すで 木谷は毛布のなかでなかなかねむれなかった。既に班内 では野戦行きの話がすべてをしめていた。兵隊たちはわめ 木谷は野戦へ転属になるということがおそろしかった。き、わらい、わざとやけになったふりをし : : : がなりた 彼が何よりも求めているのは除隊だったが、野戦行きは彼て、何かというと事務室要員の曾田をよんだ。すると曾田 は、またかという顔をしながらも、野戦行きには補充兵と の求めるその除隊から遠ざかることだった。いや遠ざかる というだけではなく、もはやふたたび除隊は彼のもとには古年兵とが出されること、それ故に学徒兵は別だという説 やってこないだろう。金子軍曹は今度の転属は補充兵が中明をくりかえすのだった。 心で古い兵隊はあんまりないのだからと、木谷が心配する中隊は歩兵砲三班、速射砲一一班、五コ班で成り立ってい のを笑うように言ったが、木谷はそれをそれほど信用するたから、この十五名という人員を各班に配分すれば、各班 四、五名となり、もし歩兵砲二班に配分すれば、一班七、 ことはできなかった。曾田の方がずっとそれよりくわしく 八名となると曾田は言った。そして彼のいうところでは多 知らせてくれたし、人員さえ明らかにしていたから。しか し木谷は一度林中尉と花枝の二人に会うことなくしてどう分各班四、五名ということになるらしかった。 : : : 補充兵 して死ぬことができようか。除隊への欲望はすべての兵隊たちは、もはや確実に野戦行きということがわかっていよ すみ いよおちつきをなくして沈んでいたが、部屋の隅にあつま のもっとも奥底に動いているものである。しかし木谷の場 っては、・ほそ・ほそと話し合い、そして消燈前、ようやく手 合、そこには林中尉に対するはげしい憎しみが加わってい かなた た。もちろん刑務所にいるときには彼の除隊は一一重の彼方のあく頃になって、みな手紙をかくのに一生懸命だった。 にあったのだ。彼はたとい牢獄の壁からぬけでて、刑務所彼らは今夜も消燈後先刻までは、班の中央に一つだけとも っているうすぐらい電燈の下で、何か紙片にかきつけてい からでて行ったとしても、まだ、その兵役の義務年限はあ た。彼らはそれを明日演習に外へ出たとき、郵便に入れる 帯と一年ばかりのこっているので、ただちに除隊になるとい 地 うわけではなかったのだ。それ故にいまこうして刑務所生か、または公用兵にたのんで入れてもらうかするのだ。し 空 活をおえて部隊にかえってきて、あとはただ除隊だけをまかし彼らは先ほど廻ってきた古年兵の不寝番に長い間注意 真 ちょうど っ身となったのに、丁度このとき野戦へほうり出されるなをうけたのち、しばらくすれば野戦に行く境遇だから許し どということは木谷にはたえることのできないことだってもらって寝台にもぐりこんでしまったのだ。 木谷は階下の方から階段をばらんばらんとあがって近づ
染は頭をぐらぐらゆすられて、どうと倒れた。しかし彼上等兵はどなりつづけた。 はすぐおき直ってきて、班長の前に直立した。ああとみて「 いいえ、おられないであります。」田川一一等兵が大きな いた曾田は言った。 声で向うから言った。 「よし、俺のいうたこと忘れるな、こい。」班長ま、 「おられない ? だれがおられないというのかよ。」地野 なって染を前にたてて、でていった。班長のしめしたこの上等兵はどなりかえした。 手本によって、班内の空気は急に荒々しくかわって行きそ「はいつ、あの : うだった。 「監獄がえりかよ : : : 」 「ちえつ、お天気もんが、なにするそ ! ー地野上等兵は班「はいっ : 長のでて行った方に向かって吐きかけた。彼は三年兵たち「げんくその悪い監獄がえりがおられないとはなんや。お が班長がでていったので再び話を野戦行きのところにもどらんといえ : ・ 。おい、田川、言い直してみろ。」 そうとして曾田に話しかけたとき、たちまちそれをさえぎ 「はいっ : ついに田川一一等兵は、「監獄がえりはおりませんです。」 「曾田、曾田て、曾田がなんや。ええかげんにせんか。