昼頃だった。 ポケてしまったそうだよ、昔は有名な偉い智識さんだった 「来た来た」 というのに」 と言って、みんな土手に並んだが帰りは止らずに通って と言って笑った。お聖道様のお通りがすんだので、ヒサ しまった。昼すぎも、かなりたってから土手を川しもの方もタケも帰って行った。タケは帰るとぎに、家を出たがま から坊さんが歩いてきて橋のところを・フラブラしているのた戻って来て定平の耳に口を寄せて、 である。ヒサが見つけて、 「おけいやんにボコができんわけを知ってるか ? 」 「智識さんが来ている」 と、早口に言うのである。定平は黙っていると、また、 と言って定平の肩をつついた。ヒサは表へ飛び出して、 「教えてやれか、嫁に来る前に、ボコを妊んで、無理をし その坊さんと何か話していた。坊さんはすぐ土手をしものて堕ろしたからだというぞ」 方へ行ってしまった。ヒサが家の中へひき返して来たの と言ったのである。定平が呆気にとられていると、また で、 つづけて、 やっしろふたごづか 「八代の双子塚の智識さんか ? 」 「よくよく、無理にひつばり出したずらに、腹の中の道具 と、定平が聞いた。 ・、ぶッこわれてしまったというぞ」 たた 「そうだ、息子の、若い方の智識さんだ」 そう言いながら定平の背中へ手をまわして、ぼんと叩い ひと とヒサが言って、独りごとのように、 て笑うと、また言った。 「あの智識さんも変 0 てる人だなア、今ごろお通りを拝み「こんど、八代から黒駒へ嫁に来たひとが教えてくれた に来て、もうお通りはすんだと教えてやったら、ニコ = コぞ」 と嬉しがって帰って行ったよ、変ってる人だなア」 タケはこのことを言うために、わざわざ家の中へ戻って と言った。定平は腹の中で ( 智識さんも、息子の方は駄来たのだった。言い終ると逃け出すように帰 0 て行った。 吹目だなア ) と思った。定平は、親の智識さんは見たことが 夕方、暗くなるまで定平は縁の下の馬小屋の前にしやが み込んでいた。おけいが、 笛あるのだが息子の方は見たことがなかったのである。 「双子塚の智識さんも親ほど偉くはねえなア」 「飯でごいす」 と、定平は・フツ・フッ言った。ヒサが、 と声をかけても上って来なかった。 ( 預けお馬も今はい 「今のおじいさんの智識さんも、今年は八十いくつかで、 ないのに ? あんなところで何をしているずら ? ) と、お うれ はら
「いやだよう、あのビクは、まだ湯へ入ったこともねえずと言い張った。ミツは苦笑いをして らか」 「・ハ力、どんな川だって流れが急じゃお滝になるワ、田ん と皮肉を言った。ヒサが横から、 ぼへ流れ込まない川があるものか、そんなことなら、どの 「おけいやんは嫁に来る前は、裏の滝田川で水あびをした 川もみんな滝田川っていうのか」 けんど、湯は嫌いだが水くぐりはうまいものだよ」 そう言ってミツはまた舌を出した。ヒサはあくまで負け と言った。ヒサはおけいの肩をもっているうちに、言いていなかった。 方に困ってしまって、つまらないことを言い出してしまっ 「なんでもあの川は滝田川というのだワ、先に嫁に行った たのだった。 ミツの方でも意地になって、とんでもないと所の川の名も知らないくせに、わしは、嫁に行った家の裏 ころに文句をつけたのである。 を流れる川の名ぐらい知ってるそ」 「滝田川だって ? タケダ川というのさ」 ヒサがあまり強く出るのでミツはやはり年上だった。も と、川の名に文句をつけたのである。ヒサは負けていな ともとヒサを相手にするつもりではなかったのである。お っこ 0 けいに嫌味を言うつもりだったのである。ヒサの言うこと 「滝田川というのさよオ。八代の川の名などミッ姉ゃんが などにそっ・ほを向いてしまったが、ミツはおけいに向っ 知るものか」 て、かつか・ - つよ、つに、 と言って、やりこめてしまったのである。だが、ミツも「湯が嫌いで、水くぐりがうまくたって、ボコももたない 負けてはいなかった。 