、石のように動ねえ」 男は光をさえぎるために、片手をあげた。強い光線に射 かず、熱心に爺さんを見つめている。十分間位、睨み合っ たまま、じっとしているのです。その中、が「くりと爺さられて、男の顔は、まるで泣き笑いをしているように見え んは、踏台から地面にくずれ落ちた。男の子は、やはりじ ところからだ なが わか
386 「あんた、思慮分別がありすぎるんやもん」 ったら、生きられへんかったと思うん、や」 としき 武藤は、つらそうに吐息した。それから嘆くように云っ私は、やっと救われたように、自慢げに云った。 「そやけど分別て、ええもんやで。今度の召集にやって、 これでもおれはその分別というもんを働かせてやるつもり 「ほんまに達者になれたらなあー あきら 「助役を思い諦めな、あかん」と私は云った。「達者にななんやで」 ろうと思うんやったらー 私は、それで船越の自殺を批判したつもりだったのだ。 だが、ひろ子には、それが通じなかったようだった。それ すると武藤は、いつものようにむっとしたようにだまっ ばかりでなく、その彼女は、冷酷にも、船越のことを完全 た。私は、仕方なく武藤へ云った。 に忘れてしまっているようにさえ見えたのである。 「づは、どないなんや」 のが だが、召集という国家の絶対命令から逃れるための私の すると武藤は、傷けられでもしたような声で答えた。 「おれ、死んでも、助役の仕事、やりとげて見せまっせ」分別は、他愛のないものだった。そのころ多くの人々がし よくよう 私は、思わず鼻白んだ。ひろ子は、抑揚のない、平気なたように先ず絶食することだったのである。召集日までに 五日あった。私は、家にごろごろしていて、水以外には、 声で云った。 せんべっ 口にしなかった。そのほかの私らしい智慧は、付近の銭湯 「うち、木村はんの餞別に、うた、うとてあげる」 はずか そして私の当惑にも無関心に、恥しくもなく、いっか船を廻り歩いて、一日に七八回以上は必ず入浴することだっ こもり・うた 越と一緒に聞いたことのある子守唄をうたいはじめたのでた。この入浴の効果は、もう二日目にあらわれて、立っこ あった。恐らくそれが彼女の十八番の歌だったのかも知れとも出来ないほどの疲労を感じはじめていた。そしてその そうそう せん ない。私は、打ちのめされた気持で、匇々に武藤の家を出当日は、家を出るとき、煙草一本分を煎じてその半分を飲 た。玄関まで送って来たひろ子は、訴えるように云った。 み、残りの半分は、瓶に入れてもって行き、聯隊の営庭 もらろん 「うち、悲しいわー で並ばされる直前、便所のなかで飲んだのである。勿論、 私は、どきまぎしながら仕方なさそうに云った。 私にこのような智慧を与えてくれたものは、コンサイス型 の「医家指針」という古本であり、煙草を煎じた燃料は、 「どして ? 」 ひろ子は、あわれにも答えに窮したようだった。それでその本だったのである。私は、その必要もなかったのに、 その本を秘密文書のように焼きすてたのだ。 もやっと彼女は答えた。 きゅう びん れんたい
る。私は、間もなく帰った。帰るとき、彼女は云った。 は、暗い気持になりながら云った。 「うちを好きと云って ! 」 「おれ、おこらへん、決して ! 」 で、その彼女の言葉にもう馴れていた私は、神妙に答え すると彼女は、急に明るくなって云った。 こ 0 「うち、あんた、好き ! 」 「おれ、あんたが、好きや」 「おこらへんさかいに好きゃなんて、つまらへんな」 「そんなことあらへん、手、貸して」と彼女は私の手をとすると彼女は、何か当惑した顔をした。 その後、私は、池野のときのような厭がらせに会うこと って撫でるようにして云った。「ほんまにきれいな手やわ」 けんお 私は、びつくりして手をひっこめた。汚なすぎる手だっはなかったが、若い一部の車掌に、私に対する嫌悪を認め たからだ。すると彼女の背中の子供が、足を踏んばるようることが出来た。だが、私は、毎日出勤した。その私は、 いつの間にか、古参運転手のひとりになっていたのであ にして、アーン、アーンと声高く泣きはじめた。