別と言い直しをさされそれによ 0 て班内は笑いにみたされ に曾田の野郎が野戦行きをきめるわけやなし。曾田が准尉 た。曾田はもはやこれ以上その言葉に耳をひらいていると さんにきかんとわからんいうてるのやったら、もうかまう いうことができなかった。彼は野戦行きのことについてき : どうせやな、このうちの班にはろくなことがある かんごく きもらすまいとして自分のまわりにあつまってきている補 、、 0 力し ・ : あの監獄がえりがはいってきやがってから、毎充兵たちの間をかきわけて、外へでて行こうとしたが、こ 日、ええことなしゃないか。このぶんでいくと、部隊の外のときちょうど班内にはい 0 てきた木谷の姿をみると、も 帯出禁止がとけてからも、一班だけは外出どめやろうぞう足がすくんで歩けなくな 0 た。木谷がいまの言葉をきか なかったということはなかったにちがいないのだ。彼は木 真「地野よ、当分、うちの班だけ外出止めやて ? 。今井上等谷をみた。彼は一瞬自分の方を木谷がむいたように思っ 兵は言った。 た。しかし木谷はまるで何事もなかったようにしずかに自 「そうよ。ろくなことがないよ。おい、初年兵、こっちに分の寝台の方にあるいていって、その上にどんと腰をおろ 監獄がえりがいるかよ : : いたらここ、 こいいえ。」地野してあたりをみた。すると、班内の眼はすべて彼の方にむ
さっき ころがいま木谷は、曾田が林中尉のことを知らせてやった上彼は先刻の木谷の態度が一体どこからきたものか、それ にかかわらずそれほど喜ぶということもなく、眼を一点にが気にかかってならなかった、たしかに木谷があのように すえて、何か別のことを考えこんでいるようなのだ。木谷なったというのは、木谷が刑務所からでてぎたということ が班内のすべてのものに知れわたり、みなのものがそれを は曾田に自分の横に腰をおろせともいわなければ、さそい もせず、そわそわとして何かに気をくばりつづけているのロにし、問題にし、ささやきだしたところからきているの である。 である。それはそれ以外に考えることはできないことであ 曾田は事務室から中隊当番がよびにきたので、またくわる。それは曾田の不安をかきたてる。もはや班のものが木 じわる しいことがわかったらしらせてやるといっておりて行った谷に意地悪な眼をむけていることは明らかなことである。 が、木谷は、「曾田はんたのみますぜ。」といっただけだっ班内の一人一人の眼はなにかというとものめずらしげに改 かんごく た。しかし曾田は事務室にかえる前に便所へ行ってでてきめて木谷の上にそそがれていたし、監獄がえりという言葉 いしろうか てみると、靴をもった木谷が石廊下をつききって、外へでは地野上等兵の口からでると同じように何かけがれた色を て行くのをみてはっとした。たしかに木谷は二中隊へ林中つけて班内を行き来しているのだ。そしてそれこそこれま 尉のことをしらべに行くのではないかと曾田は直感したで木谷がもっとも心配していたところではないだろうか。 ・、、はたして林中尉がいま頃まで部隊にいるかどうかは疑一体木谷は今後このような班内でどのようにしてあと七カ わしかった。こんな時間にもう林中尉はきっと家へかえっ月の期間をすごすだろうか。たしかにこのような疑惑と不 けいべっ 審と軽蔑と敵対の眼が、彼の上にそそがれるというのは、 てしまっているのではなかろうか : 木谷自身に原因があるとみることもできる。なぜといって 木谷は帰隊してからすでに十日以上もたっというのに、ま 帯石廊下に飯鑵を炊事にとりに行っていたものたちがかえだ帰隊当初と同じように、ずっと寝台の上にすわりこんだ ままで、班の掃除や整頓などについては全然協力しようと 地ってきたらしく、さわがしい声がその方にあがっていた。 曾田はそれをとおくの方にききながら、不寝番の名前をきしないばかりではなく、ときどきだれにも行き先をつげな 真 いで姿をけし、どこかをほっつきあるくという状態だっ め、それを黒板にかきだした。しかし彼は今夜の不寝番に た。最初は古い兵隊たちも、そのうちに木谷が班内の事情 は既に野戦行きに予定されているものをつけるということ 3 はしたくなかったのでえらぶのはかなり手間どった。そのに少しなれてくれば、班の仕事を手伝うようにもなるだろ すで くっ
