まぎわ 卒業間際の学生は、よほどのことがなければ落第しなひかれていたのは太宰治であり、最も私淑していたの は井伏鱒二であった。春生がいつ、どういう形で太宰 いもので、それがこれだけ問題になったとい、つことは、 最上級生でなければ、落第していたということであろを知ったかは、私は知らないが、このころの太宰は後 あ・み に文学青年の憧れの的になった太宰ではない。 女給との心中に生き残り、郷里から出てきた芸者と 「この時代に、彼がひそかに 松本文雄氏によると、 どうせ、 同棲し、共産党の非合法活動をしていた太宰がやっと 創作活動をはじめたころである。春生が五高を出て東 大に入学した年の五月、太宰は処女創作集「晩年」を 出版した。しかしその前年、彼は自殺をはかって失敗 している ポロポロの生活を続け、しかも海の物とも山の物と もっかない新人作家であった太宰にひかれた春生は、 太宰の作品の中に、自己の内心に通するものを発見し よ、。そして大学にはいったものの、は ていたに違いオし とんど教室に出なかったのも、太宰とよく似ている。 「春生は昭和十一年四月、東大国文科に入学した。同 やまなし し月私は山梨県の腓の中学に赴任した。私はときど き上京し、春生の下宿を訪ねることもあった。あると おもしろ き春生に、大学は面白いか、ときくと、まだ一度も授 業に出ない、と答えた。二年目に、学校は面白いか ときくと、まだいつべんも、と答えた。三年目に学校 は、ときくと、百一一十円の講義を聞いたと言った。授 業料が年に百二十円だったのである。では彼は毎日何 東京・練馬の自宅書 斎にて ( 昭和 33 年 ) 長野・蓼科にて遠藤周 作 ( 右 ) と ( 昭和 31 年 ) 428
130 ない場合が多いんですよ。しかしあんたの場合は、やはり 「材木だ。おれは古材木だ」 腰を打って、その部分がネンザしたり、よじれて炎症を起そんな気分が、指が痛点を圧するにつれてだんだん消 まくら したんでしような。鎮痛剤を打っときますから、安静にしえ、彼は枕をつかんでうなったり、 うちなお ておれば、その中治るでしよう」 しかしなかなか痛みは去らなかった。三日目、妻の美加 と悲鳴を上げたりした。痛い ! と叫ぶと、上から指圧 しっせい 子の勧めで、指圧師にかかった。美加子は言った。 師の叱声が落ちて来た。 じよう・ 「うちのお客さんの話では、とても上手だという話よ。大「痛い、とおらぶな。感じました、と言いなさい ! 」 の男が勤めに出ないで、うちでごろごろしてては、見つと それでもまだ栄介は、急所に触れられるたびに、痛いと もないじゃないの。早く治ってちょうだい」 叫んで、指圧師から訂正を要求された。しだいに栄介の笑 精神力をふるい起さずに、これ幸いと骨休めをしてい いは、怒りに変りつつあった。痛いのに、痛いと叫んで、 る。美加子はそう解釈しているらしかった。指圧を頼むの何が悪いのだろう。感じました、などとでれでれした言葉 のが に別に異存はないので、いや、腰の痛みや圧迫感から逃れがはけるか。彼は枕を胸にかき抱いて、ただもううなるだ たいのは彼自身なので、進んで指圧を受ける気持になっけにとどめた。 た。背の高い、骨つ。ほい感じの指圧師がやって来た。長年足を最後にして、指圧は終った。体を動かしてみると、 どくじゃ の修練のためか、手の指の先が毒蛇の頭みたいに、平たく背中全部が熱を持ち、腰のあたりは特に地罍れをしている べたんこになっている。 ような圧迫感があった。 「医者なんかダメですよ」 指圧師はそれから毎日通って来た。医師にそのことを言 背中を押しながら、指圧師はあざけるように言った。