彼女は、 もち ゆす る。んどの乗務員の中堅級が、召集されたり、近くは勿 立上って身体を揺りながらやさしい声で云った。 論、満州や朝鮮あたりの軍需会社へまで出かけて行ってし : おお、よし、よし。 「おお、よし、よし。 私は、その彼女にかなわない気がした。彼女に失われてまっていたからだ。そして私は、自分から万年運転手と自 いるのは、現実性なのだ。私は思わず立上りながら云っ称するようにさえなっていた。だが、私は、ほんとには、 自分が古参であったことも、一生を運転手で終るだろうと いうことも考えたことはなかったのである。私は、一日一 「武藤と、どんな風に暮してんのや」 「あのひと、ムシムシお金ためてはるしーと彼女は武藤と日を十分に生きようと思っていた。豪雨のなかで故障した は他の他人でもあるように云った。「このごろは帰って来ときは、つらかった。車から降りて、車台の下を調べなけ 女はると夜おそくまで勉強してはる」 ればならないときがあったからである。それでも私は、レ ジスタ 1 やモーターの・フラッシュなんかを調べることが好 「勉強 ? 」 し きだった。だからその車の故障がなおって、私の好きな海 美「あのひと、字、知りはれへんやろ」とひろ子は云った。 のふちを走って行くときは、あわれだと知っているが、そ 「報告書、書きはるとき、えらい困りはるんやって」 「操車の報告て、大したことあらへんのやけどな」 の故に心からの幸福も感じたのである。 だが十一一月になったころだった。私が、詰所へ入って行 だが私は、そのとき、ふと武藤へ不安を感じたのであ ろん ゆえ
る。 た白さになっていて、そのロのあたりにうか・ヘている微笑 一方、私は、克枝を外へ引張り出そうとして、懇願した は、やさしげに輝いていたからだった。やがて運転手がド り、怒ったり、そして絶望したりして見せていた。必要とアをしめ、エンジンの音を高めて車を走らせはじめると、 思えば、おろかな道化芝居も演じた。だがある朝だった。克枝は丁寧に頭を下げた。その彼女の身ごなしには、昔の 私が泊りから帰って来ると、私の家の前の狭い道一杯にな克枝のような新鮮なエロチシズムさえ感じられた。 って、美しい自家用車がとまっていたのである。どうも私自動車は、忽ち狭い通りを出て、大通りへ曲って行っ の家に来たもののように思えた。というのは、私の家の入た。 ' ほんやり見送っていた克枝は、家に入ろうとして、遠 こうしど ロの格子戸があいていたからである。誰が来たのかわからくにいる私に気付いた。すると彼女の顔は、毒液でも注射 なかったが、自家用車に乗るようなひとと顔を合せるのされたように見る見るいつもの陰気な顔色になって行っ は、気づまりな気がして、私は、家の前をうろうろしてい た。私は、彼女に近づいてあの男が誰だかわかっていなが た。その車には、近所の小さな子供たちが、物珍らしそうら不服そうに云った。 に四五人とりついていた。ひとりの幼児が、その私を見つ 「いまの、誰ゃねん」 うれ けて嬉しそうに叫んだ。 だが、克枝は、私へ敵意の感じられる眼を向けると、そ のままだまって家のなかへ入って行ったのである。私は、 「おっさん ! この自動車、おっさんねへ来たんやで ! 」 私は、あわててしかつめらしい顔をして見せながら、手全く打ちのめされていた。私がどんなに努力しても克枝を 生々させることは出来なかったのに、他の人間によって容 を口の前へ振って云った。 易になしとげられているのを見たからだ。私は、家のなか 間もなく格子戸のあたりに人の気配がして、太った五十へ入ると、不思議な気持になりながら克枝へ・ほんやり云っ 女男が出て来た。私は、その男と一度だけ会ったにすぎなか 「今日、山へでも登らへんか」 」 0 たが、彼女の母親の引きとられている親戚の清水だとい 美うことがわかった。その後から克枝があわてた様子で、送すると克枝は、意外にも恩着せがましい声でだが、素直 りに出て来た。私は、その克枝を見たとき、ひどいショッに答えたのである。 きせ、 クを受けた。それはまるで奇蹟を見るようだった。という「行ってもええ」 のは、日頃くすんだ色になっていた彼女の顔は、生々とし瞬間、私はかすかな後悔を感じた。泊りで四時間ほどし しんせき こんがん ていねい たらま