食の食事時間と夜ねるときだけだった。彼にはいままでのだのに、むやみにいうものではないと注意してみたが、そ ように息ぬきのためにちょっと事務室をでて班内にかえつれが彼たけのカでどうなるものでもなかった。彼は一日中 て行くなどということももちろん余りできはしなかった。 くらい顔をしてじっと寝台の上で膝をくんでいる木谷をみ しかし曾田は今日は昼飯の時間までに予定しただけの仕事た。それ故に彼は野戦行きのものの名前が決定し、なかに をやりおえ、ようやく仕事から手がはなせるときがきて木谷の名前がないのを知ったとき、木谷がそれをきいてど も、別に班内に上って行くという気が起きはしなかった。れほど喜ぶかしれないと思うとじっとしていることができ じゅんい 兵隊の曾田には食事はもっとも待ちかねるものの一つだっ なかった。彼は冫尉が自分自身で発表するまでは誰にもも たが、これから上って行く班内の空気をちょっと考えただらすことをとめられていたにかかわらず、すぐにとんでい けで、彼の足はもう前へはでなくなった。彼には寝台の上って木谷にだけ知らせてやりその喜ぶ顔をみた。しかし木 でときどき動物のように太い首をまわして班内をねめつけ谷の顔がそのように晴れていたのはほんのしばらくのこと るようにして肩をはっている木谷の暗い顔と野戦行きの日 だった。野戦行きの話はいまや全く班の兵隊たちをいらだ の近づくにつれていよいよヒステリックになってきた兵隊たせ、無秩序にし、意地悪くしていたから、そのような空 たちの哀れな姿がはっきり想像されるのだ。彼らは曾田が気のなかで木谷のうわさは無責任にもいよいよ尾ひれをつ 上って行けばたちまち取りかこんで彼から何かをさぐりとけられ、本人の前をはばかることなくされるようになった のである。兵隊たちは不安のために緊張していたが、さら ろうとよってくるだろう。 木谷が刑務所がえりであるということはすでに班内の多には荒れだし、食事の前の空腹時にはいつも班内に声がと 、、、くッチの音がなりわたった。するとそれはたちまち くの兵隊に知れわたっていて、方々でそれについて話し合び力し , う声がしていたがそのなかで木谷がまるで体をふるわせて野戦行きの危険性のない一一年兵や初年兵の上に影響した。 ぎんにんどうくっ いるかのようにじっとしている様子をみるのは曾田にはこ班内は全く陰うつで残忍な洞窟のようなところとなった。 その洞窟のようなところで不安に見舞われているのは補 の上なく苦しいことだった。曾田ははじめ木谷がまるでそ れに気づいていないかのようにふるまっているのをみた。充兵と三年兵の一部のものと下士官だったが、初年兵のと しかし曾田が注意してみていると木谷がそれをちゃんと知き野戦に放りだされたことのある曾田には彼らの気持がよ くわかった。しかし現在野戦にでて行くということはその っているということは明らかなことだった。曾田は兵隊た ちの話すのを耳にすると、本当かどうかもわからないことときとは比較にならないほど危険なのだ。輸送船はいたる ひぎ
「そんなこと俺しるかい ! 」 「事務室に准尉さんいるか。」彼は言った。 「そら、大住班長殿ゃないと、一班はとてもおさまらしま「また、むつかしい顔して、あの大住のやっ、毛布のなか へんわ : : : 准尉殿はやつばりようみてはるわ。」小室一等にもぐりこんで、だらだらしてやがるんやないかみてこ 兵は言った。 いうてはんのやろ。」 「あほんだら、あほぬかせ : : : 」班長は言ったが、 ・ : 彼「そんなこと、准尉さんがいやはりますかいな : : : 准尉殿 の顔はひとりでに解けて行った。 はそんなひととちがいますぜ。」小室は椅子に腰をおろし 時屋はそんな話には知らぬ顔をしてしきりに鉛筆をけずながら言った。 りつづけた。 「そんなことわかってるわい ! 班長は言った。 