くせに、水くぐりなど、わしだって、そこの橋の下で水を たけだ 「・ハ力だなア、お屋形様の武田という名の川だそ、わしが浴びて、水くぐりじゃ負けたことがねえ」 竹野原へ嫁に行ってた時に裏を流れてる川がタケダ川で、 笑いながら言うとまた舌を出した。 ミツは水 , き、わ・・↓な」 それが八代へ流れてお前の家の裏を流れてるだ、笛吹へ流できないのである。ヒサはそれをよく知っていたので、 吹れ込む川のことずら、わしの方がよく知ってるさ」 「それじやア、おけいやんと竸争をしてみろ、みんなが見 ミツにこう言われるとヒサも意地になって言い返した。 ている前で」 笛 「そうでよ、その川だけど滝田川というのが本当の名さ、 と、ミツに→一口った 0 流れが急で滝のように流れて、田んぽへ流れ込むから滝田「あんなビクに負けるものか」 にら 月というのさよオ」 と言って、ミツはおけいの顔を睨んだ。ミツが本気にな たきだ せん
「働きすぎたからだ」 「人違いじゃねえけ ? 」 と言った。 「死んだら、すぐまた後を貰うさ、定平はまだ四十じゃね「このうちのボコを連れて、赤ん坊をおぶってたから、確 かにそうだワ」 えけ」 と言うのである。タケもヒサもびつくりした。おけいは とタケが言ったので定平は苦笑いをしていた。その頃ま では、おけいが橋のところにいることを誰でも知ってい気でも違ったか、家出をしてしまったようにも思えるぐら いである。 た。だが、いっかおけいの姿が見えなくなってしまったの だった。昼すぎも、かなりたったが帰って来なかった。気「迎えに行って来る」 がつくと四つになる惣蔵もいないのである。 と言って定平が出掛けようとすると、タケが笑って、 ( どこへ行ったずら ? ) 「そんな馬鹿を迎えに行く奴があるものか」 と思っていたぐらいだったが、夕方近くになっても帰っ と言った。また笑いながら、 て来ないのである。みんな表へ出て騷ぎだした。お祭りの 「死に場所でも探しに行ったずら」 馬も通るのが終って、見て来た人達も帰ってしまい、人も と言って、タケは笑っているが怒っているのだった。そ ときどきしか通らなかった。親類中の者が橋の袂で大声でんなことを言っているうちに向うの方からおけいが帰って うれ 騒いでいると、よく表を通る馬方が馬の上から声をかけきたのである。安蔵をおぶって、惣蔵と手をつないで嬉し こ 0 そうな顔をしてこっちへ帰って来たのである。 「黙ってろ黙ってろ」 「この家のおばやんを板垣で見かけたそ」 と言って教えてくれたのである。 と、タケがみんなに言った。みんな黙って立って見てい 「板垣で ? 」 るとおけいがそばへ来た。 「どこへ行って来ただい ? 」 吹と言って、みんな驚いた。 と、タケがからかうように聞いた。おけいも惣蔵も足は 「板垣で甲府の方へ歩いて行くのを見たけんど、も行き 笛 だったから、昼すぎ頃だった」 ホコリでまっ黒だった。遠道をしてきたことは確かであ と、馬方は言った。おけいが甲府へ黙って行くはずはなる。おけいの方ではみんながものも言わずに睨んでいるの で、 いと定平は思った。 にら
の顔を見ながら、 よう」 「五いのでごいすけ ? 」 と言った。半平はまたミツに、 ときくと、半平はうなずいた。 「とんでもねえことになるから、早く山口屋を小さくし 「もっと軽いものとかえろば」 て、そんねにお大尽にならない方がいいぞ」 と、飯を食いながら言った。口をもぐもぐさせながら立 と言ったが、ミツは平気の顔をしていた。 ち上って、半平のそばへ行 0 た。ふとんをとって厚い着物「お屋形様など追い出されてしまったよ、晴信様が跡を取 けか を掛けてやりながら、 ってしまったから、晴信様とは喧嘩も同じさ、もう帰って 「夏だから、着物ぐらいでいいさ」 来んから平気だよ」 そう言うと半平はうなずいた。 ミツがまた入口の方へ行と、笑いながら言うので半平も安心したようだった。 くと、半平が手招きのようなことをするのである。ヒサが ツはちょっと嫌な気がしたのだった。