336 船越は、疲れた声で素直に答えた。 と憎々しげに云って「うち、別れて死にまっさ」というの 「うん、そうや」 だった。そして私は、はなはだ情ないことだが、彼女を死 全く私は、骨の髄から死はきらいである。いっかは、おなすことが出来なかったのである。 ちゃ 前は死ぬだろう、そしてそれは避けることは出来ないだろ 船越の生活は、その後もかわりがなかった。精力的に茶 う、と云われても、私は、死を自分の人生の勘定のなかに碗をむいて、ひろ子の店へもよく行くようだったし、ま 入れてやらないつもりである。それを入れさせようとするた、市の郊外にいる母と弟のもとへも、ときどき帰って あらゆる事柄に対しては、私は方法をつくして逃げたいの いるようだった。私は、彼と会うたびに云った。 こつけい おくびようもの だ。こんな私は、滑稽な臆病者であるかも知れない。だ「大丈夫か ? 」 が、この臆病こそ、私は世のなかのどんな美徳にかえてすると彼は、その高い段鼻にしわをよせ、息を吸うよう も、愛したいところのものなのだ。 にして、にこりともしないで云った。 家へ帰って来ると、克枝はもう寝ていたが、それでも不「うん、大丈夫や」 、げん 機嫌な顔で、ごそごそ起き上って来た。私は、ひどく真剣乗務中に、彼の電車とすれちがうことがあった。その彼 な気持で、彼女に心中を考えている船越のことを話した。 は、いつも合図する私に気がっかず、何かひるんだ泣くよ だまって聞いていた彼女は、ふいに云った。 うな顔で、・ほんやり前を見つめていた。私は、彼を殺して 「竹村さん、助役になりはったというやないの。賢いひとはならないと思っていた。その時代へ、どのような形にし は、どんどん出世しはるわ」 ろ、自分からすすんで自分の死を与えることによって、権 私は、ふいを打たれてとまどいながら云った。 威づけてもらいたくない気がしていたからである。何故な 「助役になったから、賢いとはきまってへん」 らその私にとって、その時代は、いかにもほんとうの人間 「そやおまへんか ! 」と克枝は急にとがった声を出してきらしい顔付をして、いかめしげなさえびんと八の字に生 めつけた。「賢いさかいに助役になりはりまんのや」 やしていたが、残念なことには、その髭は少しばかり片ち 私は、だまった。必ずこの話の結論は、別れ話になるかんばであるように見えて仕方がなかったからである。 らだった。だから彼女の一つ一つの言葉は、いつも突き破 だが、十二年の五月だった。船越は、あのひろ子と、海 るのに困難な鉄壁となった。しかもこのごろは、その別れの見える宿の二階でカルモチンで心中をしたのである。し 話は、こういう表現をとりはじめていた。「別れまひょ かもまだ召集令状も来ぬ先にだ。女の方は、助かったとか わん
318 「うち、あんたとわかれてもよろしゅうおまんねんやで」ぎの車掌から「無気力やそ」とからかわれるのだった。だ が最初、そのようにからかい半分にいわれた言葉も、二・ 次の間で心配そうに聞いていた彼女の母が入って来た。 私は、土間へ降りた。その私の後から克枝の声が追いかけ一一六事件前後からは、人を怒らせる言葉になって行った。 その言葉をいわれると、いわれた者は、何か落着かないい て来た。 「そやさかい、あんたは、みんなから無気力やといわれまらだたしさを感じたからである。だが、私は、一個の権力 からそれと決めつけられる「無気力、であるならば、それ んのや ! 」 「名誉や ! 」と私は思わず歓声に似た声を出した。「お前がどんな権力からであろうとその「無気力」を心から誇り たいと思うのだ。その私たちの「無気力 [ には、永遠に揺 らには、それがわからへんのやろ」 おそ ぎのない強固な反抗があるからである。 私は、もう遅い町を歩いた。雨が降り出して来ていた。 それはパラッと降って来たと思うとやみ、またパラッと降森山の自殺のわかったのは、翌日の夕方だった。