「また、無茶な : : : 」 「あれほど、俺あ、准尉さんに、一班なんていややいうた あったのになあーー」 「何が、無茶や : : : この野郎。准尉さんがどんなひとや 「一班がいやなんですか ? 」 位、この節穴のような眼した俺にもわかってるんやそ : ・ 「そらいややないか、曾田、お前みたいな : : : 骨ばかりの隊長と准尉さんとがどうちがういうこと位あ、なあ。」 やせんぼがいてやなあーー毎日毎日、准尉さんに、今朝は大住軍曹は今度の新しい隊長に対してよい心をもっては うちの班長殿、ねぼうして、点呼をさ・ほらはりました : 、なかった。隊長はこれまでの中隊にあったしきたりの多 昨日は、おすけして晩飯一一はいもくわはりましたなんて、 くを無視してしまったから。それ故に大住軍曹が中隊にあ 報告しやがるさかいになあ ! 」 ってしばしば横車をおし乱暴をはたらき、そして自分の特 じようだん 戯談にかこつけて話をかきまわしておけば、大住軍曹も異な存在を人々にみとめさせてきたことなどは全くかえり 自分が一班の班長に任命されるというそのことを自分からみられなかったから。このことは隊長が短期間のうちに中 帯話題にのぼすのが、楽になってくる。彼等の話はさらに班隊固有の風習や申し送りなどをみぬく眼をもっていないこ 地長任務のうるさいということから隊長のことや准尉のことを示した。その上隊長の指示は余りにもこまかすぎたの もちろん と、曹長のことに移 0 て行 0 た。勿論このようなとき話をで、彼は下士官の領域をおかしてしま 0 たのだ。それ故班 真 みちびくのは班長だった。そして下士官はいつも自分の上長たちは号令をかける余地を全くなくしてしまった。実際 ちまなこ ある 級者の動静にたいして血眼になっていた。とりわけ誰よりは或いは前任者の隊長の方が、いささかその任務を放りつ も准尉のことを少しでもくわしく知りたがった。 ばなしにしすぎたのかもしれなかった。彼は既に大隊長に てんこ
ような兵隊が安西にそのような嘸茶なことをしたりしたのからなんらそこに変化はないのだ。 かと疑問がわいてくるだけで、既に兵営内から外へにげだ曾田は初年兵の一人一人の顔をもう一度みたが、もうみ してしまったのか、それともまだ営内のどこかに身をかく なはいまにも自分たちが責任を問われ、なぐり倒されはし しているものかという、安西をさがしだすてだてをみつけよ オいかと悲壮だった。 ることはできなかった。彼にはどうしても安西がこのよう「地野上等兵殿、炊事の方へ行ってるなどいうことはない に身をかくしたりしたのは、ただ染が原因であるとは考えですか。」曾田は言った。 られなかった。しかしとにかく一刻もはやくさがしださな「そんなとこはとうの昔にさがしたわ。おい、曾田よ、事 けれま、 」、いよいよさわぎは大きくなって班内だけでおさめ務室のストー・フにいつまでもへばりついてて、いま頃、の きれなくなる。すれば安西のみならず染もまた軍規の下に このこ上ってきて、班内のことにロ出ししやがるか。」地 処罰されるだろう。実際初年兵以外の兵隊たちは、学徒出野上等兵は言った。「おい、曾田、班内へかえってこいと 陣兵がこのような不始末を起したことを、半ばよろこばし呼びにやったのが誰か知ってるのか。知ってたら、かえっ おれ げにみていたのである。ことに古い兵隊たちは初年兵係とてきたらすぐ、そこへ行かんか。お前をよんだのはこの俺 して初年兵に責任をもっ地野上等兵すら、「ちょっ、大学やちゅうこときいたろうが、そやったら俺のとこへこん の兵隊さんは、ほんまにろくなことしてくれへんわ : : : ち 、刀 : おい、曾田、お前、今日まで、よう初年兵の世話 よっと、馬のはけで顔をなでたら、もう逃亡さらしてくれやいてくれたけど、安西をさがしだしてくれるいうのか。 あざけ る。」などと嘲りの声をはなって、安西をみすててしまお : ふん、そんなことこの俺がことわるわ。よう、お・ほえ うとした。たしかに、安西一一等兵にたいする班内の反感はててくれ・ : 。ふん、はよ、班長室へ行け、大住班長がお 先日の外出の事件以来たかまっていた。