言うと、医師はかすかに首を振った。栄介は聞いた。 「いけませんか」 うというより、訓戒するという方に近い口調である。 「医者は痛み止めの注射をするだけで、あとは何も手を打「ええ。折角鎮静させているのでね、寝た子を無理に引っ たない。それにくら・ヘると指圧の方は ばり起すようなものですよ」 栄介はうつぶせのまま、笑いを感じながらそれを聞いて 初めの中は立って歩けず、座敷箒にすがって便所通いを いた。しかし指圧師の指が腰に移ると、笑ってばかりいるしていたのに、少しずつおさまって来て、箒なしでもよろ わけには行かなくなった。痛みがやって来たのである。 めきながら歩けるようになった。しかし回復は早い方とは せつかく かよ
であるとしても、この浜に立っている彼女は、実に見すぼ近くの小さな突堤に、貸ポートが二三艘、捨てられたよ こて そくはっ らしい女だったからである。きみは、鏝のかかった束髪うにもやってあった。私は、遠くに見える茶店へ手をあげ に、花模様のワンビースを着ていたが、その短い袖から出た。少年が駈けて来た。 ている腕は、六月のさわやかな海風にもかかわらず、情な 「ポート貸してんか」と私は云った。 うなず ばうぐい いほど肌立っていた。そしてあの部屋で、小さくきりりつ 少年は肯くと、突堤の上へ駈けて行き、棒杭に結びつけ としまっていた顔は、ここでは縮んで無力な年老いた女のてあった綱をといて、私たちを待ちながら叫んだ。 顔になっていた。私より五つ年上だと云っても、まだ二十「さあ、よろしゅうおまっせ ! 」 五そこそこなのに、そうなのであった。彼女は、疲れたよ きみは、仕方なさそうに私へついて来た。だが、きみは、 うに、腰を下しながら情ない声で云った。 どうしたのか、ポートに乗ろうとしたとき、眼まいでもし 「阿呆らしいわ、こんなとこ、何が面白いのん」 たようによろめいたのである。私は、その彼女の腕をつか まっさお だが、海は、そんな彼女には無関心に、ゆるやかな鈍いんだ。彼女の顔は、真蒼になっていた。私は思わず云った。 ひびきを単調に繰り返していた。そして松林では、珍らし「どうしたんや」 く蝉が鳴いていた。やがて近くを発動機船が通って行っ 「うち、こわいんや」 た。私は、彼女へ私の上着をかけてやると、彼女とならん「こわい ? 」と私は不思議そうにたずねた。「そやかて、 で坐り込みながら云った。 泳ぎ知ってんのやろ ? 」 「ええ気持やろ」 だが、彼女は、だまったまま、私の手をふりほどくと、 海から顔をそむけるようにして、砂浜の方へ歩き出した。 するときみは、妙におどおどした声で云った。 私は、仕方なく少年へ云った。 「ねえ、木村はん、帰りまひょ」 女「もう少し向うへ行ったら、もっと景色がええんやけど「すんまへん、今度にするわー な」 少年は、がっかりしたように、ふたたびポートの綱を棒 し 美「帰りまひょ」と彼女は子供のように繰り返した。「ねえ、杭に結びはじめた。私は、彼女へ追いついて云った。 帰りまひょ」 「おれ、ずっと前、聞いたんやけどなあ。あんたが、子供 かわら のとき、川へ水を浴びに行って、河原へ放してあった牛を 私は、立上りながら云った。 おほ 「ほんなら、あのポートにちょっと乗ってから、帰ろや」水のなかへ引張り込んで溺れさせようとした話。あれ、 せみ そで そう