長池 むじん るというような貧乏くさい降り方をしていた。私は、行きは、そのころ無尽の外交員をしていたが、その話を聞い しようらゆう つけの飲食店へ入って焼酎をのんだ。その飲食店よ、 。いて、自分のことのように怒って云った。 つの間にか蓄音機を備えつけていて、その古いレコード 「山本らがわるいんや、山本らが。あいつらが森山を殺し が、「酒は涙か、溜息か」と云っては、その酒をのんでい たようなもんや」 る私を、面白そうにからかうのだった。だがその私には、 だが、克枝は、こう云っただけだった。 まぶ あの眩しいだけの美しい女が、心こ 冫いたいほど思いうかん「無気力の見本や」 でいたのである。 私は、その後も、克枝からまるでこの世の最大の悪徳で 私は、自分もその時代の犠牲者だと云っているのではなあるかのように、無気力ときめつけられるたびに、何か神 。儀牲者は、むしろその時代の方だといいたいのだ。あ妙な気持になった。仲間の多くも克枝と同様に見ているこ の「無気力」という言葉は、そのころ曙会に関係していたとはたしかだった。その仲間の眼からは、私は、女房に尻 陸軍少佐が、従業員に向って二ロ目に「無気力ーと云ってにしかれている男であり、小さな平和に生きているくだら やゅてき しか ない男であり、およそ偉大な事柄には全く無縁な男であ 叱りつけるので、最初揶揄的に乗務員たちの間に流行しは こら′ 4 ~ い じめたものであった。たとえば交代の引き継ぎを忘れたよゑという風であったにちがいない。だが、私は、ただ時 うな、一見無気力と関係のないようなときでさえ、引きつ計の針のように正確に生きていたたけなのであった。 ためい込
だが、高倉は、歩きながら、私の未来の花嫁とも知らないるえた声で云った。 とんよう で、いまいましそうに云った。 「秘密 ? ・ : 」と、私は頓狂な声で問い返した。「高倉 「あの飯塚、家にいても威張ってんのやで」 やって知ってるで」 私は、克枝の給料を思いうかべた。車掌よりうんと安い 克枝は、急にだまってしまった。それからむっとした顔 ものであった。 で、車内へ帰って行った。私は、何故彼女が自分の家を人 「大変やろうなあ」と私は云った。「出札の給料じゃ」 に知られたくないのか、不思議な気がした。 「そやさかいに、あの母親、近所の手つだいしとんや。で それでも、私は、いろいろ考えて、私の郷里の市会議員 も、飯塚、平気なんや。家では、その母親にポンポンあたに、仲人に立ってもらい、正式に克枝の家へ結婚を申込ん きげん り散らしよるし、えらい機嫌がわるいんや。でも、会社へ だのである。恥しい話だが、私の姉の数枝が、そのころそ 行くと、それがころっとかわりよるんやろ。ほんまに家にの市会議員の二号だったのである。すると、克枝の方から いるときのあの女の暗い顔色と会社にいるときのあの女のその日のうちに承諾の返事があった。結婚式の日取は、来 うれ 生々した顔色と、顔色まで違うんやさかいな」とその仲間 年の一月にきまった。難航を予想していた私には、嬉しく は得意そうにつけ加えた。「ほんまに女って不思議な動物もあったが、やはり不思議な気もした。この不思議さのな やで」 かに、後年の長い多労ないさかいの原因を宿していたので それから間もなくだった。あるタ方、私の車に乗って来あった。 た克枝を、私は、車掌台へ呼んだ。 だが、私たちの婚約が知れわたると、仲間たちは、まる 「何 ? ーと克枝は、車掌台へ入って来て、不審そうに云っで私に結婚の資格でもなかったかのように、いし 、あわせた ように妙に複雑な笑いをうかべながらいうのだった。 女「飯塚さん、あんたはずっとあそこに住んでるの ? ー 「お前には、あの女、過ぎもんやで」 瞬間、克枝の顔色がかわった。私は、出入口の窓ガラス で、私も仕方なくこう答えた。 し ゅうやみ 美 にうつっているその彼女の眼が、外のタ闇へ暗く向けられ「そゃ。おれには、あの女、過ぎもんや」 ているのを見た。私は何か神妙な気持になって、言葉を失私たちは、公休を利用して市の城へ上った。私は、自 3 っこ 0 分がいっかきみを連れて行こうと思っていた城へ克枝をつ しやペ 「なんで、ひとの秘密なんかのそきはるの ? 」と克枝はふれてあがりながら、ひとりでべらべらよく喋った。七階も