そこに同情などと前のそのみそ頭をかりたいとよお : いうものは全然動きようもなかった。さらにいまは安西の 、曾田よ、曾田しゃんよ、野戦行きどないなって 逃亡などというよりももっと各人にとって重大な野戦行きんよう 」今井上等兵が後からさけんだ。 の問題がおしせまっていた。その上明後日の日曜日は部隊「おつ、おつ、おつ、曾田よ、みずくさいそ、だれだれが の外出はとりやめるという通達が二日前に部隊本部から出行くいう位、班内のもんだけにでもいうたれや。」土谷三 されているので、たとい安西が逃亡したために、中隊全員年兵が言った。 の外出が禁止されたとしても、部隊全体が外出止めなのだ「うちの班の三年兵には野戦行きは一人もいないですよ。」
: ほんまに : : どんな気いでいるね るように思えた。彼が寝台の上にたっている相手を見上げ「お前ら、なんやな・ : ると、相手は早口になり、言葉につまった。申告をやかまん : : : ー古い兵隊が言った。 しくいう班長は、ここにはそんなにいないです、申告はも「三年兵殿、週番下士官がよんでられます : : : 事務室ま 則とはちごてるかもしれへんけど、 で、きてくれて。」班の廊下のところで中隊当番がロに手 うやかましくはない、 と彼は言った。 をあてて大きな声で言った。 「うちの班長だけにきちんとやっといたらいいですよ。班すると曾田の顔は見る見るくもった。「おい、豊浜、な うまじゅりよう 長のうちで一番うるさいのは、松市班長やけど、馬受領にんや。」 行ってて一月ほどせんとかえってきませんから、かえって「週番下士官殿が : : : 」 きたらすぐ言ったげます。そら、その日にすぐ申告しとか「週番下士がどうした : : : ちっとは、休ましたれ : : : なあ しいながらも、当番がよ ・ : 休ましたれ。」三年兵はそう、 んと、おれの班にそんな奴いたかしらんというようなこと 言いだしよるから。」 んでいるからと木谷に言って出て行った。 「はあ、よろしゅうたのみますぜ。」木谷は相手の指が顔木谷が自分の寝台の上にかえるとストー・フのところか ら、またさわぎがきこえてきた。 や体と同じような感じで余り太くないのを見た。 * おおすみ 「大住班長の方は年とってて、もののわかる班長ですけ「おい、安西、これお前何や : : : おい、これで薪をもって ・ : なんや : : : こんなもん、一ペ : ・吉田班長がうちの班長で他の二人は班付班長やけかえってきたつもりか : ど。今度吉田班長が兵器班長になる命令がでるんで、そしん、もやしたらしまいやないか。」 「はい、上等兵殿 : : : 自分は営庭をぐるっとまわって、さ たら大住班長が班付から班長になることになってるので、 そのつもりでいやはったらいいでしよう。」彼は次第におがしたんでありますが、これだけしかとれなかったんであ ります。」 帯ちついてきた声で言った。 地「今度の外出のとぎ、一ペん学校行ってみたいな : : : 」一一「何 ? 営庭をぐるっとまわった ? よし、どこからどこ へ行って、どこでどうしていたか言ってみろ。」 人の後で初年兵が言った。 か、 うまや ほうしよう 真 ・ : あのー、先ず砲廠の裏から厩へ行き向うの垣を いきとう「はい 「学校なんていって、お前どないすんねん。 ないことないけど、俺やつばり家で一日中、ねてるわこわそうと思って寄ってみたんですが、もう、みんなが折 り取ってしまって、垣は一本ものこっていないので : : : 」 やっ