それまでに私は、林と克枝の仲に気付かなかったわけで「ほんまになあ、あの子は」と彼女は答えた。 2 十ムよ、 0 をオし一度は、車の上から、林と克枝が詰所の近くの柵私は、相変らずきちんと出勤をした。それが私の自然だ ぞいに肩をならべて歩いているのを見かけたことがあっ ったからである。詰所では、妻を寝とられた男として、人 た。だが私は、彼等のそばを通るとき、ホイッスルを二三人から十一一分に眺められた。それはいやなものだった。だ 度けたたましく鳴らしてやっただけだったのだ。 が、その人々の視線さえ、私の電車を運転するいささか悲 かけおら この克枝の駈落事件は、私にはひどいショックだった。 しい喜びを奪うことは出来なかった。シュウシュウ鳴るト 何と云っても、私は克枝を愛していたからである。そのロリ線のひびきや、踏切の一つの白い信号旗がちらちらひ しようちゅう 夜、私は、家で焼酎を何杯もあおった。傍で、克枝の母らめいているかと思うとさっと消えて、次の踏切の白い信 よご らよう 親がおろおろしながら、同じことばかり繰り返していた。号旗がもう汚れた蝶の羽根のように、ひらひらひらめきは 「ほんまになあ、あの子は ! ほんまになあ、あの子じめているリズムや、シュ ーから散る鉄粉に赤く錆びてい あわだ る沿線の家の屋根屋根や、そしてとりわけあの泡立ってい それは全く念仏のようだった。私は、殆んど笑い出しそる海などが、私におかしなやさしさを感じさせてくれるの ミ」っこ 0 うになった。だが、彼女は、その私に気付かず、思い出し ては繰り返すのだった。 ある夜、私は家でひとりで食事していて、ひとりいると 「ほんまになあ、あの子は ! : ほんまになあ、あの子きの自分も克枝と一緒に暮していたときの自分と少しもち がっていないのに気付いて、妙な気がした。私は、自分と 私は、その彼女の声を聞いていると、どうしても私は、克枝が夫婦でなかったのか、と考えた。克枝はいざ知らず 自分がほんとうには苦しんではいない気がして当惑してし たしかに私の方は、克枝を愛していた。彼女を見ることは まった。するとそのように当惑している自分が、妙におか快よかったし、彼女の幸福を喜ぶことが出来たからであ しく感じられて来た。私は、遂に笑い出しながら克枝の母る。やめた長池に会ったとき、その自分を話すと、長池 親に云った。 は、呆れたように私を見つめながら云った。 そうさねがい 「おかあはん、寝まひょ。捜査願も出してあるんやし、林「ほんまにお前は、けったいなやつやな」 もらろん さんの方も嫁はんが心当りへ電報打ったというし、手は打勿論、私は、その長池の言葉を快よく受入れたことはい ってあるんやから安心して寝まひょ うまでもない。 あき
った。紅茶を運んで来た家政婦に、医者を呼んで呉れるよ やはり矢木栄介はその時、すこし酔っていた。講義が済うに頼んだ。家政婦は、どうかなさいましたか、と聞くこ んで、同僚と安パーに行き、 ( イボールを三杯飲んだのともせず、電話口に取りついた。もっとも彼女は、さっき だ。同僚と別れて、 ' ハスに乗った。 栄介が猫のように這っていた時も、遠くから無表情に黙っ 夕刻近くで、・ ( スは次第に混んで来た。車内の温度の高て眺めていた。電話をかける声を聞きながら、栄介はペッ ドの中で、 昇と酔いのために、栄介はねむ気をもよおして来た。頭を もたせてうつらうつらしている時に、車掌が停留所の名を「まるでロポットみたいな女だな。感情を全然あらわさな 呼んだ。 / 。を 彼よよっとして立ち上り、乗客を押し分けなが ら、入口に突進した。 と考えていた。しかし、・ハスの停留所で誰からもかまわ つら 停車時間が長引くので、若い女車掌は露骨なふくれつ面れなかった時、彼は自分に惨めさを感じたが、この家政婦 をしていた。そこであわてたのがいけなかった。がくん の場合はそうでなかった。むしろその冷淡さはさつばりし かどしりもち がくん、がくん、と三度ずつこけ、最後に歩道の角に尻餅て、気に入った。