気持を白けさせたように見えた。 そして私は、それで十分であるということを知っているの もちろん 勿論、まるで私が汚ならしいけものであるかのように私である。だが、高尚なものは、このような十分さを知らな を見る職場の人々の眼がいやでなかったわけではない。私いのが常なのだ。 は、森山と同じように十分にその眼をいやだと感じて 私は、その後三度ばかりやめようとしている森山の心を た。だが、どのように軽蔑されようと、私は電車で働くこ変えようと試みている。私は、みずからすすんで誤解の犠 とが好きな男だったのである。この人生と同じように、電牲になる必要はないとまで極言した。だが森山は、その月 車は、自分からやめたいとは思わな←一つの世界だ 0 たのの給料をもらうと、結局会社をやめて行 0 たのである。 その日、私ま、 である。 をいたるところで森山がやめたことを聞か 長池は、その私へとどめをさした。彼は、いまいましそされた。最初は、終点の駅長からであった。終点で降り て係員の休憩所の方へ行こうとすると、駅長が受話器を耳 うに云った。 「木村、とにかくお前は、自分で何を云ってるのやら何をにあてたまま、眼の前の窓をガラッとあけて叫んだのだっ してるのやらさつばりわからん男ゃな。おれでさえ、四五た。 日前までお前を赤やと思うとったくらいやで。ほんまにお「おい、木村 ! 」 私は、何事だろうと立止って、その窓へ近づいた。する 前は何が何やらさつばりわからへん男や」 私は、毎日、いつものように働きはじめていた。その私と駅長は、受話器をおきながら、まるで私に責任があるか こうま、 いうのだった。 は、あの高級な苦悩だとか遠大な理想だとか高邁な精神なのように、 「森山、会社をやめたそ」 どというものから見れば笑うべき男であるだろう。だが、 のみ 私は、泊りで、終点の駅で一一階で寝るときの蚤に苦しむ苦「そうですか」と私は、駅長の態度が理解出来ずに・ほんや 女しみも、千年の未来ではなく今夜のおかずを思い描く楽しり答えた。 こうしよう おくびよラ みも、死から常に逃げまわる臆病な精神も、高尚なすべてすると傍にいた助役や案内係や駅手などの四五人が、私 し うなが の決意でも促すように私をじっと見つめているのだった。 美のものと同様に尊敬されるべきねうちがあると思うのだ。 メートル もしそれらの高尚なものが、きっかり一米の高さがあるだが、私はだまったまま休憩所の方へ歩き出した。 ならば、笑われるものも、一米五〇でもなく、また〇・九乗務員のなかには、森山の決心をほめるものも出て来 た。交代のとき会った衣掛などはそのことを云いながら、 米でもなく、きっかり一米の高さがあると思うのである。 きた けい・ヘっ
300 ながら云った。 だが、きみは、答えようともしなかった。私にはわから「あの、人を三人も殺したというこわいひと、相変らず来 てる ? なかったが、何かが彼女を打ちのめしていた。 「そんなら、あの茶店で、サイダーでも飲もう」 すると彼女は、ひるんだように、しかし強く云った。 きみは、いままでにない素直さを見せて、私について来「あんたは、今日、張ってんのねー しようぎ た。そして・ほんやり店先の床几に腰を下していたが、急 間もなく私たちは、その浜を引き上げた。そして私は、 * こつけい に、痛ましくも情ない声で云った。 ぼそ・ほそ歩く彼女と肩をならべて歩きながら、滑稽にも、 「うちらの考えたりしてること、ほんまに、つまらへんのどういうわけか、あの美しい女、あのほんとうに美しい女 ゃねえ」 が切実な気持で欲しい気がしていたのである。そしてその 私は、その彼女の言葉に強く動かされた。しかし私は、女ならば、この自然のおかしさや、この私やきみや人間の 力をこめて云っていた。 おかしさをカのある輝やかしいものにしてくれるように思 「そんなことあらへん。