あんなに小さい声で そばへ行くと、半平はミツの方へ手をむけるのである。 話したのに、寝ている半平が聞いてしまったということは 「ミッ姉ゃん、呼んでるよ」 気味が悪いように思えるのである。 とヒサが言ったので、ミツは半平のそばへ行って坐っ 「えらく、耳がよく聞える病人だなア」 た。半平はミツの顔を眺めていたが、 まん と、大きい声で言うと、おけいが左の腕をさすりながら、 「お前だちは、さっき、容易ならぬ話をしていたなア」 「寝ているようだけど、寝てもいないようでごいす。うと と言ったが、ミツを睨んで言ってるのである。ミツはな うとしているだけでごいす」 んのことだかわからなかった。きき返そうとすると半平が と言いながら半平の顔を見ていた。胸を大きく上げたり また、 下げたりしているので、もうすぐ息を引きとるらしいと思 「お大尽になりすぎて、お屋形様に憎まれて、いまにえらった。 吹いことになるぞ」 その晩、半平は死ななかった。今か今かとおけいは待っ と言うのである。ミツはびつくりした。 笛 ていたのだが朝になってしまった。明け方、ひょっと見る 「あれ、きいていたのけ、寝ていると思ってたに」 と半平が口を横に動かしているのである。目を閉じている と言ってタケの顔を見ながら、 ので ( 眠っているらしい ) と思って見ていた。だが、苦い 「嫌だよう、ひるまの話を、みんな聞いていただと、嫌だ物でも食・ヘたような顔つきをした。と思ったら、さ「と顔 にら ミッカ
どびん て、土瓶をひっくり返してしまったのである。飯を食っこ オ「ボコがなきや困るよう」 後で、湯を飲もうとした時だったので定平もちょっと腹を と、くどく言うのである。定平は教えるように、 立ててしまった。 「行けばいいじゃねえか、おじいやんも死ぬ時に、西山の 「お前、この頃、首がどうかなったのか ? 」 湯〈行け行けと言 0 て死んだじゃねえか、お前が湯が応え と嫌がらせのように言ったが、おけいは黙ったまま下をだから、俺もすすめなかったのだワ」 向いて、こ・ほれたところをふいていた。 そう言うとおけいは、細い右の目を、つむるように細く 「今、すぐ湯をわかしやす」 して嬉しそうだった。 そう言って、もしぎを持って来た。いろりの側に坐っ おけいが西山の湯へ行って、ぶッ倒れたという知らせが て、もしきを持ったままおけいは言い難そうに下を向い あったので定平は飛ふように家を出た。朝行っても晩まで て、 かかる程遠いのだが、夕方知らされて夜道を走って、次の 「わしや、西山の湯へ行かせてもらいてえよう」 日の昼すぎにはおけいを馬に乗せて帰ってきた。家には預 と言った。定平が黙っているとおけいはまた、 けお馬が二頭あって、八代のヒサの息子の虎吉が馬の世話 「わしや、ボコが欲しいよう、西山の湯へ行けばボコがでをしてくれていた。おけいは家の中へ入ると虎吉に、 きるかも知れんから」 「馬鹿をみたよう、西山の湯へ行って湯当りがして」 と言った。虎吉が、 と言うのである。定平はおけいが甲府の方ばかり眺めて しよう いるわけが始めて解ったのだった。 ( 甲府の方を見ている「湯が性に合わなんだずら」 と言うと、定平が、 と思ったら、西の空を眺めていたのだ ) と思ったので、 へえ 「行って来ればいいじゃねえか、ひと月ぐらい」 「なんぼなんでも、朝ツから晩まで湯へ入り通しじゃ、ぶ と言うと、おけいはにつこりして、 ツかるのも当り前だ」 吹「ようごいすかねえ」 と怒ってるような言い方をした。 笛と念を押した。卞を向いたまま、 おけいは帰って来るとすぐ元気になった。言うことが変 「わしやボコが欲しいよう、ボコがねえからあんなことをつて、 「わしや、ボコが生れちゃ困るよう」 言われて、いやだよう」 と言った。また、 と言うのである。虎吉はずっとギッチョン籠に泊りきり わか ゅあた かご