「窃盗であります。衛兵勤務中のことであります。」准尉「いないぞーー、誰もいないったら : : : 」 は言った。「うーん。」隊長のうなり声は少しばかり大きす「吉田班長殿、准尉殿がおよびです : ・ : ・」 ひらかた ぎた。「どこの衛兵だ ? 」「枚方火薬庫であります。」 「何 ? 准尉殿 ? それを、早く言え・・・・ : それを : ・・ : 当 「誰からとったんだ : ・ 番 ! はやく言いなさいようったら。」内の声は甘えたよ うな女の口調になった。 「巡察の週番士官からであります。」「うーん : : : 」 隊長のうなりはまた少しばかり大きすぎた。木谷は小学 五 校、つとめ先、軍隊、刑務所、あらゆるところで習ったと おり、頭をたれていた。 木谷は吉田軍曹のあとについて、二階の内務班の方に上 「第一班へ入れようと思いますが : : : 」准尉は言った。 って行った。廊下の銃架には銃が長く冷たく並んでかかっ すで 「班長をよべ。」隊長は言った。 ていた。谷間のようにくらいへこんだ部屋には、既に毛布 「班長はいま教育中であります。」准尉の声は低くなった。を四つ折にしてたたんで置かれた寝台がならんでいた。油 すると彼はやはり隊長を軽蔑しているのだ。 の匂い : : : 重い冷たい匂い : : : 木谷はまた帰ってきたと思 「じゃあ : ・ あとで俺のところにくるようにいってくれった。彼は准尉が自分の傍にいないので自由になって ら′羅さ よいか、立沢 : : : ー隊長は、顔を前につき出して、兎た。 のように小さい眼を准尉の方におしつけた。准尉は、「は 階段を上りきった右手にならんだ二つの班長室の左手、 あ、承知しました」とつっ立ったまま言った。 一班、二班の班長室で吉田軍曹は事情をきき取ったが、彼 「木谷、木谷だな : : : もう一一度とひとのものをとるなんては木谷に何年いたのか、苦しか 0 たろう : ・ : 給与はよかっ ことをするんじゃないぞ : お前その精神をきたえあげこ、 ナカ・ : ・ : 中隊もかわったろう : ・ : などと簡単なことをきい 帯てきたか、どうじゃ ! 」 たきりで、その点にはなるべくふれないようにしていた。 地隊長室を出ると准尉は中隊当番をよんで言 0 た。「一班彼は班長室のなかをせかせかと机から机へととびまわ 0 しよう ごらよう ・ : 兵器庫でねているだろう。」 の班長をよんでこい た。「なんだい、仕様のないやろうだな : : : 大滝伍長のや 真 中隊当番は隊長室から三つ目の兵器庫の戸をたたいた。 つ。ひとのクリームをだまってつかいやがって、あとはほ 「誰だ ? 誰もいないぞ」と内から太い声がした。 ったらかしにしてしまいやがる・ 。あああ、このざま 「吉田班長殿、吉田班長殿。」 : ・ ( ンにこんなにジャムをぬりたくりやがって・ : ・ : 」 せっとう じゅうか
れるのだった。曾田は一一人の対立の原因をほぼしっていた彼の行状が乱れたのだとははっきり言うことはできなかっ ぐんそう 1 が、吉田軍曹は五年以前からずっとこの部隊にいる下士官たが、彼が兵隊たちとの接触がなくなるのを悲しむなどと であり、大住軍曹は一一年前野戦からかえってきた下士官でいうことは決して考えることなどできはしなかった。軍隊 ある。そして内地組と外地組の二組が対立しているようにの下士官のほとんどすべてがそうであるように、大住軍曹 彼等も対立した。大住軍曹はことに吉田軍曹の怠惰をにくも吉田軍曹と同じようにこの上なくわがままだった。彼ら にお んだようである。いやその香水の匂いのただよう円いうつが自分以外のことを考えるなどということをどうして想像 くしげな顔をだ。しかしこの二人がはっきりと向かい合わすることができようーーーしかしいまでは大住軍曹の主張は なければならなくなったのは、一カ月前、部隊に大動員が准尉にうけ入れられ、実際に彼は第一班の内務班長となる あって、幹部の下士官のほとんど全部が外地に去り、吉田のだ。既に彼は立沢准尉を自分の手に入れていた。いや或 軍曹がこの中隊のうちでの一番上席の先任下士官に大住軍いはむしろ准尉が彼をしつかりとその手のうちににぎりと ったのかも知れないのだ。そして曾田自身、この准尉の手 曹がそれに次ぐ席次をもつようになってからである。以前 から一一人は同じように一班の班の班長であったが、暫定的のうちにあるのである。彼は自分の位置を考えるときいか に吉田軍曹が一班の内務班長となったとき、大住軍曹の行に考えてみてもそう考えるほかにはない、彼はここでは准 状が荒れたのを曾田は知っている。