くどくどと。 門いただされるのは、惨めさ をつくのに、二秒もかからなかった。しかし誰も笑わなかを復習するようなものだったからだ。 った。笑いもしなかったかわりに、誰も手を貸しては呉れ やがてかかりつけの医師が来た。頭の禿げた、酒好きの なかった。そのきっかけが、誰にもっかめなかったのだろ好人物で、病気にかかってもきびしい戒律を課さないか う。それほど調子良く、きわめて自然に、栄介はずつこけら、栄介はこの医師が好きであった。 たのだ。 「どうしました ? 」 栄介が街路樹の支え木にすがるようにして立ち上った栄介は事の次第をかんたんに説明した。最後につけ加え 凧時、・ ( スは大きな尻を振りながら発車した後であった。彼た。 よご かばん は惨めな気持になって、汚れた鞄を拾い上げようとした 「ギックリ腰というやつではないかと思うんですがね」 狂が、腰のあたりがぎくぎくと痛んで、なかなか拾えなかっ 医師はその言葉に、別に反応は示さなかった。うつむけ た。家まで歩いて帰れそうにもない。彼は支え木につかまにさせて、腰部のあちこちを押したり動かしたりして、診 四つたまま、タクシ 1 を呼んだ。 察はそれで済んだ。 家に戻ると彼は靴を苦労して脱ぎ、・〈ッドまで這って行「腰痛と言 0 ても、いろいろありましてね、原因がっかめ くっ ささ
から順々に路地に曲り込んだ。彼も曲り込もうとして、婆校長の進退にも関係して来るから、いろいろ協議の結果、 どよいた はず さんを振り返ると、婆さんは溝板を踏み外して、片足を溝「そんな大げさなことはやめにして、生徒の登校下校時を に突っ込み、前のめりに倒れていた。婆さんの絶叫がやん見張って、犯人を探し出す」 かど だのは、そのためであった。彼は曲り角で走りやめた。彼ということで話がついた。 の気持は引き裂かれた。 それで困ったのは、城介である。城介が一、番よく顔を見 ( このまま逃げようか。それとも戻ってたすけようか ) られているし、彼一人なら裏門からでも、塀を乗り越えて しかし反射的に、城介は現場にかけ戻った。逃げるのがも登校出来るが、彼そっくりの栄介という双生児がいる。 はず こわかったのか。これが見捨てて置けるかという正義感だあのおかみさんがそれを見逃す筈がない。思い余って城介 は、父親の前に坐って首を垂れた。 ったのか。婆さんはうつぶせになり、地べたをかきむしつ てうなっている。城介が抱き起した時、その溝板の家のお「お父さん。ぼくはもう学校をやめる」 かみさんが、不審そうな表情でぬっと顔を出した。城介は「なぜだ ? 」 福次郎は驚いて反問した。 早ロで言った。 「もう学問がイヤになったのか ? 」 「この婆さんが怪我をしたらしい。よろしく頼みますー 「それもあるけれど、実はーー」 そして彼は婆さんをまた地面に戻し、学校の方に走っ た。結果としては、これが一番まずかったのである。わざ わざ城介が戻らないでも、誰かが婆さんを見付けて、介抱それを栄介が知ったのは、城介から聞いたのではなく、 しただろう。すると城介のやったことは、自分の顔をおか福次郎からである。栄介は城介を責めた。 みさんに見せるために、かけ戻ったようなものであった。 「どうしておれに相談しなかったんだい。 うどんの食逃げ わか あとで判ったことだが、婆さんの転んだ怪我は大したも はよくないが、それだけなら停学の十日ぐらいで済んだ筈 のでなかった。ただそのショックのために彼女は発熱しだよ」 て、十日間余り寝込んだ。 「それがダメなんだよ。兄貴」 ア、ど うどん屋のおやじは激怒して、学校当局にどなり込ん城介は父親の命で、長持の置いてある薄暗い納戸に謹慎 だ。全校生徒の首実検をさせろという要求である。校長もさせられていた。仕事と言えば裏の菜園の草むしりとか、 ふろ みずく 弱ったらしい。首実検で新聞だねになってはたいへんだ。風呂の水汲みぐらいで、外出出来ないものだから退屈し ころ ばあ すわ なんど 、んしん