は ) たい たた を使ってスネに繃帯をしている女生徒に聞いていた。もをふるわせて、リズムに合わせてテープルを叩きながら、 くちょう う、キザな言葉ではなくて荒っ・ほい口調になっていた。 唄を口ずさんでるように口先でシャベっているだけだっ こ 0 「あら、あんただって、なんで O 高なんかへ行ってるのよ、 あんな、シメッ・ほい宗教学校なんかへ」 「トンガラシって言うの」 ようす と、アベコペに言い返している様子は、活発な、気分の とカボチャ頭は言って笑っていた。名前などもう聞きた い女生徒らしかった。 くなくなってしまったので黙っていると、 「受かっちゃったんだよ、試験を受けたら、あんな学校へ」「佐々木って言うのよ」 そう言って田中は笑った。「テディ・・ ヘア」のレコード と教えてくれた。聞きたくもないのに教えてるので洋介 が見つからないうちに「ロンサム・カウポーイ」が出て来はうるさくなった。横で伊藤が、 た。これもエルヴィスのだ。 ( これもいい ) と「ラ・コンパ 「帰ろうか ? 」 と言い出した。 ルサ」は三回もかけつづけていたので途中で止めて「ロン サム・カウポーイ」をかけた。 「・ハカヤロー」 「プレスリーのばかりかけてくれよ」 と田中が伊藤を睨んで笑った。 と店の女のコに頼んで洋介はカボチャ頭の女生徒の横へ「家へ帰って、何をするんだ ? 」 あき ぶッつかるように腰をかけた。 と洋介は呆れ返って聞いた。 「よオ、なんて言う名だい ? 」 「腹がへったんだ、飯をくうんだ」 ときいたが、 と伊藤が言った。 「ふッふッふ」 「コッペ買って来いよ」 と笑っているだけだった。名前を言わないのは ( こいっ と洋介は言った。腹がへったと言われて洋介は自分も腹 しい家庭の娘じゃないか ? ) とがっかりした。いい家がへってることを思い出した。伊藤は買いに行こうともし わか 庭の奴は、勝手にうぬぼれて、オ高イ奴だからつまらなか なかった。 ( 金がねえんだろう ) と洋介には判っていた。 っこ 0 「持ってるかい ? 」 「言ったって、、、 と田中が指を丸めて聞くので田中も腹がへってるのがよ ししじゃないかよオ」 もう名前など聞きたくもなかったが洋介はこきざみに足く判った。 にら
348 コをくれたり、ツ・ ( キをひツかけたりするけど、なんの恨みを晴らそうというわけは、今まで子供だちには話さなか みがあるのでごいす」 ったのだった。定平とおけいだけで八代の虎吉でさえ知ら おそ と、嫌味たつぶりな言い方で追い込んで来たのである。 ないはずである。それ程、知られるのを怖れていたことだ おけいは腹の中で ( 今日は、なんと言って帰そうか ? ) と った。だが定平は今、思い切って話そうと決心したのであ 考えていたがうまい知恵も浮んでこなかった。定平がなんる。話そうと思った時、 とか謝まってくれるだろうか ? と横をむいたが定平もな「知ってら : : : 」 んとも言ってくれそうもないのである。だが、その時、 と惣蔵はひとりごとのように言った。定平は胸をつかれ 源ゃんのおかみさんは黙って家の外へ出てしまったのだっ たようだった。知っていたということより ( 知っていても た。外で、 いくさに行こうという惣蔵の考えだったか ! ) と思うと度 「ずうずうしいにも程がある、返事もこかんじゃ」 胆を抜かれたようだった。定平は、 と息子に言った。あわてておけいは、 「わしのお母アも、家中殺されてしまったのだぞ、お屋形 「あれ、お悪うごいした」 様に」 たもと と、お世辞のように謝まって表を見ると、橋の袂で平吉 と、説明するように言った。惣蔵は、 す・こ が凄い顔をしてこっちをむいているのである。源ゃんの母「知ってるから、俺も今まで考えていただワ。殺されるよ 子は平吉が睨んでいるのに気がついたのだったとすぐわか うな奴は、それだけ悪いことをしたずらに」 った。小走りに逃げるように帰って行く母子を眺めながら と言うのである。 ( 自分で勝手なことを決めてしまって ( ボコがだんだん大きくなれば、なんにつけても気強いもる ) と定平は思った。 のだ ) と思った。