彼は准尉に一班をはな尉の助手以外にいかなる位置もなかった。 れたいと申し出た。しかし准尉はもうしばらく部隊が落ち 九 つくまでまつようにと説きつけた。さらに吉田軍曹が兵器 係軍曹を命ぜられたとき、大住軍曹は、同じく被服係軍曹曾田は大住班長からやっかいな仕事をおしつけられた。 を命ぜられたが、彼は被服係軍曹のような役は自分のたえ染一等兵が吉田班長のいいつけで大住班長の寝台の位置を るところではないと言って、受けようとしなかった。自分変えようとしたことはもう事実疑いないことだろう。吉田 はやはり、ずっと兵隊といつまでも接触をたもっていたい班長が自分の寝台との距離を遠ざけようとして大住班長の : ・兵隊の教育をつづけて行きたいというのがその理由で寝台を染一等兵に動かさせたということはありうること もちろん あった。しかし勿論、それは決してその本当の理由という だ。そして他にはそのようなことを考えつくものなどはこ ことはできなかった。もっとも彼の求めていた兵器係軍曹の中隊にはひとりもいやしないのだ。しかしそれは決して の位置が吉田軍曹によってしめられてしまったので、再び大住班長が声を大きくしていいちらすような、彼の寝台を すで じゅんい ある
168 なる時期が近づいていたし、師団司令部へはいろうという「初年兵のことですか ? 」 野心をいだいていたから。そして彼は自分と同じ野戦の戦「そう、あっさり言うない : : いろいろあるがな。」大住 ぐんそう 線に出た下士官のうちの最上級者として大住軍曹をかなり軍曹は曾田一等兵のうしろにたって、両肩に手をおいてぐ 自由にしてやっていた。 っと力を入れた。 「おい小室、茶をくれ、茶を ! ー餅を食いおわった軍曹は「何や、細い肩しやがって : : : 毎日ストープにぬくぬくと あたってやがるもんはちがうな。」 言った。 この班長の声で曾田一等兵の顔はぼっと赤くなって行っ ・ : 砂糖もなにもない餅をくわ 「気をきかさんか、気を、 せやがって : : : あほんだら、茶を用意しやがらん : : : 茶、た。 茶、茶、茶やぞ : ・ 「そんなこと言わはるけど : : : ストープがなければ、ほん 「また、はじめはった。」小室は言った。「きこえまっせ准とに仕事にならしませんぜ。べンをもつ手がかじかんでち っとも進みやしませんもの。」こうしてずけずけした言い 尉殿に : 方のできるのは高等師範学校を出て数学の教師をしていて 「何 ? 准尉殿にきこえる ? おい、おい、おい、お ・ : おーお。こわ : : : ー大住軍曹は立上りながら首をすく応召してきた時屋一等兵だった。彼は長い膝をおってスト カリ版切りで骨がいたむと めて、顔をふるわせてみせた。「おい曾田、むつかしい顔ープの前にしやがんでいたが、・ いっている右手の指をなでていた。大住軍曹はしばらく奇 してんと、ちょっとは、相談にのったれよ : : : なあ : : : 一 妙な顔をしたが、「そら、そういうもんかもしれんなあ [ 班の班長ときまったんやったら、もうしようないけど : : 一班いうとこは面とあっさり言って曾田一等兵の顔をうしろからのそきこん 俺あやつばり、むつかしいおもうな : 倒なとこやぜ : : : 俺はこの間からしばらく班付班長で、責だ。「この間かえってきた、あの木谷なあーーあいつ、班 任のないとこからみてたんやけど : : これが班長というこ内でどうしてよる ? おれが班内へ行くたびに、かくれよ うとしやがる・ : : ・どうも、そうや・ : : ・」 とになると・ : ・ : また、別やさかいな : : : おい、曾田ー 「まだ、慣れないからでしよう。」曾田一等兵は班長の指 「そうでしようね。」曾田一等兵は言った。「儺なんかにはを肩からもぎはなしながら言った。現在、彼の心をもっと もとらえているものは、この隊内のなかではこの木谷一等 解らしませんけど : : : 」 兵のことであったが、それは彼の心のなかと同じように、 「そう、あっさり言うない : ひぎ