は、残り少い焼酎をコツ・フにつぎながら呆れたように云っ いた。何か気詰りなものが、私たちの間に流れた。彼女 は、落着なく、入口の方を振り返るようにして云った。 「どうしはんのやろ、あんたは、焼酎がなくなったら」 「いややわ、うち ! 」 で、私は神妙に答えた。 「気持、わかってる」と私は云った。「そやけど : : : 」 「おかみさん、おれをほんまの酒のみや思うとんのか ? 彼女は、答えなかった。私はがっかりしながら云った。 けいべっ そゃあらへんで」 「また、思慮分別と思うて軽蔑しとんやろな」 だが、それから間もない夜だった。思いがけなくひろ子「ううん」と彼女は云った。 ふとん が、私の家へやって来たのである。もう蒲団のなかに入っ そして彼女は、身をかがめて、ずり落ちている靴下を直 ていた私は、ひろ子の声を聞いたとき、何となしにぎくっしはじめた。彼女は、朱珍の足袋の下に、野暮ったくも、 とした。彼女の私の家へ来たことは、いままで一度もなか茶色の靴下をはいていたのである。だが、い くら直して ~ い A 一人′ ったし、しかも夜も遅かったからだ。私が寝巻の上へ外套も、ずり落ちそうになるらしく、神経質にいつまでも左右 をひっかけて入口をあけると、ひろ子は、妙にひるんだ顔の靴下をかわるがわる引張り上げていた。その彼女の顔 あわせ をしながら入って来た。袷の着物に紫色の三尺をしめてい は、何か気ちがいめいた暗さを感じさせた。私は、彼女が たが、まだ寒いのに、羽織も着ていなかった。ひろ子は、何度も自殺をはかった女であることを思い出して、臆病に あえ ろうばい 息を喘がせながら苦しそうな声で云った。 も狼狽しながら云った。 ひも 「木村はん、帰って来はったと聞いたさかいに」 「ゴム、ゴム紐、もって来うか」 私は、即日帰郷になって帰ってから十日も立つのに、ま だが、ひろ子は、身体を起しながら答えた。 だ一度も武藤の家へ行っていなかったのである。私は思わ「ううん、かまへんのや、靴下なんか」 女ずひるみながら答えた。 その彼女は、ふいに上気した顔になっていた。私は、言 「明日あたり、行こうと思うとったんや、あんたのうち葉をつなぐために仕方なく云った。 し 「武藤、どんなエ合や」 するとひろ子は、もう何もいうことがなくなったよう すると彼女は、平気な声で云った。 に、私を見ながら苦しそうに喘いでいるだけなのだった。 「あのひと、死んではる , とんきよう 私も、何もいうことはなく、手持無沙汰のまま突っ立って私は、思わず頓狂な声を出した。 おそ ぶ・さた あき からだ くっした
私は黙っていた。一人が梨を食ったというかどで、残りの上空を、古・ほけた練習機が飛んでいた。風に逆っている 全部の兵隊が制裁されることはまことに意味が無いことせいか、双翼をぶるぶるふるわせながら、極度にのろい速 ちょうど だ。数日間の此処での生活で、私は私の部下にあたる暗号力で、丁度空をっているように見えた。特攻隊に此の練 兵たちに、ほのかな愛情を感じ始めていた。意味なく制裁習機を使用していることを、一一三日前私は聞いた。それか されるような目に合せたくなかった。表情を変えず、私はら目を閉じたいような気持で居りながら、目を外らせなか とうじよう 込らへいそうらよう がんこ 頑固に押し黙っていた。