そんな気がして、おけいは四人もボコを「・ ( 力、なんにもしないのに殺されてしまったのだぞ、家 いまさら もったことが、今更、有難いことだと思った。 中の者が」 定平は入口に腰をかけていたが表へ出て、また縁の下の と、定平は言った。それから、 方へ下りて行った。惣蔵はまだしやがみ込んでいるのであ「半蔵というおじゃんがあったけど、やつばりいくさに行 る。惣蔵の耳へ小声で、 って死んでしまったのだそ、えらい / オテンキの人だった きちげ 「タッがあんな気狂えになったわけを知ってるか ? 」 からいくさに行ってしまったのだ」 と言った。タッが気狂いの真似をしてまでお屋形様に展 と言い聞かせた。そうすると惣蔵は、 いやみ にら
と言って、おけいは連れて行かれてしまってからあわて「娘のノ・フの顔も見てきやしたけ ? 」 こ 0 と、おけいが聞いたら、定平は首をうえ下にふってうな 「お届けに行ったら、うるさがられたから、くれると思っずいた。 た」 「話をしてくればよかったに」 と定平も言うだけでどらしようもなかった。 と言ったが定平はロの中でブップッ言っていた。十日ば 「どこへ連れて行かれるずら ? 」 かりたってから、 たもと ふしん と言って、笛吹橋の袂で、連れて行かれた後を見送りな「あの子馬は、板垣の善光寺さんの普請をしているすぐ先 がらおけいが涙をこ・ほした。その後で定平は北の方へ右手の家に預けられた」 の親指をさして、 ということを定平は陣屋の人から聞いてきた。 「あれが、わかったかも知れん」 「あの子馬は、まだ一年と半しかたたんのに、子馬だのに、 と言って真っ青になった。十日ばかり前、夜中にタッが いくさにいくのけ ? 」 来たのである。智識さんの書きつけを渡したが、そのこと とおけいが言ってまた涙をこ・ほした。おけいが元気がな ころ を石和の陣屋の人達に知られてしまって、定平の家は陣屋くなって痩せてきたのは此の頃からだった。 の人達に憎まれてしまったのではないかと思ったのだっ 「えらく元気がねえようだ」 ミツの家の生残りの者が尋ねて来たということはお屋と誰もが言うので定平もうすうす気がついていた。飯の 形様に憎まれても仕方がないことだった。子馬を連れて行食べ方も減ってしまったのである。 かれたことは定平の家が憎まれている証拠だとも思えるの「年をとってから、一一人もボコをもったから、身体に無理 だった。二、三日たってから定平はアヅマヤさんへ行ってだった」 様子を見て来た。だが、 と、定平は思っていた。黒駒のタケが寄った時も、定平 吹「アヅマヤさんへ置いて貰ってることなどは誰も知らんらに小声で、 「あの様子じゃ、まあ、長くても三年だ、早ければ今年中 笛 かぐらでん と言って定平は安心した。遠くから、お神楽殿の横からだ」 見ただけだが、タッもノブも変った様子もなく一緒にいる そう言って、おけいの後姿をつつくような真似をした。 のを見てきたのだった。 暑くなって、今年も馬のお祭りの日が来た。朝から土手 こ 0 さお まね
404 となしく火をつけさせてくれる時は、後で嫌だと言ったこ 「五百円でいいよ」 とがなかった。そこで、 とロうと、 「あとで、おつり持って来れば : : : 」 「しかたがねえな ! 」 と言って顔をき込んだ。気にかけない顔つぎなので、 と言いながらズボンの尻ポケ ' トから財布を出した。「よオ、、、 しじゃねえか」 さったば くと千円札が束になってつまっているのだ。だが、おやじ と言った。 よ、 「何に使うのだ ? 」 「こまかいのがねえなー、 カーチャンに貰え」 とオヤジが言った。 ( そんなこと聞かなくても ) と思っ と言ってしまったのである。 ( まずいナ ) と思ったので、 た。少ないより多い方がいいことなど判りきったことで言 すばやく、 う必要はないのにと思った。そんなことをいちいち考えな 「なんだよオ、おつり持って来ればいいじゃねえか」 がら言っていれば頭へ来てしまうので、 と言いながらオヤジの腕をまえた。 