何でや」 われてならなかったのだ。 だが、彼女はそれに答えずに云った。 だがその夕方、私が出勤して行くと、会社に思いがけな 「あんた、サイダー、飲みなはんのやろ」 い騒ぎがもち上っていた。共産党電鉄細胞と署名された そして彼女は、私のコップにサイダーを注いだ。私たちビラが撒かれたのだ。それには、前にも書いたように、悪 は、しばらくそこで休んでいた。海は、相変らず単調なひ魔が呎えているような文字と文句が書かれていた。たとえ びきを繰り返していた。私は、その海を眺めながら、私のば、その一枚はこうだった。「帝国主義を粉砕せよ ! 地 ほくめつ 生れる前から、そして恐らく人類の生れる前から、このよ主資本家を直ちに撲減せよ ! 時給一一十銭を要求せよ ! うに単調なひびきを繰り返して来たのかと思うと、何とな手当の本給繰入れを即時断行させろ ! 労働者農民諸君万 やわら いおかしみが感じられて来て、私の心は和ぐのだった。近歳 ! 共産党万歳ー くの松の木から、からすが急にとび立って、タ・ハタあわ私は、このビラを見たとき、思わず情ない声で、ちが つぶや てた風に町の方へとんで行った。私は、そのからすの様子う、ちがう、と呟いていた。 もちろん へた にさえおかしさを感じた。私は、彼女を見た。彼女は、妙勿論、このような下手なビラが、当時一般的だったとい にしょん・ほりしていた。私はその彼女にもおかしさを感じうのではない。恐らくそれは私たちの私鉄の細胞特有のも っ ただ
であるとしても、この浜に立っている彼女は、実に見すぼ近くの小さな突堤に、貸ポートが二三艘、捨てられたよ こて そくはっ らしい女だったからである。きみは、鏝のかかった束髪うにもやってあった。私は、遠くに見える茶店へ手をあげ に、花模様のワンビースを着ていたが、その短い袖から出た。少年が駈けて来た。 ている腕は、六月のさわやかな海風にもかかわらず、情な 「ポート貸してんか」と私は云った。 うなず ばうぐい いほど肌立っていた。そしてあの部屋で、小さくきりりつ 少年は肯くと、突堤の上へ駈けて行き、棒杭に結びつけ としまっていた顔は、ここでは縮んで無力な年老いた女のてあった綱をといて、私たちを待ちながら叫んだ。 顔になっていた。私より五つ年上だと云っても、まだ二十「さあ、よろしゅうおまっせ ! 」 五そこそこなのに、そうなのであった。彼女は、疲れたよ きみは、仕方なさそうに私へついて来た。だが、きみは、 うに、腰を下しながら情ない声で云った。 どうしたのか、ポートに乗ろうとしたとき、眼まいでもし 「阿呆らしいわ、こんなとこ、何が面白いのん」 たようによろめいたのである。私は、その彼女の腕をつか まっさお だが、海は、そんな彼女には無関心に、ゆるやかな鈍いんだ。彼女の顔は、真蒼になっていた。私は思わず云った。 ひびきを単調に繰り返していた。そして松林では、珍らし「どうしたんや」 く蝉が鳴いていた。やがて近くを発動機船が通って行っ 「うち、こわいんや」 た。私は、彼女へ私の上着をかけてやると、彼女とならん「こわい ? 」と私は不思議そうにたずねた。「そやかて、 で坐り込みながら云った。 泳ぎ知ってんのやろ ? 」 「ええ気持やろ」 だが、彼女は、だまったまま、私の手をふりほどくと、 海から顔をそむけるようにして、砂浜の方へ歩き出した。 するときみは、妙におどおどした声で云った。 私は、仕方なく少年へ云った。 「ねえ、木村はん、帰りまひょ」 女「もう少し向うへ行ったら、もっと景色がええんやけど「すんまへん、今度にするわー な」 少年は、がっかりしたように、ふたたびポートの綱を棒 し 美「帰りまひょ」と彼女は子供のように繰り返した。「ねえ、杭に結びはじめた。私は、彼女へ追いついて云った。 帰りまひょ」 「おれ、ずっと前、聞いたんやけどなあ。あんたが、子供 かわら のとき、川へ水を浴びに行って、河原へ放してあった牛を 私は、立上りながら云った。 おほ 「ほんなら、あのポートにちょっと乗ってから、帰ろや」水のなかへ引張り込んで溺れさせようとした話。あれ、 せみ そで そう