吉良兵曹長は急に横をむくと、送ったのだ。その機に搭乗している若い飛行士のことを想像 していた。 信所の方に急ぎ足で入っていった。 * さ ばうのつ 私は元にむいて、食事をつづけた。私は、応召以来、佐私は眼を開いた。坊津の基地にいた時、水上特攻隊員を いぶす、 らん 鎮の各海兵団や佐世保通信隊や指宿航空隊で、兵隊として見たことがある。基地隊を遠く離れた国民学校の校舎を借 なまなま くつじよく 過ごして来た。さまざまの屈辱の記憶は、なお胸に生々しりて、彼等は生活していた。私は一度そこを通ったことが 。思い出しても歯ぎしりしたくなるような不快な思い出ある。国民学校の前に茶店風の家があって、その前に縁台 は、数限りない。自分が目に見えて卑屈な気持になって行を置き、二三人の特攻隊員が腰かけ、酒をのんでいた。一一 十歳前後の若者である。白い絹のマフラ 1 が、変に野暮っ くこと、それがおそろしかった。 すさ ( しかしもう死ぬという今になって、それが何であろう ) たく見えた。皆、皮膚のざらざらした、そして荒んだ表情 わいざっ ごう みら 私は暗い気持で食事を終えた。壕を出、落日の径を降をしていた。その中の一人は、何か猥雑な調子で流行歌を かんだか 甲高い声で歌っていた。何か言っては笑い合うその声に、 り、暗号室に入って行った。そして当直を交替した。 でんばうつづ 電報は多くなかった。今日の電報綴りを見ても、銀河一何とも言えないいやな響きがあった。 機どこそこを発ったとか、品物を何番号の貨車で送ったと ( これが、特攻隊員か ) いなか 丁度、色気付いた田舎の青年の感じであった。わざと帽 か、あまり重要でない電報ばかりである。当直士官に立っ だてしゃ あみだ ている暗号士がうつらうつら居眠りをしている。電信機の子を阿弥陀にかぶったり、白いマフラーを伊達者らしく纏 あたり 音が四辺に聞える。電信兵の半ばは、予科練の兵隊であえば纏うほど、泥臭く野暮に見えた。遠くから見ている私 る。練習機不足のため、通信兵に廻された連中なのだ。私の方をむいて、 「何を見ているんだ。此の野郎」 は頬杖をついたまま、目を閉じた。 先刻、タ焼の小径を降りて来る時、静かな鹿児島湾眼を険くして叫んだ。私を設営隊の新兵とでも思ったの ほおづえ けわし さから
176 ていた。兄貴は金銭的にもだらしがないってさ」 った。 葬儀屋はある私鉄の駅から、だらだら坂を降り切ったと「加納に返事を出さなかったのは、城介の軍隊での苦労 ころにあった。主人は頭を角刈りにした痩せた男で、あまを、あまり知りたくないという気持も確かに動いていたよ り表情を動かさない。あとで城介に聞くと、葬儀屋という うだ」 のは喜怒哀楽を顔に出してはいけない、無表情で事を運べ栄介は言った。 と、かねて注意されているという。主人のむつつりした態「ところがそれから、六、七年経って、おれは突然それを 度は、その職業的習練が日常にまで移行したもののようで知りたくなった。そこで加納に手紙を出して、会って話を ある。栄介は金を借りに、両三度行ったことがある。 聞きたいと申し入れた。すると付箋づきで戻って来たん なにしろ幸太郎からの学資の額がすくなかったのだ。田だ」 舎の高等学校並みにしか送って来ないので、とても足りな「どうして手紙を出す気になったんだね ? ー アル・ハイトもやったが、それでも不足すると、葬儀屋「はっきり判らない。歳月が経って、昔ほどっらくなくな にたよる他はなかった。 ったからだろう」 主人は栄介の希望する額を聞くと、若い美しい女房に金「齢をとって、そろそろ決着つけたくなったんじゃない を持って来させ、黙って彼に手渡した。 