「いろいろいるんだよオ、友達に借金もあるし」 「うるせえなー タ・ハコ買って、こまかくして来いよ」 と言った。 と言ったので ( よかった ) とホッとした。それから、 ( 当「しようがねえなー」 り前だョ ) と思った。あの時にくれなければくれる時はな と言うので ( しめたツ ) と思った。 にき いはずだ。千円札を握ってタ・ ( コ屋の方へ向ってちょっと「遊ぶばかりじゃなくて、少しは勉強しろよ」 歩きだしたが ( ひょっとしたら ? ) と思った。 ( うまくたの と親父は言った。余計な、つけたりのようなことをオヤ めばこれだけ貰えるかも知れない ) と頭にひらめいた。のジはまた言うのである。 ( わかってるわかってる ) と公次 ろのろと戻って、 は思った。勉強ばかりする者は、好きで勉強するのだから 「よオ、頼むよ、これ、あしたも、あさっても金がいるんだ」例外で、そんなに勉強ばかりできるものではないと思っ オヤジはこっちを見もしないで客と話しているのであた。今まで普通の点数をとっているからそれでいいと思え る。 ( これは、、、 ししな ) と思った。黙って立っているとオヤ た。大学も、どこか受かるだろうと思った。大学へは行か そん ジはタ・ハコをとりだした。急いで公次はポケットからマッ なければ社会的にも損だし、大学へ行っている間だけは遊 チを出して火をつけてやった。 ( うまいナ ) と思った。おんでいられるのだ。大学を出ればそれから先はどうなるか る。 おやじ
282 だ家とは親類のようにつきあってる家の人である。むこう 「ヒサ : : : 」 と、飯を食べてる下の娘を呼んだ。そうすると十四になでもヒサの顔をよく知っているはずだった。ヒサは目を隠 る上の娘のタケと、ヒサの二人が半平のそばへ、ぬき足でしているので隠れているつもりだが、相手の男の様子も知 寄ってきた。二人とも耳を立てて半平のそばへ顔をよせてりたかった。指と指の間を拡げてその間から見ていると、 その男はヒサのすぐ前まで来て立っているのである。少し きた。 「ヒサが外へ出て行って、立っていろ、何かむこうで言っ立っていたが、 、よ、 ) と、そればかりを言っていろ」 たら、 ( いないしオし 「何を泣いてるだ」 と半平が教えた。上の娘のタケが、 と、その男が聞いた。ヒサは黙っていたが泣いていると 「そんなことを言ったってダメさよオ、向うじやア、とっ 思われたのだから、うまくいったと思った。泣いているよ くにわかってるさよオ、さっきからボコが泣いてるし、キうに思わせなければ困ると思ったので大声で、 ョが表へ出たりはいったりしていただもの、そんなことを「わーっ」 言ったって、ダメさよオ」 と泣き声を出した。うしろの戸がガタッと開いて半蔵が えりつか と言った。半平はタケのロを手でふさぐようにして、 飛び出して来た。その男の襟をんで家の中へひきずり込 「・ ( 力、いても、いないと言えば向うじやア、ダメだと思んでしまった。すぐ戸の横にミツが隠れているので、半蔵 って帰るから、なんでもいないと言えばいいのだ、ヒサが はその男の顔をミツの反対の方へ向けて、ゲンコで三ッば 行ってみろ」 かりひッばたいた。 と言った。ヒサが急に大声を出して、 「何の用があって来たのだ」 「いないいないと言えばいいずら」 と言って、またこぶしを振り上げると、半平がその手を と言って、怖じけもしないで戸を開けて出て行った。表押えて、 の軒下で、橋の方を見ていると、向うをむいた男がこっちへ 「よせよせ、荒いことをするな」 向き返った。そうしてこっちへ歩き出して来るのである。 と半蔵に言った。それからその男に、 ヒサはあわてて両手で両方の目をおさえた。ヒサはその男「ミツは竹野原へは帰らんから、ボコは二人ともこっちで の顔を知っていたのだった。竹野原へ遊びに行った時に、 引ぎ取るから、向うの家へよくそう言ってくれ」 とっ その家のボコと遊んだこともあるし、その家とミツの嫁し と言った。その男は両手で頭を押えているだけで何も言 ひろ