日々困っているから、その金がどうしても戻せない。や私は冗談めかして言った。 がて彼は葬儀屋へ行きづらくなった。 「加納の話を聞いても、決着どころか、ますますもつれる だけだ、と僕は思うよ」 「兄貴。少しずつでも返して、また借りに来ればいいじゃ ないか」 「そうかも知れんな」 ちょっと話が途絶えた。栄介は気だるそうに、眼を閉じ 時々城介は彼に言った。 た。私は古封筒を取り、中をのそいた。何も入っていなか 「おやじが来客に、これはよく働くが、兄の方はだらしな いと話しているのを聞くと、おれはちょっとつらいんだ」 栄介だってつらかった。卒業してから返すなどと、当て「これには写真だけ入っていたのかね」 もないようなことを言える義理ではなかった。その中に城「いや。手紙も入っていたよ」 介が出征してしまったから、その借金は返さずじまいにな「何て書いてあった」 わか ふせん
ばたたきながら低い声で云った。「おれ、今朝一一番系統や なかったのだ。かわった方は、世間の方なのだ。 とにかくあの検挙も、私の出会った一つのあわれな悲劇さかいに、四時に起きて飯をくっとったら、三人も巡査が である。警察に検挙された私たちの仲間は、共産党とは全来てここへつれて来やがったんや。そのなかに、駅から く関係のない者ばかりであり、肝心の共産党員の山本たちよく乗って来やがる巡査もいやがった。おれを見てにやに は、事前に逃げてしまっていたからだ。たしかに権力とい や笑ってばかりいやがるんや」 とびら うものは、自由に誤解することが出来るという自由さのなそのとき、鉄の扉についている小さな窓が、パタリと貧 かに真の姿をあらわすものらしい。あの日、無実の私を重乏くさい音を立ててあいた。それからガチャガチャと大ぎ 大犯人のように下宿から引き立てることが出来ただけでは な鍵の音が忙しそうに鳴ったと思うと、子供の十人もあり なく、何の取調べもせずにいきなり署の留置場へ放り込そうなどことなく世帯くさい看守がだるそうに云った。 み、三日もの間、そのまま放置しておくことが出来たので「おい、話をしたら承知せえへんそ ! 」 せいかん ある。 雑役に出ていた肩のいかったいかにも精悍そうな和服姿 全く私は、最初きみのためではないか、とは思っていたの四十男が、その看守へペこペこ頭を下げながら、その看 ものの、ほんとうには何のために引張られたのかわかって守をすり抜けるようにして私たちの監房へ入って来た。そ いなかったのだ。だが放り込まれて間もなく、きみのためのときだった。隣りの監房の裏の方から、押えつけた低い ではないということだけはわかった。というのは、会社の声が流れて来たのである。 仲間がもう七八人も、私と同じように留置場に放り込まれ「衣掛 ! 衣掛 ! 衣掛 ! 」 ていて、そのひとりの古参車掌の衣掛が、私と同じ監房に古参運転手の長池の声だった。だるそうな看守の身体 いたからである。彼は、監房のなかへ突き込まれた私を見は、急に引きしまった。彼は、ゆっくり監房の扉をしめ あっけ 女ると、呆気にとられたわけのわからない顔で思わず叫んた。だが長池は、まだなおも衣掛を呼び出そうとしてるの ・こっこ 0 し 「衣掛 ! おい、衣掛 ! 衣掛 ! 」 美「木村 ! お前もか ! 」 私は私で、呆気にとられながら思わず叫んでいた。 だが、私たちはその声を聞きながらどうすることも出来 ないのだった。やがて隣りの監房の扉のあく気配がし、廊 「衣掛さん ! 衣掛さんこそ何でんねん ? 」 「そ、それがわからへんのや」と衣掛が善良そうな眼をし下で強い平手打が鳴りはじめた。だが長池は、あやまる気 かぎ からだ